【短編集】現実だってファンタジー
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
高速道路最速奇譚! 後編
自転車で高速道路を走る中村さんは凄い。ただ、もっとすごい人は他にもいるんだが。車のエンジン音、ミサイルの燃料噴射音、自転車をこぐ音に続いてガラガラと大きめの音が後方から近付く。
「あらあラ、今日は若い人に先を越されちゃったわネ?若いっていいわネ~!」
「おや、水樹さんおはようございます」
「おはざーっす!」
「おはよ!水樹さんも十分若いと思うよ☆」
「ありがト、シャララちゃん!そう言ってもらえるとやる気が出るってものヨ!」
さらに増える通勤仲間。こうして人が集まってくると、自分たちが時速100キロ近くの速度で移動中だという事を忘れてしまいそうになる。現れたのはエプロンに三角巾を被った、いかにも台所や食品関係の仕事が似合いそうな中年女性の水樹クミ子さん。顔を見る限り恐らく4,50歳ほどだと思うが、確かにそのハリのある肌と健康的な肉体は若人に負けていないエネルギッシュな力を感じる。何よりも―――
「俺達は乗り物に頼っているのに、おばちゃんはリヤカー引いてのこの速さだもんな。しかもリヤカーの中の野菜を痛めない繊細な運転で・・・肉体年齢なら中村先生より若いんじゃないっすか?」
「あらヤダ、お世辞が上手になったじゃないのキヨちゃン!」
ミラーに映る1メートル×3メートル近くある、野菜のぎっしり詰まったリヤカーを引いているその姿は、若い若くない以前にすげえとしか言いようがない。俺は車、莎良々ちゃんはミサイル、そして中村さんでさえ自転車なのに、おばちゃんはまさかの重り付きでこの速度なのだ。
おばちゃんは毎朝自分の家が経営する農家で採れた野菜を都会の即売所まで運んで売りさばいているびっくり人間だ。しかもおばちゃんの母親にあたるサチ子おばあさん(御年87歳)と代わりばんこでやっているのでこの一族の家系は本当に人間なのか疑いたくなってくる。
俺のはお世辞でなく素直な感想だったのだか、おばさんはそれに気を良くしたようで、愛車コペンちゃんに並走しながら俺にリヤカー内の野菜を一つ掴んで手渡してくる。片手運転でも軸がぶれないその走りはどこぞの超人アニメキャラそのものだ。
「ご褒美にトマト一個あげル!」
「ど、どうも・・・・・・おお、凄いツヤっすね。ほら見てよこれ」
『・・・Σ(゚д゚;)』
「え!?すごーい・・・スカットちゃんの計算によるとそれ市販のトマトと同じ品種なのに糖度10以上だって!メロン並みの甘さだよ!」
「品種改良無でそれとは・・・いやはや、水樹農園の野菜の品質には驚かされるばかりです」
「そう思うなら今日の帰りにまた買っていくカイ?皆お得意様みたいなものだし安くしとくヨっ!」
こうして話をしているうちに・・・・・・
「ほっほっほっ・・・今日もええ天気じゃの?」
「時速百キロのバスケドリブルを決めるとは流石尾崎じいちゃん!元バスケ日本代表は伊達じゃないね!」
「まぁねえ。70になっても昔取った杵柄って奴は活きてるのさ」
(日本バスケってそんなに昔からあったのか?)
だんだんと人は増えていき・・・
「~♪~♪」
「おや、高旗くん。今日はいつものスキップより機嫌が良さそうなスキップだね?」
「・・・実は今日、プール開きなのです・・・わくわくし過ぎて100キロオーバーしないように気を付けるのが大変です」
「ははぁン、それで今日のランドセルに水着袋を引っかけてんのネ!」
「プールは危険もありますから、楽しんでいる間も最低限それは忘れないようにね?」
「はーい、です」
いつしか・・・
「おいーっす!今日もばりばり人間怖がらすぜぇー!!」
『怖がらすのだぁー!!』
「おお、人面犬のジンと鞠つき幽霊のマリじゃん!最近見なかったけどどうしたん?」
「それがさー!マリが人間のオトコに一目惚れしたとかで・・・」
『わーわー!!何でもないの本当に何でも!!』
「うーん・・・フォトン・レプトン・ハドロン・グラビトンその他諸々全部反応なしかぁ・・・なかなか難しいね、マリちゃんの存在証明☆」
今日も高速道路をみんなで並走と相成った。
走る走る、ミサイル・自転車・リヤカー・ドリブル・スキップ・そして犬と幽霊。今日は現れていないが実際にはあと何人か通勤仲間がいるが、みんながみんな移動方法が個性的すぎて俺だけ浮いている。実はみんな速度調整を俺基準に考えているらしく、勝手にペースメーカーにされていた。
うーん、俺と莎良々ちゃん以外は「車?ああ、リミッターの事でしょ?」状態という恐ろしい環境。余りにも非日常過ぎて逆に慣れてしまったが、ひょっとして俺達傍から見たら高速道路に巣食う百鬼夜行ではないだろうか?人面犬と幽霊までいるし・・・・・・あ、ひょっとしてこの道路に他の車両が異様に少ない理由って・・・?
