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SECOND

作者:灰文鳥
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第一部
第一章
  第一話『人魚姫なんて大嫌い!』

 一人の少年が町外れの高台にある公園から見滝原の街並みを見下ろしていた。
少年 「変わらないものだな…」
 そう言うと、少年は空を見上げた。

  ♢

 いつも根城にしている公園のベンチの上で寝っ転がっていたキュゥべえは、突然に目を覚ますと頭を上げた。
キュゥべえ「何だろう?まるで何者かがこの世界に入って来たような…」
 キュゥべえはベンチを飛び降りてどこかに走り出した。

  ♢

 幼い女の子と男の子が一緒に絵本を読んでいる。
女の子「何この話。全然面白くない、嫌い。」
 女の子は不機嫌そうに言って、その人魚姫の絵本を投げた。
男の子「でも、そういうお話だから…」
 〝ピピピ…〟
 目覚まし時計のアラームで目を覚ますと、さやかは気怠そうに呟く。
さやか「またこの夢…」
 さやかは重い足取りで学校へと向かっていた。そこへ親友の仁美がやって来る。
仁美 「おはようございます、さやか。なんだか元気がありませんね。」
さやか「ああ仁美…おはよう、まあね。」
仁美 「恭介君?」
さやか「それもあるけどさ…まあ、いろいろとね…」
仁美 「今日も学校終ったら行かれますの?」
さやか「うん、そのつもり。」
仁美 「また私もご一緒して宜しいかしら?」
さやか「うん、ありがと。でも仁美、無理に私に付き合ってくれなくてもいいんだよ。」
仁美 「別に…無理にではありませんよ…」
 放課後、二人は恭介が入院している病室を訪れた。
さやか「よっ、恭介。元気にしてたか?」
恭介 「さやか、元気にしてたら入院なんてしてるかよ。」
仁美 「どうも恭介さん。また私もお邪魔させて頂きました。」
恭介 「あっどうも、仁美さん。すみませんね、さやかの為とはいえこんな怪我人に付き合わせちゃって。」
仁美 「いいえ…そういう訳では…」
さやか「おいおい恭介ぇ、なに仁美見て顔赤らめてんだよぉ。」
恭介 「ばっバカ…赤らめてなんかないだろ、変な事言うなよ。仁美さんに失礼だろ…」
 三人は暫く談笑を続けた。しかし小一時間程すると、仁美が帰宅の意思を示した。
仁美 「御免なさい。私、今日はもう帰らなくては…」
さやか「そう、何か悪いね付き合わせちゃって。じゃあ私もそろそろ…」
仁美 「さやかはもう少し恭介さんといてあげて。それでは恭介さん、また今度。」
恭介 「すいませんね仁美さん。楽しかったです、ありがとう。ではまた是非に。」
 そして仁美は会釈して帰って行った。
 仁美がいなくなると恭介は暗くなった。
恭介 「なあ、さやか。もう来なくていいよ。」
さやか「何で…」
恭介 「僕みたいな終わった奴の相手なんて人生の無駄だよ。第一、君が来ると仁美さんまで付き合いで来させてしまうだろ。だから止めろよ、もう…」
 暫く沈黙が続いた。
さやか「…止めたくなったら止めるよ。」
恭介 「さやかって勝手だよな…」
さやか「そうだよ、私は勝手だよ。だから勝手に来るし、勝手に帰るよ。」
 そう言って、さやかは病室を飛び出した。
 さやかは涙をこらえながら街を走った。
 (なんであいつなんだよ…)
 周りから徐々に色が抜けて落ちて行った。
 さやかは憤りながら走った。
 (なんで手もなんだよ…)
 辺りの建物が白い石柱に変わって行った。
 さやかは無力さを感じながら走った。
 (なんでもう諦めちゃうんだよ…)
 景色がすっかり変化して、まるで荒涼とした別の惑星にでも来たかのようになってやっと、さやかはその異常な周囲の様相に気が付いた。
さやか「え?何?ここどこ?」
 さやかのいた場所は、地面が真っ白い平らな砂地で、辺りにはやはり真っ白な石塔のようなものが林立していた。
 さやかが呆けたように佇んでいると、やがて全身白尽くめの巨人が近付いて来た。さやかは本能的に恐怖を感じ、それから逃げ出した。
 巨人は一見ノロそうではあったが、一歩の距離が普通の人間とは大違いですぐにさやかに追い付いて来てしまった。さやかは背後に迫る地響きに巨人の接近を悟り、救いを求めて声を上げた。
さやか「誰かー!助けてー!」
 さやかの背後の振動がいよいよ迫る。
 〝ド~ン!〟
 すると突然、背後で爆発音がした。思わずさやかが振り返ると、顔面の辺りから煙を引いて巨人が後ろ向きに崩れ落ちて行く様があった。さやかがそれを見て足を止めると、そこに空から二人の少女が降って来た。
 金髪の少女が言った。
?  「大丈夫そうね。」
 柳髪の少女が答えた。
?  「そうね。」
 さやかは柳髪の少女の顔を見て言った。
さやか「あっ、あなた暁美さんじゃない?…なんだってそんな格好して…」
ほむら「そう…やはりあなたは…」
?  「あら、この子は資格がありそうね。」
ほむら「止めて、マミ。さやかはならない方が良いのよ。」
 さやかは落ち着き、疑問をぶつけた。
さやか「ちょっと暁美さん、これ何なの?説明してよ!」
 ほむらはやれやれと首を軽く振った。マミが提案する。
マミ 「さやかさん、ね。ご説明いたしましょう。だから私達に付いて来て。」

