星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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激闘編
第百六話 焦燥
帝国暦487年7月25日23:00
フォルゲン宙域、ヴァルトブルグ星系中心部、銀河帝国、銀河帝国軍、メックリンガー艦隊旗艦クヴァシル、
エルネスト・メックリンガー
「犠牲を出しながらもミッターマイヤー艦隊の追撃を振り切るとはな。流石は第十三艦隊と言うべきか」
概略図にはミッターマイヤー艦隊と叛乱軍第十三艦隊の戦闘の様子が映し出されている。ミッターマイヤー麾下のケンプ分艦隊を主力とする六千隻が第十三艦隊と対峙…敵は一定の距離を取っていたが、十数度に渡る疑似突出と後退による欺瞞行動にひっかかり、急速に追撃に移ったケンプ分艦隊の行動に対応出来ず、千隻程の犠牲を出して急速後退していった。その逃げ足は見事なもので、ミッターマイヤー本隊が迂回の動きを見せた時には既にケンプ分艦隊の有効射程範囲から離れていた。
「逃げ足は一級品ですね。余程我々と戦いたくないのでしょうか」
副官のザイフェルトが呆れた様な声を上げる。
「そうではあるまい。叛乱軍も戦力維持を第一に考えているのだ。奴等とて無限に戦力を保持している訳ではないからな。監視と牽制に済めば越した事はないとでも考えている筈だ」
「しかし叛乱軍は五個艦隊の増援を繰り出しました。第十三艦隊はその先陣では?」
「その戦力は我々を殲滅する為の戦力だろう。名高い第十三艦隊を餌に我々を引きずり込もうとしているのかもしれん。第一艦隊、第六艦隊が救援に来ないのがその証だ。敢えて後退戦を演じてアムリッツァ外縁辺りで増援と合流し、包囲殲滅を考えているのかもしれん」
「我々はそれに乗らずに漸減作戦に徹する…という訳ですか」
「上層部の指示は待機だからな。その枠内ではそれが精一杯だ」
ザイフェルトは納得した様に頷くと、飲物を持って参りますと言って従卒と共に艦橋を降りて行った。
改めて全体の概略図を見直す…ここフォルゲンでは激しい戦闘が行われているのに対して、ボーデンでは緒戦こそ戦闘があったものの終始睨み合いが続いている。ロイエンタールと叛乱軍、互いに相手を逃がさない様にしているのだ。分かりきった事だが、我々帝国軍が撤退出来ないのに対し叛乱軍はいつでもアムリッツァまで後退出来る。奴等に増援が現れた今ならいつでも撤退しても良さそうなものだが…我々の戦力規模が判明している以上、叛乱軍は遮二無二フォルゲンとボーデンで戦わなくてもいいのだ。叛乱軍はここフォルゲンに三個艦隊ないし四個艦隊を展開している。ボーデンには二個艦隊。アムリッツァには此処に現れた第十三艦隊を差し引いて四個艦隊……合計九ないし十個艦隊だ。それに引き換え我々は両宙域合わせて四個艦隊弱…こちらの増援が到着しても七個艦隊、劣勢なのは間違いない。
「どうぞ。ミネラルウォーターですが」
「長丁場だからな、酒じゃない方がありがたい」
冷えたミネラルウォーターが喉に心地よい……叛乱軍の意図が見えない。奴等の目的は帝国領侵攻だ。ただでさえ長期戦を覚悟せねばならないだろうに、のんびり対峙に終始しているのは何故だ…ヴィーレンシュタインの貴族艦隊が躊躇させているのか?有り得る話だ、叛乱軍も流石に正規軍と貴族の私設艦隊の判別は出来ないだろう…叛乱軍が貴族艦隊を正規軍と思っているなら理解出来る。やはり我々を先に撃破した後に次善の策に移るつもりなのだろうか…。
