星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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敢闘編
第八十話 誤算
帝国暦485年4月18日04:00
ヴィーレンシュタイン宙域、銀河帝国、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
「マッケンゼン艦隊はどうか」
「はっ。どうやら混乱からは完全に回復出来た様子です。このまま変更せず我々が前衛につきます」
「そうか。まさか大角度変針中に衝突する艦艇が続出するとはな」
「おそれながら、作戦行動中の大角度変針は、練度の高い艦隊でも難事です。艦隊の陣形統制は旗艦による電算機管制ですが、各艦艇の座標の微調整は各艦それぞれが行います。大角度変針時の微調整には熟練の技術を要します」
ミッターマイヤーがヒルデスハイム伯の問いに答えていた。マッケンゼン艦隊が停止したのは、我々が共同で追撃中の叛乱軍の第十三艦隊…ウィンチェスター艦隊の変針に対応する為に、大角度変針を行った結果だった。減速しつつ緩やかな弧を描いての変針ではなく、大角度変針…速度を保ったまま、現針路から鋭角に舵を切り左方向に百五十度変針…感覚的には進行方向と正反対への変針を行ったのと等しい。シャンタウ方向に進んでいたウィンチェスター艦隊が、ボーデン方向に進み出した為に起きた惨事だった。衝突、接触する艦が続出し、旗艦マルクグラーフにて電算機管制を行っている航法士官が混乱を避けようとでもしたのか、慌てて電算機管制を解いた為、各艦がそれぞれ衝突を避けるべく座標の微調整を行わねばならなくなり被害が拡大し、艦隊自体を停止せざるを得なくなったのだという。
「ラインハルト様…ウィンチェスター艦隊をあと四時間程で捕捉する事が出来そうですが」
「四時間程…ボーデン宙域に入ってしまうな…」
…ヴィーレンシュタインより先に進出してはならないと、出撃前にミュッケンベルガーから厳命を受けていた。ウィンチェスター艦隊という獲物は大きい。このまま追い付いて撃破したいのだが…。
「敵艦隊の通信を傍受しました!援軍を求めている模様です!盛んに平文で自らの座標を発信しています」
オペレータが金切り声をあげている。ここに来て増援を求めているだと?もしそうなら奴は本当に単独で行動していた事になるが…キルヒアイスがオペレータに近づいて行って詳細を確認している。
「ラインハルト様、やはりあの艦隊は第十三艦隊…ウィンチェスター艦隊で間違いない様です。そして通信先はどうやらカイタル…アムリッツァ星系の惑星です」
「カイタル…叛乱軍が艦隊の基地を建設している惑星だな」
近くに、ボーデンに既に敵増援が存在するのなら、わざわざカイタルに通信などしない筈だ。増援の存在はすなわち、我々の撃破を狙っている事になる。我々がウィンチェスターの挟撃を志向した様に、叛乱軍とて我々の挟撃を考えたとしてもおかしくはない。
「新たな通信を傍受しました…あっ」
ミッターマイヤーがオペレータから通信文を奪う様にもぎ取った。
「これは…おい」
今度はロイエンタールがミッターマイヤーから通信文を奪う。
「敵三個艦隊は既にカイタルから出撃しております。明日十九日一六〇〇時にはボーデン宙域中心部に到着する模様です」
宇宙暦794年4月18日05:00
ボーデン宙域外縁(ヴィーレンシュタイン方向)、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター
制御卓に足を投げ出して艦長席に座るアッテンさんと、ちびちびとマグカップをすするマイクが呟く様に話している。
「本当にひっかかるのかねえ」
「どうでしょう、五分五分じゃないですか。俺達の撃破を優先するなら向かって来るでしょうが。仕掛けを拵えたヤマトとしては、この折角の機会を逃したくないでしょうがね」
「そうだよな。ミューゼル少将とやらを高く評価しているウィンチェスターと違って、あちらさんには俺達を遮二無二撃破しなきゃいけない理由はないからな」
「そうですね…って、アッテンボロー艦長。いくら司令官が後輩とはいえですよ、艦橋での任務中に司令官を呼び捨てにするのはよろしくないと思うんですがね」
