【短編集】現実だってファンタジー
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かえるの墓守
前書き
最新作に(new!)をつけることにしました。
1週間くらいしたら消します。
妖怪って奴は。
大抵、自分でも元々どんな存在だったのかは知らないし、興味がない。
知ってどうなることでもないし、有名な奴も無名な奴もいる。
小生は自分の出自を知ってるが、知らない奴がいても別段おかしなことじゃない。
性質やら外見やら、そういう特徴を十把一絡げにして妖怪って呼ぶわけだ。
例えば最近噂の『朧車』は大昔から日本にいる大妖怪の類だ。何でも今は怖がらせる筈の人間に惚れて一緒に走ってるとかなんとかってぇ話だ。だが、新入り妖怪のディックってやつは怖がらせるんじゃなくて殺すのが仕事だと思ってやがる。かくいう小生は、別に人間に会わずともいいと思っている。
妖怪の在り方だって十人十色。それでいいと思ってる奴がいれば、それでいいってな訳だ。
さて、日本にゃあ「お盆」って行事がある。
お盆ってのは、今を生きる人間たちのご先祖様が里帰りとばかりに現世に戻ってくるから供養してやろうってな話だ。つまり……「あの世」と「この世」が限りなく近づく日ってことになってる。この日だけ、妖怪って奴は悪さをしないことを条件に「この世」へ来ることが出来る。
とはいっても、小生にゃ季節や時期など関係ない。
「この世」に常駐する妖怪も結構いるし、人魂とて「この世」にゃいくらでもいる。
ただ、この時期になると普段顔を合わせねぇ妖怪が集まって「祭り」を開くから楽しみではある。
まぁ、その祭りがあるのはお盆の「当日」の話。
前日の内に、小生にはやらねばならない仕事がある。
時に、小生は「かえる」の妖怪だ。
大蝦蟇みてぇな立派なモンじゃねえ、人とかえるを足して2で割ったような奴だ。
そして、小生の妖怪としての存在意義は、結構変わってると思う。
「よい……しょっとお!!」
「あの世」と「この世」を繋げる門に体をねじ込み、小生は久しぶりに「この世」お月様の下に顔を出した。妖怪はいろんな場所から二つの世界を行き来するが、小生の場合、入口は決まっている。
それは――墓地にある墓の、「花立て」っつう花瓶代わりのモンだ。
古往今来、死と花は切っても切れねぇ関係にある。
仏壇や墓参りに添えるのは日本じゃ普通『仏花』て言って、諸行無常の世の中で苦難を越えて咲き誇った花を人間に例えてるんだそうだ。小生は仏門を叩いていないので知らないが、死後も美しくあって欲しいという願望や、花の大成と人生の大往生を重ねてるのかもしれない。
「あの世」に想いを送り出す象徴の花を差す花立ての穴が、そのまま「あの世」の入り口になっちまう。水もたまってるから、それが小生の使う「入口」として一番都合がいい。
「アチチ!まったく、この季節は花立てがアツくていけねえや。日が沈んでんのに墓石と『すてんれす』が熱を持ってやがる!」
かえるの身体に熱はキツい。
梅雨の時期は天国だが、それが過ぎるとしんどいったらありゃしない。
だが、仕事は仕事。ぶつくさ文句を言う訳にもいかねぇ。自分の存在理由を否定する訳にもいかねぇからだ。体を墓の外に出した小生は、口の中から仕事道具の桶と柄杓、そして箒と手ぬぐいを取り出す。小生の腹の中はちょっとした箪笥になってるんで、必要なものは大体腹の中に入ってる。
「じゃ、始めますかね………『無縁仏』の墓守りを」
すっかり闇に包まれた墓地の真ん中で、掌にふっと息を吹きかける。
すると、掌から火の玉が沢山零れ出て、お墓の燃え尽きていない蝋燭に次々と火が灯っていく。ちょっとした『妖術』ってな奴だ。
視界が良くなったのを確認した小生は、妖術で桶の中を真水で満たした。
