星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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疾走編
第三十六話 ダゴン星域の迎撃戦(前)
帝国暦482年8月20日04:00 ダゴン星域近傍(ティアマト方面)、銀河帝国軍、第四〇一任務艦隊
旗艦ノイエンドルフ ヒルデスハイム
「これがかの有名なダゴン星域か。貧相な所よの」
「ですが閣下、かつて我が帝国艦隊は、三倍の兵力を持ちながら叛徒共の艦隊に破れました。難所と側聞しております、この先は注意が必要かと愚考致します」
「ふむ、卿の忠告は尤もである。注意しよう」
…それくらいの事が分からん私ではない。全く軍人という輩は、一言余計なのだ。
コルプト、そしてカイザーリング…貴族の恥さらし共め。コルプトはブラウンシュヴァイク一門の名を汚し、カイザーリングは一門ではないが貴族らしからぬ商売に手を染めておったというではないか…それでも帝室の藩屏と言えるのか。全く嘆かわしい限りよ…。
8月20日04:00 第401任務艦隊 旗艦ノイエンドルフ
ファーレンハイト
何が卿の忠告は尤もである、だよ。大貴族のお守りは実入りはいいが下手すりゃ戦死確実だからな。お前の為に忠告してるんじゃない、自分の為にやってるんだよこっちは!
メルカッツ閣下の頼みとは云え、なんて艦隊だこの連中は…。編成もバラバラ、規律もとてもあったもんじゃない。ワインをこぼしただけで重営倉入りなんて聞いた事がないぜ、早くイゼルローンに帰りたいもんだ…。
宇宙暦791年8月20日19:00 ダゴン星域外縁部、自由惑星同盟軍、EFSF第二分艦隊 旗艦ベイリン
ヤマト・ウィンチェスター
ダゴン星域か…惑星を持たない恒星ダゴン。太陽風が吹き荒れ小惑星だらけの迷路の様な星域だ。
「センサーに感あり。星域中心部に恒星ダゴン以外の大質量を発見。微速度でこちらに近づきつつあります!」
「少佐、艦隊司令部に通報…」
シェルビー司令の言葉と同時に艦隊司令部より通信が入っています、という通信オペレータの声が飛び、正面スクリーンにピアーズ司令官が映る。
”シェルビー准将、そちらでも確認したか”
「はい。おそらく帝国艦隊かと思われます」
”だな。艦隊陣形は別命あるまで横陣を維持だ”
「了解致しました」
シェルビー司令の返事と共に通信は終了した。司令が俺を向いて軽く頷く。
「陣形維持を当艦の電算機管制とします」
座標維持を電算機管制モードにすると、旗艦の電算機が指揮下の各艦の動きをコントロールするようになる。戦闘時の陣形維持の為だ。各艦の座標、移動距離、移動速度を割り出して、自動で各艦に指令を出すシステムなのだが、万能じゃない。移動速度に関しては分艦隊の平均速度で示される為、各艦で微調整が必要になる。推進機関の能力が艦級によって違うからだ。その推進機関の出力も、スペック通りに出るとは限らないから、陣形の維持にはタイムラグが出る。タイムラグが少ないほど乗組員の練度は高いし、整備が良く行き届いている艦隊、という事になる。陣形の乱れ、という状況はここで発生する。戦闘が始まるとどのタイミングで指令が出て微調整を行うかが分からなくなるからだ。そして、旗艦の電算機の能力もこれに影響する。旗艦専用の大型戦艦があるのはこの為だ。千隻程度の分艦隊旗艦には大抵、指揮機能の能力強化を施されている標準戦艦が充てられる。正規艦隊になると分艦隊の規模も大きくなる為、分艦隊旗艦にも旗艦級大型戦艦が配備されたりする。指揮電算機の管制は司令部内務長のカヴァッリ大尉とそのスタッフに委ねられる。だから彼女達は大変な思いをする。長期戦になるとぶっ倒れる奴も出てくる…。
フォークがカヴァッリ少佐とそのスタッフ達の動きを興味深そうに見ている。今回に限り、司令の許可を得て見学させている。本格的に戦闘に突入したらそんな暇も無くなるから、今だけだが…。
あいつは本当に初陣だからな…。
「各艦、電算機管制に移行完了、ハウメアへの報告も完了しました」
「了解した。各艦に伝達、二一〇〇まで休息を許可する」
「はっ、伝えます」
「私も休む。君達も交代で休みたまえ」
「ありがとうございます」