「…じゃあ艦橋での任務中にブランデーを飲んでいるお前さんはどうなんだ?怠慢だぞ」
アッテンさんはそう言いながら、マイクからマグカップを奪い取った。司令部艦橋でのやり取りはこの艦の乗組員からは見えないからいいようなものの、ちょっとひどい。ワイドボーンがカリカリする訳だ。大体、発案者である俺に聞こえる様に『敵は本当にひっかかるのか』は無いだろう!…まあ五分五分なのは確かですがね…おそらくラインハルト達が俺達に追い付くのはあと三時間ほど…マッケンゼン艦隊はやはり何かのトラブルがあったのだろう、ヒルデスハイム艦隊の後方から距離を取って追従していると思われる。
マグカップの取り合いをしているマイクとアッテンさんを尻目に、ヤンさんが他の皆に説明を始めた。
「そもそも、帝国軍の二つの艦隊にとって、我々を撃破しなくてはいけないという特別な理由はない。我々が帝国領内をうろうろしていて、自由にさせる訳にはいかないからこそ追撃を行っている。領内から追い払ってしまえばいいのだから、撃破は二の次なんだ」
そう言ってヤンさん自身もマグカップを大事そうに持っている。何が入っているのか知っているのだろう、それを見たワイドボーンが苦々しい顔をしながら口を開いた。
「それは分かります。であれば、我々の通信を傍受しているであろう帝国艦隊は不利を悟って撤退するのではないですか?」
ワイドボーンの疑問はもっともだ。だけどラインハルト達には退けない理由がある。
「もっともな疑問だね、大佐。だが彼等には撤退出来ない理由がある。ここが帝国領内という事実だ」
ヤンさんの話を聞いている皆がアッという顔をした。あまりにも単純過ぎて、皆気がつかなかったのかも知れない。そうなんだ、我々がいる以上ラインハルト達は勝手に撤退は出来ない。我々の増援が向かっている、という事実を知ったであろう今なら尚更だ。
「確かに帝国は撤退出来ない…しかし、しかし敵が撤退出来ないのであれば、カイタルではなく既に出撃しているであろう味方の艦隊に連絡を取った方が良かったのでは…」
「司令官がカイタルに平文で通信を行ったのは、確実に帝国艦隊に我々を攻撃させる為だ。出撃した艦隊と通信を行って傍受されたら、こちらの意図がバレてしまう。増援がカイタルを出たのは十四日。既にボーデン宙域中心部には到着している頃だろう。だが帝国艦隊はそれを知らない。傍受した通信内容から、我々の増援の到着は明日の夕刻頃と考えているだろう」
ラインハルトがこれにひっかかったら何を考えるか…今有利なのは我々なのだから、敵の増援到着前に増援の目的そのものを消してしまえばいい…、とでも考えるんじゃないだろうか。ラインハルトは恐ろしく有能で果断な男だし、奴を支えるキルヒアイスもまた同様だ…我々を撃破できる可能性が少しでもあれば、危ない橋を渡る可能性は大いにある。
「このまま推移すれば、帝国艦隊はあと四時間程で我々を捉える。今、彼等は圧倒的に有利だ。我々を殲滅しさえすれば、此方の増援艦隊の目的は失われる。増援も退かざるを得ないと考えるだろう」
声にならないざわめきが聞こえる中、ワイドボーンが再度口を開いた。
「参謀長の仰る通り、我々の増援は既にボーデンにいるでしょう。ですが彼等は我々の意図を知りません。確かにグリーンヒル閣下は囮になれと命令されましたが…増援の艦隊と事前の連絡もなく連携すら不確かでは、成功するとは思えません」
実はカイタルへ平文での通信を行った後、現在の実情と、この後の作戦案を暗号電でグリーンヒル大将に直接送ったんだよ…。増援の各艦隊には、我々は囮に徹する、戦況を伝える広域通信が開始されてから救援に来てくれる様に伝えてくれ、ってね……。
第九から第十一艦隊の司令官達は…コーネフ、チュン、ピアーズの各提督達…コーネフ提督は昨年の戦いで活躍出来なかった事を悔しく思っているだろうし、何より高齢だ。華々しい勝利で軍歴の最後を飾りたいだろう。チュン提督は確か、ウランフ提督の副司令官をやっていたな。アニメではアムリッツァ会戦の一瞬しか映らなかったけど、中々頼りがいのありそうな印象だった。そしてピアーズ提督…エル・ファシルで一緒だったピアーズ司令だ。今は艦隊司令官…。我々が囮として帝国艦隊を引き連れて来れば、提督達はどんな迎撃体制を構築するか…三個艦隊四万五千万隻、対する帝国艦隊は一万六千隻程…負けたら恥ずかしいどころではない、普通に考えれば負けるはずがないのだ。だからこそ圧倒的に有利な体制で、完璧に勝とうとするだろう。分進合撃からの包囲戦だ。艦隊司令官なら必ずそう考える。俺達は彼等がそう考える様にただひたすら逃げればいい。ラインハルトが俺達に追い付く頃には完全に包囲されている事だろう。ひっかかってくれたら、の話だけど…。
