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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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敢闘編
  第六十話 雌伏

宇宙暦793年4月15日10:00
バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス郊外、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、
ヤマト・ウィンチェスター

 三月いっぱいの休暇が終わったと思ったら自宅待機…そしてやっと俺の役職が決まった。統合作戦本部高等参事官…なのだそうだ。高等参事官?何なのか分からないから調べてみたものの…そもそも前任者がいないから調べようがなかった。キャゼさん曰く、「俺は参事官をやっていたが…高等参事官という役職は初耳だな。おそらくお前さんの為に作った配置だろ」と言う。
「何すればいいんですかね」
「参事官の時もいろんな事をやらされたからな。そのスケールアップ版、とでも思っとけばいいんじゃないのか」
「他人事だと思って適当に答えてませんか…?」
「うるさい。俺はな、お前さんと違って忙しいんだぞ。四百万人も軍からいなくなっちまうんだ。補給計画の見直し、基地の統廃合、全部俺の所がやらにゃならんのだ。他に用事がなければ切るぞ」
にべもなく電話を切られてしまった。俺の為に作った配置?うーん…シトレ親父に聞きに行くか…。

 「お疲れ様です、本部長」
「まだ疲れるには早いだろう、午前中だぞ」
「いや、そういう事じゃなくてですね…」
「まあかけたまえ。コーヒーでいいかね」
「ありがとうございます、自分でやりますよ」
コーヒーでいいか、と聞いときながらシトレ親父は自分で淹れる気はなかったようだ。まあ元帥閣下にコーヒーを淹れさせるなんて、誰かに知れたら後が怖い。しかし…アニメで見慣れた風景を目の前で直に見る、というのも中々変な感じだ。
「どうかしたかね?」
「いえ、なんとなく既視感(デジャブ)を感じましたので」
「ほう。私が本部長になると予想していたのか?」
「まあ、そうです」
俺の淹れたコーヒーの香りを嗅ぎながらシトレ親父は目を瞑った…変な臭いでもしたのか??

 コーヒーに何の異物も入っていない事が分かったのだろう、シトレ親父は静かにコーヒーをすすり出した。
「要塞攻略戦…もっと激戦になると思っていた…アムリッツァ進駐…今の所多少の問題はあるが、順調に推移している」
「多少の問題とは?」
「帝国軍の偵察活動が活発化している。ロボス提督には追い払うに留めた方がよい、とは言ってあるが…」
「作戦がスムーズに行きすぎましたかね」
一個艦隊を失ったものの、アムリッツァの進駐自体は極めて上手くいった。ロボス親父が慎重に作戦を進めたおかげだ。帝国本土に進攻し、主要航路上の星系を占領…とんでもなく大きな功績なのだが、ロボス親父自信は戦っていないからあまり実感が湧かないのかも知れない。それくらいイゼルローン要塞奪取というのはインパクトがあったのだ。未だにマスコミの取り上げ方も要塞攻略戦の方が大きい。現在まで無事にアムリッツァを治めている事の方がすごい事なのに…。
「ロボス提督は戦いたがっている、と思うかね?」
「まあ要塞攻略戦の方がインパクトはありますからね。長年の攻略目標でしたから。それに比べるとアムリッツァ進駐は少し派手さに欠けるというのは否めません…とんでもなくすごい事なんですが、ロボス提督は自ら戦ってはいませんから、忸怩たる思いがあるのかもしれません…」
「そうか、やはり君もそう見るか…ところで、ここへは何しに来たのかね?高等参事官」
「…高等参事官、それです。この役職は何をすればいいのかと思いまして。前任者もいませんし、調べても何も資料がありません。それでこちらへ任務の内容を聞きに来た次第でして」
「何もしなくていいのだ。高等参事官という役職も、便宜上のものだ。無任所の准将など居ては困るからな」
…え?もう俺窓際なの?戦争しなくていいのはありがたいが、仕事がないのは困る…一応…。
「何もしなくていいと仰られても」
「困るかね?私も困っているのだ。誰も君を使いたがらない。それに君と居ると目立つしな」
え、ぇえ!?
「昨年の作戦の修正案を出したのが君とマスコミにばれただろう?あれはバレたのではない、トリューニヒト国防委員がリークしたのだ。そして君は今や同盟軍最年少の准将…。一週間ずれているとは言っても二階級特進の様な物だ。私は抑えたが、そのトリューニヒト氏から推薦があったのでは仕方がない。将官人事は国防委員会の専権事項だし、ましてや君は将官推薦者だ。そして今の政局はトリューニヒト氏を中心に回っているからな…結果として国防委員長も勝ち馬に乗った。ここまで聞けば分かるだろう?」
なんだ、俺は被害者じゃないか…。
「はあ、ひどい目にあっているというのは分かります」
「ひどい目に、か。確かにそうだな……話を戻すと、今、君より上位の者達は君を恐れている」
何故だ?なんかひどい事したか?確かに思いつきの作戦だった、だけどそれはこの先の同盟の惨状を知っているからだ。艦隊戦力はフル編成、ラインハルトはまだ台頭していない、同盟が帝国をどうこう出来るチャンスはこの時期を最後に無くなるんだよ…。イゼルローンを落としてアムリッツァを占領、占領政策もうまくいきつつあるし、功績のあった者はみな昇進、主戦派とか良識派とか気にせずウィンウィンじゃないか…。
「…何故でしょうか?」
「皆、自分が君を使いこなせないのではないか、と考えているのだ。考えてもみたまえ、今の状況を作り出したのは君なのだぞ、言わば同盟のヒーロー、英雄だ。その英雄から進言があった時、拒否できるかね?部下に居れば居たで成功すれば英雄のおかげと言われ、失敗すれば自分のせい…指揮官として、そんな部下を持ちたいと思うかね?」
うーん…。そんな部下がいたら俺は大歓迎なんだけどなあ…でも親父の言う事もごもっともな話だった。准将に昇進した後のマスコミの大攻勢は、帝国軍もたじろぐ程の勢いだった。
同盟最年少の将官、アッシュビーの再来…宇宙艦隊司令部入りを機に引っ越した官舎には連日インタビューのレポーター、TVではワイドショーの出演、特集番組…母親や妹まで大攻勢にさらされた。当然エリカとの交際も明らかにされ、彼女の実家は三ヶ月先まで予約で満杯に…。まあこの件はエリカの父親に喜ばれたが…。確かにこんな目立つ部下など誰も持ちたくないだろう。俺に注目が集まれば上司や部下までそれに巻き込まれてしまう。落ち着いて仕事など出来なくなるし。そっとしておきたい出来事も衆目にさらされてしまうのだ。休暇の後の自宅待機も、マスコミの熱を冷ます為の冷却期間の様なものだった。

