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ヴァレンタインから一週間

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第10話 長門への説明

 
前書き
 第10話を更新します。

 第11話以降は、出来る事ならば、週に一度の更新を維持して行きたいと思います。
 但し、もう一本。『蒼き夢の果てに』と合わせて二本を毎週更新ですから……。

 ちなみに、『蒼き夢の果てに』は第59話までは完成。現在、第60話を作成中。
 『ヴァレンタインから一週間』の方は、第17話まで完成済みです。
 もっとも、手直しや誤字のチェックなどを行う必要が有るので、即座に公開出来る訳ではないのですが。
 

 
 俺の問い掛けに、真っ直ぐに俺を見つめた後、小さく首肯く長門。
 その瞬間、彼女の顔に重要なアクセントを与えている銀と透明な硝子が、室内灯の明かりを僅かに反射した。

「この異常事態を引き起こしているのは、ラゴウ星とケイト星と言う二柱の天魔。こいつ等が顕われたら世界の半分はあっちゅう間に吹っ飛ぶと言うぐらいの危険な連中、程度には理解して置いて欲しい」

 俺の声のみが、冷たい冬の夜気に包まれた長門の殺風景な部屋に木霊した。
 そう。この部屋のみが、何故か他の世界とは隔絶され、周囲に存在している光の粒子さえ辿り着く事が出来ない空間と成って居るかのようで有った。

「まして、こいつ等の神性には、再生はない。有るのは破壊だけ。
 それで、厳密に言うならば、こいつ等を完全に滅する事は出来ない。おそらくは誰にもな」

 長門は何も口を挟もうとはしない。ただ、普通ならば絶対に信用されるはずの無い俺の言葉に対して、否定するような雰囲気を発する事も有りませんでしたが。
 俺の事を完全に信用している……訳は有りませんか。流石に、こんな短い付き合いしかない相手を簡単に信用出来る訳は……。

 其処まで考えた後、彼女の置かれて居る立場に少し考えを巡らせ、自らの思い込みと言うヤツを否定する俺。

 そう。彼女自身が他者と付き合った経験が乏しいのなら、簡単に他人の言を信用して仕舞う可能性も有る、と言う事に気付いたと言う事です。

「何故ならば、こいつ等は、れっきとした神籍に名前の刻まれた仙族の神様。九曜星の内の二柱に当たる神様やからな」

 それでも、取り敢えず信用してくれているのならば、最後まで説明するだけです。それ以後の事は、それ以後に考えたら良い。
 そう考え、引き続き、説明を行う俺。

 もっとも、今の説明の内容は現実味が薄い上に、俺自身も未だ確信が有る訳では無い仮説ですから……。

「まぁ、いくら俺が神殺しの属性を与えられた存在でも、これは難しいと思う。
 え〜と、それで……。確かこいつ等は、元々、インド神話に登場するラーフと言う名前の一体のアスラやった。
 それが、アムリタ(甘露)を飲む事によって不死の属性を手に入れ、悪神となった。
 その際に、首と胴体が切り離されて、それぞれが、ラーフ、ケートゥと言う名前の天に輝く凶星となったと言う訳なんや」

 ただ、この西宮の地では、ケートゥ(ケイト星)の方が、どうやら大地に封じられていた可能性が高いようなのですが……。
 それも、首なしの黒い身体の邪神としての姿で……。

「ここまでの説明は理解できたかな?」

 正に、世界は不思議で溢れている、と言う言葉がしっくり来るような、荒唐無稽な俺の説明が終わった後、一応、長門に対してそう聞いては見るのですが……。もっとも、正直なトコロ、こんな東洋伝奇小説紛いの話の内容を完全に理解して、更に信じて貰えるとは思ってはいません。
 まして、俺の属性神殺しは口からデマカセ。所詮は伝承上での龍種。つまり、龍の血を引く人間には、そう言う神話上での役割が与えられる事が多いと言うだけの事ですから。
 但し、例え口からデマカセでも、そう言わなければ、この場で長門に、この話をする事などが出来る訳は有りませんから。

