星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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敢闘編
第五十九話 思惑 Ⅲ
帝国暦484年2月20日14:00
フェザーン星系、フェザーン、フェザーン自治領、自治領主府、アドリアン・ルビンスキー
「同盟のアムリッツァ支配は順調の様です」
「そうか。今の所は同盟の我が世の春という訳だな」
帝国でもアムリッツァ、イゼルローン奪還の為の軍編成が始まっている。総兵力六万六千五百隻…敗戦の後でよくも集めたものだ。兵力はアムリッツァの同盟軍に劣るが、常に大軍が勝つとは限らない。その時々の戦力の集中度に勝る方が勝つ。同盟軍を何らかの方法で分断し個別に引き摺り出せれば、帝国軍にも十分に勝機はある…。
「はい。どうやら同盟はイゼルローン回廊を民間に解放するようです。政府の許可を受けた企業のみに限る様ですが。アムリッツァの開発に民間企業の資本投入を許す様です。それと共に、彼等の言う所の前哨宙域、同盟側のイゼルローン周辺の星系も、資源開発の為に民間船の航行許可を出した様です」
「同盟も中々打つ手が早いな。だが危険な宙域でもある。進んで進出する企業があるかな」
限定的とは言え、民間資本の投入を許可…それほどアムリッツァの防衛に自信があると言う事か。辺境の貴族の反発が少なかったせいもあるだろうが…。
「はい。特に軍とのつながりの深い企業が数社、既に手を上げているそうです。あとは星間輸送の中規模企業が連合体を作って参加する…との情報を得ております」
「惑星開発は金はかかるが、成功すればリターンは大きい。しかもアムリッツァは辺境だ。インフラが弱いから資本投入を行えば先に手を挙げた者が独占する事も可能だ。それと同時に同盟辺境の開発も進むとなれば、長期的に見て同盟の国力は著しく増大するな」
そう、同盟の国力は上がる…しかしこの様な遠大な計画を同盟政府の近視眼共が企画出来ようとは…確かに危険ではある、だが成功すれば旨味はでかい…誰かキーマンがいる筈だ。現政権ではあるまい、次期政権を見据えて誰かが行動しているのだ。
「はい。同盟のこの動きを受けて、我がフェザーンでも企業連合体を作り同盟の辺境開発に参加しようとする動きがあります。既にいくつかの大物投資家達が同盟企業への投資を強めております」
「ふむ…補佐官、君はこの動きをどう見ているかな」
「はい。同盟によるイゼルローン要塞奪取から流れる様に事態が動いております。同盟の現政権のメンバーからはこの動きは察知出来ませんでした。おそらく同盟政府各委員会の、少壮気鋭と呼ばれる政治家辺りが次期政権を見据えて動いているのでは、と」
ボルテック、お前もそう見るか。
「ほう」
「年が明けてから判明した事実ですが、当初、同盟軍の作戦はイゼルローン要塞の攻略に限定したものでした。公式発表もそれを裏付けております。ですが実際は帝国本土への侵攻という事態になっている。どこかで作戦目的が変更されたと考えるしかありません」
「しかし非公式にそれをやれば、どこかで動きが見える筈だ」
「はい。極秘ではありますが公式に変更されております。当時、同盟軍第八艦隊司令官であったシトレ大将より国防委員ヨブ・トリューニヒト氏へ作戦変更の打診があったという事実が判明しております。当時この事を知っていたのは、トリューニヒト氏、同盟政府閣僚では国防委員長、最高評議会議長…以上三名だけです」
「トリューニヒト…同盟で人気のある政治家だな。しかし奴から打診されたとして、国防委員長はともかく、同盟の最高評議会議長がそれを飲むかね?」
「軍から提示された変更案に齟齬がなく、成功の度合いが高いものと認識したのだと思います。現実がそれを示しております。そしてその作戦が成功すればサンフォード政権が長期政権を築く事は確実です。サンフォード氏はそれほど優秀な男ではありませんし、我々の支援がなければ、その地位に着く事は出来なかった…奴は風見鶏的な動きをする男です、自分に有利な条件であれば一も二もなく賛成するでしょう」
