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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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激闘編
  第百七話 それぞれの想い

帝国暦487年7月28日14:00
フェザーン星系、フェザーン自治領、自治領主府、
アドリアン・ルビンスキー

 「私です。お応え下さい」

”…私とはどの私だ“

「フェザーンの自治領主、ルビンスキーです。総大主教猊下にはご機嫌麗しく有られましょうか」

”麗しくなどある筈もない。母たる地球が貶められたままではな…計画は進んでおるか”

「はい。帝国の大貴族共への武器弾薬の提供、滞りなく進んでおります。その過程で彼奴等はフェザーンへの経済的依存度を高めております。最早大貴族共はフェザーン無しでは立ち行きませぬ。彼奴等は皇帝の孫達を戴いております故、きっかけさえあれば何時でも反乱に踏み切らせる事が出来ます」

“きっかけか…無論そのきっかけも用意してあるのであろうな”

「左様にございます。事が成った暁には帝国そのものを支配する事が可能になります」

“ふむ…帝国ついてはそれで良い。だが同盟については問題がありそうじゃな。計画の変更は認めたが、上手く行かぬのではな”

「手は打ってあります。いささか時間はかかりますが同盟の為政者達が我が世の春に興じて居られるのも今の内かと」

“ふむ。その言葉を信じるとしよう…ルビンスキー“

「はっ」

”裏切るなよ“


 忌まわしい通信は終わった。あの通信の後は眩しい程の青空が欲しくなる。
裏切るな、か……今の自分は地球を支配する者達にとって一介の下僕でしかない。しかし、未来永劫にわたってそうだろうか? そうであらねばならぬ正当な理由は何処にもない。そもそも地球の復権など何を考えているのか。誰も喜ばぬし、第一、おぞましいだけだ。あの老人達はただ自らの生まれを呪っているだけだ、ただ地球に生まれただけで未来永劫この様な思いをせねばならぬのかと。
…ふん、俺もあの老人達も同じ穴の狢という訳か…さて、誰が勝ち残るかな。帝国か、同盟か、地球か……それとも、俺か……。

 「同盟軍の艦隊がアルメントフーベルに達した模様です」
「情報は本物だった様だな、補佐官。まあ、こちらもそれなりの物を渡したのだ、本物でなくては困るがな」
「はい。おかげで帝国貴族領との恒星間輸送には殆ど影響はみられません」
そう報告する補佐官、ボルテックの顔色は良くない。
「どうした補佐官、加減でも悪いのか」
「いえその…このまま同盟を放置しておくのはいささか都合が悪いのではないかと」
「…何か懸念があるのか?」
「はい。同盟の経済成長率は前年比で二十パーセント超の増加です。既に同盟に投下したフェザーン資本のいくつかが喰われています。この状態で推移すると近いうちにフェザーン資本は閉め出されてしまいます」
「構わん。戦争がこのまま同盟有利で進めば、奴等は本格的に帝国辺境を抱え込む事になる。そうなれば順調だった経済成長もあっという間に下落に転じる。短期的に損はするだろうが、フェザーン資本は閉め出されていた方がいい、無論、少しずつだがね。準備さえ進んでいれば何の問題もない…同盟の新しい為政者達がしくじった後に手を差し伸べればいいのだ」
「全くその通りなのですがその…計画に差障りが出てはと思いまして。例のご老人達の意向もある事ですし」
「…補佐官、私はフェザーンの方針を話しているのだがね」
「し、失礼しました」
ボルテックにはボルテックなりの物の見方しか出来ない。彼の言わんとする事は分かっているのだ。勝手にやり過ぎるなという事だろう。
「では、例の件ですが、放置に留めますか」
「放置…今話したばかりではないか、こちらに取り込む事を考えるべきではないかね?」
「仰る通りです。実は既に用意は整っております。許可さえ頂ければ何時でも実行出来ます」
「了解だ。時期など詳細は君に任せよう」


