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SECOND

作者:灰文鳥
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第一部
第三章
  第二十四話『トロピック見滝原』

 浜の端に於ても、ほむらは冴子と距離を取ろうとしていた。しかしそれはほむらの距離であり、まどか以外の全ての相手に対するもので他意がある訳ではなかった。だがそれは、冴子からすれば遠く思える距離だった。
 ある日の夕方、学校帰りのほむらを冴子が捕まえて話し掛けた。二人は夕日に赤く染まりながら防波堤に腰掛けた。
冴子 「ほむらってさあ、ひょっとして私のこと、嫌い?」
ほむら「いいえ、まさか。」
冴子 「じゃあ、こんな田舎に飛ばされて怒ってるとか?」
 ほむらはまたかとばかりに苦笑し、首を軽く振り足をぶらぶらさせながら答える。
ほむら「そうではないの、冴子。私は…私はね、弱い人間なの。だからこうして人と距離を取ろうとしてしまうの、色々な事から身を守ろうとして。御免なさい。」
 暫しの沈黙の後、冴子は語りだした。
冴子 「私ってさあ、弟がいたんだけどさ、二人とも親からいないものみたいな…そう、今で言うネグレクトされててさあ…」
 唐突な話にほむらは冴子の方を見た。冴子は両足を抱えそこに顔を埋めるようにしていた。ただその顔は僅かに微笑みを浮かべているようにも見えた。
冴子 「御飯なんて殆ど貰えなかったし、服も着た切り雀でさ、ガリガリで汚くって臭くって学校でも散々いじめられてさあ…」
 冴子の僅かな微笑みは消え、その顔は更に膝の内へと埋められた。
冴子 「それでホントにもう、生きるのヤになっちゃてさ…この海岸沿いの岬の向こうに崖があってさ、地元じゃちょっと有名な飛び込み場になっててさ…私、何だかそこに向かってたんだよね…」
 ここで冴子は顔を少し上げた。
冴子 「そしたらさ、あっさり魔獣に襲われちゃってさ。いつの間にか訳の分からない所にいて白い巨人が迫って来たわけよ。」
 冴子はさもおかしそうに話す。
冴子 「ところがさ、それ見て私ったら必死で逃げ出したの。おっかしいでしょ、だってもう死んじゃおうかって思ってたのに、魔獣に追い立てられたら命懸けで逃げ出すなんて何だか本末転倒だもの。」
 冴子はほむらの方を向いた。それにつられるようにほむらも冴子を見た。
冴子 「でも私、お腹もペコペコで走る力も無くなってて、すぐに転んで倒れ込んじゃったんだ。もうダメだと思ってさ、でもいいかなっても思ってたら、なんだかすごい破壊音がしてさ、それで振り向いて見たら魔獣が崩れ落ちていて、その前に槍を持った女の子が立ってたんだ。」
 冴子は再び抱えた膝の方に顔を向けた。その顔は妙に嬉しそうだった。
冴子 「その女の子、つまり魔法少女がさ、私の方に歩み寄って来たんだけど、私の事を見るなり〝ひでーなりしてんなおめー〟って言ったの。でも私、御礼も何も言えなくってただボーッと彼女を見ている事しか出来なかった。そしたら彼女私を担いで結界から出てさ、私を木に寄り掛けるように座らせてくれて、それから変身を解くとお菓子を取り出したの。自分では分からないんだけど、私よっぽど物欲しげな顔をしていたのね。その人〝なんだか腹減ってそうだな〟って言ってそれを私にくれたわ…」
 その話を聞いてほむらは呟いた。
ほむら「佐倉…杏子…」
 すると冴子は突然豹変し、ほむらに両手で掴み掛かるように迫った。
冴子 「ほむら!知っているの杏子さんの事を?」
ほむら「えっええ…」
 冴子はうっとりするように空を見上げ胸の前で手を合わせた。
冴子 「そっかぁ…やっぱり杏子さん、まだいたんだ。そうだよね、私なんかよりよっぽど強い人だものねぇ…あっほむら、ひょっとして杏子さんって今見滝原ってとこにいるのかな?」
