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ヴァレンタインから一週間

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第22話 玄辰水星登場

 
前書き
 第22話を投稿します。

 次の更新は、
 7月1日  『蒼き夢の果てに』第65話
 タイトルは、『魔眼の邪神』です。

 その次の更新は、
 7月5日  『ヴァレンタインから一週間』第23話。
 タイトルは、『君の名を呼ぶ』です。
 

 
【だから死ぬなどと言う言葉を口にして欲しくはない】

 彼女(有希)に相応しい抑揚のない淡々とした口調の、しかし、彼女には相応しくない強い意味を持つ言葉。
 その大切な言葉を、彼女は実際の言葉として伝えて来る事ではなく、【心の声】として伝えて来た。

 表面上は他人に対して無関心なように見えますが実はそうではなく、他人を気遣う事の出来る優しい心を持った少女。長門有希と言う名前の少女は、そう言う心を持った少女だと言う事なのでしょう。

 そう考えながら、真新しい部屋の中心に存在する彼女を見つめる俺。
 整い過ぎたガラス細工に等しい容貌に、彼女の印象をより鋭利な物にしている銀のフレームが光る。
 しかし、そのガラス越しに俺を見つめている瞳が。そして、何より彼女の発して居る雰囲気が、それ以外の理由を俺に伝えて来て居た。

 ――そう、それだけではない理由を。
 それは……。

「いや、そんなに深刻に考える必要はなかったんやけど、少し心配させるような形に成って仕舞ったかな」

 本当に軽い調子でそう彼女に伝える俺。それに、本当に、そんなに深刻に成る必要などなかったのですから。
 本来、人工生命体の彼女に取って、寿命など存在してはいません。身体のメンテナンスを怠らずに、故障した部分を小まめに新たな生体ユニットに交換して行けば、彼女には無限の生命が用意されて居るはず。
 その彼女に比べたら、俺は生身の存在ですから、寿命と言う観点から言えば、明らかに彼女よりは先に尽きる存在です。故に、その部分を口にした心算だったのですが……。

 そして、少し息を整えてから、有希を見つめる。
 相変わらず、俺を視線の中心に置いて、俺の次の言葉を待つ少女。真新しい部屋の主に相応しい、彼女独特の表情を俺に魅せ、しかし、その感情(内面)からは、ほんの少し、彼女の名前に相応しい微かな()()を感じさせながら。

「そんな心算はなかったんやけど、それでも、少し配慮に欠けていたのは確かやったな。ホンマにすまなんだな」

 俺の素直な謝罪の言葉に、少しの空白の後、微かに首肯いて答えてくれる有希。
 その姿、そして、仕草は普段の彼女そのもの。取り立てて不機嫌な様子も、そして、不満な様子も感じられない。

 ただ……。
 ただ、彼女は矢張り、生命体の『死』と言う物を理解している。
 それは、知識として理解している、……と言う物ではなく、経験として理解しているような雰囲気を感じる。
 まるで、近しい誰かを失った経験が有るかのような……。

 しかし、それにしては、自らの生命を失う事に付いては、恐れのような物を感じさせる事がないのですが……。
 確かに、情報統合思念体の元に、彼女の経験などのバックアップ・データは存在しているはずですから、俺に出会う直前までの彼女に関してならば再構成は可能なはずです。そして、その観点から、彼女は自らの死を恐れていない、……と言う可能性は有ります。
 ただ、それならば、彼女が俺の死を自らの友の喪失と捉えるように、俺が、俺と同じ時を共に過ごした彼女の消失を、彼女の死だと考えて居る事は簡単に理解出来るはずなのですが。



 そんな、少し思考の海に沈み掛かった俺を、真っ直ぐに見つめ続ける有希。その瞳に宿るのは、僅かな逡巡。
 う~む。どうもよく判りませんが、何か聞きたい事が有るような雰囲気なのですが……。

