【短編集】現実だってファンタジー
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K・K・K
前書き
最近たまに「どーせゆるくてふざけたの書かないと評価されないんだろうなぁ」とか考えながら執筆しています。
俺は、神のミスによって死亡した。
……らしい。そう神から聞いた。うすぼんやりとそんな記憶もある。
そして神が言うには、俺はお詫びも兼ねてチート能力を得て、記憶もそのまま別世界へと行くらしい。
俺は特に疑問も抱かずにマニアックな能力を注文し、転生の扉へ進もうとしていた。
だが、ふと俺は我に返って思う。
――俺って本当に死んでるのか?
死というのは自己という存在の消失だ。自己を自己として認識できなくなる無明の終焉だ。
だが、今の俺には五感がある。呼吸が出来る。自分を自分として認識できている。
すなわち、俺は死んでいないという帰結にもまた到りうる。
人間は死んだ瞬間21グラムばかり体重が軽くなるらしい。それがきっと魂の重さなのだという。
今の俺がもしも魂――転じて意識だけの存在となっているのなら、俺の体重は21グラムか。
だが21グラムでは靴も持ち上げられないし着ている服に押し潰されそうだ。
上着を脱いで持ってみる。上着分の布の重量が感じられた。
これは、俺の周囲にある空間がそれほど希薄であり服も21グラム計算の影響で軽くなっているのか。
あるいは結局『魂の重さが21グラム仮説』が論理的に根底から間違っていたのか。
それを確認する術はない。ともすれば、今、俺が生身である可能性も確かめる術はない。
「どしたん君?なんか気になることでも?」
「なぁ、神様。俺、実は死んでないんじゃないかなって今思ったんだよ」
体の感覚的に体温が感じられる。左胸と手首からは脈動も感じる。
自分の腕を抓ってみたら、毛細血管が破裂してうっ血した。
心臓が動いていて意識があるということは、言い換えれば肉体がある証だ。
すなわち、『実は俺生きてるんじゃないの仮説』の誕生だ。
「いやいや……死んでるし。この世界では魂が実体として感じられるからそう見えるだけで、所謂魂のダメージだから。感覚も生きてる頃基準で体が勝手に騙されているだけだから」
「むぅ、所謂『幻肢』のような、現実には失われてるものをあると錯覚するような感覚だと?」
「一々理屈っぽくて喋るの面倒くさいな君は……」
ちょっと待て。それじゃこの世界で俺が生きていると感じるこの感覚は認識論的にそうなっているだけで、事実上は死んでいるというのか。そうなると、『生と死はどうやって見分ければいい』?
生きているように感じるのに死んでいる。死んでいるようなのに生きているときと変わりない。
それでは、生と死に境がないとでも言うのか。
「神よ。生とは何だ」
「生とは現世。生とは成長。生とは老い。生とは有限。そして、生は苦痛だ」
「ならば神よ。死とは何だ」
「死とは幽世。死とは停止。死とは永遠。死とは無限。そして、死は甘美だ」
この神、やけに死について肯定的だ。さては余程俺に死を認めてほしいと見える。
だが、俺は停止していない。現に動いているし、神のいう事に驚いたりがっかりしたりしながら思案を巡らせている。永遠とやらも感じないし、有限と無限の区別もつかない、何より今、俺は甘美なる死を感じない。
「俺は死を感じないのだが」
「それは君が死を認めないからだってば……死んでるくせに生きてるって思いこんでるから、錯覚してるの。錯覚が解ければ死者のルールに馴染んでいくよ」
「錯覚した状態は、生の状態と限りなく近いと言う訳か?」
「そして決して生へは傾かない。何故ならば君は『終わっているんだから』ね」
やけに強調するな。……実は俺は死んでないんじゃないのか?
だいたい、ここは認識論的空間なのだろう。ならば認識だけでも俺のイメージする世界に『戻』れば、実質的には『戻』っていることになるんじゃないのか?所謂、現世とやらに。
肉体の有無などという問題も関係ない。要は、『俺が生きて世界にいる』と考えれば、俺は生きて世界にいる状態と変わりない状態になる。すなわち『生きている』のと同等の状態になるんじゃないか?その間『俺が魂だけだろうと肉体の有無を取られようと関係ない』だろう。
だって、認識として生きているんだから。
認識の及ばない所で俺がどうなっていようと、認識こそが人生であって、過去であって、未来である。
認識最強。認識至上主義。世界は認識によって構築される。
そも、俺が今認識する神とやらもミスを犯している時点で万能な存在でないことが明確だ。
つまるところ、神も完璧ではないのだから、神の認識が真理であるとは言い切れない。
そう認識し始めると、この神って実は大した存在じゃないのでは?
