星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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激闘編
第百五話 瓦解の一歩
宇宙暦796年7月23日01:00
アムリッツァ宙域、カイタル、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第九艦隊ヘクトル、
ヤマト・ウィンチェスター
「ヤン提督、もうしばらくきついとは思いますが、宜しくお願いします」
“なるべく早く戻ってきて貰いたいね、まあこれは冗談だが…武運を祈ってるよ”
「そのつもりです。では」
少しやつれてたな…だけど、この戦いでヤンさんは犠牲と引き換えに重要なものを手に入れた。ヤンさんと、その下で動いていた艦隊との連携だ。
ひどい言い方になるけど、実際に戦ってみないと分からない事がある。じゃあ艦隊の訓練は何の為にやってるんだ、って話だけども…戦闘中困る事がない様にしつこく訓練をするんだが、その訓練内容というのは実戦とは程遠い。装甲服着用の白兵訓練や単座戦闘艇の戦闘訓練はまた別だけど、実戦に近い内容にしてしまうと評価基準を統一出来ない上に、安全が確立出来ないからだ。安全な訓練をやって意味があるのか、という意見も少なからずある。でも安全基準があるからこそ艦隊の余力も分かるし、無理がどのくらい利くのかという事が分かるのだ。
それに、安全じゃない訓練など誰もやりたがらない。そんな訓練を立案するヤツはアホの極致と言わざるを得ない。訓練で怪我や死亡したら意味は無いし、戦地に送る前に戦力減少になるのだから、組織にとって悪夢としかいいようがない。戦争をしているから、軍隊だからといって何でも許容される訳ではないのだ。
だけどその一方で実際の戦闘は何が起こるか分からない。相手が、敵が居るからだ。訓練と違って実際の戦闘では、良いと思った事は何でも許容される。後から見ればこりゃ無理だろうといった事も平気で行われる。戦っているのは自分だけではないからだ。味方を援ける事が結果として自分も楽を出来るし、トータルとしての損害を減らす事につながる。連携という見えない要素が出て来るのはここだ。同じメンバー、指揮官同士で共に戦闘を行えば行うほど、その人がどういう指示や動きをする、又はしがちなのかという事が判る様になるのだ。
要するにクセなのだけど、これはシミュレーションや訓練では中々見えてこない。シミュレーションや訓練には評価やレギュレーションがつきまとうから上に状況や数値が単純化されているから、ほとんどの人間が似たような傾向になる。シミュレーションではやるけれども実戦ではやらない…なんて事もある。逆もまた然りで、実際の戦場に立たないと見えない事の方が多いのだ。用兵家なんてロクなもんじゃない、というヤンさんの言葉はここに集約されている。それだけ敵も味方も殺しているというからだ。
「全艦隊、ハーン宙域に向けて発進。参謀長、先行の第四艦隊に命令、改めて警戒を厳とせよ。前路哨戒を厳しく実施せよ」
「はっ」
通信オペレータの元へ向かうタナンチャイ参謀長の脇を抜けて、スールが近付いて来た。何だ?
「分艦隊司令のダグラス少将、バルクマン少将が本艦への乗艦許可を求めておられます」
「通信では…了解した、艦長、許可を出してくれ」
二人が現れたのは三十分後だった。
「何だか久しぶりな気がしますな、副司令長官閣下」
「もっと楽に話せよ、マイク…二人共、俺の部屋に行こうか。副司令と参謀長も一緒に来てくれ。フォーク、後を頼む」
01:45
タナンチャイ・タナワット
ワイドボーン副司令をはじめとして、私以外の参謀チームは副司令長官との付き合いが長い。だから彼等は副司令長官が何を考えているか、おぼろげながらも知っている。私はと言うと…驚く事の方が多い。ブルース・アッシュビーの再来と呼ばれる閣下だが、ただの優秀な戦術家、艦隊司令官ではない。今回の作戦もそうだ、普通なら進攻経路として使わないハーン方面からの進撃…。以前に一度聞いた事がある、何故この経路を選んだのかと。
『誰も使わないじゃないですか。単なる思いつきです』
その時ははぐらかしてそう言ったと思ったのだが、ワイドボーンや参謀達、副官のローザス少佐に尋ねると、
『本当に単なる思いつきだと思いますよ』という返事が返って来る始末だ。何を考えているか分からない時があるという。
「本当にこのままハーンに進んでいいのかという事だ。フォルゲンやボーデンでは味方が戦っているんだぞ」
「心配は要らないよ、オットー。ヤン提督なら大丈夫だ」
「その根拠を示して欲しい」
「私の勘…では駄目かい?」
「あのなあ、それで納得するなら此処まで来はしないぞ」
バルクマン少将…副司令長官の同期だ。にやけながら黙って見ているダグラス少将も同様だ。公私共に親交が深いと聞いている。その彼等が此処まで来るという事は、副司令長官は彼等にすら作戦会議レベルの情報しか与えていないという事だろう。
「参謀長はどう思われる?副司令長官はご自身の考えに自信がお有りの様だが」
私に振るな!
