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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第174話 劉琦と劉琮

 正宗が襄陽城を制圧を終えた頃、伊斗香が軍を引き連れ襄陽城に合流してきた。伊斗香は正宗に伝令を送ると、正宗の本営にて待機していた。彼女は一人の女を連れていた。彼女の名は劉琦である。伊斗香は南郡宜城県にある荊州牧の政庁を接収し、そこにいた劉琦を保護名目で正宗の元に連れてきていた。
 正宗は伊斗香からの報告を受けると、その場を朱里に任せ本営に帰還した。



 正宗は本営に設営されている彼の天幕に入った。

「伊斗香、宜城の制圧は問題無かったか?」

 天幕内にいた伊斗香を確認すると彼女に声をかけた。

「正宗様、首尾はつつがなく運びました」

 伊斗香は正宗に拱手し返事した。正宗は満足そうに笑みを浮かべると視線を動かした。見知らぬ一人の女が彼の目に入った。

「劉景升様の嫡女、劉琦様でございます。劉琦様、この御方がご説明した蔡徳珪討伐軍総司令であられる劉車騎将軍にございます」

 伊斗香は正宗に劉景升の嫡女であることを強調し劉琦の説明を終えると、劉琦に正宗を紹介した。劉琦は正宗と伊斗香の遣り取りを見た後、前に進み出た。

「劉車騎将軍、お初にお目にかかります。劉荊州牧が娘、劉琦にございます。此度は蔡徳珪の暴挙にて、劉車騎将軍にご迷惑をおかけいたしました。母に成り代わりお詫び申し上げます」

 劉琦は正宗に対し拱手を行い丁寧に頭を下げ挨拶した。

「貴殿が劉琦殿か。伊斗香、この場より席を外せ。劉琦殿と内密な話がしたい」

 伊斗香は正宗に拱手し立ち去った。劉琦は伊斗香の後ろ姿を目で追った。

「伊斗香は劉車騎将軍に下ったのですね」

 劉琦の言葉からは寂しさが伝わってきた。最近まで母に仕えていた者が、母を見限り正宗に鞍替えした。蔡瑁の暴走が発端とはいえ、母が窮地に置かれていることを実感させられ悲嘆しているようだった。その様子を正宗は何も語らず黙って見ていた。

「劉景升殿には余も同情している。火事場荒らしと思われても仕方ない真似をせざるえなかったこと申し訳ないと思っている。しかし、荊州が混乱している以上、誰かが収集せねばならない。許して欲しい」

 正宗は劉琦に詫びた。劉琦は正宗にかぶりを振り返事した。その表情は全てを受け入れている様子だった。襄陽城が制圧され、荊州で栄華を極めた蔡一族は族滅した。この状況で正宗に何を言っても現状が変化することはない。

「劉車騎将軍のせいではございません。これも母の不徳の致すところでございます」

 劉琦は視線を落とし答えた。

「朝敵、それに関わる者達の処断はほぼ終わった。劉景升殿は洛陽で此度の反乱の一件に関わりがないか詮議を受けておられるはず」
「存じております」

 劉琦は正宗に短く答えた。彼女は緊張している様子だった。この場での発言が母の詮議に影響する可能性があるだけに平静さを保てというのが無理な話である。

「蔡徳珪は官軍に対して徹底交戦を行い、他の蔡一族も官軍に投降することなく最後まで抗った。最早、劉景升殿も無傷ではおれまい。官位官職は全て剥奪されるのは間違いない。そして、その命もどう転ぶか分からない」

 劉琦は正宗の言葉に肩を強張らせた。

「劉車騎将軍、母は無実にございます。朝廷に弓を引くなどあり得ません」
「人はそうは思うまい。蔡徳珪は南陽郡太守を襲撃し、余の命を三度狙った。そして、蔡徳珪は勅を得た余に対し、使者を装い刺客を送り込み余を亡き者にしようとした。この間、劉景升殿は何も行動せず傍観を決め込んでおられた。これで劉景升殿が知らぬと通したところでそれは通るまい」