「やい自称神。てめぇ万能の調停者なのか?」
「おい、この短期間で滅茶苦茶神への態度デカくなってないかい?」
「そもそもお前は神なのか。俺としてはそこが疑わしい。伝承では古往今来様々な場所や時代に神の名が出てくるが、大抵は碌でもない神や根拠も糞もない神、あるいは人が自分たちの都合で作った神ばかりだ。お前は何だ?全知全能でもないし、人間に対して『お前は死んだ』というただそれだけの情報を伝達するのにこれだけの時間をかけてもまだ確信させることも出来ないお前が神を名乗るのか?」
「うっ!ちょっと痛いところ突いてくるじゃないか……!確かに私は全能神と呼ぶには余りにも未熟な存在だ。書類の不備をよく先輩神に指摘されるし、ケアレスミスで君を殺すし……はぁ。ドジって呪いだよね」
「……お、おう」
想像以上に一般社会的な話を聞かされた。どうやらはやり、神というのは俺の考えている超越存在的なそれとは異なるらしい。人間のような社会を築き、人間のように生きてるんだろう。
例えるならば彼等にとっての「ミス」とは、俺のいた世界でうっかり虫を潰してしまったといったレベルなのだ。
つまり、彼らも基本的には人間的な存在であり、人間的な価値観を持った人間的認識の下で生きている。
ならば逆説、俺もまた現在はその神とやらがいる領域へ足を踏み込んでいるのではないだろうか。
や、これは仮説でしかなく、しかも途方もなく飛躍した理論だ。
だが、仮に神を名乗るこいつがいるこの世界が現実より上位の領域ならば、この世界から神と限りなく近い認識の下で生きている俺も、世界に干渉できるのではないだろうか。
「……じゃ、俺は元の世界に帰るよ」
「………は?い、いやいやい戻るって言ったって君は死んでるからね?戻っても肉体内から結局ここに戻ってくることになるよ?」
「果たしてそうだろうか?俺は敢えてここに疑問を提起する」
例えば、Aがロールシャッハテストの答えを「蝶」だと言ったとする。
しかしBの場合はそれが「パンダ」に見えた。
そしてCの場合はそれが「悪魔」に見える。
だが、ロールシャッハテストは答えを出すテストでなく心理テストだ。正しい答えなどありはしない。そこから分かるのは、真実ではなく「その人物から見た世界」である。その人は、それを本気で存在すると思っているのだ。だからそれは『確かに存在する』。最低でも、その人物の中では。
自分の見ている世界と他人の見ている世界が同一とは限らない。
この世の観測者の数だけ世界は存在する。すなわち、俺の見る世界も俺によって作られていると考えることが出来るわけだ。
すなわち、『俺の妄想が世界を作る説』爆誕である。
「お前は、俺が死を認めないから死んでいないように感じるのだと言ったな。ということはだ。逆に『俺が死を認めない限り、俺は生きている』のではないか?」
「や、死んでるでしょそれは」
「それは神から見た一つの世界認識でしかない。俺から見た一つの世界認識では俺は死んでいない。死の記憶に関しても、夢か気のせいだと思えばそれまでの話でしかない」
「…………へー!そうかいそうかい!そこまで神である僕の事が信用ならないかい!!じゃ、試しにあそこに飛び込むと良いよ!君が死んでないって言い張るんならあそこにあるワールド―ゲートを何事もなく通り過ぎる筈だよ!逆に、死んでたらゲートから拒絶されて戻ってくるはずだけどね!!」
指さす先には妙に小奇麗な扉。よく見るとさっき促されるままに入ろうとした扉だ。
「本当はあそこに入る瞬間に君の肉体を生成してチート能力付与して異世界行きの筈だったんだよ!でも今は僕が許可してないからそういうのは起こらない!!さあ、試してみたまえ!君が死んでいるか、それとも否かをねっ!!」
「上等じゃねえか。世界が認識で構成されるんなら、俺はその意識によって家に帰ってかぁちゃんのメシ食ってベッドの上でスヤスヤ寝てやらぁ!何故なら、俺は俺自身が生きていると確信してるからな!神なき世界にも愛は満ち溢れてんだよっ!!」
