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SECOND

作者:灰文鳥
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第一部
第二章
  第十四話『世界が変わっても、運命は変わらない』

 朝、翠と陽子はマミとほむらに送られて自分達の教室の前まで来ると、二人に挨拶をして別れた。その光景を幸恵がじっと見詰めていた。
 お昼になって翠と陽子が学食で昼食を取っていると、幸恵が詩織を引き連れて近付いて来た。
幸恵 「ねえ、葉恒さん空納さん。同じ席に座っても宜しいかしら?」
 以前の事もあり翠と陽子は警戒するも、言い方が丁寧だった事と、下手に断って却って嫌がらせを誘発するのも避けたかったので了承する事にした。
翠  「ええ、構いませんけど…」
幸恵 「そう、よかった。」
 幸恵は詩織を促すと、二人の前に着席した。
幸恵 「空納さん、こないだはごめんなさいね。随分と酷い事をしてしまって、許して頂けるかしら?」
 そう言われると、許さない訳にもいかない。
陽子 「う、うん…もういいよ。」
幸恵 「そっ、よかった。それじゃあ私達お友達になりましょうよ、どうかしら?」
 そう言われると、断る訳にもいかない。
翠  「ええ、それはいいですね…」
幸恵 「でしょでしょ、是非そうしましょ。」
 幸恵以外の三人はしらけ気味だったが、幸恵は気にもせず本題に入った。
幸恵 「ところでぇ…お二人は巴先輩と暁美先輩と仲がお宜しいようですけどぉ…」
翠  「ああ、それは…実は私達、今一人暮らしをしているんですけど、それでやはり一人暮らしをしていらっしゃるあのお二人にいろいろとご教授を賜っているんです。それで仲良くさせて貰ってるんです。」
幸恵 「そう。それじゃあ、お勉強とかも教わったりしているのかしら?」
翠  「ええまあ、その辺りの事も少しはお伺いしたかもしれませんけど…」
幸恵 「あのお二人ともなると、やっぱり特別な勉強法をしていたりするのかしら?」
翠  「え~と。まあ、そうですかねぇ…」
幸恵 「そう、やっぱり…」
 翠は適当に答えただけだったが、幸恵は我が意を得たりとばかりの顔をした。
幸恵 「もし、もしもですよ。あのお二人とお勉強会とかするのでしたら、是非とも私達も御一緒させて貰えないかしら?」
翠  「あ~そうですねぇ…でもあのお二人もいろいろとお忙しいようなのでどうかなぁ~、まあ聞いてはみますけどねぇ…」
幸恵 「ええ是非、是非にそうしてちょうだい!約束よ、いいわね。」
 翠は適当な事を言ってしまって後悔したが、幸恵は言質が取れて満足気だった。

  ♢

 ほむらの部屋で、まどかはお昼にまたカップ麺の用意をした。食べる前に手を合わせる。
まどか「ほむらちゃん、頂きます。」
 食べ終わるとまどかはまたする事が無くなってしまった。ソファーでぐったりするが、突如跳ね起きる。
まどか「夕飯のお買い物くらいなら大丈夫だよね。だってマミさんもこの間は今ぐらいの時間には学校終ってたみたいだし、見滝原の制服で行けるよね。」
 まどかは自分に言い聞かせるように呟くと、近くのスーパーに買い物に出る事にした。
 まどかがマンションから出て来る所を、別のビルの屋上から亮が眺めていた。
亮  「おやおや、御姫様がナイトも付けずにお出かけとはね。」
マミ 「それで、あなたは一体何者なのかしら?」
 いつの間にか亮に銃口を向けた、魔法少女のマミがそこにいた。
亮  「ふーん。僕を見張ってた…って訳じゃなくって、まどかを見張っていたら僕に気付いたって所かな。それでも大したものだよね、君は。確か巴マミって言ったっけ?」
マミ 「質問しているのは私の方よ。あなたは誰、そして目的は何?」
亮  「フフフ、僕が答えなきゃいけない理由ってあるのかな?」
 〝ダン!〟
 そんな余裕気な亮の脇腹に、マミは全く躊躇無くマスケット銃を一発撃ち込んだ。
亮  「おいおい、普通威嚇射撃ってのは外すか、当てたとしても足ぐらいに撃つものじゃないのかい。」
 苦しげに脇腹に手を当ててしゃがみ込んだ亮は文句を言った。
マミ 「次は頭よ。」
 マミは全くの無表情で銃を構えている。
亮  「いいのかい?殺しちゃったら何も情報が聞き出せないけど。」
マミ 「どうせ話さないのなら、未然に危険を排除するまでよ。」
亮  「君は平気で人を殺せるのかい?」
 その質問に対しては、マミは表情を緩めて答える。
マミ 「それなら大丈夫よ、だってあなたは人間ではないですもの。」
亮  「ンフ、お見通しってか…」
 亮は苦し気に笑みを浮かべ、何かを指で弾いて飛ばした。それは時々光りながら大きな放物線を描いてマミの足元に落ちて来た。金属音を響かせて転がるそれを、マミは銃口を亮に向けたまま眼だけで確かめる。
マミ 「あっ、これは!」
 それはマミがまどかのソウルジェムと一緒に握り締めたボルトだった。それを見てマミは一瞬動揺した。それでもマミはすぐに亮の方を見直したが、そこにはもう亮はいなかった。慌てて駆け寄りビルの下を覗き込むも、もうどこにも亮の姿は無かった。

