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ヴァレンタインから一週間

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第9話  第何種接近遭遇?

 
前書き
 第9話を更新します。
 

 
 相馬さつきと名乗った少女が去った後、世界は、紅から蒼が支配する世界へと、刻々と時を進める世界へと戻っていた。

 長門がその双眸の中心に俺を映し、無言でただ、真っ直ぐに見つめる。
 その瞳は……。いや、現在(いま)の彼女からは雑多な気が放たれ、明確な方向性と言う物を掴み取る事が出来はしなかった。
 もっとも、それも仕方がない事だとは思いますけどね。突然、正体不明の少女に邪神の眷属と呼ばれて刀で斬り掛かられたのです。表面上だけでも、普段の彼女の雰囲気を纏って居られるだけでも凄い事だと思いますからね。

「そうしたら、長門さん。そろそろ、日も暮れるし寒くも成って来たから、部屋に帰りますか」

 取り敢えず、俺は彼女に対してそう話し掛けた。その言葉と共に発せられた白い吐息に、今、この場所の気温を知る事が出来る。
 それに、当初の目的は達成出来ませんでしたが、長門の存在自体が、この世界の術者に取っては問題が有るらしい事が判りましたから、今日のトコロはこれで良しとすべきですか。
 本来ならば、あれほどの明白な霊力を放っていたのですから、ラゴウ星に関係の有る眷属。所謂、伴星と呼ばれる奴らを誘き寄せたかったのですが、流石に、そこまで事態は甘くないと言う事なのでしょう。

 まして、今回の相手は引き下がってくれましたが、これから現れる全ての人物が物分りの良い相手だと限った訳ではないとも思いますからね。

 俺の言葉に少しの不満と、そして、同時に疑問に似た雰囲気を発する長門。不満の部分は……、当初の目的を達する事なくこの場を離れる事ぐらいしか思い付きませんが、疑問に関しては色々と思い当たる部分が有りますしね。

「俺の正体については、この場で話す事は出来ない。それに……」

 俺は長門を見つめてから、息を整えるかのように、ひとつため息を吐く。
 そして、

「長門さんが、邪神の眷属だと言われた事についてなら、無理に聞き出そうとは思わない」

 ……と、告げた。
 まして、今、彼女に話されたとしても意味は有りませんから。
 そして、夕陽の紅に染まった世界の中心に佇む長門(少女)を自らの瞳の中心に納めたままで、

「この事件が無事に解決した時にでも話してくれたら構わないから」

 ……と、そう続けたのでした。

 何故ならば、俺にも彼女を見極める時間は必要ですから。
 昨夜の出会いから付き合って来た彼女は、邪神の眷属と言われるような危険な存在では有りませんでした。
 それに……。

 俺の言葉に対して、ただ、黙ったままで見つめるのみの少女を、こちらからも見つめ返す。
 この場で完全に見定めるかのような雰囲気で。

 そう。全ての被創造物は造物主に似る、と言う言葉も有るはずなのですが……。

 当然、容姿などでは無く、考え方の基本や態度などの部分が似て来ると言う事です。
 そこから考えるのならば、長門有希と言う少女型の人工生命体を造り出した存在は、この世界に取ってそう危険な存在だとは思えないのですが……。

 昨夜出会ってから、ずっと傍らに存在し続けて来た彼女の考え方や、俺に対する態度などから判断したのならば。

「そう言う訳やから、出来る事なら温かいトコロに移動したいんやけど、アカンやろうか?」

 そう告げた後、彼女。長門有希がそうするように、俺も彼女を真っ直ぐに見つめる。彼女の答えを待つように……。
 そんな俺の、再びの提案に対して、少し考えてから、二度首を横に振る長門有希。これは、否定。
 しかし、何に対しての否定なのか、理由に思い当たる部分がないのですが……。

 俺の問い掛けに対して否定の表現を行った後、動こうとしない長門。急速に、紅から蒼に支配されつつある世界に、俺と、彼女の作り出した吐息による白が、浮かんではすぐ消える。

 そして、少しの逡巡に等しい時間の後、彼女は真っ直ぐに俺を見つめたまま、

「わたしを助ける必要などない」

 ……と、短くそう告げて来た。
 出会った時に彼女が発して居た、諦観と、寂寥に近い感情を発しながら。

 成るほど。
 少し、眉根を寄せた後、蒼茫と暮れて行く世界に佇む少女を、自らの瞳の中心に映す。

 そして、

「俺の事を心配してくれている事に関しては、素直に感謝する。ありがとうな」

 俺は、最初に感謝の言葉を告げて置いた。
 その言葉に対して、無言で、そして、出会いの最初から変わらない無の表情を浮かべたままの長門が、コクリとひとつ首肯いて答えてくれた。
 多少の陽の気を発しながら。そう、出来る事ならば、こんな答えに対して発して欲しくはない哀しい陽の雰囲気を。

