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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第114話 はじめての戦闘(おしごと)

 
前書き
投稿が遅くなりました。次回はもうちょっと早くなると思います。
(繋げて投稿しようとしたら、いつの間にか15000字超えたので分離)

色々ストレスが溜まって、色々な解消法を試しているところですが、時間も金もないので、
出勤前に深夜録画のアニメを早送りで見るくらいしかないです。

薬屋もおっさん剣聖もシングレも売り子さんも良いですね。
特に悠木碧さんの演技が素晴らしい。(平家物語は必見)

ちなみに恐れ多いですが、悠木さんに相応しいボロディンJr.の登場人物って誰になりすかね?

 

 
 宇宙暦七九一年 一〇月二二日 パランティア星域ケルコボルタ星系

 ケルコボルタ星系に侵入して六時間。現在のところ第一〇二四哨戒隊は触接も会敵もせず、予定航路を順調に進んでいた。

 砲撃訓練は一二時間後。恒星ケルコボルタαの重力圏で、惑星ケルコボルタAbの現在位置との直線上にある宙域で行うことは、各艦に短距離光パルス通信で伝達している。敵哨戒隊からの探知も接触もないので、戦艦ディスターバンスの戦闘艦橋は三交代制に移行しており、緊張感がありつつもややのんびりとした空気が流れつつあったが……

「出来ました。ご確認をお願いいたします……」

 身長一五六センチのレーヌ中尉が息絶え絶えと言った表情で、両手で軍用端末を司令席に座る俺に差し出した。それを片手で受け取る俺の姿は、まさにジュニアハイスクールの女子生徒が提出した補修課題を添削する、イジワルな新卒教諭そのもの。俺を右横三メートル離れたところで見ているドールトンの視線は実に冷たい。

 レーヌ中尉に俺が出した課題は三つ。三〇発の標的デコイの運用プログラムと、一〇〇発の中性子ミサイルの長距離自律制御・軌道計算と、爆雷敷設制御の調整案。いずれも難易度は高く、さらには時間制限があって、レーヌ中尉の頭の中は間違いなくパニック状態だっただろう。

 最初に提出された提案書は、まさに計算機に数字を入力しただけのものだったので、『君はデータの運送係なのか』とだけ言って突き返した。
 二度目の提案書は最初の提案よりもマシにはなったが、周辺宙域の重力・電磁異常を全く想定していないというトンデモ案だったので、『ここはキベロン演習宙域ではない』と言って突き返した。
 三度目の提案書はある程度形にはなっていたが、いずれも兵器の推進剤を限界まで使い切るという余裕のない案だったので、『白面の書生だな』と言って突き返した。
 四度目の提案書を出した時はほとんど涙が目に浮かんでいたが、やはり推進剤に余裕がない提案だったので、ハッキリと『これだけやって分からないなら、誰かに頼んだほうがいいか?』と言って突き返した。

 そして五度目の今回。上官・部下関係なく多くの人間が、彼女に手を貸しているのがハッキリと分かる提案書だった。発見しただけではデコイと分からせないよう周辺宙域に合わせた重力・熱源出力制御、推進剤を使わずに最大加速し、最終的に自己誘導可能な最高限界速度と十分な推進剤を維持することが出来る中性子ミサイルの射出軌道、そして『無駄のない』機雷原を構築する為の発射制御。四度目とは見違えるほどの完成度だった。

「勉強になったか?」

 全部読み終えたあとで、俺がそれだけ言って軍用端末をレーヌ中尉に返すと、中尉は心底安堵した表情を浮かべて頷いた。彼女の下士官や兵士達に対する態度も、かなり改善されたとビューフォートが言っていた。その代わり『俺の部下を勝手に自分の幕僚として育てないでいただきたい』と苦言も呈されたが。

「あらゆる意味で勉強になりました。ありがとうございます。中佐」
「そう言ってくれて嬉しいよ。ついでにドールトンに、俺が部下に優しい、とても良き上官だと納得させてくれるとありがたい」