「…そうですな、私は閣下の方針に異存はありません。それに、この段階での作戦変更など混乱を生むだけです。違いますかな」
「それはそうだが」
ワイドボーン副司令も何も口にしない。おそらく彼も聞かされていないのだろう。そんな状況なのだから異存などある筈もない。作戦の可否について諮問を受けた事すらないのだから…今更何か言おうものなら参謀長としての資質を問われかねん…軽い咳をして、閣下が再び話し始めた。
「オットー、作戦会議を忘れたのか?この作戦の目的を」
「忘れてはいないが」
「だったらそんなに心配しなくてもいいだろう…もう少ししたらちゃんと話す。だから今は一杯やってくれ。ローザス少佐、ビュコック長官に貰ったブランデー、出して」
帝国暦487年7月23日23:00
フォルゲン宙域、ヴァルトブルグ星系外縁、銀河帝国、銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト
ラインハルト・フォン・ミューゼル
「叛乱軍に増援が現れました。半個艦隊規模、おそらく第十三艦隊だと思われます」
「…ヤン・ウェンリーではなくとも曲者なのだろうな、第十三艦隊の指揮官は」
「何故そう思われるのです?」
「考えてもみろ、初代指揮官がウィンチェスター、次がヤン・ウェンリーだ。二度ある事は三度あると言うではないか」
「冗談を言えるのであれば大丈夫ですね、ラインハルト様」
「何だと…」
キルヒアイスの言葉に、ふてくされるのが分かる自分が居る。
「他に何か変わった事は」
「増援を報告してきた通報艦は消息を絶ちました。他の偵察グルッペも同様です。叛乱軍はかなり厳重に警戒線を敷いている様です…同様に叛乱軍の偵察部隊も出没しておりますが、見つけ次第撃破しております」
警戒が厳重なのは理解出来るが、何故増援が半個艦隊のみなのだ…アムリッツアには五個艦隊の増援が入った筈、二個艦隊程寄越してもよさそうなものだが…。
「艦隊司令官達を集めてくれ。今後についての検討を行う」
23:30
ジークフリード・キルヒアイス
ミッターマイヤー、ケスラー、メックリンガーの三提督が乗艦したのは三十分程経ってからだった。
「この艦は自ら乗るものではないな、そうは思わないか、ケスラー提督」
「そうだな」
「メックリンガー提督、何故そう思われるのです?」
「キルヒアイス参謀長、卿はこの艦に乗っているからそうは思うまい…ブリュンヒルトは虚空の美姫だ。外から眺めるに限る」
「なるほど。でもブリュンヒルトはお飾りではありませんよ」
「当然だ。美しいものには刺があるというからな」
メックリンガー提督は芸術家提督と呼ばれるだけあって、表現が他の方達と少し違う。ケスラー提督やミッターマイヤー提督は慣れっこなのだろう、何も言わず頷いているだけだ。
「話が弾んでいる様だな、卿等」
フェルナー少佐を伴ったラインハルト様が会議室に入ってこられたのは、それから更に十分程経ってからの事だった。
「集まって貰ったのは他でもない。我が軍の行動を決定する為だ。通信でもよかったのだが、直ぐに状況が変わる訳でもない。顔突き合わせて話をした方が、気分転換になると思ったのでな…ロイエンタールには悪いが、卿は映像のみだ」
”三人寄れば賢者の知恵…と古くより言いますからな。小官は特等席で賢者ぶりを拝見させていただきます“