 「…本部長は構わないのですか?そういう人間が部下にいても」
「構わんよ。私は責任を取る立場だからな。何かあっても辞めるだけで済む。君も含めてだが、君等が頑張ってくれたらずっとこの椅子に座っていられるし、そうじゃなければさっさと次の者に譲り渡すだけだ。そうではないかね?」
「…確かに仰る通りです」
確かに仰る通りだが、責任を取る立場だからって何もしなくていい訳じゃないだろう?
「不満かね??」
「そういう訳ではありませんが、その何と言いますか、今後の方針とか、軍部として何を為すべきか、とかいろいろあると思うのですが…」
「君が考えたまえ」
「は?」
「現在の情勢を作り出したのは君だ。私は君の思いつきを採用し実現させただけに過ぎない。君の考えた情勢の今後は君にしか分からないのだよ」
「それはそうですが…」
「君はまだ地位が足りない。君が何を考えたとしても、それを実行するには地位と権力が必要だ。私には地位と権力がある。君が考え、それを私が実行する」
「でも先程何もするな、と…」
「今は目立ってはダメだ、という意味だ。雌伏の時期、と言うべきかな」
「…何故それほどまでに小官を気遣っていただけるのですか?」
「君に才能があるからだよ。深い洞察力、帝国内の知識…私にはないものを君は持っている。私はヤン大佐がそうではないか、と思っていたが、彼は元々軍人志望ではない為に軍人という職業に対して一歩引いている面がある。潜在能力は素晴らしいと思うのだが…士官学校での評価が低い、そして実務能力に欠ける…エル・ファシルでの功績は認めていてもそれに納得しない者が多いのだ。だが君は違う。術科学校卒業後、エル・ファシル警備艦隊で功績を残し、脱出行にも参加、その後の将官推薦での士官学校入校、再度再編成ったEFSFで更に実績を残し、先日のイゼルローン要塞攻略作戦にて成功を修めた。トリューニヒト氏も君を買っている…まあトリューニヒト氏の事はともかく、アッシュビー提督の再来と言われる君の才幹に嘘偽りはない。君に賭けてみようと思うのだ」
「身体じゅうがこそばゆい感じがします」

 ここまで期待されると逆に怖い。既に俺の知っている銀河英雄伝説ではない。そうだよな、思いつきなんだもんな…。
「了解致しました。ですが本当に何もしない訳にはいかないと思うのですが」
「まあな。だが仕事は作り出せばよい。仕事をしているフリ、というやつだな。そしてその仕事にはスタッフがいる筈だ」
「…これは、と思う人材を集めよ、という事ですか」
「そうだ。私とていつまでもこの椅子に座って居られる訳ではない。その時に君と君のスタッフが軍の中枢に居れば、私は安心して辞められる。アッシュビー提督は同期生からなる七百三十年マフィアを結成した。それに似た物を作るのだ」
ふむ…前にもマイクに言われた事があったな、取り巻きが必要だろとかなんとか…。
「解りました。では人事面でご配慮いただけるという事ですね?」
「うむ。佐官、尉官の昇進、人事移動は統合作戦本部が行うからな。そうだ、君にも副官を付けなくてはな」
「ありがとうございます」
「人選はどうする?自分で選ぶかね?」
「お任せいたします。スタッフ選びに専念したいので」
「分かった、人事に相談するといい。スタッフのリストが出来たら持って来たまえ」
「はっ。では失礼します」
ふう…。君のスタッフ、マフィアか…。とりあえず部屋に戻ろう。