 俺が胸ポケットからメモリカードを差し出すと、レーヌ中尉は首を傾けつつそのメモリを自分の軍用端末に差し込み、流れるように一読して、自身の肺活量を試すように大きく溜息をついた。
 
「小官の口からはお見事としか申し上げられません。隊司令」
「もっと手放しで褒めてくれてもいいんだぞ? レーヌ中尉」
「ドールトン中尉。この通りボロディン隊司令は、部下の、特に女性の部下に対する言葉遣いが絶望的ではありますが、脳味噌の中身は間違いなく一級品です」

 だがレーナ中尉は俺の言葉をまるっと無視し、体をドールトンに向け、シニカルな笑みを浮かべて続けた。

「性格も決して悪い方ではありません。伝え方が婉曲過ぎて、なかなか正直に受け止めるのが難しいのですが、受け取り方ひとつでどうにでもなります」
「それは分かっているわ、レーヌ中尉。でも言葉は人に心を伝える道具であって、言葉を選ぶデリカシーとかそういうモノに欠ける人間は、幾ら脳味噌の中身が優秀でも『どうか』と思うの」
「仰ることにはまったくもって同意しますが、ドールトン中尉『も』もう少し素直になられた方がよろしいと、小官は愚考する次第であります」
「残念ながら、そこは見解の相違ね。レーヌ中尉」

 女性としてはかなり長身の部類になるドールトンと、入隊限界ギリギリのレーヌ中尉とでは頭一つ半以上異なるが、笑顔で睨みあう二人に威の優劣はない。二人の間から漏れ出てくるエネルギー流に、俺は艦長席にいる頼れる副長に向けて救援の視線を送ったが、にべもなく無視された。

「貴官の提案を是とする。あとは分隊ごとの細かい修正を加えて再提出してくれ。時間は一時間後。確認・修正次第、作戦案として了承する」
「承知しました」

 俺に敬礼した後もすれ違いで睨み合う二人だったが、レーヌ中尉が司令艦橋から戦闘艦橋へと降りて姿が見えなくなると、今まで離れていたドールトンが副官の定位置である司令席の右隣りに立った。

「随分とお優しいですこと」

 皮肉の成分がたっぷりと含まれた言葉が、右頭上から浴びせられるが苦笑しか浮かばない。昨日までは俺に対する共同戦線を敷いていたであろう二人の、一方が裏切ったと思って口が滑ったのだろう。加えて年下同階級の相手に『隊司令の女』と当てこすられたのが、余計癪に障ったのかもしれない。

「副官をレーヌ中尉と交代してもよろしいのですが?」
「レーヌ中尉の専攻は戦術・水雷で、この艦の水雷長だ。どうして彼女を副官にすることが出来る?」
「士官学校を優秀な成績で卒業したのであれば、大抵のことは何でもできるのではありませんか?」

 これを嫉妬と一言で断じるのは難しい。専科学校から実戦実務を経て士官候補生学校に推薦された上がり士官のドールトンと、士官学校を優秀な成績で卒業したものの実戦経験は皆無に近いレーヌ中尉。年齢で言えばドールトンが四歳年上になるが、中尉としての先任は卒業一年で昇進したレーヌ中尉になる。

 双方の学科カリキュラムも異なる。将来、軍の上級幹部となることが求められる為、長期間広範囲にわたる学習を行う士官学校と、第一線の下士官を速やかに養成する為専門分野教育に特化した専科学校、そして足りない下級幹部を補充する為に上級下士官を再教育する幹部候補生養成所の違い。

 恐らくレーヌ中尉は(権限は別として)命じれば、副官任務をこなすことが出来る。だがドールトンが代わりに水雷長任務をこなせるかと言えば、現時点ではほぼ無理だ。仮に交代させるとしたら先任の水雷士を一時的に水雷長に昇進させ、ドールトンには戦艦ディスターバンスの予備航法士官をやってもらうしかない。