  ♢

 まどかは晩御飯の献立を考えつつ、スーパーの中でカートを押しながら商品を選んでいた。まどかはとても楽しそうだった。それはまるで久しぶりの自由を楽しんでいるかのようだった。カゴに選んだ商品を一杯にしてレジに行き、ほむらのカードで支払いを済ませると、レジ袋に商品を移し替えてスーパーを出た。すると突然、四方から背広を着た男達が現れて囲まれてしまった。
まどか「わっ、私…万引きとかしてませんけど…」
背広 「そうではないよ。君は見滝原中の生徒なのかい?」
まどか「ええ…そうですけど…」
背広 「まだ学校が終わる時間じゃないよね。どうして今頃スーパーにいるのかな?」
まどか「えーと、あの、その…今日は進路面談の関係で早く帰れたんです。」
背広 「学生証は持っているよね。見せて貰えるかな?」
まどか「あの…そう言うあなた方はどなた様なのでしょうか?」
背広 「失礼、私達はこういう者です。」
 そう言って背広の男は警察手帳を開いてまどかに見せた。その手帳には後藤と記されていた。
後藤 「実はね、他人のカードを使って勝手に買い物をしている子がいるって通報があったんだ。君、ちょっと署まで来て貰えるかな。」
 まどかは補導されてしまった。

  ♢

 ほむらが帰宅すると、まどかがいなかった。
 (靴が無い、近くのコンビニにでも行ってるのだろうか?それとも…)
 ほむらは胸騒ぎを覚えた。その時電話が鳴った。慌ててそれを取るほむら。
ほむら「もしもし、まどか?」
詢子 「いいえ、私よ。詢子、鹿目詢子。分かる?」
ほむら「あっすみません、詢子さん。ちょっと慌ててしまって。」
詢子 「やっぱりまどかちゃんに何かあったのね。」
ほむら「何か御存じなのですか?」
詢子 「ええ。さっきね、見滝原署から私の所に電話があってね、家族の中に中学生ぐらいのまどかって娘さんはいるかって聞かれたの。それでね、いませんって答えたんだけど、まどかって聞いて真っ先にあなたが連れて来たお友達のまどかちゃんの事なんじゃないかなって気がしたの。よく分からないけど、まどかちゃん警察に補導されてしまったみたいよ。」
ほむら「そうですか…詢子さん、有り難う御座います。私、すぐ見滝原署の方へ行ってみます。では失礼します。」
 ほむらは受話器を置くと、家を飛び出した。

