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SECOND

作者:灰文鳥
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第一部
第一章
  第二話『人魚姫なんて大嫌いなのに・・・』

 その次の日の朝、さやかはまたあの人魚姫の絵本の夢を見て涙と共に目覚めた。
さやか「何で…また…」
 だが起き上ったさやかは自分の頬を叩き、活を入れた。
さやか「よし!今日からは違うぞ!」
 そんなさやかだったが、学校にやって来ると憂鬱になった。仁美の件があったからだ。
 案の定、その日仁美はさやかを無視した。だからといってさやかはほむらと話す気にはなれず、孤独な一日を過ごす事となった。
 それでもさやかには大きな希望があった。早く学校が終わらないかと気をもむさやかであったが、奇しくもそういう日に限って当番の日であったりして、すぐに病院へとは向かえなかった。
さやか「もうー、こんな日に限ってー…」
 さやかは何とか当番の仕事を片付けると、学校を飛び出し一目散に恭介の病室へと駆け込んだ。しかしそこに恭介はいなかった。さやかは通り掛かった看護師に尋ねた。
さやか「あの、この部屋の患者さんって…」
看護師「ああ、あの男の子ね。その子なら今屋上にいると思うよ。」
 それを聞いて、さやかは屋上へと走った。屋上に近付くと、微かにバイオリンの音が聞こえて来た。
さやか「恭介!」
 さやかが屋上に到着すると、そこには車椅子に乗ってバイオリンを弾いている恭介と、それを聞く仁美がいた。
仁美 「さやか…」
 仁美が涙ながらに抱き付いて来た。さやかに気付き、恭介がバイオリンを止める。
恭介 「さやか…僕…僕さあ…」
 さやかは涙を浮かべて答えた。
さやか「うん…よかったね…」
 仁美を抱えながらさやかは恭介の許に近付き、そして三人は一つになって泣いた。

  ♢

 夜になって、さやかが魔獣狩りの為に公園へやって来ると、そこにはマミとほむらの他にもう一人女の子がいた。
マミ 「あっ来たわね。杏子、この子がさやかよ。」
杏子 「ふ~ん、おめーがド新人のさやかかよ。まっ、せいぜい足引っ張ったりしねーでくれよな。」
さやか「あの、マミさん。この人は?」
マミ 「さやか、彼女は佐倉杏子。私より古株の魔法少女よ。」
杏子 「〝古株〟は余計だぜ。」
さやか「そうですか…では、宜しく…」
杏子 「おう、宜しくな。」
 そしてその四人は魔獣狩りをすべく、魔獣空間へと消えて行った。

  ♢

 学校でマミは休み時間になると、ある一年生の教室へと足を運んだ。その教室からたまたま出て来た二人組に声を掛ける。
マミ 「ちょっといいかしら?聞きたい事があるのだけれど。」
一年生「何でしょうか?」
マミ 「このクラスに葉恒翠って子、いないかしら?」
一年生「えっ?私が葉恒翠ですけど…」
マミ 「あなたが…」
 マミはそのツインテールの子をまじまじと見た。マミは他の魔法少女よりも魔法感覚がかなり鋭く、魔法少女の力量だけでなくその資格を持っている子の潜在的な力量をもある程度知る事が出来た。しかしその時、その翠という子からは何も感じられなかったのだ。
翠  「あのー…」
 マミは自分が翠を凝視してしまっている事に気付き、微笑みを作って言った。
マミ 「あっ、御免なさい。…実は私の知り合いの子に同じ名前の子がいてね、その子かと思って会いに来てしまったの。でも違ったようね。ホントにごめんなさいね。」
翠  「はあ…」
 マミはその場からそそくさと去って行った。
 マミが去った後、翠の横にいた空納陽子(あきな ようこ)が翠に話し掛けて来た。
陽子 「翠。今の人多分、三年生の巴さんじゃないかな。」
翠  「誰?その人。」
陽子 「巴マミって言って、確か三年間ずっと学年成績トップだった人だよ。」
翠  「へー、凄い人なんだね。」
 そして二人はマミの事をそれ以上気に掛けるでもなく歩き出した。