  ♢

 さやかはマミとほむらに連れられて、マミの部屋へとやって来た。その部屋の豪華さにさやかが目を奪われていると、マミがお茶の用意をしてさやかに着席するように言った。
マミ 「さやかさん、そこに座って。」
 さやかは言われるままに三角形のクリスタルテーブルの一辺に座った。
マミ 「まず自己紹介させて貰うわね。私は見滝原中の三年で巴マミって言うのよ、宜しくね。」
さやか「あっそうなんですか。私も見滝原で、二年の美樹さやかと言います。」
マミ 「ほむらの事、知っているのね。」
さやか「ええ。同じクラスだから、一様…」
 さやかとほむらは殆ど付き合いが無かった。もっとも、ほむらはクラスの誰とも深く付き合おうとはしなかった。まどか以外の人間を受け入れられない彼女であったし、いつ別れる羽目になるのか分からないのなら誰とも懇意にならない方が良いとも考えていたからだった。
マミ 「フフッ、ほむららしいわね…」
ほむら「…。」
マミ 「それで…美樹さん…」
さやか「あの…暁美さんが名前呼び捨てなら、私もさやかでいいです、巴先輩。」
マミ 「あらそう。なら私もマミって呼んで貰いましょうかしら。」
さやか「あ、はい。そうします、マミさん。」
マミ 「フフッ。ではさやか、これから凄い事言うから覚悟してね。」
さやか「はい…」
マミ 「実はね、私達は魔法少女なのよ。」
さやか「…そう…なんですか…」
マミ 「あなたを襲ったあの白い巨人は魔獣って呼ばれているものなの。魔獣は悩んでいたり怒っていたり、とにかく心が弱っている人を、あなたも見た自分達の特殊な空間に取り込んで殺そうとするの。それを阻止防止するのが私達魔法少女の役目なの。」
さやか「なる…ほど…」
マミ 「それでね。魔法少女には、なれる子となれない子がいるんだけど、あなたはなれる子っぽいのよね。」
ほむら「待って、マミ。勧誘なんて私達の仕事じゃないわ。そんな事はキュゥべえに任せておけばいいでしょ。」
マミ 「でもこの子は真実が知りたいのよ、それを教えてあげているだけよ。それに何の説明も無しに帰したら、あなたが明日学校で大変なんじゃないの?」
ほむら「それは…仕方がない事だわ。だからさやかの事は私に任せておいて…」
 さっきから逃してはいたが、いくら助けてくれたとはいえさやかはほむらが自分の事を下の名前で呼ぶのに違和感があったし、自分の問題が他人に勝手に決められるような事態に反発を感じた。
さやか「待って暁美さん、私は今知りたいよ。マミさん、是非魔法少女になる話聞かせてください。お願いします。」
 マミは“ほらね”と言わんばかりにほむらの方を見た。ほむらは諦め顔をした。
マミ 「あのね、魔法少女になるには資格を持った子が、インキュベーターのキュゥべえと契約をすればいいの。その時にね、魔法少女として命懸けの戦いの義務と引き換えに、どんな願いでも一つ叶えて貰えるのよ。」
さやか「どんな願いでも…ですか。」
マミ 「そうよ、一つだけ奇跡が叶うの。」
さやか「奇跡が…」
ほむら「さやか、魔法少女は命懸けよ。誰かを助けたって、あなたが死んでしまっては意味が無いでしょ。だからお止めなさい。」
 さやかは、ほむらがまるで自分の願いを知っているかのような物言いに反感を持った。
さやか「暁美さん、それって私が自分で決める事でしょ。マミさん、そのインキュ…何とかって人はどんな人なんですか?」
マミ 「キュゥべえね。それは人じゃないのよ。何て言うか…ファンシーな感じなのよ。猫とかフェレットを想像してみて。」
さやか「そうなんですか…それでどこに行けば会えるんですか?」
マミ 「キュゥべえはねえ…こっちからはなかなか会えないのよねぇ。ほむら知ってる?」
ほむら「私が知ってる訳…無いでしょ。」
マミ 「まっ、必要があると向こうからやって来るから、待っていればいいわ。それまでに、なるのかならないのか、なるならどんな願いをするのか、考えておくといいわね。」
さやか「そうします…」
 さやかは家までの見送りを断ると帰って行った。マミがほむらに尋ねる。
マミ 「ほむら、なぜさやかが魔法少女になるのに反対するの?」
ほむら「別に。誰であってもなるべきじゃないと思っているからよ…」
マミ 「でも、彼女は特別にしたくないって思っていない?」
 ほむらはマミの方を少し笑顔を浮かべて見ると、意味有り気に答えた。
ほむら「きっと、まどかが嫌がるからよ。」
マミ 「え?」
 その時のマミには、その答えの意味は分からなかった。

