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SECOND

作者:灰文鳥
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第一部
第三章
  第二十三話『遺譲』

 静沼中一年生のその教室の中でそれは起こった。どんな問題でも解決してくれるという、魔法少女になるという究極の逃げ道を得た直は、とてつもないまでの勇気を持つ事が出来た。休み時間になり、直に今まで通りの嫌がらせをしに来た三人の女子に対し直は敢然と立ち向かっていった。いつもの直との様子の違いに二人は怯んだが、いじめの中心人物はそうはいかせないとばかりに虚勢を張った。
女子 「何だその生意気な態度はよう!」
 その女子は直の胸倉を掴むと突くように押し付けた。すると直はその腕の肘の部分を両手で掴み、そこを強く下に引きながら思いっきり相手の顔面に頭突きをしてのけた。
 〝バチッ!〟
 何か嫌な音と共に頭突きを顔面に受けた女子はもんどり打って後ろに倒れ、顔を両手で押さえ込んで動かなくなった。教室内は一瞬の静寂の後、騒然となった。二人の女子に抱えられその倒れていた女子は保健室へと連れられて行った。
 その日、直に仕返しなどがされる事は無かった。その次の日も、そのまた次の日も、毅然とした態度の直には誰も嫌がらせをしては来なかった。
 直は下校中に詠を見つけると、その事を報告しに行った。
直  「詠さん!」
詠  「あら、直じゃない。なんだか嬉しそうね、いい事でもあった。」
直  「はい!詠さん。私、いじめを克服出来ちゃったみたいなんです。」
詠  「そう…」
 詠は直が自分では出来なかった事をやってのけた事に感心と感慨を覚え、心からの祝福を贈った。
詠  「よかったわね、直。」
直  「はい!有り難う御座います詠さん。」
 詠は直を近くのファストフード店に誘った。そして暫しの閑談の後、詠は言うべき事を告げる。
詠  「直、あなたの問題が解決されたのなら、もうあなたは魔法少女になんかなる必要はありませんよね。」
直  「えっええ。でも私、魔法少女になるっていう後ろ盾があったからそう出来たってだけで、もしそれが無かったら絶対に何も出来なかっただろうし…だっ、だから…その…私、魔法少女になってもいいかなって…」
詠  「直、はっきり言っておくわね。この間一緒にいた翠って子が言っていたように、魔法少女って全く甘くはないものなの。ほんの御礼代わりになってやろうなんてものではないのよ。」
直  「私そんな軽い思いで…」
 詠は直を手で制す。
詠  「そうなのでしょうね。でもね、たとえ命を救って貰ったお礼だとしても、なるべきものではないのよ。」
直  「じゃあ、詠さんはどんな理由でなったんですか…」
詠  「私はね…今にして敢えて言うなら、贖罪としてなったって事なのね。とても罪深い者なのよ、私って…」
 詠は目を伏せた。その悲しげな顔は直を従順にさせた。
直  「そうですか。詠さん…分かりました、私魔法少女にはなりません。」
詠  「それがいいわ。」
 詠は敢えて直に記憶が消される事を言わなかった。その事を言えば直は魔法少女にならないという決心を変えてしまいかねないと思ったからだ。そして早々にキュゥべえに直の記憶を消すように頼もうと考えていた。

  ♢

 その夜、いつもの公園に魔獣狩りをすべく翠と詠と詩織が集まっていた。
翠  「詩織…今日は出来るだけあなた一人で魔獣と戦ってみて欲しいんだけど…」
詩織 「うん、やれるだけやってみるね。」
翠  「無理は絶対に駄目だよ。」
詩織 「分かってるよ。あんまり過保護にしないでよね、私が成長出来なくなっちゃうでしょ。」
翠  「うん…」
 三人は魔獣空間へと入って行った。
 魔獣空間の中に特に変わった点は見受けられなかった。通常サイズの魔獣達が散見されるだけで、全く危険を感じる事は無かった。翠と詠がすべき支援は、せいぜい詩織が囲まれないようにすることぐらいだった。その余裕ある戦いに、詠が翠に話し掛けて来た。
