真・恋姫†無双 劉ヨウ伝
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第172話 襄陽城攻め5
正宗は滎菜に襄陽城の東門の監視の任を命じた。滎菜は兵一万を率い東門から程近い場所に陣を張る頃、東門では土嚢を積み上げようと人足が東門で慌ただしく作業をしていた。
滎菜は東門の状況を斥候から報告を受けると兵二千の三部隊を編成し、交代で夜通し東門を塞ごうとする襄陽城内の人足達の作業を邪魔した。しかし、夜明けとともに総攻めがはじまると城内に既に広まっているのか人足達は排除しても排除しても減ることは無かった。
「魏文長と言ったか? 未だのようだな」
滎菜は騎乗し東門を眺めていた。彼女は本陣を出て東門の様子を遠眼に確認にきていた。彼女の側には孫観が騎乗し控えていた。
「臧宣高様、城内に手引きがいない以上、早々逃げ出すことは難しいかと。逃げる機会を窺っているのかもしれません」
滎菜の側で孫観が言った。
「孫仲台、お前は魏文長と面識があったな?」
滎菜は孫観に視線を向け口を開いた。
「はい、呉黯奴も顔を知っております」
孫観は同僚の呉敦の名前も出した。滎菜は口元に指を当て考える仕草をした。孫観は滎菜を神妙な表情で見ていた。
「孫仲台、東門の監視を行うために三部隊を配しているが、その三部隊の代わりに呉黯奴と共に隊長として加われ。魏文長が東門まで近づけて逃げる援護をするのだ。清河王からも気に掛けてやって欲しいとご下命をいただいている」
滎菜は孫観に命令した。
「畏まりました」
孫観は滎菜に拱手した。
「臧宣高様、清河王は義にお厚い方なのですね」
孫観は徐に滎菜に言った。彼女は正宗と魏延との遣り取りを側で見ていただけに、その時のことが印象的に記憶に残っているのだろう。
「清河王は後漢の皇族ではない。だが高祖を祖に頂く劉氏の一族であられる。御一族にも著名な士大夫がおられ名門の出であられるが、市井のこともよく理解しておられる。昔から自分から面倒事に関わっておられていたな。この私も救われた一人だ」
滎菜は孫観は正宗との出会いを思い出したのか笑顔になった。
「その様な話ははじめて聞きました。いつかお暇な時にでもそのお話をお聞かせ願えませんか?」
孫観は滎菜の話に興味を抱いているようだった。
「機会があればな。まずは任務をこなしてこい」
滎菜は照れくさそうに笑うと孫観に言った。孫観は滎菜に頭を下げると兵を率いる準備をするために去って言った。滎菜は孫観を見送ると東門をしばし凝視した後、本陣に戻って行った。
滎菜が東門を監視の任についた頃、正宗は明朝の総攻めのために仮眠を取ろうと自らの天幕に向かっていた。篝火が焚かれているため足下が覚束なくなることはなかった。炎の灯りが続く道のりは幽玄な空間が広がっていた。
「清河王」
正宗の進む方向から彼のことを呼ぶ声が聞こえた。しばらくすると人影が確認でき、その人物が蔡平であるとわかった。蔡平は正宗と距離を置き、片膝を着き拱手した。正宗は突然現れた蔡平に驚いた。彼女が現れた方向から考えて、一度正宗の天幕に出向いたのかもしれない。蔡平の表情は暗がりあまり分からなかったが篝火の灯りで照らされる彼女の顔は不安と期待が無い混ぜになっていた。
「久しいな」
正宗は歩みを一旦止め蔡平に温和な表情で声をかけると、ゆっくりと彼女に近づいた。
「私の元に現れたということは気持ちは決まったのだな」
正宗は蔡平と数歩ほどの距離で止まり蔡平に声をかけた。
「清河王、私は」
蔡平は顔を伏せ言葉を詰まらせた。
「何だ?」
正宗は蔡平を凝視し優しく声をかけると笑みを浮かべた。
「私のような者が清河王にお仕えしてもよろしいのでしょうか?」
蔡平は小さい声で正宗に言うと唇を固く閉じた。
「私はお前を見込んで朗官に引き立てた。今でもその判断に間違いはないと私は思っている」