他人事か、などと野次が飛ぶ…これならいい、まだ士気は旺盛だ。ラインハルト様と共に彼等を選んだ私が言うのもおかしいが、彼等と行動を共にするようになって改めて判った事がある。何よりも指揮官として優秀という事だ。参謀、つまり助言者として優秀な事と、指揮官としてのそれは全く違う。指揮官に必要なのは、意思決定者として自らの判断に対し責任を負う事が出来るかどうかだ。自分の指示一つで万単位の人間が死ぬ事もある、その事実に押し潰されないだけの胆力を持たねば到底指揮官など無理だろう。シミュレーションだと出来る事が実際には実行出来ない…訓練の勇将、実戦の弱将がごまんと居る中で彼等という者達を見つける事が出来たのは、ラインハルト様にとっても私にとっても本当に幸運だった。
「上層部の指示は増援到着まで現状維持、待機だ。一戦し、我々を抜き難い…叛乱軍にそれを示した。上層部の指示は理解出来る」
「閣下がそうお考えならば我々はそれに従います。ですが、ただ待つのでは叛乱軍に侮られるのではありますまいか」
「その通りだ…指示は指示として、ただ待つのは無聊を託つというものだ…ミッターマイヤー、何か思う所があれば申してみよ。おそらく卿と私の考えは同じ筈だ」
ラインハルト様がそう言うと、再びミッターマイヤー提督が自らの案を語り出した……閣下の艦隊から兵力を各艦隊に分派してもらい、各艦隊を再編成したのち可能な限り攻勢防御を実施する…という、かなり能動的な案だった。
「我々が活発に活動すれば、それだけ叛乱軍の注意を引きつける事が出来ます。その上で敵兵力の漸減に徹する…まあ、新たにアムリッツアからの増援が出現するかも知れませんが、その分ボーデンに回す敵兵力を吸引することが出来ます。こちらの増援の到着後は逆に叛乱軍に圧力をかける事が可能になるでしょう…閣下にはご負担を強いる事にはなりますが…」
最後は済まなさそうに意見を終えたミッターマイヤー提督だった。負担を強いるか…ラインハルト様はそれを決して厭う方ではない。
「構わない。キルヒアイス、我が艦隊の残存兵力はどれくらいだ?」
「はい…一万二百隻です」
「ふむ…では七千隻を各艦隊に振り分けるとしよう。同時に私の率いる本隊の艦艇編成を改める。本隊は高速戦艦と巡航艦で編成する…七千隻の振り分けはキルヒアイス、卿と各艦隊司令官に任せる。再編成完了は明日一二〇〇時とする」
「了解いたしました」
「よし…フェルナー」
「はい」
「卿はブラウンシュヴァイク公の許へ特使として赴いてもらう。意味は分かるな?」
「はい。陳情の形を借りた公の補佐という事で宜しいでしょうか」
「その通りだ。此方まで来る事はない、こちらの状況を説明した上で、ただ督戦して欲しいと伝えるのだ。公が動けば前線の士気は上がるとな」
「はっ」
「では各人共かかれ」
7月24日19:00
フォルゲン宙域、自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン
ヤン・ウェンリー
対峙というのは心身共に疲労していく。特に精神面で…距離を取っての睨み合いであるから、直ぐに戦闘状態に入る事はないものの、敵から目を離す事が出来ない。適度に気を抜きながら緊張を維持する、という矛盾する態勢を維持しなければならないのだ。