ぼちゃぼちゃと透き通った水が注がれ、波紋が光を反射する。
無縁仏ってのは、供養してくれる人もいなくなってほったらかしになってる魂、もしくはその魂がいる墓そのものだ。これがなかなか厄介で、せっかく盆になって帰って来たのに墓がボロボロで余計な未練が増えちまう霊魂が後を絶たねぇ。
そういう魂の未練を減らすために墓掃除をしてやる墓守――それが小生、『かえるの墓守』だ。
無縁仏はすぐに判る。未練がゆらゆら、陽炎のように墓石から漏れ出しているからだ。
地蔵や菩薩もこいつには手を焼くらしく、特にお盆の時期は小生の存在を有り難がってくれる。
元々地獄の獄卒とも訳あって付き合いがあるし、妖怪の中では結構顔が広い。
尤もそれは「あの世」だけの話で、「この世」じゃ名前すら知られてねぇが。
「はいはいちょっと失礼するよォ」
墓に近づき、桶の水を柄杓で掬って優しくかける。
流れ落ちる水が、墓石のゆらゆらを微かに和らげた。その間に小生は手ぬぐいで墓石のコケや埃を丁寧に掃う。こんなちょっとしたくすみが霊魂を悲しませる。夢中になってという訳じゃねえが、相手を慮りながらの作業は時間をトばしてくれる。もう何百年も続けてるだけあって、いつのまにか墓石はすっかり綺麗になっていた。
墓石の周りも箒で掃いておく。どうせ放っておけばまた汚れが溜まるが、それでも掃ってやらねば霊魂が可哀想だろう。植木の雑草もそうだが、一度で終わるのではなく続けていくことが一番の供養ってなもんだ。
これを延々と続け、百を越える無縁仏を磨いていく。
これは盆以外もやるのだが、かえってくる霊魂の事を考えると盆は特に気合が入る。
途中疲れて小休止していると、フラッと見覚えのあるお嬢ちゃんが見えた。
可愛らしい赤の着物に身を包み、鞠をついてる亡霊。
この墓ではたまに見かける子だ。
「よっ、マリちゃん」
「今年も精が出ますね、カエルさん!これどーぞ!『あやかし祭り』の準備のご褒美に貰ってきたカッパラムネですよ!」
「いやぁ、有り難ぇ!こう無縁仏が多いと流石に疲れて喉が渇いちまうからね!」
カッパラムネは幽霊、亡霊、妖怪の好む飲み物だ。名前の通り河童が作ってるらしく、人間の飲むラムネとは違う「生の反対」の成分が何とも言えない刺激をもたらしてくれる夏の風物詩だ。
そして、それを持ってきた彼女は既知の亡霊であり、幽霊や地縛霊に比べて妖怪に近い存在だ。
彼女は彼女で、別の意味で墓に縛られた珍しい亡霊でもある。
「今年も君のお墓はピッカピカだよ。生前に幼馴染だったっていう葛城くんだっけ?彼も律儀だねぇ」
「えへへへへ………順君ったら本当に生真面目よね!でもそこがスキなのっ♪」
キャピッ♪とよく分からないポーズで嬉しがるマリちゃんは、その葛城という生きた男にぞっこんだ。
何でも、彼女と葛城――下の名前は順一郎――くんは10歳の頃に友達だったらしい。
随分仲が良く、一緒によく遊んでいたそうだ。
だが、マリは事故によってこの世を去り、彼女の家族も崩れるように寿命や病死などで死んでいき、一家の墓はあっという間に無縁仏になっちまった。マリはその頃から亡霊として人を祟ってた。自分は幼くして死んだってぇのに、他の生きている人間が妬ましくなっちまったんだろう。
だが、そんな無縁仏に葛城くんはしょっちゅう訪れては花を添えたり、汚れた墓石を拭いたりとしっかり管理してくれた。霊的な能力は皆無だったが、友達想いの彼は20歳になろうかという今もずっと墓を守ってる。
そんな彼のひたむきに親友を想う姿に、マリも次第に人を祟ることが少なくなり、未練が消えていった。代わりに胸を満たすのは暖かい想い。そして成仏してハッピーエンド……となるはずだったんだが。
「はぁぁ~~~♪恋っていいものですよカエルさん!!それが証拠に、何年経っても順君への想いが止まりません!!」