正宗は強い意志を感じさせる声で蔡平に語りかけた。彼は蔡平を仕官させたことを少しも悔いていない。それは蔡平にも伝わった。
「私は学もありません。それに」
「自らの出自を恥じているか」
蔡平は正宗の姿を確認すると彼に対して片膝を付き拱手し顔を俯かせ沈黙したままだった。正宗はしばし蔡平の姿を凝視した後、彼は空に視線を向けると徐に口を開いた。
「蔡平、見て見よ。今宵は良い月が見える」
正宗の視線は月を捉えていた。
「蔡平、見て見よ」
正宗はもう一度蔡平に声をかけた。すると蔡平はゆっくりと空を見上げた。空には三日月が綺麗な光を放っていた。
「三日月でも風情があるとは思わないか? 月はいつ見ても美しい。私はこうして月を見るのが好きだ。月を見ているとくよくよと悩むが馬鹿らしく思い、明日から頑張ろうと思える」
正宗は語り終わると一拍置き口を開いた。
「私はお前の境遇を理解はできないだろう。理解できるとなどと軽口を私は口にできない。だが、お前を私の家臣としたいと思ったことは私の本心だ。それに嘘偽りはない」
正宗は視線を蔡平に落とした。彼は蔡平と目が合うと蔡平に語り出す。蔡平は正宗の言葉を黙って聞いていた。
「王に生まれる者。士に生まれる者。農民に生まれる者。人は天意に従いこの世に生を受ける。全てには理由がある」
蔡平は沈黙し哀しい表情をした。
「蔡平、お前は苦しんだのかもしれん。それで私とお前は出会うことが出来たのだ。お前は母を養父母を誇るのだ。一時、お前は復讐に心を支配されたが、心根は腐らず真っ直ぐであった。それはお前を育てた者達がお前を本当に愛していた証拠だ。そして、私がお前を家臣にしたいと思ったのもお前の心根を理解したからだ」
「どうして私が真っ直ぐだと分かるのでしょうか? 私は復讐のために父を殺しました」
「その通りだ。だがお前と剣を交えたから分かるのだ。剣とは不思議な物だ。心醜き者の剣の太刀筋にそれが現れる。強かろうと弱かろうとな。お前の剣は真っ直ぐだった。だから私はお前を家臣にしようと思った」
蔡平は正宗の言葉に何も答えず顔を伏せていた。
「人は生まれを選ぶことはできん。だが、生きる道は自分で選ぶことができる。お前に言ったはずだ。私の家臣として乱れた世を正すために力を貸して欲しいと」
「私の力が清河王のお役に立つのでしょうか? 私は剣の腕も未熟、文字も満足に読めません」
「ならば学べばよい。私の元で学べ。蔡平、玉は磨かねばただの石にしか見えん。玉は磨いて初めて美しく輝くのだ。お前も同じだ。今は未熟でもいずれ玉の輝きを放つ官吏となり、私に役に立てるようになる」
正宗は片膝を着き、蔡平の手を取り語りかけた。
「私は清河王の御恩に報いるものが何もございません」
「お前が私に恩を感じるなら、身につけた力で他の者を助けてやるのだ。それが私への恩を返すことになろう」
「清河王、改めて申し上げます。私を清河王にお仕えさせてください」
蔡平は嗚咽しながら正宗に仕官を願いでた。その言葉を聞いた正宗は深く頷いた。
「蔡平、よくぞ決心した。これからよろしく頼むぞ。私の真名は正宗。私の真名をお前に預ける。お前の真名を教えてくれるか?」
正宗は蔡平に言った。
「私には真名はございません」
蔡平は小さな声で正宗に答えた。
「そうか。ならば私がお前に真名を付けてやろう」
正宗は腕組みをし考えると口を開いた。蔡平は正宗の姿を見ていた。
「私の真名の一字を取り『宗寿』と名乗るがいい」
正宗は篝火で灯りの当たる地面に「宗寿」と指で書いた。その様子を蔡平は黙って興味深そうに見つめていた。
「そうじゅ? 『宗寿』で『そうじゅ』と呼ぶのですね? ありがとうございます」
地面に書かれた真名に見続ける蔡平は涙を浮かべていた。彼女は目を拭うと、顔を見上げ嬉しそうに正宗に礼を述べた。
