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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第132話 山賊退治と新たなる展望

 荊州南陽郡への旅路を進む正宗一行は予州潁川郡に入った。現在、彼らは臨穎県の街道を穎陰県に向って移動していた。
 正宗が本拠地冀州から予州に入って暫くすると山賊の襲撃を受けた。その後も幾度となく盗賊や山賊の襲撃を受けていた。賊の中にちらほらと人を殺しなれていない流民崩れと思われる賊を確認できたが正宗は情けをかけることなく命を刈り取っていった。その様子に麗羽は悲痛な表情を浮かべていた。

「潁川は思った以上に賊が多いな」
「正宗様、ここまでの道中幾度となく大規模な賊の襲撃を受けましたね。我らの兵数の多さもあり襲撃される頻度は流石に低いですが。それもしても多いです。軍装の立派さから見た目だけの官軍と侮っているのかもしれません」

 冥琳が自らの考えを述べつつ、正宗の言葉に同意し頷いた。

「本当に暑いですね。この分だと南陽はもっと暑いでしょう」

 日は空の真上に昇り、強い日差しを正宗一行に浴びせていた。額から汗を流す冥琳は扇を取り出し涼を得ようと右手で風を起こす。彼女以外の者達も冥琳の様子を見て手を扇替わりにして涼を得ようとしていた。

「暑いな。兵士達も辛そうだ。装備をもう少し軽装にすべきだったかもしれない」

 劉ヨウは前と後に隊列を組み進んでいる兵士達に視線を送った。鎧で完全武装しているため、この炎天下だと辛いことが傍目からもすぐ分かった。

「休憩を取りたいところだが水場で涼んでいるところを襲撃されるとも限らない。襲撃されても直ぐに対応できそうな場所を捜して休憩をするとしよう。冥琳、周囲に斥候を放って休憩に敵した場所を捜させてくれ」
「正宗様、畏まりました」
「正宗様」

 正宗と冥琳が会話をしていると麗羽が正宗に声をかけてきた。

「麗羽、どうした? 体が辛いのか。のんびり休むことはできないが小休止くらいならできるぞ」

 正宗は麗羽の元気のない様子を見て気遣うように言った。

「いいえ。どうして先程から戦意のない賊まで斬り殺しますの? 中には人を斬ることに慣れていない者すらいましたわ。せめて人斬りになれていない者だけでも情けをかけられても良かったのではないですか?」

 麗羽は強い意志の篭った目で真っ直ぐ正宗を見つめた。正宗は麗羽の言葉を聞き表情を崩さずに口を開いた。

「私達は遠征軍と同じだ。彼らをいちいち罪人として縛る檻も養う食料もない」
「自分達の都合で皆殺しにしているといいますの!?」

 麗羽の表情に少し怒りが垣間見えた。正宗は首を左右に振り否定した。

「麗羽、先程の言葉は理由の一つではある。一番の理由は奴等を見逃したところで他の賊に逃げ込むだけだからだ。見逃した賊が集まりいずれ大軍として私達に牙を向くかもしれない」
「大げさな」
「麗羽、本当に大げさと思うのか? 黄巾賊の乱の折り、大陸は荒れ果てた。『たかが農民』と侮らていた者達が寄せ集まり群衆と化し、この大陸を揺るがすほどの暴徒と成り果てたではないか。火を小さい内に消すに限る」

 正宗は麗羽を見て真剣な表情で説明した。それを聞き麗羽は黙ってしまった。

「正宗様、現在の潁川郡は戦火から逃れてきた流民が多いと聞きます。彼らにとって潁川は縁者のおらず、慣れない土地。日々の生活の糧を得る術もなく、自ずと賊に身を落とすか飢え死にするしか道がありません」

 先頭を行く正宗に後方から桂花が彼に声をかけた。

「桂花、お前の言うことは分かっている。だがな、全ての民の救えると思うなど傲慢でしかない。例え皇帝であろうと全ての民を救うことはできない。できることは少しでも多くの民を救えるように努力するだけだ」
「彼らは救うに値しない者達だといいますの?」