司令がフォークを呼んで耳打ちしている、緊張をほぐそうというのだろう。フォークの肩をバチンと叩いて大声で笑いながら自室へ戻って行った。 そのフォークはため息をつくとこめかみをかきながら俺の方へ近付いて来た。
「少佐、こう言っては何ですが、待機の時間の方が長いのですね。戦闘配置の最中に休息時間を設けるとは想像していませんでした」
「人間は長時間の緊張には耐えられないからな。戦闘が始まってしまうと終わりが分からないから、休むなら今の内に、という訳だ。お前さんも休んでおいた方がいいぞ」
「いえ、大丈夫です」
「なんだ、まだ気にしているのか?…よし、俺なりの答えを教えてやろう」
参謀の役割は各カテゴリーで変わる。艦隊司令部の参謀なら、主に敵の意図、味方の状態や戦術運動に関する事を艦隊司令官に助言する。他人はこう考えていますよ、という事を司令官に知らせるのだ。
これが分艦隊の参謀になると、分艦隊単独で戦わない限り基本的には戦術面のフリーハンドは与えられないから、艦隊司令部から与えられた命令を正確に実行する為の助言をする事になる。艦隊司令官が何を考えているのか、それを実現する為には何が必要なのか…という事を主に考えねばならない。
「…という訳さ。シミュレーションでは見えてこない現実だよ」
「戦術行動ではなく、艦隊運用面に関するサポートがメインになる、という訳ですね」
「そうだ…と俺は考えているよ」
「得難い助言、ありがとうございます」
「助言という程の事でもないさ。お前さんは俺を越えるんだろう?慣れれば直ぐに判る様になるよ」
目を輝かせているフォークは正直見ていたくないけど、こいつには原作の様な末路をたどって欲しくないんだ…。
8月20日06:00 ダゴン星域中心部、銀河帝国軍、第四〇一任務艦隊 旗艦ノイエンドルフ
ヒルデスハイム
「ファーレンハイト少佐!戦わんのか!?」
「…は、閣下、どういう意味でしょうか」
「そのままの意味だ。敵が居るのは明白なのに戦わんのか、と聞いておるのだ!」
まったく、ブラウンシュヴァイク一門の名誉がかかっておるのだぞ!一門の重鎮たる私が、わざわざこんな所まで出向いている意味が分からんのか!
「確かに敵は居ます。判明している叛乱軍の戦力は四千隻で、我々は一万隻で確かに有利ですがここはダゴンです。叛乱軍にとっては栄光の地です。叛乱軍が包囲殲滅を企図しているかもしれません」
「包囲殲滅?叛乱軍にとっての栄光の地だと!?」
「はい。我が帝国と叛乱軍の最初の…」
「もういい!叛徒共にとって栄光の地と言うのなら、屈辱の地に塗り変えてやるだけだ!」
「ですが…」
「艦隊全速前進だ!」
「…はっ。全艦、全速前進!」
8月20日06:05 ダゴン星域中心部、自由惑星同盟軍、
EFSF旗艦ハウメア□EFSF司令部
「司令官、正面の帝国艦隊と思われる集団が動き出しました。高速です。敵との距離、約三百光秒」
「奴等、やる気満々の様だな。艦隊速度全速で後退だ」
「はっ…陣形を維持しつつ、全速で後退せよ!」
8月20日08:00 ダゴン星域 中心部、自由惑星同盟軍、EFSF第二分艦隊 旗艦ベイリン
ヤマト・ウィンチェスター
「少佐、どう思う?」
「どう思う、と申されますと…?」
「スクリーンの概略図を見ると、敵艦隊の陣形は乱れに乱れっぱなしだ。あまり練度の高い艦隊ではなさそうだな」
「はい、我々の後退に釣られて、艦列が無秩序に伸びきっている様です」
…本当にアニメの中だけの話じゃなかったんだな。多分、敵さんは貴族の艦隊で間違いないだろう。しかも大貴族だ。一万隻規模の艦隊を保持出来る貴族なんて、そうそういるもんじゃない。
「敵の先頭集団を叩くいい機会だと思うが」
「艦隊司令部に意見具申なさいますか」
「そうだな…いや、やめておこう。私が気付くくらいだ、艦隊司令部でもそう判断しているだろう。攻撃しないのは他に企図している事があるのかも知れんしな。少佐、分艦隊各艦に軽挙妄動するなと伝えてくれ」
「はっ…分艦隊各艦へ命令、再度各艦の状況知らせ!軽挙妄動を慎め!」
シェルビー准将は冷静だ。こんな時に艦隊司令部に意見具申なんてしたら艦隊司令官の能力を疑っている、って言っているようなもんだからな、具申しようとしたら止めなきゃならん所だったぜ…。