いや、考え過ぎか。この近所の高速だけでもこれなんだから、きっと余所にはさらに変なのがいるに違いない。それが証拠に、俺は未だに都市伝説の存在を見たことが無い。何故ならここにいる全員はちゃんとここに存在し、それを確認できるからだ。まぁマリちゃんはちょっと怪しいけど。
「お、そろそろインターチェンジだ!」
「また明日ー♪」
「お気をつけて。またいつか飲みに行きましょう!」
「野菜配達承るヨ!水樹農園をごひいきにネ~!」
「たまにゃあ車でのぅて、体も鍛えるがええぞ」
「お仕事頑張って下さい、です」
「『いってらっしゃーい&行ってきまーす!』」
「はいよー!それじゃ皆、また明日!」
こうして皆はそれぞれの行き先へとばらけ、今日の集団出勤はこれでお開きになった。
今日もみんな賑やかたっだな・・・何だか皆から元気をもらった気分になって、今日も仕事が頑張れそうだ。そう思った俺は―――その集団出勤者の一人でありながら一言もしゃべらなかったそいつに声をかけた。
「なぁ、コペンよ。片手運転中も事故らないように調整してくれてサンキューな」
『そぉーやねぇー・・・』
車の中に、何とも気の抜ける気だるげな声が響く。2人乗りのコペンには運転手の自分しかいないのだが、実は莎良々ちゃんにAIを搭載してもらわずともこの車には先住者が存在するのだ。そのどちらかと言えば女性に近い声は、こちらが話しかけなければ乗ってくることは殆ど無いし、他人とは滅多に口を利かない困ったちゃんだ。
「お前も喋れるんだから偶にはみんなと喋ったらいいのに・・・」
『そぉーは言うがねぇー・・・ほれ、朧車のわっちとしては・・・おんなじ車と並ばんと燃えんのよぉー・・・』
「リヤカーも自転車も車だろ?」
『ちゃうちゃう・・・なんっちゅーかの・・・おんなじくらいの大きさか、もっとデカいの相手やないと闘り甲斐ないやん?最低でも付喪神憑きのバイクとかなぁ・・・』
百鬼夜行の首領とも言える、中古車のコペンに憑りつく『妖怪・朧車』は眠そうにそう呟いた。
朧車。それは昔々、貴族の乗り物だった牛車に集まった怨念の塊が妖怪となったものだと言われている。車争いとかいうよく分からない場所取り合戦の怨念らしいが、時代が移り変わるにつれてその在り方は変わっていき、今ではこうして小さなコペンに収まっている。
こいつと出会ったのはもう数年前。言うのも恥ずかしいのだが、実は高校時代には走り屋の真似事をして「峠攻め」という奴を本気でやっていた事がある。父親が元暴走族だったのもあり、車に関してはちょっとした伝手があったのだ。
そして夜の峠を飛ばしている最中に、こいつに出会った。当時はもう何の車種かも分からないくらいにボロボロの廃車で、しかもこっちに追突や体当たりを敢行してくるやんちゃさんだった。つい熱くなって2時間近くガチンコのカーチェイスを繰り広げ、俺がガードレールをぶち破ってフライングスカイで先に峠を抜けて一応の決着を見たのだ。
決着がついて向こうの車が止まるまで、その廃車に人が乗っていない事に気付かなかった俺は本当に若かった。いや、無人の廃車に襲われて崖に落ちた車の話は聞いていたし、運転手の顔を誰も見ていないのもまた聞いていたのだが、頭に血の昇った若者っていうのは本当に怖いもの知らずだ。そして、そんなガチンコ勝負が楽しかったらしい朧車はそれ以降俺の愛車に次々乗り移っている。自転車とかスケボーとかにも。
こいつが望むのはたった2つ。俺と共に挑む激しいカーチェイスと、俺に対して挑むリベンジマッチ。朧車は車に乗り移って初めてその力を発揮出来るため、車を一台しか持っていない俺がもう一台の車を買うまでは勝負をお預けにしてある。
と、会社へ向かう道の途中にコペンが突如低い声を出した。
『粋はん』
「ん?どうした?」
『後ろ見なはれ』
「?」
ミラーに目をやると、真後ろにバイクが走っている。ヘルメットで顔がよく見えないが、ライダースーツに身を包んだスマートな御仁だ。こんな時間帯に一人で走っているのは珍しいが、あれがどうかしたのだろうか。
『見はった?』
「見たが、あれがどうした?」
『顔んとこ、よう見てみ。暫くわっちが運転するさかい』
「お、おう・・・・・・あ。」