 但し……。

「せやけど、それを決めるのは、オマエさんじゃなくて俺」

 すぐ後に続けた台詞で、彼女の言葉をの全否定を行う俺。そもそも、俺に知り合いの危機を無視しろと言う事を納得させるのは難しい。

 それに、何故、彼女がこんな事を言い出したのかは……何となく想像が付きますが、おそらく、それは間違い。
 おそらく、契約前に俺が彼女に話した、彼女には心や魂が存在している、……と言う部分が彼女には上手く伝わっていない、と言う事でも有るのでしょう。

「俺は、俺が正しいと思った事をやっただけ」

 俺も、彼女を真っ直ぐに、そして色合いの変わって仕舞った瞳に映しながら、そう言った。
 蒼茫と暮れ行く世界に、たった一人で立ち尽くす少女の姿は、儚く、そして……。

「他の誰に命令された訳でもない。俺がそうする事が正しいと思ったから、長門さんと昨夜、式神契約を交わした訳やし、さっきも助けた」

 それに、誰だって同じ事をすると思いますよ。無意識で有ろうと、意識してで有ろうとも、知り合いが危険に晒されていたのなら、とっさに手を差し伸べるくらいは。
 いや、知り合いでなくとも、それぐらいは当たり前の事ですか。

 あの夏の日の登山中に、見も知らない他の登山者たちが、背後から接近していた落石の存在を、俺に報せてくれたように……。

「そう言う訳やから、長門さんに、自らを助ける必要はない、と言われたトコロで、俺は、俺の能力の及ぶ範囲内ならば、俺の思うように行動する」

 多分、彼女が言いたかったのは、自らの所為で危険な事を行う必要はない、と言う事だったのでしょうが、その部分を、まるで俺自らの我が儘で行う事だから放って置いてくれ、……と言うかのような論法で退ける。
 ただ、本当に彼女に理解して欲しかったのは、彼女の生命の価値について。

 異世界より流されて来て、たった一人、俺……武神忍と言う人間を知って居てくれる長門有希と言う人間の生命が、俺に取っては、そんなに簡単に失われて良い物ではない、と言う事を知って貰いたかったのですが……。
 俺の事を知って居る相手が居なくなると言う事は、この世界に置ける俺自身が消滅すると言う事に等しい事なのですから。

 もっとも、その事については、出来る事ならば俺の口からではなく、彼女自身が気付いて欲しいですから、台詞にする事は有りませんでしたが。

 俺の言葉に納得したのか、長門は小さく首肯く事に因って、肯定と為した。
 俺の言葉の真意に気付いたのか、それとも、気付く事は無かったけど、彼女を護ろうとする俺の意志は理解出来た、と言う事なのかは定かでは有りませんが。

「そうしたら、部屋に戻ろうか。こんなトコロに長居をして、風邪でもひいたらアホみたいやからな」

 三度目の問い掛けに対して、真っ直ぐに俺を見つめた後、長門は小さく首肯いて答えてくれたのでした。


☆★☆★☆


 室内に漂う国民食の良い香りが鼻腔を擽り、嫌が上にも食欲を煽る雰囲気が出来上がる。

 今晩の夕食の献立は、長門のリクエストに因り、カレーと成ったのですが。
 まぁ、俺に出来るのは、キャンプに付き物の大なべで大量に作るカレーなのですが……。
 それに、野菜類をペースト状に成るまでミキサーに掛けてから料理を作れば、一晩置いたカレーと大差のない状態にする事が可能なので、これで彼女のリクエストに答える事は可能だと思いますしね。

 尚、料理程度に魔将アガレスの能力を使用するのは、流石に、鶏を割くにいずくんぞ牛刀を用いん、の言葉通りと成るので……。
 ちなみに、カレーの内容は普通のチキンカレーですよ。

 それにしても……、

 俺は、長門の前に置かれたカレー皿に盛られたカレーを見つめてから、彼女の方に視線を移す。
 某映画で有名な山の形を象ったマッシュポテトの山を、白米で再現した超デカ盛りカレーと言う代物を、俺は初めて見ましたよ。
 第何種接近遭遇とか言う内容を題材にした、古い映画に登場する特徴的な山の形をね。

