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無欠の刃

作者:赤面
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アカデミー編
  運命

 最近、授業を受けさせてもらえるようになった。
 前みたいに、隙あらば閉じ込めようとしているようだが、それとなく……。というかすごく大胆に、ネジがカトナを守ってくれているからだ。
 別に守らなくてもいいのにと言えば、…お前が女だということがばれたら、どうする気だ、なんて真顔で言われてしまった。
 そこを指摘されてしまえば、カトナには、何も言えなかった。
 気にしてもらえるのは嬉しい。守ってもらえることは都合がいい。拒否する理由は特にない。
 ただなんだか、異様にくすぐったいだけだ。
 なんでだろうかと首をかしげながらも、先ほどから窓の外を見ているネジの肩を叩く。
 だが、微動だにしない。
 自分以外の相手だと嫌われる反応だろうなと思いながらも、ネジの肩に顔をのせ、覗きこむ。
 ネジが一瞬びくりと震え、次の瞬間、大げさに仰け反った。

「かっ、カトナ!」
「? あ、ごめん。髪の毛、くすぐったい、よね」
「いや、そうじゃなくてだな…」
「なに、みてるの」

 ネジの言葉を最後まで聞かず、カトナは尋ねた。
 たとえ、注意されたとしても、彼女は自分を女だとは認識していない――女であるとみなすことを拒んでいるので、年頃の思春期の気持ちなど、何一つ分からなかっただろう。
 そう思ったネジが一瞬黙った後、小さく息を吐き出し、一人の少女を指した。

「日向、ヒナタ」
「知っていたのか」
「このアカデミーの、大体の人、憶えてる」

 ナルトを傷つけるかどうかを判断するために、頭に叩き込んだ。
 ナルトを傷つける術や力を持たないものは、自動的に排除しているため、全員は覚えてない。
 けれども日向ヒナタは日向宗家の血を引いている。いわゆる権力を持つものだ。だから、よく覚えていた。

「そうか…。……なぁ、カトナ」
「なに?」
「人は、神によってあらかじめ決められた運命に沿って、この世を生きているのだと、俺はそう思っているが、お前はどう思う?」

 いきなりの問いだった。
 カトナは質問の意味をはかりかねて、ネジの目の先を追う。
 一学下のクラスで繰り広げられている体術の授業で、日向ヒナタは教師相手に必死に戦っていた。
 体術の腕はあまりよくないけれど、根幹はしっかりとしている。
 コツさえつかめば、才能が一気に開花するだろうに、まだまだコツがつかめてないらしく、教師相手に苦戦している。
 いい子だろうなと思って、けれどそれでネジは納得しないだろうと思い悩む。
 ネジはどこか達観した目で雛を見つめ、脈略の無い言葉を放った。彼自身、何か思うところがあって、そのうえでその発言をしたのだ。
 それは、自分のようなものに触れていい領域なのだろうか。気を許してもらっているとはいえ、踏み込みすぎて傷つけるのはよくないだろう。
 少し迷ったあと、自分なりの考えを出す。

 「変えられる子と、変えられない子。ううん、変わらない子がいると、思う」

 そうか、と。
 その答えに、ネジはそう返事をして、教科書に目を落とした。
 それに倣うようにして自分の教科書を開く。
 カトナはネジの問いかけを頭の中で反芻し、それから不思議な考えをする男だなぁと彼を評価する。

 カトナは日向家のことを詳しくは知らないし、ネジのことだって、よく分からない。
 大人たちがカトナに教えてくるのは、ナルトに向けられるはずだった悪意くらいだ。あとは、どろどろとした政争か。
 ダンゾウのことを思い出したカトナは内心、眉をひそめた。

 志村ダンゾウ。木ノ葉の暗部養成部門である根の創設者であり、リーダー。忍びの闇の代名詞。
 あの男ときたら、どこから鍵つけたのか。カトナが九尾の人柱力ではなくナルトが本物の九尾の人柱力であることを見抜いて、噂を広めようとしたのだ。
 おかげでカトナは、あのダンゾウと一騎打ちにしなければいけなくなって、それはもう、大変だった。
 ただ、カトナとは決して相いれないわけではなかった。
 少なくとも、里こそが第一に優先すべきもので、必要ならば人も部下も己も火影も犠牲にするという論自体には、カトナは賛成派だ。
 特に感情削減論は同意できた。
 忍びに必要なのは、自己を犠牲にしてもなお、己の里に奉仕する心だ。
 忍びとは忍び堪えるもの。
 ゆえに、忍びに必要な素質とは、己の感情を殺し、なくすこと。
 カトナの父も母も里の為、国の為、尾獣バランスの為、死を選んだ。ナルトを人柱力にすることを選んだ。
 そう、あれこそが忍び。あれこそが正しい忍び。
 カトナが目指すべきもの。己の感情など、数多の条理の前ではすべてが無意味。
 そう、忍びにはいらないのだ。
 あの日の自分が、それを分かっていれば。
 そう思った瞬間、がくんっと頬杖をついていた手から頭が滑り落ちる。

