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SECOND

作者:灰文鳥
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第一部
第三章
  第二十二話『100%の100万と1%の1億』

 浜の端中学校に転校して来たほむらは、無難に学校生活を送っていた。
 ある晩、ほむらが魔獣に襲われた人を助けようと魔獣空間内に入ると、魔法少女の深雪冴子(みゆき さえこ)と遭遇する。
冴子 「ひょっとして、あなたがキュゥべえの言っていた増援なの?」
 ほむらは髪を手で梳いて答えた。
ほむら「ええ、そのようね。私は暁美ほむらって言うの、宜しくね。」
冴子 「そう…あっ私、深雪冴子。冴子でいいよ、こちらこそ宜しく。」
 二人は魔獣をすぐに倒してしまった。
冴子 「襲われた人、私の知り合いだから家まで送りたいんだけど…」
ほむら「ええ、どうぞ。私は構わないわ。」
冴子 「浜の端中?」
ほむら「ええ、そうよ。二年生に編入したのだけれど。」
冴子 「そう、じゃあクラス違いだね。詳しい事は明日学校でいいかな?」
ほむら「ええ、ではそうしましょう。」
 翌日、学校で二人は再会し、話をした。
冴子 「あのね、私ここの管轄結構長いんだけど、、最近この辺の魔獣が活発化して来てるんだよね。」
ほむら「活発化?」
冴子 「うん。何て言うか、出現する頻度も数も大きさも、何か酷くなって来ちゃってさ。」
ほむら「そう…」
 ほむらは見滝原での異変と何か関係があるのかと考え込んだ。
冴子 「それでね、キュゥべえがちょっと前に増援を呼んでくれるって言ってたのよ。」
ほむら「そう言えば、こっちではキュゥべえを見掛けないんだけど、いつもこんななのかしら?」
冴子 「うん、浜の端には滅多にキュゥべえはやって来ないよ。前の所、見滝原だっけ?そこってよくキュゥべえが来ていたの?」
ほむら「来ていたって言うか、いつもいるって感じだったわね。」
冴子 「へー、そうなんだ。見滝原には魔法少女って他にもいたの?」
ほむら「ええ、いたわ。今の見滝原は最激戦区らしくてね、暫く五人とかいた時もあったし…」
冴子 「えっ五人!?それってひょっとして五人組のチームって事なの?無理に抜けて来てくれたとか?」
ほむら「うんうん、出入りが激しくってね。一人欠けては一人補充みたいな感じで。」
冴子 「そっかー、やっぱり都会は大変なんだね。仲の良かった子とかも死んじゃったりした?」
 ほむらは感慨深げに言った。
ほむら「ええ、そうね。そういう事もあったわね…」
冴子 「あっ御免なさい、私ったら…私ね、今まで他の魔法少女の子と一緒に戦った事なかったから、一緒に戦ってくれる人が出来て嬉しいんだ。こんな思いって不謹慎かな?」
ほむら「いいえ…一緒に戦ってくれる仲間がいるって、やっぱり心強い事だわ。」
 それを聞くと冴子は手を差し出して握手を求めた。ほむらがそれに応じると、手をギュッと強く握って冴子は言った。
冴子 「改めて、これから宜しくね、ほむら。」
ほむら「ええ、こちらこそ宜しく、冴子。」
冴子 「えへへ…」
 冴子は嬉しそうに笑った。

  ♢

 ある日、学食で翠と詩織が二人で昼食を取っていると、なんだか不思議そうに翠を見ていた詩織が問い掛けて来た。
詩織 「ねえ、翠。」
翠  「なあに。」
詩織 「私達ってどこでどうやって知り合ったんだっけ?」
翠  「それは…」
 翠はそれに答えられず、ただ言葉を詰まらせるばかりであった。

