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無欠の刃

作者:赤面
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アカデミー編
  新クラス

 一学年下のクラスで、唯一利があったとするならば、それはサスケと同じクラスであることだ。
 カトナはぼんやりと教科書を眺めながら、そう思った。

 新しく配布されるはずの教科書は彼女の手元にはなく、教科書は去年と同じものだ。たかが一年とはいえ、教科書に載っている内容で間違いや不備があれば困るので、普通は配布されるはずだ。
 ……配布されたらされたで、今持っている教科書のように、墨で塗りつぶされたりしているかもしれないが。

 ぺらりと捲ったページ一面に塗りたくられた墨に、僅かに顔をしかめながら、カトナは隣に目をやった。
 つまらなそうに頬杖をついているサスケの肩をちょんちょんとつついて、自分の教科書を見せる。
 サスケは教師陣の大人げない行為に呆れながらも、自分に配られた教科書を開き、カトナに見せる。
 一瞬にして、女子の嫉妬に満ちた視線が二人を襲ったが、カトナはいつもの九尾に対する嫌悪を込めたの視線と勘違いし、サスケはサスケで自分の事には全く興味が無かったので、嫉妬しているなど思い浮かばない。
 良くも悪くも、この二人は自分のことなど眼中になく、互いのことしか考えていないのだ。

 と、覗きこんだ拍子にカトナの髪の毛が耳からするりと落ちた。はらりと赤髪がサスケの頬にかかる。彼が吸い寄せられるように彼女の髪の毛に手を伸ばし、一房だけ掴む。
 彼はじっと赤い糸束のようなそれを見つめる。
 カトナが瞬きをした。

「…なに?」
「いい加減くくったらどうだと思ってな」
「んー……、今度、ためす」

 今は髪紐を持っていないと首を振るカトナは、はぁと重いため息をついた。
 彼女は己の髪を気に入っているので、長く伸ばしている。だが、男に変化している今は、肩にかかるくらいの中途半端な長さなので、絡まったりして大変なのだ。
 サスケの言うとおり、髪紐でくくったら楽になるだろうか。
 そう思いながら、カトナはもう一度、髪を耳にかけなおす。
 その仕種に、思わず男子の視線が集中する。
 男に変化したカトナの髪の毛の長さは、肩にぎりぎりかかるくらいが通常だが、それでも女としての仕種は無意識の内に出るものである。
 どれも中性的ですまされるようなものだが、だからといって、気にならないわけではない。
 変化をしていても、カトナの体は女である状態からさほど変わっていない。もう少し成長すれば分かりやすい違いがあるかもしれないが、まだ発展途上のこの時期では、明確な差はない。

 透けるような白い肌。後ろから見れば女の子のように見える、絹のような赤色の髪。ひょっとしたら、女子よりも細いかもしれない華奢な体。変化していることがばれないように、体の線が出ないように買った、少し大きめのだぼだのの服。声変わりがおきていない、女子のように聞こえる、か細い声。

 男子に変化していてもこの状態なのだから、カトナを見てしまうのは、まぁ、男としては仕方がないことではあった。だが、男たちのそんな視線をサスケが許すはずはなく、カトナを見る彼らを牽制するように周囲を一瞥する。
 その瞬間、さっと逸らされた視線の多さに、サスケは内心で舌を打った。
 誰がお前らなんかにこいつを渡すかと、内心で対抗意識を燃やすサスケに気が付かないカトナは、小さくサスケの袖をつまんで、こっそりと分からないところを尋ねる。

 「これ、どういう意味?」

 カトナはサスケの手元を覗き込んでから、彼の顔を見上げた。
 一気に二人の距離が近くなる。
 惚れた女の顔が間近にあることで、サスケが内心悶絶する。
 思わず男子が身をのり出した。
 驚愕した女子は嫉妬の視線を更に強めた。
 特にひときわ激しい反応をしたのは、サスケの後方に座っていたサクラだ。
 きぃーと内心でハンカチを噛みしめつつも、二人の真後ろで身悶える。

