無欠の刃
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アカデミー編
将棋
「なぁ、そこの先輩、将棋やってかねぇ?」
「…?」
いつもの午後、じゃない日。
カトナはそう、声をかけられた。
首を振って辺りを見回したカトナは、視界の端に声の主であろう少年を見つける。
夕焼けが眩しい放課後、場所は日当たりのいい……サボることの多い人間には大好評の、図書室の横の教室……普段は貸し出されない本が仕舞われている、図書倉庫。
ここにある巻物は、カトナに対してだけは、九尾の人柱力に力を与えてなるものかとかいう理由で貸されないので、閲覧だけしに来た時である。
ネジと喧嘩したようなあの日から四日。
まだ、機嫌はよくない。
ネジとは気まずいままだし、未だに残り続ける腹痛と、それ以上の嫌悪でたまらないのだ。
不機嫌な顔のまま睨み付ければ、怠そうな顔の少年が両手をひらひらと振り、こちらにこいとジェスチャーしてきたので黙ってついていく。
ふと、その後ろ姿を見て、カトナは火影が渡してきた父親の写真に写っていた男の姿と似ていると気が付いて、連鎖的に名前を思い出す。
「…奈良シカマル、だっけ」
「おお、そうそう。よく覚えてんだなー、うずまき先輩」
へらへらと面白くもないのに笑った彼に、知らず知らずのうちに眉間にしわが寄っていくのを感じながら、カトナは赤髪を揺らした。
「なんのよう?」
いつもとは違い、あからさまに不機嫌そうなカトナの様子に一瞬戸惑ったようだが、すぐさまいつもの調子を取り戻すと、シカマルは王将の駒をわざとらしく見せつける。
「だーかーら、将棋だっての、うずまき先輩」
シカマルが将棋盤の上方に座り、駒をいじる。
将棋。一種の戦略ゲーム。
イタチ兄さんと暇つぶしの一種でやったことがある。サスケとも何回かやったことはあった。一応、サスケには全勝、イタチ兄さんには九割くらい勝ったことがある。ナルトはルールを知らないので戦ったことが無い。
というか、一度イタチ兄さんによる指導の元、将棋をしたことはあったけれど、まさかの王将で突っ走り、すぐさま香草に負けてしまったことがある。
あれは面白かったなーと、ナルトのことを思い出して緩みだした頬を指で撫でながら、シカマルを見る。
三人だけしか相手したことはないとはいえ、強い自信はある。
が、それを、見ず知らず……というか知り合ったばかりの人間と行う理由がわからないと首をかしげたカトナに、シカマルはぼそりと言葉を呟いた。
「あんたが強いって、サスケの奴に聞いたからさ。ちょっと一局、打ってみたくなってさ」
「…サスケが?」
珍しい。サスケがそんなこと言うなんて。
カトナのことを全く他人に話したがらない。というか、カトナをそもそも他人の視界に入れることさえ厭うている彼にしては、珍しい行動だ。
どういう気まぐれを起こせばそうなるのか。それだけこの男に、サスケ自身がそうしたいと思うような魅力があったのか。カトナは興味がひかれたように、将棋盤の下方の方へと座る。
わざわざこの場に用意したらしい紫色の座布団に座り、並べられた駒の一つ、歩兵を進める。
一手、一手。
打ち合う。カトナはただ、自分の有利な戦場で戦うために守りを固め、シカマルはその守りを崩すために駒を進める。
お互いの思考を読みあって兵を取り合い、駒を奪い、王をとる……王を守る。
この手のゲームは得意だ。
王を守ることさえできればいいのだ。守って守って守り切れば、活路は見える。相手に攻め込んでもらえばいい。
勝手に相手が自滅してしまうように仕向けて、攻める時までは攻めない。
それがカトナのスタンスだ。
シカマルが歩兵を進める。
カトナは金将を進める。
シカマルが飛車を動かす。
カトナは守りを固める。
そんなことを何回も繰り返していた時だった。
「…あんた、すげぇな」
本当に感嘆したように言ってくるシカマルに、カトナは顔を上げないまま問いかける。
視線は、盤上から逸らされない。
ただ、王将を見つめ、頭の中でシュミレーションし続け。そしてうつ。
「何が」
そんな様子のカトナに、肩をすくめながら、シカマルもまた盤上を眺める。
一度、こんな展開と似たような展開に…似たような盤上になったことがある。あの時は、一番の最善手をうたれたからこそ勝てたが、今目の前で打たれた一手は多分一番の悪手だろう。
「あんた、悪手とか知らねぇだろ」
「あくて?」
首をかしげたカトナに、シカマルは息を吐き出して、もう一手うつ。
同時に、カトナの今までの戦い方を見てきて出した結論を言い放つ。
「あんたは王を守ることに長けていて、それ以上に王を傷つける可能性を持つものに対する勘が、異様に鋭いから強いんだな」
お手本通りというわけでも、セオリー通りというわけでもない。
荒い手。道なき道を作る手。
シカマルのような計算されつくされた手ではなく、だからといってサスケのような上級者を真似た一手でもない。その場で決められたような、その場のノリで決めつけたような、後先を見ない手だが、しかし、今までイタチ達に勝っていたのもうなずけるような手だ。
