無欠の刃
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アカデミー編
はじめまして
アカデミーは、忍者になるためにいろいろなことを教えてくれる場所だと、イタチ兄さんは言っていた。
忍者になるために授業を受けて、鍛えて、努力して。そして、下忍を目指すんだよと、言っていた。
期待、していたわけではなくて、イタチが言うほどの好印象を抱いていたわけではない。
でも、イタチ兄さんがそれがまるで当然のように語って、自分が持っていた、昔のアカデミーの教科書を渡してくれて、「アカデミーに行けない分、お前には俺が教えてやるからな」って言ってくれてたから、そこは良い場所なんだろうかって、少しだけ、思ってた。
予想は、あんまりいいものではない。
期待なんてしない方が楽だって、知ってた。
「狐の餓鬼は大人しくここにいとけ!」
背中から突き飛ばされて、床に転がれば、それだけで笑う声。
そして次に聞こえた、カチャリという音に、また締め出されたんだって悟った。
最初の頃の授業はまだ、受けさせていてもらえたように思う。
確かに、まだ習っていないところばかり、何回も当てられたし、間違えればそれだけで、成績は最悪にさせられたし、さらしものにされたり、一人で放課後に残らされたりしたけど、別にそれだけだった。
それ以上のことはされなかったから、気にしなかった。
難しい問題は、イタチ兄さんが解き方を教えてくれていた。
間違えても、他ので挽回した。
さらし者なんて、慣れていた。
放課後に残らされたら、いつだってサスケが一緒に居てくれた。
だから、気にしていなかった。
それが癇に障ったみたいで、いつの間にか、授業を受ける前にこうしてどこかの部屋に閉じ込められるようになった。
別に、気にしてないけど。
こんなあからさまの差別をすることでしかカトナの成績を落とせない、切羽詰まっている教師の姿を見られるし、何より、今のうちに悪意を向けられて発散されていた方が、ナルトに向かわなくて安心する。
「教科書、もってきといて、よかった」
最近ではもう、習慣のようになっていて、空き教室で教科書を読んで勉強することが増えていた。
今回は物置だから、あまり、巻物などの勉強に適しているものはないが、場所次第ではまだ習っていない部分を説明する巻物もあるから、カトナは別に、ひとりの時間は苦ではなかった。
閉じ込められていても、どこにいてもサスケが見つけてくれる。昔からかくれんぼの鬼が得意な共犯者は、カトナがどこにいようと駆けつけてくれる。
たまに少しだけ泣きたくなる時もあるけど、それ以外は別に問題はなかった。
「変化、といとこ」
ぽつりと、誰に聞かせるわけでもなく呟いて、カトナは変化を解いた。
八歳のあの日から、カトナは男に変化をするようになった。前々から自衛のために全く違う自分に変化することはあったが、こんな風に性別を誤魔化すようになったのは、体が成熟し始めてからだ。
あの日、カトナは己を捨てることを決めた。
それが忍びになるために必要だったから、カトナは。
カトナはあの日、己を彼に…。
そこまで考えた時、赤い瞳が瞼の裏に浮かんだ。
その瞬間、カトナの思考が、わずかにだがぶれる。
カトナの指が無意識のうちに動き、教科書を広げる。ぼうっと熱に浮かされたような目をした彼女は、ぱらりという音にはっとした。
慌てて腕の中に目を落とし、怪訝そうに眉を寄せる。
いつこの頁を開いたっけと首を傾げ、まぁいいかとそこで思考を切り替える。
とりあえずここから勉強しようとそう考えて。
「うずまき、カトナ?」
名前を呼ばれたことで、カトナに一瞬の困惑が生じた。
自分しかここにはいないはずなのにと戸惑いながらも、確認もせず、変化の術を解いてしまった自分を叱咤する。
いつもいないからって油断し、慢心していた。自分の場合はここが戦場になる可能性があるのだ。いつだって警戒を強めていないといけない。
改めて気合を入れ、隠し持っていた苦無を構える。
相手次第では、カトナが変化していたことを、弱みとして握るかもしれない。なら、今のうちに弱らせて、記憶を書き換えないと。チャクラコントロールをうまく利用すれば、記憶をいじることくらいできる。
そこまで計算を働かせた時、カトナは視界の端に同じクラスの人間をとらえ、思考を停止させた。
「日向ネジ…?」
飛び級を使って同学年になったクラスの人間だ。
優等生だと言われていて、成績はトップ。体術も秀でていて、勉学も出来るやつ。