 何故ならば、事態は既に絶望的な状況と成っているのですから……。
 表面上は。

 俺の問いに、有希はコクリとひとつ首肯いた。彼女が発して居るのは、……少なくとも陰気の類では有りません。と、言う事は彼女が態度で示した通り、俺の説明を理解してくれたと言う事なのでしょう。

「そうしたら、質問は有るか?」

 少しの違和感を覚えながらも、そう長門に対して問い掛ける俺。そもそも、俺自身でさえ、未だ半信半疑の仮説に過ぎない内容を簡単に信用出来る、と言う点からして……。

 まして、今、答えられる範囲は限られているのですが。
 この世界の水晶宮への接触方法が判らない以上、今の俺には、この街をあちこち歩き回って、不自然な気の澱みを地道に調べ歩くしか方法が有りませんから。
 但し、どれぐらいの範囲内を調べなければならないのか判らない以上、さっそく今晩から動き出す必要は存在して居ます。

「どうやって倒す」

 長門が、いきなり無理な質問を出して来た。昨夜の出会いから変わらない、彼女独特の抑揚の少ない口調で……。
 但し、現状では難しい質問で有るのは確かなのですが。

「取り敢えず、今言えるのは、晴明桔梗印が通用する可能性が高い、と言う程度かな。ケートゥの現在の姿から推測するならば、やけどね。
 それ以外に関しては、今のトコロ打つ手はなし」

 ただ、この一連の流れ自体が、何らかの神話的追体験を求められている状態ならば、人魚姫のルーンを持つ有希と、片目の龍神一目連の俺が、共同で難局を乗り切れと言う事なのでしょう。
 俺が異界に流された事と、長門の身に起きている異常事態。そして、土地神たちが封じられている現状と、今起きつつ有る事件に関連性が有ると仮定するのならば。

 まして、現状ではラゴウ星が顕われる場所の特定が出来ない以上、最初に、ヤツが現界する場所がはっきりすれば、対処する方法も有るのですが。
 おそらく、身体(ケートゥ)と、(ラーフ)が合一するのは、涼宮ハルヒと言う名前の少女が告げた、新しい彗星が地球に近付く一週間後だと推測出来ます。

 その際に顕われるラゴウ星を排除する事が出来たのならば、俺は元々暮らしていた世界に帰還する事が出来るようになり、長門は……。
 相馬さつきが『邪神』と表現した造物主との連絡が回復する事と成る……。

「まぁ、いきなり言われても信用出来る訳は無いか」

 俺は、少し頭を振って、余計な考えを追い出した後に、長門に対してそう告げた。
 そう。先の事は先の事。未だ、長門有希と言う名前の少女の事も良く判っていないのに、あの相馬さつきと名乗った術師の少女の言葉のみを信用しても始まらないでしょう。

 先ずは長門有希。彼女の事を知る事。そこから始めなければ、彼女の造物主の事など判る訳は有りませんから。

 しかし……。

「了承した」

 ……と、長門は俺の言葉に対して、いともあっさりと首肯く。彼女が発する雰囲気は正。俺を騙そうとする雰囲気も、そして、自らを偽っている雰囲気も感じる事はない。
 う~む。どうも、簡単に信用し過ぎのような気もするのですが。

「いや、もう少し考えてからでも、返事は遅くないで」

 最初に、そう言って置く俺。
 確かに、彼女に対して俺は嘘を言った覚えは有りません。それに、彼女に信じて貰えた事は、正直に言うと素直に嬉しい事なのですが……。
 但し、彼女に、こんなに簡単に信じて貰える程の証拠は示してはいないのも事実です。
 もし、俺が何らかの悪意を持って、長門(彼女)に近付いていたとしたら、どうする心算なのでしょうか。

