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トワノクウ

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トワノクウ
  第十夜 吟変り(一)

 
前書き
 少年の疑惑 

 

 連れて行かれたのは広間だった。何畳間か数えるだけでも疲れそうだ。奥に一段高い座が設けられているから、偉い人が面会や謁見に使う部屋なのかもしれない。

「これからくうは何をされるんでしょう?」
「銀朱様がいらっしゃるまで専門的なことは俺にはできないから、実質、ただ待つだけなんだけどな」

 手招きされてくうは適当に座った。潤はくうの前に腰を下ろし、太刀を腰から外して置いた。飾り鈴が場違いなほど涼やかに鳴った。

 会話が途切れる。てっきり根掘り葉掘り、この世界に来たいきさつなど聞かれるだろうと身構えていたのに、肩透かしだ。

(薫ちゃんもかなり大人びたけど、潤君もずいぶん変わったなあ)

 精悍な面ざし。すらっと通った肉体線。筋肉質の手。最後に会った日からずっと男らしくなった。そんな潤に思う所がないと言えば嘘になる。

「潤君はいつからこっちに来てたんですか?」
「……、え!? あ、ああ。いつからな。うん。二年ちょいくらいになる、かな?」
「二年っ!?」

 また来訪時間がずれている。

「こっちに来た最初からずっと銀朱さんのとこで働いてました?」
「いや、最初は……別んとこに。たまたま妖退治の才能があって、銀朱様の目に留まって召し上げられてな」

 妖退治と聞いて、思い出したのはカマイタチ兄弟の最期だった。()()()才能が潤にもあるのか、と軽く心臓が冷えた。

 さらに質問を重ねようと潤を見やり、くうはふと声を止める。

 先ほどから潤はくうが話題を振るまでくうと一切口を利いていない。
 口を開かない者には二種類ある。会話したくないか、本題を切り出しあぐねているかだ。
 くうは潤の沈黙を後者と判断した。

「潤君、私に訊きたいことあるんじゃないですか?」
「えっ! いや、そんなこと、なんで」

 目を泳がせる潤をくうはきつく睨む。口調が男らしくなっても潤は潤だった。すぐに白状した――くうにとっては最悪な考えを。

「……人間・篠ノ女空が方違えに引っかかるはずがない。残る可能性は、篠ノ女が妖混じりになったか、道を通ったのが篠ノ女に化けた妖ってのだけなんだ」
「――はっきり言って。回りくどいのはいやです」

 潤は図々しいほどにまっすぐくうを見据えた。

「お前は本当に本物の篠ノ女空でいいんだよな?」

 くうが平手を飛ばしたのはほぼ反射だった。しかし、現実で一度も他人を殴った経験のないくうの手の平は、潤の頬を掠っただけに終わった。
 あまりに情けなく恥ずかしい顛末に、鼻の奥がツンと痛む。

「侮辱だわ」
「……そうだろうな」
「そんなのどうやって証明すればいいのよ! 何を持ってくれば潤君はくうをくうだって信じてくれるの!? (にじ)(こう)でやった授業内容でも暗唱してみせようか? それとも楽研で今まで()った曲ぜんぶ唱えば信じる?」

 まくし立てる内に、みじめさが加重されてゆく。潤にも分かる篠ノ女空の証明が「その程度」しか思いつけない。
 その程度。その程度。何もかも「その程度」の成分でしか出来ていない篠ノ女空。

「篠ノ女、落ち着けっ」

 潤がくうの二の腕を掴んだ。腕力が強い潤をくうには振りほどけない。くうは必死で潤の胸板に手をやって押し返した。

 思考が乱れる。感情起因性の言語しか生み出せない。彼だけだ、くうの頭をここまで掻き乱せるのは。
 そうだった。この世界に来るまでは、彼がくうから理性を追放するただ一人の存在だった。

「放して! 私だって信じてないなら、その名前で呼ばないで!」

 そのとき、御簾が開いた。



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