トワノクウ
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トワノクウ
第九夜 潤みの朱(二)
前書き
少年 と 新しい〝銀朱〟
「ほ、ほんとに、長かったですぅ~」
「はいはい」
石段を登って鳥居をくぐれば人生ゲーム(すごろくではない)でいう上がりだ。くうは意気揚揚と鳥居の下に一番乗り――
した瞬間、爪先の数センチ前に矢が次々と刺さった。
「――はへ?」
あとちょっとだけ元気に一歩踏み出していたら足が矢に貫かれていた。
石畳を踏み鳴らしてずらっと巫女装束の女たちが現れて編隊を組んでゆく。くうは引き攣ったおもてもそのままに見ていた。
弓矢や薙刀で武装した巫女たちが敵意を向けているのは、くうなのだ。
「てえ!」
号令が下ってふたたび矢が斉射される。くうは我に帰り、とっさに自ら足を踏み外す形で石段の下に入って躱した。
代償として頭を下にする形で転んで、石段に背中をぶつけて痛い思いをして、登り終わりかけていた薫を大いに驚かせた。
「薫ちゃん。いきなり弓で攻撃とかどこの友好表現ですか?」
「は!? なにあんたそんなことされたの!?」
結論。くうは神社の人たちに敵とみなされている。
くうは飛び起きて石段をふたたび駆け上がった。
ざっ。大勢の巫女の弓がくうに向けられるが、放たれはしなかった。
さあ、あちら側がくうを敵対行動をとる侵入者と見なしている今、第一声をどうするべきか。
人間である私をなぜ攻撃するのか、との非難が伝わるように「どうして攻撃するんですか」で行こうとしたくうに先んじて、
「今回はずいぶんと小さいのがひっかかったな」
巫女の中から一人、異彩を放つ人物が先陣に出てきた。
やっと大人の域に入ったばかりのような青年である。まっすぐな長めの髪の下にのぞく、研ぎ澄まされた眼光。すらりと高い背。服装は軍服に似ている。正面に釦が多く、金の縁取りが入っている。――どこかで見たような服?
「長渕。そいつから離れろ」
登ってきた薫に青年が有無を言わせず告げる。
「え、でも、あの」
「離れろ。巻き込まない保証ができない。今日は寮の人が人材を借りに来ているからそっちで待ってろ。ここからは坂守神社で預かる」
薫はくうと青年を見比べて逡巡し、階段を逆走していった。決してくうの顔を見ようとしなかった。
青年は手に持った日本刀を抜いてくうに突きつける。鍔に連なった釣鐘型の鳴り物が清冽な音を立てた。
「ここは全国幾万の寺社の総本山にして妖退治の頂点。姫巫女のおわす神聖なる坂守神社。陰陽寮の方々は特許を与えてきたが、許しを得ない妖しの者に足を踏み入れさせるはずがないだろう」
――妖しの者? 私が?
「待ってください! 私はれっきとした人間です!」
「ほざけ。お前が妖がえしの呪で迷っていたのは知っている。方違えは不浄のものの方向を狂わせる。藤袴は免状を持っているんだ。発動の原因はお前しかいないだろうが」
知ったことか。くうは誰よりも篠ノ女空が人間であると知っている。断じて屈してなるものか。
くうが再び青年を見たとき、青年の日本刀を持つ手の甲にあるものが、目に飛び込んだ。
(不思議な形のしるし。くうと同じ。薫ちゃんにもあった)
くうの脳裏にアミューズメントパークでの出来事が蘇る。アトラクションドームに入る前に彼の手の甲に押されたスタンプ。くうのスタンプも薫のスタンプも、その位置には、あのしるし。
――〝なんであんたといい中原といい……〟――
「潤、君?」
零れ落ちた名に、目を瞠ったのは青年のほうだった。
「お、まえ――どうしてその名前を」
「潤君なの!? 中原潤君なんですね!? 私、くうです、篠ノ女空!」
「篠ノ女って……嘘だろう!?」
驚愕をあらわに青年はくうの前まで駆け寄ってきて、くうの顔を至近距離でまじまじと見る。
こうしてみると、くうにも彼が中原潤だという確信が強まる。すっかり精悍になったが目鼻立ちは潤のままだ。
「確かに面影は……けどこの髪は、それに目まで」
「目は鵺に奪られちゃって。髪は、こっち来たショックで白髪になっちゃったんだと思います。ほら、無人島でサバイバルしてるドラマってよく脱色するじゃないですか」
「色が抜け落ちるほどのショックって、お前……」
潤は苦しげに面を歪めて、巫女たちを顧みた。
「武器を下ろせ! 俺の友人だ」
巫女たちは困惑を滲ませて弓や薙刀を下ろしてゆく。
潤自身も刀を迷わず鞘に納め、くうが宙にさまよわせていた両手を取ってくれた。潤にまっすぐ見つめられ、くうは状況を忘れて微笑むことができた。
「薫ちゃんに聞いてはいましたけど、潤君だってすぐ分かりませんでした。どうやってこっちに来たんですか?」
「カプセルが誤作動したと思ったらこっちに放り出されてたんだ。色々あって、今はこの神社で働いてる」