 そんな風にクラス全体に衝撃を与えた当の本人であるカトナといえば、のんきに黒板を見つめていた。
 新任の担当教師はまだきていない。おそらくだが、新任は海野イルカという教師に任されるのだろう。確か彼は、両親を九尾に殺されたはずだから、任せるかどうかを判断しているのかもしれない。
 どちらにしても、カトナにとっては、要注意の人物だ。

 まぁ、海野イルカよりも、今壇上で立っているミズキの方がよほど危険だろう。
 ちらりと、新しいクラスになってはしゃいでいる生徒たちに、時間割を配っている男を見る。
 カトナを見る目は嫌悪に満ちているくせに、それっぽい声音で優しい言葉をかけてくるのだから、きっと火影に対してごますりでもしているのだろう。
 嫌ってくれた方が対処しやすくて楽なのに。
 そう思いつつ、教科書を閉じる。
 新学年になって最初の日だということもあるのだろう。早々に授業が終わった。
 周囲もがやがやと騒ぎだし、次々に席を立っていく。カトナもサスケ

「…サスケ、かえろっか」
「先に彼奴と一緒に帰っとけ。お前の教科書を貰いに行ってくる」
「別にいいよ。問題ないし」
「馬鹿か、どう考えてもあるだろ」

 首をかしげたカトナの頭をはたいた後、サスケはミズキの後を追う。
 ……どう言いわけをするつもりなんだろうか。カトナの分だなんて言えば、その時点で配布されなくなるだろうが。紛失したというのは、サスケの評価が下がるだろう。…あんまり、サスケに迷惑がかからないといいなぁ。
 そう思いながらも、少しだけ緩んだ頬を伸ばす。
 サスケに優しくされるとこうなってしまうことが多い。自分は忍びだから、強く自制しないといけないのに。
 そうやっていつもの無表情に顔を整え、ナルトを迎えに行こうと立ち上がったカトナの背中に声がかかる。

「あれ、先輩、もしかして留年スか?」
「…奈良」

 びくりと大げさに体を震わせたカトナは、恐る恐ると言った様子で後ろを振り向き。声をかけてきた相手が、以前から度々打ち合っている将棋仲間の奈良シカマルだと気が付いて、肩の力を抜いた。
 先程から自分に突き刺さる視線が、八割がた女子の嫉妬と、二割の本当に男子なのかという疑いであったのだが、カトナは九尾として睨み付けられていると勘違いし、自分がナルトに迷惑をかけているのではないかと心配していたのだ。
 そうやって気を張り詰めていたところに、知り合いから声をかけられたことで、不覚にも安心してしまう。
 ほっと息を吐き出してから、安堵した自分に気が付き、慌てて気を引き締めなおす。
 最近は油断が多いと自分をいさめるカトナに、どうしたもんかなーと思いつつ、シカマルは安心させようと砕けた調子で話す。

 「シカマルでいいっすよー」

 間延びしたその声に、カトナは少しだけ迷ったようにシカマルの顔色をうかがっていた。が、やがて小さくこくりと頷くと、困ったように辺りを見まわす。
 サスケの姿でも探しているのだろうかと思っていたシカマルの前に、突然、金色が走る。

 「カトナ!」

 ぎゅうっとカトナに抱き着いたナルトは、周りから一気に集まった視線もなんのその、いつも通りの大声でカトナの名前を呼ぶ。カトナはそんなナルトを見て、嬉しそうに笑う。

「…ナルト、遅かった、ね」
「カトナとクラスが違うなんて聞いてないってばよー!! 俺ってば、カトナと一緒に授業受ける気満々だったってばよ!!」
「ちゃんと、聞いて、って、いった。ナルトは、体術クラスに、行くことになる、って」

 体術クラス。
 今年から新たに編成された、体術を中心とする忍者のクラスである。
 もともと、忍びである以上、忍者は最低限の忍術を使わなければいけない、使えなければいけない。最低限の忍術を使えない忍を合格させてはいけないのが、里の掟であった。
 しかし、去年合格したロック・リーの存在により、その里の掟は急速に変わることとなった。
 近年、忍術はあまりうまく使えないが、体術はほかの忍びよりも優れているアカデミー生は少なくはなかった。里の掟である以上、そういう人物は忍びとしての合格試験が受からない限り落とされて、日の目を見ることが無かった。