「議長閣下はフェザーンからの短期的な利益だけではなく長期的な利益も得た、という事だな。それはいいとしても、トリューニヒトはただ働きではないのか。サンフォードがそうなら、現国防委員長も椅子をどく事はあるまい」
「トリューニヒト氏は少壮気鋭の政治家ではありますが今は一国防委員でしかありません。現在は人脈作りに徹しているのではないかと。軍、そして各委員会に自分のシンパを作る。辺境開発、新しい領土の開発…共に軍の力だけでは出来ませんから。そしていずれは国防委員長、最高評議会議長へ…考えられない事ではありません」
ふむ…そこまで考えているのなら、そもそもの発端、作戦変更を誰が言い出したか、だが…。
「そうだな、考えられない事ではない。だが発端は軍の作戦だ。シトレ大将は…今は元帥か、シトレという男はそこまで冒険的思考の持ち主ではなかった筈だが」
「仰る通りです。シトレ元帥は優秀ではありますが、同時に民主共和制が望み得る模範的な軍人、との評価を受けている男です。その思考は常識的な範囲に留まります。作戦を修正したのは…」
「ブルース・アッシュビーの再来、またはエル・ファシルの奇跡、どちらかではないかね?」
「お見通しでしたか…作戦を修正したのはヤマト・ウィンチェスター中佐…現在は一挙に二階級昇進して准将の地位にあります」
驚く演技はまだ下手な様だな補佐官…まあここまではいい。問題はここからだ。
「ウィンチェスター准将を含め、同盟政府ががどこまで青写真を描いているかは現時点では分かりませんが、このまま状況が推移しますと閣下の仰る通り同盟の国力が増大する事は間違いありません。先程申し上げたフェザーン企業による同盟への資本参加…思い止まらせた方がよいのではと愚考致しますが…」
「なぜかね?」
「はあ、同盟の帝国本土侵攻を察知出来ず、帝国からは不信感を持たれております、更に同盟へ資本投下となりますと、更に不信感は増すのではないかと…例のご老人達の方針もありますし…」
「フェザーンは自治領だぞ補佐官。たとえ帝国といえども内政干渉は出来ない。資本投下を行うのが自治領主府主導ではなく民間企業となれば尚更だ。例のご老人達の方針が気になるのなら、帝国政府の戦費調達の面で協力すればよい、それでバランスは保たれるし、帝国からの不信感も和らごうと言うものだ。同盟の国力増大というのも現状のまま推移すれば、という事であって、現時点ではない」
「私の懸念もお見通し…左様にお考えであれば、何も申し上げる事はありません」
「だが補佐官、保険は必要ではないか?」
「保険と申しますと」
「帝国の大貴族達に出資する必要があるのではないかと思うのだが」
「大貴族…保険…なるほど、そうでございますな。いつでも取りかかれる様準備致します」
宇宙暦793年3月15日11:00
バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、シルバーブリッジ二十一番街、ウィンチェスター邸、
ヤマト・ウィンチェスター
シュークリームが旨い。いやぁ、不意に来るんだよな、甘いものを無性に食べたくなる時期が…。甘いものを食べながら、可愛い婚約者に膝枕してもらって、ソファーで横になってTVを見る…贅沢だねえ…。
二月一日付で大佐に昇進した。俺だけじゃない、イゼルローン奪取、帝国本土侵攻作戦に参加した指揮官、その戦いの中で特に功績のあった者、所謂武勲というやつだ、それをあげた者は皆昇進した。シトレ親父は元帥になり宇宙艦隊司令長官代理から一挙に統合作戦本部長へ、ロボス親父も元帥になって宇宙艦隊司令長官に親補された。各艦隊司令官も昇進や自由戦士勲章の授与…それによって残留する者、勇退する者、転出する者…まあ様々だ。まあそれはいいとして、俺だけ二階級昇進てのは何なんだ?…何々、ハイネセンのハイスクールの女子の間でルーズソックスが流行っているだと?
“地球時代に流行ったって聞きました、古いと思っていたけど、意外にカワイイ!”
“短い丈のプリーツスカートに合うんですよ!足も細く見えるし、カワイイ!”
