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無欠の刃

作者:赤面
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幼い日の思い出
  さてとそろそろ

「兄さん…?」
「サスケか」

 目の前で繰り広げられている光景が全く理解出来ず、サスケは目を見開いた。
 自分の前に立つ兄の手は、真っ赤に染まっていて。そして、見慣れた家の中に転がっている死体は、確かに、朝、自分を見送ってくれた家族の顔をしていて。
 サスケは困惑して眉を寄せた。
 どういうことだろうと、目の前の父と母の死体を見る。
 両親の体から、まだ生暖かい血が流れている。つんっと鼻に突き刺す鉄の臭気が、この惨劇が繰り広げられて間もないことを教えていた。
 サスケはそれを悟ると、少し目を細めた。
 自分でも驚くほどに冷静だった。突然両親を殺されたことによる悲哀も、それをなした兄に対する憎悪も何もわいてこない。胸の中にあるのは漠然とした戸惑いだけだ。
 冷静というよりは、現実を受け入れられないあまり、思考が停止してしまったのだろう。
 そう思いながらサスケは兄を見つめた。
 いつもよりずっとずっと暗くて、怖ろしい目をしている兄は別人のようだった。

 「なんで、兄さんが、みんなを」

 恐る恐るといった様子で尋ねたサスケを、イタチは無表情で見返した。
 何かを言おうとした彼は、しかしそこで、サスケの瞳に宿る強い光を見抜く。
 怯えていて、自分が殺されるかもしれない恐怖と戦って、それでも真実から目を背けないために、イタチの前に立っている。
 父と母を殺したのが自分だと知ってなお、ひるむことなく、自分の目の前に。
 これは誤魔化されはしない。
 困ったように笑うと、小さく声を絞り出した。

 「全て、お前が帰ってくる前に終わらせるつもりだったんだがな」

 その言葉とともに、イタチは真っ赤に染まった手で、無造作に何かを掴んだ。
 何を掴んだのか。サスケには全く分からなかったが、忌々しそうにそれを握ったイタチは、サスケの方に投げ渡す。
 恐ろしい出来事をなした男の手だというのに、何故だか警戒心はかけらもわいてこなかった。サスケは紙を受け取り、口に出して読む。

「木の葉反逆、九尾操縦、計画」
「うちは一族が今日起こそうとしていた計画だ」

 恐ろしい内容であった。
 簡単に言ってしまえば、イタチとサスケと仲がいいカトナの中にいる九尾を操り、里を襲わせ、火影を亡き者にするという計画。
 三代目火影はカトナとナルトを実の孫のようにかわいがっているうえに、老いた体では九尾を止められないだろうという事も計算に含めている。
 そして何より、分かりやすい悪が居るということは、うちは一族にとっては都合がいいことでしかなかった。
 操られた九尾はうちは一族の言うことを聞き、思い通りに動く。それは裏を返せば、わざと特定の人物を殺すことが出来るように、わざと負けさせることも出来るということだ。
 もう一度、自分たちの大切な物を奪った九尾が降臨し、三代目火影を殺されるという最悪なシチュエーションの時、誰かが立ち上がり、闘い。そして勝ったならば、民衆は、里の者達はどうとらえるだろうか。
 簡単だ。「英雄」とそう捉え、そして九尾を倒した暁には火影になってしまおうという、そんな計画。
 一瞬のうち、恥と怒りでサスケの顔が真っ赤になった。
 自分の友であるナルトとカトナを利用した計画。九尾としか二人を見ていない、そんな非道な計画に、サスケは拳を握りしめた。

「こんなの、どうして」
「…俺達とナルトとカトナが仲良くなかったら、木の葉に反逆しようと思わなかったのかもしれない。……だが、九尾という圧倒的な力と己の権力の欲しさに目がくらんだ、それだけのことだ」
「…兄さんは、これ、いつしって」
「昨日の夜だ」

 本当のところは少し前から、こんな予感はしていた。
 九尾の様子を報告させたり、里の様子を自分に偵察させていた辺りから、何か起こりそうな、不穏な予感はしていた。
 けれど、カトナやナルトにどころか、実の息子でもあるサスケにまで、こんなことさせようとしているなんてのは微塵も思わなくて、どうしてこうなってしまったんだと、イタチは心の中で悔いた。

 最初の計画は、写輪眼で幻術をかけて、誰の血をも流させずに制圧するというものだった。無血計画だと父は語った。そして、そのためにはイタチの力が必要だとも、言っていた。
 なのに、いつの間にか、こうなっていた。
 どこで、間違えたのだろうか。
 多分はじまりは、父であるフガクが万華鏡写輪眼を持っている情報が漏れたことだ。イタチも父のフガクもどちらも語らなかった、秘めていた。
 だというのに、どこからか父が万華鏡写輪眼に開眼したという噂が流れ。そしていつの間にか、それは噂というレベルを超え、信仰に近いものになった。
 万華鏡写輪眼があれば九尾を操れるという事実こそが、今のうちは一族の監視と里の外に追いやられ迫害されるという結果を引き起こしたというのに、それを証明するような行動をとったって何にもならないのに。
 なのに気が付けば、うちは一族は九尾をコントロールして、たくさんの血を流してでも、自分が木の葉の里の権力を握ることに躍起になっていた。
 思えば、もともと隔離されていたとはいえ、うちは一族の監視がより明確なものとなったのは九尾の事件を境にしてだった。
 一族の中には九尾に対してよくない思いを抱いているものが多かったのだろう。イタチやサスケの前で露にすることがないだけで、本当は鬱憤をため込んでいた。
 排他的なうちは一族のなかに躊躇なく踏み込んでくる少女。憎い人柱力。――自分たちをここに閉じ込めた張本人。
 その思いが爆発したのだと、すれば。――こうなるのはきっと、必然だった。
 父と目の前の報告書を見比べていたサスケは、やがて、たどたどしくも尋ねた。