 麗羽は正宗を険しい表情で見た。正宗は麗羽の表情を見て、一瞬口を紡ぐが口を開いた。

「ないな」

 正宗は麗羽に厳しい表情で言った。

「賊に身を落とし真面目に生きる者達に危害を加えた段階で『守るべき存在』ではない」
「彼らとて好きで賊に身をやつしているわけではないかもしれないじゃありませんの!」

 麗羽は正宗に声高に批判した。周囲の者達も二人の様子を窺っている。桂花は困った表情を浮かべていた。

「だろうな。好きで賊をしている者は見ればわかる。麗羽の言う通り賊を止め真っ当な仕事につきたいと思っている者も中にはいるだろう。だがな。命を助けてやって、その後どうするのだ。彼らが賊に落ちるのは生活できないからだ。彼らに生活の基盤を与えなければ賊に落ちるしかない。そして、今は人を殺すことに抵抗があるが、いずれ人を殺めるだろう。情けをかけたつもりが、その者は罪なき民を殺し生活の糧を得るのだ。来る日も来る日もな。これこそ理不尽だろう。日々をただ真面目に生きている者がそうでない者によって未来を断たれるのだ。私は禍根を立つため、この先犠牲になる者を減らすため、その原因となる者達を情け容赦なく殺しているにすぎない」

 麗羽は正宗の言葉に衝撃を覚えているようだった。麗羽は都暮らしが長く特定の人々としか接していない。また、宮廷を襲撃したとはいえ殺したのは完全武装し殺気を放って襲ってくる郎官達と諸悪の根源と思っていた宦官達。麗羽は必要悪の存在を直視する機会がなかったのだろう。麗羽は瞳に涙を貯め、正宗に表情を見られまいと顔を隠した。

「正宗様」

 冥琳が正宗を厳しい表情で睨む。正宗が周囲を見渡すと痛い視線を感じた。

「麗羽、すまない。言い過ぎた」

 正宗は反省した様子で麗羽に頭を下げた。

「正宗様、お気遣いに及びませんわ。私が世間知らずでした。正宗様のお辛い気持ちも理解せず、失礼なことを言ってしまい申し訳ありません」

 麗羽は正宗に泣き腫らした表情を見られまいと表情を隠し、正宗に返事をした。その様子を見て正宗の表情には罪悪感が浮かんでいた。

「麗羽、私の治める冀州に流民を呼び込むことはできるが、全てを受け入れることはできない。より多くの流民を受け入れるには多くの州が協力して流民を引き入れるしかない。しかし、それは州を治める者の考え方次第。今の時勢では難しいだろうな。どこの地でも氏素性の知れない余所者は厄介事を持ち込む存在と忌み嫌われるものだ。事実だから仕様がないところもあるが土地に馴染もうとする者も中にはいる。本当に難しい限りだ」

 正宗は難しい表情をして考え事をしながら馬足を進める。それを麗羽は凝視して見ていた。

「桂花さん、何か妙案ありませんの?」

 麗羽は突然桂花に話を振る。桂花は暫く考えた後、口を開いた。

「正宗様、月並みですが流民を使い新畑開発を進めてはいかがでしょうか? 流民達には援助として新畑開発する五年間に限り食料と牛馬を貸し与え。六年目以降は向こう五年間、税を七公三民。それ以降は税を四公六民にすると触れを出されてはいかがでしょう」
「却下だ。案は悪くないが冀州の状況が加味されていない」
「正宗様、何故ですの?」
「新畑開発は元黄巾賊の罪人達に賦役として従事させているから十分だ」
「冀州にはまだ開発できそうな森林が多くあると思いますが」