「何か、まだ聞きたい事が有るのか?」

 俺の問い掛けに対して、それでも視線を外そうとせずに見つめ続ける有希。
 その二人の間をゆっくりと過ぎて行く時間。

 やがて、澄んだ湖面の如きその瞳に僅かな(さざなみ)を感じさせた後、諦めたかのように小さく二度、首を横に振る彼女。
 しかし、

「上手く言語化出来ない」

 ……と、その仕草の後に続けた。
 う~む。何となく、意味が通じるような、通じないような微妙なニュアンスですが、おそらく、俺が疑問に思って居る事と、そう違わない内容に関する事だと思いますね。
 今、彼女が感じて居るモノの正体は。

 それならば、

「そう言えば、ひとつ言い忘れていた事が有ったな」

 何か伝えたい事、聞きたい事が上手く表現出来ずに、もどかしい。少し不満げな気を発して居る彼女に対して、そう話し掛ける俺。
 そのような俺の問い掛けに対して、言葉にしての答えは返って来る事は有りませんでしたが、俺の顔を彼女が見つめてくれたので、これは俺の話を聞く準備は出来ていると言う事でしょう。

「さっきの言葉。ありがとうな」

 突然の感謝の言葉。そして、彼女が何か反応を示すその前に更に、

「さっきの言葉。そして、水晶宮での言葉。俺が羅睺(ラゴウ)星を捕らえると言った時の有希の言葉も同じ心から発した言葉だったと思う」

 ……と、続けた。

 最初は俺が何を話し出したのか判らず、疑問符の浮かぶ雰囲気を発していた彼女でしたが、そこまで告げた瞬間に俺の意図に気付いた有希。
 そして、ほんの少し、微かに首肯いて答えてくれました。

 そう。それに、どちらも俺の身を案じての言葉だった事は間違い有りませんから。

 おそらく、彼女は俺の死亡と言う言葉を、俺の寿命が尽きるはるか未来の話などではなく、羅睺(ラゴウ)星との戦いの際に、俺が、俺の一命を以て羅睺(ラゴウ)星を封じる、と言うより簡単な選択肢の方を選ぶ為の布石だと懸念したのでしょう。
 そう考えると、確かに先ほどの俺の言葉はウカツな言葉で有り、そして、多少、考えの足りない言葉だったように思いますから。

「オマエさんが何を聞きたいのかは判らないけど、俺の死を、大切な相手の喪失と感じ取ってくれている心は伝わって来て居るから、問題はないで」

 俺の事を見つめている透明な少女に対して、そう話し掛ける。
 そして、

「それに、それは多分、俺が、有希の事を思念体の元に戻さない、……と言った事と同じ心から生まれて来た言葉だとも思っているから」

 俺は、そこまで一息に告げてから、ひとつ深呼吸を行うように息を吐く。
 彼女は……。何も答えようとはしない。しかし、先ほどまで発して居た、何かを伝えたいのにその方法が判らない。何を伝えたいのかもよく判っていない、……と言う、もどかしさは影を潜めて、俺の次の言葉を待つ。そう言う雰囲気を発して居た。

「だから、大丈夫。言葉では上手く伝えられなくても、心の部分ではちゃんと伝わって来て居るから」

 何となく。本当に漠然とした感覚に過ぎないけど、彼女の心は伝わって来て居るのは事実です。
 そして彼女の心が、悪意や陰気に染まった哀しい心ではない事も……。

 僅かな空白の後、少女(有希)はゆっくりと首肯いて答えてくれました。
 表情は、普段の透明な表情。視線は、ともすれば冷たいと表現されるかも知れない硝子越しの視線。

 しかし、その言葉を伝えた後の彼女の心の内は、先ほどまでの雰囲気とは少し違う、別方向の雰囲気で満たされて居る物で有りました。

 それは、そう…………。


☆★☆★☆


「すまんな、二日も連続で水晶宮に向かう事に成って仕舞って」

 開けて、二月十七日の日曜日。

 昨夜は久しぶりに有希の寝室のベッドの上ではなく、彼女の新しいマンションの部屋の和室に布団を敷いての就寝と成った為に、ここ二日の睡眠と比べてもより深い睡眠を取る事が出来たような気がします。
 本来、俺の精神は見た目や態度。そして、言動よりはずっと繊細で、傍らに誰かが居るような状態では、本来の霊気の回復を示す事が出来ずに少しずつの疲労が溜まって来て居るような状態だったようなのですが……。
 それも、どうやら昨夜で一気に回復。