性格はまじめ。確か、一学年下――サスケと同学年の日向ヒナタに対して、コンプレックスを抱いていた。宗家や分家のしがらみというものらしい。よく分からない。
そんな人間が居ることに、一瞬で泣きそうな顔になったカトナを、ネジはじろじろと上から下まで眺めた。観察されて居心地が悪そうにするカトナと、閉じられた扉を見比べたネジの顔が険しいものになる。
「いつも、サボっていると思っていたが、こういう事だったか」
その言葉に、カトナはほっと息をつく。
先程の物音を聞かれていたのだろう。ただ一方で、女だということには気づいていないようだ。それなら、まだいい。
けれど、知られた。
カトナは唇をかんだ。
知られたということ自体は、別に、どうでもいい。
けれど、誰かに言われるのは駄目だ。
火影に言って教師がリストラされるのはいい。そんな、ナルトに危害を加えるような人間に対して、情けなんて必要ない。
だけど、サスケに知られるのはまずい。
知られない様に、心配されない様に隠しているのに、もしも知られたら、傷付けてしまうかもしれない。
知っていても、知らないふりをしているだけかもしれないけれど、それならそれで、ここまで強がって隠していたカトナを、あえて見守ってくれていたサスケの気持ちを、傷付けるような真似をしたくない。
サスケの思いを、これ以上踏みにじりたくない。あの、愛情深くて優しい彼の心を、これ以上、自分のせいで傷つけたくない。
赤い光が瞬いた。カトナの思考にまたノイズが走る。
それにと、彼女の思考が違う方向に進む。無意識のうちに先ほどとはまた、違った思考回路に捻じ曲げられる。
サスケに伝わったのなら、ナルトにも伝わるかもしれない。
ナルトが、自分の所為で、悲しむ。
ぞくりと背筋に寒気が走って、次の瞬間、カトナは苦無を投げ捨ててネジの体を掴んだ。
「おっ、お願い!! 言わ、ないで」
突然のカトナの行動に身構えたネジは、理解不能の言動に表情を強張らせた。
めったに動揺しない彼が見せた焦りに眉を顰めるネジは、もう一度瞬きをした。
日向ネジにとってのカトナは、自分と同じ差別されるものであった。
日向の名を目当てに寄ってくる、蠅や蛆のような人間は多い。宗家のヒナタが居る今、そのごますりはもう、ネジから離れているが、ヒナタが入る前は酷いものであった。
ネジにとってそんな人間は嫌悪するべきもので。そして、自分と同じような境遇に置かれているカトナはむしろ、同情の相手であった。
カトナが九尾の人柱力だということは、まだ幼い子供ったいにも伝えられていた。
むしろ、カトナはそれが噂されるように歩いていたし、九尾の人柱だという風聞をされるように情報操作した部分もあるので、知られていないと逆に困るのであった。
知らない人間と言えば、そんな噂を耳に入れられないほどに守られている、火影の孫くらいしかいないのではないのだろうか。
閑話休題。
ネジも例外なく、カトナが人柱力であることを知っていた。
しかしネジが抱いたのは嫌悪感ではなく、むしろ好意的に属するようなものであった。
自分のように、自分が理由でないのに責め苛まれる彼に、ネジはわりと好意的だった。
最初の頃、授業で難しい問題ばかりあてられながらも、めげずに登校してきた姿は称賛に値すると思っていたし、他のクラスメイトに比べれば明らかに鍛えられた体術や忍術もまた、好意的にとらえるには十分な材料だった。
そんな彼がサボった時は、自分の見込み違いだと思って失望していたが、こんな理由があったとは。
そう過去を夏加味しながら、ネジはカトナの腕を振り払う。
細いと、そう思った。
うずまきカトナは少年だと知っているのに、まるで少女のような腕に、一瞬、ネジの動きが固まった。そこに畳み掛けるように、カトナは赤い瞳からぽろぽろと涙をこぼし、必死に懇願する。
「お願い、お願いだから、言わないで。言われたら、気づかれる。悲しませるから」
「…っ。いいから、落ち着け。何を言いたいのか、分からん!」
「悲しっ、ませる。あの子を、弟を、だから、お願い」
「だから、分かりやすく言え。それに、そのあの子のことを説明しろと!」
何度も同じことを繰り返すカトナに、きれたらしいネジが肩を掴んで落ち着かせようと、手を伸ばした。
しかして、何度も暴力を振るわれていたカトナは、その行動を制止ではなく攻撃だと思い、思わず後ろに身を引いた。
ネジから逃れようと動いたカトナの足が、床に置かれていた物の山に当たった。と思うと、ピタゴラスイッチの如く、ネジの足の近くに置かれていた物の山を崩した。
