星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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疾走編
第三十七話 ダゴン星域の迎撃戦(後)
宇宙暦791年8月21日09:00 ダゴン星域中心部、自由惑星同盟軍、EFSF第二分艦隊 旗艦ベイリン
ヤマト・ウィンチェスター
敵艦隊の行動は稚拙だった。切り離されそうとしている先頭集団までが、こちらの第一分艦隊の包囲に加わろうとしている。
「敵先頭集団、回頭しつつあります」
フォークが叫ぶ。叫ばなくともスクリーンに映し出されてはいるのだが、叫ばずにはいられないのだろう。
彼にとってはある意味この場に居るのも不本意なのかもしれない。
「奴等、馬鹿か」
シェルビー准将が呆れた様な声を出した。
「本隊が急速前進します!」
なるほど、回頭した敵先頭集団の背中を叩こうという事か。第一分艦隊は…包囲を避けようとして後退を始めたな…あのまま本隊に合流出来れば、帝国艦隊は怒り心頭だろうな。となるとうちらの役目は…。
「司令、出番が近づきつつあるようです」
「そうだな。本隊の右翼に前進して攻撃に加わるか…いや、拙いな。そのつもりならとっくに前進命令が出ていてもおかしくはない。それに我が方もこのまま攻撃を続行出来る訳ではない…」
「司令、三時方向の小惑星帯に紛れてみてはどうでしょう。今ならそれほど注意を引かずに移動できますが。本隊とは距離が離れてしまいますが、本隊の後退に乗じて、敵の側面なり後背なりに一撃を食らわせて、遊撃隊として敵の足止めを図れると思うのですが」
「ほう。それなら敵は本隊を追うか、我々に対するか判断に迷うな」
「危なくなったら本当に小惑星帯に紛れて逃げ…転進すればいいのですから」
「了解した、艦隊司令部へ意見具申だ」
俺が目配せすると、フォークとウェッブ大尉が動き出した。ウェッブ大尉の走り書きのメモをフォークがカヴァッリ少佐に手渡す。カヴァッリ大尉がそれを暗号電文に変えて艦隊司令部に送信する。数分すると、正面大スクリーンにピアーズ司令官の顔が映し出された。
”意図は了解した。だが、本隊からの支援が受けられなくなるぞ?貴官の能力を疑う訳ではないが…やれるか?“
「最悪の場合はそのまま小惑星帯に紛れて逃げますので大事ありません。敵の練度が低いのが救いです、引っかき回してやりましょう」
“はは、そうだな。だが、無理はするなよ。健闘を祈る”
大スクリーンからピアーズ司令官の姿が消えると同時に、シェルビー司令が大きく手を鳴らす。さて、いよいよか。
「命令、全艦、三時方向の小惑星帯に移動、敵艦隊をやり過ごす。小惑星帯に紛れ混んだ後は即時待機だ」
「はっ!…全艦、三時方向に右九十度回頭後、小惑星帯に移動せよ!」
…本当に敵が烏合の衆で助かったぜ…。
帝国暦482年8月22日06:00 イゼルローン回廊、銀河帝国軍、イゼルローン要塞
クライスト
ええい、朝から何だと言うのだ!今日は休日日課だというのに!
「何かあったのか」
“お休みの所を申し訳ありません、第五一七任務艦隊および第五一九、五二〇任務艦隊が回廊内に入りました。入港許可を求めています”
第五一七…五一九…五二〇…確か、フレーゲル男爵、シャイド男爵とシュッツラー子爵の艦隊だったな。まさか…ヒルデスハイム伯爵が呼んだのか?それとも勝手に来たのか?…どちらも有り得るから始末に負えん…。
“如何なさいますか…?”
「入港させん訳にもいくまい。艦隊規模の小さな方から入港させろ」
“了解致しました”
こんな時でもヴァルテンベルグはのうのうと寝ておるのだろうな…仕方ない、起こしてやるとするか…。
“卿に俺を起こす習慣があったか?”