 まして、彼女は造られた存在。もし、一時的とは言え、俺が彼女の主人格と成った事に因って、彼女が俺の命令に絶対服従する、と言う状況に陥って居るとしたら、それはそれで、かなり問題が有る事態ですから。
 俺と出会う以前。長門有希と言う人工生命体を造り上げた存在が、仮に彼女に絶対の服従を強いていたとしても、それはそれ。人にそれぞれ個性が有るように、俺には俺のやり方が有り、俺は、自らの式神に対しても絶対の服従を強いる事など有りません。

 俺の判断力は、所詮、俺の能力を超える事は出来ません。確かに、全ての事象に対しての最終的な決定権は俺に有りますが、俺が間違った判断を下しそうに成った時に、もし式神たちに絶対の服従を強いていた場合、誰にも止めて貰えなくなります。
 流石に、それは問題が出て来るでしょう。

 しかし、

「貴方は、わたしに嘘を吐いた事はない」

 最初に長門は、俺に対してそう言った。透明な表情のままで。
 そしてそれは事実です。俺は、彼女に対しては嘘を吐いた覚えは有りません。

「それに、わたしには貴方と共に有る、と言う選択肢しかない」

 更に続けて、長門が淡々と告げる。出会った時から変わる事のない抑揚の少ない、より彼女らしい声で。

 成るほど。彼女はそう言う風に考えていたのですか。いや、ただ、先ほどの台詞を俺に告げた際の長門から流れて来た雰囲気自体は、言葉の調子ほど平坦なモノでは無かったのですが……。
 え〜と、何と言うか、ある種の期待感に近かったような気がするのですが。

 彼女の感じている期待感とは……。

 いや、今はそんな不確実な事を考える必要は有りませんか。
 それに、今の彼女の答えは自分で選択したと答えと言うよりは、状況に流された結果と言う雰囲気です。
 ただ、その期待感と言う部分を言葉にして貰えたなら、そこに彼女の本当の気持ちが含まれているとは思いますが。

 そうすると、俺は、俺の思いを素直に彼女に告げたら良いだけ、と言う事ですか。俺としては、こんな危険な事件……調査の間だけならいざ知らず、ラゴウ星と直接相対す瞬間まで、この少女を連れて行きたいとは思いませんから。

「いや、他に選択肢は有るで」

 俺は、やや軽口に近い様な雰囲気でそう答えた。そして、長門が何かを口にする前に更に続ける。
 それは、俺自身の意思がぐらつく前に口から発して置く必要があったから。
 そう。何故ならば、俺は、そんなに意志の強い人間では有りませんから。

「調査は二人で行っても良い。せやけど、ラゴウ星と直接対決するのは、俺一人で充分や。長門さんは、俺とラゴウ星の戦いのケリが付くまでの間、何処か安全な場所に隠れてやり過ごしてくれたら、それだけでええ」

 もっとも、俺の目の前に座って居る少女が、こんな危険な事を俺一人に押し付けて、自分一人が安全な場所に隠れて危険な事をやり過ごす、などと言う選択肢を選ぶとも思えません。
 まして、ラゴウ星が顕われると世界の半分は簡単に吹っ飛ぶ、と言う俺の説明を彼女は信じた訳なのですから、

 長門が、その瞳に俺を映したまま、ただ時間だけが過ぎ去って行く。

 ………………
 …………
 ……って、おいおい。何故に、俺が彼女にじっと見つめられなければならないのです?
 それも、彼女の帯びた属性と、この季節に相応しい霜の降りたような視線で。

「いや、別に長門さんがラゴウ星との戦いの場に必要ない、と言っている訳ではないで。
 俺が、そう言った理由を考えて、何故、長門が俺と事件を共同で解決したいと思ったのか、その理由を俺に納得出来るように説明したら良いだけなんやから」

 だから、出来る事なら、そんな脅迫するような瞳で俺を見つめないで下さい。
 俺は、基本的に女性に甘いですし、ラゴウ星を一人でどうこう出来るなんて小指の先ほども思ってはいないのですから。
 それに、