 さて…とりあえず人選だな。シトレ親父のやつ、なんだかんだヤンさんの事を気にかけてたな。確かに親父の言う通りなんだよな、ヤンさんは一歩引いている所がある。嫌々軍人になったんだから仕方ない事なのかもしれないけど…。でもやっぱり頑張ってもらいたいよなあ、主役なんだから…という事でまずはヤンさん、と…。キャゼさんは将官だから無理として…アッテンさんだろ、そしてラップさん…オットーとマイク、ああ、フォークとスールズカリッター、ワイドボーンも呼んでやるか。シェーンコップとかも呼びたいけれど、呼べるかな…っと、ドアを叩く音がする。
「統合作戦本部広報課、ローザス少尉、出頭致しました」
「……というか、呼んだ覚えはないんだが…」
「人事部より高等参事官の執務室へ行けと言われまして…違うのでしょうか?」
「いや、ちょっと待ってくれ、人事部に確認する」
…どこかで見たことがある…ローザス、ローザス……あ、もしもし?ウインチェスター准将ですが…はい、はい、ああ本部長から…了解いたしました、早速の手配ありがとうございます、はい、では…。
「私の副官に任命されたという事だが…聞いていないのかい?」
「いえ、ただ高等参事官の執務室に行けと言われまして…」
そうだ、外伝だ、ミリアム・ローザス…七百三十年マフィア、アルフレッド・ローザス退役元帥の孫娘…。
「そうか、人事部も乱暴だな…ようこそローザス少尉、ウインチェスターだ。これからよろしく」
「高名なウインチェスター准将の副官を務める事が出来るなんて望外の喜びであります。至らぬ点が多いと思いますが宜しくご指導お願い致します」
「はは、高名ね。とりあえずそこのデスクを使っていい。午後は身辺整理に使っていいから荷物があれば持ってきなさい」
「はっ。では作業にかかります」
外伝では同盟軍に入隊しているようには見えなかったけど、あの見た目で少尉という事は士官学校にの新卒者ってところかな…はいはい、電話、電話、っと…
”シトレだ。早速手配したが気に入ってもらえたかな”
「ありがとうございます。ローザス元帥のお孫さんですか」
”知っているのか?”
「いえ、直接は。名前からそうなのかなと。お孫さんがいるのは知っていましたから」
”そうだ、士官学校新卒で広報課に配属されたが出自が出自だ、軍の事より彼女自身に対しての問い合わせが多く寄せられる有様でな、広報課も扱いに困っていたそうだ。士官学校では戦略研究科にいたというから、能力的には君が困る様なことはないだろう”
「ありがとうございます…ですが本部長、小官の所にローザス元帥のお孫さんが居たら、結果的に目立つ事になりませんか?」
”仕方ない、ここですぐ動かせる者が他には居なかったのだ。まあ上手く使ってくれたまえ”
……。アッシュビーの再来の所にローザス元帥の孫娘か。絶対面白がっているに違いない。とりあえず昼食にしよう…。



同日12:15
自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、士官食堂、
ヤマト・ウィンチェスター

 このビルの士官食堂には場所柄的に将官専用のブースがある。自分の執務室に運ばせる事も出来るのだが、准将ごときがそんな事をしていたら白い目で見られてしまうのだ。准将といえば旅団長や分艦隊司令を務めるかなり偉い階級だが、このビルの中では将官自体が掃いて捨てる程居るから、俺の様なペーペーが従卒などつけてふんぞり返ってなどいられない。だから食堂で一人寂しくメシを食べるという訳だ。
しかしなあ、まさか女性士官が副官とはなあ。こんな事だったらエリカを副官にしてもらうんだった…職場では上司と副官、家では夫婦…これ程便利な事はないだろう。あ…でも夫婦喧嘩したら職場でも気まずい雰囲気になるな。お互い精神的な逃げ場もないしそれは困る……今日はオリエンタルコースにするか。

 今後ねえ…。どうなるかな、一度はアムリッツァを巡る戦いが起きるだろう。一度で済めばいいが、帝国軍だけではなく貴族共が押し寄せる事も考えられる。フェザーンだって何か仕掛けてくるだろう、現在は同盟が優勢、優勢になり過ぎない様に政治的なテロやらなんやら…帝国に加担する事も考えられるし、帝国同盟両方に何か仕掛ける事も考えられる…。ああめんどくさい…。昼休み終わったらリスト持って人事部に行くか…。



 
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