詠  「ねえ、翠。私最近キュゥべえに会えないんだけれど、あなたはキュゥべえに会ってる?」
翠  「いいえ。でもそう言われると、私もここのところキュゥべえは見掛けてませんね。何か用でもあるんですか?」
詠  「ええ、ちょっとね…」
 ふとここで詠はキュゥべえの言葉を思い出した。あの〝翠は使い捨て〟というキュゥべえの言葉を。詠はそれを翠に伝えるべきかで迷い、言葉を詰まらせた。そして翠がその何か言いたげな詠の様子に気を取られた僅かな隙にそれは起こった。
詩織 「きゃー!」
 詩織の悲鳴に二人が振り向くと、魔獣にはたかれた詩織が地面に叩き付けられている所だった。
翠  「詩織!」
 翠は即座に反応して飛び出し、空中で詩織を打ったと思われる魔獣に矢を叩き込んでそれを倒すと、そのまま周囲の魔獣を殲滅してしまった。
 詠に抱えられた詩織の許に翠がやって来ると、詩織は少し照れたように言った。
詩織 「ハハハ、カッコ悪いね。」
 詩織は命に別条はないようだったが、片足と片腕が骨折してあらぬ方へと曲がっていた。その姿を見た翠が険しい表情だったので、詠は翠が詩織のミスを怒っていると思い取り繕いに行った。
詠  「ふふ、そうね。でもミスは誰にでもあることだわ。それに私達は生き残れればミスとは言えないくらいだからね。」
 だが翠は相変わらず険しい顔をして詩織を見下ろしていた。
詠  「あのさ…翠…」
翠  「出来る気がする…」
詠  「へっ?」
 唐突の翠の発言に詠も詩織も意味が分からなかった。しかしそんな二人にはお構いなしに翠は詩織の許へしゃがみ込むと、ちらりと詩織に目配せして言った。
翠  「少し痛いかも…」
詩織 「えっ?」
詠  「なっ、何…」
 翠は詩織の折れた足を掴むとそれを引っ張って正した。
詩織 「やっ、痛い!」
詠  「何、何なの?翠!止めて!」
 だが翠は止めず、左手で足を掴んだまま右手をその折れた部分にかざした。二人は翠にかざされた骨折箇所から柔らかな光のようなものが発せられているように感じた。そしてそれはすぐに終わった。
詠  「今の何だったの、翠…」
 その詠の疑問には詩織が答えた。
詩織 「…治ってる。私の足、治ってるよ…」
 そう言って詩織は今まで折れていた足を動かして見せた。
詠  「えっ、翠ってこんな事出来たの?」
 だが翠自身も不思議そうにその自分の手を見ながら言った。
翠  「分からない…でも出来る。」
 そして翠は続けて詩織の折れた腕を取った。治療だと分かっていても、さっきの痛みの経験もあって詩織はビクッとした。翠は同じように手をかざしそれを治した。
詩織 「あっ、ありがとう、翠…」
 詩織は治った箇所を確かめるように動かしながら少しぎこちなく言った。詠は以前にキュゥべえの言っていた〝翠は自分の力を理解出来ていない〟という話を思い出した。
詠  「翠…今のはあなたが元々持っていたその力に目覚めたって事なの?」
翠  「…いえ、違うと思う…これは多分陽子の力だから…」
詠  「陽子って、あの?」
キュゥべえ「へー、陽子から能力を遺譲されていたとはね。しかし翠、君が治癒能力を持つだなんて、正に鬼に金棒だね。」
 突然のキュゥべえの登場に三人は驚いた。
詠  「キュゥべえ、あなた今まで…」
翠  「遺譲って、どういう事?」
 詠の発言を遮って翠は質問をした。キュゥべえは翠に答える。
キュゥべえ「遺譲っていうのはね、極希に起こる現象でね、円環の理に帰そうとする魔法少女がその能力を別の魔法少女に譲り渡す事をそう呼んでいるんだよ。」
翠  「魔法少女の能力の譲渡は可能なの?」
キュゥべえ「普通は無理さ。でもまあ、その方法が全く無い訳じゃないけどね。」
 翠は考え込むように黙った。その隙を突くように詠はキュゥべえに言った。
詠  「キュゥべえ、あなたにお願いがあるのだけれど。」
キュゥべえ「何だい?」
詠  「廈横直の魔法少女に関する記憶を消しておいて欲しいのだけれど。」
