ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~
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第115話 はじめての戦闘(おしごと)2
前書き
先週日曜日に仕事が入って、遅れてすみません。
昨日、銀座のクラブに行ってきました。
そこでほんの少しばかり立ち話をさせていただいて楽しかったです。
まさかこの拙作が捕捉されているとは思いもよりませんでした。
あと拙作に関わる戦艦も2隻、入手しました。
ちなみに欲しかった艦は、金型はあっても製造中止だそうです。無念。
その後で初めてイゼルローン要塞に立ち寄り、第13艦隊旗艦を食べました。
なかなかおいしかったです。
そんなGWのおひとり様な初日でございました。
宇宙暦七九一年 一〇月二三日 パランティア星域ケルコボルタ星系
「隊司令。私はお役に立てているのでしょうか?」
そう言うドールトンの表情は、思い詰め悩んでといったものではなく冷静で、単純に自分の存在意義が分からないといったものだった。
艦の戦闘指揮はビューフォートやモフェット大尉が、個々の戦術ではヴァーヴラ中尉やレーヌ中尉が。特にここまではレーヌ中尉の功績は極めて大。これまでの戦果も『これからの』戦果も。
「役に立つも何もここで戦えるのは、貴官が詳細にチェックしてくれた航路想定データのおかげだ」
事前に指示された哨戒ルートの星系を通るのであれば、星系内における航路については哨戒隊各司令部に自在に決定する権限がある。故に司令部には航法にそれなりの見識と力量が必要で、艦長兼任の隊司令は通常であれば、艦と分隊と哨戒隊全体の指揮があるので、残りの副官が航路想定に明るいほど哨戒隊は効率よく運用されることになる。
勿論副官が航路想定に明るくなければ、隊司令座乗艦の航海長に任務を分けても(本人の任務量過大には目を瞑って)権限上の問題はない。レーヌ中尉に作戦案の一部を委ねることが出来るのも、隊司令と旗艦艦長が同一人物である利点の一つ。レーヌ中尉には別の意図もあって作戦案を作成させたわけだが、そもそもドールトンの見識と力量が、この宙域での『砲撃演習』を決断させたのは間違いない事実だ。演習宙域が設定できなければ、作戦自体が成り立たない。
今まで航法予備士官や航海長をやってきたドールトンにとって、おそらく司令部副官という業務は『指を動かして戦闘に役に立っている』感覚が少ない仕事なのだ。旗艦の中で唯一の司令部要員である自分だけが、戦いから取り残されている。自分の専門分野である航法において命令を受けて航路想定を行ったが、それも命令を出した気に食わない上司一人で事足りると、もしかしたら思っているのかもしれない。
だが戦争は一人ではできない。将来的に艦艇乗組員の数を可能な限り減らしていくべきだと俺は考えるが、作戦の意志を決める司令部において、複数の異なる視点を有する各分野の専門家は絶対に必要だ。
原作においてヤンは基本的に戦略と戦術の構想力において比類なき存在。彼が集めた幕僚にはそれ以外の分野の専門家が揃っている。そんなキラ星の幕僚達の中でムライの存在は逆に異端を思わせる。彼は緻密で整理された理論と確かな判断力を持ち処理能力にも優れているが同時に、ヤン艦隊の良識と秩序を一身に背負わされているものの、特に「専門」とする分野はない。
俺の勝手な想像だがムライがいなくても、またムライではない他の誰が参謀長になっても、ヤン艦隊の戦闘能力はそれほど落ちることはないだろう。ムライ本人が独白したようにヤンは他人がどう考えているか、それを知って作戦の参考にするために幕僚に迎え入れた。
ヤンの人事の妙とは、ムライ自身が誰にも言われることなく自らに求められているモノを理解し、自ら行動できる人物であったことを見抜いていた事だ。そこまでの自覚を現在のドールトンに求めるのは、難しいことかもしれないが。