あのな、ルーズソックスで足が細く見えるんじゃない、ルーズソックスを履いている細い足が更に細く見えるんだ!象の足は象の足のままなんだよう!全く不愉快だ!……大佐に昇進して、一週間後に准将に昇進した。ヤンさんと同じ措置という事か…ああ、ヤンさんは同じ日のうちに、だったな。
“温故知新、というやつですかね”意味が違うだろうボケ!…しかし何でルーズソックスなんだ?地球教団の企みか?……作戦の修正を進言したのが俺、という事がマスコミに漏れたのがいけなかった。“同盟の誇る知将”、“アッシュビー、アゲイン!”……通常の昇進で済む筈が、市民の声と自分の人気取りに利用しようとする輩の企みに負けた。そう、ヨブ・トリューニヒトだ。
『君がヤマト・ウィンチェスター大佐だね?噂は聞いているよ。五十年ぶりの将監推薦、ブルース・アッシュビーの再来…皆さん、彼こそ同盟軍最高の知将、軍の次世代を担う天才です!彼と共に暴虐なる圧政者達、銀河帝国を打ち破り、宇宙に秩序と平和を取り戻すのです!』
いつの間にか集められていた報道陣の前での握手、それを撮影するフラッシュのまばゆい光…最悪だった。突然の准将昇進への内示、通常なら統合作戦本部ビルで行われる筈の昇進式が、最高評議会の国防委員会会議室に場所が変更されていた時点で気づくべきだった…。更に不愉快な事が判明した、修正した作戦案を最高評議会議長に提出したのもトリューニヒトなのだ。もちろん国防委員長を通してだが…シトレ親父はどうやって修正した作戦案を国防委員会に認めさせたかについては全く口にしなかったから、まさか奴に打診したとは思わなかった…。
『前代未聞の作戦だからな。トリューニヒト国防委員の根回しに期待するしかなかった。まあそう不機嫌そうな顔をするな』
あんたはいい、だけど同盟がこれから先苦労する事になるんだぞ!…とは言えないしなあ…。
『トリューニヒト氏はいい意味でも悪い意味でも政治屋だ。利用できるうちは利用させてもらう』
悪人だ、シトレ親父は悪人だ!……まあそれでも欲望のままに動く悪人よりはいい、統合作戦本部長になった途端、周りがが驚く事をやってのけた。
『社会機構の弱体化を防ぐ為に軍から技術者を四百万人を民間に戻す。その代替策として国内の軍の輸送や基地能力の維持、インフラの整備等を民間に委託する』と言い出してその計画スタートさせた。『後方勤務改革』担当者はキャゼさんだ。これにも当然トリューニヒトが絡んでいる。シトレ親父が言い出してそれをトリューニヒトが受けたとなれば、二人は一蓮托生という事なんだろう…まあ確かに民間に任せられる所は民間企業に任せた方が効率も上がるしサービスも良くなる。原作の様に同盟の負けが込んでいたら到底無理な話だ。トリューニヒトは財政委員会、人的資源委員会、経済開発委員会、地域社会開発委員会、天然資源委員会と協同で『同盟経済改革案』なるものを最高評議会に提出した。イゼルローン前哨宙域の民間への解放、軍の後方業務の民間への委託、国内の星系開発の再開、アムリッツァ星系への限定的な民間資本の導入…が主な内容だ。何の事はない、人気取りだが国防委員会だけではなく他の委員会も巻き込んだ物だから単なる口約束では済まない。背景には対帝国の戦争が優位に進んでいる事がある。ここ数年の戦争の状況が遭遇戦のみで推移したこと、イゼルローン要塞攻略、アムリッツァ進駐に伴う損害が軽微だったこと、要は国債で調達した戦費が余っているのだ。軍は金食い虫だ、そこから金が戻るとなれば各委員会が飛び付くのは当たり前の話だった。まあ景気のいい話ではある。でも一つ問題があった。軍の余った金を振り分ける、という事は、改革案が軌道に乗るまで軍は帝国との戦争を損害軽微で切り抜けなくてはならない、という事だ。全くとんでもない、そんな保証は無い上に、改革案を言い出したのはトリューニヒト…国防委員会だから、言い出しっぺの責任と面子がある。戦争が不利なんで改革は無し、とはいかない。言ってみれば、軍をあげてトリューニヒトを支援する事になってしまったのだ。全くとんでもない話だよ。
そもそも、ヨブ・トリューニヒトとはどういう男なのか…。