キュゥべえ「それって君が決める事じゃないんだけどねえ。まっ、翠にでも頼まれたら断れないかな。」
 キュゥべえはなぜか翠に話を振った。右手を顎に当て俯いていた翠はそれを聞くと、さほど興味もないといった風に目だけを配せてお座成りに言った。
翠  「じゃ、そうしておいて。」
キュゥべえ「すぐじゃなくていいかな。」
翠  「構わないわ。」
 詠は早くして欲しかったが、翠にそう言われてしまうと何も言えなかった。
キュゥべえ「すまないね、実は今ちょっと忙しくしててね。本当は今日も来るつもりじゃなかったんだけど、来て良かったよ。君が能力遺譲を受けていたのが知れてさ。」
 そしてキュゥべえは去り際に誰にとなく呟いた。
キュゥべえ「これで運命が変わるといいんだけどねぇ…」

  ♢

 直は迷っていた。詠にはならないと言ったものの、直の心の中には魔法少女になってみたいという衝動があった。直は何か言い訳のようなものを求めていた。
 直のクラスでは異変が起こっていた。それまで直をいじめていた中心人物が、今度は直の代わりとばかりにいじめの対象になっていた。結局、誰でもいいのだろう。
 そんな直の許へキュゥべえがやって来た。
キュゥべえ「やあ廈横直、唐突だけど君の魔法少女に関する記憶を消させて貰うよ。」
直  「待って、何で急に?」
キュゥべえ「まあ僕としても不本意なんだけどね。でもある人物からの依頼なんでね、仕方がないんだよ。」
直  「その記憶を消されると、私はもう魔法少女にはなれないの?」
キュゥべえ「そうだね。僕も君に対するリクルートはその時点で一旦諦める事になるからね。君の魔法少女になる資格自体は無くなりこそしないけど、今の君に残されている第二次成長期内に再びそのチャンスが巡って来る事はまず有り得ないだろうね。」
直  「その依頼をした人物って誰なの?」
キュゥべえ「正式な依頼者は葉恒翠さ。」
直  「翠ってあの時の、魔法少女のあの子?」
キュゥべえ「そうさ。」
 直は憤慨した。一体どんな権利があって翠という子が自分の事を決めていいのかと。
直  「あいつ…」
キュゥべえ「じゃあいいかな?」
直  「待って、私今魔法少女になるって言ったらなれるの?」
 キュゥべえの尻尾がクルリと回った。
キュゥべえ「勿論なれるさ。君が今、その魂と引き換えにしてもいい願いを言えるのならね。」
 キュゥべえはあっさりと宗旨変えをしてのけた。
直  「えーと、えーと…私は…私はこの世界から全てのいじめを無くしたい。これでどお?」
キュゥべえ「う~ん…それはちょっと、と言うか大分無理だね。」
直  「どんな願いでも叶えてくれるんじゃないの?」
キュゥべえ「勿論普通の人知では及びもつかない奇跡を叶える事が出来るんだけどさ、飽く迄も君の器量に適った願いまでしか叶えられないんでね。何せこの世界からいじめをなくすって事は、人類の進化をやり直さなくっちゃならないって事なんだから。」
直  「なんでそうなるのよ?」
キュゥべえ「いいかい、直。人間は他者に対して優位性を持ちたいと進化して来たんだよ。だから人は弱者を蹂躙すると自己の優位性を体感できて快楽を得るんだ。その快楽は進化の過程で人類に練り込まれた言わば本能のようなものさ。勿論人は本能の赴くまま無秩序に生きている訳ではない、ある程度の節度を持っているからこそ曲がりなりにも社会性のある知的集団を形成出来てはいるようだ。でもそんな人類の未熟な人間を一ヶ所に集め、あまつさえそれらを競わせるように仕向けるとなるとどうなると思う?高い緊張感から逃げるように本能的代位行為に走るに決まっているよ。だからといって僕は学校というシステムを否定はしない。なぜなら未熟な人間に知識や社会規範を教えるのには効率的なシステムだし、それにいじめは学校内だけでなく一般社会中にも存在するからね。要するにこの星の人類は少数の者をいじめの生贄とする事により、大多数の心の安寧を得るというシステムを選んでいるんだよ。」
直  「じゃあ、いじめは無くせないの?」