  ♢

 見滝原署の一室では、男女二人の職員がまどかを尋問していた。
後藤 「学校にも問い合わせたけど、鹿目まどかなんていう生徒は見滝原中にはいないそうだよ。」
白石 「鹿目って珍しい姓よねぇ。この辺でその名字の家は一軒しかなくってね、そこに連絡してみたんだけれど、あなたぐらいの年頃の女の子なんて家族にはいないって言っていたのよ。」
後藤 「このカードも君の物じゃないよねぇ。そしてこのカード自体おかしな所だらけだ。いろんな信販会社に問い合わせたけど、こんなカードを扱っている会社は無かったよ。」
白石 「一体あなたは何者なのかしら?本当の名前、そろそろ教えて貰えないかなぁ。」
 まどかはただ俯いて、目に溜まった涙を零さないようにする事しか出来なかった。
 すると突然に、部屋の扉が開け放たれた。驚く職員がそちらに目をやると、つかつかとほむらが歩み寄って来た。
後藤 「おいおい、勝手に入って来ちゃ困るよ。一体君は誰なんだい?」
ほむら「私は暁美ほむら。」
キュゥべえ「そして僕はキュゥべえさ。」
 ほむらの肩越しにキュゥべえが顔を出して答え、職員達と目を合わせた。二人の職員は急にぼんやりとした顔になった。
後藤 「ああそれなら、後の事は私達の方で適当に処理しておくよ。」
白石 「さあ、もう行っていいわよ。」
 ほむらは机の上に置かれたカードを引っ掴むと、唖然とするまどかを引っ張ってそこから連れ出した。
 警察署から二人が出て来ると、そこには詢子が待っていた。
詢子 「二人とも何があったの?おばさんとっても心配になってるのよ。訳があるなら話してちょうだい、力になりたいの。」
 まどかは詢子を見て〝ママ!〟と叫んで飛び付きたい衝動に駆られたが、必死にそれをこらえていた。
 ほむらが取り繕う。
ほむら「詢子おば様、余計な御心配をお掛けして大変申し訳御座いませんでした。実はまどかは家庭に問題があって、一時的に私の所に避難しているのです。その為、本名を明かして実の親許にでも帰されては大変と、つい優しくして頂いた詢子さんの鹿目の姓を出してしまったのです。ご迷惑をお掛けした事、重ねてお詫び申し上げます。」
詢子 「そんな、実の親許に帰れないなんて一体…」
 ほむらはギュッとまどかを抱き寄せた。
ほむら「あの…大変申し上げにくい事なのですが、その…父親の方から…何と言うか、性的な…」
詢子 「ご、ごめんなさい。おばさんずけずけと無理強いして、なんだか嫌な事言わせちゃったわね。」
ほむら「いえ、私の方こそ詢子さんを巻き込むような事になってしまって。」
 詢子は俯くまどかの前にしゃがみ込んでまどかに言った。
詢子 「まどかちゃん、おばさん何か出来る事あったら全面的に協力するからね、味方だよ。あっそうだ、おばさんがタクシーで送ろうか?」
ほむら「いえ、もう本当にこれ以上は却って恐縮ですので。」
詢子 「そう、それなら今日はもうおばさん退散するね。でもいつでも何でも言って来てよね、約束よ。」
ほむら「はい、本当に有り難う御座いました。」
 ほむらとまどかが深々と頭を下げるのを見て、詢子は敢えて早急にその場を離れる事にした。
 詢子がいなくなって二人になると、まどかはほむらに弱々しく謝った。
まどか「ほむらちゃん、勝手な事をして迷惑掛けて御免なさい。」
 ほむらはそんなまどかの手を取ると、ニッコリとほほ笑んで返した。
ほむら「とにかく帰ろ、まどか。」
 そしてほむらはまどかの手を引っ張って、家路に就いた。

  ♢

 ほむらとまどかの二人が部屋に帰ると、窓が光り雷鳴が轟いた。落ち込むまどかをソファーに座らせると、ほむらは賑やかしにテレビを点けた。テレビでは丁度天気予報が流れ、今夜は嵐になると伝えていた。ほむらは元気の無いまどかを暫く眺めていたが、何か思い付くと一度手を叩いてからまどかに話し掛けた。
ほむら「ねえ、まどか。今夜は魔獣狩りが無いから一緒にいられるの。だから二人でパーティをしましょ。」
まどか「うん、でも私…」
 ノリの悪いまどかに対し、ほむらはその横に座るとまどかと同じように俯いて言う。
ほむら「まどかが落ち込んでいると、私まで気分が重くなってしまうの。私の為に、嘘でもいいから明るく振舞ってみてくれないかなぁ。」
 まどかはそう言われるとハッとしたようにほむらの方を見て、その俯いた横顔に応えた。
まどか「うん、そうだね、ほむらちゃん。ごめんね、私頑張るよ。」