だけど、艦隊司令部はどう考えているのだろうか。敵があの有り様じゃ、確かに敵先頭を叩きたくもなる…烏合の衆です、って言ってる様なもんだからな…先頭を叩けば、敵はかさにかかって攻めてくるだろうとは思う。確かに好機なんだよな。
「第一分艦隊が前に出ます!」
フォークが叫ぶ。正面大スクリーンには艦隊の陣形概略図が映し出されている。本隊の左翼に展開していた第一分艦隊が直進して敵先頭の右翼正橫方向に進んでいる。
「艦隊司令部より命令、後退止め、全艦微速前進せよとの事です」
フォークが此方に向かって叫ぶ。彼は自分の立ち位置を理解したらしい。カヴァッリ少佐の内務班と我々の間の伝令の様な位置にいる。
「了解した。全艦に指示を送れ」
「はっ」
そうやって自分の居場所を作るんだ、フォーク。頑張れよ。
「少佐、敵が間抜けなら第一分艦隊に舳先を向けるだろうが、敵もそこまで馬鹿の集まりというわけではあるまいし…敵の先頭集団はどれくらいの数だ?」
「はっ、敵の先頭は…概算で千から千五百ぐらいではないかと思われます」
司令の質問に答えている間にも状況が変わっていく。第一分艦隊は横隊に展開しつつ右回頭して、敵の蛇の様になった陣形の右方向から攻撃を始めた。
「あのまま攻撃が成功すれば、頭と胴体を切断する事が出来るな。少佐、艦隊司令部はこの後どうすると思うかね?」
准将は右手で顎を撫でながら大スクリーンを注視している。
「切り離された先頭集団がそのまま此方に向かってくると厄介ですが、後退から前進に切り替えたとすると…敵艦隊の練度が余りにも低そうなのでこの辺りで足止めを図るのではないかと」
「だろうな。では次は我々の出番かな?」
「先に本隊が前進して切り離した敵の先頭に攻撃を開始するのではないか、と推測します。同時に第一分艦隊を後退させて、本隊に合流させるのではないかと」
「では我々の出番は当分無いな。分艦隊全艦に通達、即時待機とせよ」
「了解いたしました…全艦即時待機とせよ!」
命令を出してしばらくすると、食堂当番兵がワゴンテーブルを第一艦橋に運んできた。第一だけではなく、第二、第三艦橋にも同じ様にワゴンテーブルが運び込まれている。ワゴンの卓上にはサンドイッチの山盛りとピクルス…飲物はコーヒーのポットが置かれていた。当番兵が人数分のカップにコーヒーを注ぎ始める。
「気が利くな。ありがとう」
「調理員長からの指示でお持ちしました。戦闘配食じゃ皆やる気も出ないだろうと」
にっこり笑って当番兵が下がっていく。中々可愛い子だったな、エリカは今頃どうしているやら…。
8月20日08:30 ダゴン星域中心部、銀河帝国軍、第四〇一任務艦隊 旗艦ノイエンドルフ
ファーレンハイト
「先頭集団二時方向に敵艦隊、高速で接近!高熱源多数!」
「我が方も攻撃開始だ!撃て!」
オペレーターの報告にヒルデスハイム伯が反応する。
敵の意図は明らかだ、艦列の伸びきった我が方の艦隊の頭を切り離そうとしている。先頭集団は右に回頭しつつ横陣形に、中央部も敵方向に回頭、後部は三時方向に大きくスライドして横陣形を完成させた後、前進して敵小集団の後輩に回り込む…と行きたい所だが、敵小集団の後方に位置する敵本隊の存在が厄介だ。先頭集団は分断された体でそのまま前進して敵本隊と対峙した方がいいだろう。先頭集団が敵本隊を足止めしている間に、中央部と後部は包囲に専念出来る…。
「敵は少数ではないか。全艦で包囲殲滅せよ!」
…何だって!?そんな事したら…
「閣下、それはいけません、先頭はそのまま進ませるべきです」
「なんだと?」
「全艦で包囲してしまいますと、敵の本隊が急進して味方の先頭集団および中央の後背を衝く恐れがあります。先頭集団は包囲の輪に加えずにそのまま進ませた方がよいかと愚考する次第であります」
「もうよい」
「は…?」
「もうよいと申したのだ!卿の指図は受けぬ。参謀の役目を解く」
「何ですと」
「何度言わせるのだ、参謀の任を解くと申したのだ…全艦で包囲だ、敵の小集団を包囲せよ!」
「…下艦許可を頂きたく存じます。此処にいても閣下のお心を煩わせるだけでしょうから」
「…好きにしろ。連絡艇を使ってよいぞ」
「ありがとうございます」
…任務を解かれたんじゃ仕方ない、が…後味悪いぜ全く…。
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