キュゥべえ「この世界からってのは、君の願いじゃ無理だなあ。まあ、あの葉恒翠が願っていたのなら可能だったろうけどね。」
直  「翠なら、ですって…」
 直は面白くなかった。詠ならともかく、自分に否定的な発言をした翠という存在が、優越的に自分の上にいるようで不愉快なのだ。
直  「じゃあどの位なら、どの位の範囲でなら可能なの、この私でも。」
キュゥべえ「う~ん、そうだな…取り敢えず君の目で見える範囲って事なら可能かな。要するにいじめという現象そのものが無くなるんじゃなくって、君の方がそのいじめの現象に予定調和的に出くわさなくなるって奇跡なら起こせるよ。言っておくけど、これはこれで結構凄い事なんだからね。」
 直の心は翠への対抗意識も手伝って、もはや魔法少女になる事が大前提となっていた。
直  「じゃあ、それでいいわ。私をその願いで魔法少女にして。」

  ♢

 夜になっていつもの公園で翠と詩織が待っていると、詠がやって来て申し訳なさそうに言った。
詠  「ちょっと紹介したい子がいるんだけど…」
翠  「…そうですか、いいですけど…」
詠  「直、来て。」
 詠に呼ばれると、暗闇の中から直が姿を現した。直は緊張気味に言った。
直  「どうも、廈横直と言います。静沼中の一年です。どうか宜しく…」
詩織 「あらどうも。私は真麻詩織、見滝原中の一年生よ、詩織でいいわ。私もまだ新人なの、こちらこそ宜しく。」
直  「あっ、私も直でいいです。」
 詩織と直はお互いにペコリと頭を下げた。
翠  「そう…」
 翠はやっぱりそうなったかという感じでやや白けたように言った。
翠  「そういえばあの時、ちゃんと名乗っていなかったわね。私は葉恒翠、翠でいいから。」
 直はかなりぎこちなく僅かに頭を下げて、翠に答えた。
直  「はい、どうも…」
 詠は翠に取り繕うように言う。
詠  「私もさ、直になって欲しいと思っていた訳ではなかったんだけど…」
翠  「詠さん、それは私に言う事ではないでしょ。本人が決めたのなら、私はそれはそれでいいと思いますよ。もっとも、キュゥべえの体たらくぶりには呆れますけどね。」
 そのやり取りを聞いて直は翠を睨んだ。直は事前に詠から、この翠という子がリーダーだと知らされていたし、その実力が凄いものだとも聞かされていた。だがそれでも直は、翠が自分が魔法少女になる事に否定的で、その上キュゥべえを使って自分の記憶を消そうとしたと思い込んで恨んでいた。そしてなにより直は、自身が尊敬する年長者の詠がへりくだって言っているのに、やけに横柄な物言いを翠がしていると感じ憤慨したのだ。ただ、いじめ克服の一件で意気揚がる直ではあったが、新参者の自分が事を起こしては詠に迷惑が掛かると考え自重し、その思いを吐き出すような真似はしなかった。
翠  「では、参りましょうか。」
 そして四人は魔獣狩りへと繰り出して行った。
 その日の狩りで判った事は、直があまり強い方の魔法少女ではなかったという事だった。それは直自身にとっても面白くない事実であったが、翠にとってもある自分の考えを推し進める動機となった。魔獣空間内で翠はみんなを集めた。
翠  「みんなに提案があるのだけれど。」
詠  「何かしら?」
翠  「何て言うか…詠さんには蒸し返すようで悪いんですけど、やっぱり私一人でやった方がいいかなって…」
詩織 「翠…」
詠  「翠、それはこの間言ったように他の子にとってもよくない事でしょ。」
翠  「詠さん、前に幸恵が言った事覚えていますか?今にして思えば幸恵の言っていた事って案外正しかったのかもしれません。だってそうしていれば幸恵は失われなかったかもしれない。」
詩織 「…」
詠  「そうかしら、むしろ逆なんじゃないのそれは。結局彼女はカースキューブの為に戦わなければならなかったんだから。だったら個人のスキルアップこそが、生存率の向上につながるんじゃなくって?」
翠  「でも、よくよく考えてみればカースキューブって別に、キュゥべえの前で出さなきゃいけないって訳じゃないですよね。私の出したカースキューブをみんなに分け与えたとして、何か不都合でもあるんですかねえ。」
