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うどん

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第六章


第六章

「じゃあこのままニュージーランドのうどんを作っていきます」
「はい、それでいいかと」
「二人で」
 そのうえでこうも言うのだった。
「妻のワンダと一緒に」
「そうね」
 横にいるそのワンダもにこりと笑って夫のその言葉に応える。
「一人じゃないからね、私達は」
「そう、二人だから」
 アレンは妻に対しても言う。
「やっていこう、二人でね」
「そうね。ニュージーランドのうどんを作っていきましょう」
 二人で言い合う。今それが固まった。
「もっといいうどんの為にね」
「うん、そうしようよ。二人で」
「御二人でですか」
 しかしここで浜崎は二人の言葉に対して尋ねるのだった。
「はい?」
「そうですけれど」
 二人はその言葉に目を丸くさせて答える。二人でなくて他に誰がいるのかしら、こう思って浜崎に対して問い返しもした。
「二人でなくてどうして」
「一人ではとても」
「二人でずっとでしょうか」
 その穏やかな笑みで二人に対して問うのだった。
「ずっと。二人ですか」
「あっ、そうですね」
 最初に気付いたのはワンダだった。
「それは」
「そういうことです」
 気付いてはっとした顔で頷くワンダに対してまた言う。
「ですから」
「そうですね。二人じゃなくなりますね」
「!?ワンダ」
 まだよくわかっていないアレンは目をしばたかせながら妻に尋ねた。
「二人じゃなくなるって。どういうことなんだい?」
「だからね、アレン」
 ワンダもまた穏やかな笑みになって夫に言ってきた。
「子供よ」
「子供・・・・・・」
「あなたずっと二人だけでいたくないでしょ」
 そしてまた言ってきた。
「二人だけなんて」
「二人だけじゃなくて子供」
 次第に言葉が彼の中に入っていく。浸透するように。それと共に少しずつだがわかってきた。それを察してようやく述べるのだった。
「ああ、そういうことなんだね」
「わかったわね」
「ああ、やっとわかったよ」
 また晴れやかな顔に戻って答えた。
「そうだね。確かに二人じゃないね」
「そうよ。何時かは子供達ができてね」
「子供達にもうどんを教えてあげようよ」
「そういうことよ。いいわね」
「うん」
 満面の笑顔でワンダの言葉に頷く。これが二人のうどんのはじまりだった。それから数年後ーーーーー。
 ニュージーランドクライストチャーチ。そこに一軒のうどん屋があった。そこに入った日本人観光客はまず気のいい奥さんに案内されたのであった。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ!?」
 まずはその言葉に驚く。この観光客は若い娘だ。大学生かOLであろうか。白いシャツに青いジーンズというラフな身なりだ。茶色の髪を後ろで束ね結構濃いめの化粧をしている。青いアイシャドーが印象的である。その彼女が驚いていた。
「日本語喋れるんだ」
「喋れますよ」
 その奥さんワンダはにこりと笑って日本人に答える。店は外観も内装も純和風だ。日本人にとっては非常に馴染みのあるものであった。
「勉強しましたから」
「そうなんですか」
「お客さんは英語は?」
「まあ一応は」
 だが日本語で応えるのだった。
「ですけれどやっぱり日本語の方が」
「では日本語でいいですね」
「できれば」
 ワンダに対してこう答える。
「それで御願いします」
「わかりました。それではそのように」
「はい」
 こうしたやり取りの後で店の奥に入る。カウンターに案内されると小さな子供がお盆を持って来た。その上にはお茶があった。
「お茶まであるんですか」
「ただし紅茶ですよ」
「紅茶!?」
「ここはニュージーランドのうどん屋だからそうなんですよ」
 カウンターに来ていたワンダはまたにこりと笑ってみせて彼女に答えた。
「だからですよ」
「はあ。そうなんですか」
 日本人はそれを聞いてもまだ驚きを顔に見せていた。
「紅茶ですか」
「緑茶もありますけれど」
「いえ、これでいいです」
 出されたのでそれでいいとした。断るつもりはなかった。
「それで御願いします」
「わかりました。それじゃあそれで」
「はい。ところでですね」
「何でしょうか」
 気さくに客に応えてきた。見れば客は彼女だけではなく店の中に十人程いる。ただし皆白人か南方系の顔である。つまりニュージーランド人というわけだ。日本人は彼女だけらしい。
「今の子供は」
「息子です」
「息子さんだったんですか」
「ええ。小さいけれど店の手伝いもしてくれるんですよ」
「そうなんですか」
 またこの言葉を出す。少し呆然とした感じであった。話をしながら和風の碗に入れられている紅茶を飲む。何か微妙に不思議な感じがした。
「それで何を頼まれますか?」
「ええと、メニューは」
「はい、こちらです」
 すぐに和風のメニューを出してきた。英語と日本語でそれぞれ書かれている。娘はそれを少し見た後でメニューを頼んだのであった。
「じゃあ天麩羅うどんを御願いできますか」
「天麩羅うどんですね」
「はい」
 にこやかに笑ってワンダに告げる。
「それを御願いします」
「わかりました。あなた」
 ここでカウンターの右端にいる大柄な男に声をかけた。見れば山の様な大きさである。
「天麩羅うどん一つよ」
「あいよ」
 ここでも日本語だった。娘はその日本語を聞いて日本にいるような気になる。しかしそれは今飲んでいる紅茶により掻き消される。どうにも微妙な感触であった。
 
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