  ♢

 さやかは充実を感じていた。日に日に良くなってゆく恭介、ぎこちないながらも縒りを戻せた仁美、魔法少女として人助けとなる魔獣との戦い。そんなある日の放課後、何だか緊張した面持ちの仁美から声を掛けられた。
仁美 「さやか…ちょっといいかしら…」
さやか「何?仁美…」
仁美 「あのね…実はね…私…」
 仁美はとても言い難そうにした。
仁美 「…。御免なさい…やっぱり何でもないわ…」
さやか「そうなんだ…」
 さやかは努めて明るく、気にも留めない風に答えた。だが仁美はさやかを振り切るようにその場から去って行った。
 今のさやかにとっての一番の気掛かりは仁美の事であった。しかし幸運な事に、さやかには魔法少女としての任務があった。何が他にやる事があると、悩み事から気が削がれるものだ。
 その日は恭介の見舞いには行かない日だった。本格的なリハビリが始まって恭介も忙しくなってしまったのだ。さやかが何気に街をぶらついていると、偶然にもゲームセンターの前で杏子に出くわした。
杏子 「よう、さやかじゃねぇか。こんな所で何してんだ?」
さやか「別に。何か用があるって訳じゃないんだけどさ、ちょっと時間があるから何となくブラブラしてたんだ…」
杏子 「何だ暇してんのかよ。だったら一緒に遊ばねえか?おごってやんぜ。」
 さやかは何となくだが、この杏子という子が苦手な気がしていた。しかしだからこそ、その苦手意識を克服すべきだと考え、杏子に付き合う事にした。
さやか「うん…じゃあ少しだけ。」
杏子 「へへ、そう来なくっちゃ。」
 二人はゲームセンターで遊んだ。さやかはなんだが久し振りにはしゃいだ気がして、そのまま日が落ちるまで遊び続けた。だが、クレーンゲームで商品を物色している時、二人は魔獣の気配に気が付いた。
杏子 「おい、さやか!誰か近くで襲われてんぞ。」
さやか「うん、分かってる。すぐ行こう。」
 二人はゲームセンターから飛び出ると、暗くて狭い路地から魔獣空間に入った。
 この手の救出戦で最も重要な事は、いかに早く襲われている人の許へ駆けつけられるかという事だ。
杏子 「あっちだ、急ぐぞ!」
 やはり場数を踏んでいる杏子の方が先に被害者の居場所に気付いた。杏子を追いかけるようにさやかが現場へ行くと、そこには魔獣を唖然として見上げている仁美がいた。
さやか「仁美ぃー!」
 拳を振り上げる魔獣の腕に杏子が一撃を加えると、魔獣のその腕の部分はガラス化し、そして砕け落ちた。さやかは仁美を魔獣から遠ざけると、比較的安全そうな場所に連れて行き彼女に言った。
さやか「仁美、安心して。もう大丈夫だよ。あいつらは私達がすぐやっつけてやるから、ここで隠れて少しだけ待っててね。」
 だが仁美は特に反応はせず、虚ろな目でぼんやりとさやかの方を見ているだけだった。さやかはすぐに杏子に加勢すべく、踵を返して仁美の許から跳び去った。
 そこに出て来た魔獣達は、杏子とさやかにとってそれ程の敵ではなかった。五体程の中級の魔獣を倒すと、あっさりと敵の気配は消え去った。
 杏子とさやかが仁美を連れて魔獣空間から出ると、杏子が確認して来た。
杏子 「さやか。そいつ、友達か。」
さやか「うん…」
 さやかが答えると、杏子は小さく頷いた。
杏子 「じゃあよ、おめーはその子を家まで送ってやれよ。な~に、また魔獣の奴らが出て来たって、あれぐらいのなら私一人でも問題ねーからよ。後、マミの方にも私から連絡しとくから安心しろや。あっ言っとくけどな、別に私はマミをリーダーだなんて思ってる訳じゃないぜ。ただあいつに言っときゃあ、情報の共有化が円滑になっからな。まあ合理的な判断ってやつよ。」
さやか「はい、杏子さん。今日は仁美をいち早く見つけてくれて、どうも有り難う御座いました。おかげで私…私…」
 さやかは今になってホッとし、急に涙が出て来てしまった。
杏子 「ば~か、泣く奴があっかよ。ほら、早く行けよ。その子を早く帰してやんな。」
 杏子はさやかをせかし、さやかは仁美を連れてその場を離れて行った。

  ♢

 マミは公園でキュゥべえを呼んでみた。
マミ 「キュゥべえ、いる?」
 すると植込みの茂みの中から、トコトコとキュゥべえが姿を現した。
キュゥべえ「何だい?マミ。」
 マミはキュゥべえを見ると、大きくため息を一つ吐いてから言った。
マミ 「この間、あなたに言われた翠って子に会って来たんだけど…」
キュゥべえ「いや~、早速にありがとう。で、ご感想は?」
マミ 「何て言うか…人違いって訳ではないわよね、キュゥべえ。」
キュゥべえ「同じ名前の別の子にでも会ったのかい?」
マミ 「いいえ。私も事前に調べておいたから…うちの学校に葉恒翠なんて子は一人しかいなかったし…本当にその名の子なの?」
キュゥべえ「間違いないさ。ひょっとして君は、彼女から魔法少女としての何か器のようなものを感じ取れなかったって、言いたいんじゃないのかい?」
マミ 「ええ。まさにそうよ。」
キュゥべえ「そうか、やっぱりそうか…」
マミ 「どういう事なの?」
キュゥべえ「うん、マミ。申し訳ないんだけれど、君に失礼な言い方をさせて貰ってもいいかな?」
マミ 「その方が私に分かり易いって事ね。いいわよ、構わないわ。」
キュゥべえ「うん、ありがとう。やはり君は物分かりが良くて助かるよ。それでは一つ聞くけど、君はこの地球が丸いって事を知っているよね?」
マミ 「ええ、知っているけど…」
キュゥべえ「それなら君は知識としてではなく、実際の経験で地球が丸いと感じた事はあるかい?」
マミ 「えーと…」
キュゥべえ「例えばさ、少し高い所から大地を見渡して、この星の丸みを感じ取れた事があったかって事さ。」
マミ 「…それは、無いわね。」
キュゥべえ「だろう。この星の丸みに気付く為には、かなりの高さまで登らないと気付く事が出来ない。」
マミ 「つまりあなたはこう言いたいのね。私ごときでは器が小さすぎて、その翠って子の大きさすら分かり得ないって。」
キュゥべえ「いや~、君にそんな言い方はしたくなかったんだけどね。でもまあ、そういう事なんだよ。不愉快かな?」
 マミは考え込むように顎に手を当て、キュゥべえに背を向けてゆっくりと歩き出した。そしてほんの数歩、歩いた所で若干首をキュゥべえの方に向け、僅かに微笑みを浮かべて呟くように言った。
マミ 「もしそれが本当なら、実に頼もしい限りだわね…」