しばしの静寂を破ったのは、入電を報せる第一艦橋からのコール音だった。対応したムライが厳しい顔をしている。
「哨戒中の第十三艦隊より通報です…帝国軍と思われる哨戒部隊との触接あり。哨戒部隊の後方に一個艦隊規模の兵力を確認、通信傍受によりミッターマイヤー艦隊と判明…以上です」
「了解した。中佐、第十三艦隊に通達。敵本隊が近付いてくる様なら距離をとって無理な戦闘は避ける様にと。状況によっては後退も許可する」
ムライ中佐は一瞬何か言いたげな顔をしたが、敬礼して通信オペレータと連絡を取り始めた。
「ヤン、これは示威行動かな、手を出すなっていう…それにしてもミッターマイヤー艦隊はどこから兵力を持ってきたんだ?報告の通りに一個艦隊規模となると一万隻を越える。受けた損害をほとんど回復した事になるぞ」
ムライ中佐程ではないが、そう言うラップの顔は深刻そのものだった。
「大規模な増援があったのなら、ミッターマイヤー艦隊だけが現れるというのは不可解だよ。おそらくミューゼル大将は麾下の艦隊の兵力の再編成を行ったんじゃないかな。自分の艦隊から兵力を派出したんだと思うよ」
「話は分かるが、麾下の三個艦隊の損害を回復するとなると、ミューゼル艦隊はすっからかんになるんじゃないのか…敵の心配をしてやるのも妙な話だが」
「そうだね。でも数が不揃いのままの四個艦隊で戦うより、一つ潰して完全編成に近い三個艦隊を揃えた方が短期的には戦力としての集中度は増加する。確かにミューゼル艦隊は戦力としては計算外になるだろう、でもその代わりに彼は指揮統率に集中出来る、自分の艦隊は気にしなくていいんだから…どうかな?」
ラップの問いに答えながら思った、これは厄介だ。これでミューゼル大将は先年のボーデンで見せた戦術能力を最大限に発揮出来る、しかも規模を拡大してだ…こちらも第七、第八艦隊の残存兵力をウチと第六艦隊に振り分けたから損害は回復しているが、それでも二個艦隊強、アッテンボローの艦隊を合わせてやっと五分かどうかというところだろう。それにこちらは敗残兵を吸収したのに対して帝国軍はそうではない。戦意、士気、連携の度合は帝国軍の方が上だろう。むしろ危険度は戦闘開始時より増しているかもしれない。
「…やる気のある敵というのは困ったもんだな、ヤン」
22:30
銀河帝国軍、ミッターマイヤー艦隊旗艦ベイオウルフ、
ウォルフガング・ミッターマイヤー
「叛乱軍、相変わらず我々と一定の距離を保ったままです。こちらの有効射程圏内には入ろうとしません」
そう報告を上げてきたドロイゼンの顔は複雑な色を帯びていた。嘲笑、怒気…。
「敵は名うての第十三艦隊だ。ウィンチェスター、ヤン・ウェンリーの後を継いだ指揮官は慎重な男らしいな」
戦力の補充は受けたものの、余裕がある訳でもないし……。
「参謀長、ケンプ少将と映像回線を」
ややあってケンプの花崗岩の様な顔が映し出された。
“お呼びでしょうか”
「ケンプ提督、卿にバイエルライン、レマー、ジンツァーを預ける。叛乱軍を後退させて欲しい」
“了解ですが、敵戦力の漸減が目的なのでは?”
「無論そうだ。だが戦おうとしない敵を誘い出すには策が必要だ…疑似突出と後退をしつこく繰り返した後に急速前進すれば後退するだろう。その後に改めて引きずり出す」
“了解しました…後退しない時はどの様に?”
