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うどん

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第五章


第五章

 困り果てた二人はまた色々と勉強しだした。地元の人達にそのうどんも食べてもらってみた。おおむね評判はよかった。だが一人だけ違和感を顔に見せる人がいた。それは。
「ううん」
「あれ、この方は」
「どなたなの?」
 二人もはじめてみる顔だった。小柄なアジア系の初老の男であった。彼は手馴れた箸捌きで二人が作ったうどんを食べて難しい顔をしていたのだ。二人は彼を見て知人に問うた。
「あの、この方は」
「日本人なの?中国人なの?」
「日本人よ」
 二人の隣に一人で住んでいる白髪の老婆ジュリが答えてきた。
「日本人!?」
「ええ、この前引っ越してきたばかりなのよ」
 日本人と聞いて驚きの声をあげたアレンに対してまた答えた。
「この辺りにね」
「そうなの。日本人なのね」
「それがどうかしたの?」
「御名前は何ていうのかしら」
 ワンダがジュリにかなり積極的に尋ねてきた。
「よかったら教えて」
「浜崎といいます」
 その日本人の方から答えてきた。穏やかで飄々とした感じの笑顔であった。
「浜崎さんですね」
「ええ、仕事の関係で引っ越してきました」
 こうワンダに説明する。
「宜しく御願いします」
「わかりました。ところで」
 ワンダは早速その日本人浜崎に尋ねてきたのだった。
「このうどんはどうでしょうか」
「どうでしょうか」
 アレンも同時に問うてきた。それぞれ身を乗り出して彼に問う。
「そうですね。美味しいことは美味しいです」
「そうですか」
「ただ」
 首を捻ってまた言ってきた。
「少し足りないですね」
「やっぱりそうですか」
 アレンはそれを聞いてやはりという顔で頷くのだった。日本人に言われて完全に納得したのである。
「日本の味としては」
「ええ、何故か日本の味にはならないんですよ」
 アレンはその巨大な身体を小さくさせて浜崎に答えた。まるで別人の様に小さく見える。
「どうしても」
「ですがそれも当然です」
「当然!?」
「はい、ここはニュージーランドです」
 浜崎はこのことを言った。
「日本ではありません」
「それはそうですが」
「そしてここにおられる方はニュージーランド人です」
 当然と言えば当然のことで言うまでもない。しかし彼はそれをあえて言うのである。
「ですからこれでいいと思いますよ」
「それはまたどうして」
「日本の味がありますね」
「はい」
 それはよくわかっている。それに惚れ込んでうどんを作っているからだ。しかしそれが今否定されようとしていた。しかし何故か悪い気持ちはしなかった。それどころかカタルシスめいたものさえ感じていた。アレンだけでなく妻のワンダも。二人しれである。
「それならばニュージーランドの味もあります」
「ニュージーランドの味も」
「つまりニュージーランドのうどんもあるということです」
 浜崎はこう述べた。
「それでいいのではないでしょうか」
「それでいいのですか?」
「私はそう思います」
 そうアレンに対して述べるのだった。
「それで」
「そういうものですか」
「日本だってそうですよ」
 その日本のことを話す。紛れもない日本のことをだ。
「場所によって様々な味がありますし」
「そうなのですか」
「それは気付かれませんでしたか」
「はあ」
「それは」
 ワンダも答えた。実は彼女もそこまでは気付かなかったのである。
「そうだったんですか」
「ええ、そうなんですよ」
 浜崎は温厚に二人に語る。そこには嘘も偽りもなく本当の言葉があった。その本当の言葉を今二人に対して語るのであった。だからこそ説得力もあった。
「ですから」
「このままでいいんですね」
「そうです。このままより上を目指されれば」
「上を?」
「味です」
 そのニュージーランドのうどんをすすりながら二人に述べた。
「味はもっともっとよくなりますよ」
「今よりもですね」
「果てがないものですから」
 味についてはこう述べる。それもまた二人にとっては雷の様に衝撃的な言葉だった。それを聞くだけで何か別世界にいるようにさえ思えるのだった。
「ですから」
「このままこの味を極めていくと」
「その通りです。ニュージーランドのうどんの味を」
「わかりました」
 アレンは聞いている方が気持ちのいい声で答えた。まるで雨空が急に晴れ渡ったかのように。爽やかな声で答えたのだった。
 
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