色々あって、で潤の目が泳いだのをくうは見逃さなかった。
「けど、どうして篠ノ女が方違えに引っかかったんだ? あれは妖の因子を持つ者にだけ反応するのに」
「くうにも分かんないです。最初、薫ちゃんが自分のせいかも、って言ったんですけど、違うんですよね?」
「許可証あるから長渕は引っかからないはずなんだ。だから連れが、と思ったら来たのはお前で」
篠ノ女。長渕。お前。口調が全体的に男っぽくなっている。男子は成長にしたがって口調が荒くなるものだが、潤がそれをやるとなると違和感しかない。
「やっぱり分からないな。銀朱様に諮ってみるしかないか」
「ぎんしゅさま?」
答えたのは別の声だった。
「――貴方がこの私に用事を持ち込むのは珍しいですね、潤朱」
低い、明らかに男の声だ。
巫女たちが一斉に地面に跪く。モーゼの十戒ばりに道を開けた彼女らの間を歩いてくる人物に対し、潤は慌てた声を上げた。
「姫様!? いけません、このような場所に!」
「いいのですよ潤朱。社に変事あれば対処するのが私の責務です」
豪奢な刺繍を施した衣を何重にも重ね着した姿に反して、上背は高く肩も胸もがっしりしている。声といい、男に違いないとくうは思うのだが、判別できない。
なぜなら、その人物は顔の半分を市女笠で覆って隠していたからだ。
「――潤君、あの人が?」
「ああ。坂守神社を束ねる姫巫女、銀朱様だよ」
潤は前に出て巫女たち同様に銀朱に跪く。潤の堂に入ったしぐさに、くうは悠長にときめいてしまった。
「お仕事中のところをお邪魔して申し訳ありません」
「構いません。どうせすぐ終わる勤めでしたから」
銀朱は笠に隠れた右半面を撫でる。柔和な左半面の中、笑っていない目がくうに向けられた。くうはぞっとした。
「陰陽寮の者から聞き及んでいますよ、第三の彼岸人。もっとも、妖だとは窺っていませんでしたが」
薫からかもしれない。あのあと薫が陰陽衆にくうのことを知らせたとしたら、報告が銀朱に上がってもおかしくない。
「篠ノ女空、です。妖になった覚えは、ありません」
渇いた喉でそれだけようよう搾り出すと、銀朱の目の奥の光が鋭くなった。
「確かに結界には焼かれていませんね。本物の妖なら領地に入ったとたんに焼け死んでいるはずですから」
さらっと怖い発言にくうはもっとぞっとした。脅しや力の誇示ではなく、ただの確認としての発言。それは、くうが焼死しようが別によかったと大いに語っている。
(この人、なんか、いやだ)
たとえ潤に会うためでも、こんな人間のいる場所になど来なければよかった。
足元から這い上がる悪寒が何という感覚なのか、くうは知る。どんなホラーゲームをプレイしても感じなかった、人生で初めて味わった――真正の、恐怖。
声を上手く出せないくうに代わって潤が回答する。
「彼女は私の友人です。方違えの発動は彼女にも与り知らぬ所のようです。今しばし検分の猶予を頂きたく存じます」
「手心を加えぬと誓えますか?」
「朱の字に誓って。嘘偽りない結果を報告することを約束します」
「――分かりました。他ならぬ貴方がそう言うのであれば」
銀朱が手を上げると、跪いていた巫女たちが一斉に下がっていった。潤が武器を下せ、と命じたとき、巫女たちはためらいを見せたのに、銀朱の命令に従う分には疑問の余地さえ持っていない。
「陰陽寮との打ち合わせが終わったら私も行きます。それまでは潤朱のよしなに。その者が確かに貴方の友人であるか確認しなさい」
「――っ、ありがたく……存じます」
銀朱は巫女たちに加わって社に戻って行った。境内に潤と二人で残され、くうはようよう息をついた。
潤が立ち上がる。
「そういうわけだ。悪いが一緒に来てくれ」
「……痛いこと、しない?」
「するもんか! ……あ、いや、でも」
「なに?」
「……何でもない」
潤は気を取り直したように、くうに正面から向き直る。
「一緒に来てくれ。少し窮屈な思いをさせるが我慢してくれるとありがたい」
基本的人権を侵害されないよう祈りつつ、くうはできるだけしおらしく潤の後ろを付いて歩いていった。
Continue…
後書き
原作通りの展開パート3? くらいですかね。いや、もっとあったかな…
ポジション的に鶴梅と同じ彼。彼も一応捏造子世代の一人です(お母さんが鴇のクラスメートの中原さん)が、彼の場合は親ほぼ関係ありません。母親の影響で時代劇が好き、高じて剣道や居合に手を出したという程度です。
そして銀朱! これを書き始めた時点で替え玉銀朱が鵺だとはまだ明かされていなかったので、菖蒲は菖蒲で復活して、替え玉は替え玉で残ったという設定で行っています。すみません…ほんとすみません…ここが今作一番の謝り所です。
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