神と頭を突き合わせ、睨みあう。
あ、こいつよく見たら俺の幼馴染に滅茶苦茶似てる。性別も女なのか?まぁ、それは今はいいや。
そもそも神に性別あるかは俺も知らん宗教上は男神だったり女神だったりと区別することもあれば、学術上は雌雄同体こそ完全な生命体であるとする考えもある。今回の場合……どっちでもいいだろう。
ゲートの前に立つ。
余計な事を考える必要はない。ただ、俺が「こここそが俺の居るべき世界である」と認識するだけの符合性がある世界ならばそれでいい。
大切なのはイメージ。大切なのは認識。自分の認識と世界の認識をシンクロさせる、言うならば「これは夢だから現実に戻ろう」という感覚。それこそが求めるべき世界の掴み方。ただ単純に、世界はそこにあるのだと認識すればいい。
例えそれが本当に夢だったとしても――夢の中で一生を終えれば、それも立派な人生だ。
「じゃ、ばいばーい!」
「ふん!帰れるわけないじゃんバーカ!!」
俺は、ゲートに足を踏み出した。
俺が生きていることを証明するために――――。
= =
「……んぁ~……あ、暑い………腹減った」
もぞもぞと着ていたタオルケットを払いのけ、ベッドの下へゆっくり足を下す。
取り敢えず枕もとをまさぐると、見覚えのある携帯があった。時間を確認すると、なんと既に10時半を回っている。随分長く眠ったものだ。
頭の感触が変なので寝癖が立っているっぽい。手で確認しながらうとうとしていると、部屋の扉がバァン!!と開いて見覚えのある女の子が立っていた。
女の子はこちらの顔を見て、信じられないものを見たかのように目を見開き、わなわなと手を震わせて俯く。
「あれ、南慈美じゃん。おそよー………って、どったの?」
長名南慈美。俺の幼馴染の女の子だ。たまにこうして眠りこける俺を起こしに来るんだが、おかしいな。普段は「いつまで寝てんのよこのバカー!」と叫びながら俺をベッドの下に引きずりおろしてくるんだが。
「おそよー………じゃないわよ………ばか……!ばかばかばかぁぁぁ~~~~!!」
「おわぁッ!?ちょ、ちょっと待っ……ぐべッ!?」
なんと南慈美は俺のベッドに……というか俺に飛びかかってそのままベッドに押し倒しおった。やだ、南慈美さん大胆。でも正直ダメージが腹に……ッ!!
「お、お前高校生にもなってフライングボディアタックはやめ……ろ?」
「………託司!たくじぃ……!!」
なんか違う。普段の悪辣ないたずらと毛色が違う。
普段は人の事を誉託司という名前の苗字の方ばかり呼ぶのだが。
なんというか、南慈美が泣きながら俺を抱きしめてくる。まるでその存在をより確かなものとして感じようとしているが如くだ。声は湿って弱弱しく、耳元に響くすすり泣きが何となく罪悪感を覚えさせる。……なんか心配させるようなことしたっけ?
南慈美は涙ながらに俺に縋りつき、混乱する俺に事情を説明してくれた。
「託司……あなた覚えてないでしょうけど、一か月もずっと死んだように眠ってたのよ。一か月前に通り魔に襲われた私を助けようとして、滅茶苦茶に殴られて……一か月、植物状態のままずっと眠ってたのよ……!!」
「……は?いやいや南慈美。植物状態からの意識回復って滅茶苦茶確率低………ってそうじゃなくて!俺、一か月も寝てたの……!?」
「そうよ!わたし……わたし、託司と二度と話が出来ないと思って……う、うぅぅ……目が覚めてよがっだよぉぉぉ~~~~ッ!!!」
………ふむ。
うすぼんやりとだが神とのやり取りを思い出した俺は、とりあえず南慈美の背中をぽんぽんと叩いた。想像以上に細くて華奢で、ちょっと戸惑った。
「俺も戻って来れるかは賭けだったんだけどな……まぁ、何とかなったよ」
「うえぇぇぇ~~~~~ん!!ばかばかばかぁっ!!次にわたしの許可なく死んだら許さないんだからぁぁぁ~~~っ!!」
よく分からんが、『俺の妄想が世界を作る説』は実証されたようだ。
いや、それともあれは全部俺の夢だったのか?