「今でも十二分に役に立っているが、もしもっと役に立ちたいと君が考えるなら、航法以外の分野にも興味を持ってもいいんじゃないか」
「航法、以外ですか?」
「幹部候補生養成所で一通り戦闘士官教育は受けたと思うけど、砲術と水雷と部隊運用を再履修してもいいと思う」
前世であれば戦艦を含む三〇隻と言えば大艦隊。両手両足の数の司令部要員がいたはずなのに、艦隊規模が一万隻でようやく一個艦隊と言われるようなこの世界では、司令部要員は隊司令(旗艦艦長兼任)と副官の二人だけ。演習のように時間的な余裕のある場合はともかく、戦闘時において俺一人で目配りできる範囲は限られている。
「哨戒隊司令部には参謀が一人もいない。君に苦労をかけることになると思うが、司令部で私に意見を言えるのは君しかいないんだ」
副官レベルカンストのフレデリカと比べるのは間違いだろうが、ドールトンが戦闘指揮分野での知識を蓄積させ理解することによって、俺の指揮の『次を読む』ことが出来るようになるはずだ。次が読めれば、自分が何を為せばよいか理解することが出来る。命令の前に準備と心構えが出来れば、物事は大抵スムーズに事が進む。
「考える時間は山ほどある。この巡回が終わった後にじっくり考えてみてくれ。だが取りあえず今は目前の敵だ」
「……はい」
僅か数分。その間にも新手は近づいて来ている。数は二二隻なのは変わらない。前方に味方がいるせいで速度をやや落としているが、挑戦信号は継続的に発信されている。戦闘は不可避だ。
「戦艦有効射程、入ります!」
「哨戒隊全艦、敵を指向しつつ右舷円周並列移動。ポイントⅩプラス三.八、Yプラマイ〇、Zプラス八.七」
「全艦、右舷円周並列移動。目標宙点、ポイントⅩプラス三.八、Yプラマイ〇、Zプラス八.七!」
敵を円の中心とし、砲門を指向しつつゆっくりと右斜め上へと上がっていく部隊機動。敵側から見れば陣形を変えず、味方敗残戦力を盾に攻撃を左に逸らすつもりに見えるはずだ。そうなれば攻撃側としては艦首を左に振り、艦首主砲を運用しやすいよう正対せざるを得ない。
「敵艦、右舷回頭。さらに接近!!」
「前面の敵に高エネルギー反応確認!」
「全艦一斉後進。第一分隊、目標敵中央右の戦艦。無力化まで斉射継続。第二から第四は有効射程に入り次第、残りの戦艦へ各個分隊砲撃」
有効射程外からの砲撃によってこちらを牽制し、主導権を握ろうとする帝国軍の意図は、強行一戦して同盟軍を後退させ、距離が開いた隙に敗退した味方を収容・後退することだ。であればこちらとしてはそれに乗ったフリをすればいい。
「中性子ミサイル発射用意。目標新たな敵前面中央・自己誘導・宙点着発。発射弾数八発」
「了解。中性子ミサイル発射準備。発射弾数八発。目標ポイントⅩ・Yプラマイゼロ・Zプラス一〇.二。発射管一番から八番、装填よし。移動目標座標の、継続入力開始します」
ドールトンの復唱前に発せられたレーヌ中尉の応答に、一瞬ドールトンの纏う空気がピリッと静電気を発したように思える。恐らくドールトンの頭の中で、座標位置が再計算され問題がないことが分かったのか、俺に視線だけで『どうしますか』と聞いてきたので、俺も小さく頷いて了承する。その上でさらにもう一手打つ必要がある。
「第五分隊は本隊より分離。移動目標ポイントⅩマイナス九.七、Yプラス五.五、Zプラス〇.九。到着次第、敵を砲雷撃せよ。指揮権分離委譲」
これで帰還命令が俺から発せられない限り、第五分隊は編制から外れることになる。自由行動ではないが、分隊指揮権は分隊旗艦であるミサイル艦ノーズワーズ二一三号艦長のオドゥオール少佐に全て委ねられた。アフリカ系黒人の血を色濃く残す長身の偉丈夫で、極端に口数が少ないので誤解されやすいが、水雷畑一筋三〇年の古強者だ。『行く手にあるもの』を見れば、自分が何をしなければならないか、即時判断できるだろう。
「主砲、照準よし。本艦は砲戦を開始します」
ビューフォートの宣告と共に、メインスクリーンの中央部に八本の光の矢が現れる。ほぼ一秒と間を置かず、居並ぶ第一分隊全艦からも砲撃が開始される。