詠  「それは…キュゥべえに聞いてみないと判らないけど…でもそれって道義的にどうかなっては思うわよね。」
翠  「私も初め道義的にどうかと思ったんですけど、人が死ぬ事に勝るほどの理由にはならないですよね、どう考えても。」
詠  「それはそうだけど…」
 詠は自分が翠を説得する事に限界を感じた。歳こそ自分が上だが翠は魔法少女としては先輩だし、大体能力的には遥かに勝る存在なのだ。本来意見すら言えないぐらいの立場だと思っているのに敬意を払って貰っていて、実際詠は翠が随分と礼節を重んじていると感心しているくらいだった。だがそれでも詠は、翠が独往しチームが瓦解してしまうような事態を避けたかった。詠は亡きマミにすがった。
詠  「あのね翠、前にマミさんと話をした時の事なんだけどね…」
翠  「あの夢の話の時ですか?」
詠  「うん。あっ、二人はマミさんで言っても分からないかな。ごめんね。」
詩織 「それって巴マミさんの事ですよね。」
詠  「ええ、そうそう。さすが、詩織は見滝原の子ね。」
詩織 「いえ、翠から聞いていましたから。ただ巴先輩って成績学年トップだったりした人で、こっちじゃちょっとした有名人でもありましたからね。」
詠  「やっぱりそういう人だったんだ…」
 ここで詠に茶目っ気が出た。
詠  「何てーかさ…マミさんってかなりモテてたんじゃないの?」
詩織 「さあ、その辺の事は…でもモテたっていう話なら暁美先輩の方かなぁ。サッカー部の坂本先輩を振ったって話が噂されてたくらいだから…」
詠  「えっ、その坂本ってあのサッカーの?見滝原の坂本を!?」
詩織 「まあ、あくまで噂ですけどね…」
翠  「それは…」
 翠は言うべき事ではないと思いつつも、つい口を滑らせた。
翠  「本当の事です。」
詩織 「なんでそんなこと翠が知ってるの?暁美先輩から直接聞いたとか?」
翠  「見たから…」
詩織 「はっ?」
翠  「その瞬間を直接見たから知っているの…」
詩織 「…」
詠  「…」
翠  「詩織、あの日覚えてる?体育館の横で陽子がご飯を食べてる所にあなたと幸恵がちょっかい出してさ、ほむらさんにたしなめられた事あったでしょ。」
詩織 「ええ…」
翠  「そもそもあそこにほむらさんが来たのって坂本先輩に呼び出されてたからなんだよね。それであの後もっと裏の方でさ、その…告白されててさ…そこで坂本先輩のこと振ってたんだよね。」
詩織 「…」
詠  「…」
翠  「言っとくけど、私達も見ようと思って見た訳じゃないからね。成り行きでたまたま目撃しちゃっただけだからね。」
詠  「へーっ、ほむらってやるのね。」
詩織 「って言うか翠、凄いとこ見てたのね、あなたって。」
翠  「まあ、そうね…」
 直は疎外感を覚えた。
詠  「えーっと、ちょっと脱線しちゃったわね、話を戻すわ。それで、まず私が魔法少女になった理由を言うとね…実は私、ある殺人事件に係わってしまったの。私の所為でって言うのは正直自分でも受け容れ難いのだけれど、それでも妻子持ちの男の人が一人死んでしまっているのよ。しかもその人の奥さんって妊娠中らしくって、他の子供もまだ小さいらしくって…だから私、その人の家族の事を思うと…私…何て言うか…」
翠  「詠さん、その話は以前にも少し聞きましたけど、もし私の為になら無理して話されなくてもいいですよ。魔法少女になった経緯は人それぞれですから。」
詠  「そう、ありがとう。それでね、その話をマミさんにした時にね、マミさん自分の昔話をしてくれたの。ちょっと長いんだけどみんないいかな?」
 詠は他の三人に目配せをして確かめた。三人は頷いて応えた。
詠  「翠が今住んでる所、直は魔獣に襲われた後に行ったわよね、詩織は行った事ある?」
詩織 「ええ、一度。その時に魔法少女の事をいろいろ聞きましたから。」
詠  「そう。あそこってね、マミさんの買い取り物件だったんだけど、あのマンションが建つ前にマミさんの御両親がお店を建てていた場所でもあったのよ。」