  ♢

 雷雨の中、マミ、翠、陽子、詠、そして唯の五人は魔獣狩りの為に集まっていた。
マミ 「ほむらが来てないけど、誰か知ってる?」
陽子 「あっ、そういえば。今日私が職員室に行った時、見滝原の制服を着たまどかって子がスーパーで補導されたんだけど、その子は見滝原の生徒じゃないらしくて話題になってました。私思ったんですけど、それってあのまどかさんの事なんじゃないのかな。」
マミ 「そう、そんな事が…」
 マミが取り敢えずケータイでほむらに連絡を取ろうかと思っていると、そこへキュゥべえがやって来た。
マミ 「ねえキュゥべえ、ほむらに何かあった?」
キュゥべえ「ああ実はね、あのまどかって子が警察に捕まったんで一緒に引き取りに行ったんだよ。だから一旦まどかを家に連れて帰った後にでも来るんじゃないのかな?」
マミ 「そう…」
詠  「あの、私ケータイ持ってますけど、使いますか?」
マミ 「いえ、私も持ってるんだけど…彼女、まどかって子の事になるとちょっと過敏な所があるから、催促するのは逆効果ね。でも魔法少女としての自覚はしっかりしてるから、大丈夫だとは思うけど…」
 唯はやきもきしながら話を聞いていたが、遂に我慢しきれなくなって言った。
唯  「マミさん、ここにいる五人で行ってはいけないのかい?俺が新人で戦力に不安があるとでも?」
 マミは翠の方を見て答える。
マミ 「そうね、戦力としてはこの五人でも充分過ぎる程だとは思うけど、後から来たほむらが孤立してしまうかもしれないのがちょっと心配なのよね。」
唯  「まあ、何か訳があるんだろうけどさ、遅刻してる奴の所為でこの雨ん中待たされんのも勘弁して欲しいんですよね。」
 唯は待たされているというよりも、初陣にうずうずしている感じだった。マミが翠に視線を送ると、翠は軽く頷いて見せた。
マミ 「では、この五人で行きましょう。」
 そして五人は魔獣の結界の中へと消えて行った。

  ♢

 ほむらとまどかはテレビのお笑い番組を見て笑っていた。まどかは少し無理をして笑っているようだった。その時、呼び鈴が鳴った。ほむらが頼んでいたピザの宅配が届いたのだ。ほむらはカードで支払いを済ませると、ピザの箱を頭上に掲げながら運び、まどかの前にそれを置いた。
ほむら「温かい内に食べましょう。」
 二人は缶ジュースを開けて乾杯すると、ピザを取り出して口に運んだ。
ほむら「う~ん、これ美味しいね、まどか。」
まどか「うん、美味しいね…」
 しかし、まどかは急に暗くなってしまう。
まどか「配達の人、こんな嵐の中大変なのに…私は何にもしないで、部屋の中で食べているのね…」
 不労に対する自責の念で、また落ち込み出したまどか。それを見たほむらは、対面からまどかの横に移ると、俯くまどかの下から見上げるようにして悲しげに懇願した。
ほむら「頑張ってくれるんじゃなかったのかなぁ。」
 少し間を置いてから、思い出したようにまどかは笑顔を作って言った。
まどか「冷めない内に食べちゃわなきゃね。」
 そして、少し無理気味にピザを頬張った。

  ♢

 魔獣空間の中に入ったマミは驚いていた。魔獣空間の中でも雨が降っていたからだ。そんなマミの異変に気付いた翠は質問した。
翠  「マミさん、どうかしたのですか?」
マミ 「ええ、雨が降っているのがね…」
翠  「今日は外でも降っているから、こっちでも降っているってだけなんじゃないんですか?」
マミ 「いいえ、私が知る限り魔獣空間の中で雨が降っていた事は一度も無かったわ。外がどんな時でも、ここはいつも同じだったもの。」
 その時、一行は魔獣の群れを見つけた。魔獣達は数こそやや多かったものの、中小の大きさの物ばかりで新人にはうってつけの相手だった。うずうずした唯が詠の制止を振り切ってマミに催促する。
唯  「マミさん、俺もう行きますけどいいですよね?」
 マミは、はやる唯に御預けをしても却って危険と判断した。
マミ 「いいわ。みんな、綾野さんを中心に彼女をサポートしてあげて。さあ、お好きなようにしてごらんなさい、綾野さん。」
唯  「くーっ、さすがマミさん分かってらっしゃる!」
 唯は喜々として魔獣の群れに突っ込んで行った。無謀な唯を詠が追い、陽子も続いた。翠が行こうとするとマミが止める。
マミ 「待って、翠。」
翠  「はい、何でしょうか?」
マミ 「あのメギドって技、あんまり多用しないで欲しいんだけど。」
翠  「えっ…ああ…でも私、仲間をあの衝撃波に巻き込まないようにちゃんと気を付けているつもりなんですけど…」
マミ 「いいえ、そうではないの翠。勘違いしないでね、あなたの為を思ってお願いしているのよ。」
翠  「それは、お気遣いどうも…」
 正直、翠にはマミの心配の意味が分からなかった。