 但し、その所為か、それとも一人の部屋で眠った気の緩みからか、朝の一幕は、昨日、一昨日の朝よりも酷い醜態を晒す事と成ってしまったのですが。

「良い」

 そんな俺の問い掛けに対して、普段通りの少し素っ気ない、と表現される言葉使いで答えを返して来る有希。
 それに、そのような朝の一幕も、何故か彼女の世話焼きさんの一面が強調されるようで、こんな朝も悪くはない、と本当に思わせるに十分な状況を作り出して居るのも事実です。

 そう。本当に、元の世界に帰りたくなくなるような……。
 ……………………。
 ………………。

 尚、本日赴いた場所は、昨日赴いた先の麻生探偵事務所ではなく、その事務所から神代万結の転移魔法を使用した先に存在している場所。

 はっきり言うのなら、俺にも何処に連れて来られたのかまったく判らない場所に有る応接室のソファーに座らされている状態です。
 いや、この場所自体が、現実界に確実に存在している場所とは限りませんか。

「それでも、今日、有希の身体のチェックが終わって、そこで何の問題も無かったら、明日の陽光の有る内はヒマやから、有希のやりたい事に付き合うから」

 まるで、デートに遅れた事を謝るような雰囲気で、自らの右側に腰を下ろす少女(有希)に話し掛ける俺。
 尚、二日連続で水晶宮に赴く事と成った理由は、有希が俺の手を取った事に大きな理由が有ります。

 彼女は、現在のトコロ、人類の敵と成って仕舞っている可能性が非常に高い情報統合思念体作製の対有機生命体接触用人型端末。
 そして、その情報統合思念体と言う存在が、どうにも胡散臭い存在のようなので、このまま有希が俺の手を取ったとしても、この羅睺(ラゴウ)星事件が終了した後に、思念体と有希の交信が回復した後に、彼女の、この一週間の間の記憶をリセットされたり、その他の危険なギミックが発動させられたりする可能性が有ったので、その部分のチェックと排除を行う為に水晶宮を訪れたのです。
 それに、その他にもちょいとした不安要素も有りましたから。

 そう。彼らの自称を信用したとして、情報統合思念体が銀河開闢以来、情報を収集する事に因って進化し続けて来た存在と考えたとしても、仙族と言う存在もまた太極から発生した世界と共に有り続けて来た存在。実は、両者の間には、そんなに大きな差が有る訳では有りません。
 まして、仙族には同じような人工生命体の那托(ナタ)と言う存在も居りますから、人型端末の仕組みが完全に解き明かせるかどうかは判りませんが、まったく判らない、などと言う事はないと思います。

 当然のように、人工生命体に対して完全に心や魂を定着させる事は仙族にも可能ですから。
 それこそ、神話の時代からね。

「わたしには、特別に何か、改まってやりたい事はない」

 普段通りの彼女の答え。しかし、その時、【霊道】を通じて彼女から流れて来る雰囲気には、少しの寂しさに似た色が着いて居た。
 確かに、彼女の言葉を信用するのなら、彼女が誕生してから未だ二年半程度。まして、その二年半もすべてが待機任務状態で、二年半前に自らの元に助けを求めて顕われたふたりの異世界の未来人たちの時間凍結を維持するだけが彼女の役割だったようですから、そんなに世慣れている訳は有りませんか。