  ♢

 ある夜、見滝原中の三人だけで魔獣狩りをした。その魔獣狩り終わりに、何気無くさやかがマミに尋ねた。
さやか「そういえばマミさん。杏子さんってマミさんより先輩なんでしょ。どれくらい先輩なんですか?」
マミ 「そうねぇ…やっぱり女の子だから、歳の事ってあんまり聞かないようにしてるけど…明治生まれだって聞いた事あるから…」
さやか「えっ!?明治って、あの大正の前のですか…」
マミ 「そうよ。」
さやか「…。マミさんって、いつぐらいに御生まれになったのでしょうか?」
マミ 「も~う。今、女の子の歳の話はしないようにしてるって言ったばかりでしょ。でもまあ、年号だけ教えてあげればねぇ…私は昭和生まれよ、キャッ。」
 さやかは愕然とした。が、まだマミが自分をからかって冗談を言っている可能性があった。そこでさやかは、助けを求めるようにほむらに尋ねる事にした。
さやか「あのさあ、暁美さん…あなたって今幾つなの?」
ほむら「私はあなたと同い年よ。でもね、さやか。私達はもう、年を取る事は無いのよ。」
 唖然とするさやかの後ろから、さやかの両肩に手を乗せてマミが顔を出して来た。
マミ 「そうよ、さやか。私達魔法少女は不老なのよ。戦いで死にでもしない限り、永遠に生きていられるのよ。嬉しいでしょ。」
 だが、ほむらが付け加える。
ほむら「そうね。私達は死にでもしない限り、永遠に戦い続けなけれならない無間奴隷のような存在なのよね。」
マミ 「もう、ほむらったらネガティブさんなんだから。大丈夫よ、さやか。普通に中学生を何度もやっていればいいだけの事よ。将来の心配とかしなくていいの。魔法少女としての義務だけ負っていれば、それなりの生活が出来るのよ。」
 さやかはもう堪らないとばかりに、マミに尋ねた。
さやか「マミさん!…マミさんって恋愛とかした事ありますか…」
マミ 「えっ!?」
 マミはその質問に不意を突かれた。
マミ 「ああ、そういう事ね。うん、それはちょっと難しいかもね。でもまあ、数年だけの恋を楽しむとかくらいなら、出来なくもないかなぁ…」
 さやかはもっと本質的な事を質問した。
さやか「あの…私達って、人間なのでしょうか?」
 その質問に、ほむらとマミは顔を合わせた。そしてほむらの方が答えた。
ほむら「いいえ、さやか。私達はもう人間ではないわ。」