「そもそも、長門。オマエさん、俺と契約を交わしてから普段よりも体調が良い事はないか?」

 俺の突然の、そして更に意味不明の問いに、少し考える仕草を行った後、コクリと首肯く長門。
 そして、その彼女の答えは俺の予想通りの答え。何故ならば、そもそも、最初に出会った時と、今、彼女が発している気の質はかなり変わっているのが判りますから。

 最初、彼女は、かなり強い陰の気を放っていました。
 もっとも、彼女自身を支配していたのが、寂寥感や達観などの負の感情が強かったから仕方がないと言えば、仕方がなかったのですが。
 それで、現在は、かなり陽の気が強くなって来ています。この理由は……。

「俺の霊気は、陽の気に分類される霊気なんや。それを直接取り込んで循環させているんやから、以前よりは調子が良くなって当然なんや」

 もっとも、あまり取り込み過ぎても問題が有るモノなのですが、彼女に循環させている霊気の総量は、食事の量と比べたらそれほど大きなモノでは有りません。
 おそらく、食事として取り込んでいるカロリー(エネルギー)もそのまま、彼女の生体を維持する為のエネルギーに転換出来る為、他の式神たちのように全てを俺が賄う必要がない分だけ少なくてすんでいるのでしょう。

 それに、おそらく、彼女自身の気持ちの変化に因るトコロも大きいと思いますから。
 これはつまり、気の持ちようでどちらにもなる、と言う事なのですが……。

 まして、女性は基本的に陰に属しますから、男性で有る俺から陽の気を得るのは、理に適っている事でも有りますし。

「オマエさんの能力は有る程度判っている心算や。その点だけで言うならば、相棒として、俺と共に居て欲しいに決まっている」

 俺は、先ほどまで考えて居た言葉をオクビにも出す事もなく、更に続けた。
 それに、俺に出会う以前の彼女の気持ちは、今考えても仕方が有りません。
 それよりは……。

 俺は、真っ直ぐに長門有希と言う名前の少女型人工生命体を見つめる。

 そう。彼女……。長門有希は、造られた存在で有る以上、おそらくは普通の人間よりも高スペックに造られているとは思います。
 しかし、それでも尚、一気に首を跳ばされるとか、身体の基幹部分に致命的な損傷を受けた場合、生体としての機能を維持出来るとは思えません。
 そして、その際に彼女に対して、俺の式神の唱える治癒魔法や、蘇生魔法が効果を発揮するかどうか。

 おそらく、基本は生命体ですから、効果を発揮するとは思うのですが……。
 しかし、試す度胸は、今の俺には有りません。

「まして、俺を説得出来なかったら、ラーフにも、当然、ケートゥにも出会う事は出来ないやろうしね」

 そう、有希に告げる俺。
 もっとも、この言葉の方に関しても、確信が有る訳ではないのですが。
 しかし、それでも神代ではないのですから、ラーフやケートゥが、某着ぐるみ怪獣映画よろしく街で大暴れ。地球防衛軍相手にド派手な戦闘行為。日本列島は大パニック、などと言う、悲劇的ですけど、有る意味、笑える破壊活動に成る事はないとも思いますから。

 案の定、俺の言葉の意味が判らなかったのか、少し不可解と言う雰囲気が長門から発せられた。
 成るほど。それならば、多少の説明は必要でしょう。

「新しく発見された彗星と言うのが、その天に昇った悪神ラーフの現実界の姿なんや。
 それで、その彗星が地球に最接近する直前に、この付近は異界化する」

 おっと、先ず、その『異界化』の説明が必要ですか。
 この『異界化』と言う現象は、閉鎖空間。呪派汚染。魔界化などと評される現象の事。

 そして、今回の異界化現象の核は、異界より顕われる悪神ラーフ。
 おそらく、土地神が封じられた事に因り、ケートゥが次に現世に顕われるのは、この先はこの時までないでしょう。
 ラーフ、ケートゥは二柱が揃って、初めて全能力を行使出来るように成るはずの邪神ですから。