ヘルメットで顔が隠れているのかと思ったら、ヘルメットの中にあるはずのものが見えない。つまるところ中身が無いカラッポだった。流石の俺も人面犬を見た時以来のショックで呆然としていると、バイクが真横まで走ってきて、顔なしのライダーがぴっと左手を上げて挨拶する。取り敢えず挨拶には挨拶で答える
「おはよう」
「お早う御座います。貴方が大江戸粋刻殿に相違ないだろうか?」
妙に口調が堅苦しいが、紳士的であることはなんとなく察した。声が渋いね、きっとナイスミドルだ。バイクはホンダのシルバーウイング600か?バイクには余り乗らないが、趣味のいいバイクだと思う。カオナシライダーは片手でハンドルを回しながら恭しく一礼する。
「ワタクシめは、首無騎士のディックと呼ばれたものにございます。実は貴方様が”朝の百鬼夜行”の元締めだという話を小耳に挟みまして、参加許可を賜りたく・・・」
「別に俺が元締めって訳でもないんだけどなぁ・・・」
言ってしまえば俺は単なるペースメーカー。みんなが速度あわせるのにちょうどいいからなんとなくみんな俺に周囲に集まるが、あの通路自体は前から使われていた筈だ。利用し始めた順ならうしろの方である。
だがそれを説明するのも面倒だ。どこから”朝の百鬼夜行”なんて厳つい名前が生まれたのかは知らないが、皆ちゃんと制限速度は守っている。守っていればそれでいいではないか、事故も起こしていないし。
「朝通勤は最低限の運転マナーさえ守っていれば来る者拒まずですから、気が向いた時にいつでもどうぞ?」
「なんと寛大なるお言葉・・・感謝感激雨霰!ワタクシ、至極感激いたしました!」
これまた大仰に両手を上げて万歳するディックさん。一人通勤が余程寂しかったんだろうか。なんかこの人テンション高い。騎士ってことは爵位とか持ってるんだろうか。貴族って言うのはどうしてこう仰々しいんだと昔誰かが言っていたが本当に仰々しい。
まぁいいか、と考え直す。朧車が何を警戒していたのか知らないが、なんにせよこれで明日から高速道路の愉快な仲間が一人増え―――
「そんな素晴らしい人物とあらば首無騎士の名に懸けてそっ首切り落とさねばなりますまい!?それこそ我が騎士道ィィィッ!!」
「どっふぇぇぇあああああ!?」
次の瞬間、何か光る白刃をその目に捉えたその瞬間、車の窓の中に凄まじい速度で西洋剣が飛び込んできたのである。―――が、間一髪。窓のウィンドウが逆ギロチンとでもいうべき速度でせり上がり、剣先は俺のこめかみにぶっささる直前で停止した。
全身の毛孔が総毛立つほどにおっかない明確な死のイメージが鼻先三寸に居座って、初めて理解するコペンの警戒の意味。その剣は、まるで血が付着したように赤黒く染まっていたのだ。
「むお!?何と、たかがガラス細工如きが我がスンヴァラシイ太刀筋を防ぎおおせるか!面妖!いたく面妖!流石は百鬼を総べる者、車でさえも唯物では非ざるか!!」
「あっああっあぶっあぶあぶぶ危ねぇだろうがドアホぉぉぉぉぉ!!!」
「のわぁぁぁッ!?あまりにも唐突な不意打ち的反撃にワタクシショーック!?」
で、恐怖が去った後にすぐ怒りがこみ上げた俺はそのままハンドルを回してクビナシライダーに車タックルをかました。重量で圧倒的に劣るバイクでは乗用車の質量と速度が生み出す衝撃を吸収しきれまい。
剣の重量に振り回されてあたふたしているディック。お前なんかをナイスミドルのダンディだと思った俺が馬鹿だった。窓についた傷を見て、腹の底に重く黒い感情が湧き出て来るのを自覚した。メンテだってタダじゃないのに窓に傷なんて・・・しかもこちらは何もしていないのにいきなり剣を突きつける暴虐ぶりに頭の血管がぴくぴく動いた。
その怒りを一旦治めてくれたのは、いつも一緒に走る頼もしき相棒だった。
『粋はん、お怪我ありまへんか?』
「助かった、コペン・・・マジ死ぬかと思ったアンニャロウ!っていうかひょっとしてコペン、これに感づいてたの?」
『伊達に1000年以上車やってまへん。スリッパだかホロニガだか知りまへんけど?あげな若造に遅れ取るほど楽な走りしとりまへんえ!』
「わお、素敵!惚れちゃう!結婚して!!」
『粋はんとの決着がついたら考えてもええよ?』