 ドールトンの実戦経験がもっと豊富であれば、レーヌ中尉の言葉など気にもしなかっただろう。二人のこれまでのキャリアの違いと双方の年齢差のなさが、『共通の敵(オレ)』を失って溝となって現れた。

 いずれにしても俺はドールトンを副官から解任するつもりは(今のところ)ないし、彼女の航法士官としての力量を高く評価している。それに今回の『砲撃演習』ではその知識が特に必要とされる。それを承知の上で挑発しているのかもしれないが、今は掣肘どうこうするつもりもない。

「別にレーヌ中尉も、私の好みではないよ」

 司令席を軽くリクライニングし、左頬杖をついて俺は見上げながらそう応えると、ドールトンは一瞬だけ細い左眉が上がり、ついで何事もなかったかのような能面で正面のスクリーンを下目使いで見やるのだった。





 一〇月二三日〇三〇〇時、数度の高強度アクティブ探知と四時間交代の休息を終え、第一〇二四哨戒隊は予定通り指定した恒星ケルコボルタα重力圏内の宙域に到着する。ここまで妨害もなければ敵対勢力の探知もない。ただ航路近辺にある異常重力場に幾つかの破壊された艦艇群や探知不透過宙域が幾つか存在したが、あえて詳細調査をせずにやってきた。

 『演習』の目的は、哨戒隊左舷に位置する恒星ケルコボルタαを利用した、高重力圏内における各分隊統制射撃能力の向上。光子砲も中性子ビームも亜光速で飛翔するとはいえ、通常空間では重力のくびきから逃れることは出来ない。
 
 重力的に不安定な宙域での戦闘訓練は実戦前には必須であること、哨戒隊の戦術として異常重力下における伏撃という技能を獲得する必要があること、伏撃においては少ない砲撃回数で効力を上げる必要から各艦の砲術スタッフの力量向上が求められること等々、言い訳がましく各艦の艦長にオープン回線で伝達する。

 だが演習に先駆けて各艦一発のデコイと四発の中性子ミサイルを司令部指示の目標に従って発射せよとの指示に、事前に戦艦ディスターバンスに集まった第一分隊各艦艦長と各分隊指揮官達は、揃って溜息をついた。『砲撃演習で』補給の乏しい誘導実弾を無駄にばらまくようなことを司令部が指示するわけがない。

 幸い目的を明らかにしない作戦内容に対して参加者から異論・反対意見は出なかったが、シャトルに乗って帰艦する前にシツカワ中佐が渋い顔をして、
「中央艦隊のバカ参謀のように、ミサイルが補給艦の胎の中で自己増殖できるものとお思いになりませんよう」
 と捨て台詞を吐いたのが印象に残った。独航艦になる前のアルテラ一一号の前配属先が、爺様の前の第五艦隊だったことを考えると、エル=ファシルでの一件から俺も思わず溜息をつきたくなる。

「対艦戦闘用意」

 教練の頭言葉がない俺の命令に、一度ドールトンが唾を飲みこむ音が聞こえる。模擬弾や演習モードの砲撃ではなく、実弾を使うこと。実弾演習はこれまで何度も行ってきたが、敵が潜伏する可能性が高い宙域では行っていなかったこと。間違いなく遭遇戦になることを理解して、息が一瞬詰まったのだろう。

「一〇二四、対艦戦闘用意! 長距離砲雷撃戦。初弾デコイおよび中性子ミサイル攻撃。各艦、旗艦事前指示の目標!」

 警鐘の音と共にドールトンのやや高めの声がマイクに乗って、戦艦ディスターバンスの艦橋内に響き渡る。リンクしている第一〇二四哨戒隊各艦艦橋もおそらく同様だろう。

「デコイ一発。未出力・弱推進投射。目標指示、方位二時三〇分、俯角一八度四三分。中性子ミサイル四発。VLS一番から四番。最大加速(フルパワー)発射。目標指示、方位一一時二七分、仰角三〇度五四分。発射後手順に準じ、艦内より再装填」

