魔法少女リリカルなのはINNOCENT ~漆黒の剣士~
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第2話 「初来店」
空には雲が確認できるが、太陽を覆ってはいない。それに加えて今の季節は夏。外の気温は、何もしなくても汗ばんでしまうほど暑い。外にいるのはホビーショップT&Hの手伝いが終わった、からではない。店内には大人から子供まで様々な年代の人間で溢れており、現在進行形で手伝いの真っ最中だ。
中が賑わっているのに外にいることからサボりだと思われるかもしれないが、俺はブレイブデュエルの宣伝と客の案内のために外にいるのだ。充分に仕事と言えるだろう。
ただ本音を言えば、さっさと快適な温度に空調管理してある店内に戻りたい。だが戻ろうとすれば、すぐにバレてしまう。全く元気の衰えていないアリシアがすぐ傍にいるから。
「ねぇねぇ、次は誰に声をかけよっか」
「誰でもいいと思うけど」
「良くないよ!」
振り返ったときは笑顔だったが、俺の返事で気分を害したのかアリシアの顔に怒りの色が現れた。彼女は、腰に手を当てながらこちらに身体を向けさらに続ける。
「変な人とか入れちゃったら、わたし達だけじゃなくてお客さんにも迷惑かけちゃうよ。そうなったら、うちの評判が最悪になっちゃうでしょ」
言っていることは正しいが、外見だけで変人だと分かる人間はそういないと思う。外見で判断が付くのならば、ここに来るまでに通報されて捕まっているだろうから。
「ショウ、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるよ。というか……誰でもいいとは言ったけど、そこに変な人は入ってない。年齢は問わないって意味で言っただけだ」
「それは分かってるよ」
さらっと返事をしてきたアリシアに苛立ったのは言うまでもない。ただ年下……それも女の子に手を出すような真似をするつもりはない。ゲームなどなら話は別だが。
構ってほしいのか絶え間なく話しかけてくるアリシアの相手をしつつ、店に興味を示している人間を探していると、不意に服を引っ張られた。
「ねぇねぇ」
「今度は何だ?」
「あの子達とか良さそうじゃない?」
アリシアが示した先には、私立海聖小学校の制服を着た少女達が見えた。
ツインテールの栗毛の少女は、ひとりだけ遅れて走っていたのか息遣いが荒くなっている。彼女の前には微笑んでいる紫がかった黒髪の少女。そして活発そうな印象の金髪の少女がT&Hを見て目を輝かせている。
「よ~やく着いたわね。ホビーショップT&H、ここで間違いないわ」
何を言っているかはよく分からないが、看板を見ていることからT&Hに用があってきたのは間違いないだろう。
普通に考えれば、ブレイブデュエルを行いに来たと思われる。アリシアの言うとおり、あの子達に声をかけるのは問題がなさそうだ。
「さっそく噂のすっごいゲームを見に行くわよ」
「うん……でもこんなに大きいと探すのが大変じゃないかな」
「お店の人に案内を頼んだ方がいいかもしれないね」
声をかける相手も決まったため、アリシアに声をかけようと視線を向ける。が、先ほどまでいた場所に彼女の姿はなかった。
いったいどこへ行ったのか、と思い周囲を見渡すと、少女達の元へ向かっているアリシアの姿があった。こちらの返事を待たずにひとりで行くのならば、何故俺に声をかける必要があったのか疑問でならない。
「ようこそT&Hへ♪ 何かお探しかな? お姉さんが案内してあげるよ」
アリシアは太陽のような笑顔で話しかけたと思われるが、少女達の返答は沈黙だった。彼女達の表情を見る限り、お姉さんというところに疑問を抱いているのだろう。はたから見ても少女達よりもアリシアのほうが背が低いため、無理もない話だ。
「お店のロゴが入ったエプロンしてるけど……」
「お店の子……なのかな?」
周囲に聞こえないように金髪と黒髪の少女が会話しているが、何となく会話の内容は理解できる。会話に参加していない栗毛の少女も分かっているような顔だ。ある意味苦笑いとも言えそうな顔だが。
――というか、何故アリシアは小首を傾げているんだ。少女達の思考は大抵の人間が分かることだぞ。これまでに年下だと間違われたことがないのなら理解できるが、俺の知る限りそれはないはずだ。
話が進まない可能性を考えた俺は足早に少女達の元へ近づいて行く。店の手伝いをしているのか、アリシアの面倒を見ているのか分からなくなりつつあったが、その疑問は胸の深いところに仕舞っておくことにした。
「君達ちょっといいかな?」
声をかけると、全員の視線が一斉にこちらへ向いた。少女達の顔には焦りや緊張の色が見えたが、アリシアと同じエプロンを着けていることで店員だと判断したのかすぐに消えた。