宇宙暦796年7月29日16:30
バーラト星系、ハイネセン、自由惑星同盟、ハイネセンポリス、最高評議会ビル、国防委員長執務室、
ドワイド・D・グリーンヒル

 「やあ本部長、君が此処に来るのは珍しいな。宇宙艦隊の作戦は上手く行っているかね」
「現在のところは。小官の預かり知らぬ所で多少の変更があった様ですが」
「全ての事柄が全て予定通りに行くとは限らない。特に私の専門分野である政治はそうだ。君の専門分野である軍事もそうだろう?」
「仰る通りです。ですが次回からは事前に教えて頂きたいものですな」
「肝に命じるよ…ところで今日は何用かな?」
「これをご覧下さい。事実ならば、由々しき事態です。悲しい事に、事実であるからこそお持ちしたのですが」
私の差し出した資料を、私の上司は食い入る様に読みだした。
「これは…私に関するものではないな。一体どこでこれを?」
「それは言えないのです。ですが報告して来た者は事実であると申しております」
「そんな怪しい物を私の所へ持って来たという事は…」
「はい。裏を取って頂きたいのです。小官の仕事ではありませんし、またその手管もありませんので。閣下の許でならお役に立つだろうと報告者も申しておりました。小官も同意見です」
「了解した。君とその報告者には何か別の形で報いるとしよう。希望があれば聞くが」
「では…」


帝国暦487年7月29日10:00
ヴァルハラ星系、オーディン、軍務省、軍務尚書執務室、
グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー

 「高等弁務官府は何をしておったのだ!情報が遅すぎる」
「白狐より黒狐の方が一枚上手だったという事だ。情報の確認に手間取っただと?そんな言い分を鵜呑みにしおって!」
「起きてしまった事に憤っても仕方あるまい。対処の為の艦隊を派遣せねばなるまい」
「しかし今から行っても…アルベントフーベルまでは十三日はかかるぞ。叛乱軍の目的は判らぬが、彼奴等がそこに留まるという保証はない。艦隊を派遣しても分散して捜索から始めねばならぬ」
シュタインホフとエーレンベルグがやり合っているが、およそ建設的ではなかった。
「司令長官、ヴィーレンシュタイン方面への増援は今頃どの辺りか?日数的にはシャンタウ辺りだと思うが」
「そうだな、おそらくシャンタウ辺りだろう。まさかその艦隊をキフォイザー方面に回せというのか?ミューゼルへの増援はどうなる?ミューゼルは今も孤軍奮闘しておるのだぞ」
「そう怒るな長官…儂とてその現実を無視して言っておる訳ではないのだ。もう一方の現実にも目を向けねばならんというだけだ…どう思われる、総長」
エーレンベルグにそう問われたシュタインホフは黙って目を閉じていたが、やがて目を開けると口を開いた。
「現在増援として出撃中の艦隊のうち、二個をキフォイザー方面に回す」
「それは」
「まあ待て長官。キフォイザーに二個艦隊を回す一方で新たな増援部隊を編成する。カストロプ直轄領、ブラウンシュヴァイク方面に三個艦隊、ヴィーレンシュタイン方面に二個艦隊。卿が倒れている間にミューゼルには既に現状維持の待機命令を発令してある。アルメントフーベルで叛乱軍艦隊が確認されたというなら、ヴィーレンシュタイン方面の叛乱軍による侵攻は現状のまま停止する筈だ。当面の間ミューゼルには近く到着する一個艦隊の増援で我慢してもらう。ご両所、それで宜しいな」
兵力運用に関しては儂の権限だが、その兵力規模や編成に関しては統帥本部総長の専権だ。軍務尚書の前でそう口にした以上、シュタインホフが意見を変えるとも思えない。
「総花的だが仕方なかろう」
「では儂は決定をリヒテンラーデ公に伝えるとしよう。話は以上だ」

 儂とシュタインホフが執務室を出ると、廊下でオーベルシュタイン大佐が待っていた。いつの間にか宇宙艦隊司令部に属していた男だ。笑う事も無く陰気だが、実務能力に優れる男だ。
「閣下」
「どうした、大佐」
オーベルシュタインはシュタインホフから目を離さない。人払いしろという事だろうか。シュタインホフも苦笑していた。
「シュタインホフ元帥はいいのだ。何かあったのか」
「ヴィーレンシュタインの有志連合軍に動きがありました。シャンタウへの移動を開始した模様です。ただ、連合として統制は取れていない様ですが」
「諜報員を先入させていたのか」
「はい」
「よくやった大佐、後の話は元帥府で聞こう…シュタインホフ、卿もどうだ」
「…たまには違う空気を吸うのもよかろう」