 ほむらは少し迷ったが、変に隠し立てしない方がいいと思った。
ほむら「冴子、聞いて。見滝原にはね、廃工場の魔獣と呼ばれた特殊な魔獣がいたの。それを退治する為に、少し前に見滝原に杏子は召集されたの。そしてその戦いの中で杏子は…」
 ほむらは冴子の悲しげな顔を見て言葉を止めた。冴子は遠い目を海に投げ掛け言った。
冴子 「そうなんだ、つい最近の事だったんだ…」
ほむら「冴子…」
冴子 「ありがとね、ほむら。」
ほむら「えっ?」
冴子 「教えてくれて、知らせてくれて。」
ほむら「…」
冴子 「きっと杏子さんがあなたを通して私に伝えてくれたのね。ごめんね、ほむら。今だけそう思わせて欲しいの…」
ほむら「ええ、きっとそうね。」
 暫く二人は沈む夕日を見詰めた。そしてやや唐突に冴子はまた話し始めた。
冴子 「私さ、杏子さんから魔法少女の事を聞いてそれになろうって思ったの。幸い私には資格が有ってさ、まあそれって私が親から貰った唯一の役立ったものって気がしてるんだけどね。それで私、弟が両親から大切にされるように願って魔法少女になったんだ。そしたらあれって面白いよね、だって手の平を返すように弟は大事にされるようになったんだもの。私は魔法少女になる時にそのまま家族から離脱しちゃったけど、別に寂しくはなかった。自分で生活出来て嬉しかったし、弟が幸せならそれで良かったから。」
 冴子の表情は戻っていた。それを見てほむらは少し安心した。
冴子 「なんか傍から自分の家族を見てるっていうのも面白いものよね。弟は私の歳を追い越して高校とか行くようになっちゃうしさ、何だか彼女っぽい子が出来たりしちゃってさ…」
 冴子は懐かしそうに微笑んでいた。
冴子 「私はさ、弟が家を出たらこの町を離れて、出来れば杏子さんに一度会ってせめて御礼くらい言おうとか思っていたんだ。そしたらさ…」
 冴子はまた顔を埋めた。
冴子 「弟が大学受験の頃に家が火事になってさ…結局みんな死んじゃったんだ…」
 ほむらは一瞬冴子を見た。少し間を置いて冴子は顔を出した。
冴子 「私さあ、この町って大っ嫌いなんだよね。私達を誰も助けてくれなかったし、同級生は私達をいじめるばっかりだったし、そこそこ人はいる方だけどダサい田舎だし…絶対こんな所から出て行ってやるって思っていたんだけどさ…なんだかここから離れられなくなっちゃったんだ。いい思い出なんて一つも無いのにね…」
 ほむらはふと見滝原を思った、自分にとって極めて特別なその街を。そしてその地を離れるべきではなかったのではないかと少し後悔した。そしてここでの役割が終わったのなら、見滝原に帰るべきだという気がしていた。
冴子 「ほむら、あなたにお願いがあるの。」
ほむら「なぁに?」
冴子 「とっても図々しい身勝手なお願いなんだけど…」
ほむら「そう…」
冴子 「私の為に上辺だけでいいからしっかり付き合って貰えないかしら。」
 ほむらが冴子の方を向くと冴子はどうだと言わんばかりの顔でほむらを見ていた。
冴子 「あなたって自分に嘘吐くの上手そうだから出来るんじゃないの、そういうの。」
 顔を合わせたまま、そのあまりのぬけぬけしさにほむらは苦笑いを浮かべてしまう。
冴子 「どお?田舎者の厚かましさは。イヤミったらしい同情を引くような身の上話といい、この町共々嫌になったんじゃない?」
 二人はお互いに向き合ったまま笑みを浮かべ、おもむろに立ち上がり対峙した。僅かな間を挿んで髪を手で梳くと、ほむらは言った。
ほむら「ええ、私は構わないわ。」
冴子 「そう、良かった。ありがと。」
 冴子はホッと胸をなで下ろすとくるりと後ろを向き、やや申し訳なさそうに言った。
冴子 「じゃあさっそくなんだけどさあ、ちょっと付き合って欲しい所があるんだけど…」
ほむら「どこかしら?」
冴子 「ふふっ、この町唯一の娯楽施設よ。」