 桂花は正宗に不思議そうに聞いてきた。彼女の表情は自らの献策を歯牙にもかけない正宗の態度に少し不満を抱いている様子だった。

「森林は余り削り過ぎると異民族が平原に侵入しやすくなる。防衛上の観点からある程度の規模は温存しておく必要がある。私の見立てではこれ以上は厳しいと考えている」
「なるほど。森林を無くせば。更地になり、その土地を介して騎馬の機動力を誇る異民族の侵入を許してしまう。万里の長城の代わりに森林を利用するというわけですか。正宗様の深謀遠慮恐れ入ります」

 桂花は正宗を感嘆するように見るや頭を垂れた。彼女の様子から正宗の考えを理解して納得したのだろう。

「流石、正宗様ですわね! でも困りましたわね」

 麗羽は正宗を尊敬した視線を向けるが直ぐに困った表情になる。

「麗羽、荒廃した揚州なら流民でも受け入れる余地はあるが食うに困るのは目に見えている」

 正宗は深く考えず思いついたことを口にした様だが、これが藪蛇だった。

「わかりましたわ!」

 麗羽は瞳に炎を点し正宗を見た。正宗は麗羽の様子に嫌な気配を感じていた。桂花は麗羽の様子を見て、彼女の想いを組んでいるのか優しい笑みを浮かべていた。

「麗羽、どうした?」
「私、揚州刺史になりますわ! 正宗様、推挙してくださいませんこと」

 麗羽は正宗に衝撃の意思を告げた。正宗は渋い表情をし、隣に控える冥琳も頭が痛そうだった。揚州刺史の治所は九江郡寿春県。この郡と汝南袁氏の本貫である予州汝南郡との間には汝陰郡があり地理的に遠いという程ではない。美羽の治める荊州南陽郡は汝南郡の隣であるため汝陰郡を抑えれば、美羽と麗羽が互いに連携を取ることが可能になる。正宗陣営にとって長江以南を抑える妙案だが、武闘派揃いの正宗陣営でなく麗羽達が揚州に下ることは戦力的な不安があると正宗は感じたのだろう。

「麗羽、本気で言っているのか?」
「正宗様、本気ですわ。私が揚州刺史となり流民の移民政策を主導しますの!」
「簡単に言うが地元民の反発を買うことになるぞ。揚州の民は血の気が多いと聞く。流民達が面倒事を起こせば揚州の民の反乱に発展しないと限らない。とてもでないが、お前を揚州に送ることはできない」
「正宗様、この荀彧が麗羽様を身命を賭しお支えいたします」

 正宗は麗羽の考えに異を唱え、考え直すように諭した。そこに桂花が割り込んでくるなり、麗羽を擁護した。

「桂花、お前は揚州がどのような地なのか分かっているのか?」
「蛮族が多く住む地域と聞き及んでおります。麗羽様が中央官吏であられたため人材の紹介を控えておりましたが、麗羽様が地方に地盤を築く腹づもりであれば、不肖荀彧めが骨を折らせていただきます」

 桂花は麗羽の揚州刺史になることに賛同しているようだ。冀州における正宗陣営の体制は盤石であり、麗羽達の入り込む余地はない。桂花ほどの人物であれば麗羽の地盤を築き、自分達の働き場を作ろうと考えることはおかしいことではない。また、これは正宗と麗羽の夢実現にも添うことで桂花も問題ないと考えたのかもしれない。そう考えると随分前から桂花は揚州に限らず、何処かの地に麗羽の地盤を築くことを模索していたのかもしれない。麗羽が揚州刺史になる意思を示したことは彼女にとって僥倖となったことだろう。

「正宗様は先程仰りましたわ。流民を救うには他の州が力を合わせて当たらねばならないと。私の力は微力ですが少しでも多くの力無き者達の助けとなりたいと思いますの。そのために揚州を掌握しますわ」