  ♢

 ほむらとまどかはテレビゲームに興じていた。キャッキャッと戯れる二人。

  ♢

 雨の中、五人は倒しても倒してもまるで無限に湧き出るように現れる魔獣に、次第に苦戦を強いられるようになっていた。不安を覚えた詠がマミの許へ行くと、それに倣うように他の三人も集まって来た。
詠  「マミさん。何と言うか、これってちょっとおかしいですよね。」
翠  「私もそう思います。妙に多いい出現数もですが、それ以上に個々の魔獣の様子も少し変です。」
マミ 「そうね、まるで意味も無くやられに来ているみたいよね。…みんな疲れた?」
唯  「マミさん、俺は全然平気だぜ。でも陽子辺りはもうへばって来てるんじゃないのかな?」
 陽子は唯に自分が一番下だと思われている事にムッとした。
陽子 「別に。無駄の多い新人のサポートぐらい、何でもないよ。」
唯  「ヘッ、言ってくれるじゃん。」
 しかし、その陽子の物言いに驚いたのは翠だった。最近の陽子は以前より積極的になっている気がした。
マミ 「私としてはいろいろと気になる所があるから退きたいのだけれど…もし今退いてほむらと入れ違いになってしまい、これだけの数の魔獣をほむらが一人で相手をする羽目にでもなると不味いのよね。みんな、もう少し頑張れるかしら?」
翠  「私は大丈夫です。ほむらさんが来るまで幾らでも頑張ります。」
詠  「私もまだ出来るわ。」
陽子 「私だって平気です。」
唯  「ああ、勿論俺もだぜ。て言うか、遅刻野郎なんて放っといて、全滅させるまでやり抜きましょうよ。」
マミ 「…。では皆さん、無理をしないようにお互いをカバーし合って行きましょう。」
 そして五人はまた戦いへと散って行った。

  ♢

 ほむらとまどかは入浴をしていた。まどかの頭でシャンプーを泡立てながら、ほむらがふざける。
ほむら「お客様ぁ、どこか痒い所は御座いませんかぁ。」
 まどかもほむらに乗って返す。
まどか「ええっと、頭のてっぺんの所が少し。」
ほむら「はぁい、かしこまりましたぁ。」
 そして二人は顔を見合せてクスクスと笑い出した。

  ♢

 翠は魔獣に撥ね飛ばされて地面を転げると水溜まりに倒れ込んだ。そこへ魔獣の追撃が来るとすんでの所で躱し、倒れたまま矢を放った。
 この戦いに於て翠一人が撃破した魔獣の数は他の四人の総数を凌駕していた。確かに翠はこの五人の中で、更にほむらを含めても、別格と言っていい程に強い魔法少女ではある。しかし生きている体を使用している以上、疲労はやって来る。この世界の魔法少女には魔力の枯渇以外に肉体の限界があった。そして今、その限界が翠に訪れようとしていた。
翠  「ほむらさんが来るまでは…」
 その時、大きな咆哮と共にかなり大型の魔獣が新たに二体出現した。堪らず再びマミの許に駆け寄る四人。
詠  「マミさん、さすがにあれはもう…」
マミ 「そうね…これはもう非常事態ね。仕方がありません、全員撤退しましょう!」
 だが撤退を決意した次の瞬間、結界の出口付近に巨大魔獣が現れた。
唯  「何なんだ、あのでかさは!」
詠  「マミさん、あれって?」
マミ 「ええ、私でも数回しか見た事の無い大きさの奴ね…」
 しかし百戦錬磨のマミは、ここぞとばかりに冷静に全員の状態と周囲の状況を見回した。
 (翠が大分へたっている。一番の頼りだけに辛い所だが、今までの活躍を考えれば致し方が無い。幸い翠のおかげか、自分を含めた四人にはまだ充分な余力がある。)
マミ 「まず退路の確保が先決ね。私と春哥さんと綾野さんの三人で、あの出口を塞いでいる一番大きいのを仕留めましょう。翠と陽子は可能な限り周りの魔獣を駆逐して私達を戦い易くしてちょうだい。どう、いいかしら?」
四人 「はい!」
 それぞれが行動に移る中、マミが陽子を捕まえて言った。
マミ 「陽子、翠をお願いね。」
陽子 「うん、勿論だよ。」
マミ 「陽子…今まで黙っていたけど、実は私キュゥべえから翠には特別な使命があるって告げられていたの。だからこんな所で翠を失う訳にはいかないの、分かってくれる?」
 陽子はマミから翠の事を託されて、自分という存在に意義を感じられて嬉しかった。
陽子 「…うん、よく分かった。」
 いつの間にか雨が激しくなっていた。