  ♢

 夜、恭介が病室のベッドの上で眠っていると、ふと人の気配を感じて目を覚ました。
恭介 「誰?」
 暗がりに隠れて壁に寄り掛かるその者は、静かに答えた。
?  「すまない、起こすつもりはなかったんだ。ちょっと昔の友人に会いたくなってしまってね…」
 その者は恭介に近付いて来た。
?  「酷いよね、世界を救った代償がこれなんだから。僕にはどうする事も出来なかったんだ。だけどまどかにならどうにか出来ただろうにね。彼女はこれを君の運命だとでも思ってしまったのかな…」
 その者は恭介と同い年くらいの少年だった。
恭介 「君は一体…」
少年 「じゃあね、恭介。もう君に会いに来たりはしないから…」
 そう言って、その少年は去って行った。恭介は苦しげに頭を抱えて呟いた。
恭介 「僕は…僕は…彼の事を知っている…誰だか分からないけど…僕は彼の事を知っている…。でも、なぜ…」

  ♢

 湘央市にある、とあるマンションの一室が名波梨華(ななみ りか)の住まいだった。その梨華がパソコンでチャットをしていた時、佐倉杏子がやって来た。
杏子 「おう!邪魔するぜ、梨華。」
梨華 「あっいらっしゃい、杏子さん。今、行きますから…」
 しかし杏子は勝手に上がり込み、あっという間に梨華がいる部屋にまでやって来た。
杏子 「な~にやってんだよぅ。」
 杏子はパソコンに向かっている梨華の横から覗き込むようにその画面を見た。
梨華 「今、チャットしてたんですよ。」
杏子 「何だよ、やっぱり友達欲しいんじゃねえの?だから学校行きゃいいじゃん。」
梨華 「いいんですよ、私は…」
杏子 「夢だったんだろ、普通に学校行くのさ。私なんかに合わせてないで、そろそろ行けばいいじゃんかよ。」
梨華 「だから違うんですって。変に仲良くなったらこっちが持たないんですって。こうやって相手がどこの誰だか分からないくらいの方が、都合がいいんですよ。」
杏子 「ふ~ん、まっいいけど。で、何の話してんだ?」
梨華 「う~ん…まあ、恋愛相談みたいな話ですけど…」
杏子 「おおっ、恋バナかよ。おめーも色気付いてきやがったなぁ。聞かせてみ。」
梨華 「えーっ…まあ、かいつまんで言うとですねぇ…親友の幼馴染の子が好きになってしまったんだけど、でもその親友も口には出さないけどその人の事が好きみたいで、告白すべきかどうかで悩んでる、みたいな。」
杏子 「おおっ、三角かよ~やるな~。」
梨華 「やるなーって、そんな…」
杏子 「でっ、男なの女なの?」
梨華 「あー、相談して来た子は女の子だと思いますけど…」
杏子 「まあでも、そんなのどっちでもいいや。私に言わせりゃそんなもん、悩むまでもない。自分の人生なんだ、欲しけりゃ奪い取ってでも手に入れなってな!」