「それこそ我々の望むところだろう、違うかな?」
“はっ!善処致します”
「準備出来次第、行動に移れ」
7月25日10:30
ヴァルハラ星系、オーディン、銀河帝国、新無憂宮、バラ園、グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー
「難儀な事であったの。もう大事ないか」
「はっ。私めの艦内とはいえ、油断しておりました。伯爵夫人に難が及ばなかった事がせめてもの救いでございます」
「そうじゃな。そしてそちの居ぬ間に辺境では叛徒共とまたぞろ戦が始まっておると聞いておる。アンネローゼの弟は頑張っておる様じゃな」
「お聞きに及びでございましたか。あれは無類の戦上手、下手な事では敗れませぬ。ご心配には及びません」
「そうか。そのアンネローゼの事だが、そちの妻にせぬか」
「な、何と仰せられまする」
「フフ、冗談じゃ。じゃがその様な風聞が宮廷内を飛び交っておるのも事実でな。国務尚書と相談し善処致せ」
「はっ」
陛下が去って行く。此処には何度か呼ばれた事があるが、これ程言葉多き陛下を見た事がない。
「謁見は済んだ様だの。陛下も随分とご機嫌な様子であった」
バラの陰から表れたのは国務尚書リヒテンラーデ侯だった。
「聞いておられたのか」
「うむ。場所を変えよう」
国務尚書の執務室に場所を変え、改めて侯の話が始まった。「余計な事をしてくれたものじゃな」
「何の事だ」
「陛下も仰せられておった。グリューネワルト伯爵夫人の事よ。ああも噂が出た以上、後宮に戻す事は難しい。卿、本当に妻にせぬか」
「何を仰せられる、儂にその気はない。ミューゼルを存分に働かせる為にした事だ。奴の覇気を和らげる為でもある」
「ほう。ミューゼルは危険か」
「ゴールデンバウム王朝にとっては危険だろう。あれは簒奪を企んでいる。すでにご存知かも知れぬが」
「うむ」
「陛下のお側に伯爵夫人が居る限り、あれは簒奪の意思を捨てぬだろう。最早そうでなくともその意思を曲げる事はないかも知れぬ。だが伯爵夫人が奴の近くに居れば、陛下に向ける怨恨の量は薄くなると思ったのだ…陛下ご自身は何も気にしておられなんだが」
「もしや…ゴールデンバウム王朝と帝国は別、と考えておるのか」
「そうではない。私は帝国に忠誠を捧げている。帝国とゴールデンバウム王朝が一体である限りそれは同一の物だ。陛下に難が及べばそれは帝国の混乱を意味する。それを避けたいだけだ」
「ふむ…ミューゼルを処断すればよいだけにも思えるが、卿にとって奴の戦才は捨て難いようじゃの。保険という訳か」
「そうとってもらって構わぬが」
「詭弁にも聞こえるが、現状では仕方ないか。貴族どもがあれではな」
貴族ども…有志連合の事か。辺境の情勢に慌てた大貴族の連合……許し難い事ではあるが、軍事的には辺境は緩衝地帯に過ぎない。帝国中枢を固めておきさえすればよいのだ。結果叛乱軍の補給線は延び、奴等に膨大な負担を強いる事が出切る。叛乱軍が辺境を押さえても、その経済的基盤がとてつもなく小さいが故にインフラ開発から主導せねばならない。叛乱軍の領域に隣接しているアムリッツァとは違うのだ、軍事的に補給面で負担を与え、経済的にも大きな負担を強いる事が出来る。現実的には辺境領主達は平民達とそれ程変わりはない。政治的にどの様になろうとも、日和見で望むだろう。帝国建国から五百年近く経っても貧しいままで、政治的、軍事的にイニシアチブを取れぬ者達の処世術とは大昔からそういうものだ。叛乱軍がどれだけ経済的援助を与えてもどうにもならんだろう。貴族達にはそれが分かって居らんのだ…だが貴族達を無視する事は出来ない、帝国内に限って言えば、その経済的軍事的な勢力は巨大なものだ。陛下がお倒れになり奴等が暴れだす様な事態は絶対に避けねばならん…。
「ところで、卿の命を狙った刺客の黒幕についてはどうなったかの。何か分かった事はあるか」
「それについては何も判明しておらん。そういった調査は不得手でな」
「さもあろう…こちらでも調べておる。もうしばらくすれば何か分かるであろう。で、グリューネワルト伯爵夫人の事だが…」
7月24日04:00
ハーン宙域外縁(シャッヘン方向)、自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦ヘクトル、
ヤマト・ウィンチェスター
「第四艦隊より報告、帝国軍の哨戒部隊多数を撃破、シャッヘン宙域中心部に至る空間には有力な敵集団は発見出来ず」
「了解した。少佐、返信だ。第四艦隊は進撃を続行、アルメントフーベル宙域に向かえ……皆を集めてくれるかい」
入口まではすんなり入れた訳だ…さあ、原作フォーク氏原案、俺修正による帝国領進攻の開始といきますかねえ!