「各分隊旗艦より了解信号あり。第五分隊、戦線離脱します」
通信オペレーターの報告にサブスクリーンへ視線を送れば、第五分隊四隻が最大後進速度で後退してのち、左舷回頭して増速し、一気に近距離レーダーの索敵範囲から急速に離脱していく。その第五分隊の動きに対して、敵は分派などの対処はせず、あくまでも我々本隊との正面決戦に拘るようだ。
敵の砲撃は第一〇二四哨戒隊全体に満遍なく浴びせられるのに対し、こちらは分隊単位での集中砲火を徹底させている。砲撃精度の差はすぐに表れ、敵戦艦二隻がすぐに落伍し、残りの戦艦を防御しようと敵巡航艦分隊が複数密集して戦艦の前に出て、エネルギー中和磁場を展開し『壁』を作り始めた。
その壁を一枚ずつ剝ぎ取るように、我々は全艦の砲火をこれと定めた一隻に全艦で集中させる。一隻の巡航艦の発生する中和磁場に五隻の戦艦と二〇隻の巡航艦の砲撃が集中して無事でいられるわけがない。
「ドールトン。第五分隊が指定座標に到着するまでに、あとどのくらい時間がかかる?」
砲戦開始三〇分。新手の敵の足も止まり、戦闘は今のところこちらが優勢ではあるが、最初に遭遇した部隊の残存戦力が再編成を終え合流し、現時点で数の上では一七対三二とほぼ二倍の戦力差。これから時間を追うごとに敵の士気は向上し、後退・撤収より攻撃・殲滅に目標を変更するだろう。こちらは戦艦アーケイディアをはじめとした数隻の艦が被弾し、戦闘不能にはなっていないものの、疲労と消耗で部隊戦闘能力は確実に低下している。
「特段の支障がない限り、あと七七分前後と思われます」
端末を弾くことなくドールトンはよどみなく応えてくる。コイツ、もう計算していたな、と俺が視線を上げると、ドールトンは下目使いでそれに応じる。若干得意げに見えなくもないが、まぁそのくらいは許してやってもいい。
「砲雷長にレーヌ中尉を司令艦橋に上げるよう指示してくれ。任務は直下の水雷士長に代行させよ」
「了解」
ドールトンの復唱から二〇秒経たず。息を切らしたレーヌ中尉は司令艦橋に上がってきて、俺とドールトンに敬礼する。女性二人の間に軽く視線の火花が散ったように見えたが、俺は敢えて無視して司令席を左に回すとレーヌに指示を出す。
「再起動は三五分後。投げた『石』の再起動と最終軌道修正を、空いている情報参謀席でやってくれ」
「お任せください、隊司令! 敵のケ●の穴ど真ん中にぶち込んでやりますよ!」
「若い女の子が●ツの穴とか素面で言っちゃうの、ちょっとどうかなぁ……」
「興奮すると口が悪くなるのは、どうやらレーヌ家の遺伝のようであります!」
固く握られた握りこぶしを、まな板のような胸に強く叩きつけ、レーヌ中尉は挑戦的な上目遣いで俺とドールトンを見つめ応え、俺が席に着くよう手振りで促すと勢い良く敬礼して参謀席へと駆け出していく。どこかの中学か高校の運動部のマスコットガールみたいな後姿に、今度は司令席を右に回してドールトンを見上げると、毒気を抜かれた表情で肩を竦めている。
「……士官学校を優秀な成績で卒業したにもかかわらず辺境方面に流されたのは、もしかして『アレ』が原因なんじゃありません?」
「……家訓ではなく遺伝だって言うんだからまだ救われるよ」
「家訓だったら相当問題のある家庭環境です。学区のカウンセリング課か、児童相談所に通報すべき案件です」
もしかしたら帝国にはそういう組織はなかったのか、あるいは一家ごと匙を投げられてたか。それほど大きくない情報参謀席に小さな体を収めて、意気揚々カーソルを打ちまくる『鉄灰色』のショートヘアなレーヌ中尉を見て、猪(どっち)も記者(どっち)か、と思わざるを得なかった。
それから一時間ほどダラダラと砲撃戦が続き、敵は数を減らしつつも砲火に次第に勢いが出てきた。敵の戦艦は重度に損傷したのか、それとも指揮系統を維持したいのか、最前線には出てきていない。もっぱら砲撃は巡航艦に頼っているようで、こちらはゆっくりと後退しつつ戦艦の有効射程の長さを生かして、フェンシングのような戦いに終始している。