「やはりまだ報せは行っておらなんだか。第五一七、五一九、五二〇任務艦隊がイゼルローン回廊に入ったぞ。これから入港だ」
“…要塞司令官の卿はともかく、俺には関係ないだろう?”
「そうもいくまい。大貴族の機嫌を損ねると後が面倒だぞ…一応報せたからな、後で聞いておらんとか言うなよ」
…くそっ!勝手にTV電話を切るな!こっちは宿主だぞ!人の好意を迷惑そうに…どら息子どもめ!…しかし、ヴァルテンベルグはともかく、軍三長官の何れからも連絡は無かった…理由を訊ねるべきか否か…まったく何て朝だ!
宇宙暦791年8月26日08:00 ダゴン星域外縁部(同盟側)、自由惑星同盟軍、
EFSF第二分艦隊旗艦ベイリン ヤマト・ウィンチェスター
敵に妙な知恵をつけてしまったようだ。
本隊と第一分艦隊に呼応して、三度ばかり敵艦隊の側面を叩いた。敵先頭集団を半包囲して痛撃を与えたのち、本隊集団が後退。追いすがる敵艦隊の左側面を、俺の所属する第二分艦隊が小惑星帯から飛び出して攻撃。こちらの本隊集団と第二分艦隊、そのどちらを追うか右往左往している敵を尻目に更に本隊集団は後退。第二分艦隊も小惑星帯に急速後退。これを繰り返していたら敵艦隊はこちらを追うのを止めてしまった。
こうなってしまうと小惑星帯に隠れていても仕方ないので、第二分艦隊も本隊集団に再度合流した。今はダゴン星域外縁部で敵艦隊と対峙している。概算で三千隻程の損害を与えたのではないかと思う。だけど、こちらも千隻近い被害が出ている。布陣自体は有利に戦えているものの敵が出鱈目に撃って来るので、狙点が被って敵主砲の集中射を浴びる艦が意外に多かった事と、これまた敵艦の強引な突撃に巻き込まれて誘爆する艦が多かった為だ。それに流石に三度目の攻撃の時には敵も多少統制の取れた動きを見せていた。
「素人同然とはいえ、数が多いからな」
シェルビー司令も驚いていた。
「烏合の衆とはもう言えませんね、敵に戦度胸をつけてしまった様です」
「その様だな。敵を鍛えてしまった、という訳だ。しかし…まったく動かないのも妙だな」
「もしや、増援を呼んだのでは」
「…有り得るな。少佐、もしそうならどの程度の増援を呼んだと思うかね」
動きは素人臭くて、アニメ通りなら明らかに貴族の艦隊だ。しかし規模は一万隻…よほどの大貴族には違いない。大貴族ならブラウンシュヴァイク一門かリッテンハイム一門の誰かだろう。そうなら軍に働きかけるのは容易だろう。だが門閥貴族としてはあまり軍に借りを作りたくはない筈だ。となると呼ぶのは貴族の艦隊か…?
だが軍としてもまったく助けない訳にもいかないだろうから、申し訳が立つ程度には正規軍の艦隊も出てくるだろう…これは厄介だぞ…。
「少なく見積もって一万隻程度の増援があるのではないかと」
「一万隻だと?帝国の正規艦隊クラスではないか」
「対峙している敵艦隊はおそらく貴族の艦隊です。貴族は原則論が当てはまりませんし、帝国の正規軍も貴族だけには任せきりにはしないでしょう。最悪貴族の艦隊と正規艦隊が別々に現れる可能性があります」
「そういう事か…しかし君は帝国の内情に詳しそうだな」
「いえ、そんな事は…」
「カイザーリング氏を降した時もそうだった…まあいい、我々にも増援が来る。君の推察が正しければ、それまで現状維持だろうな」
「ですね」
8月27日12:00 ダゴン星域外縁部(同盟側)、銀河帝国軍、第四〇一任務艦隊 旗艦ノイエンドルフ
ヒルデスハイム
おのれファーレンハイトめ…私を補佐する役目を捨てて逃げおって…本当に解任する筈がないではないか!!……まあいい、呼びたくはなかったが、増援が来ればこちらは我々を含めて二万隻を越えるのだ。さすればダゴンを抜き、叛徒共に懲罰を与え、意気揚々と凱旋出来るというものだ。帝国を担うのは軍人共ではなく我等門閥貴族の役目という事を知らしめねばならぬ。それを思えば数日の我慢などどうという事はない…。
「ティアマト方向より味方と思われる艦隊が現れました!約…二万隻を越えます!」
おお、来たか!…だが数が多いな…フレーゲルが八千、シャイドとシュッツラーがそれぞれ五千ほどだった筈だが…。
「オペレーター、正確な数が分かり次第知らせろ」
「了解致しました!………二万四千隻です」
誰かは判らぬが有難い事だ。
「フレーゲル、シャイド、シュッツラーが来ているのは判っている。オペレーター、残りは誰か判るか?」
「はっ……識別反応は…ネルトリンゲン、第二十任務艦隊…メルカッツ艦隊です!」
メルカッツだと?なぜ奴が来ているのだ?