「何だか戸惑ってる感じだったけど、この子が何か変なこと言った?」
「むぅ、わたし変なこととか言ってないよ」
「君には聞いてない」
俺とアリシアのやりとりが面白かったのか、少女達は笑い声を漏らした。俺達が視線を向けると、怒られるとでも思ったのかすぐに口を閉じ返事をし始める。
「あ、あの、別に変なことは言われてないです」
「ほら、わたし嘘言ってなかったでしょ。あっ、そういえば自己紹介がまだだったね。わたしはアリシア。アリシア・テスタロッサだよ」
ちんまりとした少女は、言い終わるとこちらに視線で挨拶をするように促してくる。しっかりしているように思える反面、実年齢を知らない人間からすれば背伸びをしているようにも見えなくもない。
「俺は夜月翔」
「もうちょっと愛想良く挨拶できないの? そんなんじゃ覚えてもらえないよ」
「覚えてもらわなくていいよ」
俺は臨時の手伝いであってT&Hの人間じゃない。下手に覚えられると誤解されてしまうではないか。
「そんなんだから友達が少ないんだよ……で、あなた達は?」
「え? えっと、その……あの」
この子、自由だな。人に悪口言っておきながら他人に名前を聞くか普通。栗毛の子、予想してなかった出来事に完全に焦ってるじゃないか。
というか、そもそも何でアリシアは断定するのだろうか。ロケテストがあったために顔見知りではあるが、交友関係が分かるほど交流があった覚えはないのだが。
「高町なのはだよ。はじめましてアリシアちゃん……えっと」
「好きに呼んでくれていいよ」
「あっ、ありがとうございます。じゃあショウさんって呼ばせてもらいます」
好きに呼んでくれていいとは言ったが下の名前か……まあ小学生なら下の名前で呼ぶのに抵抗とかあまり感じなさそうだし普通と言えば普通なのか。
「あたしはアリサ・バニングスです」
「月村すずかです。よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく」
印象としては全員礼儀正しい……いや、本来は標準レベルなのかもしれない。アリシアという存在がいるせいか、余計にそう感じてしまうだけで。
「それでなのは達は今日は何を見に来てくれたのかな?」
「えっとね……」
「あたし達、噂の凄いゲームを見に来たのよ」
「でもお店が大きくてどこにあるのか探すのに時間がかかりそうだし、案内してくれると助かるんだけど」
「な~んだ、それなら早く言ってくれればいいのに」
言いたくても言えなかったのではないのか。何とまでは言わないが……口に出したらまた脱線する可能性が高いし。
アリシアを先頭にしてT&Hの中へと入り、高町達の目的のゲームがある最上階へと向かう。最上階には、体感シミュレーションゲーム《ブレイブデュエル》を中心に人だかりが出来ていた。外に出る前よりも増えているように感じるのは、ゲームをした人間も帰らずにまだ並んだりしているからだろう。
「最上階のここが当店自慢の体感シミュレーションゲーム、その名もブレイブデュエルが遊べる場所だよ!」
「うわ~、さすが目玉商品だけあって凄い人ね」
「ほんとに……」
バニングスと月村は人の多さに素直な感想を述べる。まあ他の階層に比べれば人数が段違いなので無理もないだろう。ただ高町だけは、人の数に戸惑いや感心を見せる様子もなく口を開いた。
「これってどんなゲームなの?」
「簡単に言うと、3Dで出来たキャラを自分で身体を動かした通りに操って遊ぶゲームだよ。ば~ちゃるりありてぃ? って感じの名前だったかな。そういうゲームの種類に入るみたい」
「な、何だか難しそうね」
「私達にできるかな……」
アリシアの説明に金髪と黒髪の少女は不安げな表情を浮かべる。今の説明では、ブレイブデュエルについてあまり理解できていないだろうからおかしくはない。とはいえ、アリシアを責めることもできないだろう。この手のものは口で説明するよりもやってみたほうが理解できるのだから。
「だいじょ~ぶ! わたしの妹も凄く上手いんだから。とりあえず遊んでみようよ」
「それじゃあアリシアちゃん、遊び方教えてもらってもいいかな?」
「かしこまりっ♪」
元気に返事をしたアリシアは、周囲を見渡し始める。停止した彼女の視線の先には、話し合いをしている店員達の姿があった。おそらくゲームのために誰かに協力を頼むのだろう。
関係のない話になるが、少女達はアリシアの年齢を疑っていたはずだ。それなのに彼女の妹がゲームが上手いという点はスルーした。早く遊びたいから気にならなかったのなら理解できるが、違った場合は予想が付かない。
「それでは助っ人さんを……エイミィ~」
「ん? はいは~い。呼ばれて駆けつけエイミィさんですよ~」
こんな軽いノリで登場するのがチーフだなんて誰が思うだろうか。大抵の人間は親しみやすいお姉さんくらいで、チーフは別にいると思っているのでは?