カトナは、極端にいえば、王を討つような可能性がたとえ1パーセントだとしても存在していれば、それだけでその可能性を排除する。
全て、王を傷つける可能性を持つすべてを排除する。
そのために何個の駒を失おうとも、そのために何人の人間が死のうとも、王を討ちとる可能性があるものがなくなれば、それでいいのだ。
だから、敵陣の王を討ちとらなければ勝てない――自陣の王が討ち取られなければ負けない将棋で勝つ。
たとえそれが自分であっても、カトナは迷いなく省く。
王を守るためだけに特化した戦い方。
それは裏を返せば、自分を犠牲にしてもいい戦い方。
もろ刃の剣。
「だから、あんたは負けない」
シカマルは知らない。
カトナにとっての王が誰であるという事を。
けれど、シカマルは分かっている。
もしも実戦になったならば、カトナが迷いなく、この将棋盤のような戦い方を行うことを。
まったく、とんだイカレ具合だと物思いにふけっているシカマルを見たカトナは少しだけ困ったような顔で笑った。また一手、うつ。
迷いのない一手は、またしても王を攻撃するための駒を排除した。
それによって、有益な駒がシカマルの手に落ちる。
それをみながら、カトナは言葉を紡いだ。
「強い…じゃ、ないんだね」
「強くねぇよ、あんたは脆い」
サスケが頼むわけだと思いながら、シカマルはもう一手うった。
将棋を指してくれと、彼奴に教えてくれと、自分に頼んできた彼に一体どういう事かと最初は思ったけれども、なるほど、これは確かにサスケの手には負えない。
自分を犠牲にし過ぎているカトナに負けているサスケでは、カトナのそれが危険だと気づかせることは無理だろう。
カトナのこれが悪手であることを気が付かせることが、出来ないだろう。
カトナが負けない限り、カトナの王が討たれない限り、これが最善策ではないことを気が付かせれないだろう。
そしてそれがゆえに、うずまきカトナは壊れたまま、なおらない。
だから、カトナに勝てる自分に頼んできたのかと思いながらも、シカマルがもう一手打とうとした時、
「歩兵でさ、将棋の王は討てないよね」
「…?」
突然そう切り出したカトナに、シカマルは目を細めた。
王はどの方向にも一マス動けるのに対し、歩兵は前に一マスしか進めない。
もしも、王のマスが先手の場合、勝つ可能性はまだなくはないのだが、しかし、どう考えてもその可能性は低い。ないといっても間違いはない。
それを今更言い出したカトナの表情をうかがえば、相変わらずの無表情だった。
「でも、飛車や香草、角行だったら討てる」
「まぁ、動き方に制約があるとはいえ、一マスじゃなくて一マス以上うごけるしな」
「それはそれぞれの個々があるからで、いってしまえば、もしも一対一になってしまえば、王に勝てる存在がいるってこと」
にやりと、カトナは笑った。
いつもの無表情を消して、拭い去って、全て無にして、一手うつ。
「だからこそ、全部、排除する」
ナルトを傷つける可能性を持つ敵全て。王を討つ可能性を持つ駒すべて。
ただ、排除するためだけの一手。無くすためだけの一手。
王を討つのではない、完全なる敵の無力化を目指しただけのその手で、シカマルは敗北を悟った。
「…あんた、これ読んでたわけか?」
どの手を尽くしても、数の違いはあるが、最善の手では王は討ちとられてしまう。普通の相手なら、すぐさまこちらが悪手うつなどの策を弄すれば、勝てる可能性はある。
けれど、王を討てる可能性のある一手をカトナが見逃すわけなく。そして裏を返せば、王を討てない可能性しかない一手をカトナは見捨てる。
相手の王を討つのではなく、自分の王を討たせない考え方のカトナでは、もう勝ち目はない、…もう、手はない。
もっと頭をひねれば、勝つ手もあるかもしれないが、絶対に勝ちたいわけではなから、そこまで考える気はない。それに何より、勝つことを目安にしていない相手に対抗する手は、今のシカマルにはない。
完敗。
両手を上にあげたシカマルの様子に、きょとん目を見開き、カトナは不思議そうになった。
勝ったことは理解しているようだが、先ほどのシカマルの質問は理解していないらしく、ぱちりぱちりと何回も瞬きを繰り返す。
「何が?」
「いや、いい。…サスケが困るわけだな」
首を振ったシカマルは、少駒を片付けようとしたカトナの手を掴む。
「もう一局、やってかね?」
「…時間、あるなら」
それを了承と受け取ったシカマルは、また駒を並べなおす。
サスケの頼みを叶えてやろうとは思うし、何よりも自分に勝つような戦い方をするカトナを面白く思う。
九尾だからと言って排他するのは面倒くさいし、正直怠いので、今までそういう話題に関わってこなかったが、サスケにどうしてもと頼まれ(というか脅され)たので話してみれば、案外、良い奴だという、大幅なイメージアップが彼の中で起きていた。
父であるシカクとの対戦も最近では飽きてしまっていたし、これはこれで、そこそこいい暇つぶしになるかもしれないなと、駒をさしながら、シカマルは思った。
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