無欠の刃
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アカデミー編
大太刀
一閃。
長い刀を、弧を描くように振り回し、藁人形を一気にぶった切る。
カトナを中心にして描かれた孤の内側にいた藁人形たちは、上下にぶったぎられる。
あまり想像したくないが、人間だったならば、肋の骨を折られ、内臓が勢いよく体から飛び出ていただろう。紛れもない急所の位置である。
しかし、本人的にはもう少し上の部分…心臓を狙っていたらしく、不満そうに眼を細めながらも、もう一度、大太刀を振り回す。
大太刀の遠心力により、カトナの体がその場からぐるりと動く。
「くっ…」
予想以上にかかった遠心力に、胸がぐっと詰まるような圧力が全身にかかる。
彼女はうめき声をあげながら、今度はその刀の重さを利用してまわった。ふらりと揺らぐ体で、先ほど捉えきれなかった藁人形を蹴飛ばす。
藁人形はあっけなく首と胴体が千切れ、カトナの体は、返ってきた衝撃で宙を飛ぶ。
まるで重さがなくなったように、カトナは空中で体勢を立て直すと、大太刀を藁人形がある地面に向けて勢いよく、深々とつき刺す。
藁人形を真っ二つに切り裂いた大太刀が、地面に食い込んだ。
器用にも柄頭にふわりと着地すると、カトナはちらりと周りを見渡す。
敵として想定した藁人形は、もう一体も残っていない。
まだまだ予備用の藁人形は立っているが、自らが敵ととらえたものは全て存在しない。
「ネジ、つぎ、やる?」
カトナは、今の今まで黙ってこっちを見つめていた少年……日向ネジに向かって声をかけた。
白眼でカトナの動きを見透かしていたらしい。ネジは先程まで体術の練習として向き合っていた藁人形から、カトナの方へ向き直る。
するすると青色の鞘に仕舞われていく大太刀を見て、ネジは不思議そうに首をかしげた。
「…前から思っていたんだが、お前、一体どこでその刀を手に入れたんだ?」
カトナはその問いに、どうこたえるべきかと思いながら、自分が今握りしめている大太刀を見つめた。
カトナの持っている大太刀は、1m80cmほどの長さである。
形状は、どちらかというと大太刀よりも長巻に似ている。
これは長巻直しをされたからかもしれないが、長巻と比べれば、柄が異様に長さが短い。
長巻の通常の柄の長さが90cmから120cmであるのに比べ、この大太刀は柄が60cmほどしかない。
長巻としては設計ミスかもしれないが、大太刀としては問題ない。
なんといおうか、数分間思考していたが、結局、真実をそのまま告げることにする。
「気が付いたら、枕元に、置いてあった」
「枕元に…?」
こくりと小さく頷いて、カトナは己の腕の中にある大太刀を眺めた。
この刀の名をカトナは知らない。どういう経緯でで自分のもとに来たのかも、知らない。
誰が作っただとか、どんな名前だとか、どういう風に作られただとか、誰がカトナに渡すように頼んだだとか。そういうこと全部含めて、知らない。
カトナがこの刀を手に入れたのは、物心ついた時だった。
よく分からない男が、夢の中で自分に託してきたのだ。……男なのだろうか。それすらわからなかった。
ぼんやりとした、白い、ゆらゆらとした曖昧な存在が自分の名前を呼んで。そして、この刀を手渡してきたことしか、分からない。
何かをその人物に尋ねて、その人物から答えを教えてもらったはずなのに。気が付けば、自分の枕元にこの大太刀が置かれていて、その人物がくれた答えさえも忘れていた。
記憶力がよく、一度見た夢の内容すらも完全に覚えることが出来るカトナにしては本当に珍しいことに、ほとんど忘れてしまった。
覚えているのは、その人間が自分を呼んだことだけ。
――カトナ
ただ、その声を聞いた瞬間、その声で名前を呼ばれた瞬間、カトナはどうしようもなく悲しくなって。それ以上に、どうしようもなく嬉しくなって、無性に自分を呼んだその人物に抱き着きたくなった。
会いたかっただとか、そんな、ありふれた言葉をぶつけて、その人物の胸で泣きわめきたくなるような、そんな思いにかられて。けれど、何も出来なかった。
それをしてはいけないような気がして、甘えてしまうのは許されないような気がして、カトナは俯くしかなかった。
その人物は、そんなカトナに優しく微笑んで、刀を手渡した。
使い方も何も教えず、ただ、カトナに刀を与えて。そしてもう一度、優しい声で呼んだのだ。
――カトナ
カトナは今度こそ、何もかも抑えきれないように感じて、感情が喉からぼろぼろと溢れ出ていくようで。それを耐えるように刀をずっと抱きしめて、その人物に向けて、何かを叫ぶことしか出来なかった。
何を叫んだのかさえ、もう覚えていないけれど。それでも、刀を渡されたときに触れあった体温だけは、憶えている。
あったかくて、優しくて、ふわふわしていたことだけは、憶えている。
カトナは青い鞘を愛しそうに撫で、金色に彩られた柄にナルトのことを思い出しながら力をいれる。
この刀が一体どんなものかは、カトナには興味がない。
ただ、この刀を渡してきた人物に報いるためだけに、カトナは刀を振り回す。
何故報いなければいけないのかも、何故その人物にそれほど報いたいかも、考えない。
ただ、振り回せばいい。振り回して倒せばいい。
