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ヴァレンタインから一週間

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第21話 真名

 
前書き
 第21話を更新します。

 次の更新は、
 6月21日。『蒼き夢の果てに』第64話。
 タイトルは、『勝利もたらす光輝』。

 その次の更新は、
 6月26日 『ヴァレンタインから一週間』第22話
 タイトルは、『玄辰水星登場』。
 

 
「有希を情報統合思念体などと言う存在の元に帰す事は出来ない。それだけは確実と成ったと言う事やな」

 軽く首肯いた後に覚悟を完了させた俺の、その独り言にも等しい言葉。しかし、その内容は、銀河開闢と同時に発生したと言う、進化の極みに到達したと自称している情報統合思念体に対する宣戦布告にも等しい剣呑極まりない内容の言葉であった。

 そして、表情自体は勝負手を隠し持っている賭け事師(ギャンブラー)にも似た表情で俺を見つめながらも、その内面では明らかに動揺と、そして、かなり否定的な雰囲気を発生させている少女に対して、

「それでひとつ、有希に質問が有るけど良いかな」

 ……と、問い掛けた。
 尚、その時に俺が発して居たのは、先ほどの言葉にも似た、非常に落ち着いた雰囲気。少なくとも、有希の方から見ても激高する様子もなければ、精神が高ぶっている様子もないはず。
 まして、冷静なとか、冷徹な、……と言う表現が似合う雰囲気と言う訳でもなく、ただ、柔らかな表情と、そして、穏やかな、と表現すべき雰囲気を纏って居る。

 その俺の問い掛けに対して、ゆっくりと首を縦に振って答える有希。これは、肯定。
 そしてそれは、別に俺が強制したから心にもない反応を示した、と言う訳ではない、ごく自然な仕草。少なくとも、俺の優しげな態度に間違いがなかったと言う事でしょう。

「もし、このまま有希を情報思念体の元に帰して、有希自体の情報操作で、オマエさんが色々と余計な事を知って居る事実を思念体から隠し通せたとしよう」

 俺のその仮定に、少しの空白の後、僅かに首肯く有希。
 但し、その答えの際に彼女からかなりの陰の気が発生した。これは、おそらくは、俺の仮定自体の否定でしょう。
 つまり、彼女は、自らの情報隠ぺい能力では、思念体を欺き続ける事が出来ない事に気付いて居ると言う事に成ります。

 もっとも、それは当然の事なのですが。

 自らを作り上げた存在を欺き続けられる被創造物など存在するのは難しいでしょう。まして、その相手が、銀河開闢と同時に発生し、情報を集め続ける事で進化し続けて来た存在です。
 彼らに取って情報を集めると言う事は、俺達人間が息をする事のように容易い事のはず。
 まして、有希自身は、進化を極めた完全な存在と言うよりは、非常に不安定な人間の少女そのものの存在ですから。

「その場合。さっき、俺に話したくない。知られたくない、……と、有希自身が語った内容の命令が、再び下される事と成るはず。
 その時、今の有希ならば、一体、どんな判断を下す?
 今まで通り、思念体の指示通りの行動を行うのか?
 それとも……」

 有希の、とても綺麗な瞳を自らのそれで覗き込みながら、それでも怯む事もなく問い掛けを行う俺。
 それに、この問い掛けに対する彼女の答えは判っている心算でも有ります。

「思念体の思惑がどうで有ろうとも、わたしは、わたしの判断に従って行動する」

 有希が、真っ直ぐに、俺の黒と紅。二種類の瞳から視線を逸らす事もなく、そう答えた。
 揺るぎない意志の輝きを宿した瞳で。
 そうして、

「確かに、今までわたしが経験して来た周回に於いても、一時的には思念体の指示に従う事によって、キョンと呼称される人物の信頼を得る事は可能だった」

 ……と、続ける。
 そして、その彼女の答えから、それまで思い描いて居た思念体の目的だと思われる物が、そう的を外していなかった事が確認された。
 但し、今の段階では、その名づけざられし者(ハスター)とも、門にして鍵(ヨグ=ソトース)とも付かないその人物が、自らの正体について、気付いて居るのか、それとも無自覚で有るのかは定かでは有りませんが。