 但し、時間旅行を続けて来た、彼女の記憶や、心の部分がどの程度の(カルマ)を背負っているのかについては、俺には未だ判らないのですが。

「まぁ、それならそれで何とかなるか。明日は明日の風が吹く、とも言うからな」

 まして、もしかすると、彼女の身体のチェックは今日だけで終わらない可能性も有ります。
 何故ならば、俺は彼女の事を完全に信用して居ますが、水晶宮の方がそうだとは言い切れませんから。

 確かに、壺中天のような異空間を作り上げて、その内部の時間の流れを現実世界から切り離す方法は存在していますが、それを確実に使用して有希の身体のチェックを行うとは限りません。
 むしろ、有希に仕組まれているギミックの完全な排除をした後でなければ、自らの手札を場に晒すようなマネは為さないと思いますからね。



「お待たせしました」

 二度のノックの後、重厚な、と表現される扉を開いて一人の女性が顔を見せた。
 若い女性。見た目から判断すると、十代後半から二十代前半まで。髪型は、有希よりは長めのボブ。有希がかなり短い目のボブ・カットならば、彼女は、ショート・ボブと言う程度ですか。
 色は黒。ただ、印象として少し、深い海を連想させる碧の黒髪と言う表現がしっくり来る黒髪。
 瞳は、濃いブラウン系。一般的な日本人女性に多い髪の毛と瞳の色と言う事ですか。

 但し、その瞳の色にも何故か蒼を感じさせる女性。
 そう。知的な雰囲気の清楚な印象の美女……と言うには未だ少し足りませんか。未だ十分に少女の面影を残した佳人と言う女性だと思いますね。

 正直に言うと、この目の前の女性は間違いなく、長門有希と言う名前の少女がこのまま。いや、今のままではなく、目の前の女性のような柔らかな微笑みを手に入れた後に、歳を重ねて行けば、この眼前の女性のような女性となるのは間違いない、と言う女性。
 その女性が、俺と有希を少し見つめた後、俺たちの正面。ホスト側のソファーの神代万結の隣へと腰を下ろす。

 そうして、

「始めまして。水輪綾(みなわあや)と申します」

 ……と、自己紹介を行った。
 ただ、この女性からも、何か妙な気分を感じて居るのですが。

 何と説明したら良いのか判りませんが、この女性を見つめていると、何故だか、妙に涙が出て来る。奇妙な既視感。覚えのない懐かしさのような感覚を与えられる相手だと言う事です。

 俺が何の反応も示さずに、ただ、水輪綾と名乗った女性を見つめるだけで有った事を訝しく思った、……と言う訳でもないのでしょうが、女性が、更に自己紹介を続ける。

「そして、当代の五曜星(ごようせい)が一柱。玄辰水星(げんしんすいせい)を務めさせて貰って居ます」

 成るほど。この場に、この女性が現れた意味が良く判りました。そして、本来ならば、昨日の内に、俺と有希の二人と、この目の前の女性の顔合わせは行われる予定だったと言う事なのかも知れません。
 何故ならば、

「有希、紹介するな。彼女は五曜星。計都星(ケイトせい)羅睺(ラゴウ)星と同格に当たる神格を持つ仙族の神の内の一柱。その内の、大空(そら)に浮かぶ水星を神格化した存在。
 玄辰水星と言う女神さまや」

 ようやく、一時的な失調状態から回復した俺が、有希に対してそう追加の紹介を行う。
 それに、ここは水晶宮。つまり、龍神が住まう宮。そして、龍神が存在するのなら、他にどのような神や、仙人が現れたとしても不思議では有りません。

 但し、それでも行き成りの超大物の登場なのですが。

「初めまして、長門有希さん」

 玄辰水星が有希に対して、そう挨拶を行って来た。
 おそらく、この挨拶も本来は、昨日行われるべき挨拶だったと言う事なのでしょう。

 つまり、有希が俺の手を取る事は予想されていたと言う事です。水晶宮長史和田亮に。

 俺の説明を聞いた有希が、俺と、そして、水輪綾と名乗った女性を交互に見つめた後に、

「初めまして」

 ……と、短く伝えた後、僅かに目線のみで会釈を行った。
 但し、有希の方は未だ、何故、この目の前の女性がここに現れたのか理由が判っていないようなのですが。
 彼女の発する雰囲気が疑問符に覆われていますからね。