万が一の後退機動に備え、戦艦アーケイディアは同じく被弾損傷したステーレン一四号、ブルゴス四一号、それに第三分隊のスタージス六五号の三隻と共に、戦線を離脱させ、敵支援艦拿捕に向かった第六・第七分隊へ向かわせた。これで一三対三〇。戦線に参加している戦艦の有無を込めても、戦力としては二倍差を超えた。
戦線離脱した部隊を確認したのか、敵の戦意は明らかに向上している。陣形を球形密集からゆっくりと円錐突撃陣に。混成部隊故に動きは鈍いが、その行動は明らかだ。このままでいけば攻守逆転して第一〇二四哨戒隊は分断される可能性があるが……
「第五分隊より超光速通信。『攻撃開始・ゴミだらけ』、以上」
通信オペレーターの報告に、俺は自然と笑みがこぼれる。第五分隊先任オドゥオール少佐の遠慮ない短い通信文を聞いて、レーヌ中尉の小動物のような顔中にみるみる不機嫌の文字が増えていく。
それでも任務とわかっているので、レーヌ中尉はデコイ網に対し再計算と再起動信号を送る。索敵オペレーターもデコイの起動を確認し、第五分隊が全力攻撃を開始したことを報告してくる。
位置は戦艦ディスターバンスから見て一〇四四時、仰角一〇度。敵から見れば右舷上方有効射程内に、三〇隻規模の同盟軍哨戒隊が突然現れた形になる。しかもミサイル艦がミサイルを斉射した為、正面の敵は完全に哨戒隊規模の待ち伏せと誤解した。
「敵艦二隻大破!」
「本隊、中性子ミサイル発射せよ」
「発射管一番から八番。事前入力目標、推進出力最大、斉射!」
ドドンッという音と振動と共に、全ての艦首発射管から中性子ミサイルが放たれ、敵円錐陣の先端に向かって突進していく。これに対し敵はデコイでの対処で後れを取る。右側面からの奇襲に対応すべく、既にデコイを発射したばかりだ。再装填するとしても正面に我々本隊を見ている以上、発射管を迎撃にのみに割けないのは道理。
故に敵は正面からのミサイル攻撃に対し、砲撃による対処を行うしかない。しかし円錐先端部に艦艇が少ないのは自明の理で。集中的に浴びせられるミサイルを迎撃するにはあまりにも手数が足りず、先端部にいた巡航艦が数隻、一瞬のうちに撃沈してしまう。
「敵地で砲撃演習するマヌケな同盟軍哨戒隊」を挟撃するつもりが、まんまと誘い込まれて「挟撃」されたことに、敵の司令部は混乱している。先に後方にいた戦艦が、次いで円錐の底面近くにいた巡航艦分隊が、急ブレーキをかけたように速度を落とし、右四五度回頭を試みる。後進一杯での撤退ではなく右舷回頭して『両』部隊に対する防御。つまりそれは、現在位置で停止したも同然の話で……
「うすのろ野郎! くたばっちまえ!」
レーヌ中尉の艦橋中に響き渡るF語の叫びと共に、開戦当初、恒星ケルコボルタαの自転方向とは反対向きに最大加速で投射された中性子ミサイルが、巨大な重力に進路を捻じ曲げられ、制御可能なギリギリの速度で真後ろ下方から彼らに襲い掛かった。
敵部隊の中央部に現れた複数の爆発閃光を見ながら、レーヌ中尉は情報参謀席から立ち上がって、中指を立てた両腕を高く掲げ、小さな体を大きく伸ばして何度もF語を叫び続ける。掣肘するモフェット大尉は一つ階が下の戦闘艦橋にいるので、やりたい放題。流石に見ていられないので艦長席のビューフォートに視線を送ると、呆れ顔で右腕を前に伸ばし、人差し指で下の戦闘艦橋を指差している。
「……しばらくすれば、みんな落ち着くんじゃないでしょうか」
司令艦橋の高さまで飛んできた軍用ベレーの群れを見て、俺の横にいたドールトンは溜息交じりにそう呟くのだった。
◆
敵部隊は秩序ある後退から秩序なき壊乱へと陥っている。マヌケのフリをした有力な敵、挟撃位置に現れた新手、そして後方からのミサイル攻撃。全て合わせて『誘引による三方向からの包囲』と認識したのだろう。敵は組織的抵抗を諦め、手近の艦艇同士が小集団となって、個々に戦闘宙域を離脱していく。