 正宗は厳かな雰囲気で劉琦に答えた。彼は劉琦を様子を探る視線を送りつつ、温和な表情で劉琦を見た。

「余と劉景升殿は同じ高祖を祖に頂く劉氏。余は劉景升殿に力になりたいと思っている。劉琦殿、御母君を救いたいとお考えか?」

 正宗は神妙な表情で劉琦に訊ねた。劉琦は正宗の言葉を聞くと、縋るような視線を送ってきた。無位無官の劉琦では朝廷内の事案に干渉することなど不可能といえた。劉琦は朝廷の重臣である正宗の力に頼らざるを得ない。

「当然でございます」

 劉琦の表情は病がちで外出を控えていたためか白い顔色であった。しかし、その瞳は母を救いたいという強い意志を感じさせた。

「劉車騎将軍、これを母から預かっております」

 劉琦は襟元の縫い目を解き、中からこよりを取り出した。彼女は正宗にこよりを差し出した。正宗は彼女が差し出したこよりを凝視した。

「劉景升殿が余に当てたものか」

 正宗は呟いた。一瞬だが冷徹な鋭い視線でこよりを見た。

「母が洛陽に向かう前に私へ託した劉車騎将軍へ宛てた文でございます。どうぞ目をお通しください。劉車騎将軍にお会いする機会があれば、これを渡すよう言付かりました」
「拝見しよう」

 正宗はこよりを受け取ると解し、書かれている内容を読み出した。文の内容は劉琮と劉表の夫の助命を願い出ていた。「家族を守りたい」と切々と書いているが、それ以外に蔡一族と戦端を開いた後も投降を許して欲しいという虫の良い内容が書かれていた。その対価に劉表は私財と荊州豪族達との仲介、そして荊州を正宗に差し出す準備があると書かれていた。劉表は蔡一族の勢力を温存し、正宗による荊州統治で一定の地位を確保しようとしていることが見え透いていた。正宗は目を細める。その瞳は感情が籠もらない冷徹さを感じさせた。

「劉景升殿の約束に応えることは出来そうにない」

 正宗は文から視線を上げると、劉琦に劉表からの文を手渡した。正宗は目で内容を読んでみろと促した。劉琦は正宗に促されるままに手を取り内容を読んで沈黙した。

「蔡一族は官軍に徹底的に反抗した。助命の機会は私が檄文を出した時だけだ。紗耶香は夫と息子の目と足の腱を切り投降してきた。だから、余は特別に助命した。劉琦殿、義妹と継父への断罪は死罪以外にない。二人は蔡徳珪の姪と兄なのだぞ」
「二人は生きているということでしょうか?」

 正宗の言葉の機微を鋭く捉え聞いてきた。その表情は二人を心配しているようだった。

「逃亡を図ったところを余の家臣が捕らえ拘束した。両名とも処刑を待つ身だ」
「何卒、二人に寛大な後処分をいただけませんでしょうか?」
「意外だな。劉琦殿、二人には良い扱いを受けたことなどないと聞いていたのだがな」

 劉琦は哀しい表情を浮かべた。

「妹と父が私を疎ましく思うのは分からなくもありません。それでも私は仲良くなりたいと思っておりました」
「救うなどと口にするべきではない。あの者達は朝敵の近親者。庇えば劉景升殿の命も危うくさせる。劉景升殿の助命を確実にするには二人は処刑せねばならない」
「劉車騎将軍の御力ならば二人の死を偽装することもできるはず」

 劉琦は正宗に膝を折り手を地面につけ頭を下げた。

「何故、そうまでする」
「母が悲しむ顔を見たくはありません」

 劉琦は顔を上げ正宗を見た。正宗は劉琦の本音を垣間見たような気がした。

「蔡徳珪の暴挙で御母君はこのままでは死ぬだろう。洛陽では蔡徳珪と通謀している嫌疑で詮議を受けることになるはずだ。余が最後まで投降しなかった二人を助命すればどうなると思う?」

 劉琦は正宗の言葉の真意を理解出来ていないようだった。

「余が口を噤んでも世間は劉景升殿が余に頼み込んだと思うだろう。それは朝廷の重臣達も同じだ。家族とはいえ朝敵の近親者を守ろうという劉景升殿への謀反の疑いは払拭されることはない」