「だから、殺した、の?」
「…ああ」

 サスケにとっての家は、ここでしかない。サスケにとっての家族は彼等でしかない。
 けれども、それでも、イタチは殺すという選択肢を選ぶしかなかった。
 サスケを、自分の大切な弟を加害者になんか、犯罪者になんかしたくなかった。
 何よりも。
 イタチは、弟だけは殺せなかったのだ。
 父も、母も、気になっていた少女も、毎日挨拶してくれた知り合いのおばさんも、親しげに笑いかけてくれたおじさんも、誰も殺したくなかったけれど、それでも。
 それでも、サスケが生きてくれさえすれば。
 サスケだけでも幸福になってくれれば、それでいいと、思った。
 バカだなと、彼は自嘲する。
 そのせいで、サスケは大切な家族を失ってしまうというのに、サスケは帰る場所を無くしてしまうというのに。誰かを恨んで、逃げ出すことも出来なくなってしまったというのに。
 けれど、それでも、サスケには生きていてほしかった。

 「悪いな、サスケ。これは忘れてくれ」

 ありったけの謝罪の気持ちを込めて、イタチはそう言った。

 「にいさ…ん?」

 ふと、瞼が重くなって、まるでぬかるんだ泥に囚われたかのように、思考が回らなくなった。
 足が、腕が、体が重たい。
 ゆっくりと倒れていくサスケに向かって、イタチは小さく、泣きそうな顔をしてつぶやいた。

 「俺がお前の復讐するべき相手だ。お前は俺によって家族を殺された、お前は俺を恨んでいる、お前は俺を殺したい。俺はお前が弱いから殺さなかった。だから、お前は強くならなければいけない」

 満月によって照らされた光の中、赤い瞳がこちらを見つめていた。

 「お前は俺を殺しに来い」


・・・



 「さすけ、おきて」

 長い夢を見ていたような、そんな感じだった。

 「かと、な」

 見慣れた赤い髪の毛が映り、次の瞬間、ずきずきと頭が痛んだ。
 脳裏で一瞬、写輪眼が思い出されたような気がしたが、霞みがかったような思考では、上手く思い出せなかった。
 まだ夢の中に居るかのようなふわふわとした感覚を覚えながら、辺りを見回す。
 カトナとナルトの家のようだ。現状を把握した後、サスケは先ほどの記憶を思い出そうと頭をひねった。
 兄のイタチが居た。自分が居た。自分は何かに怒っていた。兄は家族全員を殺していた。
 そこまでは思い出せるのに、一体、自分が何に対して怒っていたのか分からず、サスケはカトナを見た。
 目の前にいる少女に関係していた、ように思うが、どうにもはっきりしない。曖昧模糊となった自分の脳に、サスケが苛立った時、カトナが心配そうにサスケの手を掴んだ。

 「記憶、大丈夫? チャクラ、うまく、コントロールできた、…と、思うんだけど」

 カトナはサスケの掌に自分の掌を合わせ、全神経を集中させる。
 サスケが怪訝そうに繰り返す。

「記憶…?」
「イタチ兄さん、多分、何かの術式で、サスケに、幻術をかけた。脳が特に、ひどかったから、記憶を、改造したんだと、思う。チャクラ、おかしくなってたから、間違いない、と、思う」

 とぎれとぎれに紡がれた言葉に、サスケは半信半疑で自分の掌を見つめる。
 真っ赤になった掌に、ふいに、自分を見つめたあの赤い瞳が思い出されて。次の瞬間、霧が払われ、全てが思い出される。

 「兄さん…!!」

 叫んで、泣きそうになって顔を歪めた。
 馬鹿だと、あの人は馬鹿だと、行き場の無い気持ちを抑えきれず、振り上げた拳を床にたたきつけた。
 サスケの突然の動作に、カトナはびくりと大げさに体を震わせた後、そっと、彼の指に自らの指をからめた。

