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トワノクウ

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トワノクウ
  第十二夜 ゆきはつ三叉路(一)

 
前書き
 〝銀朱〟と呪い

 

 
 くうは巫女たちによって座敷の一つに通され、そこに留め置かれた。三方が全く同じ絵の襖に囲まれた一室だ。
 座敷に至るまでに、立派な造りの欄中がついた襖をいくつも通過したため、戻り方があいまいだ。なるほど、これなら迷って出られない。普通の監獄より精神衛生にやさしく、かつ合理的だ。

 どんな審問が行われるかは巫女らに尋ねるまでもなく知れた。

 顔を隠した術者(?)による、くうには理解できない精査と分析。血液を採取された頃に、おそらく彼らは妖の構造分析をしているのだと悟った。

 同時進行で、坂守神社主導のもと、潤も立ち会い、くうと天座の関係も聴取された。

「あの方とは初対面です。彼岸からこの世に来て二週間、天座と接触したことは一度もありません。昼は藤袴、朝夕は朽葉さん沙門さんと一緒にいたので接触する隙もありませんでした。また、二週間以上前に天座から密命を受けて坂守神社に行く機会を窺っていたという嫌疑も否定します。私はこの世に来てすぐ今のお寺にお世話になっていて、それより前には世界に存在すらしていないからです。嘘だと思うなら二週間以上さかのぼって私の痕跡を探してください。どこにもありませんから」


 取調べに来た巫女らを撃退し、くうは苛立ちまじりにため息をついた。

「ずいぶん暴論だな」

 唯一部屋に残った潤が話しかけてきた。

「反論の材料が足りません。宙ぶらりんにするのが精一杯です。なんとなく丸め込んでグレーゾーンまで持ち込んで、疑わしきは罰せずに持ってくしかないんですよ」
「荒れてるな」
「荒れずにいられないわよ! 人間性全否定されてるのよ!?」

 潤が目を丸くしたので、くうは唇を噛んで俯いた。

「荒れてるっていうより滅入ってるんだな、篠ノ女は」
「……ええ」
「すまないな。立場上、全面的に弁護はできない」
「ひどい名誉棄損ね」
「……ごめん。銀朱様のそばにいるよりはマシだと思ったんだが」
「正体不明の輩に、大事な銀朱さん傷つけられたら困るものね」
「そうじゃない!!」

 強く否定され、くうは肩を跳ねさせる。潤ははっとして、ばつが悪そうに腕組みを直した。

「銀朱様の顔の傷、見ただろう? あれは呪いなんだ。六年くらい前に天座の天狗にかけられたらしい」
「梵天さんに――?」

 あの美しい天狗と〝呪い〟のイメージが結びつかない。

「不治(なおらず)の呪い。一度負った傷が完治しない陰湿な呪いだよ。銀朱様はそれで何年も苦しんでる。顔中痛くて堪らないって夜に掻き毟って血まみれになるんだよ。巫女が手を尽くして、鎮痛剤を五分とずらさず決まった時間ごとに投与して、呪いの源の顔の傷を術で封じて、どうにか普通に生活できてるのが現状だ」

 聞いているだけで顔面が疼いて痒くなってくる話だ。

「この世界じゃ〝呪い〟はかけた奴に解かせるしかない。殺して解けるなら簡単だが、ここはRPGみたいに上手くできてない。――と、脱線したな。とにかく、だから銀朱様は天狗に拘ってる。篠ノ女はその天狗と接触してしまったんだ」
「銀朱さんがやつあたりして私に危害を加える可能性が高いと、そういうわけですね」

 潤の沈黙は肯定を示していた。仕える主人をそういうふうに語った後味の悪さと、銀朱に不興を買うかもしれないとの畏れも、見え隠れしている。

「――天座も迷惑なことしてくれたよな」

 潤が話題を変えた。付き合ってあげることにした。

「私にも、潤君達にも、ね」
「まったくだ」

 沈黙が二人の間に流れる。
 ――潤がいるのに、空気を気詰まりに感じる日が来るなんて夢にも思わなかった。

 楽研の練習前のほんのひとときを、部室で潤と二人きりで過ごすのがくうの日課だった(薫ふくむ部員らが結託して時間を提供してくれたからだ)。そのひとときが、たとえば読書やゲーム、楽器の調整などに費やされても、静寂の中に互いの息吹を感じられた。

 それが今やどうだ。このように苦しい時間は他に知らない。

「――」
「――」
「――っ」
「帰る」
「え!?」

 潤はくうに背を向ける。「聴取の仕方については俺も尽力する。非人道的にならないようにな。ただ、俺にも立場があるから、あまり期待しないでくれ」

 潤は襖を開けた。その所作に警戒は見られない。くうが潤を振り切って外に飛び出すとは考えてもいないらしい。

「――俺だけはあの人を裏切れないんだ」

 襖が閉まり、潤の姿はその向こうへ消えた。

 くうは溜息をついた。

(銀朱さんのためなら私のことは裏切ってもいいって言うのね)

 そういう意味での溜息だった。

 無理もない、と言いたくはない。潤がくうと共に彼岸で過ごしたのは高校入学から春休みまでの一年間。銀朱と過ごしたのはずれた時間での二年間。倍だ。だからといって自分と潤のつながりが銀朱より薄いと意地でも思いたくないのは、ひとえに恋する乙女の心理なのだが、くうはそれさえ認めたくない。あのような、無神経で友情を裏切るような男子をスキだったなどとは思い出したくもない。

(だめだ。潤君に関しては論理的な思考ができません。これは一度思考をカットして別のことを考えるようにしましょう)

 中原潤の項目をできるだけ隅に追いやって別の懸案事項を検索する。出てきたのは、やはり、これから自分がどうなるかの心配だった。

(いきなりそんな切実な問題がヒットしなくてもいいじゃないですか私の脳! まあ潤君よりはましなんで考えますけど!)

 純白の翼。くうに見覚えのないそれのせいで、くうは妖祓いたちに完全に妖であると認定された状態にある。これを打破するには、背中の翼が何故くうに宿ったのかを探り当てねばならない。
 かといって、くう自身すら自覚のなかった肉体の異常を、閉鎖空間でどう探れと言うのだろうか。

 くうは今さらながらにふて腐れて畳に足を投げ出した。潤も潤だ。せめてこの異世界の基礎知識くらいは教えていけばいいものを。フォローがなっとらん。

「天の助けー、こいこーい」

 ってこいこいは花札でした、などと軽く涙目になっていると、唐突に背後の襖が開いた。

 ふり仰ぐと、今までにも何度か来た、覆面スタイルの神社関係者が立っていた。すわ尋問か、と呆れていると。

「この〝あまつき〟で天の助けを乞う辺り、恐れ知らずというか物知らずというか。どっちにせよすごい度胸だね」

 術者の口から出た声は、先刻、くうをこの窮地に追いやる一助となった男の声だった。



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