 正宗の言葉に劉琦は顔色を変えていた。

「そんな。母は。母は決して朝廷に二心を抱こうはずがございません。それだけは決してあろうはずがありません」

 劉琦は必死になって正宗に弁明を行った。

「弁明したとて無駄だ。人は信じたいことだけを信じるものだ。目の前に信じるにたる証拠がある以上、人の口に戸を立てることなどできない」
「私はどうすればいいのですか」

 劉琦は落胆し力なく肩を落とした。彼女は今後どうすればいいのか分からなくなっているようだった。

「劉琦殿、貴殿の肩に劉景升殿の命がかかっているのだ」

 正宗は劉琦の背中を押すように声をかけた。劉琦は正宗を見上げた。正宗は劉琦を神妙な表情で見つめた。

「劉琦殿、義妹と継父に死を言い渡すのだ。それで劉景升殿の嫌疑は拭える。余の名に賭けて、お約束しよう」
「私に。義妹と継父に死を言い渡せと」

 劉琦は正宗の言葉に動揺を隠せず、たどたどしい口調でゆっくりと喋った。

「劉琦殿が積極的に義妹と継父の処刑に荷担すれば、劉景升殿が蔡徳珪に通謀しているなど言う者の口を塞ぐことができる。余は戦後処理を終えたら洛陽へ上洛する。その時、余の口から、そなたの朝廷への忠誠心を皇帝陛下に伝え劉景升殿の助命を願いでる」

 正宗は言葉を切ると片膝を地面に着け劉琦と目線を合わした。

「時間をいただけませんでしょうか」

 劉琦は心痛な表情で正宗に答えた。

「生憎だが、この後に義妹と継父の詮議を執り行う。詮議の結果は死罪で覆ることはない。この場で返事を貰う必要がある」

 正宗は劉琦を見据えて言った。
 劉琦は逡巡するも気持ちを固めたのか深く頷いた。

「それでよい」

 正宗は劉琦の肩に手を置き言うと立ち上がり立ち去った。その場所には劉琦だけが残された。彼女は誰もいない場所で嗚咽した。

「ごめんなさい」

 劉琦は何度も謝罪した。その相手が劉表、劉琮かは誰にも分からない。



 正宗は自分の天幕から出ると、拘束した蔡一族の処断を行うために詮議の場を設けた。その場には正宗軍の主立った諸将を集めていた。また、伊斗香、紗耶香、慈黄、蓮華、秋佳、宗寿も同席していた。
 正宗は詮議の場に現れると上座に用意された椅子に腰をかけた。

「孫伯符、中へ」

 朱里が孫策を呼んだ。孫策が木箱を抱え現れた。彼女は木箱を衛兵に渡すと、正宗の元に進み出て片膝を着き拱手した。戦功第一を上げたこともあり、孫策の表情は晴れ晴れとしていた。孫策は蓮華を見つけると自慢げに笑みを浮かべていた。その様子に蓮華は溜息をついていた。
 衛兵は孫策が持参した木箱を正宗に見えるように配置し中身を取り出すと、用意した台座の上に配置した。その中身は蔡瑁の首だった。彼女を見知った者達の中で紗耶香だけ複雑な心境をしていた。その顔は泥で汚れており乱闘の果てに首を落とされたと察することができた。正宗は伊斗香と紗耶香と紫苑の様子を順に見ていき、蔡瑁の首に視線を向けるとしばし沈黙して凝視していた。

「哀れなものだな」

 正宗は感傷的な表情で物言わぬ蔡瑁の首を凝視した。

「孫伯符、蔡徳珪の最期はどうであった?」

 正宗は蔡瑁の首から視線を上げ孫策を見た。

「卑劣な女でしたが、最期は命乞いせず私に斬られました」

 孫策の当時の状況を思い出すように語った。

「そうか」

 正宗は蔡瑁の首をもう一度見ると瞑目した。

「孫伯符、見事だ。この手柄紛うこと無く戦功第一だ」
「ありがとうございます!」

 孫策は拱手したまま力強く返事した。正宗は衛兵に目配せした。すると衛兵が二人がかりで重そうに黒塗りの箱を五箱運び込んできた。その箱は孫策の前に置かれた。
 箱の大きさは三尺(五十四センチ)四方の大きさだった。