 自分が計算した目標を口に出しつつ、レーヌ中尉が部下に指示を出す。

「デコイ推進発射、中性子ミサイル発射、用意よし」

 レーヌ中尉の指示が各兵装を担当する下士官・兵に伝わり、彼らの入力にミスがないことを確認したモフェット大尉の、聴く者を落ち着かせるような声がそれに応える。
 
 その声に合わせて司令席から艦長席を見れば、演習でも見たことのないビューフォートの鋭い眼差しが俺に向けられている。今の彼は副長でありながら『艦長』でもある。副長と艦長の間で交わされるルーチンは、彼の心の中で行われている。

 そして彼が俺に求めているモノは一つだ。

「撃て(ファイヤー)」

 想像していたものも落ち着いた、というよりも冷めた声が喉を通り抜ける。まだ敵が見えていない状況というのもあるのだろうか。仁王立ちになって過剰な手振りも叫声を上げることもない。これがこの世界に転生して初めての戦闘開始指示と考えると、なんとも可笑しく思える。

「撃てぇ(ファイヤー)!」
「撃て(ファイヤー)!」

 小さすぎる手振りに慌てたドールトンの前のめりな声と、間髪入れず被せられるビューフォートの声。ドールトンにとっても初めての戦闘指示だが、ビューフォートにとっては過去に何度も発し慣れた指示。その声に呼応するようにモフェット大尉、レーヌ中尉、そして各兵装担当下士官の声が続き、最初にデコイが、続いて中性子ミサイルが発射され、あっという間に闇夜へと吸い込まれていく。デコイは外惑星方向へ、中性子ミサイルは恒星ケルコボルタα方向へ。

「砲撃を開始せよ」
「一〇二四、長距離砲戦用意。分隊各個砲撃。旗艦指示の目標、各艦諸元調整」

 前座が終わり、『予定通り』砲撃演習に移行する。砲撃指示は全てマニュアル。俺が後から指示する立体的な目標に対し、分隊単位での砲撃が行われる。ここは演習宙域ではないし、演習用の標的も用意されていない。成果観測も査閲官ではなく、実戦と同様に観測オペレーターが行う。

 俺の指示する立体目標は、ビームが届くまでの時間を逆算した上で敵艦が回避することが出来るスペースだ。勿論、いきなり艦首を上げて全速上昇するような奇想天外な機動ではなく、ごく常識的な避弾機動を想定したものだが、哨戒隊各分隊の初弾砲撃は、ケルコボルタαの重力に囚われて目標を大きく外す。

「ヴァーヴラ! てめぇ、どこに目を付けて諸元入力してるんだ!」

 立体目標から三〇キロは離れた場所を砲撃した、この戦艦ディスターバンスの砲術長に、案の定ビューフォートの雷が落ちる。本来管理するモフェット大尉を飛び越しての罵声。だが艦長席に座るビューフォートと砲雷長席に座るモフェット大尉では、砲術長までの距離が異なる。俺からは見えないが恐らく戦闘艦橋でモフェット大尉がヴァーヴラ中尉をフォローしているだろう。叱咤役と激励役の分業は、物理的な距離によってより効果をもたらす。

 そして調整を終え第二斉射は目標の端を掠め、第三斉射で目標の中心を貫いた。第一分隊各艦も、第三斉射ないし第四斉射で目標を射抜いていく。他の分隊もほとんど同様の力量を見せているので、分隊全艦が指定目標を射抜いたら、新たに次の目標を指示していく。

 ひたすらそれを繰り返して、二時間後。期待通り、真正面から怪しい光体が現れた。

「緊急!所属不明艦艇、急速接近。当部隊の進行軸に対し〇〇一四時、俯角一.八度。距離九.三光秒!」

 索敵オペレーターの絶叫に近い声に、戦闘艦橋の室温が一気に上がったように感じる。緊張による人間の体温上昇はあるだろうが、人間に比して遥かに容積の大きい戦闘艦橋の室温がその程度で上がるはずもない。なのに俺の肌は実感している。

