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トワノクウ

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トワノクウ
  第五夜 明けまく惜しみ(一)

 
前書き
 少女 と 元武士 

 
 買った食材をお勝手に置いてから、客間に案内した佐々木に、井戸で冷やした水出し冷茶とお茶請けの羊羹を並べる。

「沙門に異人さんの知り合いがいたなんて知りませんでしたね。君、どこの出です?」
「そんな、生まれも育ちも日本です。ちょっと色々」

 回想するのは鵺に抉られた目の痛み。左右で色が違い、視力を失った左目。そして、母親譲りの黒を失った銀髪。

「――あっただけですから」

 佐々木は何が楽しいのか笑顔を向けてくる。

「ちょっと、ねえ」
「はい。ちょっと、なのですよ」

 佐々木が追及しそうな雰囲気を漂わせたところで、くうは人差し指を唇に当て、茶目っ気を振りまくことでごまかした。たとえ沙門の知人でも誰彼構わず「彼岸人です」と名乗るのは憚られた。

「私からもお尋ねしてよろしいですか」
「どうぞ」
「佐々木さんは、沙門さんのご友人なんですか?」

 今さらながらに沙門との関係を尋ねずに寺に上げたのはまずかったか、との危機意識が追いついたゆえの質問だ。
 くうは佐々木が沙門にとって関係の悪い人物でないことを祈った。

「ええ。ちょっとした腐れ縁でね。同業者でもありますし」
「といいますと、佐々木さんも道場なんかの先生をしてらっしゃるんですか?」
「いえね、別口で。お互い特技が一致するんで」

 沙門がする別の仕事と、特技。それらをまとめると――妖関係。

 この一週間、鵺と夜行から始まって妖怪――妖、という存在についてはそれなりの知識を沙門や朽葉から教えてもらった。
 その上で、「妖」の表面も性質も、くうがさんざん3Dアドベンチャーで戦って、ドラマを共に作ってきた敵キャラと変わらないとの結論に至った。

(この人も朽葉さんみたいに戦うんでしょうか? それとも別のやり方?)

 考えをまとめる前に玄関から声がした。沙門が帰ってきたのだ。
 くうは佐々木に断ってから客間を出て、沙門を迎えに出た。

「おかえりなさいませ、沙門さん」
「ん、ただいま。いやあ、今日も暑かったな」

 沙門から道着袋と竹刀を預かる。道着は春先でもサウナスーツ並みの効果だ、とは潤の言だ。沙門も玉のような汗を毛のない頭に浮かべていた。

「お客様がいらしてますよ」
「客? 誰だ」
「佐々木さんとおっしゃる方です。上げてよかったですか?」
「ああ、只二郎か」

 沙門は破顔した。親しい仲特有の緩みの速さだ。

「構わん構わん。あいつとは古い付き合いだ」
「よかった。客間でお待ちです」

 くうは沙門と揃って客間に向かった。

「何か変なことは言われなかったか?」
「佐々木さんにですか? 特にはないですよ。あ、異人さんに間違えられました。こんな見た目じゃしょうがないですよね」
「異人に間違えられただけか? 他には何か聞かれんかったか? その、目とか」
「はい。あの、それって変ですか?」

 オッドアイを追及されることはなかった。佐々木の気遣いだろうと深く考えなかったが、沙門の歯切れの悪さを見るに別の理由があるらしい。

「いや、何もなかったんならいいんだ」

 客間の前に着いて、沙門はあいまいに笑って障子を開けたので、くうはそれ以上の質問を重ねられなかった。

「よう、只二郎。久しいな」

 沙門は気さくに手を挙げて部屋に入ると、佐々木の正面にあぐらを掻いて腕組みした。くうはしかたなく、続いて入ってそっと障子を閉めて、隅に控える。

 中で待っていた佐々木は呆れたように溜息をつく。そのしぐさが親しい間柄特有のものだったので、佐々木の言った「腐れ縁」には友情の成分が多いのだろうと思われた。

「まだ前に来てから六日ですよ。――出家人のくせにこんな愛らしい女中さん雇ったんですか、このくそ坊主」

 佐々木はくうにも言ったことをそっくりそのまま復唱した。

「掃除洗濯するヒマもないんだからしゃーないだろうが。くう、俺にも茶ぁくれ」
「はーい」

 くうはすぐに部屋を出て、一度廊下に置いた道着袋と竹刀を沙門の部屋へ持っていく。そして台所に向かい、置いてあった冷茶を二つ目の切子に注いだ。

(剣道の後って、潤君、すごい水分補給してたし、お茶ごと全部持ってったほうがいいですね)

 なみなみと満たされた切子は陽の光を受けて手元に透ける模様を作る。
 くうはくすりと笑み、切子と茶瓶を盆に載せて客間に戻った。


 中ではすでに沙門と佐々木が向かい合って話をしていた。

「――お待たせしました。どうぞ」
「ん、すまんな」

 くうが置いた切子の中身を、沙門は一気に飲み干し、たんっと音を立ててそれを卓に置いた。

「で、また陰陽寮の勧誘か、只二郎。お前も懲りんな」
「こっちも切実に人手不足なんですよ。最近の減り方はすごいですよお。欠員報告を聞くだけで日が暮れるくらい」

 ずずいと沙門に詰め寄る佐々木の目は、白い面積が大きい。まるで瞳孔や虹彩をどこかへ失せたようだ。

「昔の誼で誘ってんじゃないんですよ。猫の手も借りたいってのがまさにウチののっぴきならない現状なんです。六年前の事変での人々の〝消失〟や〝変質〟、あれで陰陽寮の人数もずいぶん減りました。同じ妖祓いならウチでもそう大差ないでしょう」

 ――あやかし、ばらい。
 やはり佐々木は妖関係者だったか。

「確かに俺にゃあそっちのが向いとるだろうし、俸禄も出るなら持って来いだろう。だが俺がそっちにいると、なし崩しに朽葉もそっちにおらにゃならんだろう」
「相変わらず親馬鹿ですねえ」
「何とでも言え。お前も持ってみりゃ分かる。せっかく若い嫁さん貰ったってのに、お前が枯れてちゃ世話ないぞ」
「せめて小康に入らないとねえ。よしんば妻との間に子宝を授かっても、子のための時間を割けないんですよこれが」
「また妖が活発になったか?」
「それはもう。私はとにかく部下達は、一度は誼を結んだ相手、やりにくさを感じる者も出ています」

 話から置いてけぼりにされたくうは、そろそろ退出しようかと立ち上がりかけたが。

「ただいま帰りました」

 背後の障子が空いて朽葉が入ってきたのでタイミングを逸した。



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