 麗羽は強い意思の篭った瞳を正宗に向けた。正宗も彼女の気持ちが嘘偽りない純粋な気持ちであることを理解したようだった。しかし、正宗は彼女の気持ちを理解しても難しい表情を崩さなかった。
 正宗が麗羽を揚州刺史に推挙することを躊躇する理由は孫家のことがあるからだろう。麗羽が刺史となり九江郡寿春県に在地すれば、隣の郡には呉郡がある。呉郡は孫家と縁のある土地だ。戦乱の世となればいずれ孫家はこの地を狙ってくるはず。その時、九江郡に居る麗羽が勇猛で知られる孫家軍を撃退できるのだろうか。
 正宗は意見を求めるべく、冥琳に視線を向けるが彼女は頭を振り口を開く。

「私は正宗様のご意志に従います」

 冥琳は短く返事をした。この態度に正宗は困った表情になるが、暫く考えた後覚悟を決めたのか口を開く。

「揚州刺史の推挙の件はまかせておけ。麗羽、忠告をしておくことがある。孫家には気をつけろ。大分弱体化していると思うが用心に越したことはない」
「正宗様、ありがとうございます。ご忠告は胸に止めておきます」

 正宗の言葉を聞き麗羽は満面の笑みを浮かべた。次に正宗は桂花は視線に向けた。

「桂花、お前は九江郡と呉郡の大守に相応しい人材を捜せ」
「正宗様、ありがとうございます。ご質問してもよろしいでしょうか?」
「何んだ?」
「九江郡大守の人材ということは分かりますが、何故に呉郡大守を」
「呉郡の港を整備させ、揚州に何かあれば冀州より兵を海上より揚州に送りこむためだ。冀州と揚州の間には二州が股がっているためかなりの距離がある。何かあった場合に呉郡が麗羽の生命線となるだろう。それに美羽達が危機に陥った時にも援軍を送り込む時間を節約できる」
「畏まりました。母の元につきましたら人選を頼んでみます」
「揚州であれば私の実家である盧江周家のほうが都合が良いと思いますが」

 冥琳は正宗と桂花の会話に割り込んできた。桂花は冥琳の提案が面白くない様子だった。

「冥琳は武官を集めてくれないか? 私や麗羽の兵は華北や中原での戦に慣れている。揚州は湿地帯での戦になるため、盧江周家の力を借りるしかないだろう」

 正宗は桂花の表情の変化を見て、冥琳の申し出をやんわりと断り、桂花を立てるように話を進めた。正宗の気配りが功を奏したのか桂花は機嫌を治したようだった。

「正宗様の仰せのままに」

 冥琳は気にした風でもなく返事した。

「正宗様、腕が鳴りますわ! 揚州へ行くのが待ち遠しい」

 正宗は麗羽の様子を心配そうに見ていた。

「冥琳、現在の揚州刺史は陳温で間違い無いか?」
「正宗様、間違いありません。陳温は病に伏していて政務を満足にできない状態だと聞きます。麗羽殿が揚州刺史として下向することは陳温にとって渡りに船でしょう」

 冥琳は眼鏡の右端を指で上げながら返事した。正宗は満足そうに頷く。

「辺境の揚州だ。中央の人間も麗羽の揚州刺史任官に文句を言う可能性があるのは董卓だろうが王司徒のお力を借りるとしよう。王司徒へ借りを作ることは癪だが私達にとって大きな利益にもなる。致し方ないだろう」

 正宗は笑みを浮かべ麗羽達を見た。

「桂花、麗羽の揚州刺史任官の件とは関係ないことだが忠告がある」
「正宗様、何でしょうか?」
「先程、異民族のことを『蛮族』と言っていたが、彼らを蛮族と蔑み弾圧していては余計な争いを生むだけだ。異民族に対して悪戯に譲歩する必要はないが、彼らを取り込む余地があるのであれば利用しない手はない。彼らと上手く共生すれば、彼らは強い力となるはずだ。私の叔父・劉寵は会稽郡大守であった時、山越族との共存の道を模索され成功した。桂花にも考えがあるだろうが、麗羽のためと思って心の端に止めておいて欲しい」