 しかし、ある一人の男が火影に直談判し、「体術クラス」という新たなクラスを作り、忍術が使えない忍びでも合格させるべきだと進言したのである。
 その男こそ、ロック・リーの師匠であり、現十班の担当教師ガイであった。
 ガイの発言。そして、ロック・リーなどの優秀な生徒の才能を潰す教育課程に、ついに火影は重い腰をあげることを決意し、アカデミーの教育課程を再編成。
 忍術が使えなくても忍びになれる、体術を中心としたクラス「体術クラス」を設立した。
 この体術クラスの設立の最大の長所は、ナルトのように人体の一部が破損し印が組めない。もしくは、先天性的にチャクラが練りにくい体質である存在でも、忍びになることが出来るようになったという点である。

 最近まで設立の件では争い合っていたが、火影に直談判したりした甲斐があったのか。ナルトが入学するぎりぎりに可決してくれて、本当によかったと安心したのを思い出しながら、カトナはナルトの頭を撫でる。
 優しいその手つきに、ふにゃりと笑みを崩したナルトは、カトナの後ろで事態が理解しきれず、困惑して固まっているシカマルを見つけ、青い瞳を細めた。
 カトナに話しかけていた男。困惑しか浮かんでいないが、それはナルトがいきなり登場したからで、今までカトナに対して、何か文句でも言っていたのかもしれない。
 その予想に、知らず知らずのうちに、ナルトの瞳は鋭く細められる。
 殺気すらこめていそうな視線に、思わずシカマルが冷や汗を流したとき、

「誰だってば?」
「…奈良シカマル。将棋、相手してくれてる」
「ああ!! お前が、シカマルってば! 俺、うずまきナルト! よろしくってば!!」

 ころりと180度意見を変更させたナルトは、先ほどの剣呑な雰囲気を一体どこにやったというような笑顔で、シカマルの肩をたたく。
 若干……どころか、大幅に布をあまらせた、袖だけが異様に長い服の所為か。びしびしっと布が跳ね返ってシカマルの頭を叩くが、彼が真っ先に思ったのは、それに対してでの文句でもなんでもなく…。
 態度、ちがいすぎんだろ!! 
 という、少しばかり論点のずれたツッコミであった。
 一気に親し気になったナルトに困惑したシカマルは、ふと、うずまきという名前に気が付き、ふたりを見比べる。
 かたや、金髪、青目、騒がしい性格。かたや、赤髪、赤目、内気で大人しい性格。
 似てねぇ……と思いながらも、シカマルは念のために尋ねる。

「先輩の弟?」
「そうだってば!!」
「…双子の、弟」
「へー。そんなのいたんだ」

 気の抜けた声をあげながらも、手を出したシカマルに、一瞬、戸惑ったようにナルトが二人の顔を見くらべる。カトナもまた、困ったようにナルトを見つめ返した。
 妙な沈黙が、その場に落ちる。
 なにか悪いことしたかと、思わず不安になって、シカマルが眉を顰める。
 カトナが何度か瞬きをし、やがていいよと弟に告げる。
 姉に許可をもらったナルトは少しだけ戸惑いながらも、シカマルの手に己の手を重ねる。
 無機質な、人肌のぬくもりでは決してないその手に、シカマルの聡明な頭脳はすぐさま結論を下す。
 義手。しかも……。
 なるべく表情に出さないように気をつけながら、袖が長く、手を見せない構造になっているナルトの服を観察する。
 袖の長さからして、両手だろう。
 なるほど、体術クラスに行く理由はこれか。
 そう合点しつつも、何か言いたくないような理由がありそうだなと、そこまで思考を張り巡らせたシカマルは、独座にナルトの拳をぎゅっと握り返す。

「よろしく」

 ナルトは、握りしめられた拳。そしてシカマルの、まったく変わっていないけだるげな表情を交互に見比べると、嬉しそうに破顔した。

「よろしくってば!!」 
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