  ♢

 幼い女の子が絵本に向かって怒っている。
女の子「もう!この王子、バカ!何で分かんないのよ!」
 それを横でなだめる幼い男の子。
男の子「仕方がないよ。だって知らないものは、知らないんだからさ…」
 〝ピピピ…〟
 目覚ましの音に起こされたさやかは、涙を一粒落として呟いた。
さやか「もう、また…人魚姫なんて大嫌いなのに…」
 朝の通学路、さやかは仁美を見つけると近寄って挨拶をした。
さやか「おはよう、仁美。」
 ややぎこちなく、仁美は答える。
仁美 「ええ、さやか。お早う。」
 仁美は魔獣に襲われた直後だけ、まるで今までの事を忘れてしまったかのようにさやかにこだわりなく接してくれた。しかしまたここ最近、急にさやかへの対応がよそよそしくなって来た。何か思い出して来たのだろうか?それとも…
 放課後、仁美は意を決した顔をしてさやかに声を掛けて来た。
仁美 「さやか、あなたに話があるの。」
さやか「うん…」
 仁美は人気の無い場所にさやかを連れ出すと、おもむろに言った。
仁美 「さやか、あなた恭介さんの事、どう思っているの?」
さやか「…うん…恭介はさ…恭介は、大事なお友達だよ…」
 仁美はさやかの答えに苛立った。
仁美 「そう…」
 仁美は一呼吸入れてから続けた。
仁美 「さやか。私、恭介さんに告白をします。恭介さんはあなたを通して知り合い、あなたの幼馴染でもあるから、私はあなたを出し抜くようなマネをしたくはありませんでした。でもあなたが何も言わないのなら、私は自分のエゴを通しますよ。だってこれは私の人生なのですから。」
 さやかは下を向いた。
さやか「そう…」
 さやかは唇を噛み締め、涙をこらえた。そして搾り出すように言った。
さやか「それは個人の自由だからさ…」
 仁美は厳しい顔をして答える。
仁美 「ではそうさせて頂きます。」
 仁美は怒ったようにそういうと、その場を去って行った。
 さやかは魂が抜けたように街を彷徨っていた。すると突然に、杏子が声を掛けて来た。
杏子 「よう、さやかじゃねえか。…どうかしたのかよ、元気ねえなあ。」
さやか「…うん、ちょっとね…」
杏子 「そうかよ…まあ生きてりゃいろいろあっからな。そんなときゃ飯でも食って元気出すっきゃねえぜ。さっ行くぞ。」
 そして杏子は強引にさやかを近くのファミレスに連れ込んだ。
杏子 「さあ、何でも頼めよ。私のおごりだぜ。え~と、私は何にすっかな~。」
 杏子はメニューを広げた。さやかはただ俯いて黙っていた。杏子は適当にご飯物を頼むと、それに加えてさやかにポタージュスープを頼んだ。
 俯くさやかの前に、湯気立つスープが置かれた。しかしさやかは口を付けようとはしなかった。杏子は自分の食事をしながら、一方的にさやかに語り始めた。
杏子 「私が生まれた家ってさ、すっげー貧乏だったんだ。まあもっとも、その頃は日本中が貧乏だったんだけどな。私の親父は牧師だったんだけど、いつも人の事ばかりでさ。僅かに家にあった食料とかもよそ様にあげちまう始末でよ…。私には妹が一人いたんだけどさ、結局栄養失調で死んじまったんだよな。そんで私は親父に言ったんだよ、父親ならまず家族を養えって。でも親父はさ、信仰こそが人の至るべき処だ、とか言って私の話なんて聞きゃしなかったよ。私はさ、妹が死に際に言った、一度でいいからお腹いっぱいにご飯を食べてみたかった、って言葉がずっと忘れられなくってさ。それ以来、食べ物だけは粗末にする事は無かったよ。だからよ、さやか。現代っ子のお前さんにはピンと来ないだろうけどよ、私の妹の思いを汲んで食べ物を粗末にしないようにしてくれねえかな。頼むよ。」
 その話を聞くと、さやかは顔を上げ杏子の方を見た。そして一旦手を合わせてから、スープに口を付けた。詰まったような胸の中を温かなスープが通ると、さやかの心も僅かにほぐされた。何口かすくった後、さやかは口を開く。
さやか「きっと、私の悩みや苦しみなんて、その当時の人達のそれに比べたら下らない事なんだろうね…」
 杏子は優しい視線をさやかに向けながら返した。
杏子 「まあ、そんなこたーないと思うぜ。どんな悩みだって、その人にとって苦しい事には変わりねーんだからな。まあ、私なんて信用置けないだろうけどよ、悩みなんて人に話せただけで半分解決してるようなものだって言うじゃん。案山子にでも話すつもりで、その悩みってぇのを言ってみ。ちったーすっきりすっぜ。」
 さやかは杏子の方を向いた。
さやか「実はさ、私の親友が私の幼馴染の男の子に告白するって言って来たんだ。」
 杏子には何となく聞き覚えのある話だった。
杏子 「なるほど。で、さやかもその幼馴染が好きだったと。」
さやか「それが…自分でもよく分からなくってさ…でも、今思うとそうなのかなって…」
杏子 「まあ、よくある話だよな…。でもそれなら簡単じゃねえか。さやかもその子に告白して、彼の方にどっちにすっか決めさせればいいだけの事よ。簡単、簡単。」
 さやかは机を叩いた。
さやか「簡単じゃないよ。だって…だって…もう、私は人間じゃないんだもん。年も取らないし、戦いで死ぬかもしれない。そんな者が恭介の相手を出来る訳ないじゃない。仁美が…私の親友の仁美が恭介と付き合ってくれんなら、むしろ私にしてみれば都合が良いんだよ…その方が恭介の為なんだよ…」
 杏子は腕を組んで目をつむり、天を仰いだ。
杏子 「でもよー、さやか。人間だろうが魔法少女だろうが、自分の人生に変わりはねえんだぜ。だったら、欲しい物は奪い取ってでも手に入れるべきなんじゃねえか。」
さやか「私が…私が欲しいのは…恭介の幸せだもの…だから、仁美の方がいいんだよ…きっと…」
 そしてまた、さやかは俯いて黙りこんだ。杏子はそのままの姿勢で暫く考え込んだ。そして呟くように言った。
杏子 「そうか…つれーよな、それは…」