「ミッターマイヤー艦隊より全艦隊に向けて発信…新たな叛乱軍艦隊出現、規模は一個艦隊強。警戒を……」
参謀のシュトラウス大佐が報告し終わらぬうちにミューゼル閣下からの映像通信が入る。各艦隊に向けての様だ。
「卿等、聞いての通りだ。全艦隊、微速前進。先行のミッターマイヤー艦隊と合流する。ミッターマイヤー艦隊は戦闘を回避しつつ警戒、現状維持に努めよ」
宇宙暦796年7月25日23:10
フォルゲン宙域、ヴァルトブルグ星系外縁部(アムリッツァ方向)、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、
第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー
「まさかそんな計画だったとは…ウィンチェスターは何も教えてくれませんでしたよ。それに長官もお人が悪い」
“また奴の例の思いつきじゃ。それに情報漏洩を避ける為でもある。”
「帝国は本当に感知していないのでしょうか。フェザーン経由で艦隊の動きが漏れてもおかしくはないと思うのですが」
“どうやらウィンチェスターの部下がフェザーンで上手くやっておる様じゃ。何だったかな、確かバグダッシュという男じゃ”
「その名前なら聞き覚えがあります。ウィンチェスターが名指しで欲しがる訳だ」
“知っておったか。情報戦の達人らしいの…しかし、全く思いつきにも程がある。それで儂も少し腹が立っての、思いつきでここまで来たという訳じゃ”
「ハハ…有難い話です。ですがハーン占領の指揮は誰が執るのです?」
“捕虜交換の帰還兵と同盟に残留した元帝国兵が主力なのじゃが…リンチ少将じゃよ。彼が指揮官として志願した。カイタルに駐留しておったローゼンリッター旅団主力も一緒に来ておる。今のところハーン宙域の安全は確保されておるし、占領は上手くいくじゃろう”
「リンチ少将…ご無事だったのですね」
“…そうか、貴官はちと複雑じゃな…まあいい、今は目の前な敵に集中じゃ。指揮は儂が執る。とりあえず儂と貴官で前に出るとしよう”
通信が切れてまもなく、ビュコック長官からの命令をラップが声を張り上げて読み上げた。
「司令長官より全艦隊、第一艦隊は直卒第五艦隊と共に前進せよ。第六、第十三艦隊は後衛として別命あるまで追従しつつ待機!……まさかビュコック長官が来られるとはな。ヤン、これでだいぶ楽になるな」
「そうだね。失礼ながら勉強させて貰うよ……第五艦隊の右につく。そのまま前進」
リンチ少将か…息災なのだろうか。指揮を志願…同盟に帰り辛かったのだろうか…。
7月25日23:15
銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
「増援は叛乱軍の宇宙艦隊司令長官だというのか」
「はい。第五艦隊、旗艦リオ・グランデ…叛乱軍の宇宙艦隊司令長官が直卒する艦隊です」
大きい、あまりにも大きすぎる獲物だ。補殺出来ればよいが叛乱軍も馬鹿ではあるまい、司令長官自ら出馬という事は、それを餌に我々を引き付けて叩こうとしているのだろう。
「キルヒアイス、ケスラーとメックリンガーに連絡、速度を上げてミッターマイヤー艦隊との合流を急げと伝えよ」
「了解いたしました」
23:20
銀河帝国軍、ミッターマイヤー艦隊旗艦ベイオウルフ、
ウォルフガング・ミッターマイヤー
二等兵の時に第二次ティアマト会戦に参加だと…?
