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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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敢闘編
  第七十九話 狩りの準備

帝国暦485年4月15日09:00
ヴィーレンシュタイン星系、恒星ヴィーレンシュタイン近傍、銀河帝国、銀河帝国軍、
マッケンゼン艦隊旗艦マルクグラーフ、
ヨッヘン・フォン・マッケンゼン

 再びオペレータの抑揚のない報告が艦橋を支配した。
「叛乱軍艦隊、動き出しました。横陣形のまま近付いて来ます。まもなく長距離砲の有効射程内に入ります……敵艦発砲」
射て(ファイエル)
叛乱軍め、死ぬ気か?…どう考えても勝ち目の無い戦いだと思うのだが…。
「閣下、両翼を拡げ半包囲体勢を構築すべきです」
馬鹿なのか、このシュターデンという男は…両翼を拡げるという事は中央が薄くなるという事だ。戦いはまだ始まったばかり、叛乱軍にもそれほど損害は出ていないだろう。今そんな事をしたら奴等に中央突破の機会を与えるだけだ。兵力は此方が上だから突破されても挽回は出来る。だが我が艦隊は練度が低いのだ、突破した敵を再び半包囲出来る体勢を整える間に敵はそのまま逃げてしまうに決まっている。初陣であればこそ慎重に戦わねばならぬ、その程度くらい予想出来てもよさそうなものだがな…。
「参謀長、まだその時ではない。今は数的有利を活かし、じっくり射ち合う時だ」
「はっ」


4月15日12:50
自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 敵は此方を決死の背水の陣と見て、無闇に動く事を避けている様だ。確かに俺達の方が数が少ないから、帝国軍は焦る必要がないからな。三度ほど疑似突出して誘ってみたものの、帝国軍は動く事がなかった。お陰で損害も比較的少なくて済んでいる。
 ヤンさんや他の参謀達がスクリーンを見つめる中、エリカだけが青ざめた顔で俺の横に立ちつくしていた。
「キンスキー少尉、大丈夫かい?」
エリカが青ざめている理由は判っている。いくら夫婦で一緒に居ても、たとえ夫が艦隊司令官で、その妻である自分が副官だとしても、初陣の緊張感というのは重い物だ。スクリーンに映るあの一つ一つの爆発光は、人が死んでいる事の証なのだ。そして、その命令を出しているのは、艦隊司令官である自分の夫…。ハイネセンで待っていれば、理解しなくてもよかった事実。たとえ命令だったとしても、法で裁かれる事はないとしても、自分の夫が大量殺戮を行っているという事実。青ざめながら、立ちつくして震えながら、エリカは今必死にそれを理解しようとしている。一兵士だったら、もっと楽だっただろう。たとえ敵兵を射倒したとしても、命令だから、倒さなければ自分が死ぬのだからとある程度は割り切る事が出来ただろう。だけど、自分の夫はそれを他人に行わせる側なのだ。なんて罪作りな夫なんだ全く。
「大丈夫です、閣下。申し訳ありません」
「謝る必要なんてないよ。軍人である以上、どこかで通る道だ。君や私だけじゃない、オットーやマイクだって通って来た道さ」
エリカの手を握ると、彼女は強く握り返してきた。これくらいの公私混同はいいだろう?
「…参謀長、艦隊を三時方向にスライドさせる。その後、微速で後退だ」
「了解しました……全艦、三時方向に移動せよ!攻撃の手を緩めるな!」