  ♢

 杏子は人気の無い所にある公衆電話ボックスの中に立つと、マミから渡された紙を広げ、そこに記された番号に掛けた。
杏子 「あっ、マミか?・・・ああ私だ、杏子。ちょっと聞きたい事があってさ、いいか?・・・実はさやかの事なんだけどよ。さやかの友達の事って分かるかな?・・・そう、多分同じ学校の。・・・えっ、あのほむらってのがさやかと同じクラスなの?・・・そうか、分かった。じゃあ悪いんだけどよ、ほむらの連絡先って教えてくんねえか。・・・うん、ありがとよ。じゃあ。」
 〝フ~ウ〟
 杏子は大きく一つ息を吐いた。今度はマミに教えて貰った番号に掛ける。
杏子 「ああ、ほむらか?・・・杏子だ、佐倉杏子。分かんだろ?・・・そうだよ、その魔法少女のだよ。・・・ああそうだよ!その明治生まれのだよ!・・・実はさやかの事で聞きたい事があってさ。・・・いや、そんな事じゃなくって。・・・だから違うって!・・・さやかの友達の事でさ、ちょっと。・・・そうはいかねーからおめーに電話してんだろうが!・・・分かったよ!悪かったなあ。・・・なあ、ほむら。仁美って知ってるか?・・・それは私も分かんねーんだけどよ。・・・それはそうだろうけどよ!さやかの親友で仁美って奴がいるかって事なんだよ。・・・ああ、そうだったな、悪かったよ。・・・後よ、恭介って誰だか分かるか?・・・だからそうだろうけど、私が言ってるのはさやかの幼馴染の奴でさあ。・・・えーえーそうでしたよねえ。私が悪ーござんしましたね。それで知っていらっしゃるのでございましょうか!・・・そうですが、それはどうも。は~あ。それで、その二人に会いたいんだけどよ、何とかなんねえかな。・・・あーあーそうでございましょうとも、すみませんねえ。だからその二人の家の住所とか、よく行く場所とかを御存じありませんかって事ですよ!・・・それを是非お教えくださいませ。・・・病院?なんでまた?・・・そうか、それで。・・・そんな。じゃあ、さやかの願いって。・・・何だよ、それ。・・・ああ、ありがとな、ほむら。」
 杏子は受話器を置くと、その手をそこに掛けたまま下を向き、少しの間さやかの気持ちをおもんばかって動けなかった。しかし突然として顔を上げると、両手を前に伸びをしながら声を上げた。
杏子 「よっしゃ!ここはこの私が一肌脱いでやっとすっか!」

  ♢

 日を改めて、杏子はほむらに教えて貰った病院へ行った。ナースセンターで恭介の病室を聞き、その部屋の前までやって来ると、部屋の中から声が聞こえて来た。
仁美 「それで明日の退院って、いつぐらいなのかしら?」
恭介 「うん、朝の検診のすぐ後だから…まあ午前中だとは思うよ。」
仁美 「そう、なら日暮れ頃だから来れそうですわね。でも無理はなさらないでね。」
恭介 「勿論しないさ。でも今は、とにかく弾きたくってうずうずしてるんだ。」
仁美 「うふふっ。では明日、来られたらホールで。」
恭介 「うん、ホールで…。あのさぁ仁美、さやかが来なくなったのって、やっぱり…」
仁美 「…ええ、気になりますの?」
恭介 「いやぁ、さやかにも随分迷惑掛けちゃったしさ…何て言うか、申し訳なくって…」
仁美 「そう…」
恭介 「いや御礼だけ、御礼だけは言っておきたくってさ…」
仁美 「そうですわね、でもまた今度でいいでしょう。だっていつでも出来るのですから。」
恭介 「そうだよね、いつでも出来るよね…」
仁美 「それでは、恭介さん。また明日。」
恭介 「ああ、また…」
 仁美が病室から出て来ると、杏子が仁美を呼び止めた。杏子はすぐにあの日さやかと共に救った顔だと思い出し確信した。
杏子 「あんた、仁美さんだろ。」
仁美 「どなた?私に何か?」
杏子 「まあ、なんつーか…さやかの事でちょっといいか?」
仁美 「さやか?…ええ、構いませんわよ。」
 仁美はそう言うと、仁美の方から杏子を病院の屋上に連れだった。
仁美 「それで、何なのかしら?」
杏子 「まあ、なんてーかさ…恭介の事は暫く諦めてくんねーか。」
仁美 「何ですかそれは!あなた、さやかに何か吹き込まれましたの?それともそう言うようにさやかに頼まれたとでも仰るの?」
杏子 「違うよ、そんなんじゃないんだ。なんつーか、中学の間だけあいつに貸しておいてくれ、みたいな…」
仁美 「何ですの、ふざけているのですか。」
杏子 「ふざけちゃいねーよ。…だけどよ、おめーさんだってさやかが恭介の事好きだって知ってて告白するって言ったんだろ。それってちょっと酷くねぇか。」
仁美 「あなたに…あなたなんかに何が分かるって言うの。私がその事でどんなに悩んだか、どんなに苦しんだか分かるって言うの?私は…私は本当にその事で悩んで…それで藁をも掴む思いで、見ず知らずのチャットの相手にまで聞いてみましたのよ。でも相手の方も結構真剣に考えて下さったみたいで、暫くしてこう答えられたの。自分の人生なんだから、欲しいのなら奪い取ってでも手に入れるべきだって。」
杏子 「なっ…」
 その答えを聞いた杏子は、ガツンと殴られるような衝撃を受け、頭が真っ白になった。
仁美 「あなたは人に言われて決めるなよ、とか仰りたいんでしょうけど、あくまでも最終的に決めたのは私の意思ですの。勿論、その言葉に大いに後押しされたのは事実ですけれども…」
 杏子にはもう、この仁美に言える言葉なぞ無かった。へたり込みたい気持ちを抑え、辛うじて立っている杏子に仁美は続けた。
仁美 「もう余計なおせっかいはお止めになって。そしてさやかにお伝えくださいな。人を使って言わせていないで、言いたい事があるのなら自分で言いに来いって!」
 そして立ち尽くす杏子を残して、仁美は去って行った。