「メルカッツ提督より映像通信が入っております、正面スクリーンに回します」
“ご機嫌麗しゅう存じます、ヒルデスハイム伯爵”
「久方ぶりだな、メルカッツ提督。卿を呼んだ覚えはないが」
“小官の任務はイゼルローン回廊の警戒任務でございます。この場に小官が居るのは至極当たり前ではないかと愚考致しますが…”
「そ、そうであったな。だが私が呼んだのはフレーゲル男爵、シャイド男爵、シュッツラー子爵の艦隊なのだが。それにイゼルローン回廊の警戒というのなら、ここは叛徒共の領域だ、卿が居るのはおかしいではないか」
“おかしくはありません。軍務省から出撃の許可は得ておられますか?皆様方の出撃は統帥本部のあずかり知る所ではありません。出兵計画にない私的な出撃は慎んで貰わねばなりません。小官の任務には私的に出撃した艦隊の召還、制止の任も含まれております”
「許可を得ていないのは謝らねばなるまいな、されどこのまま退く訳にもいかんだろう、叛徒共にやられっぱなしではな」
“その辺りの事情は小官も存じております。軍務尚書および統帥本部長、ならびにブラウンシュヴァイク公の親書と宇宙艦隊司令長官からの命令も頂いております。”
「…どのような命令だ?」
“読み上げます…『宇宙艦隊司令長官代理としてヒルデスハイム中将、フレーゲル少将、シャイド少将、シュッツラー准将を統帥せよ。共和主義者を僭称する叛徒共に神聖不可侵なる銀河帝国皇帝、フリードリヒ四世の名を以て懲罰を与えよ。宛、銀河帝国軍少将、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ殿。発、宇宙艦隊司令長官、帝国軍元帥、グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー』以上です”
「…了解した」
“まもなくそちらに合流出来ると思いますので、合流後直ちに艦隊の再編を行います。では”
地味な初老の男の敬礼と共に映像通信は切れた。我々がメルカッツの指揮下で動くだと?そんなバカな話があるか!
「フレーゲル艦隊より映像通信が入っております。正面スクリーンに…」
「自室で受ける!」
“息災でなりよりです、ヒルデスハイム伯”
「…迷惑をかけた様で済まぬ事をした…この通りだ」
“顔をお上げください、伯。伯父上も一時はお怒りでしたが、この威容です、勝利は間違いありません。お喜びになるでしょう”
「しかし、わざわざ皇帝陛下の名を出さずとも…なんと畏れ多い事か」
“我々に面子がある様に、軍にも体面があるのですよ。メルカッツの指揮?そんなもの、いい返事さえしておれば宜しいのです”
「…豪気だな、卿は」
“なんと弱気な、伯らしくもない。たかが辺境守備の一少将と、我等四人と、どちらが重きを成すか自明の理ではありませんか。勝てばよいのです、勝てば。共に戦える事を嬉しく思いますよ、では後ほど”
…確かに、勝てばよいのだ!我等と援軍を合わせれば三万一千隻、これ程の大軍なら負ける方がおかしい!
公には迷惑をかけてしまったが、勝てば全てが報われよう!
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