「褒美だ。受け取るがいい。孫家への正式な褒美は日を改めて与える」
「中身を拝見してもよろしいでしょうか?」

 孫策は正宗に徐に聞いた。正宗が頷くと、孫策は箱を結んでいるいる紐を解き蓋を外した。中身は銀の延べ棒がぎっしりと敷き詰められていた。彼女は全ての箱の蓋を開け感嘆している様子だった。正宗を憚ることなく表情が緩んでいた。

「孫伯符、孫文台への褒美は日を改めて使者に届けさせる」
「分かりました。母に伝えておきます」

 孫策は正宗に声を掛けられると緩んだ表情を整え顔を上げた。彼女は正宗に褒美の礼を述べると、その場を後にした。褒美の銀は正宗の兵達によって本営の出口まで運ばれ、その後は孫堅軍の兵士達の手で運び出された。



 孫策が去ると朱里が正宗に目配せした。正宗は頷いた。
 朱里の命令に従い、一人の少女と壮年の男が後ろでに縛られ状態で連れてこられた。彼らは正宗の正面から少し離れた地面に座らせられていた。二人は土と泥で顔や衣服が汚れていたが、その風貌から貴人であることが窺えた。劉琮と劉琮の父である。

「星。愛紗。よくぞ捕らえた」

 正宗は星と愛紗に声をかけ、二人を労った。

「敵の総大将の首は逃しましたが、これで面目が立ちました」
「ありがとうございます」

 星と愛紗は正宗に拱手して返事した。愛紗は悩んでいる様子だった。朝敵の親類とはいえ、歳の頃はまだ十代半ばと思われる劉琮を捕らえることに抵抗を感じたのだろう。だが、武官である以上、避けて通れることでは無いと納得して自分に言い聞かせているようだった。
 正宗は愛紗の様子に気を止めるような仕草をするが、直ぐに視線を正面に戻した。

「お前達が劉琮と劉景升殿の夫か」

 正宗は声をかけた。二人は正宗のことを親の仇でも憎むように睨んでいた。

「車騎将軍、私は荊州牧の娘です。父上と私にこんな真似をしてただで済むと思っておられるですか!」

 劉琮は強い口調で正宗のことを非難した。その態度に正宗は嘲笑するように鼻で笑った。劉琮は正宗に馬鹿にされたと思い、顔を紅潮させ怒りを顕わにするが感情を抑えようと平静さを保とうしていた。

「劉琮、お前が劉景升殿の娘であることなど些末なことだ。お前は朝敵に加担した罪人。罪人を丁重に扱う道理はない。己の立場も理解できんとは劉景升殿が哀れでならん」

 正宗は淡々と劉琮に言い終わると、呆れ果てた様子で劉琮を見た。正宗の動じない態度に劉琮は困惑していた。その様子を見た正宗は短く溜息をついた。

「車騎将軍、私達をどうするおつもりなのですか?」

 劉琮の父は正宗に言葉を選びながら質問した。だが、正宗を見る彼の目からは正宗への憎しみが垣間見えた。彼は必死に憎悪の感情を隠そうとしているようだったが、妹の蔡瑁を討ち取られたことへの怒りは抑えることはできないのだろう。

「蔡一族に連なる者は一人残らず死罪だ。朝敵に連なる者の末路を想像出来ぬほど世間知らずではあるまい」

 正宗の言葉に劉琮と彼女の父は表情を凍りつかせ体を固まらせた。劉琮に至っては口を震わせ喋ることができないようだった。彼女の父は周囲に視線を向け、紗耶香で目を止めた。紗耶香は気まずそうに彼から視線を逸らした。彼女の夫は劉琮の父の兄に当たる人物である。当然、二人はお互いに顔見知りのはずだ。

「車騎将軍、紗耶香殿の夫は私の兄でございます。彼女の息子も蔡一族に連なる者。二人の扱いはいかがされるのです」

 劉琮の父は正宗に必死な表情で助命を引きだそうと話し出した。紗耶香の夫と息子が蔡一族と近親者であるにも関わらず、助命されたことを噂で聞き及んでいたのかもしれない。この場に紗耶香が居ることで更に噂に確信を持ったのだろう。

