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トワノクウ

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トワノクウ
  第十二夜 ゆきはつ三叉路(二)

 
前書き
 時鳥と母親 

 
「しかしほんと君ってタイミングが悪いよね。俺が去った直後に、その身に宿したモノが覚醒するんだから。よほど怖い目にでも遭った?」

 頭巾をめくって現れたのは、他でもない梵天の秀麗なおもてだった。

 驚いて大声を上げかけたくうの口を梵天の手が塞ぐ。

「言っとくが変装じゃないよ。この人間の意識を借りた。今の俺には話すくらいしかできないから、君にはようく言うことを聞いて動いてもらうよ」

 くうは無言で首を縦に振った。梵天の手が外れて質問が許される。

「貴方はくうに何をさせたいんですか?」

 結界がある神社にどう侵入したか。なぜ危険を冒して敵地に乗り込んだのか。どうしてくうを助けたがるのか。それらの解を抱き合わせで貰える質問をようようひねり出せた。

 梵天はくうの問い方に満足してか、笑みを深める。

「君に宿った妖は特別製だ。君自身がほぼその妖に染まってしまっていると言っていい。限りなく妖に近い混じり者だね。俺はその妖が欲しい。ひいてはその妖の力を行使する君という人間が欲しい。理解できるかい?」
「な、なんとか」

 道理で潤の前で言わないはずだ。くうは本当に妖に属する存在になってしまっていたのだ。
 もちろん求められて悪い気はしない。天座が欲しがるような混じり者だと銀朱に知れたら扱いがどう変わるか不安なだけで。

(現状確定。おそらく弁明がむずかしい事態。ベースが人間でも妖が混じっているなら神社関係者にとって危険因子であることに変わりはない)

 今は篠ノ女空が人間から逸脱した生物になってしまったことへの嘆きや本能的な恐怖を一旦忘れ、対策を講じなければ、本気で人権を無視した扱いを受けかねない。

「くうはどうすればいいんでしょう? 助け出してくださったり、します?」

 一抹の期待をこめて上目遣いに、梵天に意向を問う。

「さっきも言ったようにこの状態の俺は話すくらいしかできない。俺の言うとおりに動いて自力で脱出してくれ」

 くうの頭を疑問がもたげる。脱走。それは最善の道だろうか?
 梵天の手助けで牢破りをすれば、くうが天座の関係者と公言するも同然。なれば、無実を証明する機会を自ら潰すことになりはしないか。「銀朱を狙った刺客」だの「彼岸人になりすました」だの、身に覚えのない罪状で非難されるのは辛いが、この辛い場しか潔白を示す場がないのも事実だ。

 〝混じり者〟なる存在となり、このまま坂守神社に身を置けば惨い仕打ちが待っている可能性が高いとしても、悪意ある〝罪人〟であると思われたままは、くうの自尊心が許さない。

「――いけません」
「なに?」
「くうは行けません。ここで逃げ出すわけにはいきません。逃げたら、みんながくうを悪人だと思い込んでしまいます。やましいとこなんてないから逃げてもいいんじゃなくて、やましいとこがないからこそ逃げる必要なんてないんじゃないでしょうか?」

 梵天はというと、珍獣を見たかのような反応である。恥ずかしいが、不思議と不快には感じなかった。

 くうは手を床に揃えて頭を下げる。

「わざわざ助けに来てくださってありがとうございます。ここを出ましたら真っ先にお伺いします。そのときは遠慮なく、どんな依頼でも言いつけてください」

 頭を上げて、絡んだ視線の中に、くうは既視感を覚える。
 過った道を自信満々に進んでいる子どもと話したあとのような落胆と痛ましさ。

(子供の頃『学校になんて入らなくていい』って突っぱねたくうを、お母さんがこんな目で見たんだ)

 ごめんなさい、と取り縋りそうだった。

「必ず、行きますから」

 でも、その言葉を言いたくなかった。

「時間をください」

 謝れば、自分がしていることが正しいと言い切れなくなってしまう。とんでもない失敗をしたのでは、という恐れを心に植え付けてしまう。

「お願いです」

 ――私を許して。でなければ不安に押し潰されてしまいそう。

「……しようのない娘だ」

 梵天は、その細い指でくうの頭を上向かせ、左の瞼に親指を這わす。

「この左目を通じて脱出路だけ教えよう。のっぴきならない事態になったら、俺はもう手出ししない、今度こそ自力でどうにかするんだね」
「左目、ですか?」
「鵺に奪われた眼球なら俺が視たものを受信できる。入ってくる映像の順に進めば、ここを出て俺の許に辿り着ける」
「――了解しました」