「慌てるな。まだ余裕はある」
 だがいきなり噴出した興奮も、艦長席に座るビューフォートの声で沈静化する。俺を一瞥したのは、俺が直接オペレーターに指示するかどうかの確認だろう。俺が司令席に座ったまま、何も言わずに右手を小さく蟀谷の横で振ると、ビューフォートも軽く数度頷く。
「方角は分かった。数、艦種、時間的距離を、正確に、隊司令殿に報告しろ」
 ビューフォートの文節を区切った指示に、戦闘艦橋の索敵オペレーター達から了解の声が上がり、その声にドールトンが俺の座る司令席のスピーカーの音量を調整する。

「所属不明艦艇は、帝国軍基準第二戦速相当の速度で接近。時間距離で一四分後には有効射程距離に入ります」
「数は三二。反応の大きさから、戦艦三、巡航艦二〇、駆逐艦六、輸送艦三。平面陣を構成」
「敵味方識別信号に応答なし。いえ……挑戦信号、受信しました。所属不明艦艇群は帝国軍と断定されます」

 上がった報告に合わせて、画像処理されたシミュレーション図が俺の目の前の画面に映し出される。戦艦と駆逐艦は中央で横隊、巡航艦は五隻ずつ十字に四つで四方。輸送艦は後方。正面に対し駆逐艦以外の全艦が砲門を開けるが、まな板のような形で前後の陣容は薄い。

 つまり指向出来る火力を最大限にし、受動的な防御陣形になるよう仕向け、包み込んでしまおうという考えだ。単純な陣形だが、正面火力と敵に合わせた対応の取りやすい陣形でもある。だが……

「随分と舐められたものだ。こちらが初陣と知っているのかな?」

 戦闘艦艇の数は二五対二九。戦艦はこちらが多く、巡航艦は向こうが多い。こちらは駆逐艦を支援分隊の護衛に当てている位置にあるから、初手の正面火力では不利だが、全体の火力としてはほぼ互角か、戦艦の数から考えればむしろこちらの方が有利だ。

 最初からそのつもりはなかったが、急進して中央突破することは容易だ。逆に言えばあまりに容易に可能なので、敵がそれを誘っている可能性もある。しかしそれならば敵も別働戦力を用意しているはずで、それは俺の考えていた位置とは真逆になるし、あまり意味がない。

「隊司令。ご指示を」

 ドールトンが少し緊張した声で俺を促す。彼女も戦闘経験はあるだろうが、命運を握っている相手が頼りない俺であることと、有効射程までの残り時間が気になっているのだろう。しかし判断は急を要することに間違いはない。

「挑戦信号を打ち返せ。分隊各個砲撃・旗艦指示目標変わらず。フォーメーションB―四。砲雷撃戦用意」
「フォーメーションB、ですか?」
「復唱」
「……はっ、一〇二四、戦闘指示変わらず、フォーメーションB―四」

 ドールトンの指示が発光信号となり、第一〇二四哨戒隊は速やかに陣形を密集陣形に変更する。数が全く足りないので球体というよりは半球体という形で、戦艦分隊を前面とし、側面に巡航艦分隊がつく。半球体内部には駆逐艦分隊と支援艦分隊が収まって、有効射程に入る五分前、フォーメーションは成立する。これまでの猛訓練は充分に発揮された。

「分隊第一より第四は目標敵中央部、戦艦三隻に対し照準を合わせ。第一分隊は中央、第二・第四が左、第三・が右。第五・第六は射程内に収めてから敵駆逐艦を牽制射撃。各艦、砲撃と防御の手順を間違えるなよ」

 四隅の巡航艦分隊に対して初手は無視する。有効射程で初弾に直撃弾が出たら、それはもう運が悪いとしか言えない。ラッキーヒットは防ぎようがない。だが通常の防御に関して手を抜くことは許さない。