 他の神族の覚醒へのプロセスでも、自らが死に直面した瞬間、自らの正体に気付くような事例も少なくない事から類推すると、そのキョンと呼称される人物が、未だ、自分自身の事に対してまったく気付いていない可能性も少なくはないと思います。
 まして、這い寄る混沌(ニャルラトテップ)の一顕現だった場合、死した後にようやく、実はヤツの一顕現で有った、と言う事が判明した事例も少なからず存在するようですから。

「しかし、今年の七月七日に起きる事件により、一九九九年七月七日より帰還するキョンと呼称される存在に因るわたしへの信頼を維持し続けられる自信はなかった」

 ……有希の独白が続く。
 はっきり言うと、彼女が何を言って居るのかさっぱり判らないのですが、それでも、その信頼を得る為の行動と言う部分に、彼女自身の引っ掛かりと、思念体に対する疑念のような物が有ったのでしょう。
 そしてそれは、最初は問題なく信頼を得る事が出来る行動だったけど、過去に戻る事に因って、直ぐに何らかの不都合が発生する程度の稚拙な策謀を行ったと言う事ですか。
 しかし、彼女の懸念が杞憂に過ぎない物だったとすると、本当に、その情報統合思念体と言う存在が進化を極めた存在だと言う自称すらも、かなり疑わしくなって来ると思うのですが。

「もし、今のわたしが思念体の元に戻るのなら、わたしは、わたしの判断でキョンと呼称される存在の信頼を得られるように努力する」

 俺の疑問を他所に、言葉を続ける有希。そして、その答えは俺の予想通りの物。
 もっとも、そのキョンと言う正体不明の存在には、本来ならば絶対に近付くべきではない相手なのですが。

 そう。少なくとも今年の七月七日を過ぎて、以前に暮らして居た有希のマンションの和室を開くよりも前に、彼女単独で接触するには危険すぎる相手だと思いますから。
 何故ならば、今の長門有希がキョンと呼称される存在が、自らの名前を明かす事なく現代社会で暮らしている存在だ、……と言う事に気付いて居る人間です。
 もし、その人物が、自らの存在……正体に気付いた上で一般人を装っていた場合、その正体に気付いた有希の身に何が起きるか予想が付きませんから。

 但し、それについての警告はまた別問題。今回はキョンと言う正体不明の存在に対する危険度を有希に伝える為の物では有りません。
 今回の目的は……。

「それならば、もし、自らの創造物の反逆に等しい行動を知った時、オマエさんの創造主の思念体はどう言う反応を示す?
 そのまま、オマエさんの判断を支持すると思うか?
 それとも、有希の行為を自らの創造物の反逆と受け取って、有希を処分すると思うのか」

 本当に問い掛けたかった部分に、ようやく到達出来た質問を行う俺。
 但し、この答えに関しても有る程度の答えを予想した上での質問で有るのは間違いない。

 何故ならば、もし、有希が言うような方法が可能ならば、情報を集める事によって進化を極めた存在が気付かない訳は有りません。
 それでも、尚、今までの有希が経験して来た周回に於いては、少々稚拙な方法でキョンの信頼を得ようとして来た。ならば、何周にも渡って同じような稚拙と思われる行動を行って来た、俺や有希では想像も付かないような、思念体に取っての明確な理由が有るはずです。

 その理由の内容に因っては、有希の行動は間違いなく思念体に拒否され、自らの創造物の行為を反逆と捉えた上で、彼女に処分が下されるはずですから。
 彼女に対して、ロボット三原則のような物は適用される事はないと思いますからね。

 俺の問い掛けに、僅かに視線を外す事によって、彼女は自らの答えと為した。人工の光輝(ひかり)に包まれた明るい空間で有るにも関わらず、その名工の手に因る精緻な容貌に、僅かばかりの翳を纏わせて……。

 俺は、その様子を最後まで確認した後に、彼女に対して笑い掛ける。
 但し、これは勝ち誇った者の嘲りを含んだ微笑みではない。相手に安心感を与える為の笑み。信頼を得る為の微笑み。
 そして、