いきなり予測不可能な方向から来た物体の衝撃で、ネジの足がカトナがいるほうに倒れ込む。
攻撃が来るとは思っていたが、まさかネジごと来るとは思っていなかったので、なんの心構えもしていなかったカトナもつられ、ネジと共に倒れる。
そんなどこぞのラノベのような展開により、結果、ネジはカトナを押し倒した。
右手をカトナの胸のうえに置いて。
しかも、倒れた時の衝撃でつかんで。
さて、話しは変わるが、カトナはアカデミーでは変化の術をしているので、ネジなどのクラスメイトや教師などには男子と思われていた。だが、今現在は変化の術を解いているので、本来の女子の姿になっていた。
女子の、姿になっていたのである。
そして今の女子は成長期なので、端的にいうと、胸が育ってきているのである。
触れたことが無い柔らかさ。それも胸。太っているというわけではない、カトナは凄く細い。
ならば、この胸の柔らかさの答えは一つしかないわけで。
一気にそこに思考が追い付き、真っ赤になったネジに、カトナは不思議そうに首を傾げた。
彼女はネジの掌が触れている部分を見る。
自分の胸が男性に触れられているという事実を認識した瞬間、彼女の思考が再びエラーをきたした。
一瞬の羞恥が、瞬く間に脳裏を埋め尽くした赤いものにかき消される。
また、ずきりと瞳の奥が痛んだ。
羞恥が瞬く間に消えて、掴まれている胸が痛みを訴える。それ以外のすべてが思考から除外された。
カトナの思考がまた、ぐるりと回った。
とりあえず話してもらおうとそう考えて、ネジの方を見る。
一方のネジはといえば、カトナの胸を掴んだまま、絶句して固まっていた。
カトナはまだまだ発展途上とはいえ、女子の胸である。
そしてこの時期に、少女は第二次成長期を迎え、体に丸みが帯びてくる。
まぁつまりは、カトナも例外にもれず、柔らかいほうだった。
その結果硬直し、男だと思っていたクラスメイトが女子であったという事に、自らの思考を停止させるネジに、カトナは提案する。
「いた、いから、はなし、て?」
怯えた様子で身をすくめ、押し倒されているうえに胸に触れられている女子。
そして、その女子の胸を、触っている。
胸を、触っている。
胸を、触って、いる。
理解した事実に、ばっと、慌てて体を起こして、腕をのける。
「…す、まん」
「別に、へいっ、き」
そう答えたカトナはぺたっと自分の胸に手を当てた。
「ちょっと、いたかった、だけ」
へにゃっと眉を下げた彼女が困ったように笑う。
今度こそ、ネジは固まった。
「あれ。ひっ、日向。どうしたの? あれ?」
カトナがネジの前で両手を振るが、ネジは全く反応しない。
これがネジとカトナの、ある意味、最悪の邂逅であった。
・・
「って、ことがあって」
「ほう…」
「どうなったんだってば」
びしりと、二人の額に浮かんだ青筋に気が付かないまま、カトナは首をかしげた。
「なんで、固まったんだろ」
「そうだな。お前が女だってことに驚いたんじゃねぇのか?」
サスケが十枚の手裏剣を投げる。
練習用として作られた、人体を模したサンドバックは、見事、人間でいうところの心臓に十枚すべて命中した。
しかし、カトナは珍しいと目をしばたたかせる。
いつもなら、違う急所にも同時で当てられるようにしているのだが、今日はそういう気分ではなかったのだろうか。
あるいはネジの話を聞いたからだろうか。
サスケの目に浮かぶ怒りをとらえたカトナは目を細める。
赤い瞳に穏やかな光が浮かんだ瞬間、ぱちりと火花がはじけたような音がした。
いま気にするのはサスケじゃないと囁く声がして、それもそうだと思いなおしたカトナはナルトに目をやる。
「カトナ、胸、大丈夫だったってば?」
「大丈夫、だよ。隠して、くれる、って」
「そういうことじゃないんだってばよー」
いつものような笑顔でそう言いながらも、なるとは目の前のサンドバックを蹴り飛ばした。
壊れないようにと頑丈に作られたはずのそのサンドバックは、一瞬、体から溢れた赤いチャクラに触れ、発火する。
ナルトガチャクラを使うのなんてあの事件以来だと考えてから、カトナはふわりと笑みを浮かべた。
「それに、友達になって、くれた。よ」
その言葉に、二人は一瞬のうちに目くばせをしあう。
(サスケ、葬るってば)
(言われなくとも)
うずまきナルト、十一歳。立派にシスコンの道を目指し始め、同じく十一歳のうちはサスケは、初恋を更にこじらせようとしていた。
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