4月15日13:30
銀河帝国軍、マッケンゼン艦隊旗艦マルクグラーフ、
ヨッヘン・フォン・マッケンゼン

 敵艦隊は十時方向に移動し、そのまま後退しつつある。擬態か?ヴィーレンシュタインの影に隠れるつもりだろうか?
「閣下、敵が後退しつつあります。我々を誘う罠ではないでしょうか」
「どうだろうか…敵の反応を見る。右翼を前へ」
艦隊の右翼が敵を追って前進を開始する…。
「敵艦隊、後退を止め前進を開始、我が方右翼に攻撃を集中させています」
あのオペレータにも感情はあった様だ、報告する声が甲高くなっていた。
「右翼、停止せよ。微速で後退だ」
此方の右翼が後退に転じると、敵は再び後退を始めた。ならば…。
「右翼、再度前進せよ」
右翼が再度前進を始めると、敵も再び後退を止めて逆撃を開始した。今度は先程よりも敵の攻撃の勢いが強い。
「右翼、停止せよ。敵艦隊が有効射程距離を離脱するまでは攻撃はそのまま続行だ」
そうか、敵は恒星を背に布陣する事で背水の陣と見せかけて、撤退の時期を伺っていたのか。後退後の逆撃は此方の追い足を鈍らせる為のものだろう。だが…。
「閣下、敵は撤退の時期を伺っていた様ですな。おそらくあの逆撃は我々の追撃の意志を挫く為のものでしょう」
確かにそう見える。だが…では何故わざわざ敵は恒星を背に布陣したのだ?我々を先に発見していたのだから、撤退する時間はたっぷりとあった筈だ。偵察艦艇を先に退避させる為にわざと平文で発信、我々の目を向けさせてその時間を稼ぐ…それでも安全に撤退出来た筈だ……何故…。
「敵艦隊が反転しヴィーレンシュタインの影に入っていきます。増速中」
「追撃を行う。だが、急がずともよい。まずは陣形を確実に再編せよ」


 
4月15日15:15
自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 「敵艦隊、我々を追撃中、五時方向」
敵はそのまま我々についてきてくれる様だ。ヴィーレンシュタインの反対側から出て来られたらどうしようかと思ったけど、これなら目論見通りだ。
「よし。艦隊針路をシャンタウ方向へ。艦隊速度最大」
「了解しました」
俺とヤンさんのやり取りに、ワイドボーンが大きな音を立てて立ち上がった。
「閣下、このまま撤退なさるのではないのですか」
「そうだけど、囮を演じなければならないからねえ。我々がシャンタウ方向に針路を取れば、相手は我々を必ず追って来るだろう?」
「それはそうですが、危険です。敵中に孤立します」
「本当にシャンタウに向かう訳じゃない。どうやら敵の司令官は慎重な人物の様だ。でなければ追撃を開始するのにこれ程時間はかけないだろう。我々を精鋭とでも思っているのか、自分の艦隊の能力に自信が持てないのか…どちらにせよ我々の動きを見定めてから動いている様に見える。撤退する余裕は充分にあるよ…オットー、この星系の外までどれくらいかかる?」
「艦隊最大速度で…八時間といったところでしょうか」
「ありがとう…ではこのまま星系外縁に向かう。艦隊針路シャンタウ方向」



4月15日18:05
ヴィーレンシュタイン宙域(シャンタウ方向)、銀河帝国軍、
ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「敵は此方に向かっているのか?…了解した、我々が頭を押さえる。協力して叩こうではないか」

“協力を得られてまことに感謝至極でございます”

「何を言う、当たり前ではないか。たとえ小艦隊と言えど逃さず殲滅すれば軍の士気も上がると言うものだ。我々は助攻、卿が主攻。武運を祈るぞ」

“はっ”

戦闘中と連絡は受けていたものの、まさか敵が此方に向かっているとは思ってもいなかった。敵の規模は六千から七千隻。規模は少数だがマッケンゼン提督は自らの艦隊の能力を過信する事は避けた様だ。位置関係から考えて、我々との共同撃破が上策と考えたのだろう。
「本当に敵が存在するとは…参謀長のご懸念が当たった様です。理想的に推移すれば挟撃も可能…敵とはいえ憐れですな」
「だがロイエンタール、マッケンゼン提督が我々に助力を乞うという事は、敵は精鋭と判断したのではないか?」
「逆だろう。マッケンゼン中将は艦隊司令官としては初陣だ。自分の艦隊の能力に自信が持てないのではないかな。それに相手は半個艦隊程度の兵力だ。我々と協力し確実に撃破を狙える挟撃戦を行う事で自分の艦隊に戦度胸をつけよう、という腹なのかも知れん」
「卿の言う通りかも知れんな。我々が頭を押さえ、兵力に余裕のあるマッケンゼン艦隊が後方から半包囲する…理想的な挟撃からの殲滅戦だ。しかし、六千から七千隻という兵力はいかにも中途半端だな。叛乱軍は兵力不足という訳でもあるまいに」
ミッターマイヤーとロイエンタール…両者のやり取りは聞いていて心地良い。二人が艦隊を率いて戦う所が早く見たいものだ。勿論その頃にはキルヒアイスも艦隊を率いているだろう…まあ、その為には俺自身が早く上に立たねばならないのだが…。
「卿等の疑問はもっともだ。だが思い当たる節が無い訳ではない。叛乱軍は自分達の領域内の巡察専用の艦隊を新設したのだ。単独での行動、そして兵力規模から推測するにおそらくその艦隊だろう。だが…その艦隊がこんな所に出没するとなると、その設立目的も怪しいものと言わざるを得ないな」