「それならば、答えは簡単。俺は、有希の身を護る為になら打てる策はすべて打つ。最初に言って有るはずやな。俺に取って今のオマエさんは、この世界と等価だと」

 ……と言った。
 但し、当然のように、その為に必要な策と言うのは水晶宮を頼る事と成ります。

 本当は、向こうの世界に彼女を召喚出来たら良いのですが、その場合は、向こうの世界に彼女の異世界同位体がいない事が前提条件と成りますから。

 何故ならば、同じ魂を持つ存在が、同じ世界に存在する事が出来るのか、と言う問題が有ります。
 俺が存在している世界では、未だに同じ魂を持つ存在が、同時に同じ世界に存在していた事実は有りません。
 そう。例え時間跳躍を行える存在が関わった事件でも、その前提条件が崩された事が今までは有りませんから。

 少なくとも、俺が知って居る範囲内では。

 しかし、有希はゆっくりと二度、首を横に振った。
 そして、

「あなたにこれ以上、迷惑を掛ける事は出来ない」

 ……と、静かに伝えて来た。
 但し、これは拒絶と言う訳ではない。むしろ、俺や、水晶宮を気遣ったと言う事。

 しかし、

「有希は俺や水晶宮の事を部外者で、自分の厄介事に巻き込んでいるように感じているのかも知れないが、これは残念ながら違う」

 ひとつ、瞬きをした後、もう一度彼女を視線の中心に置いて、俺は、そう話し掛けた。
 そう。少なくとも、一九九九年七月のハルヒを邪神への生け贄と為す呪を見逃した段階で、地球の生命体を護る側に立って居る存在と思念体は敵対関係に成っていますから。

 確かに、情報統合思念体が、このまま傍観者を決め込む心算なら問題は有りません。
 しかし、もし、現状の内政干渉に等しい介入をこのまま続ける心算ならば……。

「思念体と地球に住む生命体は、自らの未来を掛けた戦いを繰り広げる間柄となる」

 それぐらい、クトゥルフの邪神と言う存在は、地球に生きとし生けるモノすべてに取って危険極まりない存在だと言う事。
 クトゥルフの邪神に知識を求めるのなら、地球などで行わず、別の星系で行えと言うのです。クトゥルフの邪神の知識が必要なら、その門にして鍵だけを拉致して、宇宙の彼方だろうが、次元と次元の隙間だろうが、好きなトコロで、自分たちだけで幸せに成って下さい。俺たち(地球)など巻き込まずに。

 まして、情報統合思念体とは、俺が思う限りでも十分胡散臭い存在。
 少なくとも、本当に銀河開闢以来生存し続け、進化を極めた存在と言うには、あまりにもやって居る事に矛盾が存在し過ぎていますから。

「つまり、思念体と俺達地球に住む生命体との間には、既に火種は燻って居て、俺が有希を奪い去ろうが、そのまま帰そうが、あまり関係はないと言う事」

 彼らが、クトゥルフの邪神に対して、知識と言う名の情報を求め続ける限り、地球産の生命体とは不倶戴天の敵と成るしかないのですから。
 地球上で、そのクトゥルフの邪神に接触する心算ならば……。

 紫の髪の毛を持つ少女が、その銀のフレーム越しの視線の中心に俺を納める。その視線が持つ物は、僅かばかりの決意。
 そして、彼女の名が持つ魔法(意味)のように感じられる。

 そうして、

「あなたは、私に何を望むの?」

 ……と、短く問い掛けて来た。
 静かな夜に響く彼女の声に、余計な感情の如き物を籠められる事はない。しかし、彼女の心の動きは違った。
 普段通りの平静とは違った色を、その奥深くに秘めて居たのは間違いないように感じられたのだ。

「何を望むのか……」

 俺は、ため息と、そして吐息の丁度中間に分類される息を吐き出しながらそう呟いた。
 そして、更に続けて、

「難しい質問で有り、同時に、簡単な質問でも有るな」

 ……と、矛盾の大きな答えを返した。
 有希は無言で俺を見つめるのみ。しかし、これは当然。何故ならば、この台詞では、未だ彼女の質問に対する答えを返していませんから。