「参謀長。卿は見たか、この資料。敵の司令長官の経歴だ」
「いえ…拝見させて貰っても宜しいでしょうか」
ディッケルに資料を手渡すと、みるみるうちに奴の目が丸くなっていく。
「…とんでもない経歴ですな。兵卒あがりで大将…司令長官まで登りつめるとは…我が軍では有り得ません」
確かにそうだが、気付いて欲しいのはそれじゃない。敵の司令長官は軍歴の長さからしてかなりの高齢だ。いくら叛乱軍…同盟が自由の国を標榜しているからと言って、二等兵から大将まで登るのは並大抵の苦労ではなかったろう…才能があるのだ、用兵という世の中で一番解りにくい才能が…それに、死なずにここまで来た、という事は様々な状況を知っているという事だ。戦闘において全く同じという状況は無くとも、驚く程似通った状況というのは多々存在する。ケースバイケース…単純に表すとそうなるが、違う言い方をするなら経験という言葉に言い換える事が出来るだろう。才能が経験によって磨かれた結果、用兵家として高いレベルにあるだろう事は想像に難くない。何しろミュッケンベルガー元帥やメルカッツ提督よりも軍歴が長いのだ、生ける軍事博物館とでも言うべきだろう…。
「かなりの難敵だぞ。参加している戦いを見ても、ミュッケンベルガー元帥ですら苦労させられている。敵将とは言え、敬愛すべき爺さんだろうな」
敵第五艦隊、前進してきます…オペレータが金切り声を上げる。
「斉射三連。先頭を叩け…参謀長、後続が来る迄は我慢だ。突き崩されるなよ」
「はっ…斉射三連、敵の先頭集団を叩け!各部署は戦艦を前に出せ!」
叛乱軍の戦意は高そうだ、司令長官自らが増援に現れた事が影響しているのだろう。左に並んでいる敵第一艦隊も前進を開始している…。
「ケンプ達を呼んでくれ………ケンプ少将、左の第一艦隊の足止めを頼みたい…少しの時間でいい、頼む」
了解、と短く返事をしたケンプが画面から消えると、続いてバイエルラインが映し出された。
「卿はレマー、ジンツァーと共同して、敵第五艦隊の先頭集団に楔を打ち込め」
こちらも短く返事をして通信は終わった。緒戦とは違う緊張感を感じているのだろう。戦闘をうち切るタイミングを見極めねば…。
23:45
自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー
第五艦隊の先頭集団を分断する様に、敵の小集団が左側面から襲いかかる。意図は明白だ、ミッターマイヤー艦隊の本隊とその小集団とで第五艦隊の先頭集団を潰すつもりなのだろう。
「第五艦隊の援護を行う。前進」
前進を命じた直後、三千隻程の別の小集団が立ちはだかった。斉射来ます、というオペレータの悲鳴の様な報告があがった。
「敵も打つ手が早いな。俺達を進ませない気だ」
ラップが感心したような感想を述べた。
「その様だね…構わない、攻撃を集中だ。こちらも斉射三連、単座戦闘艇の用意を」
「どうするんだ?」
「あの小集団の相手を戦闘艇に任せるのさ。逆に拘束したのちに右から迂回してミッターマイヤー艦隊の本隊を叩く」
「了解した」
会話を聞いていたムライ中佐が動こうとした時、再びオペレータの悲鳴があがった。
「敵の反応が急速に増加!単座戦闘艇の模様!」
7月26日00:30
自由惑星同盟軍、第五艦隊旗艦リオ・グランデ、
アレクサンドル・ビュコック
「第一艦隊の前進が止まりました。互いに戦闘艇同士の戦闘が開始されています」
「中々どうして敵もやりおる。総参謀長、第十三艦隊に連絡、左から迂回してミッターマイヤー艦隊の本隊を衝くようにと」
「とどめを差すのなら第六艦隊の方が宜しいのでは?」
「第六艦隊は第八艦隊の残りを率いておる。その分艦隊行動には遅れが出るじゃろう、図体も大きいしな。であれば小回りの利く第十三艦隊の方が素早く動けるじゃろう。それに第十三艦隊が動けば、こちらの頭を叩いている小集団も退く筈じゃ」
「了解しました」
ミッターマイヤーという軍人、一個艦隊で一歩も退かんとはな…緒戦の戦闘を見るに、ヤンはこの艦隊の存在の為に上手く戦えんかった様じゃ。であれば敵の増援が来ぬうちに潰しておった方が賢明じゃろう…。
7月26日00:35
銀河帝国軍、ミッターマイヤー艦隊旗艦ベイオウルフ、
ウォルフガング・ミッターマイヤー
敵第一…ヤン艦隊の足止めには成功した様だな…だがケンプもそう長くは保つまい。
「前進だ。敵の先頭集団を殲滅する。バイエルラインに本隊と呼応しつつ距離を保って攻撃を続行せよと伝えろ」
「はっ…これは…失礼しました、閣下、敵第五艦隊の右後方から敵第十三艦隊が近付きつつあります。コースから見て我が本隊の右側面にむかうのではないかと」
第十三艦隊が我々に向かっているだと?…そうか!