「一〇二四、掃討戦に移行。微速前進。部隊再集結命令。目標、現在の敵中央重心点」
これ以上の戦闘はあまり意味がない。逆に組織的ではない動きによって、こちらが各個撃破の痛撃を受ける可能性がある。分散した第五分隊と拿捕に向かった第六・第七分隊、それに損傷した戦艦アーケイディアらに再集結を俺は命じた。
「アルテラ一一より、敵小型輸送艦一、小型工作艦一の拿捕に成功。現在曳航中。人員機材、損害なし。護衛の増援の要請あり」
「ノーズワーズ二一三より、デコイ回収の指示あれば実行可能とのこと」
「アーケイディアより、再集結せず一旦このまま第七分隊に向かうとのこと。優先修理権を要請しています」
ほぼ倍の敵と遭遇し各個撃破に成功。損傷した艦はあるが撃沈した艦はない。前線配備したてで指揮官が初陣の部隊としては、これ以上ない最上の出だしだ。それに士気の崩壊した敵が再編成を終え、戻ってくるにはそこそこ時間はある。
「アーケイディアのガーリエンス艦長に損傷艦の取り纏め指示。臨時第八分隊とし、艦長が分隊指揮せよ。第六・第七分隊と合流、護衛任務を兼ねつつ帰投。第八分隊の優先修理権は了解。ただし修理は巡航艦を優先で、アーケイディアは最後。巡航艦の順番はシツカワ中佐に任せる」
重傷のアーケイディアには悪いが、戦艦の長距離砲は脅しとして有効だ。敵の戦艦は大きく損傷しており、支援分隊の護衛に損傷しているとはいえ戦闘可能な戦艦が一隻いれば、敵も残存部隊も攻撃には二の足を踏む。
「第五分隊は一時間以内で回収可能なデコイのみ回収すること。それ以上は不要。自爆させること」
キャッチャークレーンなどの装備がある工作艇を持たないミサイル艦や駆逐艦では、内火艇を出して宇宙服を着た兵員が手でデコイを回収することになるので時間がかかる。第五分隊は時間的距離で二時間ほどの位置にいるから、あんまりのんびりしていると分裂した敵が第五分隊を襲いかねない。一時間以内と言えば、『手の届く範囲』での回収であるとオドゥオール少佐ならわかってくれるだろう。
「第一分隊全艦、艦載機発進。散開し周辺索敵を開始せよ」
戦艦の艦載機搭載定数は九機。第一分隊全部で四五機分の機材はあるが、移動中のアーケイディアを含めてパイロットは一八人しかいない。リスクも考えて各艦四ないし五人での運用だ。全機出せば取りあえず戦闘宙域の全球二〇光秒の範囲は索敵できる。稼げる距離的時間は約三〇分。
「ビューフォート」
俺が声をかけると、ベレー帽を脱いで頭を掻きながら、溜息交じりで俺の座る司令席の傍に寄ってきた。言いたいことは分かってますよと言わんばかりの疲れた表情で、軽く右手の指を額に当てる敬礼で応えてくる。
「『サンプル回収』ですな。了解ですがウチ(ディスターバンス)だけじゃ手が足りないんで、一分隊全部動員してください。統括指揮は当艦の警備主任でよろしいでしょうか?」
「『成分』データの方をまず優先してくれ」
「了解。医務長にも話を通しておきます。救助作業信号を発しますが、いいですね?」
「構わない。もし殴ってきたら、ご両親に代わってお仕置きしてやる」
「頼みますよ」
電波を発する以上、敵にも筒抜けになるぞという確認だろうが、救助作業信号を無視して襲い掛かってくるならば、サンプル品がミンチになるだけのことだ。一応の常識として戦闘の勝者側が敗者側の漂流者を救助する間は、攻撃しないという不文律がある。それで敵の正常性も確認できる。
「『サンプル』とは帝国軍の漂流者の事ですか?」
手を振りながら艦長席に戻っていくビューフォートの後ろ姿を見つつ、ドールトンは首を傾げながら俺に聞いてくる。俺の常識を疑っているというよりも、確認を込めて何故そういう言い方をするのかという疑問だろう。
「少し知りたいことがあってね」
「帝国軍哨戒隊のツーマンセル行動についてですか?」
「まぁ、そうだね」
「仮に佐官クラスの捕虜がいたとして、そのことを我々に話すでしょうか?」