結ばれたら歳の差1000年越えのウルトラ歳の差カップル誕生の巻である。いちゃこららぶらぶきゃっきゃうふふな空気になりかけるが、そういえばコペンは車だから結婚できない。まぁ今でも十分人生のパートナーなので結婚してもしなくても変わらな――あれ、なんか急に車に影が差した?と思った俺はふと上を見上げた。
・・・見なきゃよかったとちょっぴり後悔した。
「そ~んな二人に~♪あ・く・む・の・パァーップルムゥゥゥーーーーーンッ!!!」
「お前かよ!?」
そこには、何やら紫色に光る車輪で宙に浮くディックの姿があった。さっきの体当たりでヘルメットが取れたのか、首から先が完全に消滅してらっしゃる。ハッキリ言わせてもらうと、結構怖い。
「というかバイクが空飛んでる!?とうとうホンダの技術力はそこまでいったか!!」
『阿呆いいなさんな!騒霊現象で飛んどるだけや!』
「ご説明させていただきまSHOW!!ワタクシの『悪夢のパープルムーン』はなんとッ!」
「空飛べるんだろ?」
「あぁぁあぁぁあぁッ!!ワタクシのエレガァントゥな説明をこの上なく単純簡潔先手必勝で説明されてしまったぁ!?ひょっとしてワタクシより頭脳優秀ッ!?」
『ハナタレがぁ・・・わっちの頭の上に乗ってええんはわっちの選んだ”おひと”だけや!』
心なしかコペンの声はかなりドスが効いている。朧車としての誇りに引っかかる行為らしい。しかし、空を飛ばれたら俺にはどうしようもないなぁ。窓にちょっと傷ついたしこれ以上のちょっかい出されて傷が増えるのは勘弁なのだが・・・・・・
「むむむ、ワタクシ仮にも騎士なので敵に背中は見せられん!でもなんか勝てそうにないので後ろに向かって前進することにし申した!!地球を一周すれば正面なので問題なしぃぃぃぃぃぃ!!!」
「おいてめー・・・当て逃げとはいい度胸じゃねえか・・・ッ!」
俺が車が好きだ。コペンも好きだ。ドライバーとして車を乗り回していられることに感謝しているし、そんな車を大切に扱わないやつには悲しみを越して怒りを覚える。あいつのバイクとて人を襲うために造られた訳では無いはずだ。運転手を楽しませ、楽をさせてやりたいと思って作られたはずだ。それを奴は踏みにじった。
車にそれがあるように、ドライバーの心にはエンジンがある。奴は俺の魂ともいえるそのエンジンに傷をつけた。だから、お前が何に傷をつけたか思い知らせてやろう。火のついたエンジンの前には、時代遅れの騎士道とやらも追いつけないことを思い知らせてやろう。
この大江戸粋刻様とコペンに喧嘩を売った代償は、お前の誇りで払ってもらう。
「コペン、空飛べない?」
『わっちは大妖・朧車!!あんな何処ん馬の骨とも知れんガキに後れを取るほど落ちぶれてまへん!!出でませい、煉獄大火輪!!!』
「・・・あ、これワタクシ死んだんじゃないですかね?」
コペンのタイヤが骨まで融解しそうな”濃密な炎”を纏い、次の瞬間俺たちは――空を飛んで
逃げようとするディックを轢いた。
「『往生しろやぁぁぁぁーーーーーッ!!!』」
「ぎょえええええええええええ!?!?」
都市伝説:燃え盛る追跡者
高速移動系怪異に分類されるあらゆる都市伝説を統べる、伝説の中枢的存在。全ての高速移動系怪異はそのコペンから生まれており、高速道路を走る時のみコペンの周囲に怪異たちが集合する。逆に高速道路以外では普通の車と見分けがつかないらしい。
なお、このコペンの前で交通マナーに違反すると突然車体が火を纏い、相手を燃やし尽くしてその魂を地獄の底まで連れていく。回避方法は、法定速度を厳守したうえでマナー違反をしない事だが、これを守っても事故に遭うことは避けられないとする説も存在する。
元ネタは恐らく「火の車」と某国のオカルト系ヒーロー漫画を混ぜたものと思われる。
ちなみにこの後ディックは人を襲うのを止めたが、代わりに会うたび朧車にプロポーズするようになり更に轢かれたとか。
後書き
ちょっと思い付きで、都市伝説の「ターボばあちゃん」とその派生伝説を元ネタに作りました。地方によって高速移動系の都市伝説にはばらつきがあるという事でしたがあんまりにも個性的すぎたので全員登場みたいな感じです。
我ながらちょっと謎な話になってしまいましたが、暇つぶしになったら幸いです。
それと、おまけを別の所に移動しました。
ページ上へ戻る