「参謀長、命令を変更。バイエルラインに連絡、本隊に合流しろと伝えよ。本隊はこのまま前進、バイエルライン達の後退を援護する」
「バイエルライン分艦隊にはそのまま敵十三艦隊の足止めに向かわせた方が宜しいのではないですか」
「参謀長、それでは敵の思う壺だ。我々がそう判断すると見越して叛乱軍は第十三艦隊を動かしたのだ。バイエルライン達が第十三艦隊に向かえば、第五艦隊の先頭集団の殲滅は不可能になる。そうする為に敵は第十三艦隊を動かしたのだ。であれば殲滅は諦めて本隊に合流させた方がいい。ケンプにも伝えろ、後退の準備をせよと」
「はっ!」
第五艦隊に自由を与えてしまう事になるが仕方ない。全滅させられるより余程マシだろう。ミューゼル閣下到着までにもう少し損害を与えたかったが、これ以上の損害は無駄というものだ…。
00:50
自由惑星同盟軍、第五艦隊旗艦リオ・グランデ、
アレクサンドル・ビュコック
撃破は無理か。それに、誘いに乗らない上に見切りが早い。敵ながら中々の用兵じゃ……ふうむ、年甲斐もなくちと焦りがあったかも知れんのう…。
「総参謀長、第一艦隊に連絡。戦闘を切り上げ一旦後退じゃと」
「その方が良さそうですね。ミッターマイヤー艦隊の撃破は難しい様です」
「貴官もそう思うか」
「はい。更に第六艦隊を敵後方に回さねば撃破は難しいでしょう。しかしその頃にはミューゼル艦隊達が現れるかも知れない。そうなると窮地に陥るのは我々の方です。後退させるだけでも上々でしょう」
「ふむ。敢えて合流させて対峙した方が好都合かもしれんな」
「はい……第一艦隊の足止めに出ていた小集団も後退を始めた様です。代わりにミッターマイヤー艦隊の本隊が前進を始めました」
「本隊が殿軍という事か。立派な男の様じゃな、ミッターマイヤーという男は」
7月26日00:45
自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー
「我々の足止めを行っていた小集団だが、後退する様だな」
「そいつはよかった。ラップ、艦隊をビュコック長官の援護に向かわせてくれ」
「了解した」
「少し頼むよ」
軽く右手を挙げて了解の意を表したラップを残して、自室で少し休憩する事にした。慌ててグリーンヒル大尉とユリアンが駆けてくる。
自室に戻ると、大尉が紅茶を淹れるのをユリアンがじっと見ている。どうやら大尉は、紅茶に関してはまだユリアンの弟子のままの様だった。
「うん、努力による進歩の跡が顕著だね」
「ありがとうございます!」
「ハハ…ユリアン、概略図を映してくれるかい?」
頷いたユリアンが端末を操作すると、三次元の立体投影図が現れた。
「ユリアン、今回の戦いの概略を頼む」
はい、という返事と共に敵味方のシンボルが表示され、動き始めた。
「二人共、どう思う?感想でも、質問でも何でもいい」
私がそう言うと、グリーンヒル大尉が口を開いた。
「そう、ですね…味方はミッターマイヤー艦隊の包囲に手間取った、という印象を受けます」
「そうだね。ユリアンは何かあるかな」
ユリアンは概略図の時間経過を巻き戻して、ある時点で止めた。
「ビュコック長官は…第五艦隊の先頭を叩いている小集団を後退させる為にアッテンボロー提督を動かしたのでしょうか」
「あら、どうして?第十三艦隊はミッターマイヤー艦隊の本隊を狙うコースで迂回しているわ」
「この時点では我々第一艦隊は足止めされていますから、第五艦隊の援護に向かえません。おそらく帝国軍は本隊とこの小集団とで第五艦隊の先頭を殲滅しようとしたのではないでしょうか。それを嫌ったビュコック長官は第十三艦隊にわざと帝国軍本隊を狙うコースを取らせたのではないかと」
「成程ね…そうなるとこの小集団は本隊の援護に向かうわね。本隊に合流するか、アッテンボロー提督の正面に立ち塞がろうとするかも知れない。どちらにしても第五艦隊の行動を阻害する要因はなくなる、ビュコック長官は攻撃に専念出来る…やるわねユリアン」
「若者を甘やかすのはよくないな、大尉…ユリアン、その行動だと第十三艦隊を動かす必要はないんじゃないか?第五艦隊の中から戦力を分派してこの小集団の行動を妨害すればいい。何故長官はそれをしなかったんだろう?」