 成るほど。それならば、

「有希。彼女、玄辰水星さまが、オマエさんの身体のチェックを行ってくれる神様や」

 更に、追加の説明を行えば済むだけですか。

 俺の説明を受けて、有希が、先ほどとは少し違う雰囲気で玄辰水星の事を見つめた。
 目の前の女性。水輪綾と名乗った女性は、そんな俺と有希のやり取りを、彼女に相応しい柔らかな微笑みを浮かべたままで、ただ見つめるのみ。

 まるで、慈母の如き、……と言うのは見た目から想像出来る年齢から少し失礼に当たるとは思いますが、それでも、俺と有希のやり取りを微笑ましい物を見るかのような瞳で見つめて居るのは間違い有りませんでした。

 そんな、何か良く判らないけど、非常に平和な雰囲気が漂う応接室内に、俺の説明を行う声が続く。

「玄辰水星と言うのは、西洋では医療や発明を司る神様でも有る。おそらく、彼女が集めている信仰や伝承から考えると、情報統合思念体がどの程度の能力が有るのか知らないけど、能力的に考えると、早々、劣るとは思えない御方や」

 メルクリウス。マーキュリー。アヌビス。ヘルメス。これが彼女と同じ職能を有する西洋の神々の一部。ここまでのメンバーと同じような能力を持った御方が、仙術を使用して判らない事はないでしょう。
 まして、彼女は女神さま。
 確かに、能力的に言うのなら太上老君の方がずっと上なのですが、相手は少女の姿を模した存在の有希ですから、流石に水晶宮の方も気を使ってくれたと言う事なのでしょう。

 それに、彼女が顕われたと言う事は、水晶宮は情報統合思念体と言う存在を恐れては居ませんが、同時に侮っている訳でもない、と言う事の現れでも有ると思います。
 何故ならば、玄辰水星とは、それぐらい高い神格を有して居る女神さまですから。

 そう考えた瞬間、再び響く扉を叩く音。

「そうしたら、玄辰水星さま。有希の事をお願い出来ますか?」

 そして、覚悟を決めて、本日、ここに彼女を連れて来た最大の目的を果たす為に、有希の事を玄辰水星に預ける俺。
 これで、有希と水晶宮の間に交流が生まれ、そして、俺が自らの生まれた世界に去ってからでも、彼女の身体のメンテナンスなどは、水晶宮の方で行う事が出来るように成るでしょう。

 何事にも絶対はないはずですから。思念体に出来る事ならば、水晶宮。いや、仙族にだって出来ない訳は有りませんからね。

 そして、その言葉を玄辰水星に告げた瞬間が、ここに俺がやって来た最大の目的。俺が、俺の能力を水晶宮に対して示す事が始まった瞬間でも有ります。
 そう。俺は未だ、この羅睺星との戦いに対して、参加する許可を完全に得た訳でも有りませんし、また、完全にそれに相応しいと言うだけの能力を示した訳でも有りませんから。

 俺は、そう考えながら、室内に響いたノックの音に対して、返事を行ったのでした。


☆★☆★☆


 俺の正面に水晶宮長史和田亮と、那托……蓮の花の精らしき少女神代万結が座る。
 この形は、おそらく口頭試問。俺の能力を調べる意味から、この形に成っているのでしょう。
 そして、俺自身の覚悟のほどを知る為の意味も……。