確かにそれもある。マトモな帝国軍士官なら話すことはないだろう。それでもマリネッティ中佐の第一二九九哨戒隊が受けた被害はバカに出来ない。敵に合わせこちらもツーマンセルを採用するか、それとも打撃戦隊(哨戒隊狩り専門部隊)を投入するか。何らかの帝国側の情報を得られれば、第三辺境星域管区司令部が判断するだろう。
そしてそれ以上に俺が知りたいことは、まだドールトンには話せない。副官に隠し事をする必要はない……がどうしてもこの件に関しては、なぜか必要以上の情報をドールトンと共有したいと思えない。今のところドールトンが『そういう』奴らと繋がっている可能性など全くないにもかかわらず、だ。
「ま、試してみないことには何もわからないさ、ドールトン中尉。軍規に反して拷問して吐かせるつもりもない。帰路の時間もたっぷりある」
もしアレの中毒患者ならば、『なにもしないこと』こそが強烈な『拷問』になるのだから問題はない。輸血確認の為の血液検査は、共通の軍法で認められている。そこから身体検査、拿捕輸送艦の積荷と調べて行けるだろう。少なくとも警備主任マーフォバー大尉も医務長モイミール医務大尉も、ビューフォートのメガネには適っている『心得た奴』だ。ベラベラ喋ることはないだろう。
「それとドールトン中尉。悪いがひとつ別件でお願いしたいことがある」
戦闘中ずっと座っていた司令官席から俺が立ち上がるのを見て、ドールトンはよろめくように一歩後ろに下がった。なにかレーヌ中尉と同じような目に遭うのか、といった恐れが顔に浮かんでいる。色恋沙汰という恐怖でないのは、少しは信用されているのか、それとも呆れられているのかは分からないが。
「ど、どのようなお願い、でしょうか?」
「なに大したお願いじゃない」
俺は軍用ジャケットのポケットから、依頼された内容の書かれた紙を取り出して、ドールトンに手渡した。
「当艦が静止・投錨した位置から、この紙に書かれた銀河標準座標がどちら向きか、戦闘座標で算出してくれるとありがたい」
銀河標準座標は、旗艦を中心とする戦闘座標でもなければ恒星を中心とする星系個別の直交座標でもない、銀河水準面に対しての絶対的な座標位置になる。恒星は銀河系中心部を原点として公転しているのでその座標は刻々変わるわけだが、恒星の観測データ(データ採取も哨戒隊や巡視艦隊の任務であるけど)によって大まかには把握されている。
ただ計算が面倒なことが多いので、星系個別の直交座標を銀河水準面と最初から同値にする場合が殆どだ。過去の正確な宙点とは全く異なることになるが、超光速による恒星間航行技術が確立したこの世界においては天文学的な意味以外ない。航法の専門家であるドールトンにとってみれば、計算するのは大して難しい話ではない。
「了解しました。結果は直ぐにお持ちしましょうか?」
「時間は足りるか?」
「一〇分もあれば計算できます」
「では哨戒隊再集結後、各部署の任務が全て終わった段階。航路復帰直前あたりに教えてくれ」
「了解しました」
ドールトンが敬礼して、レーヌ中尉が座る情報参謀席の隣の航法参謀席に座るのを見て、俺は改めて司令席に腰を下ろすと、思いっきりリクライニングして戦艦ディスターバンスの艦橋天井を見上げる。時折内火艇や作業艇の姿が紛れ込むが、それ以外は第四分隊の巡航艦二隻の下腹部と幾つかの星が見えるだけだ。
「これが指揮官としての初陣だと言うのに……」
ケリムの第七一警備艦隊でも、マーロヴィアの特務戦隊でも、第四四高速機動集団でも、部隊を動かす参謀として働いたが、指揮官としての責任を持ったわけではない。各艦から戦死者の報告は上がってきてはいない。完全勝利と言ってもいいのに、なぜか心の中は高揚感よりも安堵感、安堵感よりも罪悪感が大きい。
ヤンがいつも戦闘終了後、勝利を祝う場面でも胃のあたりを抑えていたのは、こういう事だったのかもしれない。俺の右手も左腹の上に移動してジャケットの表面を掻いている。敵味方関係なく、この戦いに身を投じた将兵の生死についての責任は、全て俺と帝国側の指揮官が負うものだ。