今となっては、それを確認する術もなかった。
= =
一方その頃、神は困り果てていた。
というのも、その原因は『目の前に倒れている誉託司』が目を覚まさないのだ。
「な、なにコレ。どゆこと!?魂は魂なんだからこの認識世界で意識を失うとかありえない筈なんだけど!……はっ!まさか、失敗した恥ずかしさを隠すためにタヌキ寝入り!?………じゃ、ないな」
じっくり託司を観察した神は、その力で託司の心を読んだうえでそう結論付けた。
今、彼の意識は『ここ』にはない。魂が夢を見ている状態だ。
……魂は、夢を見ない筈なのに。
そして、夢の中ではさっき死んだはずの肉体が何故か復活したという形で、彼の意識は再び世界に生きているようだった。多分この夢が覚めれば託司はこっちに戻ってくるのだろう。それがいつになるかは分からないが。
分からない。彼は確かに死んだのだ。そして死の遠因となったのが、運命策定作業のミスで彼の幼馴染が暴漢に襲われるという間違った過程を決定してしまったことだ。それによって運命が動き、彼女は意味もなく襲われ、それを庇った彼は死ぬことになった。
だが、大きくダメージを受けた筈の彼の脳も肉体も、夢の中の彼はハンデとして負っていなかった。
まるで、最初から無かったことのように。
「………つまり、創世……認識を世界として認識させた?世界を観測するまで世界は存在していない……私の見ている世界の認識を越えた?」
神は思案する。
ひょっとして彼の頭の中に形成されたこれは――『彼の作った世界』なのでは?
世界は、幾多にも重なる多層構造をしている。縦のも横にも、列としても分岐し続け、様々な次元を隔てた世界として同時存在している。そのように観測し、認識しているから。
彼の見る夢は、どうやらその世界のどれにも当て嵌まらない世界として存在しているようだ。
「彼の中にしか存在しない、きわめてパーソナルな世界。名付けるならば限定世界。彼だけの認識に存在する、オンリーワンの世界」
唯の夢だからどこにも存在しない、とも考える事は出来る。
夢は脳が記憶の整理をするついでに本人の心理状態を反映する高度な幻覚だ。
ゆえに、それは単純に実在しない。
だが、そもそも魂は夢など見ることが出来ない。
なぜなら夢は無意識であり、そして魂には意識も無意識も境がないからだ。
境がないということは、見ているすべてが夢であり現。本質的に違いがない。
にも拘らず彼は夢を見る。そして意識は夢へと旅立った。
彼は、『自分は死んでいない』というたったそれだけの思い込みで、法則を覆した。
それとも、こちらが法則だと思っていたそれこそが間違っていたのか。
世界はもともと『在るもの』と考えた神と、『出来るもの』と考えた彼。
その認識論の違いが、世界に歪を齎した。
結果、魂が抜けた体ではなく、魂の形をした謎の抜け殻が神の世界に残された。
自分の創世した世界に存在する彼と、魂だけの彼。現実と認識の矛盾として残されたのがこれか。
……気は進まないがまさか自分のミスが重なってこんなになってしまった体を放置するわけにもいかない。彼の魂が形として残っている以上、この身体の放置は彼の魂に空き影響を及ぼす。
「どうしようこれ……活動する気配ないし、現世の基準で言えば植物状態だよね。あーあ……取り敢えずベッドに寝かせておくかぁ。頭が痛いぃ……先輩助けてぇぇ~~~ッ!!」
神は託司の身体をずるずる引きずりながら、先輩とやらに涙ぐんだ声で助けを求めた。
後書き
K:神様と
K:喧嘩して
K:帰る
長名南慈美……テンプレ的幼馴染。
誉託司……テンプレ的異端者。名前の由来は選択肢。
神……テンプレ的神。本当にこの世界の神な訳ではなく、自分たちを神と認識しうる高位の何か。
うむ、我ながら完璧な一発ネタだ。
ちなみにこの後、託司くんは寝ている間は神の世界にいき、起きてる間は現実世界という生活を送る羽目に陥ります。
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