トワノクウ
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トワノクウ
第十一夜 羽根の幻痛(一)
前書き
時鳥 と 鴉天狗
素敵な人だった。子供の時にはわからなかったけれど。
「せんせい、せんせい!」
「なに?」
「お母さんがね、くうがおばけでも怪獣でもくうがすきだって!」
「うん」
「お父さんもくうがすきだって!」
「うん」
「せんせいは? せんせいはくうのことすきですか?」
「うん、好き」
「おばけでも怪獣でも?」
「おばけでも、怪獣でも」
「せんせいはくうがすきですか?」
「俺はくうちゃんが好き。おばけでも怪獣でも、どんなものでも。くうちゃんはくうちゃんだから」
とても悲しい目をした人だった。
――君を迎えに来た。
梵天と名乗る男に告げられた言葉に、くうは立ち尽くしていた。どう答えていいか分からないし、彼の美貌に圧されていたのもある。
だが、黙っていても事態は進展しない。くうから問いかけないと欲しい答は得られない。くうは思いきって口を開いた。
「くうを迎えにって、私に一体なんのご用ですか? くうが」
くうは梵天の後ろにいる大きな鴉天狗を見やる。薫や黒鳶のような妖の使役ではないと感じるのは、その姿が彼らの子飼いと異なり安定しているからだ。〝個〟としての確かな存在感があるのだ。
使役でないならば共存と思いたかったが、あいにく先ほどの自身への仕打ちからそれが一般的ではないと知った。彼も同じ妖だから異形と行動を共にしているのだろう。
「同じ、妖だから、ですか?」
そして今、くう自身にも妖憑きか本物の妖かとの嫌疑がかけられている。嫌疑を事実、つまりくうが本当に妖であると仮定すれば、面識のない目の前の相手と自分に接点が生まれて、現状につじつまが合うのだ。
梵天は微かに目を瞠ったが、すぐ破顔した。
「頭は悪くないようだね。安心したよ。さすがは篠ノ女と萌黄の一人娘と言うべきかな」
「! お父さんとお母さんをご存知なんですか!?」
異世界人――いや、妖か――である梵天がなぜ、くうの両親を知っているのか。その疑問は、梵天がくうに接触した理由を考えることをやめさせた。
「梵、神社のほうが騒がしいのである」
「彼女が消えたことに気づいたか。案外早かったな。空五倍子、猶予は」
空五倍子と呼ばれた鴉天狗は、背中の羽根をサンバイザーのようにして遠くを見やる。
「巫女が集まるまでざっと四半刻である」
「少し急ぐか」
梵天の視線は再びくうに注がれた。
「この世は雨降る夜に昇る月のようにありえない世界。その意味を込めて俺はこの世を雨夜之月、〝あまつき〟と呼んでいる」
「あまつき――」
「かつてあまつきには二つの勢力があった。この世を支えるために網を紡ぐ者、網を破いてこの世を壊す者」
くうは必死で梵天の語る所を追いかける。
「これは俺が君の両親を知っているか、という問いの答でもある」
くうは固唾を飲んで梵天の次の言葉を待った。
「二人はかつてこの世界を支える者であり、壊す者でもあった」
――一人は帰っていった。朽葉の言葉が蘇る。
考えたことはある。ひょっとしたら両親のどちらかはこの世界を知っているのではないか。この世界に訪れたのではないか。そう考えると符合することがいくつもある。
「知りたいかい? 彼らがこの〝あまつき〟に何をして、何を残したのか」
梵天の微笑はとてもおだやか。くうはいきなり情報を詰め込まれたせいで真っ白になった頭で、かくんと頷いた。
「だったら、――さあ」
梵天が男にしては細い手を差し伸べる。その手はとても魅惑的な舞踏への誘いに感じられた。
くうは夢遊病患者のような足取りで梵天の前まで歩いて手を……
「篠ノ女から離れろ、妖!」
炸裂する銃声。くうは音源を探して頭を巡らせるがどこにも該当人物がいない。なぜかといえば、その人物はたった今やっと到着したからだった。
「潤君!?」
「近づくな篠ノ女、そいつらは天座だ!」
メガネを外した潤が草木を掻き分けて、くうを庇いつつ、梵天たちにピストルの照準を合わせた。
「あまざって何ですか?」
「最も天に近い場所にいる妖、言っちまえばそれだけ強い、妖を統べる妖だ」
説明する間も潤のピストルは梵天から外れることはない。敵意だけを抽出した横顔は、くうの知る中原潤にはありえないものだ。近寄るな、視界に入るな、と大好きな少年の目が語る光景が息を停める。
「――空五倍子」
「み、巫女達は本当にまだ来ないのである! こやつが単騎で来たとて我の責任ではないわ!」
梵天に睨めつけられて、空五倍子が体躯に似合わずひょうきんに慌てる。梵天は溜息をついた。
「しかたない。今宵は諦めよう」
Continue…
後書き
はいありがとうございました。ついに佳境に入りました。
冒頭の「先生」が誰かはもうお分かりの方もいるかもしれませんね。でも我らがヘタレ主人公とはあまりに違うぞ? という貴方。なぜかは追々。
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