梨華 「はあ…まあ、杏子さんならそう言いますよね。じゃあ、そう答えておきますね。」
杏子 「おう、そうしろや。ところで、キュゥべえの奴はまだ来てねえのか?」
梨華 「ええ。そろそろ約束の時間なんですけどね…」
キュゥべえ「僕ならもう、ここにいるよ。」
 その声に杏子と梨華は驚いて、二人して声のした方へと顔を向けた。部屋のベランダに続く窓の所にキュゥべえがちょこんと座っていた。
杏子 「相変わらずのいきなり野郎だな。で、どんな要件なんだよ。」
キュゥべえ「うん。ここの管轄には二人も要らないよね。杏子、君には見滝原へ転属して欲しいんだけど、どうかな?」
杏子 「見滝原って言うと…」
梨華 「そこって、あの巴マミって人がいる所じゃないですか!ダメですよ、杏子さん。」
キュゥべえ「だから打診をしているのさ。どうなんだい、杏子?」
 杏子は腕を組んで目を閉じ、考え込んだ。
杏子 「必要なのかよ?」
キュゥべえ「出来ればね。」
杏子 「フッ。いいぜ、行ってやるさ。」
梨華 「杏子さ~ん…」
杏子 「まあ、そう言うなよ梨華。行かないって言ったら、まるで私がまだあいつを恐れているみてーじゃねえかよ。それも癪だろ?」
梨華 「そうかもしれませんけど…」
杏子 「それより梨華、おめーの方こそ一人で平気かよ?」
梨華 「そんなの大丈夫ですけど…」
杏子 「じゃ、決まりだな。ちょっくら行って来るわ。」

  ♢

 その日も恭介の見舞いにさやかと仁美が訪れていた。三人で暫く雑談を交わすと、やがて仁美は先に帰って行った。
恭介 「仁美さんちって厳しんじゃないの?」
さやか「うん、仁美んちは結構凄いからね。私と違って御嬢様だから…」
恭介 「やっぱり悪いよ、無駄な時間使わせちゃったらさ。」
さやか「私も無理に来る事ないよって、言ってるんだけどね。」
恭介 「そりゃ親友が行くって言うなら、一緒に来ちゃうだろ。」
さやか「恭介は嫌なの、私達が来る事…」
恭介 「そうじゃないけど…」
 会話が止まり、暫しの沈黙が訪れた。
恭介 「同情…なのかい…」
さやか「えっ!?」
恭介 「だからさ…お見舞いに来てくれるのって、同情しているからなのかい?哀れに思って来てくれてるのかな?」
 さやかの中を、何かが込み上げて来た。
 〝恭介、なんでそんな事言うんだよ!〟
 さやかは俯いた。涙が出るのを必死に耐えた。そして辛うじて絞り出すように答えた。
さやか「違うよ…」
 またも沈黙が漂った。
さやか「ごめん、帰る。」
 さやかはなんとかそう言葉を送り出すと、自分の鞄を引っ掴んで病室から走り去った。