「右からアリサ、すずか、なのは。ブレイブデュエルを遊びに来てくれたんだって」
アリシアに紹介された3人は一斉にエイミィに挨拶をする。元気な挨拶にエイミィは嬉しそうな表情を浮かべて感想を漏らし、アリシアとハイタッチ。このふたりのテンションについていける自信はない。
「案内を手伝ってほしいんだけど……だいじょーぶ?」
「まっかせといて。ちょうど今手が空いてるところだし」
「よ~し、それじゃあわたし達がばっちり案内しちゃうから。みんなはしっかり聞いててね」
高町達は仲良くかつ元気に返事をした。それを見たエイミィはしみじみと何かを噛み締めているような表情を浮かべる。その間にアリシアは彼女達にそれぞれ2つのアイテムを渡した。
ひとつは《データカートリッジ》。ブレイブデュエルのプレイヤーの証であり、様々なデータを記録できる大事なアイテムだ。
もうひとつは《ブレイブホルダー》。カードデッキを保存するアイテムであり、例えるならばRPGゲームに登場する道具袋のようなものだ。
「ちなみに、なんと!」
「両方とも開店サービスでプレゼントしちゃうよ!」
「その代わりたくさん遊びに来てくれるとお姉さん嬉しいな」
「ありがとうございます」
「こうやって入りやすくしてお客を掴むのね……上手い商売だわ」
「もうアリサちゃん……」
最近の子供はマセていると聞くが、高町以外の少女達は多方面にマセ過ぎじゃないだろうか。小学生が商売なんて普通は考えないだろう。家の人が商売人なら話は変わってくるが。
「……エイミィが手伝うのなら俺は別のところに行くから」
「え? ダメだよ」
おかしなことは言っていないはずなのに、なぜ即行で否定されたのだろうか。3人いたところで説明できる内容は俺が抜けた場合と大差ないはずなのに。
「理由は?」
「なのは達は初めて遊ぶんだよ。だからショウは先輩としてアドバイス」
適当な返答が来るかと思ったが、まさかのまともな理由だった。
年齢的にフェイトのほうが適任だと思うが、彼女は今頃エキシビジョンマッチをしているはずだ。アリシアも経験者だが、ゲームの操作をするとなると俺が妥当だろう。
理解した、という返事をしようとした瞬間、遠くから歓声が聞こえてきた。自然と全員の視線が声がする方へと向く。見えたのは興奮して何かを見ている男女達だった。
「いったい何なのよ?」
「ちょうどエキシビジョンマッチの最中だったみたいだね。ほら、あそこのスクリーンでプレイ状況が見えるよ」
アリシアが指した先には巨大なスクリーンがあり、黒衣を纏った少女が映っていた。彼女は漆黒の斧のようなデバイスを構え、雷光のような速さで男性プレイヤーに接近していく。
男性プレイヤーが反射的に《シュートバレット》と呼ばれる魔法を放つが、少女は一瞬にして斬り裂いてみせた。距離が近かったこともあって、男性プレイヤーは爆発に巻き込まれてダメージを負う。生じた隙を見逃さず黒衣の少女は、《プラズマスマッシャー》という砲撃魔法を放った。その一撃によって勝敗が決した。
「あの子、勝っちゃった……」
「相手は大人なのに」
「あの子はね、うちの誇るエースなんだ。すごいでしょ」
バニングスと月村が驚いたことは理解できるが、ブレイブデュエルはゲームだ。ゲームは腕さえあれば勝てるものであるため、子供が大人に勝つことだって充分にできる。楽しみながらプレイしていれば、必然的に考えることも増えるだろう。この子達もプレイし続けていれば、いつかフェイトのように大人に勝つ日だって来るはずだ。
――それにしても、高町って子だけは違った反応をしているな。見惚れているとでも言えばいいだろうか。おかしな意味で見惚れているのではないとは思うが……いや、彼女とは今日会ったばかりだ。本人がどう思っていようと口を挟める立場じゃない。
「ね、面白そうでしょ?」
「うん」
「それじゃあ、次は必須アイテムを作りに行こうか」
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