「ええと…戦いを短時間で終わらせる為だと思います。この戦場に限って言えば、同盟軍の方が圧倒的に有利です。ですが帝国軍、ミューゼル軍本隊が救援に駆けつけるのは間違いありませんから時間的余裕はありません。それでまず第十三艦隊を動かした。第十三艦隊は半個艦隊ですから小回りが利きますし…第十三艦隊の行動を警戒してこの小集団が本隊に合流すれば、敵本隊を正面から第五艦隊、右側から第十三艦隊、二つの艦隊で挟撃出来ます。この小集団が第十三艦隊の足止めに向かったとしても結果は似たようなものです、第五艦隊は敵本隊の攻撃に集中出来ます。どちらの状況になっても、敵は我々の足止めをしている小集団も本隊に合流せざるを得なくなります。結果、味方は三方向からミッターマイヤー艦隊を攻撃する事が可能です。その頃には第六艦隊にも移動命令が出ているでしょうから、同盟軍の包囲は完璧なものになります…敵増援もあるでしょうから、第六艦隊による後方遮断は難しいかもしれませんが…」
「合格。中々よく考えたな、ユリアン」
ユリアンの成長には目を見張るものがある。手が空いている時は空戦隊の方にも顔を出しているという。
「褒美として今日は先に休んでなさい。しばらくは状況は動かない筈だから」
「はい、ありがとうございます!」
ユリアンがシャワーに向かった事を確認して、大尉が再び口を開いた。
「ユリアンは将来有望な子ですわ」
「そうだね。でも私はユリアンを軍人にしたくはなかったんだよ。軍人なんかで才能をすり潰して欲しくはないからね」
「そうなのですか…何故許可なさったのです?」
「私やウィンチェスターに憧れているらしい。私達の役に立ちたいと言うんだ…ユリアンの学校の成績なら、士官学校にも行けただろう。でもそうなると私の被保護者という立場だ、色々辛いだろうと思って、軍属という形にしたんだよ。許可した場にはキャゼルヌ先輩やウィンチェスターも居たんだが、彼等も熱心に勧めるものだから、本人の希望もあるし仕方なく認めた、という訳さ。でもさっきのユリアンの推論を見る限り、正式に軍人にするべきなのだろうな」
「ユリアンならきっと大丈夫ですわ、閣下が心配する様な困り者の軍人にはならないと思います」
「ありがとう、大尉……辞令を用意してくれるかな」
「了解致しました」
大尉が辞令の準備の為に部屋を出て行くと、ヴィジフォンのコール音が鳴った。ラップからだ。
“ミッターマイヤー艦隊は後退に移った。おそらくミューゼル大将の本軍と合流するのだろう、これからが本番だな“
「了解した。他には」
”ビュコック長官からフォルゲン星系に移動後再編成の指示が出ている、ああ、既に示達済みだ。艦橋も交替で回すが、それでいいか”
「ああ。お前さんも休んでくれ」
“無論そのつもりだ。じゃあな”
ラップからの報告が終わると部屋の中を静寂が支配する…ビュコック長官の用兵は見事だった。堅実で隙のない用兵。犠牲も少なかった、兵士達からの人気が高いのも頷ける。まあ直接指揮を執られる以上、私ごときが口を出す事はないんだが……それにしてもだ、進攻軍はガイエスブルグ要塞を目指しているという。その上ハーン占領と来ている……確かに帝国、敵の心胆を寒からしめる事間違いない作戦だ。ハーンはまだ分かるがガイエスブルグ要塞とはね。確かに帝国の武威の象徴ではあるが…地球時代、東洋の兵法でこういった軍事行動を中入りと称していた。敵の裏をかき、敵中深く攻め込む…主戦場を陽動として敵の柔らかい所を突く、博奕の様にも見える作戦…。帝国軍はどう対処するのだろう、位置関係からいって、帝国には対処の時間的余裕がない様に思える。進攻軍の作戦が成功したなら、帝国はどうなるのだろう?ガイエスブルグ要塞が陥ちるとなると、その衝撃はイゼルローン要塞やアムリッツァの比ではない筈だ。何しろ同要塞は帝国の内懐にあるのだ…。
辞令書を手にしたグリーンヒル大尉が戻ってきた…二等兵曹ユリアン・ミンツか。素直な子だ、大尉の言う様に困り者の軍人にはならんだろう…。
「大尉、ウィンチェスター副司令長官の作戦が成功したら、帝国はどうなると思う?」