 叛乱軍が艦隊を新設したという情報は、フェザーンの高等弁務官府経由で情報部にもたらされた物だ。ミッターマイヤーとロイエンタールに話した通り、叛乱軍領域内の哨戒や巡察等を専門とする艦隊、という事だった。小規模でもあるし奴等の国内用なら、と気にかけずにいたが、若し出現した敵がその艦隊と言う事になると話は別だ。そんな情報もありましたね、と呟きながらキルヒアイスが端末を操作して敵艦隊の情報を検索していた。
「ありました、表示します」
……第十三艦隊。規模は七千五百隻と小規模ながら、叛乱軍の正規艦隊に属する。アムリッツァ宙域を不当に占拠した叛乱軍の戦力配置見直しにより新設された艦隊で、国内(と叛乱軍は称している)向けの哨戒活動を専任とする。国内での運用である為、新兵や中級士官の練習艦隊としても使用される模様……。
「何とも贅沢な話ではないですか。この艦隊も含めればイゼルローンの駐留艦隊と合わせて十四個もの正規艦隊を叛乱軍は保有している」
「一つか二つくらい分けて欲しいものだな。アムリッツァ一つ奪われただけでこうなるとは…」
ミッターマイヤーとロイエンタールがそれぞれ感想を述べる中、キルヒアイスが表示映像をスクロールしていく……艦隊旗艦は従来のアイアース級旗艦戦艦ではなく、おそらく大規模分艦隊級の兵力を指揮する為に建造された、多少旧型のヒューベリオン級旗艦戦艦だと推測される。叛乱軍の公式発表にあった、艦隊司令官の名もあわせて記しておく。叛乱軍少将、ヤマト・ウィンチェスター。ウィンチェスターなる者は……。
「ほう、卿の旧知の者が艦隊司令官の様だな、参謀長」
我々四人の後ろにはいつの間にかヒルデスハイム伯が立っていた。
「はっ、その様です…とすると、おそらくこの艦隊は情報通りの哨戒用や練習艦隊などでは無いかと。アムリッツァに駐留する叛乱軍艦隊が、わざわざ半個艦隊を編成してまで我が帝国領内深くまで進出させるとは考えられません。偵察任務なら長距離通報艦か強行偵察艦に任せた方が確実です」
「うむ…以前から参謀長はウィンチェスターなる者を高く評価していたな。もし本当に、そのウィンチェスターが指揮する艦隊なら、半個艦隊と言えども弱兵ではあるまい。マッケンゼン提督が我々に助力を求めたのは、敵が少数である事に疑念を持ったのかも知れぬ」
「はっ。だからこそ撃破せねばなりません。あの艦隊を撃破し、ウィンチェスターを捕えるか倒す事が出来れば、叛乱軍に大打撃を与えられると思うのです」
俺の考えを汲みとったのだろう、キルヒアイスが伯爵に対して説明を始めた。国内用と発表されている艦隊が何故こんな所にいるのか。それだけでもまず不審であり、何らかの特別任務を帯びている可能性がある。そしてこの推測はあのウィンチェスターが司令官である事からも補強される。また、叛乱軍が優位に戦局を進めているのはウィンチェスターが叛乱軍の首脳を補佐する様になってからであり、現在もその状況は続いているものと考えられる。もし本当にあの艦隊が第十三艦隊であれば、その任務が何であるかは関係ない、挟撃に持ち込み彼を捕殺する事が出来れば、叛乱軍の軍事戦略そのものに大打撃を与える可能性が大である…。
「宜しい。参謀長以下全てが同じ意見というのなら私に反対する理由はない。キルヒアイス中佐、現在の速度で進んだ場合の会敵予想時刻は」
「はっ…十七日、〇六〇〇時頃かと思われます」
「了解した。参謀長、全艦に通達。総員交替で六時間毎の休憩を取れ。休憩の内一時間は確実にタンクベッド睡眠を取る事。飲酒も許可する」
「はっ!」