 隣にいたネジが驚いて瞬きをした。
 慌てて体勢を戻したカトナは首を振る。ぶんぶんと首を振って、意識をはっきりさせた彼女は、何を考えていたんだっけと思考を振り返る。
 そうだ、ネジのことを考えていたんだ。
 そう思いだして、日向家の方に思考を移す。
 先ほどまで考えていたことは、完全に彼女の頭から吹っ飛んでいた。

 カトナは日向家のことを詳しくは知らないし、ネジのことだって、よく分からない。
 けれども、日向家には宗家と分家があって、宗家である次期当主のヒナタを、分家であるネジが守らなければいけないということくらい、分かってる。
 この前見せてもらった額の模様を思い出す。
 ネジの額には呪印が刻まれていた。
 卍という形をした呪印。
 聞くところによれば、日向宗家が分家のものに施す呪印らしい。それは宗家の結ぶ印に反応して、分家のものの脳神経を刺激するそうだ。
 西遊記に出てくる悟空の金冠のようなものだ。あるいは、ダンゾウが根の構成員に仕込んでいる呪印か。
 この呪印がある限り、ネジは宗家に逆らうことはできず。そして、その運命にのまれたネジの父もまた、宗家の身代わりとして死んでしまったらしい。
 ネジはそうやって決められた運命に、最初は抗おうとしていたらしいが、今では諦めて、それを運命だと決めつけてしまったらしい。
 ネジは少しだけ、馬鹿だなとそう思う。
 いくらでも、変えられるのに。

 ネジがたとえ分家でも、彼の額に刻まれている呪印は分かりやすいものだから、それなりに術の構成がわかれば、その呪印を封じることは容易だ。
 現にカトナは、ネジが頼みさえすれば、その呪印をいくらでも封じることが出来る。
 大体、分家だとか、宗家だとか、そんなものは一度忍びになってしまえば、通じはしない。
 忍びとは忍び堪える者であり、里を、国を第一に思うもののことだ。誰かを守るために、自らの命を賭けることが出来る大馬鹿者の総称だ。
 だから、そんな原理が通じるのは子供の時だけで、大人になれば、いくらでも変えられる。
 それに、ネジが運命だなんだ決めつけているから駄目なのだ。
 運命だというのならば、それを受け入れるために思考を変えればいい。
 たとえば、ネジ自身がヒナタを好きになってしまえば、ネジがヒナタを守るのは運命ではなく、自分の意志となる。
 ようは、なにもかもとらえようだ。

 でも。

 きゅっとカトナは教科書を握った。
 ナルトはかえられないのだ。
 ナルトは九尾の人柱力だ。
 木の葉の里の人間から嫌われている九尾を、その身に宿しているというだけで、彼等から排他され、罵倒されている、大切な自分の弟。
 ナルトは何も悪いことなどしていないのに。なのに、ナルトの周りはナルトを排他する。
 カトナがナルトの身代わりにならなければ、きっと今頃、ナルトは更に汚い悪意を向けられていた。
 九尾から解放されるということは、それはつまり、九尾をナルトの体から出すということで。
 だからといって、ネジのように、ナルトは自らの運命を変えられるわけじゃない。
 それはつまり、ナルトの死を意味する。
 だから結局、ナルトは九尾の呪縛から、逃れられることはできないのだ。

 「でも」

 それに比べれば、ネジはなんと恵まれているのだろうと思う。
 ネジはまるで自分こそが世界の一番不幸な男だというように、そんな風に語るけど、ネジが蔑視している日向ヒナタだって、きっと苦しんでいる。
 誰だって、当たり前に苦しんでる。
 けれど、その中で、ナルトこそが世界で一番、不幸になる筈だったのだろう。
 いや、違う。
 ナルトはサスケやイタチが居る限り、きっと、世界で一番の不幸は味わなかった。
 けれどそれでも、あの悪意にはさらされてはいたのだろう。
 傷ついて、泣くこともあったのだろう。痛いと、独りで苦しみを耐えることもあったのだろう。
 それを想像して、ああ、自分がここに居てよかったと、この時ばかりは、カトナは心の底から思うのだ。
 自分が生きていて、本当によかったと、そう思うのだ。

 「誰かが、運命を、肩代わりすることは、できる、よ」

 不意打ちじみた言葉に、ネジは顔をしかめた。けれども、先ほどの答えの続きなのだと気が付いて、少しだけ困ったような顔をする。
 肩代わりが、一体どこの誰のことを指すのか、ネジには分からない。
 ただそれは、カトナが誰かの運命を肩代わりしたのだという事で。カトナが、自ら不幸になることを望んだという事で。