  ♢

 放課後、詠はファストフード店に招集を掛けた。詠と直の許に翠と詩織がやって来た。
翠  「何でしょうか、リーダー。」
 翠が茶目っ気気味に尋ねると、詠は鼻息荒く答えた。
詠  「トロピック見滝原って知ってる?」
 その質問に翠はハッとさせられた。
詩織 「ええ、知ってるわ。割と最近オープンした密閉式複合型温室施設の事でしょ。」
 詩織がそう答えると、翠は思わず詩織の方を見やった。どうかした?と詩織も何気に翠を見返す。
詠  「そこにさあ、今度みんなで行ってみないかなあって相談なんだけどー…」
 翠の怪訝な表情を否定的にとった詠は説明を付け加えた。
詠  「親睦をね、もっと私達親睦を深めておいた方が良いと思うのよ、私は。」
 三人は翠の反応を待った。翠は落ち着くと笑顔になって答えた。
翠  「そうですね…そこなら私も是非一度行ってみたいと思っていた所です…」
 三人はホッとした。
詠  「そう…良かった。ところで…」
翠  「ところでみなさん、あそこの施設内は基本水着なんですよ。みんなは水着持ってる?勿論学校のじゃないやつ。」
 詠は言葉を盗られ呆気にとられていた。
翠  「私はもう持っているの…だから持っていない人は用意しておいてね。」
 詠は苦笑いをしながら仕方なく締めた。
詠  「えーと…じゃあ、そういう事で、みんな宜しく…」

  ♢

ほむら「温水プール?」
冴子 「そっ、それがこの町唯一の娯楽施設なのよ。」
 学校の昼休み、冴子がほむらを屋上に呼び出していた。
冴子 「この町って港町で海に面してるじゃない。でも海水温も低くって、とてもじゃないけど海で泳ぐ気になんてならないから、せめてプールで泳げるようにってそれを作ったのよ。ちょっと間抜けよね。」
 冴子は紙パックの牛乳をズーズーと音を立てて飲み干した。
冴子 「まっ屋根も付いてるし、あれなら一年中入れるからいいっちゃいいけど、まあすぐに飽きるわよねぇ。」
ほむら「あなたは飽きていないの?」
 なんだか待ってましたとばかりに冴子は答えた。
冴子 「ふふ~ん。ねえほむら、いつでも出来るって思っている事って、つい先延ばしにしてしまって案外やらずじまいって事、よくなぁい?」
ほむら「…まあ、あるかもね。」
冴子 「でしょ。私、まさしくこれがそうなのよ。まあそのうち気が向いたらなんて思ってたらさ、なんだかんだで行きそびれちゃってさ、だからほむらと行きたいなぁ~って思ったんだ。」
 冴子は下から覗き込むようにほむらを見て返答を待った。ほむらはため息を一つ吐いてから答えた。
ほむら「…ええ、私は構わないわ。」
冴子 「やったぁ。へへ、楽しみ。」

