BLUEMAP 改訂前

　両手に握りしめられたものは恐らく護身用の短剣だろう。震える手と強い意志で握られた、その切っ先は自らの方に向けられている。
「死すべきは私の方……」

　ここ数日間、ずっと夢を見続けた。目の前から何もかも消え、全てが真っ暗な闇に飲み込まれていく。
　そして、あの呪いの面に取り囲まれる。その呪いに、私は何度も責められる。



『お前が悪いんだ』
『お前は偽物だ』
『お前は呪われた娘だ』
『その仮面を剥ぎ取ってやる』
『お前は偽りの姫だ』
そうして床板が外れ、底のない闇へと引きずり込まれる。

　最初はただの悪夢だと思った。だが何度も見るうちに、ただの夢に過ぎないと思う精神は、少しずつ均衡を削り取られていった。
　真実はいつも手の届かない、自分の知らない場所に遠ざけられる。
（その真実を捉えることさえ許されず、ただ、王宮という鎖に繋がれる）
自分の素性というものが、実は単なる刷り込みであるかもしれない、そう疑いながら何もすることが出来なかった。

――限界だった。眠ることさえも恐ろしい。自分の事も、何もかもが信じられなくなっていた。

「姫様」
女の呼ぶ声に、無理やり現実に引き戻された。現実では、姫という職を全うしなければならない。
　何事もなかったのだ、平静をよそわなければ――じわり、額には汗が滲む。
「お加減でも悪いのですか？」
姫がなかなか言葉を返せずにいると、従者はさらに問いかけた。
　なんとか返事をしようとも、震えて声が出なかった。ひとまず落ち着こうと息を深く吸い込むが、従者はさらに意味深に言葉を発する。
「ご自身で確かめに行かれますか？　レナ姫様――」思わず息をのんだ。姫はすぐさまとを開ける。「何か……知ってるの？」疑い深く従者に問う。
「通路を案内いたします」従者の冷静な答えへの返事は、外出用のフードを被ることだった。


――


　光はほぼ皆無と言ってもいいだろう。火のともったランプを持った者の後に赤いフードをかぶった人物が続く。ランプに照らされた床、壁、天井までもがコンクリートで、殺風景な道だった。コツ……コツ。ゆっくりと、ふたつの足音がする。
　城のすべての場所へ行ったことがあると思っていたが、こんな所に隠し通路があるとは意外だった。そこには少し湿ったような、暗い空気が漂う。
――この先に誰がいるのだろうか。一体どのような人で、その人はどんな罪を犯した囚人なのだろうか。普通、牢屋は城の地下などにあるはずなのだが……――暗闇の中、思いだけを巡らす。
　書斎の本棚の裏にこのような通路が隠されているなどと、普通なら考えもしないだろう。そんな場所なのだから、異質な感情を抱かないわけにはいかない。しかもよく目を凝らすと、妙に小奇麗にしてあるように思えた。

――そして従者は、道の行き止まりが見えたところで、止まった。「私めはここより失礼いたします」その先には、鉄の、重たそうな扉があった。

「皆様に気づかれないよう時間を稼いでおります。姫様も速やかに、ご自分のお部屋へお戻りになりますよう」女従者はそう言い残し、足音を消して元の場所へと戻っていった。自分がここにいることは、誰にも悟られてはならないようだ。

　姫はやや焦る気持ちで、自分の持っていたランプを扉に近づけていった。ランプの光はその扉の鍵の部分を照らし出す……

――その鍵は、鎖で厳重に固められているとわかった。
（この先には行ってはいけないのね……？　ここは……部屋？）一体、どんな恐ろしい物があるのだろうか。または恐ろしい人物がいるのだろうか――そこまで厳重にする必要があるのかどうかは全く見当もつかない。
　ふと、姫は扉から少し左の方へ目動かす。目の高さ程の場所に、鉄格子のはめられた小窓があるのに気付く。（ここから向こう側が見えるかも）
　姫はすぅー、と息をのみ、恐怖と焦りと不安に苛まれながらも、思い切って向こう側を覗き込む決心をした。



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　－第六幕へ－