「イタチ兄さん、里、ぬけた。罪人扱いされてる。みんな、サスケの事、被害者って言ってる」
「…俺は被害者じゃない。被害者は、兄さんの方だ」

 噛みしめた歯が奥で擦れた。
 父を亡くした。母を亡くした。大切な人たちをなくした。親戚も、縁戚も、知り合いという知り合いが一気に消えた。すべて失われた。なくなった。もう、戻ってこない。
 その絶望が全身を焼いていく。
 だが、それ以上に思うのは。
 あの優しい兄が。あの、まだ年端も行かない穏やかな兄が。
 どんな思いで、人を殺したのか。
 激情が体の中で渦巻いて、無性に苛立って、サスケは叫びだしたくなった。
 それでも懸命に言葉を呑み込んで、カトナを見つめる。唯一の理解者に、これから先、自分が頼れる唯一の人間に、サスケは問う。

「里は兄さんのこと、どう扱ってる?」
「冷酷無比、極悪、S級犯罪者、抜け忍」
「好き勝手言いやがって…」

 何も知らない奴が騒いでいるだけだと分かっていても、止められない苛立ち。
 胸糞悪いと、心の中で罵ったサスケの様子に気が付きながらも、カトナは尋ねた。

 「さすけは、どうしたい?」

 自分はそれに付き合う。
 無言でそう告げるカトナに、サスケはまったく迷うことなく言い放った。



 「俺は絶対に兄さんの無実を証明する」



 そういったサスケの瞳は、あの時のイタチのように、赤かった。


・・・


「あかでみー、入ろうと思う」
「は」

 いきなりの言葉に、サスケは小さく体を震わせると、カトナに目を向けた。
 赤い髪を持つ少女は、サスケと全く視線を合わせることなく、ベットの上ですやすやと寝ている金色の髪を持つ少年を見つめる。
 血色は、あまりよくない。足も、昔と比べてしまえば、ずいぶんと細くなった。骨だって折れそうなくらいに脆く、弱くなってしまった。
 何年、何十年、むだにしてしまうのだろう。何年、苦しませて、何十年、悲しませるのだろう。
 先の分からない未来に、漠然とした不安と焦燥を抱きながらも、カトナはただ、ナルトを見つめ続ける。自らを見つめるサスケの視線には応えず、彼がどんな目で見ているのか知りながら、それでも、振り返らない。

「入って、今の、ナルトでも行けるか、確かめる」
「…俺は反対だ」

 厳しい口調で否定して、サスケは顔を歪めた。

「俺はもうアカデミーに入っているから、あそこでお前やナルトがどんな扱いがされるだろうかわかっている。お前はともかく、ナルトになら彼奴らはそこまで酷いことはしない筈だ。それは火影様も知っている。それに、お前はアカデミーに入らない。そういう約束のはずだろ」

 九尾が忍びになる。
 里の人間から浴びせられる悪意はさらに激しいものとなって、カトナを苦しめるだろう。九尾だからと、不当に他里に狙われることが増えるようになるだろう。もしかしたら、カトナが死に至る場合もあるかもしれない。
 だから、カトナはイタチや火影と約束した。

 「忍」にだけはならないと。

 身を守るための術は教わる。教えられる術は全て教えてもらう。けれど、忍者になることだけは駄目だと、カトナは、イタチとそう約束した。
 カトナはそれでもよかった。
 ナルトが「忍」になれさえすれば、あとは本当にどうだってよかった。自分がなりたいわけではなかった。ただ、ナルトを守れるなら、自分は何にもなりたくなかった。
 カトナの夢は「忍び」になることではなかった。
 けれど、

 「…ごめん、約束破る。忍になる」

 その言葉に、かっとなったサスケがカトナの肩を掴む。

「お前も、まだ、傷が癒えてないだろ」
「平気、いたくない」
「嘘をいうな。この前、傷の所為で熱出してただろう」
「痛く、ないよ」

 強情に、痛くないと何度も繰り返すカトナに、痺れを切らしたサスケが怒鳴ろうとした時、カトナはいつもの無表情を殴り捨てて叫んだ。

 「ナルトの方が、もっともっと、痛い!!」

 いつもは冷静なカトナがそれほどまでに感情をあらわにしたことに驚き、思わず、サスケは掴んでいた手の力をゆるめた。カトナはサスケの顔を見て、更に泣きそうな顔を歪める。
 赤い瞳が揺れた。
 真っ赤なそれからあふれる涙をぬぐおうと、サスケは指を伸ばす。
 しかし、触れる寸前でそれは弾かれた。

「…もう、むりだよ」

 その言葉の意味するところに気が付いて、一瞬、サスケの動きが止まる。その隙に、カトナが身を翻した。
 彼女が部屋から飛び出していく。
 一瞬、その肩を掴もうとして、けれど引き留めるほどの理由が浮かばず、サスケは手をおろした。
 今までの関係がばらばらに引き裂かれていくようで、自分はカトナに何も出来ないと言われている様で、兄が居たならば、カトナをこんなにも苦しめなかったのかもしれないという無力感に拳を震わせる。
 悔しくて、苦しくて、しかたがなかった。
 歯噛みをしたサスケは、すやすやと寝ているナルトを見下ろす。
 まるで何事もなかったかのような彼の姿に、サスケはついにこらえきれなくなって、激情を吐きすてた。

 「早く起きて、大丈夫だって笑って、あのバカを安心させてやれよ…ナルト」

 その言葉と共に、涙が、頬を伝い落ちた。
 
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