「当面は満郎中令の元で励め。冀州に帰還したら学校に通って貰うぞ」
「学校でございますか?」
「そうだ。お前にとって学ぶことが多くあるはずだ。明日は襄陽城の総攻めを行う。朝が明けるまでまだ時間はある。よく寝ておけ」
「畏まりました」
正宗は蔡平の左肩に手をかけると立ち上がり、蔡平を残し天幕に戻って行った。
蔡平が立ち去る正宗に頭を下げ去ると一人の人影がゆっくりと現れた。それは孫策だった。孫策はばつの悪そうな顔で沈黙していた。
「今から車騎将軍の所に行かなくちゃいけないんだけど凄く行きづらいわね」
孫策は蔡平の去った方向に視線を逸らし溜息をついた。孫権と甘寧と言い争いをして不機嫌だった孫策であったが気分は落ち着いているようだった。外気に当てられ気持ちを落ち着かさせることができたのだろう。孫策の様子から正宗と蔡平の遣り取りを気配を消し聞き耳を立てていたようだ。
孫策は次に視線を正宗の天幕がある方向に目を向けた。
「何でこんな時にこんなことに出くわすのかしら」
孫策は正宗を訪ねる気になれないのか正宗の天幕のある方向と自分の本陣のある方向を交互に視線を移動させていた。
「何か行きづらいわよね。つうか。あれ何なの? 一瞬別人じゃないのかと思ったわ。私達に非道い扱いをする癖にあれ何なのよ」
孫策は気落ちしていたが最後は不満げな顔で愚痴りだした。
「行きたくないけど。行かないわけには行かないわよね。明日は忙しいだろうし、今日中に礼言っておかないと今後顔会わせづらいだろうし」
孫策は頭が痛そうな表情で独り言を言った。
「行くわ! 深く考えない方がいいわ。あれは見なかったことにする。そうよ。あれは見なかったの!」
孫策は自分に言い聞かせると、彼女は正宗の天幕に向かって歩き出した。
孫策は時間を潰しながらゆっくりと正宗の天幕にやってきた。あまりに早くつくと正宗と蔡平の会話の内容を聞いたと勘ぐられることを避けようと考えての行動だろう。だが、正宗は孫策の存在については気づいていた。だが、蔡平との会話を中断するのもまずいと考え、正宗は素知らぬ顔で蔡平との会話を続けたのだった。孫策の小細工は正宗にとって何も意味をなさなかった。
「私は孫伯府。車騎将軍に母救出の礼を申したくまかり越しました。車騎将軍にお目通りをお願いしたい」
孫策は正宗の天幕の入り口を警備している衛兵に声をかけた。彼女は天幕に案内された。
「孫伯府、孫文台の容態はどうであった」
正宗は天幕内に入ってきた孫策に対して開口一番に孫堅のことを聞いた。彼は孫堅の身体の状態はある程度理解していたが、あれから四刻(一時間)位経過していため容態が悪化していないか気になったのだろう。
「おかげさまで大丈夫だと思います。先ほど、母の所に行きましたが疲れのためか眠っておりました。車騎将軍、この度は母をお救いくださりありがとうございました」
孫策は片膝を着き拱手すると正宗に礼を述べた。夜風に当たり頭を冷やしたのか殊勝な態度で正宗に謝罪した。孫堅が東門を突破したまでは善かったが、その先が不味かった。母、孫堅が無事に生還できたので孫策は文句を無いだろうが、正宗の助成で助かったことで一気に功績が吹っ飛んだだけに、孫策も内心悔しさと母の命が助かった嬉しさが混在する複雑な気持ちだったことだろう。
孫策の表情は余計なことは言わないでおこうという様子で正宗をちらりと見た。
「長生きしたいなら次は命令に従え」
正宗は短く孫策に言った。その言葉には多くの意味が込められていることは孫策は何となくだが感じしていた。
「車騎将軍、御自らからの出陣していただく結果となり申し訳ございませんでした」
孫策は一瞬不満げな顔に変わるも正宗に黙って謝罪した。彼女にしては母孫堅の暴走に巻き込まれた被害者であるため、正宗に謝罪することが納得出来ない様子だった。しかし、家長である孫堅が傷で倒れている以上、孫家として謝罪する人間は孫策しかいないのも事実だった。