「諸元入力、修正照準、準備よし!」
「エネルギー中和磁場、準備よし」
 ヴァーヴラ中尉とモフェット大尉の声がスピーカーから流れてくる。その声に緊張はあっても、怯懦はない。
「司令合図で偏差射撃三連。しかるのち最大戦速で正面突進。目標撃破まで中距離砲撃継続。突進開始三分後に第一分隊各艦デコイ四発投射。目標正面。最大加速投射。敵陣を通過したら各艦機雷投射。事前設定通り」
「前方および後方電磁投射管、装填完了。デコイ・機雷戦、準備よし」
「機関緊急始動回路、準備よし。いつでもご指示を」
 レーヌ中尉の声は若さと戦意に溢れている。一方で年配の航海長ルシェンテス大尉の声は、戦闘前とは思えないほどに凪いでいる。

「戦艦有効射程まであと一分。秒読み始めます。五九、五八、五七……」

 索敵オペレーターの秒読みに合わせて心拍数が上がるかと思って、左手首に指を当ててみたがそんなこともない。この戦闘で死ぬ可能性だって十分にありうるのに、何故か不思議と落ち着いている。爺様やグレゴリー叔父もそうだったのだろうか。生き残れたら指揮官としての初陣はどうだったか聞いてみたい。

「砲撃用意」
「砲撃用意!」
 俺が残り二〇秒で小さく右手を振り上げると、ドールトンも合わせて復唱する。周辺視野でチラッと仰ぎ見れば、厚めの唇を小さく噛んでいるのが分かる。メインスクリーンの右上の数字が二桁から一桁となり……

「戦艦有効射程、入りました!」
「撃て(ファイヤー)」
「撃て(ファイヤー)!!」

 俺が軽く右手を振り下ろすとともに、ドールトンの叫びが艦橋に響き、メインスクリーンに八本の青白いビーム航跡が映し出される。それが三度。二度目と三度目の間に、戦艦ディスターバンスの両舷を六本のビームが抜けて行く。

 砲撃用のエネルギーを充填する時間を稼ぐエネルギー中和磁場が展開される前に砲撃が抜け、さらには挟差された。敵も有効射程ギリギリから砲撃してきたのは間違いない。それで挟差されたという事は、敵もこちらの先頭に照準を合わせていたのだろうが……

「敵戦艦一、大破確認!」

 事前に砲撃演習で、宙域の重力状況を把握している戦艦五隻の集中砲火と正面から相対したのは、流石に敵の失策だろう。巡航艦の砲撃有効射程まではあと三〇秒。残りの敵戦艦は二隻。俺は哨戒隊全艦に最大戦速での突進を命じつつ、第一分隊に第四分隊へ割り当てた戦艦への砲撃を指示する。

 艦首を覆っていたエネルギー中和磁場が再び開放され、五隻の戦艦から再び四〇本の光の槍が三度発せられる。発せられた後また中和磁場が展開されるが、そこに敵巡航艦からの砲撃が襲いかかる。だが特に統制されたわけでもない、しかも有効射程より遠い処から放たれエネルギーを失った砲撃は、あっさりと中和磁場によって吸収される。

「敵戦艦さらに一隻撃沈!」
「第二から第四、砲撃を開始!」
「デコイ、発射管一番から四番。正面投射、推進出力最大、発射」

 艦首の根元からデコイが上部から二発、下部から二発発射され、敵方向へ向かっていく。その間も第一〇二四哨戒隊は最大加速しつつ敵に接近する為、相対距離は一気に縮まっていく。敵はいきなり戦艦二隻を喪ったことに狼狽しているようで、砲撃は半球中央部向けて各艦が散発的に正面砲撃をくりかえしていることに留まっている。

「敵駆逐艦より小型高速目標、多数分離……全てデコイに向かっていきます。脅威なし」
「はっはぁ! ざまぁみろぉ!」

 明らかにレーヌ中尉の声だと分かるが、次に小さな衝撃音と悲鳴が聞こえたので、恐らくモフェット大尉に殴られたのだろう。部下に対する暴力を禁止はしたが、これは戦闘中の統制上致し方ない……だろう。