4月18日05:30
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
「罠、ではありませんか」
ロイエンタールの表情は厳しい。ウィンチェスター艦隊は自らの座標を発信しながら、ひたすらに逃げている。
「敵の通信は、さも恐慌をきたしている様に見えますが、少々あざといのではないかと…きつい香水の香りのする女には、関わらない方がいい」
彼らしい例え方に、ミッターマイヤーが苦笑した。きつい香水の香りする女、か…ロイエンタールはその手の経験が抱負とは聞いているが、言い得て妙な表現だ。先行する我々の後方にマッケンゼン艦隊。我々が追い付き、敵の足を止めたところでマッケンゼン艦隊が我々を迂回、その後側面または敵前方から攻撃する。単純だが、確実な攻撃方法だ。
「だがロイエンタール、今追っている敵は大物だぞ。叛乱軍によるイゼルローン要塞攻略の立役者だ。倒す事が出来れば、叛乱軍に与える心理的効果は大だろう。知っているか?向こう側では、奴の事をアッシュビーの再来と呼んでいるそうだ」
「アッシュビーの再来…俺もその様な二つ名を賜りたいものだ。されば奴は、自分の価値を天秤にかけているのではないか」
ロイエンタールとミッターマイヤーのやり取りにキルヒアイスが割って入る。
「その可能性は充分にあり得ますね。ウィンチェスターは帝国でも有名な叛乱軍の将帥です。戦場で自分が帝国に倒される事が、どれだけ叛乱軍に不利をもたらすかを知っているのでしょう。そして彼はこの追撃戦で、追っているのが我々…ヒルデスハイム艦隊である事に気づいている筈です。そしてラインハルト様がこの艦隊の参謀である事も知っている。ラインハルト様は以前からウィンチェスターと浅からぬ因縁があります」
「ほう…興味深いお話ですな。ミッターマイヤー、卿もそう思わないか」
「そうだな…どの様な因縁がおありなのですか、参謀長。宜しければ教えていただけませんか」
話すべきか…そうだな、いずれ彼等にも分かる事だ。
「駆逐艦に乗り組んでいた頃の話だ。イゼルローン回廊でウィンチェスターに艦を臨検、拿捕された」
二人は当然ながら驚いた顔をした。叛乱軍に艦を臨検されるなど恥辱以外の何物でもないし、ましてや捕らわれずに生還出来る事など期待出来ない。
「それは…よく、ご無事でしたな」
「運良く味方が駆け付けてくれたのだ。ミッターマイヤー大佐、卿は叛乱軍と直接顔を合わせた事があるか?」
「あります。カプチェランカという星で。ロイエンタールも一緒でした。白兵戦に駆り出されたのですよ」
「懐かしいな。あの時は死を覚悟したものです」
「私とキルヒアイス中佐もカプチェランカには派遣された事がある、奇遇だな。だが…敵が自分の事を知っている、という経験はあるまい?」
二人共、不可解そうな顔をしている。
「奴は、ウィンチェスターは、臨検指揮官として乗り込んで来た。そして私とキルヒアイスを指名した。武装解除と情報提供の為の協力者として。ただ名指しされたのであれば不審には思わなかった。だが奴の態度には私とキルヒアイスの事を知っていると思わせる節があった。奴とは短い会話しかしていないが、私達の事をどこまで、何を知っているのか恐ろしくなった…」
キルヒアイスは瞑目し、二人は黙ったまま聞いている。
「二度目はイゼルローンで、だ。この艦隊に配属されたあと、艦隊はイゼルローン要塞に増援として派遣された。そして卿等も知っての通り戦いには敗れ、要塞は奪われてしまった。撤退の為に停戦を申し入れたのだがその際、敵の司令官と会見する事になった。ウィンチェスターもその場に居た。当然だ、叛乱軍の宇宙艦隊司令部の作戦参謀として、奴が要塞攻略を立案したのだからな」
「当然、ウィンチェスターと再会する事になったのですね」
「そうだ…そして口論となった…奴は私の前に必ず現れ、その都度苦杯を舐めさせる。そしてまた奴は現れた。因縁なのだろうな」