4月15日20:10
自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 「閣下、シャンタウ方向に避退行動を取っていた通報艦スティングレイより通報です。『敵艦隊ヲ確認、オヨソ五千隻。旗艦戦艦識別コードニヨル識別ノ結果、ヒルデスハイム艦隊ト思ワレル。貴艦隊ノ現針路ヨリ十二時方向、約八百光秒。当艦八コレヨリ現座標ヨリ離脱スル。貴艦隊ノ武運ヲ祈ル』…以上です」
かぁーっ!またヒルデスハイム艦隊かよ!しつこいな全く!…しつこいラインハルトか。ヒルダ嬢ちゃんに嫌われるぞ!
「了解した。エリカ、皆を集めてくれないか」
「はい、あなた」
今、司令部艦橋には俺とエリカの二人だけだった。任務中とはいえ、二人きりの時にはファーストネームで呼ぶ事にしている。任務中に二人きりになる事など少ないと思っていたけど、意外にその機会はあった。なんだかんだと周りが冷やかしながらも気を使ってくれるのだ。二人で話し合った結果、ハイネセンに戻ったらエリカには艦を降りて貰う事にした。俺達二人は困らないが、周りが困るのだという。パオラ姐さんからは出撃中の夫婦の営みは少し控えて下さい、って注意されてしまったし…。

 「何かありましたか」
艦橋への一番乗りはいつもヤンさんかワイドボーンだ。ワイドボーンが一番乗りなのは分かる気がするけど、ヤンさんが一番乗りというのはかなり意外だ。なんでも、そうしないとワイドボーンがうるさいのだそうだ。『怠けるのは艦隊司令官になってからにしろ』って言われるらしい。
「ああ、参謀長。敵の増援の様です。五千隻程度ですが、どうやらヒルデスハイム艦隊らしい。しつこい艦隊ですよ全く」
エリカがヤンさんに先程読み上げた通信文を渡す。ヤンさんがそれを読みあげる間にワイドボーンが艦橋に入って来た。
「閣下は艦隊司令官のヒルデスハイム伯より、参謀のミューゼル准将を注視しておられましたね。それ程危険な人物なのですか」
「参謀長、このままの針路だと頭を押さえられてしまいますね…艦隊九時方向に変針、速度まま……そうなのですよ、ワイドボーン大佐。おそらく今は少将になっているでしょう。となると次は中将、艦隊司令官になる可能性が高い」
ワイドボーンが端末を操作して情報部が提供している帝国軍高級軍人のリストを表示した。姓名や部署の判明している帝国軍人だけしか表示されない上に少し古い物の様だけど充分だ。
「ラインハルト・フォン・ミューゼル、帝国軍大佐、ヒルデスハイム艦隊所属、同艦隊司令部作戦参謀…係累は皇帝の寵姫グリューネワルト伯爵夫人……コネで現在の地位についた訳ではないと?」
「そうですよ。ハイネセンの情報部はそうは思ってない様ですが。皇帝の寵姫の弟が前線で戦死でもしたらどうなります?帝国の軍部は皇帝からひどく非難されるでしょうね。ミューゼル家は帝国騎士、平民に近い存在です。そこから後宮に入ったミューゼル少将のお姉さんは宮中では疎まれていますが、皇帝の寵愛を一身に受ける存在です。彼に能力があろうがなかろうが、私が帝国軍の首脳部なら絶対に前線などには出しませんよ。帝国軍もそう考えていた筈です」
「ですが常に前線に居る…」
「はい。彼は請われてヒルデスハイム伯の補佐をしているのだと思います。でなければミューゼル少将がヒルデスハイム伯を補佐するなど有り得ませんから。彼は武勲を得る機会が欲しい、ヒルデスハイム伯は自分を補佐する優秀な軍人が欲しい。両者の思惑が合致したのでしょうね」
「閣下は先程、私なら彼を前線に出さない、帝国軍もそう考えているだろうと仰いましたが…ヒルデスハイム伯という人物は軍首脳の意向を無視出来る人物なのですか?」
「彼は帝国の大貴族、ブラウンシュヴァイク一門の重鎮です。彼が望めば、帝国においては大抵の事は叶います。大貴族にはそれだけの力がある」
「なるほど…ではヒルデスハイム艦隊の活躍はミューゼル少将の力によるものが大きい、と?」
「はい。そう考えて間違いないでしょう」
「それほどの人物ですか、ミューゼル少将という人物は」
「はい。今はまだ艦隊の作戦参謀、参謀長に過ぎませんが、彼が艦隊司令官になったら、同盟軍の艦隊司令官など雑魚扱いでしょうね。誰も勝てませんよ」
「そんな馬鹿な!…失礼しました、誰も勝てないというのは少し言葉が過ぎる…と思うのですが」
既に艦橋には司令部スタッフが全員揃っているけどワイドボーンの口調に圧倒されたのだろう、誰も口を挟む事なく静かに着席している。
「そうですね、私も少し言葉が過ぎました。ですが、そう言っても過言ではない将才を秘めた人物ですよ、ミューゼル少将は。その上しつこいときている。言う事ありませんね」
「しつこい…ですか。ですがその有能なミューゼル少将が所属するヒルデスハイム艦隊ですが、五千隻程度というのは援軍としては数が少なくありませんか」
うーん、それは全くその通りなんだ。このタイミングでラインハルト達が現れるというのは、俺達を追撃している帝国艦隊から連絡があったからだろうが…そうすると五千隻というのはおかしい。援軍として駆けつけるのに艦隊を分ける必要はないからだ。ましてや奴等は挟撃を望んでいる筈だ。五千隻では足りなくはないが、少なすぎる…何か理由があるのか?