  ♢

 静沼中一年の廈横直(かよこ なほ)は、小柄で可愛らしく屈託なく男女共に接し、特に男子に人気があった。しかしその事がやがて他の女子から疎まれ出し、いじめが始まった。
 いじめは最初は他愛のないものであったが徐々にエスカレートし、急速により暴力的なものとなって行った。
 数人の女子に押さえ付けられ便器に顔を突っ込まれるなどの苛烈ないじめを受けると、直はより無気力無抵抗になって行った。
 失意のどん底に陥った直が心の苦しみに耐えて歩いていると、あたかも当然のように魔獣空間へと誘なわれて行った。
 初め直は少しだけ驚いたか、現れた魔獣がその拳を振り上げると、まるでそれを受け入れるかのように目を閉じ両手を広げた。
 〝バリバリバリン…〟
 何かが瓦解するような破壊音を聞いた直が目を開けると、目前に迫っていた魔獣が崩れ去っていた。更に動く物に目をやると、巨大な魔獣と戦うボウガンを持った少女がそこに見て取れた。殆どの魔獣がいなくなった頃、もう一人弓を持った少女が現れた。
翠  「ごめんなさい詠さん、一人でやらせちゃったね。」
詠  「緊急出動の時はしょうがないわ。それに狩りの時と違って数が少ないから私だって一人でも大丈夫よ。」
 そして笑みを浮かべて言った。
詠  「もう少し私を信用して欲しいものね。」
翠  「勿論信用していますけど…」
詠  「心配してくれているのね。まあ、その気持ちはありがたいのだけれど…」
 その時、直が声を上げた。
直  「ちょっと!なんで余計な事するんですか!」
 二人はその声を聞いて直の許に駆け寄った。
詠  「余計な事って、あなた今殺されてしまう所だったのよ。」
直  「ええ、そうですよ。私、死ねる所だったのに、なんで勝手な事するんですか。」
詠  「あなた、死にたかったの?」
直  「ええ、そうですよ…死んでしまいたかったのに…」
 そう言うと直は顔を押さえてしゃがみ込み、シクシクと泣き出した。翠はしゃがんで直の背中に手を当てて言った。
翠  「ごめんなさい。よかったら事情を聞かせてくれないかしら。」

  ♢

 翠と詠は直を連れて元マミの、そして現翠の部屋へとやって来た。マミの部屋はさすがの威力で、直も驚きと羨望のあまり一時的に悲しみが失せてしまった。
翠  「お茶を入れるわね。」
 翠が去ると、詠が直に話し掛けた。
詠  「その制服、静沼中よね。」
直  「ええ。…あなたもですか?」
詠  「そうよ、私は静沼中二年の春哥詠。あなたは?」
直  「私は…静沼の一年で廈横直です…」
詠  「そう、では直って呼ぶわね。直、あなたさっきの事覚えているわよね。」
直  「普通あんな凄い事あったら、忘れられないんじゃないですか。」
詠  「ところがそうでもないのよねぇ、これが。それであなたはどうして死にたかったのかしら?」
