世界はまだ僕達の名前を知らない
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決意の章
05th
考える
一旦友人氏の家に戻り、朝食を食べた。
「どう? 気分よくなったか?」
「……………………」
【まぁまぁ】
「そうか、まぁまぁか……ま、沈んでても仕方無いから、元気出せよ!」
そんな友人氏の見送りを受け、トイレ男は職場へ向かう。
勤め先の青果店は丁度開店しようかという所だった。
「おぉーツァーヴァス、今日は早いな……どうした、トイレなんか持って?」
「……………………」
【すみません、今日は体調が悪いみたいなので休ませていただきたいです】
「ん? それはいいけど……何で紙に?」
【喉が痛くて喋れないんですよ】
「おぉ、そうか。お大事にー」
喋れないのは別に喉が痛いからではないが、真面に説明していては無駄に時間が過ぎてしまうので適当に嘘を吐かせてもらった。
『アピアル要るかー?』と言われたのでありがたく頂戴し、トイレ男はその足で家に戻る。
少し歩いて到着したトイレ男は久し振りに見える我が家を前にして立った。
「……………………」
体感では最後に家を出てから数日だが、実際は一日弱だし、巻き戻っていた分を入れても二日に届かない。
ランプの燃料が切れていたので補充し灯りを点ける。トイレ男は家の中から有りったけの紙とペンを掻き集め、それらを纏めて机の上に置いた。
これから始めるのは情報の整理だ。
これまでで得られた情報を全て精査・統合し、最もスマートかつ安全な解決策を見出す⸺それがトイレ男の目的だ。
「……………………」
先ずはこの件に関わっている人物を全て書き出す。
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・白女
・詰所襲撃の実行犯。
・相手の感覚に影響を与える事ができる。
・白いゆったりとした服を着ている、顔はよく見えない。
・黒女
・詰所襲撃の実行犯。
・相手の動きを止めたり自分の腕を伸ばしたりする事ができる。
・黒いヒラヒラのワンピースを着ている、足元が血で汚れている。
・やさぐれ男
・路地裏で白女・黒女と共に行動をしていた(黒女の護衛? 襲撃では見ていない)
・黒男
・詰所襲撃の実行犯。
・特に変な事はしない。右衛兵より強い。
・全身を黒いぴったりとした服に包んでいる。
・リーフィア
・単独で活動する正義の味方。
・夜の間に殺される(今回だけ?)。周囲に血肉が飛び散る様な惨い殺され方をする。
・マッチョ、鞄を持っている。
・マエンダ
・襲われる詰所の長。
・襲撃で殺される(今回だけ?)。彼の殺害が襲撃の目的?
・衛兵達
・襲われる詰所の衛兵。
・襲撃で殺されない。
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こんな所だろうか? 右衛兵や左衛兵は『衛兵達』の中に纏めた。
「……………………」
紙を眺めて何か繋がる所が無いか探す。
「…………!」
見付けた。
目を付けたのは黒女と巨女だ。トイレ男の推測では、巨女を殺ったのは黒女だ。具体的な方法までは思い浮かばないが、黒女が巨女を殺した際、血が飛び散り、それが彼女の足元を汚したと考えれば……否、あの血の付き方がそれを否定する。あんなにべっとりと血が付いているのなら、黒女は巨女の死体を踏み付けたのかも知れない。
それに、襲撃が行われる前、黒女は路地裏に居た。そして巨女も、二回目と同じ様に行動していたのなら、路地裏に居た筈だ。これで前回、四回目に白女と黒女が別れた理由が判った。白女は襲撃の準備を、黒女は巨女殺害の準備をする為に別れたのだろう。三回目に黒女が詰所に居たのは、巨女殺害を達成したので襲撃に合流した、という事だろうか。こうも繋がるという事はこの考えは合っているという事で間違いあるまい。新しい紙を出し、書く。
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・リーフィアを殺害したのは黒女。