「それでは、忍くん。少し、質問させて貰っても良いでしょうか?」

 先ず口火を切ったのは水晶宮長史(和田亮)。それに、俺の頭の出来を調べるのなら、彼が最初に問い掛けて来るのは当然ですか。

「はい、問題有りません」

 居住まいを正し、まるで面接試験を受けるような雰囲気で答える俺。
 但し、緊張度が違いますが。ここでの結果が、有希の未来に関わる可能性が高いのですから。

 俺自身は、羅睺(ラゴウ)星と直接相対さなくても、命まで失う可能性の有る未来の暗示は現れて居ませんが、有希に関しては……。

「それでは。忍くんは、涼宮ハルヒ嬢の能力をどのように見ます」

 軽いジャブに等しい質問。俺の立場でこの程度の予測を立てられないようでは、認められないと言う事ですか。
 確かに、俺はハルヒの能力発動の際に居合わせましたし、有希から、彼女が自分に都合の良い形で世界の情報を書き換えているとも聞かされて居ます。

 ならば、答えは簡単。

「王国技能と称される技能です」

 俺は、澱みなく答えた。
 そう。あの『言霊』に似た技能は、おそらく『王国技能』。

 彼女の能力が、自らの修業で得た物でもなければ、自らの血に含まれる物でもない。まして、前世からの因果により得た能力でもないのなら、それは神から与えられた能力。
 言霊や、願望達成能力は神の能力。しかし、王国能力は、神に与えられた王権を行使する能力。似たような能力で有りながらも、ここには明確な線引きが行われる。

 そして、涼宮ハルヒに能力が付与された経緯を辿れば、彼女に付与された、周辺環境の情報を操作する能力と言うのは王国能力だと仮定する方がしっくり来ると思います。

 まして、彼女の能力は、俺には直接影響を及ぼしている雰囲気は感じてはいません。
 確かに、世界に影響を及ぼす事によって、間接的に影響を及ぼしている可能性は有りますが、俺自身に直接影響を与えている事はないと思っていますから。

 何故ならば、俺には、彼女の強制力は働いて居ませんからね。

 そう。俺は、かなり半端な存在ですが、それでも龍神。つまり、一種の神。
 もっとも、神と言うにはかなり程度が低い存在なのですが。

 それでも、神と言う属性を持って居る存在で有る事は事実。そして、神から与えられた能力で有る以上、王権は神の前では無力ですから。

 俺の答えに、微かに首肯く神代万結。そんな仕草も、有希と非常に良く似ている。
 そして、

「それならば、長門有希に代表される対有機生命体接触用人型端末を作製した、情報統合思念体の正体を、忍くんはどう見ますか?」

 更に続く、和田さんの質問。
 成るほど。次はこの質問ですか。

「おそらく、宇宙開闢と同時に誕生した、と言う部分は欺瞞ではない、と推測して居ます」

 俺は、即座に、そう答えた。
 但し……。

「但し、彼らが生まれた宇宙とは、三年前。涼宮ハルヒと異世界の邪神が接触する事に因って誕生させられた平行世界の事」

 ……と、この言葉を続ける。

 そう。有希のような高度な人工生命体を造り出す能力を有しながら、更なる進化を望む存在。まして、その進歩と言う状況を、何故か進化と言う表現を用いる。
 これは、明らかに地球の日本語に対する情報の収集不足を示して居る。

 あらゆる情報を収集して、進化の閉塞状況にまで陥った情報生命体にしては、ややお粗末な状況。

 更に、有希自らが思念体に対して何らかの疑念を示しても居る矛盾。
 それに、この世界の七年前に起きた闇の救世主事件の際の地球全土を覆う異界化現象の際には、一切の反応を示す事が無かった矛盾。
 最後は、現在、起きつつ有る羅睺(ラゴウ)星事件に対して関わって来る気配がない事などから推測すると……。