司令部艦橋にぞろぞろとうちの参謀達が集まって来た。通信画面には各艦隊の司令官達。そしてビュコック司令長官。
「ビュコック長官、始めます」
「うむ」
「今作戦の目的は、ハイネセンでの作戦会議でも述べた通り、敵…帝国の心胆を寒からしめる事が目的です。ここまでで質問のある者は……居ませんね。情報漏洩を避ける為に具体的な攻撃目標はこれまで発表しませんでしたが、今ここに発表したいと思います。攻撃目標はキフォイザー宙域中心部、キフォイザー星系のガイエスブルグ要塞。この要塞を破壊します」
フォーク達が軽くざわついたけど、気にせず続ける。
「幸運な事にシャッヘンまでは帝国軍の姿はありません。おそらくアルメントフーベルも同様でしょう。そしてガイエスブルグ要塞には駐留艦隊は存在しません。フェザーン経由の情報でこれは明らかになっています…同要塞はイゼルローン要塞がそうだったように、帝国軍の武威の象徴です。この要塞を破壊すれば、帝国の威信は地に落ちるでしょう」
軽い沈黙の後、画面の向こうのムーアが手を上げた。
「どうぞ」
”占拠して基地として活用する、のではなく、破壊ですか“
「そうです。占拠し続けるにはガイエスブルグ要塞までの補給線を確保せねばならなりません。そんな余裕は我が軍にはありません。だが将来を考えるとあっても邪魔なだけです、この機会に破壊します」
”もったいない気もしますが“
「確かにもったいないですが、あれば帝国軍が使うだけです」
”そうですね、了解しました“
「続けます。同時にハーン宙域を確保、占領します。その為の部隊はビュコック司令長官が率いて向かっておられる。長官、そろそろイゼルローンを抜けた頃ですか?」
”うむ。明日にはアムリッツァに入る予定じゃよ。貴官の要請通り、帰還兵から百万人、同盟に残留を希望した元帝国兵、合わせて百五万人を輸送中じゃ。イゼルローンに集積してある物資も根こそぎ運んでおる“
「ありがとうございます」
流石にハーン占領には皆驚いているみたいだな。ハーン宙域は主要航路には位置しているものの、原作でもその存在が忘れられているような場所だ。辺境領主もそれ程おらず、帝国軍すらほとんど立ち寄らない、打ち捨てられたに等しい所でもある。以前行っていた経済援助もこちらには敢えて実施しなかった。ハーンの辺境領主達にアムリッツァの繁栄を見せつける為だ。帝国にも見捨てられたに等しいハーンの領主達がアムリッツァを見てどう思うか…。考えついたのは捕虜交換が終わってからだった。
帰還兵達がとりあえず同盟軍に復帰するとしても、もう戦うのはゴメンだ、という連中も大勢いるだろうと思ったからだ。同盟残留を決めた元帝国兵達の身の振り方もある。いきなり同盟社会に溶け込むのは難しいから、同盟軍が面倒を見るしかない。だからといって彼等が元の祖国と戦うのをよしとするか判断できなかったし、ならば彼等にも植民に参加してもらえばハーンの帝国人達の馴化に都合がいいだろうと思ったんだ。進攻作戦は既に動き出していたけど、人員輸送と物資輸送だけだから、軍の作戦の一部という事で新たな予算措置も要らず、隠し通す事が出来た。
”ハーン安全化の為に、帝国軍の根拠地となるガイエスブルグ要塞を破壊する…という事ですな。なるほど、なるほど…ですが帝国軍の反応が気になりますな“
「一番近いのはヴィーレンシュタインに存在する帝国艦隊ですが、帝国軍我々の動きに気づいて彼等をキフォイザー宙域に向かったとしても、十日はかかる。オーディンからは十五日です。そして、我々が同宙域に到達するのは八日後だ。時間的余裕はある」
”まるで空巣の様ですが…“
「心胆寒からしめるという事はそういう事ですよ、ムーア提督。違いますか?」
”それもそうですな“
「他に質問がなければ、このまま艦隊速度最大で進撃を続行。以上です。部署に戻って下さい」
通信画面にはビュコック長官だけが残っていた。
「結局、長官のお手を煩わせる事になってしまいました」
“構わんよ。国内でただ待っておるのも手持ち無沙汰じゃからな。それに我々がアムリッツァに到着すれば、貴官等がアムリッツァから消えた事を帝国軍はしばらく気づかんじゃろう”
「…まさか長官、フォルゲンの増援に行こうとか考えてませんか」
”その通りじゃ。貴官等の存在を隠し通す為にも、せめてもう一個艦隊は出張らんとな。増援がアッテンボローだけではそのうち疑われてしまう。この段階で儂が前に出れば、帝国軍の目は自然とフォルゲンに向くじゃろうて。違うかな?”