「はい…帝国軍は二正面に戦線を構える事になります。これは同盟軍も同様ですけれど…何かご懸念が?」
「うん。二正面作戦はこの場合、同盟軍にとっても博奕なんだ。兵力は限られているからね。でもウィンチェスターは敢えてそれを実行した。何故だと思う?」
「戦力的に厳しくとも攻勢に出た方がイニシアチブを握る事が出来る…からでしょうか」
「うん、それもあるね。だけどウィンチェスターはどうやら帝国軍はあまり気にしていない様だ。彼は帝国そのものに揺さぶりをかけている」
「帝国そのもの、ですか」
「うん。辺境への援助、捕虜交換、そして今回のガイエスブルグ要塞攻撃…帝国から見て、戦争は行われているものの今まで同盟…叛乱軍というのは遠い存在だったんだ。それが実体を帯びて身近な所に迫ってくる…戦争の当事者たる帝国政府や帝国軍はともかく、帝国の民衆や門閥貴族はどう思うだろうね。特にガイエスブルグ要塞の向こうは、門閥貴族達の領地がひしめいている」
「ですけれど、門閥貴族は帝国の支配層の筈です。危機に際しては帝国政府に協力して挙国一致体制をとるのではないでしょうか」
「普通に考えればそうだね。でもウィンチェスターはそうは思ってないみたいだ。門閥貴族は自分達の為にしか戦わない、そう判断している。むしろそう仕向けているんだろうと思う。ガイエスブルグ要塞攻略は帝国軍や政府よりも、貴族達の喉元に短剣を突きつける様なものだからね」
「では門閥貴族達は自衛の為の行動を取る、と…帝国は割れますわね」
「まあ、一部の貴族は帝国政府に協力するだろうけどね、政府閣僚も居るだろうし…時間はかかるが確実に帝国は混乱する…いや、それほど時間はかからないかも知れないな」
「壮大で遠大な計画ですね…」
「うん。でも一つ気掛かりな事があるんだ」
「何ですか」
「帝国の民衆さ。彼等は政府や貴族達以上に混乱するだろう。犠牲も出るかも知れない。そこが気掛かりなんだ」
7月27日13:45
フォルゲン宙域、フォルゲン星系外縁(ヴィーレンシュタイン方向)、銀河帝国軍、
ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
“損害は軽微ですが、兵力を融通して貰いながら、あたら兵士達を死なせてしまいました。申し訳ございません”
「いや、卿はよくやっている。三個艦隊相手では仕方あるまい…変則的にはなるが卿の艦隊は中央とするが、よいか」
“はっ、謹んでお受け致します”
叛乱軍め…わざわざこの星系に移動するとはな…主要航路上で存分に戦おうという事か…。
「叛乱軍は中央に第五艦隊、右翼第一、左翼第六艦隊。後方に第十三艦隊の布陣です」
「叛乱軍の中央が奴等の宇宙艦隊司令長官という訳だな」
「はい。およそ四万五千隻程かと」
こちらは…右翼のメックリンガーが一万一千、中央のミッターマイヤーが約一万、左翼ケスラーが一万二千、俺が三千…劣勢なのはいうまでもない。フェルナーがブラウンシュヴァイク公を動かす事が出来れば、一縷の望みはあるが…。
「前衛艦隊と叛乱軍艦隊の距離、まもなく五十光秒。至近距離に入ります。前衛艦隊の有効射程圏内まで十分を切りました」
唾を呑み込む音まで聞こえそうなオペレータの報告だった。
「中央、前進。全艦砲撃戦用意、有効射程に入り次第砲撃開始。ファイエル!」
7月27日13:50
フォルゲン星系中心部、自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー
「帝国軍艦隊、まもなくレッドゾーン、有効射程内に入ります!」
敵中央は心なしか陣形に厚みがない様に思えるが、それでも前進か…。
「ラップ、ビュコック長官からは」
「うん…各艦隊、正面の帝国艦隊が有効射程圏内に入り次第攻撃せよ、だ」
「分かった……全艦砲撃戦用意……撃て」
第三者が見たら、綺麗にも見えるであろう光の矢が行き交う光景が開始される。味方の方が数は多い、ビュコック長官はどうなさるおつもりだろう。
「直卒第五艦隊、前進する模様!」
オペレータの報告は力強かった。敵中央は薄い、敢えて誘いに乗ろうという事だろうか?