ナルトを守れれば、それでいい。
黙って話を聞いていたネジは、カトナの腕の中のそれをじっと見つめていた。
一体どういう反応をすればいいのだろうかと迷いながらも、カトナは刀を持ち上げる。
「…使う?」
「いや、いい」
首を振ったネジに、そっかとだけ返して、チャクラをゆっくりと流し込む。
青い柄にカトナのチャクラが入り込んだと。と思うと、しゅるりという音と共に、カトナの持っていた大太刀はふたまわりほど小さくなる。
その様子を見たネジは、はぁと呆れたように嘆息した。
「…相変わらず、不思議な刀だな」
「チャクラで、形状を記憶させてる。だから、チャクラの流れる道、ぜんぶ変えたら、形状も変わる。…でも、変えられるのは、せいぜい、大太刀、長巻、薙刀、短刀、脇差くらい」
不思議な刀だと、カトナは己が持つ短刀を見る。
持ち運ぶときや暗殺するときは、脇差に短刀。
一対一の戦いでは薙刀。
多勢対少数の戦いでは長巻と大太刀。
さまざまな戦闘に向いた、それぞれの武器になることが出来る、特殊な武器。
けれど、チャクラコントロール自体が難しく、カトナはまだ短刀と大太刀にしか変化せることができ。
仕組みがわかれば、もう少し改良できるかもしれないが、あの三代目火影さえも分からないらしい。
チャクラに反応する性質の物で作られているのは確かだ。
あの、チャクラに反応する紙の情報を組んでいるのかもしれないが、あれは性質変化に反応するものだった。形状とは全く関係ないだろう。
ただ、刀だけにチャクラを流し込んでも反応せず、柄に入れた状態でチャクラを流さなければ、形状は変化しないので、実際、チャクラに反応する物質を含んでいるのは、鞘の方なのだろう。
いや、鞘がいわゆる印の代わりをしていて、チャクラが流し込まれることで、チャクラの情報を変換し、刀の形状を変えているのかもしれない。
まぁ、どちらにしても自分は知らなくていいことだと、カトナは鞘から刀を抜き、ネジを見る。
「試合、する……?」
「…いいだろう。生身の相手じゃなければ、物足りないと思っていた所だ」
不敵に笑い、いつもの柔拳の構えをとる。
そんなネジに対してカトナもまた短刀を構え。……そして、勢いよく飛びかかった。
・・・
「うずまきカトナ、落第」
告げられた言葉に、ああ、やっぱりかと下を向いた。
どうせ、落とされるだろうとは思っていた。落とされて終わりだろうとは思っていた。
視界の端で、ネジが苛立たしげに外を睨み付けているのが目に映った。
どうせ落とされると思っていたから気にしなくてもいいのに。
それでもちゃんと気にしてくれるネジは優しいと目を細めたカトナは、無言でぺこりと頭を下げる。
落第を見定めていた先生の中で、一人だけ、こちらを気遣うように見てきていたが、カトナは何も言わず、するりとその場から離れる。
猫のような身軽さを感じられるそのしぐさに、僅かに驚いた教師は、されど一瞬でその感情をぬぐいとる。九尾にいつまでもかかずらうのは愚かだとそう思って、彼女のことを思考から排除する。
次と呼ばれる声を聞きながら、カトナは教室からこっそりと抜け出す。
気配を殺すのは、昔からうまい。追っ手から逃げるためにはどうすればいいのか、体に叩き込まれている。それに、どうやれば他人の視線を逸らすことが出来るかなんて、カトナが一番よく分かっている。
まぁ、こんなのうまくても意味ないんだけれど。特に、こういう相手には。
ちらりと、後ろを見る。
いつものように彼が立っていた。
どこに行ったってすぐに見つける共犯者に、カトナは肩をすくめる。
「サスケ、授業、いいの?」
「忘れてんのか。今日は卒業試験だから、ねぇよ」
「そっか」
こくりと頷いて、カトナはサスケを見つめた。
「落第、だって」
「…ぶちのめすか」
カトナは野蛮だなぁと、くすりと笑う。
小さなその笑みに、サスケは思わずカトナの長く紅い髪の毛を掻き混ぜた。
その行為だけで、カトナの緩んでいた涙腺がぶわりと崩壊する。
「だめだって、わかってたよ」
「ああ」
「しって、た、んだ」
「ああ」
「でも、がんばった、がんばった、んだ」
「ああ」
「もしかしたら、って、おもうくらい、がんばった」
カトナの頭を自分の胸に押し付けるようにして抱きしめる。
カトナの肩が小さく震えだした。いつもよりずっとずっと小さい共犯者の頭を、サスケは更にくしゃくしゃ撫でまわす。
「結局、無駄だったけど、頑張ったんだよ」
カトナが小さな声を漏らしながら、サスケの胸に縋る。
「がんばった、んだよ」
「…よくやったよ」
ぽんぽんと頭を撫でる。
なるべく、兄がやっていたようにやさしいしぐさで彼女の頭を撫でて、耳元で囁く。
そうすればそれだけで、へにゃりとカトナの顔が歪んだ。
それを見て、ふと、サスケの心の奥底で闇が蠢いた。彼の耳元で誰かが囁いて、誘いをかける。
慌てて首を振って、サスケはその言葉を消し去った。
そんなにつらいならもう、一緒に死んじまおうか、なんて。
駄目だとサスケは必死に己を押しとどめる。
まだ駄目だと己を抑え込む。
せめてカトナが死にたいとこぼすまで。その日までは耐えなければ。
サスケはゆっくりと彼女の額に額を合わせた。
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