「紗耶香は夫と息子の両目と両足の腱を斬って朝廷に対し謀反の意思がないことを自ら示した」

 正宗は淡々と感情の篭らない目で劉琮の父を見た。

「貴様とは比較にすらならない。貴様は襄陽城に最後まで篭り、官軍に徹底抗戦を行い朝廷に対し反旗を翻したいたではないか」

 正宗は冷徹な声音で劉琮の父に言った。

「私に何かあれば母上は黙っていません」

 劉琮は震える声で正宗を非難した。彼女の様子は周囲に視線を泳がし、救いを求めているように見えた。

「罪人を詮議し適切に処刑することに何の問題がある。罪人を見逃すことの方が大問題であろう」

 正宗は言葉を一旦切った。

「この戦場における余の判断は皇帝陛下のご意思と心得よ。その意思に不服を申さば、劉景升殿とて朝廷に弓を引く謀反人となる。朝廷の忠臣であられる劉景升殿が愚かな判断をされるであろうかな?」
「母上は黙っていません! 母は九卿まで努めた方です。朝廷にも多く知り合いがいます。きっと貴方を許しはしないでしょう」

 劉琮は正宗に対し虚勢を張った。

「九卿の地位まで昇りつめたからこそ、余の決定に異を唱えることはない。お前の叔母が何をしでかしたのか理解できないのか」

 正宗は鋭い目で劉琮を見た。劉琮は言葉を詰まらせた。

「そうであった。伊斗香、劉琦殿をこの場にお呼びいたせ」

 劉琮と劉琮の父は意外な人物の名前に混乱した表情に変わった。
 伊斗香は正宗に拱手ししばしの間席を外した後、劉琦を連れて現れた。劉琦は正宗に拱手し深々とお辞儀すると劉琮と少し離れた場所に立った。

「劉琦殿、体の調子は如何かな」

 正宗は劉琮達とは異なり、友好的な態度で声をかけた。劉琮達にも正宗が劉琦に好意的であることが理解できたのか劉琦のことを睨んでいた。その仕草だけで二人の仲がどのようなものか傍目からも理解できた。

「劉車騎将軍、お気遣いいただきありがとうございます。問題ございません」

 劉琦は病的な白い肌をしていたが、その表情は彼女の気性を表すように穏やかで慈愛を感じさせた。だが、その瞳の色は哀しみとこれから起こることへの苦悩に満ちていた。

「劉琦殿、この賊二人の扱いで意見を聞きたいと思い、ご足労いただいた。この者達をいかがすべきと思われるかな?」

 正宗は神妙な表情で劉琦に質問した。

「恐れながら申し上げさせていただきます」

 劉琦は言葉を詰まらせた。

「荊州を混乱の淵に陥れた蔡徳珪の近親者の血筋を断つことは荊州の安寧のために必要不可欠です。劉車騎将軍が二人を死罪に処すことは大義に適うと思います。また、二人は死罪以外に罪を贖う術はございません」

 劉琦はしばし時間が立った後、彼女はゆっくりと喋りだした。その口調は重々しく心痛な表情だった。自らを排しようとした蔡一族と劉琮とはいえ、自ら相手を死に追いやる言葉を口にすることに罪悪感を覚えているようだった。だが、それでも敢えて口にしたのは母の嫌疑を晴らさんとする彼女の孝行心からくるものだろう。
 正宗は劉琦の意見を満足そうに頷いた。劉琮と彼女の父は顔色を変え、劉琦を憎悪に満ちた目で睨むと怒鳴り声をあげた。