直  「それは…私いじめられてて…」
詠  「死にたくなるくらい?」
直  「ええ、死にたくなる程にです。」
詠  「そう…」
 詠は目を閉じ少し考え、声を上げた。
詠  「キュゥべえ。」
 詠がキュゥべえを呼ぶと、どこからともなくキュゥべえが現れた。
キュゥべえ「何だい、詠。」
直  「…」
詠  「キュゥべえ、直に資格、あるんでしょ。」
キュゥべえ「そうだね、あるよ。」
詠  「直、聞いて。私達は魔法少女っていう者なの。魔法少女ってのはあの白い巨人、魔獣って言うんだけど、あれと戦ってあれから人々を守るのが使命なのね。それでね、そんな使命を背負った魔法少女になる時にね、その対価として一つだけどんな願いでも叶えて貰えるのだけれど…実は私もクラスで嫌がらせを受けていてね、それが元でとんでもない事件に巻き込まれてしまったのよ。それで私はその事を解決するようにお願いをして魔法少女になったの。だからあなたも、もし死んでしまいたいぐらい今の状況が苦しいのなら、その事を解決して魔法少女になってみたらどうかしら?」
 そこへ翠が、お茶の載ったお盆を持ってやって来た。翠はお盆をテーブルの上に置き、お茶を配りながら言った。
翠  「詠さん、お願いを餌に魔法少女の勧誘をするのはどうかと…」
詠  「そうは言うけど、この子の場合むしろその方が良いんじゃないのかしら。」
翠  「でも魔法少女になると本当に命に係わりますから…」
 直はその言い方に反感を持った。
直  「あなたはまるで今の私の辛さなんて、所詮命には係わらない大した事のないものだと思っているのね。」
 だが翠も強く言い返した。
翠  「あなたの辛さがどれくらいかなんて所詮は他人の私には分かりませんよ。でもね、魔法少女になるって事はとんでもなく大変な事なんです。あなたは今の家族と別れその存在をも忘れられ、命懸けの戦いの中に身を投じてその責務を果たし、そして人知れず死んでゆく覚悟があるというのですか?」
直  「それは…」
 直が怯むと詠が口を出す。
詠  「まあ、家族と別れると言ってもすぐにって事じゃないわ。現に私は今家族と一緒に暮らしているしね。それにそれは今すぐ決めなければいけないって訳じゃないのよ。だから直、あなたはこう思えばいいわ、一つの選択肢を得たってね。」
 そして詠は何気無く続けた。
詠  「それでね直、取り敢えず私達は友達になりましょう。それはいいでしょ?」
 それを聞いて直が照れ気味に頷いている時、翠は唖然とした気持ちになっていた。これはかつて自分がほむらとマミに相対した時と、立場こそ違えど全く同じシチュエーションだったからだ。翠はかつてのほむらの思慮を思い知ると同時に、このような事が永遠と続けられそして続いて行く事を思い知った。