  ♢

 その日曜日、見滝原の四人は真新しい建屋のトロピック見滝原の前に集まっていた。
 受付を済ませて入場するとすぐに、目に痛いまでの蛍光色で彩られた内装が一行を出迎えた。「Lady」と表示された壁の向こうに回り込むと、オートロックの個室が並んだ着替え場になっていた。
詠  「じゃあ、各自着替えたらプールの方に行って、そっちでまた集まりましょ。」
三人 「は~い。」
 プールサイドで翠を三人が待っていると、少し遅れて翠がやって来た。
翠  「すみませ~ん、遅れちゃって。」
 だが三人はそんな事より翠の水着に驚いていた。
詠  「うわーっ翠、結構大胆ねぇ。」
直  「ホント凄い…」
詩織 「確かにここには来てみたいって言っていたけど、あなたがそこまで気合を入れていたとはちょっと意外だわ~。」
 その三人の反応に翠は戸惑い、他の三人と自分とを見比べた。他の三人が黒か紺系の競泳タイプのワンピースなのに対して翠のは真っ白なビキニだった。
翠  「だって私、ちっちゃい頃の水着もビキニだったし…」
詠  「いやー、お子ちゃまビキニとティーンのビキニじゃ違うでしょ。」
 翠は急に恥ずかしくなって手で水着を隠すようにした。
翠  「…私帰る。」
 顔を赤らめた翠が踵を返して帰ろうとすると、三人は手を伸ばしてがっちりと捕まえ周りを囲んで引き留めた。
三人 「まあまあまあまあ…」
詠  「よいではないか、よいではないか。」
直  「今更それは無いでしょ。」
詩織 「大丈夫、浮いてないから。凄く似合ってるよ、ホント。」
 翠は諦め、そのまま楽しむことにした。
 翠がウォータースライダーの上から他の三人に手を振っていると、それに応えて手を振り返しながら妙ににやけ顔の詠が何気に告白をした。
詠  「いやー私ってさあ、翠って結構タイプなのよね。」
 ふと詠が詩織と直の方に目を移すと、二人はまるで怯えたように寄り添い詠を避けるように距離を取って彼女を見ていた。
詠  「ちっ違うの、そういう意味じゃないのよ。誤解しないで。」
 ウォータースライダーを滑り終えた翠が寄って来る。
翠  「どうかしたんですか?」
詠  「うんうん、何でもないの。」
翠  「?」
 お昼になると四人はそのままスイミングコートを羽織り、施設内のレストランのオープンラウンジで食事を取った。
 みんなで食事をしていると、翠は以前に陽子達の為にマミに連れられて買い物をしに行き、その時レストランで一緒に食事をした事を独り思い出して感傷に浸っていた。そして翠はマミに倣おうと思った。
翠  「ここの代金は私に持たせて下さい。」
詩織 「いいわよ、翠。そんな気を利かせなくっても。」
詠  「そうよ、みんな楽しんでいるのだから。直もそうでしょ。」
直  「ええ、問題ありませんけど…」
 翠はそれを聞いて破顔した。
翠  「フフフ…私が幾ら貰っているか知っていますか?」
 そう言って翠はテーブルの上に身を乗り出した。すると他の三人もつられるように身を乗り出した。テーブルの中央で翠はひそひそと金額を発表した。
三人 「ええっ!そんなに…」
翠  「それで、どういたしますか?」
三人 「御馳走様でした!」
翠  「どういたしまして。」

  ♢

 その日曜日、冴子に連れられてほむらはその市民プールへとやって来た。その外観は大きな体育館のようでかなり年季が入っている感じだった。
 二人は学生証を提示して中に入った。「女子」と赤のマジックで書かれた矢印に従い進んで行くと、女子更衣室と張り紙された扉に辿り着いた。扉を開けて中に入ると、申し訳程度にカーテンが掛けられた薄暗いロッカールームのような部屋だった。
 やや自失気味のほむらをよそに冴子はとっとと着替え始めた。そして着替え終わった冴子はほむらを置いてさっさと行ってしまった。
冴子 「先、行ってるね。」
 残されたほむらはため息を一つ吐いてから、おもむろに着替え始めた。
 ほむらがプールにやって来ると、それを見つけた冴子がほむらを呼んだ。
冴子 「おーい、ほむらー。こっちこっちー。」
 手招きする冴子の許へほむらが行くと、冴子はほむらの水着姿をしげしげと見詰めた。
冴子 「いやぁさすが、都会の子は違うわ~。」
ほむら「何がよ?」
冴子 「そんなセクシーな水着、あっさり着こなしちゃうなんて大人よね~。」
ほむら「えっ?」
 そう言われてほむらは改めて自分の水着を見てみた。黒のワンピースのそれはまどかに選んで貰ったものなので何の疑いも無く着たのだが、確かに鼠蹊部の角度がやや鋭く脇腹に切れ目が入っていてセクシー感があった。
 ほむらがふと辺りを見回すと、同い年ぐらいの男子達が指を差してこっちを見ていた。ほむらは急に恥ずかしくなって手で体を隠すようにした。
ほむら「…私帰る。」
 顔を赤らめたほむらが踵を返して帰ろうとすると、冴子は飛び付くようにしてがっちりとほむらを捕まえ引き留めた。
冴子 「まあまあまあまあ。ほむら、いいじゃないの。哀れな田舎男子に眼福の一つくらいくれてやってよ。」
ほむら「でも…」
冴子 「哀れな私にもさ、一つくらい良い思い出作らしてよ。」
ほむら「ちょっと冴子、変な事言わないでよ。」
冴子 「変な事じゃないよ。」
 冴子は改まった。
冴子 「私はこの町に囚われているもの、ここから離れられない。この町で生き、この町で果てるの。でもあなたは違うでしょ…」
 冴子は何か問いただしているような、挑戦的眼差しでほむらを見て来た。ほむらは一度髪を手で梳いてから、不敵な笑みを浮かべて答えた。
ほむら「ええ、そうね。そういう約束だったわね。」
 
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