 正宗は桂花に頭を下げた。その行動に桂花は驚いた。

「正宗様、頭をお上げください。『蛮族』に他意はないとは言いませんが、正宗様のお考え心に止めておきます。それに正宗様の叔父上が揚州で名が通った御仁であれば、その御名声を利用しない手はないと考えます」

 桂花は「蛮族」という言葉に悪意があることを認めたが正宗の考えに留意することを約束した。

「私も正宗様の考えに賛成ですわ。異民族でも仲良くやっていけるのなら、それにこしたことはありませんもの。でも、私達が支配する側であることは相手に追々理解していただく必要があります」

 麗羽は賊を皆殺しにしていたことに心を痛めていた時と違って、やる気に満ち溢れていた。正宗を見るときの表情も生命力を感じさせるものだった。冀州に辿り着いた時の憔悴しきった姿は正宗にとって辛い記憶であった。麗羽は何進や自分のために死んでいった将兵の死に未だに苦しんでいるのかもしれないが、どこかで折り合いをつけようとしているのかもしれない。

「それでいい」

 正宗は麗羽に笑顔を返した。桂花も麗羽の様子を見て嬉しそうにしていた。



 正宗一行が行軍をしていると先行していた斥候が戻ってきた。正宗一行は行軍を停止して、斥候の報告を受ける。彼らの一人が慌てた様子で正宗に報告をはじめた。

「劉将軍、ご報告がございます。十七里先にある村を襲う武装した者達がおります」
「村を襲撃だと?」

 正宗は険しい表情を斥候に向けた。その周りにいた冥琳達も険しい表情に変わる。

「はっ! その者達は遠目から確認する限り、装備はバラバラで統率も取れておらず、正規軍ではないと見受けられました。賊と見て間違いないかと」
「村はどんな様子だ」

 正宗が斥候の兵にたずねた。

「村は入り口となる場所を防塁で固め賊の侵入を防いでいる様子です。直ぐに村が落ちることはないでしょうが長くは持たないかと」

 斥候兵は呼吸が整ってきたのかはきはきと答えた。

「賊の数は?」
「七百程かと」
「泉はいるか!」

 正宗は泉を声高に呼ぶ。泉は正宗の声を聞きつけ馬を走らせ駆け寄ってきた。

「正宗様、これに」
「泉、騎兵二百を与える。この先で賊の襲撃を向ける村の援護をせよ。お前は深く攻撃をかけず、相手を挑発して撹乱させるだけでよい。危険になれば兵を一旦後退させ、暫くして再度村を援護するべく賊を挑発しろ。本隊が村に到着するまでの間、時間稼ぎを頼む」
「畏まりました。直ぐに出立します」

 泉は馬上より正宗に拱手し矢継ぎ早に騎兵二百をまとめて賊の襲撃を受ける村に先行した。完全武装した騎兵二百が泉を先頭に颯爽と駆けて行った。

「冥琳、こちらも準備が出来次第進撃するぞ。賊を後方から一気に蹂躙する」
「お任せを!」

 冥琳は正宗に答えると部隊長級の将兵に指示を出しに馬を走らせた。その様子を麗羽は見つめていた。

「本当にひどい世の中ですね」

 麗羽は物憂げな表情を浮かべ独り言を言った。正宗は麗羽の言葉に何と答えたものかという表情をした。

「麗羽、お前はそれを変えたいのだろう。私も尽力する」
「正宗様」

 麗羽は正宗の言葉に嬉しそうな笑みを浮かべ正宗を見つめた。

「おほん!」

 咳払いのする方向を見ると気まずそうな冥琳がいた。

「冥琳、準備が整ったのか?」
「はい。いつでも出陣できます。正宗様、号令を」

 正宗の言葉に冥琳は直ぐに表情を直し、軍人らしい鋭利な笑みを浮かべた。正宗は冥琳の笑みに頷くなり、双天戟を天高く掲げて叫んだ。

「劉正礼に従いし勇者達よ! 我らは正義の軍なり! 無辜の民を害する餓狼共を一人残らず狩り殺せ! 餓狼に墜ちた者達に情けなど無用! 奴等に死の引導を与えてやれ——————!」