4月16日00:30
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 敵艦隊はヴィーレンシュタイン星系を離脱後、変針した。変針後の敵艦隊は星系離脱後、星系の外縁に沿う様に十二時方向…ボーデン方向に進んでいる…とマッケンゼン艦隊から連絡があった。頭を…針路を押さえられては敵わないという事だろう。だがこれでマッケンゼン艦隊はいずれ追い付く事が出来る。しかし…。
「前後から挟撃、という訳にはいかなくなりそうですな。ですが、敵艦隊は後方から攻撃を受ける事になります。奴等は数が少ない、これはこれできついでしょう」
ミッターマイヤーの言う通りだった。このまま上手く行けば、右翼後方、四時方向から我々が、左翼後方、七時から八時方向からマッケンゼン艦隊が…と、あの艦隊は攻撃を受ける事になる。奴等の正規艦隊、一万五千隻という編成であれば半数ほどを分派して我々をどうにか出来ようが…。
「参謀長は残念そうですな」
そう言ってロイエンタールが微笑した。決して蔑んでいるのではない優しい微笑だった。残念?俺は何を残念に感じているのだろうか……そうか、そういう事か。
「確かに残念だ。散々我々を苦しめた敵を、この様なありふれた追撃戦で殺してしまうのだからな」
「五分の条件で戦いたかった、と?」
「出来る事なら…そうだな、互いが互いの勢力の運命をかける様な戦場で相まみえたかったと思っている」
どうせなら、自ら艦隊を率いる立場で戦いたかった…。このまま推移すれば、敵十三艦隊…ウィンチェスター艦隊は消滅するだろう。無慈悲に後方から狩り立てられていくのだ。
「マッケンゼン艦隊より通信です『我、遅レル。再編成中、〇〇一五時』」
…遅れる、だと?
「参謀長、追撃中止。マッケンゼン艦隊との合流を優先させよう。何やらトラブルでもあったのやも知れぬ」
このまま進めば我等だけでも追い付けたものを…
「はっ…艦隊速度まま、針路をマッケンゼン艦隊の座標に変更!」