「砲撃を中距離砲撃から近距離に順次転換 目標敵駆逐艦。各個分隊射撃継続」
「了解。次の砲撃から射程を短くするぞ。砲雷長。加速しつつ標的が小さくなる。油断するな」
「了解。副長」

 言わずもながと、モフェット大尉の声がビューフォートに返ってくる。ほとんど同時に、先程より太くなったビームがより短い間隔で放たれる。近距離戦となれば中和磁場を展開する時間ですら、相互のポジションが変化することになるので、集束率を上げて貫通力を上げるより、多少集束率を下げてでも手数を増やすことに重点が置かれる。

「敵戦艦一、駆逐艦二、撃沈。他駆逐艦、逃走に移りつつあり」
「第二分隊、四番ステーレン一四号被弾。舷側損傷、戦闘能力異常なし」
「第四分隊、二番ブルゴス四一号被弾。通信機器破損。戦闘能力低下」
「第一分隊、戦艦アーケイディア被弾。右舷装甲板損傷。舷側砲門一部使用不能」

 敵との距離がさらに縮まるにつれ、流石に被弾報告が多くなってくるが、撃沈や航行不能の艦艇はまだない。同盟だろと帝国だろうと、軍艦の構造上、正面に主砲が設置されている以上、射角には限界がある。

 有効的に砲火を浴びせるには、船体の向きを変えなければならない。特段有能な指揮官でなくとも、四方から取り囲むように一斉に動けば、砲火をこちらの重心点に集中させることも可能だ。

 だが今の敵はまともな統制が行われていない。戦艦は序盤に撃沈され、駆逐艦はミサイル射撃の出先を挫かれ逃げまどい、反撃できずに一方的に巡航艦に狩られている。その為、中央部は無抵抗状態となり、第一〇二四哨戒隊が抵抗なく突き進む空間が開いていた。

 砲火が開かれ二時間。第一〇二四哨戒隊は敵戦列に到達。予定通り機雷を艦尾から投射する。最大戦速で駆け抜けているので、戦速とほぼ同じ速度で反対方向に、かつ放射状に投射する。これによって相対速度がほぼゼロになり、僅かな燃料消費で、丁度敵が展開する範囲一杯に機雷がまき散らされた。

「第一から第五。転換一八〇度、一斉回頭。第六と第七はそのまま直進。敵支援艦を包囲」

 敵の後方に喪失艦なしで到達し、戦列を維持したまま俺は回頭を指示する。進路軸を維持しつつ、艦重心点を支点として、コマのようにクルっと回る機動だが、当然のことながら回頭中に戦闘行動は出来ない。どでっぱらを敵にさらすことになるので、アスターテの第六艦隊のように格好の標的となるわけだが、それはあくまで敵方の指揮統制が取れている状況であればこそ。

 またも戦闘艦橋から黄色い歓声とそれに対する骨太の怒声が聞こえてきたが、これはまぁ許してやってもいいんじゃないかと思う。敵は後ろに回った我々に対処するため十字隊列を開放し順次回頭しようとして、レーヌ中尉の力作の中へまともに突っ込むことになった。

 そしてデコイや操艦で機雷を上手い具合に回避して転換出来た艦艇から優先的に、戦列をバッチリそろえた第一〇二四哨戒隊は各個分隊集中砲火で料理していく。

「完勝、ですね」

 溜息混じりの声で、ドールトンは呟く。各艦の鍛え抜かれた砲戦技術と事前に準備したレーヌ中尉の機雷戦によって、味方は一度だけフォーメーションを変えて突っ込んだだけで、中央突破・背面展開に成功した。それが隊司令の俺による華麗な戦闘指揮の結果ではなく、ほとんど敵の自滅に近い結果としてもたらされたことに、もしかして不満があるのか。

