無欠の刃
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
アカデミー編
監視
「なぁなぁ、何してるんだってば?」
ごろごろと原っぱの上で寝転がり、日向ぼっこを謳歌していたナルトは、ふと、明るい調子で己の監視である少年――狐面をかぶった暗部の人間に話しかける。
狐面は暫くの間、困ったようにナルトを見ていたが、やがて持っていたノートらしきものをぺらぺらと捲ってナルトに見せる。
「漫画?」
「……少し違います」
「お前、すっげー、絵が上手いってば!!」
「そうでしょうか」
狐面の淡々とした返事に、むっと頬を膨らませたナルトは、狐面の腕を引っ張って目と目を合わせる。驚いて固まる狐面に、彼は怒鳴りつけるような勢いで言葉を出した。
「お前と俺は同級生だし、じっちゃんから聞いたら一歳しか違わねぇし、しかも、お前の方が年上なんだから、敬語禁止って言ったってばよ!!」
ナルトは狐面を無理矢理剥ぎ取り、曖昧な、嘘くさい笑顔を浮かべたまま、表情を全く変わらせない少年の顔を覗きこんだ。
「サイ!」
「…分かったよ、ナルト」
呆れたようにしながらも、その言葉に従ったサイに、ナルトは嬉しそうによしと頷く。と、サイが先程から描いているノートを見て、再び目を輝かせた。
サイはイタチの代わりに新たに派遣されたナルトの監視だ。
もしものとき――たとえば、彼の所為でカトナの九尾の力が暴走した時、ナルト自身が九尾をこの場に呼び寄せた時などに、ナルトを殺してもいいという命令を請け負っている。
つまり、彼はナルトを好きに殺せる権利を持つのである。
イタチの代わりに新たに派遣された監視は、当初は一人がカトナとナルトの両方を監視する形式であった。が、とある事件が起きたことで、その形式は撤廃。
今現在では、カトナには上忍二人がつき、ナルトには、ダンゾウの根の構成員と火影から直々に任命された監視の一人……合計二人がつくことになった。
”例の監視”のこともあったせいか、カトナはナルトの監視には断固反対して、火影に直談判し続け、ナルトの監視を弱めようとしていた。
だが、あの事件のせいで失われたものや壊れたものを鑑れば、ナルトに監視をつけないという選択はできなかった。
それでも、カトナが訴え続けた成果があったのか。ナルトについた監視は、どちらかというと監視ではなく、護衛としての意味合いが強い。
初代火影の木遁を受け継いでいる男。そして今、目の前にいる少年――サイこそが、ナルトの監視である。
最もサイには全く別の命令が下っているのだが。
彼は自らの上司であるダンゾウの命令を思い出す。
――頃合いだと思えば殺せ
思い出したサイは、微かに眉を動かした。
ダンゾウがこう命令したのも理由がある。
うずまきナルトはどちらかといえば三代目火影と似ている気質だが、対するうずまきカトナはダンゾウに似ている節がある。
ゆえにダンゾウは、感情がが先走って暴走しやすいナルトではなく、彼の双子の姉であるカトナにこそ、人柱力になってほしいと考えているのだ。
彼女のチャクラコントロール能力の高さは、根の中では知れ渡っている。精密という域を超えたそれはダンゾウすらも唸るほどのレベルに達している。
加えて、大切なものを守るためならば、自己犠牲をいとわぬ精神性も、己の感情すら道具にしてみせる冷徹さ。
すべてがすべて、ダンゾウが考える忍びの条件を満たしている。
そんな彼女の唯一の弱点がチャクラの総量の少なさなのだが、それも人柱力にしてしまえば簡単に補うことが出来る。
ゆえにダンゾウは前々から、ナルトを殺して中に入っている九尾を取り出し、カトナに移そうと動いている。
つまりサイはナルトを殺すために派遣された。
…のだが、ナルトはちっとも警戒していない。
いや、警戒されないように動いているから、それは別にいいのだ。だが、何事にも限度はある。目の前の彼は、あまりにも無警戒過ぎるのだ。
監視という言葉の意味を忘れたように、サイに向かって親し気に話しかけてくる。
まったく、ちゃんと理解しているんだろうかと思いながらも、サイは目の前でにこにこと笑い続ける金髪の少年を見つめる。
脳裏でちかちかと瞬く、忘れられない笑顔があって、その笑顔とよく似ている様で。もうなくなったはずの心がざわめくような気がしながらも、サイはナルトに催促されるがままに、続きを描き始める。
一つ一つ、丁寧に、美しく。
ナルトが更にきらきらと目を光らせ、嬉しそうに笑う。
その表情があの人が浮かべていたものと重なる。
数年前に失った肉親の温もり、少しだけ、懐かしい記憶に思いをはせた。
・・・
「気に入らない」
「は?」
ぼそりと、いきなりそんな言葉を放ったカトナに、サスケはどうしたと肩をすくめる。
カトナはふくれたように、不機嫌そうな顔のままある方向を指し示す。
「ナルトの監視、知らせてくれたって、いいよね」
そう、うずまきカトナはナルトの監視役の人間を知らなかった。
ナルトに年齢が近い監視と、ナルトの九尾のチャクラがもしも暴走したとしても、抑え込める強さを持つ監視が付いているのは知っていたが、カトナはその監視と一度も対面したことがない。
対面したならば、カトナがナルトの監視を引きはがしにかかるだろうと考えられ、逆に引きはがされているが、そこまでカトナは大人げなくはない、はずだ。
断言はできないので、現在、ナルトの監視とカトナが対面することは禁じられている。
「お前が、もう少しナルト離れしたら、会わせてくれるだろ」
「してる、よ?」
「これでか」