  ♢

 人気の無い電話ボックスの中で、杏子はべそを掻きながら梨華に電話を掛けた。
杏子 「ああ、梨華か。私だ、杏子。・・・それがさあ、私とんでもない失敗をしちゃってさ。・・・うんうん、そうじゃなくって。実はこっちで知り合った子の事でさ。・・・いやー。ほら、最後にお前んち行った時さ、お前チャットしてたろ。そん時に私が欲しいものは奪い取れって言ったじゃん。それが災いしちまってよー。・・・そうなんだけどよー。・・・うん、まあ、あるかな。・・・そうだよな。もう、そうするしかないよな。・・・ああ、ありがとな、梨華。やれるだけやってみるよ。・・・ああ、じゃあ。お休みな。」
 受話器を置いた杏子は自分に言い聞かせた。
杏子 「よ~し。やれるだけの事はやるぞ…」

  ♢

 翌日、杏子は公園に行くとキュゥべえを呼んだ。
杏子 「おいキュゥべえ、いねーか?」
 するとキュゥべえがベンチの下からひょっこりと出て来た。
キュゥべえ「何だい、杏子。」
杏子 「あのよー、ちょっと変わったお願いがあるんだけどよー…」
キュゥべえ「ふ~ん。で、何だい?」
杏子 「はは、ちょっと無理だとは思うんだけどさ…今日の日暮れ頃、志築仁美と上条恭介の二人が行くっていうホールってのがどこかって…分かる訳ねえよな…」
 キュゥべえは尻尾をくるりと回した。
キュゥべえ「ふ~ん、それは奇遇だね。杏子、それなら分かるよ。」
杏子 「えーっ!ホントかよ、キュゥべえ。さすがだなぁ、おい。じゃあ、教えてくれよ。」
キュゥべえ「勿論、いいとも…」