 正宗の号令とともに兵達が興奮したように怒声を上げ、抜刀し賊に襲撃される村に向けかけ出した。

「麗羽、まずは村を救わねばならない。麗羽、お前も私に付いてこい」

 正宗は隣にいる麗羽に視線を向け兵達の怒声が聞こえる中、正宗は麗羽に力強く言うと兵を引き連れ走り去った。麗羽は迷わず正宗の後を追うように馬を走らせた。



 村を視認できる距離まで到着した正宗は馬上から矛先を賊の密集する地点に向け双天戟を構えた。次の瞬間、眩いばかりの閃光が一直線に賊達を無慈悲に蹂躙する。先程まで賊の撹乱に専念していた泉の率いる騎兵が間髪入れず襲いかかる。賊は何が起こったか分からず動揺している中、後詰めの歩兵に完膚なきまでに蹂躙された。完全武装し日々の練兵で鍛え上げられた正宗の精兵の前に賊は抗う術など無かった。
 賊の掃討が終わり暫くすると村の中から歓声が聞こえてきた。数刻後、土塁を越えて鎧に身を包んだ部将らしき女性が正宗の元を訪れてきた。彼女は黒髪を短く切り揃えて意思の強い瞳をしていた。服装は青い甲冑に身を包み揃いの兜を被っていた。

「私は士君義と申します。どなたか存じませんがご助勢感謝いたします」

 目の前の女性は名乗り、正宗に対して丁寧に頭を下げた。士君義は士仁という。史実では蜀を裏切り呉に下った人物だ。

「名乗られてはこちらも名乗らなければな。士君義、私は車騎将軍にして冀州牧、劉正礼だ。礼は不要だ」

 正宗は士仁に名乗ると彼女の顔はこれでもかと驚いていた。瞳を見開き酸欠の魚のように口を開いていた。暫くして落ち着いた士仁が話を切り出した。

「巧みな用兵、そして兵達の勇猛さと軍装を拝見して只者でないと思っていましたが、かの高名な劉将軍でございましたか」

 士仁は笑顔で正宗を絶賛した。

「村の攻撃に集中していた賊を後方から襲撃しただけだ。兵数もこちらが三倍以上。勝って当たり前の結果だ」
「騎馬にて賊を撹乱して下さったお陰で村の防塁を抜けられることはありませんでした。それに劉将軍は噂に違わぬ鬼神振りでございました。劉将軍の力を見て矛を交えようと思う者などいないかと」

 士仁は正宗が単騎で賊の後方を蹂躙する様を防塁の奥から見ていたのだろう。賊とはいえ七百の武装した人間を一瞬で嬲り殺しにする部将と戦いたいという物好きはそういない。

「士君義、お前はこの村の者なのか。風体からして農民という訳はないだろう?」

 正宗は士仁の甲冑を上から下へ視線を向け言った。彼女の甲冑姿は正宗の指摘通り板についており、それなりの武の心得はあるように見える。

「生き残ることができたことで頭が一杯で申し遅れました。私は劉県令の配下です。最近は賊の数が多すぎて兵が足らず対応に苦慮していまして。この村が賊に襲撃されるという報を受け、百五十ばかりの兵を引き連れてきましたが防戦するのが手一杯でした。劉将軍には感謝してもしきまれません」