  ♢

 詩織が自室でくつろいでいた。何気無くお気に入りのオルゴールを手にした時、何とも言えない違和感を持った。
詩織 「あれ、これって一体…」
 詩織はこのオルゴールの出所が思い出せなかった。
詩織 「確か極最近に誕生日のプレゼントとして誰かから貰った筈なんだけど…翠からだったっけ?」
 その時、詩織の脳裏に幾つかのビジョンが駆け巡った。
詩織 「うっ!」
 詩織は頭を抱え倒れ込んでしまった。
 詩織の頭に浮かんだビジョン、幸恵の事や魔獣に襲われた事、それらは詩織を困惑させた。しかし詩織にはオルゴールという現物があった。そして詩織はある確信をした。
 その次の日、学校で詩織は翠に対して妙によそよそしかった。しかし放課後になると、意を決したように翠を人気の無い場所へ連れだった。
翠  「急にどうしたの、詩織。」
詩織 「…翠、幸恵はどこへ行ったの?」
翠  「…何の事だか…」
詩織 「そういえば陽子もいなくなってるよね。あなたはまだあの変な所で巨人と戦っているの?幸恵や陽子がいなくなったのもあれの所為なんでしょ、答えて。」
翠  「…」
 翠は観念した。
翠  「そうだよ、あの巨人は魔獣って言って人類の敵なんだよ。そしてその魔獣と戦っているのが私達魔法少女なの。幸恵も陽子も魔法少女となって魔獣と戦い、そして散って逝ってしまったの。」
詩織 「そんな…じゃあ、あの二人はもう…」
 翠は黙って頷いた。
詩織 「何で私は記憶を失っていたの、どうして幸恵の事を忘れてしまったの、とても大切な事なのに…」
翠  「それはね、普通の人は魔獣に襲われた事やいなくなった魔法少女の事は覚えていられないようになっているからだよ。」
詩織 「何それ…でもそれならなぜ私は急に思い出せたのかしら…」
翠  「それは…」
詩織 「それは?」
翠  「それは多分、あなたにも資格があるから…かな…」
詩織 「資格?何の?」
翠  「それは…」
詩織 「何?何なの?」
 翠は段々後悔して来た。
翠  「何でもないよ。詩織、悪い事は言わないから全てを忘れて普通に生きなよ。」
 だがその物言いで詩織はピンと来てしまう。
詩織 「それって私が魔法少女になる資格って事なのね。もし私が魔法少女にならなかったら、また幸恵の事忘れてしまうの?」
翠  「うん、そう。だから心配しなくても辛くないんだよ、忘れた事すら忘れられるのだから。」
詩織 「嫌よ、そんなの。幸恵の事忘れてしまうなんて…私魔法少女になるよ。」
翠  「気持ちは分かるけど…でもね詩織、魔法少女は過酷で悲惨なものなの。殆どの子がなって間も無く死んでしまうの。幸恵も陽子もそうだったんだよ…」
詩織 「でも私、幸恵の事忘れたくない…」
翠  「それでも自分の命を懸ける程ではないでしょ。」
詩織 「…幸恵はね、昔私がいじめられてた時にその状態から必死で救い出してくれたんだよ。それは幸恵にとってもかなりリスクのある事だったのに…でもやってくれたの。そんな子を忘れろだなんてあなたは言うの。」
翠  「それは幸恵にとって詩織が…」
 〝ダメだ、そんな事を言えば詩織はますます…〟
 翠は心を鬼にした。これ以上自分の周りの人間を失う訳にはいかない、たとえそれで詩織と絶交になろうとも…
翠  「詩織、本当の事教えようか?」
詩織 「ええ、是非教えてよ。」
翠  「幸恵が死んでしまったの、詩織の所為なんだよ。」
詩織 「えっ!?」
翠  「詩織、幸恵と私の接近に嫉妬して拗ねたでしょ。だから幸恵はあなたの機嫌を取る為に高い買い物をしたの。そしてその分を補う為に無理をして戦い、その結果死んでしまったのよ。」
詩織 「えっ。じゃあ、あのオルゴールの為に…」
翠  「そうよ。」
詩織 「そんな…」
 詩織は両手を口に当て声を詰まらせた。そしてもう耐えられないとばかりにその場から逃げ去って行った。
 (これでいいんだ…)
 翠はそう自分に言い聞かせると、次になすべき事をする為に走り出した。
 翠はいつもの公園にやって来るとキュゥべえを呼んだ。
翠  「キュゥべえどこ、いるんでしょ?大事な用があるの、すぐ出て来て。」
 だがいくら翠がキュゥべえを呼べど叫べど、キュゥべえは現れはしなかった。

  ♢

 詩織は泣きながら家へ帰ると、自分の部屋へと駆け込んだ。そして幸恵から貰ったオルゴールを持ち上げて声を上げた。
詩織 「こんな物…」
 しかし詩織はそれを投げつけたりすることは出来なかった。今となっては大事な幸恵の形見なのだ。自分に良かれと思ってくれた、幸恵からのプレゼントなのだから。
詩織 「幸恵…」
 詩織はオルゴールを抱えると涙に沈んだ。
?  「何かお悩みかな?」
 突然の声に詩織は驚いた。
詩織 「誰?」
 詩織は声の主を探した。窓のカーテンにキュゥべえの影があった。

