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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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疾走編
  第三十五話 新任参謀アンドリュー・フォーク

宇宙暦791年8月15日12:00 エル・ファシル星系 エル・ファシル、EFSF第二分艦隊 旗艦ベイリン ヤマト・ウィンチェスター

 今日の昼ゴハンは何にするかな…。植物性蛋白(グルテン)のカツレツは飽き気味だし…パスタにするか。母国由来のナポリタンはあるかな…っと…あったあった。
「ご一緒よろしいですか、少佐」
「おう。(ここ)には慣れたかい、フォーク中尉」
俺に声をかけて来たのはアンドリュー・フォークだった。統合作戦本部作戦情報科に在籍していたのを、キャゼルヌ大佐のツテでこっちに引き抜いたんだ。本人は宇宙艦隊司令部希望だったらしいが、それが通らなかった様でくすぶっていたらしい。中尉風情がくすぶっているなんて何を言ってやがる、とも思うけど、希望の職種に行けないというのは確かに気分が乗らないもんだ。
「いい(ふね)ですね、ここは。私の様な新米中尉でも気後れする事なく働ける雰囲気がありますよ」
「気後れする事なく、か。そんな事言っていたら、俺を抜くなんて何年先になるか分からんぞ?」
「確かに。でも、ここに来て先輩の凄さが分かりましたよ。もう何十年も参謀をやってらっしゃるように見えます」
軍歴はともかく何十年というのは間違ってないぞ。間違ってはないけど今の年齢、軍歴、経験に比して階級が釣り合ってない。俺が少佐?オットーやマイクには悪いが何かの笑い話しか思えない。
士官学校出身で俺の年齢だと、まだフォークと同じ中尉だろう。中尉という階級は、兵上がりなら無事に軍歴を勤めあげてやっと昇れる階級だが、士官学校出身者、要するに資格保有者にとって通過点の一つでしかない。軍組織が巨大であればあるほど、ありふれた存在だ。士官学校出身者にとっては、中尉昇進後からが本番と言っても過言ではない。だけど、俺はもう少佐だし、九月には中佐だ。将官推薦というチート級アドバンテージはあるものの、本来ならこの時期はまだ大尉な筈だった。将官推薦者は士官学校卒業後一年目にある定期昇進がない。将官推薦者の定期昇進は二年目らしく、今年の九月というわけだ。それでも自力で少佐に昇進したものは定期昇進はない筈だから、俺の様に定期昇進と同日付で中佐になる、というのは異例中の異例らしい。経験はともかく、ヤマト・ウィンチェスターとしての中身は変わらないのに階級だけがあがっていく。国防委員長と委員会が俺を好意的に見てくれているのか、何かの際のスケープゴートにしようとしているのか…。
「与えられた任務を疎かにしていないだけさ」
「当たり前の事を当たり前にこなすのは、とても難しいと思いますが…」
「確かにな」
「私もそうなりたいものです」


”分艦隊司令部要員集合、作戦室”


 ああもう、まだ一口しか食べてないのに…テイクアウトしよう…。
「ほれ、行くぞ」
「は、はい」





8月15日12:15 EFSF第二分艦隊 旗艦ベイリン アンドリュー・フォーク

 「昼メシ時に皆済まんな、楽にしてくれ」
作戦室に分艦隊司令部が集合した。分艦隊司令シェルビー准将、主任参謀イエイツ中佐、次席にウィンチェスター少佐。私と同じ新任のウェッブ大尉、引き続き司令部内務長のカヴァッリ少佐、そして私だ。
司令の言葉と同時にウィンチェスター少佐が昼食を食べ出した。中佐も同じ様にコーヒーを注ぎ出す。それについて司令は特段何も気にしていない様だった。彼も昼食を広げている。
最初はこの光景に唖然としたものだ。とてもじゃないが統合作戦本部ビル内でこんな風景は見られない。ウェッブ大尉も驚いたと言っていた。大尉は第四艦隊から転属して来た人で、奥方の実家がエル・ファシルにあるという。
『だからEFSFには感謝ひとしおさ。ヤン中佐やウィンチェスター少佐のおかげで俺の家族や妻の実家も助かったんだよ』と常々言っている。
「第一分艦隊所属の哨戒隊が、イゼルローン前哨宙域で消息を絶った。帝国艦隊と遭遇した様だ」
重大な出来事だと思うのだが、誰も手を止めない。
「閣下、敵艦隊の規模は分かっているのですか」
「敵は八千から一万隻程度という事らしい。既にピアーズ司令官はハイネセンに救援要請を行われた。我々も明日出港する。出港準備にかかってくれ」
中佐がポータブルPCを開く。イエイツ中佐は主任参謀ではあるものの補給面を担当しているから、艦隊運用や作戦面の補佐はウィンチェスター少佐に一任している様だった。敵艦隊の規模や出港準備という言葉を聞いても司令部内務長のカヴァッリ少佐以外は誰も動かない。中佐のキーボードを叩く音と普段と変わらない会話だけが続く。
「少佐、帝国の意図は何だと思うね」
「先日の復仇ではないでしょうか。カイザーリング艦隊をうちが叩きのめしたので、その仇討ちかと小官は推測致します。敵艦隊の出現以前には何らかの兆候はあったのでしょうか?」
「哨戒隊はイゼルローン回廊入口まで哨戒を行っていた。帝国は通常の訓練行動と回廊哨戒しか行っていなかったそうだ」
「ではやはり仇討ちでしょう。あちらには戦意には不足しない大貴族がひしめいています」
「だがカイザーリングは大貴族ではないのだろう?大貴族、門閥貴族が仇討ちなどするかね?」
「貴族の恥、と考える連中がいるのかもしれません。まあこれは推測ですので。引き続きこれも推測ですが現れた艦隊が帝国の正規艦隊だった場合はかなり厄介だと思われます」
「何故かね?」
「正規の命令系統に属する艦隊だった場合、一個艦隊では攻め寄せないと思われますので」
「確かにそうだな」
「ピアーズ司令官はどの程度の援軍を要請なさったのでしょうか?」
「二個艦隊と聞いている。まあ、妥当な数だろう」
「ですね」
重要な会話が淡々と続いている。二個艦隊もの援軍を要請したのは驚きだった。エル・ファシル陥落の件以来、同盟の防衛体制に変化が現れ始めた。ジャムジードに正規艦隊が駐留するようになったのだ。各正規艦隊が半年交代で駐留する。そしてその駐留する艦隊が来援するのだ。任官以来初めての大規模戦闘になるのは間違いない。高揚する自分がいる、が、抑えねばならない。私と同じ様に大きく息を吸い込むのはウェッブ大尉だった。
しかし少佐は帝国の内情にも詳しそうだ。前にバルクマン先輩が言っていた。『あいつは何でも知っている』と…重用されるのも頷ける。シェルビー准将はビュコック提督に頼み込んで少佐を自分のスタッフにしたそうだ…。
その後も二、三の日常的な会話が続いて、昼食を兼ねた様な会議は散会となった。シェルビー司令とイエイツ中佐か作戦室を出ても少佐は席を立とうとしなかった。何か、考え込んでいる。
「少佐、よろしいですか」
「何だい?もう別れてもいいんだぞ。出港準備だし」
「いえ、敵艦隊出現となっても皆落ち着かれているなあと思いまして」
「内心ヒヤヒヤさ。司令部があたふたしてもしょうがないからね。俺達が焦ってみろ、兵達が動揺する」
「確かにそうですね…戦闘の推移はどうなると思われますか?」
「うーん。お前ならどうする?」
「…味方は敵の半数です。敵の一部の突出を誘って逆撃を狙い、敵戦力の暫減を図ります」
「それがフォーク参謀の答えなら…正解だが三十五点」
「は…三十五点、ですか?」
「三十点でもいい」
「…理由をお聞かせ願えますか?」
「理由か。始まれば分かるよ。さ、出港準備だ」
三十五点…三十点。何故だ?