宇宙暦796年7月30日15:00
キフォイザー宙域、ガイエスブルグ要塞近傍、自由惑星同盟軍、ハーン方面軍総旗艦ドラコーニス
ヤマト・ウィンチェスター

 ”我第四艦隊、ガイエスブルグ要塞付近に艦影なし“

”了解、警戒を続行せよ“

“我第二艦隊、第三艦隊と共に所定の座標に布陣完了。ブラウンシュヴァイク宙域方面、センサーに感無し”

“了解、引き続き警戒を続行せよ”

“我第十艦隊、アルメントフーベル方面航路の警戒実施中。第九艦隊からの哨戒任務の引継ぎ完了。既に哨戒隊は派出済”

“我第九艦隊、所定の座標に布陣完了。シャンタウ方面の警戒にあたる。現在帝国軍の艦影なし”

“了解”

 「報告終了。各艦隊共に予定通りです」
「少佐、広域通信を。各艦隊に中継を頼んでくれ」
「はい………準備出来ました」

“ガイエスブルグ要塞に駐留する帝国軍将兵に告げる…十二時間の猶予を与える、要塞より総員退去せよ。退去艦艇への攻撃は行わないが、我々の行動を害する者には全力で攻撃を実施する。重ねて告げる、要塞より総員退去せよ”

「…始めましょう。全艦隊、これより作戦を開始する」
作戦を開始するといっても、帝国軍将兵の退去猶予を与えたから、実際に開始されるのは十二時間後だ。帝国軍の襲来は無いに等しいけど、広域通信で退去勧告を実施したから、もう少ししたら帝国首都星オーディンにもここの状況は伝わるだろう。

「大丈夫でしょうか」
口にしてから失礼と思ったのだろう、ミリアムちゃんは深々と頭を下げた。帝国軍将兵の退去行動を確認するまで何もする事がないのだ、不安にもなるだろう。
「大丈夫だよ。駐留艦隊の居ないガイエスブルグ要塞は難攻不落ではないんだ」
イゼルローン要塞が難攻不落だったのは駐留艦隊が存在していたからだ。駐留艦隊が攻撃側の接近を阻む。接近を許しても要塞主砲、浮遊砲台、そして駐留艦隊で挟み撃ちにする。目の前のガイエスブルグ要塞はそれが出来ない。イゼルローン要塞主砲、トール・ハンマーはそれ自体が一種の浮遊砲台で、発射直前までどこから発射されるか分からないという強味があった。勿論自由自在に動き回る訳ではないから制限はあるものの、攻撃側に対して砲口を向けておく事が可能だった。だが、ガイエスブルグ要塞主砲、ガイエスハーケンは固定砲なのだ。射角はある程度変更出来るものの、トール・ハンマー程の柔軟性はない。つまり、射角内に敵を誘導しないと効果は期待出来ない。敵を誘導するには餌が必要だ。餌は駐留艦隊。ガイエスブルグ要塞はイゼルローン要塞以上に駐留艦隊との緊密な連携が要求されるハードウェアなのだ。
「そうですよね…イゼルローン攻略も閣下が立案された訳ですし」
「まあね」

 原作で貴族連合軍はガイエスブルグ要塞を本拠地として使用していたけど、同要塞の性格を考えると、いきなり占拠して使える物ではない事はメルカッツも理解していたに違いない。ガイエスブルグまでラインハルト達を引きずり込んで決戦に及ぶ…構想は正しいけど、それを支える技術、つまり統制と練度が貴族連合軍にはなかった。メルカッツは頭を抱えたろう…参加させられた経緯も強迫によるものだし、誰も言う事を聞かないのだ、メルカッツに節操がなかったらあの戦いはもっと簡単に終わっていただろう…。

 「閣下…帝国軍より通信が入っています。FTLです」

“…帝国軍宇宙艦隊司令長官、元帥上級大将、ミュッケンベルガーだ。まず、卿の名を聞こうか”

「これは驚いた…いきなり通信を送って来て名を名乗れとは…まあいいです、自由惑星同盟軍、宇宙艦隊副司令長官、大将、ヤマト・ウィンチェスターです。貴方、いや閣下とはいささか縁が有りまして」

“ほう…どの様な縁かな”

「私は恥ずかしながらブルース・アッシュビーの再来と呼ばれておりまして…これ以上は心苦しいな」

“アッシュビーの再来…。いっそ改名したらどうだ。そうすれば私は父の遺言通りアッシュビーを倒せと将兵に檄を飛ばす事が出来るし、卿も恥ずかしさなど消えるのではないか”