 伝承で伝えられている狡猾な悪神が、そんな中途半端な状態の時に、現世をうろつく事は考えられません。
 何故ならば、現在起きつつ有る事態を神界や仙界に気付かせない為に、早々に土地神たちを封じたはずです。

 そんなヤツが、調伏される危険性を冒してまで、中途半端な状態で現世をうろつくはずはないでしょう。

「その異界化した閉鎖空間で、ラーフやケートゥを排除出来たなら、彗星はそのまま宇宙の彼方に飛び去る。
 せやけど、ヤツ等の方が勝利した場合、彗星が間違いなく、ここ西宮の地に落ちて来る。
 ヤツ等は、太陽と月の両方に恨みを持っていて、顕われる際には、日食と月食を同時に伴う、と言う伝承もある。
 しかし、どう考えても、このふたつが同時に起きる事はない」

 ここまで一気に話してから、息継ぎの意味と、それに、少しの余韻を持たせる意味から、言葉を切って、息を吐き出す。
 そして……。

「考えられるのは、巨大彗星激突による、核の冬の到来やな」

 ……と、やや疲れたような口調でそう告げた。

 もっとも、本当にそうなるのか、それとも、街でラーフが大暴れ、に成るかは判らないのですが。
 しかし、確かラグナロクやハルマゲドン関係の記述の中にも、似たような記述が有ったように記憶しています。
 それに、この仮説でも、少なくとも太平洋沿岸地域は壊滅的なダメージを受ける事は間違いないでしょう。

 古来より語られて来た物語には、語り継がれて来た分だけの力が籠められています。この力をバカにしたり、無視したりしたらイタイ目に会う事となる可能性も有るからね。

「貴方の話を信用するのなら、この地球上に安全な場所など存在しない。
 ならば、わたしが貴方に同行したとしても問題は発生しない」

 長門が俺にそう言う。成るほどね。確かに筋は通っていますね。
 しかし、

「確かに長門さんが言うように問題はない。せやけど、俺は負ける心算もない。
 ……と、言う訳で、現実世界に止まる限り、彗星が地球近辺を通過するだけで、大きな問題が起きるとは思えない」

 俺は、ここで一度言葉を止め、長門有希と言う名前の少女を見つめる。
 彼女も俺を見つめ返して来た。今まで通り……。いや、やや表情が硬い雰囲気ですか。それに、少し不機嫌な感じも受ける。
 まぁ、彼女からすると、分からず屋の俺を非難するような気分なのでしょうね。

 ……やれやれ。これは、仕方がないですかね。

「それにな。もし、異界化した空間に長門さんを連れて行って、そこでオマエさんを失うような結果となって終ったら、俺は悔やんでも悔やみきれない事になる」

 本当は、この理由を俺の口から教える心算は無かったのですが……。
 そう。本当ならば、少し時間が掛かったとしても、彼女が自分で気付いてくれたのならば……。

「その事なら問題はない。わたしが機能停止したとしても、わたしの造物主との交信が回復すれば、そこに存在する情報のバックアップから、わたしは再構成される」

 長門が普段通りの口調で、そう俺に告げた。ただ、何となく、事実の説明を行っていると言うよりも、俺を説得する為に説明を行っているような雰囲気で有ったのですが。
 おそらく、その再構成と言う言葉が、長門有希と言う人工生命体を造り上げる作業と言う事なのでしょう。
 そして、俺の予想通り彼女はそう思っていた……。自らは人工生命体で有るから、代わりは幾らでも居ると考えていたと言う事ですか。 