  ♢

 町外れにある高台の公園から夕陽に染まる見滝原を眺め佇んでいる亮。その背後からキュゥべえが声を掛けた。
キュゥべえ「君は何者なんだい?」
亮  「さあ、何者なんだろうね。」
キュゥべえ「何が目的なんだい?」
亮  「さあ、何が目的なんだろうね。」
キュゥべえ「この世界の人間ではないよね。」
 亮はキュゥべえの方を向き、ブランコの柵の上に腰掛け答えた。
亮  「そうだね、この世界の者でもないし、ましてや人間なんかでもない。」
キュゥべえ「敵、なのかな?」
亮  「ふふふ…」
 亮は笑みを浮かべ首をかしげて言った。
亮  「誰の、誰にとっての敵なんだい?」
キュゥべえ「僕達のさ。」
亮  「僕達、だって…それってインキュベーター達って意味かな。それともまさかこの星の人間も含めてって事なのかい。」
 キュゥべえは尻尾を一度振ってから答えた。
キュゥべえ「この宇宙にとってって事さ。」
 亮は顔を覆うように右手を上げた。そして一呼吸置いてからおもむろに言った。
亮  「ああ、そうだね…」
 すると亮は何か感慨に耽ったように黙った。キュゥべえは状況から、亮のその言葉を前置きと判断して続きがあると思い待った。
亮  「キュゥべえ、君に一つ質問をしてもいいかな。」
キュゥべえ「何だい?」
亮  「葉恒翠は凄い魔法少女だよね。」
キュゥべえ「うん、そうだね。」
亮  「サードオブリゲイションタイプの彼女が旨く育てば多くの問題が解決するだろう。あの厄介なセカンドオブリゲイションタイプの事だって無くせるかもしれないし、旨く行けば宇宙の熱的死の問題すらも回避できるかもしれない。」
キュゥべえ「…」
亮  「つまり彼女の潜在的価値は無限大って事だよ。まあ飽く迄も都合好く育てばの話だけどね。」
キュゥべえ「…」
亮  「そこで僕が君に聞きたい事はね、この僕の問題を解決するのに必要な資源が翠一人かこの星に今いる翠以外の全ての魔法少女かだって言ったら、君は一体どっちを選ぶのかって事さ。」
キュゥべえ「何だい、それは。この星に今いる魔法少女の総戦力は今の翠よりは遥かに大きいよ。それにこの星の人類はすでに自らを殲滅させるだけの破壊兵器を保有するに至っている。その状態で急に魔法少女達を失い人の負の感情を助長する魔獣達がのさばればバランスが崩れ、相互不信から殺し合いが始まりこの星の人類はすぐに自滅していなくなってしまうよ。この星の本当の旨味は正にこれから百年位なんだ。人口が最大となり多くの大きな問題を抱え種としての存続の岐路に立っている今こそが、最も感情的エネルギーを放出してくれる書き入れ時だって言うのに、それを手放すなんて合理的じゃないよ。」
亮  「つまり、割に合わないって言いたいのかい。」
キュゥべえ「そうさ。」
亮  「でも翠の持つ潜在エネルギーがこの星から得られる総量より遥かに大きい事は君にも判っているのだろう?」
キュゥべえ「君の言いたい事は分かる。期待値として翠の方が上だって言いたいんだろ。でも僕達インキュベーターは全財産を注ぎ込んでまで宝くじを買ったりはしないさ。100%の100万と1%の1億なら、必ず前者を選ぶよ。」
亮  「なるほど、この世界のインキュベーターはかなり堅実派って事か…」
キュゥべえ「ん?」
亮  「セカンドオブリゲイションタイプの問題はどうするんだい?」
キュゥべえ「その問題はすでに織り込み済みさ。彼女の破壊速度より我々の拡散速度の方が速いからね。」
亮  「ふふ、君達にとっては税金みたいな物ぐらいって事か…」
 亮はおもむろに立ち上がると再び街の方を向き、崖際に立ってそれを見下ろした。
キュゥべえ「僕の質問の答えはまだかな?」
亮  「それなら最初に答えたろ、この宇宙の敵だってさ。」
 そして亮はキュゥべえの眼前から消えていなくなった。キュゥべえは何度か瞬きをしてから呟いた。
キュゥべえ「参ったな。取り敢えずゼノビアとフローラの二人には話をしておくか…」