  ♢

 次の日、学校が終わるとさやかの許へ仁美が来た。
仁美 「今日も行かれるのでしょ?」
さやか「うん…」
仁美 「どうかしましたの?」
さやか「…あのさあ、仁美…何だか悪いからさあ、仁美はもう付き合って来てくれなくていいよ。」
 さやかは仁美の為を思って言った。しかしそれを聞いた仁美の顔が険しくなった。
仁美 「それってどういう事ですの?」
 さやかは突然に不機嫌になった仁美に驚き、慌てた。
さやか「いや、あのさ…恭介がね、恭介が仁美に悪いからって…」
 仁美が軽蔑するかのように聞いて来る。
仁美 「それは恭介さんが私に来て欲しくないって仰っているの、それともあなたが私を恭介さんに会わせたくないって事ですの。」
さやか「えっ!?」
 その仁美の言葉は、さやかには青天の霹靂だった。
仁美 「さやか、私は自分の好きでお見舞いに行っているって言いましたよね。一度だって不平や不満を言った事ありませんでしたよね。なのになんでそんな事言い出すのですか?」
さやか「それは、恭介がさ…恭介が…」
仁美 「さやか、見損ないましたわ。恭介さんを引き合いに出すだなんて…」
 そして仁美は覚悟を決めたような顔をすると、さやかに叩き付けるように言った。
仁美 「いいですわ、もうあなたとは一緒に恭介さんのお見舞いには行きませんから。」
 そして仁美はさやかを置いて去って行った。残されたさやかは暫く呆然と立ち尽くしていたが、やがて思い出したように恭介の許へと歩き出した。
 さやかは重い足取りで恭介の病室に到着した。仁美がいるかとも恐怖したが仁美はおらず、さやかは少しホッとした。
恭介 「やあ、さやか。今日は一人?」
さやか「うん…」
恭介 「そうか…」
 暫しの静寂の後、さやかは鞄から数枚のCDを取り出し、ベッドの上に置いた。
さやか「恭介、これさあ…障害のある人が口で弾いたってものなんだけどさあ、聞いてみてよ。」
 さやかは努めて平静を装って言った。これを聞いて恭介が何かを得て、その人生に張り合いのようなものを持ってくれればと思って…
恭介 「僕に口で弾けってか…」
 恭介は自嘲気味に言った。
さやか「そうじゃないよ。ただこうして頑張ってる人もいるって…」
恭介 「ああ、そうだよな。僕は怠け者だよな…」
 そして突如として怪我をした手を振り上げると、ベッドの上のCDを殴り付けた。
恭介 「そうだ!この手が怠け者なんだ!この手が!この手が!」
 CDケースが割れ、恭介の拳が切れて血飛沫が飛んだ。
さやか「止めてーっ!」
 さやかは慌てて恭介の腕に飛び付き、それを止めた。
 二人はそのまま暫く泣いた。そして静かに恭介が話し始めた。
恭介 「それなら聞いたよ。怪我をしてすぐにね。誰が諦めてやるもんかってね。でも僕には分かるんだ、やっぱり究極的な場所には達していないって。その人がどんなに努力してその域に達したのかが分かるだけに、どんなに頑張ってもそこまでなんだって思ってしまうんだ。頂点を目指せたと自分でも思っているだけに、もうそこには行けないんだと知るとね…出来ないんだよ、何も…」
 恭介は妙に優しい顔をしてさやかを見る。
恭介 「だからもういいんだよ、さやか。僕は終わった男さ。奇跡でも起こらない限り、僕には未来なんて無いんだよ。」
 さやかは溢れる涙を拭いながら言った。
さやか「…あるよ。」
恭介 「何がさ…」
さやか「あるよ…奇跡も魔法も、あるんだよ!」
 そしてさやかはまた、病室を飛び出して行った。