「劉琦殿、妹である劉琮を見捨てるといわれるか!」
「姉上! この私を陥れることに荷担されるのですか!? 何を吹き込まれたのです! 許さない。絶対に許さないわ!」

 劉琮の父と半狂乱の劉琮が劉琦を非難していると、正宗は二人に嘲笑するような視線を送った。

「見捨てる何もお前達は劉琦殿を廃し劉景升殿の後継者の座を奪おうとしたであろう。お前達は長幼の序を無視した恥知らずな真似を行ない、挙句の果ては朝廷に弓を引いた大罪人である。痴れ者を擁護するなど愚の局地だ。劉琦殿が賢明な判断ができる人物で余は安堵している。劉琦殿のような賢女を嫡女に持つ劉景升殿が謀反人である蔡徳珪に通謀するはずが無い。やはり全ては蔡徳珪と蔡一族の謀略であったか」

 正宗の言葉に劉琮の父は理解したようだった。正宗は蔡瑁の反乱を蔡一族の暴走とし、劉表の助命を願いでる算段であることを。そして、正宗が劉表の後継者に劉琦を据えようと考えていることに。

「違います! 私も劉琮も朝廷に反旗を翻そうなどと一度も考えたことなどございません」

 劉琮の父は情けない態度で正宗に弁明を行なった。その弁明が正宗に届くはずも無い。

「では、何故、蔡徳珪の元にいたのだ? 余は昨日今日で襄陽城を攻めた訳ではない。朝廷に叛意がないというならば、蔡徳珪の元を離れるのが筋であろう。蔡徳珪に拘束されていたなどと世迷言を言うつもりか? ここに引き立てられた時の貴様は余に恨みに満ちた目を向けておった。貴様は自らの意思で襄陽城に篭ったのだ」

 正宗は劉琮の父をねめつけるように凝視し強い口調で詰問した。

「違います! 弁明の機会を!」
「これ以上の議論は不要! 衛兵、この二人のただちに処刑しろ。首は街道に晒し、身体は野に打ち捨てよ!」

 正宗は劉琮の父と会話を打ちきり、衛兵に矢継ぎ早に命令した。衛兵は喚き散らす劉琮の父を取り押さえ引きずって行った。

「姉上、助けて! お願い! 助けて!」

 劉琮は衛兵に引きづられながら泣きじゃくり劉琦に助けを求めた。劉琦は膝を折り自らの耳を塞ぐと身体を小さくさせ、劉琮が連行されるのを必死で無視しようとしていた。

「劉琦殿」

 正宗は椅子から立ち上がり劉琦に近づくと膝を折り体勢を落とした。

「劉琦殿、よく耐えられた。全ての罪は蔡一族のみが背負えばいい。劉景升殿が背負う必要はない」

 正宗は劉琦の左肩に手を置いた。劉琦はゆっくりと手を耳から放すと顔を上げた。その表情は今にも泣きそうな表情で、必死に泣くのを堪えているようだった。

「劉車騎将軍、これで母は助かるのですね?」

 劉琦は縋るような目で正宗を見ていた。正宗はゆっくりと頷いた。

「劉景升殿の義妹が反乱を起したのだ。このままでは劉景升殿は官位官職を失うのは免れんだろう。それどころか命すら危うい。しかし、劉景升殿の娘である貴殿が蔡一族の処断で迷うことなく英断を下された。余が証人となり、劉景升殿を弁護し守ってみせる」
「劉車騎将軍、お願いいたします。私が頼ることの出来る御方は劉車騎将軍のみにございます。どうか母をお救いください」

 劉琦は正宗に手をつき頼み込んだ。

「顔を上げられよ。劉琦殿、これからは余に頼るとよい」
「ありがとうございます」

 劉琦は正宗に感謝し礼を述べた。



 この日、老若男女を問わず人の泣き叫ぶ声が止むことはなかった。捕らえられた蔡一族は一人残らず処刑され、首を街道に晒された。その首の数は千を超えた。その凄惨な光景に、栄華を極めた蔡一族がたった数ヶ月で滅亡したことに、荊州の民達は正宗に畏怖を感じていた。
 だが、同時に荊州の民達は正宗に畏敬を抱かせた。正宗は略奪を行った義勇兵を身分を問わず処刑したからである。この中には正宗に総攻めに参加することを申し出た気味の悪い豪族と山賊崩れと思われる凶相の男も含まれていた。また、正宗は襄陽城に残された私財を全て荊州の国庫に納めさせた。これら一連の行為を伝え聞いた荊州の民達に正宗の高潔さを印象づけることになった。 
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