 その小さな身体の何処に入る場所が有るのか、と言う考えが頭に浮かんだのですが、それでも彼女は普通の人間ではないですし、それに、食物を大量に取り込めばそれだけ精気……つまり、霊気に転換出来る部分も大きく成るでしょうから、これは、俺の事を考えた行為でも有るのでしょう。

 多分……。

「どうや、美味いか?」

 見ている目の前でドンドンと減って行くデカ盛りのカレーと、そのカレーを自らの口に運ぶ彼女を瞳に映しながら、そう問い掛ける俺。
 その俺の問い掛けに、真っ直ぐに俺を見つめた後、コクリとひとつ首肯く長門。

 ただ、答えを返してくれるのは嬉しいですし、この世界に流されて来てからもずっと、一人でない事も、とても心強い事なのですが……。
 それでも、出来る事ならば、言葉にしての答えが欲しいのですが。
 何故ならば、このままでは長門の事をずっと見つめていなければ、彼女の答えを知る事が出来なく成り、まるで常に母親の事を瞳に映していなければ不安になる、幼い子供の頃に戻ったような気もして来ますから。

 もっとも、今は食事中ですから無暗に声を出して返事をするよりは、長門のように首肯くだけの答えを返す方が行儀の良い方法ですか。

 そう思考をポジティブな方向に導いた上で、現在食事中の長門から、夕食の材料の調達の為に召喚したまま、護衛役として現界した状態に成っているハルファスへと視線を向ける。
 そして、

「ハルファス。そうしたらすまんけど、長門の部屋用のカーテンを用意して貰えるか」

 ……と、依頼を行った。

「カーテンで良いのだな、シノブくん」

 その、俺の依頼に対して、相変わらずシノブくん扱いの答えの後、ごく一般的なレースのカーテンと、やや厚手の、花柄をあしらった何処の家にも存在している有りふれたカーテンを取り出す元ハルピュイア族の女王ハルファス。

 尚、この行為の理由については……。

 昨夜、この部屋に俺が顕われてからある程度の霊的防御は施して有ります。が、しかし、肉眼や科学的な方法で覗きを行うデバガメ野郎に対する処置を、この部屋には未だに施して有りません。
 そして、カーテンに霊的な保護を掛けて、科学的な方法や肉眼による覗きを晦ませるぐらいは、幻影系の術の基本ですからね。簡単に為せる対処方法だと言う事です。
 外から見た場合でも、窓にカーテンが有るのは不自然では有りませんから。

 しかし……。

「大丈夫。情報操作は得意」

 そんな俺の行動を見つめていた長門が、短くそう言った。
 これは、少々の覗き行為が有ったとしても大丈夫だ、と言う事なのでしょう。
 もっとも、彼女が何の情報を操作する心算なのか判りませんし、どの部分の情報を操作する心算なのかも判りませんが。
 そもそも、そんな事が可能なのでしょうかね。

 現実の長門の部屋ではない、違う部屋の映像をガラスに映し出して、その映像を、今まではデバガメたちに見せて居たとでも言うのでしょうか。
 まさか、見も知らないデバガメたちの記憶の操作が出来るとは思いませんから、その辺りの情報操作なのでしょう。

 ただ、それよりは、

「成るほど。それやったら、俺の外見をもう少し、女性受けするイケメンに情報操作してくれると有り難いな」

 新しいカーテンを、外側から覗きたい放題と成っていたベランダに続く窓に取り付け中の俺の、そんな軽口に等しい台詞を、職務に忠実な図書館の司書めいた静かな表情で聞いていた長門が、少し微妙な気を発してから、首を横に振った。
 ……って、おいおい。

「まぁ、そんな情報操作など行わずとも、カーテンで一般人レベルのデバガメは拒絶出来るし、魔術的、科学的な覗きも、結界術をすり抜ける事はない」

 情報操作で俺をイケメンにすると言う、俺的には非常に魅力の有る申し出を真面目な顔で全否定された事は……忘れたいけど、微妙に心の傷(トラウマ)と成って仕舞った感が有るのですが……。
 それでも、二枚のカーテンを窓に取り付ける事で、ある程度の覗き防止効果は有るはずですか。

「俺は大ざっぱなように見えても、実は繊細でな。昨夜からデバガメの視線が気に成って仕方がなかったんや」

 気分的にはかなり落ち込んだ陰に属する気分で、長門に対してそう答える俺。そう、全ては鬱陶しい、この変態のデバガメ野郎共が悪い。
 そう、思い込みながら。
 それに、一般人に等しい連中でも、視線には僅かなりとも魔力が籠る物。そして、雑多なそのような気配も、ここに俺が現れてからずっと続いていたらウザく成って来ても当然でしょう。