「孫伯符、申し開きがあるなら聞こう」
正宗は孫策に聞いた。孫策は沈黙してしまった。彼女は夜襲を計画したわけではなく、なし崩し的に戦闘へ参加させられたため考えがまとまっていない。孫策は困った顔になる。こんな時に弁の立つ人材が側にいてくれたら善かったと思っているのかもしれない。ないものねだりをしても意味がない。孫策は沈黙したままでは状況が悪くなるため孫策は知恵を巡らし口を開く。
「申し開きのしようもございません」
孫策はとりあえず拱手し謝罪した。正宗は孫策を凝視した後、彼女に背を向けて後ろでに手を組んだ。
「孫伯符。蔡徳珪討伐後、孫文台の長沙郡太守の官職は罷免する」
正宗は淡々と孫策に伝えた。彼の表情からは感情が読み取れなかった。
孫策は顔を伏せたまま苦虫を噛む表情に変わる。彼女も正宗が孫堅の不手際に対し処罰を下すことは予見していただろう。彼女は怒りを感じているようだった。しかし、気持ちを抑え正宗の言葉を黙って聞いていた。
「孫伯符、余の決定に不服か?」
正宗は振り返らず孫策に言った。孫策は身体を強張らせて顔を少し上げ正宗のことを伺った。彼女は正宗の背中を捉えると安堵し顔を再び伏せた。
「いいえ。不服はありません」
正宗はしばし沈黙した。孫策は動揺していたが平静を装うと気持ちを落ち着かせようとしていた。
「私からの話はこれで終わりだ。孫伯符、下がって構わん」
「此度は本当に申し訳ございませんでした。母が回復したら、日を改めてご挨拶に伺わせていただきます」
孫策は正宗が背を向けていることをよいことに不満げな顔で返事をした。そして、孫策は立ち去るために立ち上がろうととして止めた。
「一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
孫策は正宗に言った。
「申してみよ」
正宗は振り返ることなく孫策に話を続けさせた。
「何故、車騎将軍は母を救出してくださったのですか?」
孫策は正宗を探るような視線を向けた。
「余は孫文台が失態をした場合に備え兵を準備したが、孫文台の救援に兵を動かす気はなかった」
正宗は振り返り孫策を見た。孫策は正宗を睨むが平静を装い視線を落とす。その様子を正宗は黙って見ていた。孫策はここで正宗に怒りをぶつけるのは流石に筋違いと自覚したのだろう。
「余は孫文台が出陣した後で夜襲の話を聞かされた」
正宗は淡々と孫策に言った。彼の声は感情が感じられなかった。孫策は正宗の怒りを感じたのか沈黙し疲れた表情を浮かべた。
「孫文台は一軍の将として自らの意思で兵を動かした。その結果がどんなのものであろうと受け入れるのが将というものであろう。だが余は孫文台を救うために兵を動かした」
孫策は正宗の話を聞き何も言えずに沈黙した。
「母の勝手で車騎将軍に迷惑をかけたことお詫びいたします」
孫策は居心地の悪い空気の中で頭を下げ正宗に再び謝罪した。だが、地面を向く彼女の表情は「何で私が」と気落ちしていた。
「余が兵を動かしたのは甘興覇が私に使者を寄越してきたからだ。城内に深入りした孫文台が危険な状態にあり、援軍を差し向けて欲しいとな」
孫策は以外な人物の名を聞き驚いていた。
「思春が」
孫策は独り言を口にした。彼女は合点がいったようだった。正宗が事前に孫堅を陥れるように計画しない限り、彼が孫堅の危機を察知して動けるはずがない。孫堅とともに同行していた甘寧であれば、それを知り行動を取ることも可能だった。孫堅が夜襲に失敗した時に備え、正宗は兵を編成している最中であったからこそ東門に兵を差し向けることも迅速にできたのだろう。
「勝手に行動した者が死ぬのは自業自得だが、それに付き合い死ぬ者達はたまったものではない。救えるのに見捨てたとあっては寝覚めが悪い。だから私は兵を動かした」