  ♢

 ほむらとまどかが一緒に並んでベッドで寝ていると、稲妻の閃光が窓のカーテンを光らせた。続く轟音を受け、ほむらはまどかの肩に顔をすり寄せて甘えた。
ほむら「まどか、かみなりぃ。」
まどか「もう、甘えんぼさんなんだから…」
 まどかはほむらの顔を優しく抱きかかえた。恐らくそれは、今のほむらにとって最も安らぎを覚えた一時だったであろう。しかし次の閃光が起こると、まどかは急に窓の方に身を乗り出した。何事かと思ってほむらも窓の方を見るとその時稲光りがし、カーテンにキュゥべえのシルエットが映った。
 ほむらが玄関に回って扉を開けると、びちょびちょのキュゥべえが外で水切りをしてから入って来た。
キュゥべえ「ふーぅ、やれやれ酷い雨だ。」
 ほむらは腕を組み、目を逸らしてあからさまに嫌悪感を込めて言った。
ほむら「何?」
キュゥべえ「何って、ほむら。どうして今夜の狩りには来ないんだい?」
 それを聞いてまどかは、どういう事なのか尋ねるようにほむらに言った。
まどか「ほむらちゃん?」
 ほむらはそれには答えず、吐き捨てるようにキュゥべえに言った。
ほむら「唯って子を新しく魔法少女にしたでしょ、それでもう充分なんじゃないの。第一、翠がいれば私なんて必要無いでしょ!」
キュゥべえ「それがそうでもなくってね。それに休むにしたってその事を事前に伝えて貰わなくっちゃ困るんだよ。今夜は変な夜でね、魔獣の様子が異常な上に数も多くってさ。それでみんな早く撤退したかったんだけど、いつ君が来るか分からないから入れ違いになる事を恐れて退くに退けなかったんだよ。」
まどか「ほむらちゃん!」
 今度は〝大変だほむらちゃん、みんなを助けに行かなくちゃ〟の〝ほむらちゃん〟だった。
 ほむらはキュゥべえを睨み付けながら、怒りを込めて言った。
ほむら「分かったわ!」
 そしてくるりとまどかの方を向くと、申し訳なさそうな顔をして言った。
ほむら「ごめんね、まどか。嘘を吐いてた事とかいろいろあるけど、とにかく今は行って来るね。」
まどか「全ては私の所為なんだね。でも今は一刻も早く行って、みんなを助けて欲しいから笑顔で送るよ。」
ほむら「うん、ありがとう。」
 ほむらは玄関で変身するとキュゥべえに確かめる。
ほむら「いつもの公園でいいのね。」
キュゥべえ「うん、そうだよ。」
まどか「ほむらちゃん、気を付けてね。」
 ほむらはキュゥべえをチラリと見て言った。
ほむら「まどかこそ気を付けてね。」
 そしてほむらは現場へと向かって行った。