「最初から言って居る通り、俺が有希に求めている物などない」

 そう。本当の意味で、彼女に求めているモノなど、今の俺にはひとつしか存在しない。

「俺に取って、有希が俺の手を取ろうと、取らずに、思念体の元に帰還しようとに関わらず、俺がこれから為す事に変わりはない。
 そして、この世界の行く末に関しても、むしろ有希や、涼宮ハルヒの関係者すべてをこの世界から消滅させて、この世界を本来そうで有った形に戻した方が、後に起きるで有ろう問題が少なくて済む可能性は高い」

 完全な防音設備の整った殺風景な室内に、俺の不吉な色に染まった台詞が響く。
 有希は、その言葉の内容を聞いても何も反応を示す事はなかった。そして、おそらく彼女は、それが正しい判断だと考えて居るはずです。

 しかし、

「但し、今の俺に、その合理的な判断と言うべき選択肢を選ぶ事は出来ない。
 何故なら、俺の求めている物……。望みはたったひとつやから」

 ここまで伝えてから、大きく息を吸い込み、呼吸を安定させ、気を全身に巡らせる。
 彼女の名工の手に因る麗貌を瞳に映し、彼女の呼吸音を耳に宿し、

 彼女の存在そのものを、すべての能力を使って感じながら、自らの思いを口にした。

「有希。オマエさんに消えて欲しくない。たった、ひとつ。それだけやから」

 この世界に流されて来て、最初に出会い、俺の事を最初に信用してくれた人間を、何が有ろうとも絶対に消す訳には行かない。
 確かに、水晶宮を訪れた事に因り、俺の事を覚えて居てくれる相手は増えました。しかし、それでも彼女が俺と縁を結んだ存在だと言う事に変わりは有りませんから。

 そして、俺が縁を結んだ相手を失って尚、平気で居られるほど強い精神力を持って居る訳が有りませんから。

 俺の答えを聞いて、微かに首肯く有希。

 俺は、ゆっくりと彼女の目の前に右手を差し出した。
 その右手を、何かの感情を籠った視線で見つめる有希。そう。この時の彼女の瞳には間違いなく、何らかの感情が籠められていた。

 そして……。

 柔らかく、少し冷たい印象の有る繊手と、温かい俺の手が繋がれた瞬間、彼女の未来の一部が崩れ去り、
 そして、新しい未来(可能性)が生まれ落ちたのでした。


☆★☆★☆


「あなたに聞きたい事が有る」

 室内灯の明度は変わらず。しかし、先ほどまで纏って居た暗い翳に等しい雰囲気を振り払い、少女は俺の瞳を覗き込むように、そう問い掛けて来る。
 そして、俺が、ゆっくりと首肯くのを確認した後、

「あなたは何故、最初にわたしの名前を呼ぶ事を躊躇ったのか知りたい」

 ……と、問い掛けて来たのでした。
 其処に有るのは、単なる好奇心とそれに付随する雑多な気配。少なくとも、それ以外の余計な邪気のような物を感じさせる事はない。
 しかし……。

 ……………………。
 ………………。
 ゆっくりと過ぎて行く時計の秒針。
 そして、まるで俺に答えを強要するかのように見つめるその瞳。

「どうしても聞きたいのか?」

 俺は、念を押すかのように、そう彼女に問い掛ける。
 真っ直ぐに自らの視線を逸らす事もなく、首肯く有希。普段の彼女に比べると、明らかに強い調子で……。

 時計の秒針が、其処から更に一周分の周回を繰り返す間、沈黙と言う名の空白が世界を支配する。
 そして……。

「理由は言えない。その名前が俺に取ってもとても大切な物で、特別な意味を持つ言葉だと言う事しか言えない」

 有希の問いに対する曖昧な答え。その答えに対して、哀しげな気が発せられる。
 そして、それは当然の帰結。もし逆の立場なら、こんな答え方では、俺も納得はしないはずですから。