  ♢

 マミが自室で宿題を片付けていると、キュゥべえがやって来た。
キュゥべえ「やあ、マミ。事後承諾で悪いんだけど、この町に佐倉杏子を呼んだんだ。君の方に何か問題があるかな?」
 マミにとって宿題なんて物は簡単なアンケートに答えているようなものだった。マミは手を止めもせず、振り向きもせずに答えた。
マミ 「いいえ、その事について私の方には何の問題も無いわ。でも、何でかしら?今は戦力的に何の問題も無いと思うのだけれど。」
キュゥべえ「うん。実はね、何者かがこの世界に侵入して来たみたいなんだけどね…」
 マミは手を止め、キュゥべえの方に体を向けた。
マミ 「それって、この地球に異星人が侵略して来たとでも言うの?」
キュゥべえ「いや違うよ、そんなもんじゃないんだ。この宇宙に別の世界から異次元人がやって来たようだって事さ。」
マミ 「ええっ…」
キュゥべえ「それでね、どういう訳だかこの見滝原で何か仕出かそうとしているようなんで、戦力の増強をしておこうと思ってね。」
マミ 「そう…それなら丁度いい話があるわ。あなたに会えたら言おうと思っていたのだけれど。実はね、最近助けた子に美樹さやかって子がいたんだけど、その子きっと有資格者よ。それにその子、何か叶えたい望みがあるようで、魔法少女になる気もかなり有りそうだったの。どお?」
キュゥべえ「そうなのかい。それならすぐにでも会いたいものだけど…」
マミ 「今日、魔獣狩りをしようと思っていたから、その場に来るように話してみましょうか?」
キュゥべえ「そうだね、そうしておいて貰うと手間が省けて助かるよ。でもそれ以上に、君にお願いしたい事があるんだ。」
マミ 「何?」
キュゥべえ「君の通っている学校の一年生に、葉恒翠(はつね みどり)って子がいる筈なんだ。何とかしてその子を魔法少女になるように誘導して貰えないかな。」
マミ 「それは、普通にあなたが勧誘するんじゃダメな事なの?」
キュゥべえ「うん。出来ればその子には自発的で自然に、自分の意思でなって貰いたいんだよね。」
マミ 「どうしてかしら?」
キュゥべえ「魔法少女の力ってさ、なった時に大体決まっているだろ。あれはその子が元々持っている潜在的な力と、その子が望んだ願いとで決まるんだよね。願いは本当にその子が心の奥底から願わなければならないから、他の誰かの強要では駄目だし。変な風に他者の思惑が絡んで願い自体が歪んでしまうと、その魔法少女の力も歪んでしまうのさ。まあ、出来ればでいいんだけど、どうかな?」
マミ 「その子はそんな手間をかけてまで、あなたが魔法少女にしたい子なの?」
キュゥべえ「うん。それがね、どうやらその子はオブリゲイションタイプみたいなんだよ。」
マミ 「何、それ?」
キュゥべえ「まあ、出来るだけ簡単に言うとだねえ…その子が魔法少女になったなら、特別な使命を持った魔法少女になるタイプって事さ。」
マミ 「それって…何か凄いの?」
キュゥべえ「凄いなんでもんじゃないよ、マミ。まずレアさ。この僕自身、まだ一度も扱った事が無いんだからね。それにそのタイプの子は尋常じゃない力を持っている事が確認されているんだ。」
マミ 「確認されているって、過去にどんな子がいたの?」
キュゥべえ「う~ん…僕たちインキュベーターの情報網で知る限りでも、今までにそのタイプが魔法少女になった個体はまだ二体しか確認されていないんだよ。なにせ一番最近の方でも十五億年くらい前の事だからね。」
マミ 「じゅ、十五億年…そんな凄い子が今この星にいるって言うの…」
キュゥべえ「そうさ。だからこそ、その別の世界からやって来た侵入者ってのが怪しいのさ。その子を狙って来たのか、それとも…」
マミ 「それとも?」
キュゥべえ「その侵入者の何らかの影響によって、その子の方が発生させられたのか…」
マミ 「…」
キュゥべえ「まあでもマミ、君はそんなに深く考えなくてもいいんだ。駄目なら駄目でいいんだしね。」
マミ 「そんな凄い子が、駄目なら駄目でいいの?キュゥべえ。」
キュゥべえ「勿論さ。結果としてその子が魔法少女にならないというのなら、それがきっとこの宇宙のベストチョイスなのだろうからね。」
マミ 「そう…なの…」

