無欠の刃
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
アカデミー編
落第
出席日数が足りないと、まだ後、半年も期間があるのに、そう担任の教師から告げられた。
そこまで休んだつもりはない。落第させられるようないわれはない。
そう噛みつこうかと思ったけれど、カトナには殆どそんな権限はないし、もし反論したらしたで、それを理由に、更に成績の評価が下げられそうだったので、我慢して黙り込む。
教師はぐちぐちと好き勝手なことを言って、思う存分カトナのことを罵っていたけれど、やがて、罵るのにも飽きたのか。カトナの出席日数が書かれているらしい紙を押し付けてくる。
…欠席させたのは、お前のくせに。
一瞬、そんな思いが口から飛び出しかけたが、必死に耐える。
忍びとは忍び堪えるものだという言葉を反芻する。
そう、自分は忍びなのだ。だからこのくらいの感情はいなせないと。
深呼吸して自信をなだめたカトナは、無言でお辞儀をするとその場から去る。
その姿を憎々しげに睨み付けた男は、肩をとんっと叩かれ、慌てて振り返る。
「すっ、すいません。お取込み中でしたか? あの、今日からここの教師になる、海野イルカです」
新任の教師だという事に気が付いて、男は柔和な笑みを浮かべた。
先程、カトナに向けた蔑視の視線とは明らかに違う。この姿をサスケが見たならば、激怒していただろうと思うくらいに手のひらを返した男は、頭を下げ、こちらこそと返事を返す。
その後、ちらりとカトナが去った方を見て、男の顔色を窺うようにしながら、言葉を出す。
「あっ、あのさっきの赤髪の生徒ってもしかして…」
「ああ、はい。九尾の人柱力ですよ」
深く頷いた教師に、イルカはそうですか……と小さく言葉を出すと、もう一度、カトナが去った方向を見た。
イルカが、まだ九尾の人柱力だと彼のことを認識していないからだろうか。赤い髪の毛の子供は、なんだか悲しそうに見えた。
・・・
どうしよう、どうしよう……。
頭の中がぐるぐるとまわる。
落第してもいいとは、思う。
けれど、落第したら、来年にはナルトが入ってくるのだ。兄弟だと頭では分かっていても、九尾だとカトナを敵視する人間は、ナルトに危害を加えない。
それは、ナルトを「九尾という化け物の兄をもってしまった、哀れな子供」とみているからに過ぎない。兄弟仲も悪いと、勝手にそう認識してるからに過ぎない。
ナルトと仲がいいことを見られれば、自分の勝手なイメージだというのに、裏切られたと感じて、カトナを攻めたてて、面倒くさいことになる。けれど、ナルトはそんなことを無視して近づいてくるだろうから、守るためには落第したくない。
挽回は、出来るかどうか。
……普通の人ならできるだろうけれど、カトナには出来ないだろう。しようとしても、減点させられる。評価は厳しい。先は絶望的だ。
それもいいいかなと、カトナが思考を放棄しようとした瞬間、
「カトナ」
後ろから声がかけられる。
聞き覚えのあるけれど、あれ以来気まずくて、あまり近寄れなかった。
…ネジ。
緩慢な動作で振り向いて、後ろにいるのが彼だという事に気が付いたカトナは、少しだけ顔を下に向ける。
今は会いたくない。悪いのは自分だ。勝手に罵った自分だ。謝らなければいけないと分かっているのに。それでも、足も、手も、動かない。
それでもネジに謝ろうと頭を下げようとし、
「…俺はお前のライバルになる」
「へ」
いきなり、そう言われた。
きょとんと、目を見開いたカトナは、信じられないようなものでも見るような目でネジを見た。
最近まで会話もしていなかった人間に、突然、なんの脈略もない言葉を言われれば、カトナのように誰でも驚くだろう。
呆気にとられながらも、カトナは言葉を絞り出す。
「なに、いって?」
「お前は、自分の性別に、コンプレックスを持っている」
自分の弱点を突かれ、カトナは黙り込む。
カトナは女であるという事にコンプレックスを持っている。
それは男よりも劣っていると思っているからだ。ならば、男と対等だと気づかせればいい。自分は強いのだと気づかせればいい。
男と対等だと気がつかればいい。
そうするためには何をするべきか。男と戦って勝てばいい。
けれど、今のカトナには明確な、れっきとした敵が、自分が対等だと思える敵がいない。
九尾の人柱力として彼女を見る人間は、もちろん、対等ではない。敵ではあるが、対等ではない。
彼女を女だと知る人間は、対等だが、味方しかいない。
カトナには、対等な敵がいない。
「…うちはサスケは、お前にとって唯一無二の味方だ。ライバルになることはないだろう」
唯一、カトナのライバルになれそうなサスケも、カトナの味方で、ナルトのライバルだ。
だからこそ、ネジはカトナのライバルになる。
対等になって、競い合って、時にはお互いを守りあうそんなライバルになる。
そんなライバルになれば、カトナの弱点を克服できるはずだと、ネジはそう思った。
…カトナにそこまでする理由が、ネジは自分にあるかどうかは分からない。
ネジはカトナとは中途半端な関係だ。知り合いではある。けれど、友人かと言われると首をかしげる。恋人なんて関係ではもちろんない。
だから、ネジがそこまでカトナの為にしなければいけない理由はない。