 梵天の左目に赤いものが灯る。梵字だと、昔プレイした魔術科学RPGの経験から分かった。

 ノイズが聴こえた。左側だけ視界が変わる。襖を何枚も開けては進んでいく映像が視えた。右目を閉じるとより見やすくなった。映像の視点者は右へ左へ、時に戻ったりしながら、襖を開けて進んでいく。それを何枚、ひょっとしたら何十枚もくりかえし、最後の襖を抜けると神社の境内が視えた。それで映像は終わりだった。

「覚えたかい?」
「……多分」

 ダンジョンの攻略と同じだ。そう難しくはない。

「社を出たら敷地に接する森に入ればいい。森は俺の縄張りだ」
「分かりました。森ですね」

 確認すべき事項を頭に叩き込んでから、くうはじっと梵天を見上げた。
 あらためて、美しいひとだ、と思う。素地は色男だが、加えて、この世の荒波に揉まれ削られてきたゆえの透明感があるから、目を惹いてやまない。

「一つだけお伺いしたいことがあります」
「何だい」
「貴方とお母さんはどういう関係だったんですか?」

 梵天は苦い笑みを湛えた。後悔、哀惜、悲痛、そんな感情を窺わせる苦さだった。

「――利用された者と利用した者、かな」





 梵天が去ってから、くうは当面の方針を固めた。

 自分が混じり者であることはしようがない。朽葉と同じなのだからそう恥じることでもない。天座に言われて銀朱を狙って現れたという冤罪だけ晴らせれば、それで放免されるだろう。それから梵天を訪ねればいい。

(考えるほど上手く運ぶとは思わない。それでもやらなきゃ。梵天さんは自分を危険にさらしてまで敵地にくうを迎えにきてくれたんだから)

 自分自身のためでない理由はそれだけで活力になる。緊張に全身を強張らせながらも、ぐっと小さな両拳を握り固めたその時。

 部屋全体が大きく揺れた。

「地震!?」

 掴まる場所も隠れる場所もないため、とにかくくうは畳に伏せて頭を抱えた。がががが、と襖が外れそうな音、腹の底まで震わす地揺れ。何もかも初体験だった。

 揺れが終わる。同時に伏せたくうの鼻先に襖が一枚、外れて倒れた。あと10センチずれていたら……くうはぞーっとした。

 はたと、襖が外れて部屋から出られるようになっていることに気づく。
 さらに耳を澄ますと、喧騒が聴こえた。この奇天烈な構造の通路でも、音だけは実際の距離のままで聴こえるらしい。
 喧騒の中に拾えた単語に、妖、戦う、退治、というものがあった。

 分かることは一つ――外は緊急事態だ。

(どうしよう? ここにいたらいざってときに逃げそびれるかもしれない。外の薫ちゃんと潤君だって危ない目に遭ってるかもしれない。行ったら助けになれるかな。妖混じりだし、羽根あるし、ひょっとしたら私が何とかできないかな)

 くうの思考はある臨界を突破した瞬間――冷めた。

(ばかみたい。どんなに言い訳を弄したって、私が外に出たいと思っている事実に変わりはないのに)

 外に出たい。事態に関わりたい。叶うなら事態を解決してみせたい。劇的な解決を坂守神社の人々に見せれば、くうへの心証が良い方向に転じるかもしれないからだ。

(無罪を勝ち取るためと思って我慢してきたけど、いい加減うんざりよ)

 篠ノ女空がその他大勢(モブキャラ)に過ぎぬ人間たちから不当に扱われるなどあってはならない。
 心の暗い野に根を下ろしたそれは、確かな自尊心だった。

 くうは襖を開けて、続きの間を次々と抜けてゆく。梵天から教えられた順路を辿っていけば外に出られるから、足取りに迷いはない。

(この私を閉じ込めたこと、後悔させてあげるわ)

 ――だからいやだったのに。奥に引っ込んだくうが泣き出したのが分かったが、くうは歩みを止めなかった。 
 

 
後書き
 梵天の権能はそのままやりました。これも早期開始の弊害です。申し訳ありません。やたらスキンシップがあるのは作者の趣味です。実にすみません。
 便利ですよね、あの他人に憑依する力。体と心を切り離す力の延長みたいですから、その間体は無防備ですが…まあ空五倍子が何とかしてくれるでしょう。 
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