 彼女の強い視線に気圧されるように、僅かに視線を宙に彷徨わせた後、軽くため息。

 そうして、

「どうしても……。本当に、()()()()()聞きたいのか?」

 俺が更に強く。そして、念を押すように彼女に問い掛ける。
 尚、当然のようにその問いは、彼女に有る程度の覚悟を要求する物となる。

 矢張り、ひとつ首肯く事によって、俺の問い掛けに対する答えと為す有希。
 その首肯きの中には、先ほどよりも強い覚悟を秘めて。

「判った、教えてやる」

 室内灯に照らし出された彼女の整った顔立ちを、変わって仕舞った色違いの瞳に映し、彼女に対してそう告げる俺。
 しかし、更に続けて、

「せやけど、それは今ではない」

 最初の言葉に、彼女にしては珍しく喜びに等しい雰囲気を発した後に、それに続く俺の言葉との落差に対して、今度は明らかに不満と思える気を発した有希。
 彼女が、ここまで明確に不満を示す気を発したのは、俺が眠る場所に関して彼女が異を唱えた時ぐらいですか。

 もっとも、今と成ると、何故彼女が、頑ななまでに彼女が俺を傍に置いて置きたがったのか、その理由が分かるようには成りましたが。
 あの時の彼女は、俺の能力を知って、俺が和室に侵入する事を警戒していた、と言う事ですから。

 そして、その懸念は間違いではないと思いますからね。

 何故ならば、時間凍結技能は、俺でもアガレスの職能を使用すれば可能ですから。
 そして、使用可能ならば、余程複雑な術式を行使していない限り、その術式を解き明かす事も可能ですから。

 少なくとも、凍結された時間の世界(和室)に侵入する事は可能だと思います。

 そのような、大きな不満に彩られた気を発する少女に対して、居住まいを正し、そして、それまでの足を崩した形から、ちゃんと正座の形へと座りなおした後に、

「俺が死ぬ直前。本当に、死に直面したその瞬間に、有希にだけ聞こえるように、オマエの耳元でそっと囁いてやる。それで、勘弁して欲しい」

 ……と、そう伝えた。
 これは、普段の俺の態度からは考えられないような、真面目な態度。

 そう。普通ならば、相手が誰で有ろうとも、絶対に教える事は有りません。
 これは、そう言う事ですから。

 俺を、今度こそ本当の意味で驚いたような瞳で見つめる少女と視線を交わらせながら、そう続けた俺。
 そして、ゆっくりと立ち上がる。

 ただ、有希には知って貰い、そして、そこから先の俺の未来を、オマエさんの好きに使って貰っても良いかも知れない。
 転生が当たり前の事実の俺たち……。俺たち、仙族に取っては、そんな時間でも、おそらくは一睡の夢。
 そして、そんな一睡の夢を、有希。オマエさんと共に見るのなら、それも悪くはない。

 そう、考えながら……。

 俺は、コタツの対面に座る有希の傍らに移動しながら、ゆっくりと、一言一句を区切るように、その少女へと話し掛ける。
 そうして、

「有希が知りたがっている事を知られると言う事は、俺のすべてを支配される。そう言う事に等しい事やからな」

 ……と、彼女の耳元に、そっと、囁くように告げたのでした。

 ………………。
 …………。

「了承した」

 少女が短く、彼女に相応しい答えを返して来た。
 彼女の傍ら。具体的には、彼女の右肩の傍に腰を下ろした俺と正対した後に。

 お互いの膝がふれあい、鼓動や吐息さえ聞こえて来そうな距離と、静かな室内に、再び、沈黙が訪れる。
 そして、

「そのような理由ならば、わたしに教える必要はない」

 ……と、少し哀しそうな口調で、そう続けたのだった。
 いや、口調自体は普段とまったく変わりがない、彼女独特の口調。但し、俺は、気を読む生命体。そして、彼女との間には、霊道と言う目には見えない、しかし、確かな絆と言う物が繋がって居り、その霊道が伝えて来る彼女の感情が、俺には哀しげな雰囲気に感じられたと言う事。

 但し、

「いや。有希には知る権利が有る」

 俺は、ゆっくりと首を左右に二度振った後に、彼女を見つめながら、そう答えた。
 そして、更に続けて、

「今は確かに持ってはいない。しかし、その時。俺が、世界から消えるその時には、知る権利を持って居る可能性が高いと俺は思って居る」

 俺の言葉に、少し哀しげな気を纏わせた彼女が、それまでと変わらない仕草で、俺の瞳を覗き込んでいる。
 そして、彼女の方からは、決して口を挟もうとはしなかった。

「この世界に。有希が暮らして来た世界に俺が留まる事は出来ない、……と思う」

 意識的に、今までは避けて来た台詞を彼女に対して告げた。

 そう。俺は、この世界に取っては異質な存在。
 まして、もし、この世界に俺の異世界同位体が存在しているのなら、そいつは間違いなく今、異世界へと送り込まれているはず。
 そして、そいつが帰還するタイミングで、俺自身も同じように帰還させられる可能性が高いと思って居る。