  ♢

 マミは露払いに銃を撃ちながら、詠と唯を引き連れて巨大魔獣へと向かっていた。
マミ 「作戦なんだけど、春哥さんがあの魔獣の気を引いてる間に私がリボンで魔獣の足を拘束して動きを止めるから、そこで綾野さんがトドメを刺して欲しいの。どうかしら?」
詠  「私はそれでいいですが。」
唯  「おっおう、任せといてくれよ。やってやるさ…」
 マミは本当はこの作戦より、二人に魔獣の気を逸らして貰い、自分がティロ・フィナーレでトドメを刺す方にしたかった。しかしその方法だと、近接武器を使用する不慣れな唯が死んでしまう確率が高いと考えた。マミは自分がより危険な目に合うとしても、誰も欠ける事の無いであろう方を選んだ。
 手筈通りに詠は高い塔に跳び上がると、魔獣の気を引き始めた。マミは軽く回り込むように魔獣の足元に着くと、リボンを出してその足を巻き出した。魔獣は足を取られ体勢を崩されると、腕を振って周りの塔を砕きながらもがいた。
マミ 「綾野さん、今よ!」
 マミは唯に叫んで合図をした。しかし唯は現れなかった。唯はその巨大魔獣のあまりの迫力と、全力での一撃を出す事で自分が魔力を使い切ってしまう恐怖におののき、攻撃を出せずにいた。
 魔獣がマミを襲う。魔獣の猛攻にマミは足の拘束を維持出来ず、結局それを振り解かれてしまった。
詠  「唯!何やってるの!」
 詠はマミを援護しながらも、塔の裏で逡巡している唯を見つけると檄を飛ばした。マミは苦しみながらも巧みにリボンを駆使して、再度魔獣の足を拘束する事に成功した。唸りを上げて倒れる魔獣に唯も意を決して、というよりも破れかぶれ気味に切り掛かって行った。魔獣の下敷きになりそうになったマミは、近くの塔を足場にして上空へと舞い上がって退避した。しかし、その舞い上がるマミの体を魔獣の手が掴み取った。
唯  「正義断罪!」
 唯が彼女の言わば必殺技で倒れ込んた魔獣の首を切り落とした瞬間、魔獣に握られその拳から首だけを出した状態のマミのその首を魔獣のもう一方の掌底がちぎり切った。
唯  「さ、先に出るぞ!」
 唯はパニクッていて、ノルマは果たしたとばかりに脱兎の如く結界から逃げ出した。

  ♢

 地に降りて弓を放っていた翠のやや後方で、何かが濡れた地面に落ちて来て転がったようなボシャシャッという音がした。翠は何気に振り向いてその音のした方に目を向けると戦慄し、それを見詰めたまま暫く動けなくなった。

  ♢

 真っ先に結界の外に出た唯のその荒い息が整う頃、詠と陽子がマミの体を二人で抱えて現れた。
唯  「あっマミさん、大丈夫ですか?」
 唯は知らずに近付くと、マミの首が無い事に気付き、仰天して尻餅を突いて倒れた。
唯  「えっ、あっ、そっ…」
 唯が狼狽している所に、マミの首を大事そうに胸に抱えた翠が現れた。唯が何も出来ずに腰を抜かしている間に、詠と陽子はマミの体を丁寧に地面に置くと、その両手を胸の上に合わせさせた。詠が変身の解けたマミのポケットからハンカチを取り出すと、翠はマミの首をそっと体に繋がるように置き、その上をハンカチで覆った。それらは全て無言で行われ、そして沈黙はその後も続いた。
 その沈黙はほむらの登場によって破られた。
ほむら「みんな…」
 ほむらは横たわるマミと他の魔法少女の様子から事態をすぐに把握した。
ほむら「御免なさい…」
 ほむらは項垂れて見せたが、マミの死それ自体には特に感慨は無かった。彼女の死なら何度も見ている。
唯  「おめーの所為だぞ!」
 突如唯はほむらの胸倉を掴んで怒鳴りつけた。ほむらは顔を背ける。
唯  「マミさんはなぁ、マミさんはなぁ、お前が行き違いになったらいけねえって退くに退けずにいたんだぞ。今まで何やってやがったんだよ、えぇ!」
ほむら「私の方もちょっといろいろあったから…」
唯  「ちょっとって何だよ、いろいろって何なんだよ、それって遅れたりサボったりするだけの事だったのかよ!」
 唯は掴んだ胸倉を絞り上げて追及した。更に顔を押し付けるようにしてほむらの耳元でがなる。
唯  「おめーがマミさん殺したようなものなんだぞ!分かってんのかよ、ふざけてんじゃねーぞこらぁ!」
 その時、翠がほむらの胸倉を掴んでいる唯の手を掴んで割って入った。
翠  「止めて…」
 背の高い唯を下から突き上げるように、鋭い眼光で翠は睨んでいた。唯はそんな翠に少し怯んだ。
唯  「でもよーこいつがよー…」
翠  「止めて。」
 翠の実力はさっきの戦いで唯にも充分理解出来ていた。そこへ更に、詠が唯をたしなめる。
詠  「唯。あなたには本当に、ほむらさんを責める資格があるのかしら?」
 唯は完全に怯んで腰砕けになった。ほむらから手を離すと拗ねたように向こうを向いた。
翠  「私が言うべき事ではないのかもしれないけど、魔法少女が戦いの中で死ぬのは織り込み済みの事でしょ。私達はそういう運命を受け入れたんでしょ。マミさんが死んでしまって私凄く悲しいよ。でもそれで私達がお互いにいがみ合うのって違うでしょ。第一そんな事するのはマミさんの前で失礼だよ!」
 再び沈黙が訪れた。誰も何も言えない。
翠  「キュゥべえ!」
 翠は沈黙を破って叫んだ。するとすぐにキュゥべえは現れた。
キュゥべえ「何だい?」
翠  「マミさんの御遺体の事なんだけど…」
キュゥべえ「ああ、分かっているとも。彼女の遺体は彼女の両親のお墓に丁重に葬らせて頂くよ。それで良いかい?」
翠  「ええ、そうしておいてね。」
キュゥべえ「さあ、君達の今すべき事は休息を取る事だよ。後の事はこっちでやっておくから、みんなはもうお帰り。」
 まず詠と唯がマミに最後のお別れをして帰って行った。翠と陽子もそれに続きその場を離れた。最後に残ったほむらは、マミのハンカチを持ち上げてその死に様を見ると呟いた。
ほむら「世界が変わっても、運命は変わらないものなのね、マミ…」