「勝利してもあまり嬉しくないというのは、俺は戦闘指揮官に向いていないという事なのかなぁ」
誰にも聞こえていない位小さな声で呟くと俺は瞼を閉じる。瞼が再び開いたのはそれから三時間後。ドールトンに肩を揺すられたからだった。
「第五・第六・第七分隊全艦、合流完了したしました。平行長方体陣の形成も完了しております」
部下達が働いているのに寝るとは随分と暢気なものね、と呆れた顔のドールトンは直立不動で俺を見下ろしながら報告を続ける。
「工作艦を必要とする損傷艦は、戦艦アーケイディアと第三分隊巡航艦スタージス六五号のみ。戦死者の報告なし。重傷者三六名、軽傷者多数。帝国軍の捕虜は確認できる限りでの回収を終了。重体一二名、重軽傷者一三四名を含む、計四〇三名になります」
「かなりの数だな。捕虜の各艦への配分は?」
「アーケイディア以外の第一分隊各艦に一〇〇人ずつです。乗組員数の三〇パーセントを超えているので、マーフォバー大尉より全艦に分散配分するか、『拾った宝箱』に詰め込むか、『重要サンプル以外破棄』するか、ご検討していただきたいとのことです」
「シツカワ中佐はなんと言ってる?」
「『拾う時間がなかった』にしてはどうか、と」
マーフォバー大尉が捕虜虐殺を勧めるわけがない。シツカワ中佐としてはただ物資を消費するだけの捕虜など、補給計画の邪魔でしかない。二人とも敵の補給艦と工作艦を拿捕したのだから、詰め込んで送り返せという事だろう。精神がまともな部下で本当に良かったが、戦地での捕虜開放については軍規上問題もある。
「捕虜の扱いについてはモイミール医務大尉の報告を聞いてからにする。『先生』は何か言ってなかったか?」
「『肉料理(シュバイネハクセ)に忙しいので、カルテ作成にはあと四時間は欲しい』と、一時間前に仰ってました」
過去の戦傷で片目が義眼になっている老軍医の言葉に、俺は苦笑を隠せない。見た目は長髪白髪のおっかないマッドサイエンティストそのものだが、健全で強固な医道精神を持つ極めてまともな軍医だ。専門は外科でも脳神経外科らしいので、余計に怖がられているところはあるけれど。
「ではカルテが揃うまで捕虜の問題は棚上げだ。全艦通信。『一〇二四、針路復帰』」
「了解いたしました。それと例の方角ですが、現在位置より〇九〇七時、俯角四五.九度になります」
「俯角四五.九度……」
マイクを取って指示を復唱するドールトンを横目に、俺は自分の左足を見つめる。ドールトンの顔を見る限りなんのことかたぶん分かってはいない。もし意味を調べた上で敢えて無視してくれるというのなら、その配慮に感謝したいが……
「ビューフォート! 戦艦ディスターバンス、マイナス四六度、ロー(ローイング)」
「アイ・サー。航海長、マイナス四六度、ロー!」
人工重力のおかげで、メインスクリーンに映る艦艇が左から右に動いていくのに、足元は子揺るぎもしない。司令席から立ち上がり、司令艦橋の左舷ウィングへと足を進める。ドールトンが首を廻して付いてこようとするが、俺は手でそれを制した。ウィングから見える左舷スクリーンには、第四分隊の巡航艦ブルコス四二号の右舷上面が僅かに映っているだけ。後は僅かばかりの星々のみ。
腹黒親父に言われるまで気が付かないなんて、俺は本当にどうしようもない奴だと自戒しつつ、踵を揃え背筋を伸ばし、目を正眼として肘を高く掲げ、何もない空間に向けて敬礼する。
果たして見ていてくれたかは分からないが、少しは成長の足跡を披露出来たのではないかと想いを込めて。
後書き
2025.05.04 更新
モフェット大尉(砲雷長) CV:小川真司
シルヴィ=レーヌ中尉(水雷長) CV:井口裕香
ヴァーヴラ中尉(砲術長) CV:林 一夫
マーフォバー大尉(警備主任) CV:山崎たくみ
モイミール医務大尉(医務長) CV:天本英世
オドゥオール少佐 CV:仲木隆司
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