「彼ら、情報統合思念体と言う存在は、おそらく、涼宮ハルヒの妄想により生み出された存在だと思われます」

 俺に取っては、非常に頭の痛くなる結論を口にする。
 そして、一度言葉を止め、軽く息継ぎ。新鮮な空気で肺を満たす事で、重く成りつつある自分自身の気分を一掃。

 大丈夫。俺は未だ落ち着いて居る。そう確信した後、続きの言葉を口にした。

「故に、今年の七月七日に、この世界のキョンと呼称される存在と朝比奈みくると名乗る自称未来人が、この世界の一九九九年七月七日に向かって時間移動を行う事もなく、この世界に留まれば、この世界の過去が改変されなくなり、結果として情報統合思念体は誕生する事は無くなると推測して居ます」

 俺が一番懸念していた事態。
 このまま事態が推移すると、タイムパラドックス。所謂、親殺しのパラドックスと言う状況に陥ると言う事を。

 朝比奈みくると言う名前の未来人が、何故、邪神と目される存在を過去の涼宮ハルヒと接触させようと試みるのかを考えると、その答えは自ずと理解出来ますから。
 それは、彼女がそれを行わない限り、彼女が存在した未来が訪れないから。

 つまり、朝比奈みくると言う未来人の訪れた未来は、ハルヒとキョンが接触する事に因って発生した世界が到達する未来だと言う事。
 そして、その接触に因って生み出された世界に発生したのが、銀河開闢と同時に発生したと自称している情報統合思念体。
 更に、機関と言う涼宮ハルヒが覚醒させた超能力者集団も存在するらしい。

 いや、この世界のキョンと呼ばれる存在も、三年前に発生した存在で有る可能性が非常に高いと言わざるを得ないでしょう。

「この四月。北高校に入学した涼宮ハルヒ嬢は、こう言うそうです」

 軽く首肯いた後、和田さんが少し不思議な台詞を口にし出した。
 但し、彼ら(水晶宮の住人たち)も普通人では有りません。

 そして、有希や、未来人に為せる時間移動が、水晶宮の関係者に出来ないと決めつける事は出来ません。事実、俺の生きて居た世界でも、時間跳躍能力者は確かに存在して居ましたから。
 まして、今回の場合は必ずしも本人が時間移動を行う必要はなく、情報のみが時間移動を行えば良いだけなので、未来予知に類する能力者が介在すれば問題なく得られる情報だと言う事です。

「自分は普通の人間に興味はない。自分の友達に相応しいのは、宇宙人。未来人。異世界人。超能力者だと言ったそうです」

 成るほど。王国能力者がそう言ったとするのなら、そのような特殊な人間が、最初は居なかったとしても、無理矢理にでっち上げる可能性も有りますか。
 いや、適当な一般人に、そう言う役割を割り振る事さえ可能かも知れませんね。

 まして、有希に至っては、その時間の中を何周にも渡って同じ行動を続けて来た事に因り、余計な因業を重ねて来た魂ですから……。

「それで忍くんは、彼女についてどうする心算ですか?」

 
 

 
後書き
 原作小説版の涼宮ハルヒの能力は判りませんが、この融合世界版のハルヒの能力は王国能力で間違い有りません。
 もっとも、原作の方も、必ずしも彼女の思い通りの世界に成って居るとは言えません。何と言うか、彼女自身にとってもかなり不満の残る形の世界に成って居るような雰囲気が有るので、願望達成能力や言霊の類とは違うとは思っているのですけどね。
 無自覚の望みを自動的に叶えるのなら、もう少し直接的な。もっと衝動的な望みが自動的に叶う世界になると思うんですよねぇ。

 それに、思念体に関しても微妙ですしね。
 長門有希の誕生にした所で、必ずしも雪が降っている季節と決まった訳では有りませんから。

 雪が降って居たのは、消失事件(映画版)のラストシーンでしょう。
 ……おっと、これ以上は問題有りか。

 それでは次回タイトルは、『君の名を呼ぶ』です。

 追記。羅睺星の表記について。
 羅睺星がちゃんと表示されているか確認が取れていないので、今回の分はすべてルビを打ちました。
 多分、パソコン版では表示されていると思うけど、携帯版では表示されていない可能性も……。 
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