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決意の章
05th
常識外への思索
残りの考えるべき事は二つ。⸺トイレ男の記憶と、黒女・白女の能力に就いてだ。
「……………………」
この中だと、最初は自分に就いて⸺トイレ男の記憶に就いて、がよかろう。他に比べて自分の事である分解り易そうだし。という訳で記憶に就いて思考。
トイレ男が記憶を取り戻したのは、五回目と四回目。三回目と二回目は記憶を取り戻す事は無く、一回目はそもそも記憶を無くしてはいなかった。
何故今回と前回は取り戻し、前々回と前々々回は取り戻さなかったのか。
少し考えて、『寝たから』という答えに辿り着いた。
トイレ男が記憶を取り戻したのは、何れも眠り(気絶)から目が醒めた直後だ。それは言い換えれば眠らなかった回は記憶を思い出さなかったという事である。という事は、眠れば記憶が戻るという事で間違い有るまい。
「……………………」
何故記憶を失うかに就いては……考える理由が見当たらなかった。
記憶を失うのは、何かトイレ男に原因が有るというより、時間を巻き戻すに当たって生じるデメリットの様な物と考えた方がしっくり来る気がするのだ。時間を巻き戻すという神の如き所業を頭を打つけるだけでは行えない、という事だ。ならば幾ら考えても仕方有るまい、無くなる物は無くなるのだ。どうしようも無い事を考えてもどうしようも無い。記憶に就いての考えはこの程度にして次へ行く。
続いて、黒女の能力。思い出すと、黒女はトイレ男の動きを止める際には『何で私は止まってるのにアイツは止まらないの?』と、腕を伸ばす際には『何で烏賊の腕は長いのに私のは短いの?』と言っていた様に思える。「…………」、全くヒントにならない。取り敢えず、『のに』以降の後半の部分が現実になる、という能力だろうか。「…………」、信じ難いが、事実なので信じるしかないのであった。
というか、これはとても危険な物に思える。何故なら、トイレ男にはこの能力が何でもありな物である様に思えたからだ。この能力の行使にどういった制限やデメリットが有るのかは判らないが、若し無いとしたら⸺怖いので止める。
「……………………」
トイレ男は一つ、実験をしてみる事にした。
いつかと同じ様に、心の中で白女をメッタメタのギッタギタにする妄想をする。そして、
「……烏賊が、腕長し。如何にか我がう、で長からざるや?」
……………………。
何も起こらなかった。
どうやらトイレ男にあの能力は使えない様であった。まぁそりゃそうだろうな、と思う。誰にでも使えるのなら、今頃はお手軽魔法として世間に広まっているだろう。
若しかしたら少し途切れてしまったのがいけなかったのかも知れないが……今のトイレ男にはあれが限界だ。その後も何回かやってみたが、成功例は無し。やはりトイレ男には使えない⸺一般人には使えないという事でいいだろう。では何故黒女は使えるのか? 「…………」、知らん。
ともあれ、黒女の能力の詳細は判らないが、呪文の後半部分を実現する物であるらしい事は判った。これで黒女の言葉を聴けさえすれば何が起こるかを予測できる。それだけでもよしとしよう。
では、最後に白女の感覚に影響を与える能力に就いて考える。
「……………………」
この能力の被害に遭った時を纏めよう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・一回目:路地裏で白女に追い回され、感覚を封じられた。
・二回目:詰所の一回で白女と遭遇し、感覚を封じられた。
・四回目:路地裏で追い回され、感覚を封じられ、気持ち悪い何かを味わわされた。
・四回目:衛兵達が白女をガラの悪い男に見間違えさせられた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「……………………」
こうしてみると、今の所彼女がやった事は『感覚封じ』『何か』『見間違い』の三つに分けられる事が判る。
感覚封じは最も多用されている能力だ。手軽に敵を無力化できるのだなら使用頻度が高くなるのは判る。だが、少し考えれば、普通は感覚を封じられると、トイレ男の様に狂乱し暴れ回る筈だ。果たしてこれは"無力化"なのか。違う気がする。確かに効果的な抵抗はできなくなるかもだが、暴れ回る事はできるのだ。無力化、とは言い難い。
では何なのか? ここで目的を簡単に『感覚を封じる事』としてみると、まるで彼女が何かを相手に見られたくない嗅がれたくない聴かれたくない味わわれたくない触られたくないみたいである。「…………」、行き詰まった。次に行く。
何かは逃げるトイレ男を捕まえた後に使われた能力である。白女の目的がトイレ男の口封じである事を鑑みるに、恐らくダイレクトに死を与える物か、或いは言えなくする⸺『言ったら死ぬ』等の呪いを与える物だろう。そして彼女の能力が感覚に関係している事も考慮すると、ダイレクトな死を与えるのは違う気がするので『言えなくする』の方だろう。どう感覚を弄ったら言えなくなるのか? 「…………」、ちょっとよく判らなかった。『言ってはいけない』という強迫観念を植え付ける? 違う気がする。あの時トイレ男が味わった感覚は、何かが植え付けられるというより、トイレ男の中の何かが弄られる、捏ね繰り回される様な物だった。「…………」、やっぱり判らない。次。
見間違いはそのまんま、白女の姿を誤って認識させるという物でいいだろう。これに関してはちょっと感覚を弄ればできるという事で納得が行く。
結論。白女の能力は、相手の感覚に影響を与える物である。具体的には『感覚を封じる』『感覚を騙す』『物を言えなくする』事ができる。他にもできるかも知れないが、知らないので挙げ様が無い。「…………」、考えた意味無くね? 虚しくなった。
「……………………」
これで粗方考え終えただろうか。では、次のステップ⸺巨女が死なず、襲撃も行われない、或いは行われても最小限の被害で済む様なトイレ男の動きを考える。
トイレ男は一度大きく伸びをして、新しい紙を出した。
◊◊◊
「……………………」
全部終わった。
事件に至るまでの各人物の行動、動機目的は与えられた情報の範囲で判る事は全て解き明かした気がする。その上でどう行動すればいいかも考えを出した。これが上手く嵌れば、襲撃は未然に防がれ、巨女も殺されない。
問題は、戻った後、まず間違い無く記憶を失っているという事だった。記憶が無ければ、折角考えた事も全て水の泡である。特に今回は戻ってから襲撃が始まるまでの間に余り猶予が無いのだ。もっと余裕持たせといてくださいよー、とトイレ男は時間を司る神的な何かに愚痴った。
「……………………」
だが、余り心配はしていない。
前回、今回は思い出せたのだ。今回のパターンでは手遅れだったが、前回のパターンならばまだやり様は有るし、前回のパターンで記憶を取り戻した時の行動も考えてある。抜かりは……判らないが、判った時にまた対策しよう。
「……………………」
手の中のトイレを見る。
トイレ男がこうして自分から頭を打つけるのは二回目だ。一回目は前回、白女に向かっていつかの勝利を宣言した時である。「…………」、あれの次の回でこのザマとは情けない。だから、情けない侭で終わらせない為にも、戻ろう。
「……………………」
目を瞑った。
頭を振り上げ、全力でトイレに打ち付ける。
⸺頭を、打つけた。
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