「しかし、死んだ後の魂ぐらいなら、こちらの世界。有希の元にやって来たとしても問題はない」

 俺の言葉に、少し強い調子で首を横に振る有希。まるで、これ以上、俺の言葉を聞きたくはない、……と言う、そんな強い拒絶の意志を伝えるかのようなその仕草。
 しかし、俺の方は、そんな彼女の雰囲気にまるで気付いていないかのように、ただ、淡々と俺自身の思いのみを伝えて行く。

 そう、ただ、淡々と……。

「魂だけとは言え、俺は俺。オマエさんにそれ以上、寂しい思いをさせる事は無くなる」

 そう。真名を知られると言うのはそう言う事。そして、有希と言う名前は、俺の真名に繋がる名前でも有ると言う事です。

 しかし……。
 しかし、ゆっくりと首を横に振る有希。これは、拒絶を意味する仕草。
 そして、

「あなたとの絆が有る限り、わたしはあなたの存在を感じる事が出来る」

 だから、もう寂しくはない。

 彼女はそう続けた。
 そう。俺たち式神使いと言うのは、次元の仲介者。
 俺の式神契約と言う物は、次元の壁を隔てようと無くなる物では有りません。それで無ければ、精霊界や魔界から、それぞれの式神たちを召喚する事など出来なく成りますから。

 そして、一度結んだ式神契約()は、双方が同意した時のみ解除が可能。俺は、最初に彼女に対して、そう教えましたから。
 つまり、俺が向こうの世界に帰ろうとも、俺と彼女の間にこの式神契約と言う絆が存在し続ける限り、俺は彼女の事を。
 そして、彼女は俺の事を、何時でも傍に感じ続ける事は可能なのです。



 少女と表現するにはあまりにも完成され過ぎた容貌を俺に見せ、僅かに哀しげな雰囲気を発する有希。
 その表情も、そして、雰囲気も俺が意図した物ではない。
 ただ……。

【だから、死ぬなどと言う言葉を口にして欲しくはない】

 
 

 
後書き
 今回の内容で長門さんが語った内容は、朝倉涼子が暴走した事案が三年前の一九九九年七月七日の段階で長門を通じて思念体に伝わって居る可能性について、キョンが気付くと言う事を懸念していると言う事です。
 この物語内の長門有希は、一九九九年七月七日から、二〇〇二年七月七日までの間を無限にループし続けた長門有希ですから、其処から先の未来については、何処まで詳しい情報を持って居るか疑問でしたから、曖昧な表現に止めたのです。

 もっとも、消失事件の際に詳しい情報は伝えられているとは思うのですが。

 但し、その場合は、終わらない夏休みに何の対策を施そうとしない行為自体がかなり不審ですし、そもそも、その消失事件の発生を思念体が察知して居ながら、何の対策を講じる事もなくそのまま成り行きに任せ、その事件が終った後に、長門の処分の検討を行って居るなどと言う事をキョンに告げる。この行為も非常に不審な行動と成ると思うのですが。

 何故ならば、結果が判っているのなら、最初に対策を講じているはずですし、処分が必要なほどのバグを長門が持って居るのなら、わざわざ、キョンにお伺いを立てる行為など行わずにさっさと処分するはずですから。

 尚、このヴァレンタインから一週間の世界の未来では、ハルヒ原作の消失事件は発生しません。
 そもそも、其処に至る歴史に狂いが発生して居ますから、同じ未来が訪れる訳は有りませんからね。

 私の世界は、原作とは別の因子が加わる事に因って、別のルート。つまり、平行世界が発生すると言う世界観で物語を作って居ますから、これが当然なのですが。
 まぁ、ここまで変えたら、原作コピーなどと言われる事はないでしょう。

 但し、消失事件など絶対に起きないとは断言しませんよ。

 それでは次回タイトルは『玄辰水星登場』です。
 
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