原作での描かれ方ではよく分からない。主戦論者でただの巧言令色な扇動政治家ではいくら同盟の民主政治が末期的症状だったとしても最高評議会議長まで登りつめる事は出来ない。口が上手くても実績がなければどこかでボロが出るからだ。票田に軍という存在があったにせよ、ヤンさんやキャゼさんの様にトリューニヒトを嫌っている軍人だって少なからずいるのだ。となれば尚更何らかの実績がなければ政治家として生き残る事は出来ない。いくら主戦論を煽っていても、当時の同盟が戦争を優位に進めていた訳ではないし、美辞麗句だけでは軍人の遺族だってそっぽを向かれるだろう。まさにジェシカ・エドワーズの言った『あなたはどこに居ますか?』なのだから……まあ、俺は奴との関係が深い訳ではないからよく分からないし、あまり関わりたくもない。でもなあ、改革案にあるアムリッツァ星系の一項は俺とヤンさんのレポートの結果でもある…既に関わっちゃってるんだよなあ……ヤンさんは俺以上に不愉快そうだった…。
「ヤマト…さっきからどうしたの?ルーズソックスを見てから腕組んでウンウン唸って…もしかして好きなの?私も買おうかな」
違うんだエリカ、そうじゃないんだよ…まあエリカなら似合うのは間違いない。
「うん、君ならきっと似合うよ。後で買い物ついでに見てみようよ」
「そうね!…そういえば休暇、今月いっぱいだったよね?新しい配属先は決まったの?」
「いや、それがまだなんだ」
前線…アムリッツァに駐留する艦隊はしばらくの間はハイネセンには戻れないから、艦隊司令官や各級指揮官の転属、着任はイゼルローン要塞やチャンディーガルで行われる。要塞奪取後、最初にハイネセンに戻ったのは第八艦隊だった。第八艦隊はシトレ親父の直卒艦隊だったから、最優先でハイネセンに戻って再編成する事になった。彼等は二週間ほどの再編成と休養を経て既にイゼルローン要塞に向かっている。俺達宇宙艦隊司令部がハイネセンに戻ったのは三月に入ってからだ。ロボス親父は新しいスタッフで司令部を作りたいとの事で、宇宙艦隊司令部に留任した主なスタッフはギャバン少将だけだった。当然スタッフから外れた俺達はハイネセンに戻る事になったんだ。そして現在、第四、第五艦隊が要塞からの帰路にある…そろそろ新編成が発表されている頃だろう。ちょっと端末を開いて…っと。
統合作戦本部長:シドニー・シトレ元帥
同 次長:未定
宇宙艦隊司令長官:ラザール・ロボス元帥
総参謀長:グリーンヒル大将
副参謀長:ドーソン准将
主任作戦参謀:ホーランド少将
主任情報参謀:ブロンズ少将
主任補給参謀:ギャバン少将
参謀スタッフとして四十名の佐官及び尉官
イゼルローン要塞司令官:ルーカス大将
同要塞駐留艦隊司令官:ウランフ大将(イゼルローン要塞、再編中)
第一艦隊:クブルスリー中将(アムリッツァ駐留)
第二艦隊:パエッタ中将(アムリッツァ駐留)
第三艦隊:ルフェーブル中将(アムリッツァ駐留)
第四艦隊:マリネスク中将(ハイネセンへ向けて行動中、新司令部はハイネセン待機)
第五艦隊:ビュコック大将(ハイネセンへ向けて行動中)
第六艦隊:ビロライネン中将(アムリッツァ駐留)
第七艦隊:バウンスゴール中将(アムリッツァ駐留)
第八艦隊:オスマン中将(イゼルローン要塞へ向けて行動中、駐留艦隊再編用艦艇および人員を随伴)
第九艦隊:コーネフ中将(アムリッツァ駐留)
第十艦隊:チュン中将(ハイネセン、再編中)
第十一艦隊:ピアーズ中将(エル・ファシル、再編中)
第十二艦隊:ボロディン中将(アムリッツァ駐留)
ふむふむ…おお、第十一艦隊にピアーズ司令官か、懐かしい…それに、大分知ってる名前が出てきたな。トリューニヒトとシトレ親父がタッグを組んでいるという事は…人事に関してはシトレ親父の意向が反映されているという事かな?それにしてもイゼルローン駐留艦隊の母体は元の第十艦隊だから、第十、第十一艦隊は全くの新編成、という事になるな…。
しかし、統合作戦本部の次長ってなんだ?新設の役職か?まあ、パストーレとかムーアとか戦意過多、能力過小みたいな奴がいないのはいい事だ。パエッタがいるってのが少し引っ掛かるが、まあ仕方ない…のかな。トリューニヒトもいずれは国防委員長になるだろうし、余程の大敗がなければシトレ親父も長期に渡って本部長の座に居るだろうから、当面はこの面子って事か…って他人事じゃないんだよな。
准将といえばもう分艦隊司令がつとまる階級だ。それかどこかの基地司令…俺はどこに行くんだろう…?
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