「ヤン、どう思う?」
私と同じ印象を受けたのかもしれない、ラップはスクリーンから目を離さないままだ。
「敵中央は薄い、第五艦隊の前進を誘ってるんじゃないかな。長官はその誘いに乗ったんだろう」
「やっぱりそうか」
「まだ分からないけどね…我々も前進出来る様にしておこう。敵の艦隊配置がこちらを誘う罠なら、そのうち敵中央は後退して第五艦隊を三個艦隊で半包囲しようとする筈だ。ウチの正面は…ケスラー艦隊か、その艦隊の左側面を叩こう」
「了解した。第六艦隊にも伝えるか?」
「その方がいいだろうね」
7月27日17:00
銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
そろそろいいだろう。ミッターマイヤーもこれ以上は我慢出来まい…。
「中央は敵第五艦隊を引き付けつつ後退、両翼は微速で前進せよ。キルヒアイス、我々も徐々に後退だ」
「了解致しました……ラインハルト様、フェルナー少佐より超光速通信が入っております。自室でお受けになりますか?」
「いや、戦闘中だ、ここでいい。繋いでくれ」
”戦闘中に申し訳ありません“
「いや、構わん。首尾はどうだ」
”それが……まだ細部は確認出来ていないのですが、アルメントフーベルに叛乱軍艦隊が出現したという情報があるのです。現在詳細を鋭意確認中ですが“
「アルメントフーベルだと!?」
”はい。そこを抜けてキフォイザーに達したならば、次はブラウンシュヴァイクです。こちらは蜂の巣をつついたような有り様でして。宇宙艦隊司令部からは情報はありませんか“
「いや、まだ何も情報はない……済まない、別の通信が入った様だ。こちらでも何か分かったら報せる。卿は情報の詳細を確認のちに帰投せよ」
”はっ“
フェルナーとの通信を切ると、キルヒアイスが少し厳しい表情を浮かべていた。
「ヒルデスハイム伯からです。自室でお受けになった方が宜しいかと」
「分かった。戦況に変化があったならば遠慮なく報せるんだぞ」
「了解致しました」
アルメントフーベルだと…本当にそうだとすればアムリッツァの五個艦隊がその艦隊という事になるが…だが奴等はフォルゲンにも増援を出して来た。第十三艦隊と第五艦隊だ。残りの三個艦隊がアルメントフーベルに向かったという事か?しかし目的は何だ、たかが三個艦隊で何が出来る?いや、今はまずは正しい情報だ。
「お待たせして申し訳ありません。もしやアルメントフーベルに現れたという叛乱軍の事でしょうか」
”流石に耳が早いな。ではハーン宙域が叛乱軍の占拠下にある事は聞いているか“
「ハーンが…いえ、初耳です」
”こちらでも情報が錯綜している、というより意図的、断片的に情報が流れている様なのだ“
「意図的、断片的に…この情報を流す事で何か利益を得る者が存在する、という事でしょうか」
”わざわざこんな事する者が居るとすれば、ただ面白がってやっている訳ではないだろうからな。何らかの命令が卿にも下るだろう、留意しておく事だ“
「しかし、ここフォルゲンからでは…」
”何も直接卿にどうこうせよ、という命令ではないだろう。実際問題としてフォルゲンからでは遠すぎる…どんな命令が出ても狼狽えるな、という事だ“
「はっ…ご教示感謝致します」
”なあに、ご教示という程の物でもない。情報提供がてら卿の顔が見たくなっただけだ。ではな。武運を祈ってるいるぞ“
「はっ。閣下もご自愛下さい」
画面は真っ黒になった。懐かしそうな伯の表情だった。何だろう、この胸を絞めつけられる様な焦燥感は……ここは俺の戦場ではない、何かが起こりつつある、そういう気がするのだ。確かに目の前の叛乱軍を放っておく事は出来ない。だが……。
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