翠  「…」
詠  「マミさんはご両親を亡くされた時に魔法少女になったのだけれど、その後そのお店を買い取ろうとして頑張ったのよね。魔獣退治だけではなく討伐任務も請け負って稼いでいたの。討伐っていうのはね、魔法少女の中で任務を投げ出したり魔法を私的な目的で使用したりした者を粛正する仕事の事なの。マミさんには目的があったから、最初の頃はなりふり構わず稼ぎに行って、仲間なんて作ろうともしていなかったんですって。」
翠  「えっ?あのマミさんが…」
 と、翠は口に出したが、すぐに杏子と梨華の話を思い出し独り合点した。
詠  「ええ、私もそれを聞いた時は驚いたわ。他の魔法少女なんてものは邪魔な競争相手で、仲間になんてなると討伐対象になった時にやりにくくなるだけだと思っていたんですって。それで頑張って稼いでいたのだけれど、そのうち店の建物は取り壊されて更地になり、更に周りの土地と合わされてあのマンションの工事が始まったの。ようやくまとまったお金が出来た頃にはもうそこにはご両親のお店の面影も何も無くなっていて、ただあのマンションだけがそびえ立っていたんですって。だから仕方なく代わりにって感じであのマンションの一番高い部屋を買い取ったの。それでその時マミさん、窓から街を見下ろしていたらなんだか虚しくなってしまったんですって。もう自分が知っている人も自分を知っている人もいない、故郷なのに見ず知らずの土地になってしまった街にね。そして悟ったんですって、魔法少女には魔法少女しかいないんだって。」
 ここで翠は、自分よりマミの過去を知っていてより理解しているような詠に対して、無意識の内に嫉妬をしていた。自分の方が僅かとはいえ早く知り合い、そして同じ学校に通っていてより近しいと思っていたマミという存在が、何だか詠に盗られたような気になってしまっていたのだ。
詠  「だからマミさんはね、誰も死なないチームを作りたかったのよ。ずっと仲間でいられる、いつまでもお互いを思っていられる孤独の無いチームを。」
詩織 「それは、素晴らしいわねぇ。」
 うっとりしたように詩織が答えたのを聞いて、翠は少し苛立ちを覚えた。それが良い事だなんて翠にだって分かり切っていた。今までだって失いたくって仲間を失った訳ではない。だが翠にしてみれば、そもそも魔法少女とは臨死を受け入れた者なのだと教わってなったものだし、理想と現実のギャップに憤ったのはよっぽど自分の方だという自負もあった。翠としても好き好んだ訳ではない現実的な提案を、詠はマミを引き合いに理想を前面に押し出して否定して来たのだ。何だか自分の方が悪者にされたようで、あのほむらに殴られ唯が消失した日を思い出し、不愉快で受け入れ難かった。
翠  「フフッ、でもその話からするとマミさんって結局、仲間を持ったから死んでしまったようなものなんじゃないですか。」
 そんな事は翠も言いたくはなかった。言った自分に少し驚いているくらいだ。マミに対する尊敬の念ならこの中で一番だとも思っていた。でも話の流れからついむきになり口走ってしまっていた。
詠  「翠、あなた…」
 詠が愕然としたように言うと、その言い方に翠は更に怒りを感じた。翠にしてみれば詠がそう自分に言わせているのだ。それを詠がこれ見よがしに驚いて見せるのは翠からすると偽善で卑怯な事であった。
 だがその一方で、直もそのやり取りを聞きながら徐々に苛立ちを募らせていた。元々翠に対して反感を持っていたし、何より自分が敬愛する詠の正論に独り善がりな意見で抗っているように見えて許せなかった。話の蚊帳の外に置かれていたり、自分の力の無さに不満だったりもしていた。問題は直前の直の経験で、彼女は思い切った強気の打開策で成功体験をしてしまっていた事だった。
直  「ちょっとアンタさあ…」
 突然として直が歩み出てその右手を伸ばし、翠の胸倉を掴んで引き寄せ気味に言った。詠と詩織に緊張が走った。