「検討に値する…いや駄目ですね。私は既にアッシュビー提督を超えています。私はこのまま行けば生きて元帥になれますし、彼はここまで帝国領に踏み込んで戦った事はない」

“撤退してもらおうと思ったのだが、無理の様だな”

「はい。我々にも都合がありますので」

“そうか。では卿の武運を祈るとしよう…忘れるな、ブルース・アッシュビーは勝利の直後に死んだのだ”

「ご忠告、痛み入ります。閣下もご壮健で」


 通信は切れた。どっとため息が出た。
「閣下、どうなさいました?」
「いや、迫力あったなあと思ってね。まさか通信してくるとも思っていなかったし」
「それはそうですが…小官には閣下が喧嘩を売った様にしか見えませんでした」
「いきなり通信を寄越して名乗れという方が失礼じゃないかな…それより各艦隊の脱落艦艇の状況はどうだろう」
作戦開始にはこぎ着けたものの、問題もあった。行軍速度が早すぎて脱落艦艇が多数発生しているのだ。艦隊戦は発生しないだろうから、応急修理完了後は各宙域の航路哨戒にあたれとは命じているものの、その彼等を指揮統率する者が居なかった。
「第十艦隊が分艦隊を派遣して対応に当たっています。修理不能な艦艇はドック艦に入渠させて後送する模様。現状では作戦には影響はありません」
「結構結構」


8月1日03:00

 「カヴァッリ分艦隊に連絡。攻撃開始」
「はっ…カヴァッリ分艦隊、攻撃を開始せよ」
艦橋正面のスクリーンにはカヴァッリ分艦隊の様子が映し出されていた。パオラ姐さんの分艦隊は一千隻。そのうちの七百隻がそれぞれ戦艦程の大きさの小惑星を曳航している。中には三個、四個と数珠繋ぎに曳航している艦も居る。。その小惑星全てに推進装置が取り付けてあった。アニメでヤンさんがアルテミスの首飾りを破壊したやり方のパクリだ。アニメの様に氷塊ではないけど、スクラムイオン推進で亜光速まで加速、相対性理論によれば質量が二乗的に増大していく小惑星がガイエスブルグ要塞めがけて突っ込んで行く。近くで見学出来ないのが残念だけど、こればかりは仕方がない。
「カヴァッリ分艦隊より入電。小惑星、加速開始。ガイエスブルグ要塞着弾まで約五十分」

 この艦には司令部要員は居ないから、艦長のウノ中佐がその任務を代行している。俺とは倍近い年の差もあって、まったく屈託がないオジサンだ。
「意外に加速に時間がかかるな…しかし、とんでもない攻撃方法を思い付いたものだ」
「本当は三百個程でいいそうです。攻撃成功を確実なものとするために倍以上にしたと聞いています」
そのウノ中佐とミリアムちゃんが話しているのが聞こえる。攻撃方法がヤンさんのパクリだから、ヤンさんと同じ様に居眠りぶっここうと思ったけれど、これが中々眠れない。ヤンさんって本当に図太かったんだなあとしみじみ思う。
「さっきの通信のミュッケンベルガーではないが、俺も父親を第二次ティアマト会戦で亡くしていてね」
「小官も似たようなものです。祖父はアッシュビー提督の参謀長でした。あまりアッシュビー提督の事は話してくれませんでしたけど」
「名前を見てもしやとは思ったが、やっぱりそうだったのか。なんだか奇遇というか奇縁というか。世の中は狭いな。まあ、今回は死なせない様にしないとな」
「…え?」
「ミュッケンベルガーが言っていただろう?アッシュビー提督は勝利の後に死んだんだぞ、って」
「…その通りですね。死んで貰っては困ります…これからも我々を率いて貰わないと」
…そうだ。まだ死んではいけない。死なない為にも今は居眠り出来るよう努力しよう…。


8月1日04:30
フォルゲン宙域、フォルゲン星系、銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 散々な戦いだった。中央のミッターマイヤーを後退させ両翼を前進させると、叛乱軍は待ってましたとばかりに右翼メックリンガー艦隊に攻撃を集中させた。第五、第六、そして後方から戦線参加した第十三艦隊の砲火がメックリンガー艦隊に集中した。ミッターマイヤー艦隊は後退したため効果的な援護が出来ず、代わりに第五艦隊の右側面を突こうとしたケスラー艦隊は逆に第一艦隊の横撃を受け、多大な損害を出す有様だった。俺自らが火消しの役割を担わなければならないのは戦闘前から分かりきっていたし、元々そのつもりではあったが、俺からの攻撃を嫌った(のだと解釈している)第一艦隊が後退しなければ、ケスラー艦隊は半壊していただろう。