 「お前は幸せなのか、カトナ」
 
 ネジはどこか、祈るような気持ちで聞いた。
 幸せだと言わないでくれと、身代わりになった運命を喜ばないでくれと、心の底から祈った。
 それを受けてカトナは、どうこたえようかと、一瞬だけ迷った。
 カトナの世界は、たくさんの悪意で囲まれているけれど、それ以上の優しさでいっぱいだった。
 勉強を教えてくれるのはイタチで、世界を変えてくれるのはサスケで。そして、すべてを構成するのはナルトだった。
 カトナにとっての世界は、神様に作られたのではなく、世界の中心は神様ではなく、ナルトによって作られて、ナルトによって生かされている。
 神様なんて、そんな、いるかどうかも分からない存在で作られているのではない。
 確かにここに居て、笑って、自分を大好きだと言ってくれる存在が、自分の運命を左右してくれるのだ。
 そして、こんな自分を好いてくれる人が、確かにここに居るのだ。
 一人はこの里を抜けてしまったけど、もう一人はまだここに居てくれている。
 大好きな人。大切な人。
 カトナは彼がいない世界では、生きてはいけない。
 それに、新しくネジという友達が出来た。
 自分という存在が嫌われることで、自分の大切な人を守ることが出来ている。
 あの人たちとの約束を守ることができて、あの人たちの自慢の子でいることができて、あの人たちの家族であることができる。
 これ以上の幸せなんて、あるのだろうか。

 「幸せ、だよ」

 本当にうれしそうな笑みだった。
 ふわりと、花が綻んだような柔らかな笑顔は、本当に幸せに見えた。
 けれど、彼女が言っていることは間違いなく、どこが可笑しかった。
 カトナのそれは、きっと、本当に幸せな人たちから見れば、まがい物の幸福なのだろう。本当の幸福ではなく、偽物の、どこか間違ってしまったものなのだろう。
 カトナの幸せはきっと、誰の目から見ても確実に異常だ。
 カトナがナルトの為に尽くすことは、カトナの幸せではない。
 ナルトの幸せ=カトナの幸せではないのだ。
 なのにカトナは、それこそが幸せだと思う。
 大切な人が生きていて、一番大事な人が笑っていて、それがカトナの幸せなのだ。
 最上級の幸せではないが、ナルトが傷ついてしまった今の状態であるが、それでも幸せではある。
 そのカトナの笑顔に、ネジは何も言えなくなって下を向いた。


・・・



「カトナは、もっと幸せになるべきなんだってば」
『………そうだな』

 赤い赤い部屋の中、自分と九尾しか存在しないその空間の中で、ナルトは突然、そう切り出した。

「いつだって、俺を守らなきゃ守らなきゃって思って、俺を守ることに必死で、俺が笑ってれば自分が幸せだっていうけど、そんなわけないんだってば」
『仕方ないだろう。奴にはもう、お前を守るしか選択肢がないんだ』

 九尾はそういって、あの日を思い出す。
 慟哭した少女の、小さく丸まった背と力なく落とされた肩が脳裏をよぎる。

 ――ごめん、ごめ、ん、ごめん、ごめんな、さっ、ごめんなさい、ごめん、ごめ、ん

 何度も何度も謝って、苦しんで。それでも最後には、正しい選択をするしかなかった少女。忍びとして生きていくことを定めた女。
 血を浴び、美しい髪の毛を黒いもので汚した彼女の真っ赤な目が瞼の裏で煌めいた。
 あの日に、彼らは大切なものを失った。
 うちはサスケも、うずまきナルトも、うずまきカトナも、あの日に壊れてしまった。
 もう二度と彼らはあの日に失くした大切なものを、取り戻すことはできない。
 一度、赤く染まった手のひらを、もう二度と真っ白にすることが出来ないように。
 彼は人を殺し、彼女もまた人を殺し。そしてナルトは、傷を負った。

「…なぁ、クラマ。やっぱこれ、なおせねぇってば?」

 ナルトが着物の上からポンポンと自分の体を叩いた。
 一瞬、怒ったように顔をしかめた後、九尾はふんっと顔をそむける。
 その様子に、クラマを傷つけてしまったとナルトが慌てて謝る。

「わるい…」
『…何故、お前が謝る』
「だって、お前を傷つけたってば」

 その言葉に苛々としながら、九尾は尾で床を叩いた。
 ばんばんと激しい音が部屋中に響く。
 傷つけられてなど、いないのだ。
 自分の身は傷つけられてなどいない。傷つけられたのは、目の前にいる彼だ。
 彼は彼の姉はもっと幸せになるべきだと言うが、それは彼にも当てはまると、九尾は舌を噛んだ。
 気が遠くなるほど長い時を、生きてきたのに。なのに自分は、目の前の子どもの傷を癒すことさえ出来ないのだ。

 こんな無力な、子供一人の傷を、こともあろうに九尾が!
 ぎりっと奥歯をかみしめる。
 癒せる傷は癒した。その証拠に、彼はもう、自分の足で立って動くことができるほどに回復している。
 けれども、大事なものは、彼にとって一番大事なものはなおせていなかった。
 無力だと、幾星霜生きてきて二度目の感想を抱きながら、九尾はナルトの手をふさふさの尾で撫でた。
 もう感じない痛みを和らげるように。せめて、痛さを感じさせることがないようにと、優しく触る。
 それに、ありがとうなと聞こえるか聞こえないかぐらいの声を返し、ナルトは九尾の体に抱き着いた。
 その拍子に、彼が着ている青色の着物がめくれあがり、両手が覗く。
 銀色の、腕が、覗く。
 青色の着物の下から覗いた両手は、人間の皮膚ではなく、無機質な鉄で構成されていた。 
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