俺が喋るのを止めると、三人が同時に大きく息を吐いた。再び口を開こうとすると、背後で大きく手が鳴らされた。
「二度ある事は三度ある、三度目の正直…因縁には決着が必要だ。卿等もやらんか」
ヒルデスハイム伯の言に後ろを振り向くと、従卒がワインボトルとグラスを五つ用意しているのが見てとれた。
「縁というのはな、どこかで決着をつけねば一生ついて回る物よ。それが悪縁なら尚更だ。卿等の進言を容れてここまで来たのだ、さあ、さっさとウィンチェスターとやらを退治して、元の任務に戻ろうではないか……乾杯!」
4月18日06:45
自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター
「ヒルデスハイム艦隊、まもなく有効射程距離に入ります!」
さあ、本番だ……司令官はラインハルトじゃない、ヒルデスハイムのおっさんだ。やれる、やれるよな…。
「撃て」
俺達は薄く広がった横陣形のまま微速で後退している。その方が敵の突出を誘えると思ったからだ。案の定、ヒルデスハイム艦隊は急速に距離を詰めて来る。
「あざとい…ですかね、参謀長」
「いえ…大丈夫じゃないでしょうか。耐えればいい我々と違って、ヒルデスハイム艦隊には時間敵制約があります。一気に乱戦に持ち込んで、マッケンゼン艦隊と呼応して我々を撃破しようとするでしょう」
「ですね……。中央部急速後退。V字陣形に再編する」
「了解しました……中央部急速後退!V字陣形に再編!攻撃の手を緩めるな!」
4月18日07:00
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
「敵艦隊、中央部後退!…V字陣形を構築する模様!」
スクリーン上の概略図には、敵が陣形を再編する様子が描き出されている。ミッターマイヤーとロイエンタールの二人は難しい顔で画像を注視していた。
「明らかに誘っているな」
「ああ。我々に時間がない事は分かっているだろうからな」
あざとい…香水のきつい女は止めた方がいい、というのは本当の様だ。だが…。
「閣下、紡錘陣形に艦隊を再編、中央突破を狙います」
「うむ。その後背面展開、我等の後方に位置するマッケンゼン艦隊と呼応して敵を前後から挟撃、だな?」
「はい。さすれば短時間のうちにウィンチェスター艦隊を撃滅する事が可能です」
「よし。卿等の良きように」
「はっ!」
卿等の良きように…自由裁量権という事か、ありがたい…。
「キルヒアイス、マッケンゼン艦隊に連絡。我々の中央突破後、前進し攻撃参加せよ」
「了解しました」
4月18日07:20
自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター
ヒルデスハイム艦隊の展開が早い。
「フォーク少佐、艦隊の座標は広域発信しているな?」
「はっ。ご指示通り十分毎に発信を続けております」
「よし。右翼のワイドボーン大佐、左翼のダグラス大佐に連絡、作戦開始」
「はっ」
07:30
第十三艦隊、ダグラス分艦隊(臨時編成)旗艦ムフウエセ、
マイケル・ダグラス
本当に分艦隊司令をやらされるとはね…『よろしく頼むよ、親友だろ』なんて言われたら断れねえしな…まあ、やるしかねえか、白兵も艦隊戦もやる事ぁ同じだ。
「中継艦よりの発光信号、確認」
「よし!前進だ。敵の後背につく。反対側からもワイドボーン分艦隊が来るぞ、座標に注意しろ!」
07:45
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
「ラインハルト様、これは…」
「我々が中央突破狙っていると知って、それを逆手に取ったか」
敵の両翼が前進、中央部は後退…前進した敵両翼が我々の後背に周り込んだ結果、逆に我々が前後より攻撃を受ける結果となった。
「流石はウィンチェスターと言ったところか…大丈夫だキルヒアイス。苦し紛れの行動だ。後背に回った敵は長続きはしない。マッケンゼン艦隊が控えているのだからな」
08:30
敵の両翼が我々の後背に回った事で、敵の中央部は二千隻程となった。たとえ後背から攻撃を受けようとも、敵中央…旗艦さえ撃破すれば我々の勝ちだ。
「敵中央部、更に後退します!」
…何だと?それでは貴様の艦隊の両翼は完全に孤立するぞ…ウィンチェスターめ、何を考えている?