けれど、だけど、カトナを追い詰めたのは自分なわけで、それ以上に女だと知っているのは自分だけなのだ。
赤い髪の毛を揺らして俯くカトナが女だと知っているのは、サスケなどを除けば、自分くらいなものだということを、ネジだってわかっている。
カトナがふるふると小さく揺れているのを見て、ネジは更に言葉を続ける。
「もしも、お前のライバルになれるとしたら俺しかいない」
そこで一旦言葉を切ると不安そうになる顔に気をつけながら、カトナに声をかける。
「駄目か、カトナ?」
「それ、私の許可、必要?」
震える声でそう言って、彼女はゆっくりと顔を上げた。
先程よりも声は落ち着いていて、感情も落ち着いている。体も自由に動く。
「…ネジ、馬鹿」
そう言いながらも、緩んだ頬を抑えれないままに、カトナは手を差し伸べた。
初めて言われた言葉。サスケには守ると言われた。ナルトには守るといった。いつだって、守り守られる味方の関係で、争いあうことはなかった。
それにカトナは、サスケのライバルになんてなる気はない。
カトナとサスケは共犯者なのだ。
二人で秘密を共有し合って、血肉を互いに喰らいあった。
互いに約定を交わして、約束をして。だからカトナは、サスケのライバルにはならない。
でもだからってほかにライバルを作るという発想はできなかった。
周囲には嫌われているから、そもそも親しい友人合いない。
一学年下の春野サクラと山中いのはライバルらしいけれど、それは女同士だからこそで。
こんな自分では、性別を偽って九尾の人柱力だと周囲を欺く自分には、ライバルなんて一生出来る筈ないと思っていた。
なのに、出来た。
「ライバル、よろしく」
ネジはああと頷いて、カトナの手を握った。
・・・
「イタチ、これでいいか」
静かな声に、イタチはゆっくりと振り返った。
赤砂のサソリ。
あまり、イタチと彼は仲がいいとは言えない。会話すらもほとんどしたことがない。
なにせ、サソリが組むパートナーといえば大半がイタチと相性が悪い人間なので。
それでも仲が良くない彼に対して、わざわざ頭を下げてまで依頼をしたのには、それなりの理由があった。
「ああ」
頷きながら、イタチは目の前にある義手を見つめる。
さすが、天才と言われただけはある。
一種の芸術品とさえ思えるような、整った義手。
「希望通りの採寸だ。…けど少年だからすぐに成長するんだろう。もう一回、採寸してくるくらいなら、今度、直接つれてこい。そちらのほうがきちんとできる」
「…それは出来ない相談だな」
イタチはそう言葉を返すと、新しくなった鉄の義手に仕掛けが施されてないかを確認する。
前回なんとなく検分したら、腕の中に毒針が仕込まれていて下手にいじったら装着者を死に至らしかねない設計になっていたのだ。ちなみに仕込んだ本人は完全に善意だった。
性質が悪い。
そう思いつつ、写輪眼を伏せる。
どうやら今回は、何も仕掛けられていないらしい。
安堵しつつ、前回の義手と見比べる。
いくらか大きくなったらしい。少年だから……というより、忍びになるために特訓しているお蔭もあって、成長も早いのだろう。この義手を装着するであろう彼の姿を思い出し、少しだけ頬が緩んだ。
そんな一瞬の隙すらも見逃さないサソリは、イタチに向けて、苦無を放った。
カキンッという音と共に、苦無が落とされる。
サソリは落ちた苦無を無表情のまま見つめ、イタチの顔色をうかがう。
「…随分とその子供がお気に入りらしいな。木の葉の里に残してきた弟でも思い出したか」
「……黙れ」
次の瞬間、イタチの目が赤く光る。
写輪眼。
自分では相性が良くないそれに、ちっと舌打ちをした後、サソリはもとの傀儡へと向き直る。
興味はあるが、首を突っ込んで自分の永遠の芸術を壊してほしくはない。
「どちらにしても、あまりいれこむなよ。俺達は傭兵集団、暁なんだからな」
「…分かっている」
言葉を返し、イタチは足早にサソリの工房から離れる。途中、サソリの横の部屋から、凄まじい爆発音が聞こえたが、気にもとめず、その場を走り抜ける。
いずれ、暁は九尾を狙う日が来る。
その時、九尾を持つと噂されるカトナをつかまえにいく日がくるだろう。
そしてカトナが捕まれば、芋づる式にナルトの存在が知られ、……サソリはナルトの両腕が自分の傀儡であることを知る日が来るだろう。
イタチはその時点で、裏切り者とみなされ、トビの……うちはマダラの監視が出来なくなる。
その日までに、はやくはやく、サスケに会わなければ。
サスケが復讐を果たし、里の英雄になる未来をつくらなければ…。
サスケが英雄になれば、サスケの言葉を聞こうとする人間が増える。それで、カトナを守ろうとさえ思ってくれれば、それでナルトが人々に受け入れられさえすれば、それだけで、イタチは自分が死ぬ意味があるとさえ思う。
自分がしたことは許されるはずがない。赦しを得ようという気もない。
サスケに殺されることは贖罪ではない。ただの、身勝手な我儘だ。
けれど、弟であるサスケが悪人ではなく、英雄として木の葉の里に立つ日があれば。
カトナが当たり前のように泣いて、笑えて、女だということを晒せる日が来れば。
ナルトが九尾の人柱力だといって、それでも里の住人がナルトを受け入れてくれるような日があれば。
それさえあれば、もう、イタチは死んでもいいと、死んでそうなる未来が訪れるというならば、死ぬことこそがいいと思うのだ。
ページ上へ戻る