 士仁は頬をかきながら困った表情で正宗に話をした。正宗は士仁のある言葉が頭に引っかかった様子だ。

「劉県令?」
「はい。臨穎県の県令は劉玄徳様です」

 正宗は『劉玄徳』の名を聞くなり眉根をひそめた。

「劉将軍は劉県令とお知り合いですか?」
「知らんな。劉玄徳とはどんな人物なのだ」

 正宗は表情を元に戻し、桃香のことなど知らない素振りで士仁に話かけた。

「少々天然な所がおありですが、根を善人な方だと思います。でも関羽様が旅に出られたのは痛かったです。関羽様も酷いです。書き置きを残していつのまにかいなくなるなんて。お陰で私達がどれだけ苦労していることか」

 士仁は腕組みをしながら目を瞑り愚痴を言いはじめた。その愚痴の中で愛紗が桃香の元を出奔したことを聞き衝撃を受ける正宗。正宗は動揺するが直ぐに平静を装う。

「士君義、苦労しているようだな」

 正宗は士仁を同情するように見つめた。士仁は正宗の瞳に哀れみがあることを感じとったのか慌てて否定をはじめた。

「劉将軍、違います! 違います! 劉県令に不満なんて全然、全然抱いていないです。ちょっと給金に色つけて欲しいなんて全然思っていません」

 士仁の弁明は話の最後には本音を漏らしていて白々しいものだった。士仁では愛紗の穴を埋めるのは大変なのだろう。

「関羽だったか。どうして関羽は県令の元を出て行ったのだ?」

 正宗は直球で愛紗のことを聞き出そうとした。

「いろいろあるんですけど。劉県令は奔放な方で民衆の受けはいいんですけど、政務を疎かにする方なんです。それじゃ政務が滞るからと関羽様が目に隈を作りながら頑張っていたんですけど」

 士仁の表情が途端に暗くなった。

「多分、関羽様も心が折れたんだと思います」

 士仁は正宗に前置きするように言うと更に表情を暗くする。

「ある日、関羽様の部屋に書き置きがあって『捜さないでください』ってあったんです」

 士仁は深いため息をつく。正宗は何と声をかければいいのかわからない表情をしていた。

「『捜さないで』と言われても、捜さない訳にはいかないから必死に捜したんですけど見つかりませんでした。もう臨穎にはいないんじゃないのかなと思います。一時は劉県令も卒倒しそうな位の慌てようでしたけど。最近は関羽様のことを心配している様子ですけど、それをあまり表に出すことはないです。救いは関羽様がいなくなったことで劉県令が真面目に政務を頑張るようになられてことでしょうか。でも賊討伐は」

 士仁はまた深いため息をついた。部外者の正宗にいろいろと喋る士仁に驚きたが、士仁の様子から彼女が本当に疲れ果ていることだけはわかった。
 士仁が鬱な気分から覚醒する頃、正宗と士仁の周囲では正宗配下の兵士達が賊の死体を処分するために一箇所に集めていた。その光景を見た士仁が不思議そうに眺めていた。

「劉将軍、彼らは何をしているのです?」
「死体をそのままにすると虫がわき疫病の元にから燃やすのだ」
「死体が疫病の原因? 初耳ですが、言われてみれば大きな戦が起こった地域は疫病が流行りますね。劉将軍は博識でいらっしゃる」

 士仁は正宗の話を聞き、思い当たることがあったのか自分の中で合点している様子だった。

「ところで劉将軍は潁川郡にどんなご用事で?」
「荊州南陽郡に用があってな。死体の処理を終えたら、この辺りで一泊して荊州に向うつもりだ」
「今日は野営でございますか?」
「三千の兵を街に駐屯などできないからな。村の者達には悪いが、今日はこの近辺に野営するつもりでいる」
「いえいえ、村の者達も劉将軍の軍であれば安心でしょう。村長を呼んできますので暫しお待ちください」