  ♢

 杏子はそのホールへと走った。既に日が落ちて辺りは暗くなって来ていた。そこは市民会館と思しき場所で、その時は特に警備なども無く、杏子は中へとすんなり入れた。
 杏子は、ある開かれた扉の奥からバイオリンの音が聞こえて来たので、その扉の中へと進んで行った。するとそこには、ステージに立って黒いグランドピアノの隣でバイオリンを弾く恭介がいた。杏子は恭介に声を掛けた。
杏子 「あのよー…ちょっといいかな。」
 恭介は不意の登場に驚きながらも、バイオリンを下ろして杏子の方を向いた。
恭介 「何でしょうか?」
杏子 「あのさー…さやかの事なんだけど…」
恭介 「えっ!?さやか…それで?」
杏子 「ちょっと…っていうか、かなり信じられねえ事言うけどさ、聞いてくれっかな…」
 杏子は恭介が、見ず知らずの自分が突拍子も無い事を突然に言うのを聞いてくれるか不安だったが、恭介が自分の事を真剣な眼差しで見てくれていたので続ける事にした。
杏子 「実はさ、あんたの体が治ったのってさやかのおかげなんだよ。嘘じゃねえんだ。上手く言えねーけどさ、さやかが自分を犠牲にして奇跡を起こして治したんだよ。ホントだぜ。信じてくれっかな?」
 さすがに無理かと杏子は思ったが、恭介は答えた。
恭介 「そうか…やっぱりそうなんだね…僕も変だと思っていたんだ。医者から急に治ってるって言われるし、自分でも不思議なくらいの出来事だった。でもそう言われると合点がいくよ。前にさやかが言ってたんだ、奇跡も魔法もあるんだって。その意味が今、分かった気がするよ。」
 想像を超える恭介の理解っぷりに、却って杏子の方が面喰ってしまったが、それでも真意が通じた事に杏子は歓喜した。
杏子 「そうか、分かってくれんのかよ。ホントに良かったぜ。それでよー、実はこっからが本題なんだけどよ。その…おめーさんはあの仁美って奴の事は…どう思ってんだ?」
恭介 「…仁美さんにも良くして貰っているんだよ。僕の為にこのホールを用意してくれたしね。彼女の好意に甘えてしまっている自分が情けないとも思ってはいるけど、バイオリンは僕の人生そのものなんだ。だから…」
杏子 「そうか…まあそりゃあ、自分の人生は大切だよな。だけどさ、何つーか…おめーさんはよー、さやかの事好きか?」
 そのストレートな質問に、恭介は顔を赤らめる。
恭介 「はは、まいったな…好き、かな…」
杏子 「その好きってのはラブなのかライクなのか、あの仁美ってのより好きなのかどうか、その辺はどうよ?」
恭介 「それは…僕はバイオリン馬鹿だからさ…よく分からないよ、ごめん。」
 煮え切らない恭介に杏子は苛立ったが、それでもさやかのおかげでまたバイオリンが弾ける事を理解して貰えたし、まださやかにも目がありそうなので、それで満足する事にした。
杏子 「いや、私の方こそいきなりすまなかったな。でも真実が伝えられてよかったぜ。後は当事者の問題だしな…じゃあ、邪魔したな。あばよ。」
 そう言って、杏子は足早にその場を後にした。その杏子の背中に向かって恭介が叫ぶ。
恭介 「君、ありがとう。」
 杏子は小走りに去りながら、振り向かずに右手を上げそれに応えた。

  ♢

 マミは公園のベンチに座って、狩りの為にみんなを待っていた。
マミ 「やっぱり早過ぎたわね…」
 そこへ、やや慌てたようにほむらがやって来た。
ほむら「マミ!」
マミ 「あら、ほむら。あなたも随分と早く来たわね。」
ほむら「あなた、さやかの連絡先知ってる?」
マミ 「ええ、一応は…あなた同じクラスなのに知らないの?」
ほむら「ええ、知らないのよ。それで、今すぐさやかに連絡を入れて、今日は狩りをやらないって伝えて。」
マミ 「ええ、いいけど。何かあったの?」
 マミは携帯を取り出すと、さやかの連絡先に繋ごうとした。
ほむら「実は今日学校で、さやかと仁美って子が凄い言い合いをしたの。どうも杏子が余計な事をしたようで、それでさやかは…」
 〝ピピピ…〟
 ごく近い場所で着信音と思しき音が鳴り響いた。ほむらとマミが驚いてその音の方を見ると、そこにはさやかが立っていた。
さやか「盗み聞きの次は告げ口かよ。暁美、いい性格してるよな、お前って。」
ほむら「さやか、あなた…」
さやか「気安くさやかって呼んでんじゃねえよ!お前なんか友達じゃないだろうが。」
ほむら「…御免なさい、美樹さん。実はね、杏子に病院の事教えたのは私なの。だからあれは私の所為なの。本当に御免なさい。」
さやか「何でお前が病院の場所まで知ってんだよ。おまけにお喋りで…暁美、お前ってホント最低だよな。」
マミ 「さやかさん。何があったのかは分からないけど、そんな精神状態で魔獣狩りに出るのはお勧め出来ないわ。」
さやか「マミさん、悪いんですけど、私は今何もかもメチャクチャにしたくってしょうがないんですよ。一人ででも狩りに行って、この思いを魔獣達にぶつけますんで。もし一緒にいたくないと言うのなら、あなたの方が帰って頂けませんか。」
ほむら「さ…美樹さん。魔法少女の力は精神の状態と密接な繋がりがあるの。今のあなたではとても危うくて、高い確率で死んでしまうわ。だからお止めなさい。」
 だがそのほむらの言葉に、薄ら笑いを浮かべてさやかは答えた。
さやか「はあ?何言ってんの、お前。魔法少女ってぇのはさ、命懸けの戦いの運命を受け入れた者なんだぜ。どうせもう人間じゃないんだ、死のうが生きようがどうでもいいよ。」
 そう言って、さやかは一人で勝手に魔獣空間の中に入って行ってしまった。
マミ 「ほむら、こうなっては仕方がないわ。」
ほむら「そうね。後はどこまで私達がさやかを掩護出来るか、って事だけね。」
 そして二人はさやかの後を追うように、魔獣空間の中へと飛び込んで行った。