 俺の言葉に、何か思い当たる原因が有ったのか、少し考えた後に、長門が小さく首肯いた。
 成るほど。この世界も、俺が住んで居た世界のように、色々と事情が有ると言う事なのでしょう。
 それに、長門の事を邪神の眷属として、斬り掛かって来る術師の女の子が居るぐらいですから、彼女、長門有希の周りに何か。監視網のような物が有ったとしても、不思議では有りません。



 そして、夕食が終わり、入浴を済ませた後。

「そうしたら、先ず、俺の正体についての説明からかな」

 コタツの対面側に座り、真っ直ぐに俺を見つめ続ける少女。乾き切る直前の髪の毛と僅かに上気した肌が、彼女の雰囲気を少女から一歩先へと進めているかのようで有った。

「俺は、古き龍の血を継ぐ一族の末裔。もっとも、三年前に色々と有って、残ったのは俺一人だけやけどな」

 もう終わった事件を淡々と告げる俺。
 そんな俺の言葉を、黙って聞き続けてくれる長門。ただ、何故か、三年前と言った時に、かなり驚いたような気を発したのですが……。

「それで、向こうの世界では、龍種の互助会的な組織……水晶宮と言う組織に所属していたんやけど、長門さんは聞いた事がないかな?」

 俺の問いに、首を左右に二度振り、否定を示す長門。
 もっとも、この答えは想定内。そもそも水晶宮の存在など、ある程度、異界に近い世界に生きて居る人間で無ければ知って居る訳は有りませんから。
 それに、長門自身が、どうも人付き合いに長けた様子はないので、余り他者との接触をした事がないと推測出来ましたから。

 おそらくは、自らと彼女のバックアップ。それに、彼女の造物主ぐらいしか知らないのでは無いかと思いますからね。

「それなら、この話はここまで。俺は龍種。人に擬態した龍。それが、俺の正体。但し、人間体から龍体に変わると、二度と人間に戻る事は出来ない半端な龍種やから、伝説上の龍神の能力を完全に再現出来る訳ではない」

 師匠から、龍体に成った場合は自分では戻る事は難しいと戒められて居ますから。
 確かに、伝説上に語られる龍神の能力が有ったなら、これから先の事態に対して、多少は楽になるとも思うのですが……。
 流石に現実は厳しいと言う事ですか。

「そうしたら、今日、判った事についての説明に移るけど、構わないな?」

 水晶宮がこの世界にないとすると、すべて俺が行う必要が有るのでかなりの厄介事のような気もしますが……。
 もっとも、明日、水晶宮の表の顔の方が有るかどうかを調べてから、水晶宮の事については判断しても遅くはないですかね。

 そんな事を考えながらの俺の問い掛けに対して、当然、拒否する理由もないので、長門はコクリとひとつ首肯く。

 そもそも、この異常事態。俺が異界より流されて、長門の造物主やバックアップとの連絡が途絶えた事件を解決しなければ成りませんから。

「この異常事態を引き起こしている原因が、今日、図書館で見つけた伝承と関係が有るのなら、それは……」
 
 

 
後書き
 しかし、かなりの映画好きの人でない限り、デビルスタワーのネタなど判らないような気もするのですが。
 まして、第一種接近遭遇などと言う言い方は、あまり聞かないような気もしますね。

 尚、私はアブダクションされた経験はおろか、UFOを見た経験さえないですよ。西の空に光り輝く火の玉を見た経験なら有りますが……。
 あれは、小学四年生の事だったかな。友人宅で遊んでいた時に、西の空に光り輝く赤い火の玉が……。
 その当時の友人たち三人同時に見たので、記憶違いと言う事はないと思います。

 嘘みたいだけど、これも実話です。おそらく、流れ星。隕石だったとは思いますけどね。

 それでは次回タイトルは『長門への説明』です。

 追記。
 ロシアへの隕石落下に驚く。
 流石に今の人類が、ユカタン半島に落ちた恐竜の絶滅を誘発させたクラスの隕石を見つけられずに、地球落下を許すとは思えないのですが……。

 それにしても、ちょいと、洒落にならない物語を書いて居るのかも……。

 『闇の救世主事件』を書いて居た時の『時震』ほど、洒落にならない状況ではないのですが。
 
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