  ♢

 帰路に就く翠は一緒にいる陽子に言った。
翠  「陽子、先に帰っていて。私どうしても確かめなくっちゃいけない事があるの。」
陽子 「…うん、分かった。」
 そして翠はほむらを追った。
 ほむらは帰路の途中、何者かの追跡を感じて人気の無い駐車場で待ち構えた。
 (あの唯って子かしら?だとするとかなり厄介だけど、どうしよう…)
 しかしそこに現れたのは翠だった。
ほむら「翠…何かしら?」
翠  「ほむらさん、ちょっといいですか?」
ほむら「ええ、でも手短にね。」
 ほむらは早くまどかの許へ戻りたかった。彼女が心配で堪らない。
翠  「今日遅れて来たのは本当に已むを得ない事情だったんでしょうか?」
 ほむらは翠から目を逸らして答えた。
ほむら「ええ、そうよ…」
 ほむらにとってはそうであったが、他人に理解を求めるのは難しい事だ。
翠  「そうですか…分かりました。」
 翠はとてもがっかりしたように言いながら下を向いた。ほむらはその翠の態度を見て、翠が自分に対して疑念と失望を懐いたと思い、焦りを感じた。今の自分の立場を考えれば翠は抱き込んでおきたい。
ほむら「さっきはありがとう。」
 ほむらは急に翠に近寄って行った。翠は突然のほむらの接近に当惑して慌てた。
翠  「いえ、別に、私はただ…」
 ほむらは翠の両手を取って、目を合わせて尋ねる。
ほむら「ねぇ、翠は私の事好き?」
 意表を衝かれ浮き足立った翠は、突然の質問に意味も分からず素っ頓狂に答えた。
翠  「えっあっはい、好きですよ。」
ほむら「なら、これはさっきのお礼…」
 ほむらは翠にキスをした。翠は目を見開いて驚く事しか出来なかった。しかしすぐに手を振り解いて離れると、後退りをしてほむらから距離を取った。
翠  「私は…私は…」
 翠は口元に手を添え震えながら言うと、逃げ出すようにその場から去って行った。残されたほむらは、出していた舌を引っ込めて呟いた。
ほむら「やっぱり、いきなり舌を入れたのはマズかったかしら…」

  ♢

 家に辿り着いた唯は、シャワーを浴びてから自室のベッドに倒れ込んだ。
唯  「くそぅ…あの時…」
 唯は苦しかった。自分は常に正しく格好良く他の者から頼られる存在でありたかったのに、あの時は情けなくも真っ先に逃げ出しマミの死にも気付けず、その死体の搬送にも係われなかった。
唯  「俺の…所為なのか…」
 そして何よりも唯を苦しめていたのは、マミが死んでしまったのは自分が逡巡してすぐに技を出さなかったからだという自責の念だった。
唯  「う~、だけどあいつさえ…」
 唯にはこの苦しみから逃れる為のエスケープゴードが必要だった。
唯  「…やっぱりあのほむらって奴が来なかったのが一番悪いんだ。そうだ、あいつさえ普通に来ていればこんな事にはならなかったんだ。あいつの所為なんだ…」
 唯にとってのそのエスケープゴードは、ほむらと定められた。
 
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