トワノクウ
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トワノクウ
深夜 酒迎え
前書き
父と娘と月見酒
縁側に腰を下ろして月見酒を洒落込んでいた沙門のもとに、珍しい客が来た。
「お隣よろしいですか? 沙門様」
帽子を外して髪を下ろした愛娘だ。
「構わんぞ。お前も飲むか?」
「いただきます」
横に座った朽葉に、沙門は盃を渡し酒を注ぐ。朽葉は盃の中身を景気よく飲み干した。
この娘を手元で養うと決めた当時は、こうして並んで酒を飲む仲になろうとは夢にも思わなかった。歳月の流れをしみじみと感じる。
「今日は災難だったな」
帰ってきた朽葉の様子からすぐに寮の祓い人に先を越されたのだと知れた。そして、横のくうの明らかな沈み方から凄惨な場面を見てしまっただろうと予想がついた。
今頃、くうは部屋の布団の中で、多くの出来事がありすぎた今日の疲れを癒すために休んでいるだろう。連れ帰ったあのイタチに添い寝されながら。
一度席を外した佐々木はあれから「なかなか興味深かったですよ」とだけ言い残して帰るし、沙門にも今日は大変な一日だった。
「いえ。私は大したことはありませんでした。あれが寮の連中の仕事だと分かっていますから。黒鳶に会ってしまったのが不愉快だったというだけで」
あの萬屋の主人も嫌われたものだ。
朽葉いわく「あの目がどこからどこまで黒いのか分からんから考えが読めん」との理由で黒鳶を苦手としているらしい。
「私より、くうです。酷な場面を見せてしまいました」
朽葉は、陰陽寮の妖使いの少女によるカマイタチ退治の一部始終と、少女がくうに投げかけた持論を、沙門に語った。
「妖は害虫、か。辛辣だなあ」
妖退治は功徳、と朽葉に会う前は豪語していた沙門が言えた義理でもないが。
「藤袴も妙な方向に己を固めてしまったようで。くうに苦い思い出として残らなければいいのですが……」
妹を案じる姉のように顔を曇らせる朽葉。
「――、心配か?」
「はい。彼岸人は妖を受け入れやすいですから、あれも、初めて見る妖退治にはきつすぎたでしょう」
繊細に他人の心中を図るちからを、彼女はいつから身につけたか。それはおそらく〝彼〟が朽葉の前から消えてからだろう。
朽葉は〝彼〟に貰った優しさや人を愛しむ心を、「もっとほしい」と駄々をこねることをやめ、〝彼〟に優しくされた分だけ誰かに優しくするようになった。
それは何もかもをくれる〝彼〟がもういないゆえの諦めからであり、〝彼〟が存在して確かに朽葉を想ったのだという事実の主張だった。
(親代わりとしちゃ、ちと複雑だが致し方なしか。安心してあいつに朽葉を任せがちにした俺の責任もあるし)
子供とは気づけば手元を離れているものである。それをまだ先と侮った沙門の負けだ。それに朽葉がこれほどまでに美しくなったのは〝彼〟のおかげでもある。
「しばらくはくうの前で妖退治の話は控えます。あの子には――妖を、憎んでほしくありません」
「それがいいかもしれん」
沙門は朽葉の盃に二杯目の酒を注いだ。朽葉がそれを呑むことで、いい塩梅にこの件はまとまった。
「それと、くうのことで一つ気になることがあるのですが」
「何だ?」
「くうの作る飯の味です。あれは……似すぎている」
「――確かにな」
沙門も気づきかけていた。1週間もくうの料理を食べ続ければ否応なく分かる。
味付け、野菜の切り方、魚の焼き加減、煮物の煮時間、盛りつけ方。一つ一つにある男の影が見え隠れする。
「明日にでも確かめてみるか。ひょっとせんでも奴と関係あるかもしれん」
姓といい、これで無関係である線のほうが薄い。
しかし、と沙門は朽葉からの酌を受けながら憂慮する。
もし沙門や朽葉の予想が正しいとしたら――
――これは、誰が仕組んだ流転だろう?
Continue…
後書き
本当は前話に入れる予定だった回ですが、中途半端になったので番外扱いにしました。
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