ナルトにべったりな状態のくせによく言えると呆れながらも、不貞腐れたカトナの視線に倣うようにナルトを見る。
体術クラスでも特に問題らしい問題は起こしていない。それどころか、着々と友達を増やしているらしい。もちろん”九尾の弟”といって詰られたり、罵られて、関わることを拒む人間は一定数いるし、友達になれない人間も少なくはない。
けれど、どんなに罵倒されても諦めず、必死に食らいついていく姿に、どんどんと人が集まっていっているようだ。
「…よかった」
声を絞り出して、カトナは俯いた。
ナルトに友達ができてよかった、ナルトが人に好かれて良かった。
それは本当に心の底から思い、願った感情なのに、同時に、早く自分が離れなければいけないのに、という焦燥が全身を走る。
ナルトの友達を、自分という人間の所為で離してはいけない。今のうちに、兄弟の縁を切らなければいけない。カトナは、ナルトから離れなければいけない。
そう思うけれど、カトナの体はそれを考えるたびに重くなる。
それは別に、ナルトに望まれたから答えたのでもなんでもなく、カトナ自身がナルトから離れたくないだけで、ナルトに、心の底から依存しているだけで。
「ずるい、ね」
多分、世界で一番卑怯だ。
そう自分を罵りながらも、カトナは横にいるサスケを見る。
「そうだな」
何を指し示すか分からないのに、主語も一切ないのに、ただうなずいて、サスケはナルトを見つめた。
それは全く卑怯ではないのだと言ったとして、お前はずるくないのだと否定しても、結局、カトナに何の影響も出来ないことを知って、サスケは知っている。
カトナにとっての世界が、ナルトで構成されているのは、もうどうやっても変えられないもので。悲しいことに、カトナはナルトを守ることでしか、その世界を守る方法を知らなくて。
家族を知っているサスケは、帰る場所を、お帰りと言ってくれる場所を知っている。
今はもうその場所はないけれど、別の場所がある。
イタチという兄が言ってくれる場所が、カトナ達が言ってくれる場所がある。
対して、カトナは知らない。
「おかえり」と言ってくれる場所を知らない。カトナは「お帰り」と言える場所しか知らない。
ナルトにとっての「両親の代わり」というのが、カトナが自身に課している役目だ。
サスケはよくは知らないが、カトナは自分の父親と母親に誇りを持っていて、二人の最後の言葉を叶えようとしている。
その最後の言葉が一体なんなのかは知らないけれど、それは間違いなく、カトナを縛る鎖になっている。
ナルトに「おかえり」と言うのが自分の役目なのだからと、二人にそう頼まれたのだと、カトナはナルトに「おかえり」を言わせたことはない。
だから、カトナは「おかえり」と言われるような場所を知らない。
たとえ、家族に近いイタチやサスケの元を訪れる時でさえ、「ただいま」ではなく、「お邪魔します」だった。
カトナには、「おかえり」と言って受け入れてくれる場所が必要だけれども、それは決して与えられない。両親でしか、カトナを守ってくれる大人でしか、カトナに与えられない。
それが歯痒くて、自分がその場所になれないことが悔しくて、ナルトに苛立つサスケがいる。
ナルトしかカトナのお帰りと言う場所を作れないのに。なのに、カトナの思いに気が付かず、作ってやれないナルトが。カトナがどんなに拒んだとしても、拒みきれないほどの力を持つナルトが、羨ましい。そして、腹立たしい。
今だって、カトナの視線に気が付かず、奈良シカマルやら秋道チョウジやらの人間と楽しげに会話している。それは別に悪いことではないと分かっているけれど、どうにも荒ぶる気持ちは抑えられない。
……今日の修行で叩きのめしてやる。
と、密かに八つ当たりをしようと決意しながらも、もう少しで授業が始まるから座ろうと、カトナに声をかけようとして、
「二人とも、もうすぐ、授業が始まるぞ!」
それより早く、カトナが別の誰かに声をかけられた。
一瞬の沈黙。そして、へ、というか細い声が、カトナから出される。
きょとんと目を見開いたカトナが辺りを見回して、サスケの傍に、自分以外がいないのを確認する。そうして、今度はゆっくりと自分を指さして首をかしげた。
自分だろうか? とでもいうようなその顔に、慌てながらもうなずいたサスケに、カトナの目が限界まで開かれる。
二人。
それは他愛もない一言の筈なのに、カトナにとってはなれないもので。
不思議そうなカトナに違和感を覚えながらも、イルカはサスケとカトナに席をつくように促す。
「ほら、うちは、うずまき、着席しろ!」
――呼ばれた。確かに今、呼ばれた。
ぶわりと、一気にカトナの頬が赤く染まった。
いつもの無表情を保って感情を隠すことが出来ないのか。サスケの背中に隠れ、そしてちょろりと頭を出す。
慣れない、自分も呼ばれたという事実。サスケと一緒に数えられたという事。うずまきと、初めて教師に名前を呼ばれたこと。
他愛も無い筈のそれが嬉しくてたまらなくて、サスケの服をぎゅうっと掴みながらも、カトナは顔を俯かせる。
先程のような自責の念ではなく、嬉しいという喜びに染められた顔を見せないよう、俯く。
不思議そうなイルカは、全く気にしていない。
カトナが九尾であるという事を、これっぽちも気にしていない。この分なら、ナルトのことだって気にしないだろう。
自分が自分として扱われる感覚。扱われてはいるけれど、大人がしているというその事実が、ひどく嬉しくて、嬉しくて、頬が緩むのを感じながらも、カトナは席に座った。
なんだか今日は、幸せな一日になるような気がした。
ページ上へ戻る