「そのまま前進だ…キルヒアイス、味方の損害はどれくらいだ?」
「やはり艦隊後衛の被害が大きくなっています。およそ三割が被害を受けています。その内二割は完全に失いました」
二割の損失…だが…。
「マッケンゼン艦隊より通信。『コレヨリ戦線参加スル』…です!」
よし、これで……スクリーン上の概略図には入り乱れた敵味方が映し出されている……だが何かがおかしい。
「こ、これは…後背の敵が反転しました。そのままマッケンゼン艦隊に向かっていきます!」
…そうか、そうだったのか。敵の両翼は俺達の後ろを取るのが目的ではなく、マッケンゼン艦隊の足止めをする為のものだったのか……。
09:30
自由惑星同盟軍、第十三艦隊、ワイドボーン分艦隊(臨時編成)旗艦オライオン、
マルコム・ワイドボーン
こんな戦術行動…非常識にも程がある…ヒルデスハイム艦隊の後背に回り込んで、その後衛を攻撃する…ウチの艦隊は六千隻ちょっとしかいないんだぞ!
『心配いりません、ヒルデスハイム艦隊が狙っているのは我々の中央です。お二人の事など気にもかけないでしょう。安心して回り込めますよ』
10:05
…確かに俺やダグラスには目もくれなかった。だけどな、無傷のマッケンゼン艦隊が控えているんだ、俺達は孤立してしまう…!
『心配ありません。その頃にはヒルデスハイム艦隊は後ろを気にする余裕はなくなっている筈です。中央部を目指しつつ反転して反撃…など出来ないのですから。彼等を気にせず反転して、マッケンゼン艦隊の足止めに向かって下さい。アッテンボロー分艦隊と合わせて四千隻、足止めには充分な兵力だと思います』
10:40
…確かに、ヒルデスハイム艦隊には俺達二人を気にかける余裕はない様だ…だけどな、一万隻以上のマッケンゼン艦隊を四千隻で足止めしろって言うのか!?自殺行為だぞ……
『何故兵力の多いマッケンゼン艦隊が前衛ではないのでしょう?我々を追撃している時、彼等はやたらと慎重だった。そして我々の追撃中に何らかの理由で足が止まり、いつの間にか兵力の少ないヒルデスハイム艦隊が前衛になっている…ここから導き出される答えは一つ…マッケンゼン艦隊は練度不十分なのです。何故そんな艦隊が前線近くにいるのかは分かりませんが…一時間ほどで構わないんです。お二人なら難なく足止めする事が出来ますよ』
お二人なら難なく、ね……ここまで来たら司令官を信用するしかない…。
「ダグラス分艦隊に連絡。我々は反転後マッケンゼン艦隊右翼を攻撃する。貴官には左翼の攻撃を任せる…以上だ」
11:45
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
「参謀長、これ以上は…おそれながら撤退を進言します」
ミッターマイヤーは真正面から俺を見据えている。それはロイエンタール、キルヒアイスも同じだった。
「いけると思いましたが…残念です」
残念。そう、悔しいが残念だ。これ以上は本当に孤立してしまう。ウィンチェスター艦隊は今も後退を続けているし、マッケンゼン艦隊は完全に足止めされてしまった。まさか、こうも簡単に奴にあしらわれてしまうとは…俺には奴を倒す力が無いのか?対等の条件で戦ってみたいなどと…度しがたいにも程があるではないか……。
「逃した魚は大きい、か……全艦停止。斉射三連後、艦隊四十度回頭。撤退する…司令官閣下、まことに申し訳ありません」
俺を見る伯の瞳は、どこか優しげだった。
「よい。卿等の進言を容れたのは私なのだからな。必ず復仇戦の機会はある、生きて帰還出来るだけよしとせねば…」
俺を励まそうとしてくれた伯爵の声は、直撃来ます、というオペレータの声にかき消された。
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