 確かに、その考え方は、何モノかに製造された人工生命体の少女。パーソナルネーム長門有希ならば、何の問題もない考え方でしょう。
 しかし……。

「そうやな。確かに、長門さんの造物主との交信が途絶える前の長門有希は再構成されるから、この世界的には問題はないと思う」

 長門の言葉を肯定するかのような俺の言葉。
 分からず屋の俺を、あっさりと説得出来たかと思った長門から、少しの安堵に似た気が発せられた。

 それに続く、俺の言葉を聞く直前まで……。

「せやけど、長門さんの造物主との交信が途絶えた後、再構成される直前までの長門有希は、一体、何処に行って仕舞うんやろうな」

 俺の言葉に、長門からかなり、驚いたような気が発生する。

「もっと具体的に言うと、俺と過ごした記憶の有る長門有希を死なせる訳には行かない。
 俺がこの世界にやって来て、共に過ごした記憶を持っているのは、今俺の目の前に居る長門有希、オマエさんだけや。
 もし、オマエさんを失って仕舞ったら、この世界で俺の事を記憶していてくれる人間は誰もいなくなる。
 覚えて置いて欲しい。俺に取って、長門さん。今のアンタは、この世界すべてと等価なんや」

 この俺の気持ちを理解した上で、俺を説得出来なければ、この目の前の少女を危険が待っている事が確実な異界化した空間などに連れて行く心算はない。

 コタツ以外に、真面な暖房器具のないこの部屋の大気が冬の属性を帯び、短くない会話のやり取りの終わった空白を、静かに、そして確実に埋めて行った。

 たっぷりと時計の秒針が二周ほど出来る時間の経過した後、真っ直ぐに見つめ有っていたその瞳を、この世界に来てから初めて、彼女の方から在らぬ虚空へと逸らして仕舞う。

 そして、

「わたしには、コミュニケーション能力が不足している」

 普段通り、抑揚の少ない話し方で、俺に対してそう告げて来る長門。
 しかし、先ほどまでの彼女とは少し違う雰囲気に包まれていた事は間違いない。

「何も難しい事を言っている訳やない。自分の思っている事を素直に俺に告げたらええだけや。
 まして、俺相手に話しちゃイカン事はないと思うぞ。
 何せ、俺はじきに異世界に消える運命やからな」

 まぁ、正直に言うと、今の彼女の交渉能力では少し難しいかも知ないと思っているのですが。何故ならば、俺を説得する方法は無いと言う事も無い、と言う程度の可能性しかないと思いますから。
 更に、俺の話した理由は、最善手を打つべき状況から考えると間違っていて、更に俺の我が儘に等しい理由なのですが、彼女の事を思っての理由で有る事は間違い有りませんから。

 真っ直ぐに俺を見つめる長門。しかし、その瞳からは、先ほどまでのような威圧感を感じる事は有りませんでした。

「俺は、基本的に物分かりはええ方やし、実際、俺を説得する方法も有る」

 俺は、俺を哀しげに見つめている少女に対して、そう告げた。
 そして、彼女は……。

 そして、彼女は静かに首肯いて答えるだけでした。
 
 

 
後書き
 やや、長門さんが東洋伝奇アクション風の世界に馴染み過ぎているような印象を受けますが……。
 更に、主人公の荒唐無稽な仮説をあっさりと受け入れ過ぎているような気もしますね。

 それでも、彼女は涼宮ハルヒに、150年以上振り回され続けた長門有希です。少々、異常な事態が起きたとしても、動じる訳はないと思います。
 まして、彼女は消失事件も、既に50数回経験しているはずですからね。三年前に経験出来る部分に限りますが。

 そして、自らの正体をキョンに明かす度に、取りつく島のないような対応で相対された続けた長門有希でも有りますから、主人公の台詞を頭から否定するような対応は取らなかったのです。
 流石に、自らが取られて傷付いた可能性の有る態度を、自らが他人に対して行う事はないと思いましたから。

 それでは次回タイトルは『蒼い少女』です。
 このタイトル……かなりマズイような気がするのですが。

 追記。第11話は3月15日までには更新します。
 但し、この風邪が治ってくれないと、書けないのですが。 
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