「いや、まだ半分だよ」

 分隊各個集中砲火から、戦列を開放して射程外へと逃げる敵の巡航艦の動きを観つつ、俺は応える。敵がわざわざ正面から現れ、中央突破される可能性を考えず陣形を広げていたのは、包囲殲滅を意図していたのは間違いない。そして防御心理に陥って半球陣形になった我々を、戦力としてほぼ互角の自分達だけで始末しようとは思っていなかったはずだ。

「緊急! 新たな所属不明艦艇、前方より急速接近。当部隊の進行軸に対し一一三三時、俯角五.七度。距離一〇.三光秒」
「帝国軍基準最大戦速で接近中。哨戒隊有効射程まで一八分」
「数、二二。戦艦四ないし五。巡航艦一七ないし一八。小型艦感知できず」
「挑戦信号を継続発信しています。新手の帝国艦隊です」

 次々と上がる報告に、先程まで高揚していた戦闘艦橋の空気が、急速に冷却して萎んでいくように感じられる。そんなに気分を表に出さなくてもいいのではないかと思わないでもなかったが、事実上初陣の俺が指揮官では、第四四高速機動集団レベルの『太々しさ』を部下に期待してはいけないだろう。

 一度だけ艦長席のビューフォートに視線を送ると、睨んでいるというより『だから先に言っておいた方が良いって言ったろ』という非難めいた顔をしている。決して面倒だからというわけではなく、将兵が長丁場だと考えて攻撃が鈍化することを警戒したつもりだったが、緒戦が予想以上に快勝したので、余計に落差が大きかったようだ。

「ドールトン。マイクを」
「全艦放送でよろしいですか?」
 問いに無言で小さく頷くと、コンソールでモードを切り替え、掌に収まる小さなワイヤレスマイクをドールトンは俺に差し出す。
「隊司令のボロディンだ。戦いながら聞いてくれ」
 話している俺の声がそのまま戦艦ディスターバンスの戦闘艦橋内に響き渡る。辛うじて声に震えはない。
「実はうっかり言うのを忘れていたが、今日の試合はダブルヘッダーだ。だが司令部では計算済みの話なので、安心して目前の戦闘に専念してくれ」
「クソメンドクサイですが、了解です! 隊司令!」

 数秒の沈黙の後で、レーヌ中尉の大声が戦闘艦橋から上がってくる。スイッチを押しっぱなしにしているので、レーヌ中尉の声や艦橋のざわめきは間違いなく他の艦にも伝わっただろう。レーヌ中尉がいの一番に反応してくれたのは、自分が『砲撃演習前』に何をやったか分かっているからだ。

「新たな敵が有効射程に入るまでは、敵巡航艦の掃討を継続せよ」
 それだけ言って俺はマイクを切りドールトンに返すが、受け取ったドールトンの顔には奇異と感心の両方が、奇妙に混在して浮かんでいる。
「隊司令は敵の増援を確信されておられたのですか?」
「索敵障害の多い敵地ど真ん中で、静止状態で砲撃演習する初陣集団だからね。我々は」

 確信というよりは意図的に誘導した。どうせ見つかるなら不意打ちを受けるより、引き寄せた方が戦いやすいのは当然で。

 それに任務に則った航路は、同じ任務に就いている敵も十分想定している。待ち伏せなどができる箇所を捜索するのも、哨戒隊の重要な任務の一つ。それを怠ったばかりか、さらに目立つ恒星重力圏内でバカみたいに砲撃演習を行う『素人集団』を、見逃してやる義理は敵にはない。この際、敵が『まとも』であってよかった。

 だが俺の回答に対して、ドールトンはメインスクリーンを眺めつつ、小さく首を傾げて変なことを言った。

「隊司令。正直私は、この部隊の為に何かお役に立てているのでしょうか?」

 そう言うドールトンの表情は、思い詰め悩んでといったものではなく冷静で、単純に自分の存在意義が分からないといったものだった。

 
 

 
後書き
2025.04.13 更新 
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