 士仁は正宗との話を中断し村の中に戻っていた。それを正宗は見送っていると、麗羽と冥琳が駆け寄ってきた。その後ろを追うように朱里と桂花も駆け寄ってくる。

「正宗様、あの者は?」
「士君義というらしい。それと、この地の県令は桃香だ」

 正宗は冥琳の耳元で他の者に聞こえないように囁いた。冥琳は表情を変え、正宗のことを厳しい表情で見ていた。

「正宗様」
「分かっている。みなまで言うな」

 正宗は冥琳の言葉を制した。

「とりあえず、今夜はここで宿営する。数十名ほどの兵に野営できそうな場所を捜させろ」
「畏まりました。明日は日の出とともに出立ですね」
「頼む」

 正宗と冥琳は互いに力強く頷いた。その様子を朱里と桂花はよくわからないという表情をしていた。

 その後、士仁は村長を連れ戻ってきた。村長は杖がないと歩けない程の痩せた老人で、正宗の前に来るなり地面に手をつき頭を下げた。
 正宗と村長が面会をはじめると士仁は片膝をつき村長の隣にしゃがむ。正宗が野営の話を村長に打ち明けると、村長は正宗達のことを歓迎したが正宗軍の兵達のことを心配していた。正宗と会話している間中、兵達が村人に危害を加えるのでないかと終止兵達の方を窺っていた。自分達の村を襲っていた賊を一方的に殺戮した正宗軍が自分達に対して略奪したら抵抗のしようがないと考えたのだろう。この時勢、官軍が村から糧食を強制的に調達することは多々あることだった。

「村長、心配いらん。村人に「殺す・犯す・奪う」を行なった兵は私の手で処刑する」

 正宗が真剣な表情で村長に答えると、村長は少し安心した様子だった。村長は何も無いが持てなしたいと正宗と麗羽を招待した。

「劉将軍、これで話はまとまりましたね。良かったです。それでは失礼します」

 士仁は正宗達に一礼すると、県令の元に帰ると百五十の兵を引き連れ去って行った。正宗と冥琳は士仁が連れて行く兵達を遠目から眺めていた。

「軽傷な者はかなりいるが重傷の者はいないな。私達が早く援軍にきたにしても、あの女なかなか戦上手だな」
「野戦は分かりませんが、防衛戦であればまあまあですね」

 士仁のことを正宗と冥琳はなかなかの評価を抱いている様子だった。

「劉将軍、夕餉の仕度が出来ましたのでこちらへ」

 村長と村娘が正宗を迎えにきた。正宗は冥琳と別れ、麗羽を伴い村長宅に出向いた。村長宅は他の村民の家と変わらない大きさで別段立派ということはなかった。
 村長からの持てなしは村長の言う通り粗末な食事だったが正宗と麗羽は残さず美味しそうに食べていた。
 正宗は宿営に戻ると冥琳を探し、焚き火を囲み二人で密談をしていた。密談の内容は正宗が士仁から聞いた桃香が賊討伐に困っていること、愛紗が出奔したことだ。冥琳は話を聞くなり、このまま潁陰県に急いで向うことを提案し、それに正宗も同意した。



 翌日、村の近くにある川の近くで野営をした正宗一行は朝日が昇る前から出立の準備をしていた。村長には朝日が出るとともに出立することを昨晩のうちに持てなしの礼とともに告げていた。
 正宗達が出立する時、村民総出で見送りにきた。これに正宗達と兵士達は驚きつつも、皆一様に笑顔になっていた。村民の見送りを受けた正宗一行は潁陰県に向けて進軍を開始した。

 日が真上に昇り日差しが強くなる頃、正宗一行は休憩を取ることなく潁陰県に向けて進軍していた。

「正宗様、少し休みませんこと? 兵達も疲れている様ですし」

 麗羽が正宗に休憩を取ることを提案してきた。

「もう少しの辛抱だから頑張ってくれ。あと少しで潁陰県に入る」
「そうです。ここが正念場です!」

 冥琳は正宗を擁護するように麗羽に力説した。

「二人ともどうしましたの?」

 麗羽は正宗と冥琳を不思議そうに見ていた。朱里と冥琳は何か心当たりがあるような表情をするが口に出すことはなかった。 
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