「それはそうですが…相手はミューゼルです。危険です」
“なあに、ヤンもおる。それに二十にもなっておらん若者に敗ける程、まだ老いぼれては居らん。大丈夫じゃ”
「…分かりました。本当に面倒をかけて申し訳ありません」
“ハハ、詫びは貴官が帰ってから改めて聞くとしよう。ではな”
通信は切れた。迂闊だった、これだけの大作戦なのだ、自分だけ国内で待っている様な人じゃない事はアニメで解っていた事じゃないか…長官が言う様にヤンさんも居るしまあ大丈夫だとは思うけど、ラインハルトにとって同盟軍宇宙艦隊司令長官というのは美味しすぎる餌だ…。
「あの、閣下?大丈夫ですか?」
「え?ああ」
ミリアムちゃんの心配そうな声に振り向くと、うちの参謀達が俺を見ている。
「聞いての通りだ、長官の為にも頑張らないとなあ。よし、ここからは内輪の話だ。ワイドボーン副司令」
「はっ」
「宇宙艦隊副司令長官として命じる。貴官を臨時の第九艦隊司令官に任ずる」
「え?あ、拝命致します!」
「宜しい。スタッフもそのまま残す事にする…ところでワイドボーン提督、この艦隊は最後尾に位置しているが、今必要な措置は何だろう?」
「はっ…通信、連絡の維持であります」
「そうだ。処置は君に任せる。いいね?」
「了解しました!」
「宜しい…それと提督、戦艦を一隻融通して欲しい。旗艦戦艦は空きがないから…指揮通信機能を増強してある艦がいいな」
「どうなさるのです?」
「移乗してそこから全体を指揮する。その方が君も気兼ねなく艦隊を指揮出来るだろう?」
「ありがたいですし、分かる話ですが、危険です。お勧め出来ません、反対です」
「前に出る訳じゃない、簡単に死にたくないからね…ここに居たら私もどうしてもこの艦隊が気になってしまうし、そうした方がいいんだ。百隻程護衛も呉れるかい?」
「せめて千隻程お連れして欲しいのですが…解りました、準備致します」
「ありがとう、頼むよ」
解散して自室に戻ると、間髪入れずにミリアムちゃんが部屋に入って来た。
「どうした?」
「艦を移乗するなんて…危険です。奥様に何と申し上げたらよいか」
「おいおい、嫁を出すなんて卑怯だろう」
「こうでも言わないと止めていただけそうにありませんので」
「副官変えようかな」
「え?」
「冗談さ。でも移乗は撤回しないぞ」
「小官も連れて行っていただけるのですよね?」
「…君は第九艦隊司令官の副官だろう?私は宇宙艦隊副司令長官でもあるけど、二人も副官は要らないからそのままにしておいただけなんだが」
「ワイドボーン提督は自分で副官をお選びになるでしょう。それに副官任務は慣れるまでに時間がかかります。今は戦闘行動中ですし、新任者も慣れている暇はありません」
「それはワイドボーンの新しい副官にも当てはまるんじゃないのかい?」
「あ…」
「ハハ…ワイドボーンはワイドボーンで選ぶ…その通りだ、これからも宜しく頼むよ」
「ありがとうございます!」
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