・白女と黒女は最初共に行動しており、白女は襲撃の、黒女はリーフィア殺害の準備をする為に別れた。
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「……………………」
しかし、同時に恐ろしい事実も発覚する。
それは、巨女では黒女に勝てないという事だ。
正直言うと、襲撃に対する備えとして彼女に期待していなかった訳ではないので、巨女ですら勝てない相手が居るという状況は厳しい。いや、感覚を封じてくる奴が居る時点で既に理不尽だが。後で彼女の能力に就いても考察せねばなるまい。
そして、肝心の襲撃の目的だが……前衛兵の殺害、という事ぐらいしか判らない。何故彼を殺そうとするのか、そこまで判らないとどうしようも無い。前衛兵を死なせずに襲撃の矛を収めさせるには、どうしたらいいのか。そこが全く判らないのだ。どうしようも無い。前衛兵に殺される様な理由は無いかを訊きに行こうにも彼は既に死んでいる。訊けるとしたら次回以降になるだろう。
これ以上は考えていても仕方が無いと思ったので、次に、各回の違い⸺トイレ男の行動が与える事件への影響を纏める。
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・路地裏で白女に追い掛けられ、捕まる(一回目)……不明(襲撃が起こる前に戻った為)
・路地裏でリーフィアに助けられ、詰所に預けられる(二回目)……無し?
・マエンダ達に捕まり、詰所で保護される(三回目)……無し?
・路地裏で白女に追い掛けられ、逃げ切り衛兵に保護される(四回目)……襲撃の時間が遅れる。
・ドリフェルと会い、彼の家で過ごす(今回、五回目)……無し?
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こんな所だろうか。
こうして見ると、トイレ男が襲撃に影響を与える事は殆ど無いという事が判る。辛うじて有るのが四回目、襲撃の時間が遅れた事だろう。
「……………………」
何故遅れたのか、を考える。遅れた事の直接的な理由としては、準備が整わなかったというのが真っ先に思い浮かぶ。しかしこれは考えづらい。何故トイレ男を逃がしただけで準備が遅れるのか? 因果関係が見えないので一旦棄却する。
次に思い付くのは……様子を見ていた、だろうか。何の? 衛兵の以外には思い当たらないから、衛兵の様子を見ていたとしよう。何故? 衛兵が何かを警戒でもしていたのか? ……あぁ、そういう事か。頭の中で繋がった。
襲撃者達は衛兵の様子を見ていたのだ。その理由は、トイレ男⸺白女と黒女の会話を聴いたが衛兵に保護されたから。
前回、衛兵達にした説明と一緒だ。『路地裏で衛兵の詰所を襲撃するという話を聴いた』⸺実際には聴いていないが、襲撃者達はこれを警戒したに違いない。あぁ、だから白女は俺を追ったのか。頭の中でまた一つピースが繋がる。襲撃の話を聴かれたと思ったから、トイレ男を捕まえて口封じしようとした訳だ。全く野蛮が過ぎる。
では、この事は次回以降に活かせそうか。……難しい、と結論を出した。様子を見させた所で結局襲撃を実行してきた以上、多少の警戒は無視される。そして、衛兵達からあれ以上の警戒を引き出すのはトイレ男には難しい……多少はマシにできるかも知れないが、それにどれ程の効果が有るというのか。時間稼ぎをしたい時には有効かも知れないが、決定打には成り得ない。
「……………………」
少し疲れた。休憩する。目頭を右手の指で強めに押した。「…………」、強過ぎた。痛い。
少し席を立ち、水を飲⸺もうとして、今日はまだ井戸から水を汲んでいない事を思い出した。まぁ息抜きには丁度好いだろうという事で、少し重労働を行う。「…………」、トイレを抱えた侭バケツを運ぶのは中々に大変だった。
コップ一杯の水を飲み干し、トイレ男は思考に戻る。
次に考える事は⸺トイレ男の記憶と、黒女や白女の能力に就いて、だ。
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