  ♢

 夜になって詠が公園で待っていると、酷く消沈した翠がやって来た。
詠  「どうしたの、翠。何かあった?」
翠  「ええ…実はずっとキュゥべえを探していたのだけれど…」
キュゥべえ「何だい翠、僕をお探しかい。」
 背後からのその声に、翠はホッとしたように振り返りながら言った。
翠  「ああキュゥべえ、私あなたにやっても…」
 翠は息を飲んだ。キュゥべえが詩織の肩の上に乗っていたからだ。
翠  「詩織…」
 詩織は笑みを見せ言った。
詩織 「ねえ翠。そちらの方、紹介してよ。」
 翠と詩織はお互いを見詰めたまま暫く沈黙した。詠がそれを破る。
詠  「えーと…キュゥべえ、どういう事なのかしら?」
キュゥべえ「うん、この子は真麻詩織。今日から君達の仲間だよ。」
詠  「そう…真麻さん?私は春哥詠、静沼中の二年よ。詠でいいわ、宜しくね。」
 詠は詩織に握手を求めた。詩織はその握手に応えながら言った。
詩織 「どうも、詠さん。私は見滝原中の一年で翠と同じクラスの者です。詩織って呼んでくださいね。」
 詠は翠がこの詩織という子に魔法少女になって欲しくなかった事をすぐに察した。だがなってしまったものは仕方がない。詠は翠の肩に手を掛けて促した。
詠  「さあ、私達の義務を果たしましょう。」

  ♢

 魔獣空間の中に入ると突然翠は豹変し、声を上げ魔獣達に向かって行った。
 (ままならない、ままならない、どうしてこうもままならない…)
 翠は苛立った。そしてその怒りを魔獣達にぶつけた。それはもう八つ当たりだった。
 (魔法少女になれば運命を変えられるんじゃなかったの?)
 翠は惜しげもなくメギドを放った。もうマミの重しは無くなってしまっていた。
 (避けようもない滅びも嘆きも覆せるんじゃなかったの?)
 翠がメギドで魔獣を粉砕して行く様は、もはや狩りと言うより純粋な破壊行為としか言いようが無かった。
 それを見ていた詠と詩織は圧倒され、全く動けなくなっていた。
詠  「翠ったらどんどん強くなって行ってるわね…」
キュゥべえ「それは的確な表現ではないね。」
詠  「え?」
キュゥべえ「翠は強くなっているのではなく、自分の本来の力に目覚めて行ってるのさ。」
詠  「翠の本来の力って…一体どういう事なの?」
キュゥべえ「翠は僕の、いや、我々インキュベーターの知る限り最大の魔法少女なんだよ。しかも桁外れのね。このまま彼女がその力の全てを覚醒させたのなら、彼女はこの宇宙をも破壊出来るほどの前代未聞の大魔法少女になる事だろう。彼女がその圧倒的な力の片鱗をもまだ見せていないのは、それがあまりに大きすぎる為に彼女自身が理解出来ていないからなのさ。」
詠  「その力の片鱗って…充分見せているんじゃないの?」
キュゥべえ「まさか。あんなもんじゃないよ、彼女の本当の力は。」
 詠は薄ら寒さを覚えた。
キュゥべえ「いやまったく、確かにあれが使い捨てなんて勿体無いよね。」
詠  「え?」
 その言葉に詠は驚き、すぐにキュゥべえの方を見た。しかしキュゥべえは結界から出てしまったのかもうそこにはいなかった。
 (使い捨てって、魔法少女は皆使い捨てって事なのかしら?それとも…)
 だが今の詠にはその言葉の真意を窺い知る事は出来なかった。
 それでも詠は自分がすべき事を見失いはしなかった。魔獣を全滅させ一際高い塔の上に仁王立ちしている翠の許へ行き声を掛ける。
詠  「翠…確かに私はあなたに自覚を求めたけれど、それはこういう事じゃないよ。」
翠  「ふふっ、まあそうでしょうね。…でも有効だわ、これなら誰も死なない。」
詠  「狩りの時はね。でも置いていかれた詩織はいざと言う時どうなるのかしら。」
 そう言われて翠は唖然として佇む詩織の方を見やった。このやり方では詩織は経験を積めないし、カースキューブも稼げない。
翠  「…そうね。御免なさい詠さん、私ちょっと取り乱しちゃったみたいです…」
詠  「いいのよ、そういう日もあるわ。」
 
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