「好き者だねぇ、マリちゃんも………喋れもしねぇのに」
「電子系の妖怪さんに頼んで秘密のメル友してますから!うぅぅぅ、迸る愛よ順君に届けっ!!」
(同刻、葛城は金縛りにあった上に夢の中でマリに纏わりつかれ、「え、俺恨まれてんの!?」と勘違いしていた……)
マリちゃんは葛城君を愛するあまり、彼の存在そのものがこの世の未練になってしまった。
本当に珍しい。霊の見える相手に憑りつくのはよくあるが、霊感もない相手を害する目的もなく憑くってのは聞いたことがねぇ。そして彼女が最も愛を感じる瞬間が、彼の墓参りってな訳なのだ。
まぁ、ああいう風な理由で輪廻の環に「かえる」ことをしないんなら、まだ可愛いもんだろう。
先に友達も祭りに行くというマリちゃんを送り出した小生は、残りの墓を全て掃除し終えた。
既に拭いた手ぬぐいはボロボロになったため、人魂で燃やして役目を終えさせた。桶の水も空になり、妖術のための妖力もすっからかん。肩で息をしていた小生は、呼吸をゆっくり整えて立ち上がる。
「さて………それじゃ最後の仕上げだ」
小生は鬼に貰った酒の樽を口から取り出して、その封を開けた。
中から濃密な酒の香りが溢れ出る。飲めば一発で気を失い、燃やせば火柱が上がるとんでもない純度の酒だが、この燃えるような酒こそが無縁仏の怨念を鎮めてくれる。
「さあて、月の傾きからしてそろそろ日が変わるな……」
日が変われば、霊たちが墓に戻ってくる。
あの酒樽は家族や子孫のもてなしに満足できなかった霊魂のための酒だ。
『あるこおる』は、生かすのではなく殺すのが本質。故に死者との相性がいい。
そして、鬼が丹精込めて作ったあの酒は神も飲むものだ。
一口すすれば未練も怨念も吹き飛んで、一発で成仏できるだろう。
「たらふく飲むんだぜ。そして、飲んだら迷わず『かえる』んだぞぅ……」
墓の人魂が消えていき、今度は本物の人魂が溢れていく。
久しぶりの現世に楽しさがこみ上げている彼等の真ん中に妖怪がいちゃあ締まらない。
盆の始まりだ。死者の時間が始まる。妖怪は妖怪の領分に退散するとしよう。
「おうい、かえるの兄ちゃん!!」
「あん?なんですかい?」
不意に、厳つい面の幽霊に呼び止められて振り返る。
これだ、コッチが人の姿をしてないと、幽霊はいちゃもんをつけてくる。
小生は無縁仏の掃除してんだぞ、と言ってやりたくなるが、そんなのは男らしくなくて何も言わなかった。
幽霊は暫く俺の面を眺めると――やがて人のよさそうなニカッとした笑顔を見せた。
「墓掃除、ご苦労さん」
「…………あいよ」
毒気を抜かれた小生は、プラプラと手を振ってそれに応えながら、むずがゆくなる背中を掻いてその場を後にした。
小生は、「輪廻」にかえることが出来なかったかったが故に輪を外れたはぐれ魂が妖怪となった者。
故に、輪廻に戻れぬ者を憐れみ、勝手に導く手伝いをしている。
そうしていつか、長い長い時間をかけて輪廻に魂を返し続け――いずれは、小生も共に「かえる」。
それが何年後になるかまでは分からないが――それまでは、妖怪として役割を果たし続けよう。
もしも、あんたたちのご先祖の墓の「花立て」に「カエル」が住んでるのを見かけたら……
そいつはひょっとして、「かえる」ことの出来た墓守かもしれねえな。
後書き
我が家の墓には本当によく花立てにカエルが住んでるんですよ。雨水がたまってて湿度が高いから心地よいんでしょうね、きっと。ヨソでも墓に住むカエルは結構いるみたいです。そんなカエルが墓守してるんじゃないかな、などと思って書いてみました。
ついでに何度か登場したマリつき亡霊のマリちゃんの過去がちょっぴり明らかに。
お盆の間は流石に高速道路が混雑するのであやかし祭りに参加してます。
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