  ♢

 夜の公園でほむらが魔獣狩りの為に待っていると、マミが肩にキュゥべえを乗せてやって来た。
ほむら「あら、キュゥべえも一緒なの。」
キュゥべえ「うん、いろいろあってね。」
ほむら「そう。じゃあマミ、すぐに行きましょうか。」
マミ 「待って、ほむら。人を呼んでいるの、その子が来るまで待ってて。」
ほむら「その子って…」
 そこへ、さやかが走ってやって来た。
さやか「ハアハア…マミさん、キュゥべえって…」
キュゥべえ「やあ、美樹さやか。僕がインキュベーターのキュゥべえだよ。」
ほむら「待って、その子ってさやかの事だったのね。」
マミ 「そうよ、それがどうかしたの?」
 ほむらは息を整えるさやかを見て言った。
ほむら「さやか、魔法少女になる気なの?止めておきなさい。」
さやか「何であんたにそんな指図を受けなきゃならないのかな。私が私の意思でなるのだから、あなたには関係ないでしょ。」
 ほむらは言うか迷ったが、言った。
ほむら「さやか、恭介君を助けたって、あなたの物になる訳ではないのよ。絶対に後悔する事になるからお止めなさい。」
さやか「なっ!」
 さやかはほむらが恭介の事を、そしてあたかも自分の願いをも、知っている口ぶりに驚いた。しかし同じクラスの人間なのだからそのくらい耳に入っていてもおかしくはないとすぐに思い直し、そして呟いた。
さやか「いやらしいわね、人の話を盗み聞きしてただなんて…」
 ほむらの言葉は却ってさやかを意地にさせ、彼女の決意を固めさせた。さやかはほむらを無視し、キュゥべえに言った。
さやか「キュゥべえ!私はあなたと契約して戦いの運命に身を投じ、魔法少女になります。だから上条恭介の体を治して、お願い!」
 さやかの言葉が響くと、その公園の一角に暫しの静寂が訪れた。微笑むマミ、無念そうなほむら、やや前屈みに拳を握りじっとキュゥべえを見詰めるさやか、まるで時が止まったかのようであった。
さやか「えーと…」
 さやかがその静寂の間に対し、何か手違いがあったかと思い緊張を解いてその屈んだ身を上げた時、突如として凄まじい苦しみが彼女を襲い出した。そしてさやかは崩れるようにその場に倒れ込んだ。すると、それを見たキュゥべえがさやかに向かって言った。
キュゥべえ「おめでとう、美樹さやか。君の願いは成就され、そして今君は魔法少女となった。さあ、その新たなる力を開放してごらん。」
 地面に這いつくばって荒い息をするさやかは、その言葉に驚いたように眼を見開いてキュゥべえの方を見上げた。それでも息を整えると何とか立ち上がり、多くの子がそうであるようにさやかは自分の体をあちこち確かめた。しかし別段に変化が見られないので、マミの方に助けを求めるように目をやったが、マミはただ微笑むばかりで何も言わなかった。
さやか「あっ!」
 さやかは何かひらめいたように声を上げると、大きく右手の拳で自分の胸を二度叩いた。するとまるでそれによって空間が波打たれたように歪み、その歪みの波が収まるとさやかは魔法少女となっていた。
 さやかは自分の変化を一通り楽しむと、マミに向かって言った。
さやか「これで、いいんですよね。」
マミ 「ええ、それでいいのよ。」
 そして暗い顔のほむらを置いて、マミは続けた。
マミ 「さやか、これから私達はあの魔獣達を倒しに行くの。私達は狩りって呼んでいるのだけど、あなたも一緒に行く?」
さやか「勿論ですよ、マミさん。」
マミ 「じゃあさっそく、さやかの初お披露目と行きましょうね。」
 三人は魔獣空間の中へと消えて行った。
 
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