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トワノクウ

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トワノクウ
  第十夜 吟変り(四)

 
前書き
 少女への誘い 

 
「退屈だな~」

 佐々木が去って十分と経たず、くうは畳の上を転がっていた。

 検分すると言った割に潤と銀朱は再訪しない。真朱のほうも先ぶれの一回こっきり。佐々木が帰ると本格的に退屈がくうを襲撃してきた。

 ふう、と仰向けになったくうの目の前を、ひらひらと、光るものが通り過ぎた。
 びっくりして大の字のまま固まっていると、光源はすぐくうの視界に戻ってきた。

 金色の燐粉をまとった蝶。

 昆虫を生で見るのが初めてだったくうは、寝転んだままそっと手を蝶に差し出してみた。蝶はするりと手を抜けて行ってしまう。あ、とくうが身を起こせば、蝶はそれを待っていたかのように戸口でぴたりと止まった。

 妖怪が平然と住民権を主張する異世界だ。もう驚くまい。
 今問題にすべきは、あの蝶を看過するか追跡するか、である。

 くうは戸の近くまで行ってそっと外を覗き見た。見張りの巫女に知らせて、見張りの対応で自身の方針を決めようとしたからだ。

 見張りは昏倒していた。

(モンスターバトルものじゃちょうちょタイプが燐粉で眠らせる技使うけど!)

 蝶はまだ中空に留まっている。
 監視を除いたのならば、これの実行者はくうに見張りがいてはできない行為を強いている(あるいは誘っている)。監視役にとって困るのは捕らえたくうが外に出てしまう以外に考えにくい。

 罠かもしれない。見張りが倒れて被疑者がいないところを発見されれば、くうが見張りを破って逃走したと誤解される。くうを陥れたいがために好奇心を煽る手段で誘い出そうとしている可能性とてあるのだ。

 くうは部屋の中に戻って座り直した。君子危うきに近寄らず。

 蝶が所在なげに飛んできて、「出てきてくださいよお」とでも頼むように周りを飛び回る。
 頑として動かずにいると蝶は諦めて出て行った。勝った。こっそりガッツポーズ。

 しかし、間を置かずに新しい使者はやって来た。そして、今度はくうも無視するわけにはいかなかった。

「あの時のカマイタチ!」

 ぴょこぴょこと駆けてくる小動物は、大ジャンプでくうに飛びついた。

「今までどこ行ってたの? あのあと心配したんだから」

 イタチは答えず(兄イタチがしゃべれたのだからこの子もしゃべれるはずなのに)、床に下りてくうの袖を前足で引っ張った。

「外に出ろってこと?」

 イタチは首を縦に振る。
 困った。知人ならぬ知妖の頼みでは動かないわけにもいかない。

「帰ってからじゃだめ? 今出ると変に疑われちゃう」

 イタチは勢いよく首を振り、また袖を強く引く。

「どうして今なの? あとじゃだめなの?」

 潔白を証明してから外を歩き回るのが望ましい。されども、どうしても、今このタイミングで、外に出なければならないほどの重大事があるのなら、抜け出すもやぶさかではない。

「私がこんな状況なのも踏まえて、今?」

 イタチはしきりと首を縦に振る。
 くうはため息を落とした。あきらめるしかない。

「分かったわ。外に出るから、ちゃんと事情を教えてね」

 イタチは喜色を愛嬌にしてふりまき、くうの前に立った。先導している。

(私もまだまだね。自分から窮地に立つなんて)

 くうが縁側に出ると、イタチがびゅおっと消えて、また現れる。背中にくうのブーツを背負っていた。くうは手すりを越えて境内に飛び降りてブーツを履いた。

 視線の先には、神社に面した暗い森がある。人の出入りを拒む濃密な闇に怯えることはなく、むしろ気分の高揚を自覚していた。

「カマイタチだって忘れてた。妖怪は便利ね」

 イタチの背中を撫でる。イタチはくうの首で襟巻になった。すると肌を裂く極小の竜巻が起きる。くうは両手で顔を庇って踏ん張った。
 竜巻はすぐに止んだ。そっと腕を外すと、そこは境内ではなく森の中だった。

「っ!? ~~っもう驚くもんかっ」

 任○堂とかでこんなシステムあったもん。だから不気味じゃないもん。
 くうが懸命に己に言い聞かせる間に、イタチはくうの肩から下りて森の中に駆け去った。

「え、置き去り!? くう一人こんな土地勘のないとこでどうしろと!? やっぱ死亡フラグだったわけ~~!?」

 やーやー騒ぐくう自身の声だけを拾っていた耳が、別の音を拾った。
 忍び笑い。低く色めいた男の声が奏でるそれ。

 誰ですか、とか、()()()()()()()()()()()を聞いたりはしなかった。

「貴方があんな手間をかけて私を呼び出した張本人ですか?」

 くうは楽研で鍛えた耳を澄まして、返答を待った。

「驚いたね。この状況下にあって問うべき本質を見誤っていないとは」

 後ろだ! くうは身を翻し――そこに佇んでいた者に、息を呑んで思考を忘れた。

(なんてきれいなひと)

 巨躯の鴉天狗を従えた一人の男。筆舌に尽くしがたい美しさだった。それは、月にきらめく()()金の髪や、調和した肉体線によるものではない。男の中には色香と透明感が矛盾なく共存していた。

 声を発せずにいるくうに向けて、男は手を差し伸べる。

「俺は梵天――おいで。君を迎えにきた」



                               Continue… 
 

 
後書き
 やっと梵天出せたー!\(~o~)/
 はいありがとうございました。この回は絶対このシーンで終わるって決めてたんですよ。夢一つ叶いました。
 梵天は髪を切りました。鶸だった頃のごく幼少期くらいの長さで、もう結べません。 
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