  ♢

 ステージの上でバイオリンを弾く恭介に、またも何者かが声を掛けて来た。
?  「やあ、君が上条恭介だね。」
恭介 「ん?今度は誰だい?」
 恭介はバイオリンを下ろし、声のする方へと体を向けた。しかしそこには誰もおらず、すぐ横にあるグランドピアノの上に白いフェレットのようなぬいぐるみがあるだけだった。
キュゥべえ「やあ、僕はインキュベーターのキュゥべえ。早速だけど、君が持つさやかの記憶を消させて貰うよ。」
恭介 「えっ?」
 一瞬、恭介は何か激しいフラッシュのようなものを目の前で焚かれたような気がした。しかしもしそうなら、目が眩んでいる筈だった。恭介は今自分が一体何をしていたのかが分からなくなった。ただ、物凄く大切な物を失ってしまったような、強い寂寥感があった。その時、声がした。
仁美 「恭介…」
 白い、まるでウエディングドレスのようなものを着た仁美が、ステージの袖から心配そうに恭介に近寄って来ていた。
恭介 「ああ、仁美さん…」
 仁美は恭介の肩の辺りを心配そうに撫でながら尋ねる。
仁美 「大丈夫?具合が悪いのだったらすぐに止めた方が…」
恭介 「いや、大丈夫だよ。僕もセッションを楽しみにしていたからね、すぐに始めよう。」
 それを聞いて仁美は頷くと、ピアノの前の椅子に腰を掛けた。
仁美 「何に致します?」
恭介 「そうだな…アヴェマリアなんてどうかな。出来る?」
仁美 「勿論、出来ますわ。」
 二人は曲を奏で始める。

  ♢

 魔獣空間の中、さやかはマントをなびかせ、魔獣達の群れの中に突っ込んで行く。さやかは振り下ろされた魔獣の腕を寸でで躱しその腕に乗ると、そのままその腕を登って魔獣の首に一撃を加えた。
さやか「ホーリースティング!」
 さやかの一撃はその魔獣の首をガラス化させた。そのさやかを狙って別の魔獣が拳を伸ばす。しかしさやかはその拳を避け、拳はカラス化された魔獣の首を打ち砕いた。
 独断専行するさやかを追って、ほむらとマミは戦っていた。
ほむら「マミ。何だか魔獣の数、多くない?」
マミ 「ええ、異常なまでに多いいわ。このままだとさやか、かなり危ないわね…」
 だが、そんな二人をよそに、さやかは次々と魔獣を倒して行った。感情の高ぶりは魔法少女の出力を一時的に上げる。が、それが個人の持つ魔力の絶対量を変える訳ではない。だからそれは、限られたエネルギーを大量に消費してしまうようなものだった。
 公園にやって来た杏子は、すぐに他の魔法少女が魔獣空間で戦っている事に気付いた。早速に自身も魔法少女となり、魔獣空間の中に飛び込んだ。杏子が魔獣空間に入ると、すでに主戦場は遠く離れていた。急いで杏子はその場に向かって行く。
 ほむらとマミは頻出する魔獣達に遮られ、さやかに近付く事が出来ないでいた。それでもさやかは力強く魔獣を撃破し続けていた。マミが杏子の接近に気付く。
マミ 「ほむら、杏子が来てくれたみたい。」
ほむら「杏子が、そう…」
 ほむらは楽観した。魔獣の襲来も峠を越えていたし、まださやかには余力があるように見えていたからだ。ここへ来て、更に杏子の加勢が期待出来るのであれば、何とかこの難局を乗り切れそうな気がしていた。
 しかしその時、そのほむらの楽観を吹き飛ばすものが現れた。滅多に見ないような巨大魔獣が、さやかのいる方に現れたのだ。
ほむら「マミ!」
マミ 「あれは…マズイわね…」
 それでもその魔獣を見てさやかがこちら側に逃げて来てくれれば何とかなった。杏子とも合流出来れば何とでもなったのだ。だが、今のさやかに逃げるという選択肢は無かった。
さやか「こん畜生が!ウオー!」
 さやかは鬨の声を上げ、その巨大魔獣に向かって行った。高い塔を蹴り、魔獣の体も足場にし、巨大魔獣の顔面まで達すると、さやかは叫び声と共に渾身の一撃を放った。
さやか「ホーリースティング!」
 激しい閃光と共に魔獣の頭部は打ち砕かれ、その巨体がゆっくりと崩れ落ちて行く。
杏子 「さやかー!」
 ほむらとマミの間を、杏子が凄まじい勢いで通り抜け、さやかの許へと飛んで行った。ほむらとマミが魔獣の残党を叩きつつ、その場所へと行き着くとさやかはおらず、杏子がさやかの物と思しき黄色いヘヤピンを拾い上げていた。拾い上げたヘヤピンを握り締め、杏子は目を閉じてポソリといった。
杏子 「さやか…」
 そしてその光景を見たほむらは、さやかが円環の理に導かれて消えてしまった事を確信し、それを防げなかった事をまどかに申し訳ないと思って言葉を漏らした。
ほむら「まどか…」
 ほむらの呟きを聞き、またもほむらの口から出たまどかと言う名前に、疑問を持ったマミがほむらの方を向いて尋ねた。
マミ 「まどかって…誰?」
 
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