8月19日19:00 ダゴン星域外縁、自由惑星同盟軍、EFSF旗艦ハウメア アイザック・ピアーズ

 「新体制になってからの初めての大規模戦闘だ。二人とも宜しく頼む」

”心得ております、司令官閣下”

”小官も初陣の心持であります。こちらこそ宜しくお願い致します”

「貴官に司令官閣下と呼ばれるのは未だにこそばゆいな、マクガードゥル准将」

”同期とは云え、おいピアーズ、と言う訳にもいかんだろう?…何なりとご命令を”


「はは、そうだな。では本題に入ろう。現在、帝国艦隊と思われる集団はティアマトからこのダゴン星域に向かいつつある。我が方所属の第一〇四哨戒隊、第一〇六哨戒隊からの報告では、アルレスハイム、ヴァンフリートには敵影と思われる集団は無し、だ。よって同盟領域に侵入した敵と思われる集団は、このダゴンに向かいつつある集団だけだと判断する。異論はあるか?」

”ありません”

”小官もありません”

「よし。既にジャムジード駐留の第三、第五艦隊がこちらに急行中だ。よって我が艦隊の方針を戦線の維持とする。異論はあるか?」

”ありません”

”ありません”

「よし、ビュコック親父に無様な所を見られん様にしようか。全艦、戦闘準備」





8月19日19:05 ダゴン星域外縁、自由惑星同盟軍 EFSF第二分艦隊 旗艦ベイリン
アンドリュー・フォーク

 「少佐、戦闘準備だ」
「はっ。第二分艦隊、全艦戦闘準備!」

”総員、戦闘配置。繰り返す、総員、戦闘配置”

 艦内に戦闘配置が下令される。艦橋の要員が走り回る。いよいよか。

「司令、第二分艦隊戦闘準備よろしい」
「了解。横陣形とせよ」
「はっ。全艦、所定の座標に従い横陣形をとれ!」
「少佐、以後は別命あるまで現位置で待機、だ」
「了解しました。全艦、所定座標移動後は別命あるまで待機。待機中は戦闘配置を維持しつつ各艦所定とする」
…拡声マイク越しにウィンチェスター少佐の声が響く。今の私は少佐の予備の予備でしかない。三十五点…勉強させてもらおうか。
「…フォーク参謀、三十五点の意味は分かったかい」
「…今回の我々の任務は敵艦隊の撃滅ではない、よって戦線維持、という事でしょうか」
「三十五点」
「…え?」
「それは司令官の方針から導きだされた答えだろ?そうじゃないんだ。艦隊司令官の参謀と、分艦隊の参謀では助言の内容が違うんだ」
「そういうものなのですか」
「まあ、俺はこういうやり方しか出来ない、ってだけで、お前さんの方が正しいのかも知れないけどな。だから正解は正解なんだよ。三十五点って言うのは俺のやり方なら、って事だ。だから点数は気にしなくていいよ…君は優秀だ、だけど、今は学ぶ時期だと思った方がいい。取捨選択、それから自分の色を出せばいい」
なるほど…。彼とは二つしか違わないが、これが経験の差か。反論すら出来ない。私が言うのも何だが、青二才の様な年齢なのに平然と参謀の役目をこなしている。アッシュビーの再来…。本当にそうなのか…。

 
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