 その後、後退したミッターマイヤー艦隊がメックリンガー艦隊の後方から迂回し第十三艦隊を痛撃して後退させ、そのまま第六艦隊の左側面を攻撃するに至ってやっと叛乱軍はメックリンガー艦隊への攻撃を諦め、全軍が徐々に後退を始めた。我々も後退したが、被害は大きかった。メックリンガー艦隊は四割、ミッターマイヤー艦隊は五千隻程までに撃ち減らされた。半壊を免れたケスラー艦隊のみがかろうじて八千隻を保っている状況で、最早大規模な戦闘は諦めねばならないのは明白だった。元々我々の方が劣勢ではあったが、これ程一方的に叩かれたのは久しぶりだった。後退した叛乱軍はその後一定の距離を保って動かず、我々の行動を牽制し続けている。まるで時間稼ぎの様に…。

 ヴィーレンシュタインから戻ったフェルナーからもたらされたのは、有志連合軍の内情だった。当初ブラウンシュヴァイク公は帝国軍に貸しを作るつもりで三万隻程をこちらに向けるつもりだったという。ところがアルメントフーベルに叛乱軍が出現したという報せに動揺し、全軍をシャンタウに移動させる事を決定したのだという。勿論自分達の領土保全の為である。今頃はキフォイザーに向かっている頃だろうが、キフォイザーは遠い。フェルナーも同行を求められたが何とか断って戻って来たという…。

 「旧主を罵りたくはありませんが、酷いものでした」
フェルナーはそう言っていたが、同情する訳ではないが当然だとは思う。自分達の権力の源が奪われるかも知れないのだ。
「キルヒアイス、全軍に伝えよ。ヴィーレンシュタインに帰投する。平文でだ」
「…広域通信で、ですね。了解しました」
キルヒアイスが側を離れると、トゥルナイゼンが恐る恐るといった風に疑問を口にした。
「その、叛乱軍は宜しいのでしょうか。放置しても」
「無論、警戒の為に哨戒線は張る。が、叛乱軍はこれ以上は進んで来ないだろう」
今なら解る、アムリッツア方面は陽動だったのだ。こちらは助攻、軍事航路には適さないハーン方面が主攻。ヴィーレンシュタインの有志連合を気にして行動が遅いのだと思っていたが違ったのだ。こちら側の叛乱軍には元々侵攻の意図はなかった。我々がいたから戦ったに過ぎない…キルヒアイスが戻って来た。珍しく深刻な顔をしている。
「ガイエスブルグ要塞が破壊された、との連絡がありました」
驚く間もなくフェルナーがFTLの入電を告げた。
「ミュッケンベルガー司令長官からです」
「分かった。自室で受ける」

”息災の様だな“

「はい。防戦一方ではございますが…それより、お元気そうなお姿を拝見し一安心いたしました」

”そうか。心配をかけた様だな。防戦一方と言ったが、状況は“

「詳細は後でお送りしますが、叛乱軍は宇宙艦隊司令長官自らが出馬して来ました。待機命令は出ておりましたが、漸減に徹するならば戦力は劣っていても互角に戦えると判断しました。ですが甘かった様です。現在ヴィーレンシュタインに帰投中であります」

”前線の卿の判断だ、過誤の責は問わぬ。しかしヴィーレンシュタインに帰投とは何故だ?“

「叛乱軍にこれ以上の侵攻の意図は無いと判断しました。おそらくこちらは陽動と思われますので…ガイエスブルグ要塞が破壊されたというのは事実でしょうか?」

”残念ながら事実だ、しかもつい三十分程前の事だ。退去した将兵が確認しておる“

「何ですって…」
それからミュッケンベルガーの語った事は恐るべき事だった。叛乱軍は退去の猶予を与えた上で攻撃を実行したという。猶予は十二時間。だが要塞内部の将兵はどうせ攻撃されるならと徹底交戦の構えでいたらしい。退去が実行されない事に痺れを切らした叛乱軍は再度通告したという。