直  「そりゃアンタの方が古株でリーダーだってのは聞いてるけどさ、詠さんは年長者なんだしもっと敬意を払うべきなんじゃないの。」
 翠は表情一つ変えずに胸倉を掴んだ直の手とそれに続くその顔を何度か往復させて見てから、おもむろに直のその右手を自分の右手で掴み返し、無言で引き剥がした。魔法少女はその魔力を自らの体にチャージし強化できる。驚異的ジャンプ力や致死的衝撃にも耐えうるのはそのおかげだ。そして当然ながらその魔力が強ければ強い程その力も増す。よって魔法少女の腕力は筋力ではなく魔力に比例する。だからその腕力は如実にその魔法少女の実力を表す。
直  「何よ…」
 直は翠の手を振り解こうとしたが、翠の手は万力のように力強く微動だにしなかった。そして直が左手も使って全力で翠の手から逃れようともがき出すと、翠はパッとその手を放した。直はその反動でよろけて後退りし詠に受け支えられた。たったそれだけで直は翠の圧倒的実力を思い知り、すっかり心が折れて腰砕けになってしまった。恐怖に顔を引きつらせる三人を目に映しながら、翠はぼうっと考えていた。
 (この三人なんて一瞬で葬れる…)
 その時、現実世界の高台にある公園のブランコに座っている亮が顔を上げた。
亮  「おや、これは…」
 だが次の瞬間、翠の脳裏に今際のまどかのビジョンが走った。
 〝この世界を守って!〟
 なぜそんなビジョンが突然に走ったのか翠にも分からなかった。しかしそのビジョンは翠の心を強く弾いた。
 (私は何を考えているのだろう…そもそもそんな事を私は望んでいたのだろうか…私が望むものって何だろう、完璧な魔法少女って何だろう…分からない…ではこの世界を守るって何だろう…この宇宙を守るって事か…いや、確かにそれもそうだけどそんな大仰な事に囚われなくったっていい。この星とかこの国とかこの町とか、あるいはもっと小さく今目の前にあるこの四人のコミュニティーとか、先ず私が守りたいものを守ればいいのではなかろうか…)
 翠は本来依存性が高い方の性格だった。なのに短い間に次々と先輩を失い、遂には自分が最古参となり他の者を引かなくてはならなくなってしまっていた。陽子を失ったことや、まどかを討った責任も感じていたし、その時の覚悟も大きく伸し掛かっていた。勝手に追い詰まっていた翠は憑き物が落ちたように囚われる事を止めた。
詩織 「翠…」
 いたたまれなくなった詩織が翠に声を掛けると、翠は表情を緩めはにかんだように言った。
翠  「ごめんなさい、みんな。私はね、この世界を守る盾になるって魔法少女になったの。それでね、完璧な魔法少女になりたいって思っているの。でもそれには随分時間が掛かるだろうし、きっと一人では辿り着けないものだとも思うの。何だか突然にで我ながら変だと思うけど、だからみんなとは旨くやって行きたいの。」
 翠の急変に三人は驚いたが、それ以上にホッとしていた。それにそれは歓迎すべき提案でもあった。
詠  「勿論よ、翠。私達だって是非あなたとは旨くやって行きたいわ。」
 翠は目を閉じ、心地よさ気な顔をして詠に尋ねた。
翠  「詠さん、一つお願いがあるのだけれど…」
詠  「何かしら?」
翠  「このチームのリーダーを務めて欲しいの、どうかしら。」
詠  「その方がいいのね。」
翠  「はい。」
詠  「分かったわ。やらせてもらうわね、私…」
 詠はとても安堵したように手を胸に当て一呼吸してから言った。
詠  「じゃあ、まずはここから出ましょう。そして今日はもうそのまま解散ね。」
 他の三人は小さく頷いた。
 魔法少女達が魔獣空間から出ていなくなると、塔の陰からキュゥべえがトコトコと歩み出て呟いた。
キュゥべえ「やれやれ、今回翠は堕ちずに済んだか。でもこんな事を何千、いや何万回と潜り抜けなくっちゃいけないなんて、やっぱりリスクが高いんだよねぇ。」
 キュゥべえはくるりと尻尾を振った。
キュゥべえ「さっさと利益確保してしまうべきだろうな…」
 
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