4月17日02:10
自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター
 
 「ヴィーレンシュタイン星系より我が艦隊を追撃中の艦隊、同星系外縁部にて停止している模様。尚、通信傍受により敵艦隊はマッケンゼン艦隊と判明。我が艦隊の八時方向、約三百光秒。ヒルデスハイム艦隊も変針しました。変針後のコースをたどりますと、両艦隊は合流するものかと思われます」
マッケンゼン艦隊?聞いた事がないな。という事は新規編成の艦隊という事か。しかし何故停止しているんだ?トラブルか?まあいい、このまま逃げるだけだ。
「マッケンゼン艦隊とやらが止まってくれて助かりましたね」
「本当ですよ…参謀長はマッケンゼンという名前に心当たりがありますか?」
「いえ…まったく聞いた事がありません。新規に編成された艦隊ではないでしょうか」
ヤンさんもマッケンゼンという名前には心当たりがない様だ。となると新規編成の艦隊か、まさかとは思うが貴族の艦隊という事になるが…。
「二つの艦隊が合流すれば一万六千隻といったところか。厄介だな…」
ラップさんがため息を吐くと、ワイドボーンが心配するなとでもいう様にラップさんの肩を叩く。
「だが、合流したとて命令系統は別だ。普段から一緒ならともかく戦場でいきなり合流した艦隊同士が、上手く連携を取れるとは思えん」
「上手く連携したらどうするんだ?」
「それは…」
アッテンさんならそれがどうした、とでも言うんだろうけど、どうやらワイドボーンは同期には弱いらしい。そんな二人を見てヤンさんは苦笑している。
「ラップ中佐、ウチの状況はどうです?」
「はっ…六千百十二隻、そのうち全力発揮可能な艦艇は五千八百四十隻です。ハイネセン出撃前に千隻近くも不調な艦が出たのが痛かったですね。申し訳ありません」
不調な艦はハイネセンに置いていくしかなかった。ウチの艦隊は艦歴の古い艦艇ばかりだからなあ…。まあ帰る頃にはオーバーホールもきちんと終わってるだろう。帰れたら、の話だけども…。
囮を演じて四日目…カイタルからの増援が現れるまであと二日、いや三日だろうか…ヒルデスハイム艦隊が現れたのはまったくの偶然だけど、オットーが言った様に、ラインハルトを倒せるかもしれない。

“その、お前が高く評価しているミューゼル少将だけどさ。今なら倒せるんじゃないか”
『倒せるかねえ…うーん』
“お前だってかなりイイ線行ってると思うんだけどな。正攻法でイゼルローンを陥としたのはお前なんだぞ”
『そりゃあ十二個艦隊も動員すればだな』
“実際戦ったのは四個艦隊だ。その作戦を立てたのはお前なんだぞ”
『それはまあ、そうだけど。俺が直接戦った訳じゃない』
“それは相手だってそうだ。ミューゼル少将ってのはまだ、艦隊司令官じゃないんだろ?やり様はあるだろう”
『確かにそうだけど…』
“このまま囮としてあいつ等を引き付け続けられたら、もうすぐ味方の三個艦隊が到着する。マッケンゼン艦隊じゃなくヒルデスハイム艦隊に攻撃を集中出来れば…”

 この世界をこわしたくない、という理由で俺は一度ラインハルトを見逃した。この先ラインハルトが原作の様に栄達するかは分からない。でも原作の様に奴が軍権を握ってしまったら、現在の同盟が有利な状況なんてすぐひっくり返されてしまうだろう。俺はそうならない為に今の状況を作り出したんじゃないのか?
「参謀長、味方の来増援との合流まであとどれくらいだと思います?」
「そうですね…このまま後退を続けていけば、あと二日から三日という所ではないでしょうか」
「参謀長もそうお考えですか…今カイタルに駐留しているのは確か…第九から第十二艦隊でしたね」
「はい。その四つのうち、何れの艦隊が来るのかは分かりませんが…カイタルの駐留艦隊司令部と連絡を取りますか?」
どうするべきか。ラインハルトが居ると分かったからには、下手な動きをすると疑念を招く恐れがある。危険だと思ったらラインハルトは撤退を進言するだろう。奴はまだ参謀だ、その立ち位置なら、余程ではない限り勝算の薄い献策はしないものだ。本当に倒すのなら、何かもう一手打たないと…。








 
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