”反撃は無駄、諸君が反撃出来ない方法で攻撃を行い要塞を破壊すると言って、攻撃方法の詳細を告げたらしい“

「…どの様な攻撃方法だったのでしょうか」

”大質量の小惑星を使った爆撃だ。単純明快だな、破壊が目的なのだから。それを聞いて要塞将兵達は戦意を失ったらしい。退去が確認されると叛乱軍は攻撃を実行した。同時に数百個の小惑星を要塞に向けて撃ち込んだ様だ。二度にわたってな“

想像してみた。とんでもない光景だ。わざわざ撃ち込むと通告したあたり、相当な加速をかけて撃ち込んだに違いない…そんなものをミサイルや浮遊砲台程度では破壊出来ないし、無論要塞主砲でも無理だろう。一部は破壊出来るだろうが、固定砲で射角が限られる上に連射には時間がかかる。そもそも大質量の小惑星に飽和爆撃される想定など無いのだ。

”実はな、一度通信を試みたのだ。要塞からの報告で座標は分かっていたからな。敵の指揮官は、例のウィンチェスターという男だった“

「…おそれながら、何故その様な事を」

”分からん。位置、時間的に増援を出しても間に合わぬ事は明白だった。気が弱くなっていたのかも知れん…奴は煽ってきた。儂と奇縁が有るとな。自分はアッシュビーの再来と呼ばれていると。儂の父がアッシュビーに倒された事を知っていて、そう言ったのだろう“

「閣下…」

”見たところ、何の気負いも無さそうな若僧だった。こんな大作戦を指揮する様には見えなかった…前にも聞いたな、卿はあの男に勝てるか“

「勝ちたい、と思います」

”こういう時は必ず勝つと言うものだ…まあいい。今後も辛い戦いになると思うが卿に任せる。儂は帝国を護らねばならんのでな…叛乱軍の動向がはっきりするまで辺境を頼むぞ“

 敬礼を交わすと同時に通信は切れた。


8月1日05:30
キフォイザー宙域、自由惑星同盟軍、ハーン方面軍総旗艦ドラコーニス、
ヤマト・ウィンチェスター

 「各艦隊、異常なし。ガイエスブルグ要塞爆発の影響はありません」
「了解、艦長。引き続き全艦隊に命令、帰投する。航行序列は第十、第二、第三、第四艦隊。第九艦隊は最後尾において警戒を実施せよ」
「了解しました、通達します」
「他には…ああ艦長、ハーンのリンチ少将とFTLを」
「………繋がりました、どうぞ」

”ハーン遠征指揮官、アーサー・リンチであります“

「ハーン確保、おめでとうございます。それと指揮官を引き受けて下さって本当にありがとうございました。今更ですが、迷惑ではありませんでしたか」

”いえ、敗残し捕虜だった身をハイネセンに晒すのは忸怩たる思いがありましたが、これで少しは身が軽くなった気がします…小官を指揮官に推薦して下さったのは閣下とお聞きしましたが“

「私もあの時エル・ファシルにいました。エル・ファシル星系警備艦隊、第二分艦隊に所属しておりました。任務とはいえ本隊を見捨てた様なものでした…ずっと心の奥で気掛かりだったのです」

”存じております。その後将官推薦で士官学校に進まれた事も…はは、当時の事をお気になさる必要はありません。当時のヤン中尉やウィンチェスター曹長が民間人を救ってくれた事が、私も救ってくれたのですよ。あれがなければ収容所で自ら命を絶っていたと思います“

「そうですか…ヤン提督とはもう話されましたか」

”いえ、まだですが“

「是非お願いします。提督も気にしていましたから」

”了解いたしました。機会があれば、必ず“

「ありがとうございます…ではここからは仕事の話をさせて下さい。これから帰投するのですが、そちらの状況を教えて下さい」

”目立った抵抗もなく、寧ろ歓迎する空気がありました。アムリッツアで作成された統治マニュアルに沿って順調に動いています“

「了解しました。お手数ですが、私の代わりにビュコック長官にガイエスブルグ要塞の破壊成功と帰投の旨を報告していただけませんか」

”分かりました“

 意外に元気そうだったな。ジャムジードで直接話す事も出来たけど、あの時は気が引けた…俺のわがままもあるけど、これで原作で起きた同盟内のクーデターのフラグの半分を折った様なもんだ。
「よかったですね、閣下」
「え?」
「なんとなくそう思ったもので。まともに笑っている所を久しぶりに見ました」
ミリアムちゃんがそう言って微笑した…そんなに笑ってなかったかな、俺…。


 
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