正宗は何かを思い出したかの眉間に皺を寄せた。甘寧から孫堅の夜襲を知らされた時のことを思い出したのだろう。孫策は正宗が孫堅の暴走に苛立っていると感じたのか気まずい様子だった。
「このような幸運がそうそうあると思わぬことだな。私は救えぬ時は迷わず切り捨てる」
正宗は冷酷な目で孫策を見た。
「母、孫堅に伝えておきます」
孫策は唾を飲み正宗に拱手した。正宗の様子から次に独断専行を行えば命が危ういと感じたのかもしれない。
「明日は総攻めとなる。孫伯符、お前は如何する? 孫文台はあの状態では参加は無理だろう。しかし、孫家も活躍の場が欲しいであろう」
正宗の言葉は孫策に総攻めに参加しろと暗に言っているように聞こえた。短い間に連戦をすることに嫌気を感じているのか乗り気でない表情だった。
「参加させていただきます」
孫策はしばし考えた後、総攻めに参加する意思を示した。だが、その表情は参加したくなさそうだった。この地に黄蓋がいれば孫策も悩む必要も無かったろう。孫堅が太守の地位を罷免されるの分かっていなければ、孫策も参加しないことを考えたかもしれない。
「明日、孫仲謀に前線を経験させるつもりでいる。孫伯符、孫仲謀の姉であるお前の意見を聞かせてもらえるか?」
「車騎将軍、本気でしょうか!?」
孫策は正宗の提案に困惑しているようだった。
「孫伯符、孫仲謀は初陣なのだろう? 違うか?」
「その通りです」
「孫文台が孫仲謀を私に一時預けたのは初陣を経験させる意味もあったのであろう。初陣を私と同行したことは後々孫仲謀のためになるだろうからな」
正宗は孫策に言った。孫策は孫堅の意図が分からないでいたが、正宗から指摘されはじめて理解した様子だった。
「東門は既に崩壊している。そこから冀州軍を差し向けれ城内掌握も早い。内城に籠もる蔡徳珪軍も長く持たないはずだ。孫仲謀は私と共に城内に突入する。孫伯符、手柄が欲しければお前も同道せよ」
孫策は正宗の提案を黙って聞いていた。正宗は孫家に機会を与えたのだ。それを孫策も理解した。手柄次第で新たな官職を得る可能性があった。しかし、話が上手すぎると孫策は思ったのか口を開いた。
「車騎将軍、孫家に求めるものは何でしょうか?」
孫策は正宗を探るような視線を向けた。
「お前は感が鋭いな」
正宗は神妙な表情で孫策を見た。
「孫伯符、お前に嘘を言って余計な詮索をされるのも面倒だ。私は孫仲謀を家臣としたい。私は多くの文官を必要としている。東門を破った功績は功績として認めるつもりだ。更なる戦功を欲するなら総攻めで功績を挙げよ。孫家のためにもな」
孫策は正宗の放つ様子から彼が邪な考えや酔狂で言っている訳でないことを理解した。正宗の権勢を考えれば、文官は幾らいても足りない状況だろう。孫策も正宗の言葉に嘘は無いことを理解した。
正宗の要求は孫権を正宗の家臣として差し出すこと。孫権が権勢を持つ正宗の直臣になることは悪い話ではない。
孫策は頭では納得したようだが何か気にかかるのか表情が冴えなかった。
「直ぐに返事をせずともいい。論功行賞は襄陽城を落とした後のことだからな。孫堅と孫権にも相談しよく話し合った上で結論を出してくれればいい。孫仲謀が総攻めで前線に出ることはお前から本人に申しつけておいて欲しい。心配せずとも余の側だ。命に関わる戦闘にはなるまい」
「皆と話し合いお返事させてもらいます」
孫策は正宗に拱手し下がって行った。
孫策が立ち去り、正宗は周囲に人の気配が無いことを確認し口を開いた。
「孫策、つくづく感の鋭い女だ。しかし、あの様子では気づいていないようだな。目を得ることができたのは何よりも収穫だ」
正宗は意味深な言葉を口にすると孫策が出て行った天幕の入り口を見た。
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